<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>くにこ先生のコーヒーブレイク</title>
<link>https://ameblo.jp/coffeebreak3/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/coffeebreak3/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>通りすがりのあなたに、心に残るお話をひとつ</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>お久しぶりです</title>
<description>
<![CDATA[ 　2016年11月初旬500回目のブログを最後に、私は新しい文を書くことから遠ざかった。<br>　それまで、毎週ブログの更新のために、急かされるように文章を綴っていたことが、まるで遠い昔<br>　のようである。<br>　実際、500回目のブログ更新から1年8か月以上も経っているのだから、「昔」といえば、その通り<br>　なのだけれど・・・。<br><br><br>　ただ、この2年弱の間にも、沢山の大きな出来事があった。<br><br><br>　2016年12月、そして翌年の1月には、娘たちに次々に可愛らしい赤ちゃんが生まれ、私にとっては<br>　4人目と5人目の孫が誕生した。<br>　また、5人目の孫が誕生した3日後に、今度は私の母が脳梗塞で倒れて、病院に緊急入院・・・。<br>　そして、次の年（今年）の2月末には義母が突然亡くなるという、悲しい出来事が起こった。<br><br>　今、この時生まれた孫たちは1歳を過ぎ、立って歩き回り、大人の言うことも理解できるようになり、<br>　少しずつおしゃべりができるまでに成長してきている。<br>　孫たちが遊びに来た時の賑やかさといったらない。<br>　実母は、病院から施設に移り、穏やかな毎日を過ごしている。<br>　義母の初盆は、もうすぐだ。<br><br><br>　主人も、身体の不調を克服し、定年後の新しい仕事や「週１（２？）」の釣りと、忙しい毎日を<br>　送っている。<br>　私も勤めている専門学校の来年3月の閉校を前に、残務の整理とこれから何をするのか考えなくては・・・、<br>　とこれまた考える毎日。<br><br><br><br>　要するに、日常の大変な出来事と、処理しなければならない用件と、考えなければならない案件に、<br>　ただ振り回されているだけの毎日を送っているのである。<br><br>　ブログの文章に頭を悩ませていた当時、ブログを止めたらゆっくりできるかなぁ、と漠然と考えて<br>　いたが、なんのことはない、それを埋め合わせるほどの日常が展開しているという次第。<br><br><br>　60代半ばになっても、これだもんね。<br><br><br>　しかしながら、このバタバタした毎日の中でも空いた時間はあるのだ。<br>　そんなポッカリと空いた「何もしない」「何もすることが無い」、そして「眠くはないなぁ」という時、<br>　実に妙に「何かしなくちゃ」「何かしよう」・・・と焦ってしまうのである。<br><br><br>　もちろん、この時間は、家事に使うのが一番手っ取り早い。<br>　掃除、洗濯、炊事・・・。<br><br>　家事とはよくしたもので、やればキリがないほどに「やること」がある。<br>　だが、やったら、それで終わりだ。<br>　終わりの繰り返し、といったところか。<br>　別に嫌いではないが、まだ他にやることがあるような気がして、心がざわつくのだ。<br><br><br>　この隙間時間を使って、いろいろと、やってはみた。<br><br>　本を読んだり、撮りためたビデオを見たり、楽器に触ったり、音楽を聴いたり、絵やマンガを描いたり<br>　（もちろん小さなスケッチ程度ですよ）、一人映画や一人カラオケに行ったり、ネットショッピングを<br>　したり、天気図を眺めたり、美味しいコーヒーを入れたり・・・。<br><br>　どうです？<br><br><br>　こう書いていると、なんだか日常に追われ、あたふたとした生活を送っていることが、あらためて<br>　実感できる。<br><br><br>　本当は、もっと、やるべきことがあるのに。<br><br><br>　終活ではないが、仕事の事や「イエ」の事、私たちの老後の事、考えて準備したり手を付けたり<br>　しなければならないことが、山積しているのだ。<br>　<br>　こんな大事なことを避けて、そう、どちらかというと先延ばしにして、毎日を送りたいだけなのである。<br><br><br><br>　という、だらだらとした毎日が続いている。<br><br><br><br>　このブログ記事もその一環なのだが、ちょっとシャキッと心を入れ替えて、これから頑張ろう。<br><br><br><br><br><br>（追記）<br><br>　この隙間時間に作った LINE のスタンプ（かわいいしずく）があります。<br>　（何やってるんでしょうね・・・(^-^;）<br><br>　作って販売には載せたものの、ほぼ埋もれた状況です。<br>　宣伝しないと使ってはもらえない、とのことなので、ここで紹介させていただきます。<br>　娘たちからは、一応「かわいい」と、使ってもらっています。<br><br>　ご覧いただければうれしいです。<br><br>　　<a href="https://store.line.me/stickershop/product/4090503" target="_blank">https://store.line.me/stickershop/product/4090503</a><br><br><br><br><br>　これからも、たまにブログも更新できたらと思います。<br>　また、よろしくお願いいたします。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/coffeebreak3/entry-12471392442.html</link>
<pubDate>Sat, 21 Jul 2018 13:43:59 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ブログ500回</title>
<description>
<![CDATA[ 　今日で、ブログ500回目。<br>　このブログを開設して、もう10年目を迎えた。<br><br>　毎週水曜日に記事をアップすること、原稿は基本、ワードでA4、2枚以上にすること、エッセイのような<br>　文章にすること、というルールを作って、今までずっと続けてきた。<br>　振り返ると、9年以上もこんなブログを書き続けたなんて、自分でも驚きである。<br><br><br>　この間に、義父が亡くなり、父が亡くなった。<br>　義母も母も、それぞれに年を取った。<br>　私たちの3人の子どもたちも独立し、そして、また新しく3人の孫娘も誕生した。<br>　<br>　主人も私も、共に還暦を迎え、仕事も転換点に差し掛かったところだ。<br><br>　2011年の3.11の東北大震災で自然災害の恐ろしさを知り、そして今年は熊本地震を経験し、私自身も<br>　被災者となってしまった。<br><br><br>　悲しいことも、嬉しいことも、楽しいことも、何といろいろあったこと・・・。<br><br>　書きためた原稿は、ファイルでもう23冊を数え、本棚の一区画を占領するほどになっている。<br>　考えてみればあっという間の出来事にも思えるのに、ファイルの物理的な量には驚くばかり。<br>　一つ一つの出来事に思いを寄せながら記録してきたなぁ、と思い出すと、感慨深くもある。<br><br><br>　さて、日記とも違う、このブログ。<br>　不思議なメディアながら、情報発信の場としては面白く活用させていただいた気がする。<br>　ただ、もうそろそろ区切りをつけてもいいのかな、と思う。<br><br>　ブログを開設したころは、溢れるように出てくる話題に、書くスピードが追い付かないくらいだったが、<br>　今となっては、それもただの「思い出」だ。<br><br>　実のところ、最近のブログは「悪戦苦闘、四苦八苦しながらの、文章」である。<br>　「もう駄目」「もう終わり」「もう限界」と言い続けながら、まるでサディストのように自分を追い詰める<br>　週の初め・・・。<br>　ブログを更新する水曜日が近づいてくると、気持ちが段々と焦って来る。<br>　月曜日の夜になると、なんとなくパソコンを開いて画面に向かうが、そうそう話題が出てくるわけでもない。<br><br>　ニュースを見、ネットを検索し、本を読み、題材を探す。<br>　そして、切羽詰まって、火曜の夜遅く、というか、水曜の明け方になって、やっと文章を書き終わる<br>　といった状況が続いている。<br><br><br><br>　ネタなしの状況に焦っている私の状況を、横で見ながら、「止めるの止めたら～。」とからかい半分で<br>　言っていた主人も、最近は、「止めるって言いながら、ここまで続けてきたやん。書いたら～。<br>　書かないと、ボケるよ～。」と半ば脅迫する。<br><br>　こうなると、何かきっかけがないと止められないようだ。<br><br>　ちょうど500回とは、いいタイミングかも。<br><br>　これをやり過ごせば、600回となり700回となり、ついには1000回なんてことにもなりかねない。<br>　500回に約10年を費やしたのだから、1000回なんて言ったら、あと10年も書き続けなければならないことに<br>　なるではないか。<br>　どう考えても1000回は無理そうだから、ここらで一休み、ということで。<br><br><br><br>　ちょうど，後一ヵ月後に下の娘に二人目の赤ちゃんが、そしてあと三ヵ月後に上の娘に三人目の赤ちゃんが<br>　生まれることになっている。<br>　<br>　またまた忙しい日々が続きそうだ。落ち着いたら、またそのうちパソコンにも向かうことになるかも・・・。<br>　<br>　講義のネタとしての話題を、と思ったのがきっかけの一つだから、教員を続けている間は、ぼちぼちと<br>　散発的に書くのもいいかな。<br><br><br><br><br><br>　ということで、しばらく新しい文章はお休みさせていただきます。<br><br>　来週からは、今まで他に書いていたものを少しずつ載せていきます。<br><br>　ご訪問いただけるようでしたら、どうぞお暇つぶしにでも、お付き合いください。<br><br><br><br>　これまで、ご訪問いただきました沢山の方々に、心より御礼申し上げます。<br>　また、よろしくお願いいたします。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/coffeebreak3/entry-12471392396.html</link>
<pubDate>Wed, 02 Nov 2016 09:07:42 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>すごく真面目な人口の話 2016</title>
<description>
<![CDATA[ 　先月の敬老の日を前に、総務省は、2016年のお年寄りの状況を発表した。<br>　それによると、<br>　現在　65歳以上の高齢者は3461万人。<br>　　　　80歳以上の高齢者は1000万人を超し、<br>　　　　100歳以上の方は、6万5692人になったとのことだった。<br><br>　65歳以上の人口は、総人口の27.3％にあたる。<br>　1970年（今から46年前）には7％だったのを振り返ると、いかに日本が急激に高齢化を進めてきたのかが<br>　わかる。<br><br>　国連では、お年寄りの人口が総人口の7％を超した社会を「高齢化社会」、14％を超した社会を「高齢社会」、<br>　21％を超した社会を「超高齢社会」と呼んでいる。<br>　日本は、高齢化社会に突入したのが1970年、「高齢社会」には1994年、「超高齢社会」には2007年に<br>　入っている。<br>　<br>　たった40年も経たないうちに、日本は、高齢化社会から超高齢社会に変化してしまったということだ。<br>　こんな急速に高齢化を進めた国は、他にない。<br><br><br>　また、平均寿命も年々伸びを見せ、2015年には、男性80.79歳 、女性が 87.05歳になった。<br>　このまま寿命が伸び続けると、2055年には、男性84.46歳、女性91.38歳になるという。<br><br>　人生100歳が当たり前の社会だって、夢ではないのだ。<br><br>　これから先も、高齢化は進み続け、2052年には総人口の40％がお年寄りになると予想されている。<br><br><br><br>　加えて、子どもの数は、減り続けている。<br>　2015年の出生率（合計特殊出生率：15歳から49歳の女の人が産む子の数の平均）は、1.46。<br>　2005年に1.26という底の数値を記録して以来、微増を続けてはいるものの、決して子の数が増えてはいない<br>　というのが現状なのだ。<br><br>　ちなみに2005年の出生数は106万2530人、2015年の出生数は100万5677人である。<br>　出生率が増加したとはいっても、産むお母さんの数が減少をしているのだから、実質、子の数は減っている、<br>　という訳。<br><br>　　（マスコミは、盛んに「出生率が増加した」と報道している。だが、出生率と出生数は違うのだ。<br>　　　率の増加で、あたかも子どもが少しずつ増えているように感じられるが、騙されてはいけない。）<br><br><br><br>　さて、日本の2016年5月1日現在（確定値）の総人口は，1億2694万人である。<br>　この人口は、今、年々減少を続けていて、以降、増加に向かう見込みはない。<br>　人口が確実に減少に転じたのは2007年だが、その減少割合は、毎年のように大きくなっている。<br><br>　2015年の統計を見ると、前述の出生数1,005,677に対し、死亡数が 1,290,444 で、年間の人口減少数は<br>　284,767人であった。1年で、30万人近い人口減である。<br><br>　このままの状況が続くと、自然減は加速がつき、2020年頃に年50～60万人減、2040年頃には年100万人減<br>　となる。<br><br>　総人口は激減し、出生率が増加しなければ、2060年には約8700万人、2110年には約4300万人となるのだ<br>　という。<br>　4300万人って、今の人口のわずか約3分の１強ということだ。<br><br><br>　日本は、人口が減り続け、子どもの数も減り続け、お年寄りの割合が増加している社会である。<br>　こんな「人口減少社会」「少子高齢化社会」の中で、私たちは、どんな幸せな未来を創造出来ると<br>　いうのだろう・・・。<br><br><br>　現在、人口の割合を見ると、14歳以下の子どもが13％弱、65歳以上のお年寄りが27％強、15歳から<br>　64歳以下の生産年齢人口が60％となっている。<br><br><br><br><br>　確かに、隣近所を見渡すと、お年寄りが増え子どもが減っているのを実感する。<br>　子どもの喧騒が消え、静かな街並みが広がっている。<br><br>　先ごろ、保育園を作ろうとしたら住民の反対運動にあって、とうとう建設を中止したというニュースが<br>　話題になった。<br>　子どもの声は「騒音」になるという意見も聞かれる。<br><br>　だが、お年寄りも大人たちも、皆小さい頃は「子ども」だったではないか。<br>　今の大人たちが小さい頃、自分たちの声を「騒音」なんて言われたことなんてなかったと思うのだけれど・・・。<br><br>　子どもの声が「騒音」に聞こえるなんて、やっぱり、淋しい。<br><br><br><br>　少子化対策で、子育て支援を充実させようと国は言う。<br>　しかし、こんな窮屈で不寛容な社会では、少子化は避けることはできない気がするなぁ。<br><br>　目指す社会の未来像が見えてこない。<br><br><br><br><br><br>（おことわり）<br>　　今日の記事は、<br>　　　『すごく真面目な人口の話　2013 ´◆戞2013年7月10・17日アップ）<br>　　　　　<a href="http://blogs.yahoo.co.jp/tororoudon3/68354196.html" target="_blank">http://blogs.yahoo.co.jp/tororoudon3/68354196.html</a><br>　　　　　<a href="http://blogs.yahoo.co.jp/tororoudon3/68377873.html" target="_blank">http://blogs.yahoo.co.jp/tororoudon3/68377873.html</a>　の３年後<br>　　　『すごく真面目な人口の話　2014』（2014年7月2日アップ）<br>　　　　　　　　<a href="http://blogs.yahoo.co.jp/tororoudon3/69522172.html" target="_blank">http://blogs.yahoo.co.jp/tororoudon3/69522172.html</a>　の２年後<br>　　　『すごく真面目な人口の話　2015』（2014年10月14日アップ）<br>　　　　　　　　<a href="http://blogs.yahoo.co.jp/tororoudon3/70758288.html　の1" target="_blank">http://blogs.yahoo.co.jp/tororoudon3/70758288.html　の1</a>年後<br>　　の続編ということで・・・。<br>　　（文の構成上、重複箇所があります。すみません。）<br><br>　　毎年、同じ題で記事を書いておりますが、数値の変化の大きさには驚くばかりです。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/coffeebreak3/entry-12471392390.html</link>
<pubDate>Wed, 26 Oct 2016 08:58:20 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>熊本地震14　半年</title>
<description>
<![CDATA[ 　2016年10月18日午前0時現在。熊本地震回数4101回。<br><br>　先週、気象庁が、今回の熊本地震は「よく調べたら、発生した時間や震源の位置がごく近くの複数の地震と<br>　判明したケースが多かった」として、それまで発表していた地震回数を倍にするほどの訂正を行った。<br>　おかげで（？）、４月に端を発した一連の熊本地震は、たった半年の間に何と「4000回を超す異様な地震」<br>　ということになったのである。<br><br>　回数の多さには驚くばかりだが、熊本はいまだ続く地震の中で、以前の暮らしを取り戻せていない。<br><br><br>　私の住む町は、ちょうど熊本城の北に続く台地の上にある。<br>　熊本城が築城されたころ、当時の石工さんたちが、私たちの住む町の石垣を積んだのだそうだ。<br>　その石垣の上に立つのが私の実家なのである。<br>　震度6強の揺れで、熊本城の多くの石垣が崩れたが、幸いなことに実家の石垣は持ちこたえた。<br>　当時作られたというご近所の石垣もまた、持ちこたえた。<br><br>　しかしながら、その上に建つ家は、どこもひどい状況となったのだった。<br>　以前の記事で書いた通り、私の実家は、半分を解体せざるを得なくなったし、お向かいの中村さんの家は、<br>　壁が落ち、屋根が壊れ、未だブルーシートが掛けられたままだ。<br>　斜向かいの高田さんの家は、屋根と壁に損傷を受けていて、つい先週工事が終わったばかり。<br>　家の前の道路に沿って作られていた外山さんと遠山さんの家の石造りの塀は、蔦に支えられてかろうじて<br>　立っている状況なのである。<br>　この塀は、大きく湾曲し、今では、「危険」と書かれたカードをぶら下げたロープで囲まれている。<br><br><br>　先日、地区のお世話をしてくださっていた遠山さんが私の家を訪ねてこられた。<br><br>　「こんにちは。」と遠山さん。<br>　「こんにちは。お久しぶりでございます。」と私。<br>　「お元気ですか？」<br>　「ありがとうございます。おかげさまで。ほんと、お近くなのになかなかお会いしませんね。」<br>　「ほんとですね。失礼ばかりで申し訳ありません。」<br>　「まぁ、とんでもない。こちらこそ失礼ばかりで。」<br>　・・・・・・<br><br>　同じ通りに住んでいるのに、本当にお互い顔をわせたことがない。<br>　それこそ、1年に1度お会いすればいいくらいのお付き合いである。<br>　地震後、顔を合わせたのは、これが初めてだ。<br><br>　今回の訪問は、町内会の隣保の当番になった私に、町費を集めてほしいとのご依頼なのだった。<br>　半年に一度ずつ、まとめて町費を徴収し、それを自治会の運営費に充てるのである。<br><br><br><br>　さて、この町費を集めなければならない隣保は５軒。<br>　実家を含む私の家の周りのごくごく近いお宅ばかりだ。<br>　以前だと、あっという間に集まったこの町費なのだが、今回は、全く思うように集まらないのである。<br><br>　しょっちゅう各お宅を訪問してはいるものの、10日も経つというのに、集められたのは実家と我が家の<br>　２軒だけという状況。<br>　私も仕事をしていて、時間帯が合わないからかもしれないが、朝も夕方も、やはり人がおられないのだ。<br><br>　お向かいの中村さんは、高齢になられ、地震の後ほとんどお姿を見かけたことがない。<br>　他県に嫁がれた娘さんが、時折訪ねてこられているようだが、ずっといらっしゃるという訳ではないようだ。<br>　門にも鍵がかかり、中に人がおいでになるような気配もない。<br><br>　斜向かいの高田さんは、おばあちゃまがいらっしゃったのだが、あの地震以降、他県に引っ越された<br>　との話もある。<br>　ご家族の方は住んでいらっしゃる筈だが、いつもお留守の状況が続いている。<br>　もう一軒は姪のようこちゃんの家だが、朝は早く、夜は遅くまで仕事で忙しいようで、なかなか顔が<br>　合わせられない。<br><br>　これじゃ、いつまでたっても、町費は集められそうにないなぁ。<br><br><br>　地震がきっかけになって、多くのお年寄りたちが体調や心に大きなダメージを負った。<br>　我が町内のように高齢化が進んだ地域は、そのダメージをそのまま体現している感じがする。<br>　実家の母も、高齢の一人暮らしだが、地震を境に、それまでの生活が一変してしまった。<br><br>　それは、多分、町内のお年寄りにも同じことがいえるのだ。<br><br>　地震で壊れた家の修復をするにも目途が立たず、体調や心の変化に、その場しのぎの対応しかできていない<br>　のではないか。<br><br>　お姿を見ることのないお年寄りの方たちが、今どうなさっているのか、心底気になる所ではある。<br><br><br>　地区のお世話をしてくださった遠山さんも、「近いうちに、引越しをして、家を離れることにしたんですよ。」<br>　とのことだった。<br><br><br><br>　地震は、町の人たちの生活をも、根底から揺さぶってしまった。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/coffeebreak3/entry-12471392384.html</link>
<pubDate>Wed, 19 Oct 2016 08:45:45 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>熊本地震13　まだまだ続く</title>
<description>
<![CDATA[ 　ガタガタガタ・・・。<br><br>　昨日の朝、7時前。そろそろベッドから起きないと、と思っていた矢先、家中の家具が音を立てた。<br>　まだ、頭がボウとしているが、急な揺れに「あの地震」の恐怖が蘇る。<br><br>　「あなた。」<br>　・・・・・・<br><br>　横にいるはずの主人に声をかけたが、彼はもうすでに起きていて、自分の部屋に行ってしまったようだ。<br><br>　ガタガタガタ・・・。<br><br>　ベッドの上に身を起こして様子を見るうち、揺れは次第に収まった。<br><br><br><br>　「おっはぁ。」<br><br>　着替えをして、主人の部屋のドアを開ける。<br><br>　「よう。」と主人。<br>　「また、揺れたね。」<br>　「なかなか収まらんなぁ。」<br>　「ほんと。いつまで続くんだろねぇ。」<br>　・・・・・・<br><br><br><br>　あと２日で、「あの」熊本地震からちょうど6か月目になる。<br><br>　もう半年も経つのだ。<br>　・・・それなのに、まだまだ熊本地震は終息を見ない。<br><br>　昨日は、気象庁からあらたな情報が発表された。<br>　先日まで、今回の熊本地震の数は2100回を超すほどの回数を記録したとのことだったのに、精査してみたら<br>　実際にはもっとずっと回数が多かったというのである。<br><br>　この発表で、<br><br>　「4月14日午後9時26分に最大震度7の地震が発生して以降、今月11日午前0時までの震度1以上の<br>　　地震回数は、2137 回から、2倍近い 4081 回に修正」<br><br>　されたのである。<br><br>　一つと扱っていた地震も、よく調べたら、発生した時間や震源の位置がごく近くの複数の地震と判明した<br>　ケースが多かった、というのだ。<br>　<br>　確かに、実感としては、ずーっと揺れ続けていたという気がするが・・・。<br>　それにしても、なんと、4000 回越え‼<br><br>　想像を絶するこの数値には、ただただ驚くばかりである。<br>　もちろん、これは、「今まで経験したことのない数値」とのことだった。<br><br><br><br>　熊本の地は、今回の地震が起きる前まで、「あまり揺れない地域」として認識されていた気がする。<br>　そんな認識の上で、地震の保険料も安く設定されていた。<br><br>　今思い返してみると、何の根拠もない「安心・安全」だったが、多くの熊本の人にとって、大地震が<br>　起こること等は、想定外のことだったのだ。<br><br><br><br>　ただ、実際にこのような地震を経験してみると、自分が、いかに力が無いのかを実感するばかり。<br>　自分自身に対してももちろんだが、身近な家族や地域の人たち、学生さんたちに対しても、その場しのぎの<br>　対応しかできなかった。<br>　そして、いまだに、地震の後の事務的な手続きや仕事の処理に時間を費やす日々が続いている。<br><br>　気が付けば、あっという間に「半年」が過ぎてしまっていたのである。<br><br>　思いもかけない自然災害とは、こんなものなのか。<br><br><br><br>　東北の大震災を経験された方々も、同様の日々を送られているのだろうか・・・。<br>　復興の声は聞こえてくるが、遅々として進まない現実に、被災者の方たちの多くは様々な思いを巡らされて<br>　いるに違いない。<br><br>　元気で毎日を送る自分はいるが、時折、急に頭に浮かんでくる「恐ろしかった地震の記憶」や「思い通りに<br>　進まない現実」に直面すると、漠然とした不安を感じてしまう。<br><br><br>　どうか、一日も早く、元の生活が戻ってきますように。<br><br><br><br><br>　先日、他県に住む孫娘たちが、熊本に遊びにやって来た。<br><br>　3歳になるももちゃんが、車窓から外を指さして尋ねる。<br><br>　「なんで、いっぱい、青いきれで、かざってあるの？」　<br>　「あはは。あれね、ブルーシートっていうんだよぉ。地震が起きてね、お家のお屋根が壊れちゃったから、<br>　　雨がお家の中に落ちてこないように～って、上にかぶせてあるの。」<br>　「ふうん。そうなの。」<br>　・・・・・・<br><br>　子どもの目には、ブルーシートも綺麗な布に見えるのかな。<br><br>　できうれば、綺麗で素敵な屋根が連なった景色を見せてやりたいものである。<br><br><br><br><br><br><br>（追記）<br>　8日。阿蘇山が爆発的噴火を起こしました。<br>　マグマ水蒸気爆発とのことで、大量の降灰があったそうです。<br>　被害にあわれた皆様に、心よりお見舞い申し上げます。<br><br>　それにしても、地震、大雨、火山の噴火、って・・・。<br><br>　今年の熊本は、災難続きです。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/coffeebreak3/entry-12471392375.html</link>
<pubDate>Wed, 12 Oct 2016 08:49:24 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>超高齢社会のこと</title>
<description>
<![CDATA[ 　近頃、近所を歩いても、小さな子をほとんど見なくなった。<br><br>　生まれたときからずっと同じ場所で暮らしている。<br>　昔ながらの住宅街だが、思い返してみると、私の小さかった頃、町は子どもであふれかえっていた。<br>　『となりのトトロ』に出て来る、あのシーン。<br>　さつきちゃんが朝ご飯を食べていると、外からお友達の呼ぶ声がする。<br><br>　「さ～つきちゃん。」<br>　「はあい。」<br>　・・・・・・<br><br>　この呼び声と答えが、私の日常だった。<br>　朝も、放課後も、家の外から近所のお友達が誘いに来る声が響く。<br><br>　「く～にこちゃん、あ、そ、ぼ。」<br>　「はあい。」<br>　・・・・・・<br><br>　妹たちと一緒に外に飛び出し、いつも5・6人を超えるお仲間と駆け回って遊んだっけ・・・。<br><br><br><br>　ところが、そんな光景を今、この町で見たことがない。<br><br>　あの当時若かったお父さんお母さんたちは、滅多に外にも出られなくなった。<br>　時折お会いすると、ずい分とお年を召された様子に驚くばかり。<br>　我が町は、すっかり、お年寄りの町と化してしまった感がある。<br><br>　隣に新しいアパートが出来てはいるが、引っ越して来られた方と顔を合わせたことがない。<br>　たまに遠くから子どもさんの声が聞こえることもあるが、私も昼間働いているせいか、誰も知らないでいる。<br>　町内会は、かろうじて回覧板でつながっている程度で、以前の地域のつながりは影を潜めてしまった。<br><br><br><br>　さて、先月の敬老の日に、お年寄りに関する様々な情報が伝えられた。<br><br>　総務省統計局の発表によると、平成27年度、65歳以上のお年寄りの数は3384万人になったとのことだった。<br>　今日本の総人口は、1億2700万弱だから、高齢化率は、26.7％になる。<br>　人口の4人に1人以上がお年寄り、ということだ。<br>　この高齢者の人口割合は、主要国ではトップとなっている。<br><br>　今から約50年前の高齢化率は、6.3％(1965年)だった。<br>　これは、約16人に1人がお年寄り、という割合。<br>　1964年が、東京オリンピックの年だ。<br>　ちょうど高度経済成長期真っただ中の日本は、働く大人や子どもたちが、余裕でお年寄りを支えることが<br>　できた時代でもあったのである。<br><br><br>　今は、そういう時代ではない。<br><br><br>　もう少し、先の統計から。<br><br>　お年寄りの数が急増しているのは、ここに来て団塊の世代(第一次ベビーブーム世代)の方たちが、<br>　高齢者の仲間入りをしているせいでもあるが、加えて寿命が延びているからでもある。<br>　ちなみに、厚労省が発表した平成27年の日本人の平均寿命は83.7歳。<br>　男性が80.79歳、女性は87.05歳だ。<br><br>　80歳以上のお年寄りは、1000万人を超したとのこと。<br>　100歳以上のお年寄りは、なんと、6万5000人を上回っている。<br><br>　世界一の高齢化率、世界一の平均寿命。超高齢社会の日本は、考えようによっては、すばらしく幸せな<br>　長寿大国なのである。<br><br>　元気でお年を重ねる方もずい分と多い。<br>　65歳以上になっても働く人たちは、増加の一途をたどっている。<br>　65歳以上の就業者は、681万人。<br>　これは、働いている人の10.7％にあたるのだという。<br><br><br>　ただ、老後に対して、若い人もお年寄りも、何かしらの不安を抱えている人が多いのも事実だ。<br>　健康も気になるし、経済も気になる。<br><br>　急スピードで高齢化が進んだ我が国は、その時代に対応した社会のあり様を考えなければならない時期に<br>　来ているのだろう。<br><br><br><br><br>　私自身も、今年で62歳となり、さすがに、これから先のことを考えざるを得ない状況になってきた。<br>　常勤の勤務はじき辞めるにしても、その後、どうしたらよいのだろう・・・。<br>　漠然と70歳くらいまでは非常勤の仕事を続けようと思ってはいるが、これから先の人生設計に悩む毎日<br>　なのである。<br><br>　若いころ、「50を過ぎるころには、その後の人生の道筋がきっちりわかってくるのだろうな。」と<br>　思っていたが、いざその歳になってみると、とんでもない・・・、全く見通しが立たないでいる。<br><br>　孔子によると、四十は不惑(惑わず)、五十は知命(天命を知る)、六十は耳順(耳したがう)・・・という<br>　ことだが、私の精神は四十にも達していないということか。<br><br><br><br>　あーあ。<br>　何か、楽しいことないかな。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/coffeebreak3/entry-12471392368.html</link>
<pubDate>Wed, 05 Oct 2016 09:08:52 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>クルーズ　水平線</title>
<description>
<![CDATA[ 　ザー、ザー・・・。<br>　乗っている船が波の上を進む音しか聞こえない。<br>　揺れがほとんど感じられない静かな海である。<br><br>　目線の先には、海と空と空を覆いつくすように連なる雲。<br><br>　時計を見るとまだ6時前だ。<br>　東の空が白く明るくなり始めている。<br>　日の出が近づく太平洋の朝である。<br><br>　遠く大きく弧を描いて、水平線が続く。<br>　遮るものなく広がる海なんて、今まで見たことがない。<br><br>　一体どこまでこの海は続いているのだろう。<br><br><br>　オレンジ色にひときわ輝く太陽が、水平線から登り始めた。<br><br>　あまりの美しさに、思わず持っていたスマホのカメラを動画に切り替える。<br><br>　ザー、ザー・・・。<br>　船は、波の上をすべるように進んでいく。<br><br>　「・・・きれいです・・・。」<br>　・・・・・・<br><br>　ひとりごとのようにつぶやく私。<br>　横で、同じように海を眺めていた主人は、言葉もなくずっと日の出を見つめている。<br><br><br><br>　私の住む熊本市は、東に遠く阿蘇の山々を仰ぐ平地にある。<br>　また、西には金峰山（きんぼうざん）という標高665メートルの小高なカルデラ式の火山が連なっている。<br>　大きな山が迫ってくるでもなく、広大な海が広がっている訳でもない。<br>　盆地形のこの地は、夏は暑く冬は寒い、何とも住みにくい場所だ、という声も聞こえてくる。<br><br>　しかしながら、生まれ育った故郷は、どんな環境であったとしても、愛着があるものだ。<br>　家々の連なる街並みや、郊外に広がる田畑の変化にとんだ景色が私の生まれ故郷であり、その環境の中で<br>　自分の「感覚」は形成されてきたのだと思う。<br><br><br>　こんな熊本の地で育ったせいか、ものすごく高い山だとか、ずっと続く海だとかを見ると、背中がゾクゾク<br>　したものだ。<br><br>　修学旅行で、関東を訪れたとき、新幹線の車窓から見えた富士山に驚愕し、恐怖したことを思い出す。<br>　迫って来る山の力に、私は当時、少なからず耐えられなかったのだと思う。<br><br>　海も同じだ。<br>　東シナ海を臨む天草西海岸で海を眺めながら、その広がる海に吸い込まれてしまうような恐ろしさを<br>　覚えたものだ。<br><br>　釣り好きの主人は、海を見ているだけでも幸せだと言っていたが、私はどうしてもそんな気持ちには<br>　なれなかった。<br><br><br>　クルーズの話が出たとき、どこかで躊躇した私がいたのは、そんな恐怖が気持ちの奥底にあったせい<br>　かもしれない。<br>　だが、そんな気持ちよりも、「大きな船に乗る」興味の方が勝っていたのだった。<br><br><br><br>　かくして、私は船に乗り、広大な海を前にしていた。<br><br>　不思議なことに、以前あれほど「怖く、恐ろしかった」という気持ちは全く感じなかった。<br>　広がる海は、ただただ美しいだけだ。<br>　大きく広がる海も空も、あまりに広大過ぎて、恐怖を通り越していた。<br><br>　「海しかない。」と私。<br>　「最高やん。すばらしい。」と主人が言う。<br>　「すごいねぇ。」<br>　・・・・・・<br><br>　クルーズの間中、同じ会話を何度繰り返したことだろう。<br><br><br><br>　水平線は、左右に行くほどわずかながら下がっていて、地球が丸いことを実感できる。<br>　私たちは、本当は、こんなに大きな地球という星に生きていたのだ。<br><br><br>　水平線の向こうから顔を出した太陽は、見る間にその輝きを増し、海と空にオレンジ色の光を広げた。<br>　空に浮かんだ雲は、太陽の光を受けて赤色に染まっていく。<br>　<br>　刻々と変化していく海と空。<br><br>　ほんの数分もしないうちに、太陽は水平線から離れ、白く輝いた。<br>　空は薄紫色から透明な空色に代わっていく。<br>　海は静かに波打ち、深い深い藍色に染まっていた。<br><br><br>　夜明けの景色などもう何年も見たことが無かったことに、逆に驚くばかりだ。<br><br><br>　太陽は毎日上り、毎日沈んでいく。<br>　水平線に、あるいは地平線に、山に街に、毎日、日の出があり日の入りがある。<br><br><br><br>　こんな当たり前のことを、どうして気が付かなかったのだろう・・・。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/coffeebreak3/entry-12471392363.html</link>
<pubDate>Wed, 28 Sep 2016 08:58:33 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>クルーズ　初日</title>
<description>
<![CDATA[ 　先々週、夫婦2人で、大型客船『飛鳥供戮離ルーズに参加した。<br>　函館出航、仙台・ひたちなかを経由し横浜までの3泊4日の船旅である。<br><br>　クルーズなんて、60年以上生きてきたのに、全く「無縁の世界」と思っていた私だ。<br>　時折テレビで放映される「豪華客船の旅」なんて番組を見ても、別世界という感覚でしか受け取ることは<br>　できないでいた。<br><br>　それが、突如、現実の出来事となったのである。<br>　もちろん、お財布と相談しなければならないし、エイッという気合も必要だったが、夫婦の節目旅行<br>　としては、なかなか魅力的な計画だった。<br><br><br>　『飛鳥供戮蓮△箸砲く大きい。（全長が241ｍ、幅が29.6ｍ、先客定員960人、乗組員数545人、とのこと。）<br>　乗客はいったんホテルに集合し、それから船の待つ港までバス数台で移動するのだが、受け付けは黒山の<br>　人だかりである。<br><br>　周りを見渡すと、ほとんどがご高齢のご夫婦やご家族のようだった。<br>　若い人や子どもさんが乗るのは稀らしい。<br><br>　バスが港に近づき、停留している船が見えてくると、ヒソヒソ声ではあるが、皆一様に興奮した様子で<br>　会話が弾む。<br><br>　「あれ、あれでしょ？」<br>　「すごいね。」<br>　「大きいわ～。まるでマンションのようですねぇ。」<br>　・・・・・・<br><br>　あちらこちらから聞こえてくる声。<br>　本当に船というより大きなビルといった印象である。<br>　私たちも、バスの窓越しに船を眺め、その大きさにびっくりしながら、写真を撮るばかり・・・。<br><br>　物珍しさが前面に出た、「初めてさん」そのものなのだった。<br><br>　「こんなに写真撮るのって、ちょっと、はずかしいね。」と私。<br>　「いいんじゃ？みんな撮ってるし。」<br>　・・・・・・<br><br>　バスから降りると、主人は、私の持っているスマホを手に取り、船の全景を写した。<br><br>　空は晴れているが、風が強く、乗船のためのタラップが揺れているのが見える。<br><br>　「いらっしゃいませ。」<br>　「飛鳥兇悗茲Δ海宗」<br><br>　並んでいるスタッフさんが次々に声をかけた。<br><br>　「記念のお写真をどうぞ。お二人ですか？・・・はい、こちらをご覧くださ～い。」（パチリ）と、<br>　これは、カメラマンさんの声。<br><br>　強風でぐちゃぐちゃになった髪をなびかせながら、私たちは写真を写して船内に入ったのだった。<br><br><br>　さて、船内に入ると、状況は一変。<br>　強風の音も聞こえず、船内には静かな音楽が流れ、目の前には、エントランスのステンドグラスの入った<br>　高い円天井が広がっているのだった。<br><br>　まるで別世界だ。<br><br>　客室のある長いデッキの廊下のわきには、たくさんのドアが整然と並んでいる。<br>　部屋はきれいで居心地がよさそうだ。<br>　宅配便で送った大きなトランクも部屋に届いていて、私たちは小さな荷物を持っただけで、この客船に<br>　乗り込むことができたのだった。<br><br>　「なんだか、すごいね。ここって、とてもお船の中とは思えない。」と私。<br>　「海じゃ～。」部屋に着くなり、デッキに出て主人が言う。<br>　「あはは、船だもの。外は、海しかないわ～。」<br>　・・・・・・<br><br>　デッキに出ると、やはり強い風に押されて波がしらが立つのが見え、そして船全体がゆっくりと波とともに<br>　上下しているのだった。<br><br>　「結構揺れてますね。」<br>　「なんちゃないよ、これくらい。釣り船は、もっとひどく揺れるよ。」<br>　「え～、そうなの？私、絶対無理だわ。この揺れも、薬飲んでなかったら一発で船酔いするわ。」<br>　「平気平気。大きな船だからさ、横揺れせん（しない）ように、ちゃんとスタビライザーが付いとるし。」<br>　「ふうん。」<br>　「小さい船だったら、もっとぐらんぐらん揺れてるよ。」<br>　「ありがたいですねぇ。」<br>　・・・・・・<br><br><br>　出航セレモニーでは、地元の幼稚園児さんたちが可愛い「いか踊り」を披露してくれている。<br>　そんな中、セレモニー用のデッキに集まった乗客たちは、シャンパンで乾杯しながら、函館港を後にした<br>　のだった。<br><br><br>　温帯低気圧になった台風が通過するのと船の航路が重なり合い、初日はずっと大波の中を航行すること<br>　となった。<br>　揺れないといっても、慣れない私は、傾きに足がとられるほどである。<br><br>　しかしながら、スタッフさんたちは、まるで平気で何事もないように歩き、運び、そして私たちには笑顔を<br>　向けるだけだった。<br><br>　日頃ネクタイなどしない主人が、珍しく背広を着て、ドレスアップした私とディナーに赴く。<br>　大きなホテルのレストランでのお食事のようだが、確かに床はゆっくりとローリングしている。<br>　<br>　不思議な豪華な空間と、不思議な揺れの感覚。<br><br>　お食事は美味しく、主人は、たった一杯のビールだったのに、酔いが回ったようだった。<br><br><br><br>　こうして船の1日目が過ぎた。<br><br>　ベッドでもふわりと上下する感覚に身をゆだねるうち、私は深い眠りに落ちた。<br><br><br><br><br><br>（追記）<br>　大きな船は、穏やかな海であれば、全くと言っていいほど揺れは感じないように設計されているという<br>　ことでした。<br>　ただ、今回のクルーズ初日は、天候のせいで波が高く、結構大きな揺れを感じました。<br>　ゆっくりと体が上下にローリングするような感覚です。<br><br>　小さい頃から、乗り物酔いに悩まされていた私。<br>　小学校低学年のころ、たった2停留所のバス移動で、吐いてしまっていたことを思い出します。<br>　その後、歳をとるにつれて、だんだん慣れていくというか、鈍感になっていくというか・・・、乗り物にも<br>　長時間乗れるようになりましたが、さすがに「酔い」は恐ろしい。<br><br>　そのため、今回は、釣り好きの主人お勧めの、「1日1回飲むだけで酔いが抑えられ、眠くもならない」という<br>　薬を飲みました。<br>　効果は抜群。<br>　どう考えても「これは酔うな」という状況だったにもかかわらず、全く、気分が悪くなることはありません<br>　でした。<br><br>　薬に感謝。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/coffeebreak3/entry-12471392348.html</link>
<pubDate>Wed, 21 Sep 2016 08:40:17 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>旅と天気</title>
<description>
<![CDATA[ 　新婚旅行以来、初めて夫婦二人の旅をした。<br><br>　結婚したのは昭和54年だから、実に37年ぶりである。<br>　子どもの小さいころは、毎年夏に近場の県に足を延ばし、それなりの家族旅行を続けていた。<br>　しかし、子どもたちが皆学校に上がり、それぞれの「用事」ができるようになってからは、次第に足が<br>　遠のき、家族旅行も自然消滅してしまったのである。<br>　子どもが独立してからは、お食事会やお祝い会で、皆で出かけることはあったが、夫婦のみで泊りがけの<br>　旅行など、縁なく過ごしてきた。<br><br><br>　「ねぇ。今度、クルーズに行こうよ。」<br>　<br>　突然、主人が言い出したのは去年のことだ。<br>　歳を重ね、仕事も一段落。<br>　これから、老後に向けて新たな人生設計をしなければならない時期にきての、この話だった。<br>　釣り好きな彼にとって、海の旅行が一番魅力的に映ったのだろう。<br><br>　「え？」<br>　「豪華客船なんて、いいじゃん。」<br>　「え～・・・。豪華客船って・・・。どこ行くん？」<br>　「どこでもいいよ。ホントは北欧なんかがいいけど、今はちょっとね。」<br>　「日本がいい。」<br>　「じゃ、そうしよう。クルーズ、調べようよ。亮太くん（義息子・旅行会社勤務）に、資料持ってきて<br>　　もらお。」<br>　・・・・・・<br><br>　と、あれよあれよという間に、話は具体的に進んでしまったのだった。<br><br><br>　こうして、私たちは、仕事の合間を縫って、旅を計画した。<br>　クルーズは、函館を出航し、仙台・ひたちなかを通り横浜まで向かうコースである。<br>　熊本から福岡を経由し、空路函館まで行き、船に乗って、帰りは羽田から福岡まで飛行機、そして<br>　新幹線で熊本まで帰る、という日本を縦断往復するという大移動・・・。<br><br>　生まれてからずっと熊本周辺をウロウロしていた私にとっては、「大冒険」といった感じである。<br><br>　旅行が近づくにつれて、いろいろと忙しい毎日を過ごしたが、何より気になったのは「お天気」だった。<br>　テレビやネットで、すぐに目に入るのは天気予報である。<br><br>　「お天気、大丈夫かな。台風来てるんじゃない？」と私。<br>　「台風13号か。どうかな。」<br>　「う～ん・・・。」<br>　・・・・・・<br><br>　予報では、函館に飛ぶ飛行機を追いかけるように台風が北上し、函館から船で南下するときに、ちょうど<br>　台風と遭遇するということだった。<br><br>　大きな船だが、大荒れの海で、大丈夫なのか。<br>　というより、船は出るのか？<br><br><br><br>　37年前の新婚旅行の時は、熊本から飛行機で大阪まで飛び、関西を旅した。<br>　古都を巡る旅は、なかなか味があったが、なんと、1日目は台風が付いて来たのだった。<br>　台風は、私たちの飛行機を追いかけるようにやって来て、そして夜は暴風のごうごうと言う音を響かせて、<br>　その地を通り過ぎた。<br>　台風一過、涼しくなった町並みは思い出に残るものとはなったが・・・。<br><br>　まるで、デジャヴのような状況に、私は苦笑するしかなかった。<br><br><br>　どうか、お天気が回復しますように・・・。<br><br><br><br><br><br>　さて、結果からすると、今回、私たちは思わぬ「良い天気」に恵まれた。<br>　函館から仙台までの航路では、さすがに大荒れの天気だったが、大きな船だったのでそれほどの揺れを<br>　経験せずに済んだのも幸いだった。<br>　台風は東北に近づくころには温帯低気圧と化し、勢力を低下させていたのである。<br><br>　仙台に着いた時は、低気圧は海のかなたに去り、美しい青空が広がっていた。<br>　その後寄港した常陸那珂も穏やかな天気となり、私たちは旅を十分に楽しんだ。<br><br>　良い天気には、感謝するばかり<br><br><br><br><br>　無事熊本に戻り、またいつもの日常が戻って来た。<br><br>　非日常から日常への変化があまりに激しくて、帰って数日が経つのに、まだぼうとした日を過ごしている。<br><br><br>　非日常の旅は、この淡々とした日常があるからこそ楽しめるのだろうな。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/coffeebreak3/entry-12471392343.html</link>
<pubDate>Wed, 14 Sep 2016 08:39:25 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>旅行へ</title>
<description>
<![CDATA[ 　今、函館に来ております。<br>　新婚旅行以来３７年ぶりの、夫婦二人の旅行に出たところです。<br>　子育て、仕事に一区切り。<br><br>　海大好きの主人の提案で、なんと、豪華客船に乗ることとなりました。<br>　ブログは、また来週に***
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/coffeebreak3/entry-12471392340.html</link>
<pubDate>Wed, 07 Sep 2016 20:57:05 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
