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<title>Baneのブログ</title>
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<description>今までも男らしく生きてきた。それはこれからも同じ。波乱万丈とまではいかないが、苦しいこともそれなりに経験した。その経験をいかし自分なりに経験論を書いていきたい。</description>
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<title>真のプライドを身につけろ！</title>
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<![CDATA[ <br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130518/05/colin-farrel/c6/99/j/o0333033312542772069.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130518/05/colin-farrel/c6/99/j/o0333033312542772069.jpg" alt="photo:01" width="500" height="500" border="0"></a></div>【プライドは己を守る為の鎧である。同時に周囲の人間を尊重し、豊かな人間関係を築く最強の剣（つるぎ）にもなる。<br><br>しかし、その剣はただの剣ではない。一歩間違えれば、相手を傷つけ己自身も傷を負う『諸刃の剣』となる。そのことを決して忘れてはいけない。】<br><br>深くなった人間関係は楽しいものである。しかし、深くなったがゆえに慣れが生じて、礼儀がなくなってしまうことがある。所謂、『親しき仲にも礼儀あり』がなくなってしまうことだ。<br><br>私の好きな思想家で、中国の孔子がいる。<br><br>私は孔子の、『仁（思いやり）・礼』この二つの教えがとても大好きである。<br><br>孔子は特に仁を大切にするように唱えている。そしていくら自分の心の中で仁を持っていても、それを表現出来なければ意味がない。これを言葉、態度で示したモノが礼である。<br><br>自分の心の中で『ありがとう。ごめんなさい。』と思っていても、相手には中々伝わらない。<br>しっかりと、頭を下げて礼をする。ここで相手にしっかりとした思いが伝わる。<br><br>私は日頃の人間関係で特に気をつけている事がある。当たり前の事だが中々奥が深い。<br>私は人にご馳走してもらったり、自分が悪い事をした時、必ず三度、礼をする。<br>一度目は、その場で『ご馳走さまです。有難う。・ごめんなさい。』二度目は、自宅に帰ってから『今日はご馳走さまでした。・今日は本当に申し訳なかったです。』三度目は、次に会った時に『此間はご馳走さまでした。・此間は本当に申し訳なかったです。』<br>自分の中でこれだけは守り続けている。<br>仕事など尚更だが、友人関係でも非常に役にたっている。<br><br>特に自分が悪いことをして相手を傷付けたなら、尚更この『三度の礼』は必要だと感じる。<br>本当に悪かったなら謝れる。<br><br>悪い事をしても謝れない。中途半端な謝り方しか出来ない人間。それは余計なプライドが邪魔するからだ。<br><br>いや、プライドではない。それは単なる虚栄心だろう。<br><br>そのような人間をプライドが高いというのではなく、低いと見なすのが正解なのかもしれない。<br><br>本当のプライドなら頭を下げた後に残る筈だ。<br>プライドを勘違いして、本来謝るところを謝らない。これでは、自分も相手も嫌な気持ちになる『諸刃の剣』だ。<br><br>仁を持って、礼をする。<br><br>これを守れば、自分だけでなく周囲も守れる最強の剣と鎧が手に入るだろう。<br><br><br><br><br><br><br><br>iPhoneからの投稿
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<link>https://ameblo.jp/colin-farrel/entry-11532653904.html</link>
<pubDate>Sat, 18 May 2013 05:28:49 +0900</pubDate>
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<title>信念を持って生きろ</title>
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<![CDATA[ <br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130517/07/colin-farrel/e3/1c/j/o0373037312541637312.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130517/07/colin-farrel/e3/1c/j/o0373037312541637312.jpg" alt="photo:01" width="500" height="500" border="0"></a></div><br><br>今日は大好きなフリードヒ・ニーチェ <br><br>自ら努力もしないで夢を語る人間がいる。語るのは自由。努力なしで他人の力を常に頼りにしている人間は所詮成功しても、自ら努力して生きてきた人間に勝つことは出来ない。<br><br>目的、目標、などは常に変動している。目標などが一番わかりやすいだろう。毎日の目標、毎月の目標など、日常から常に変わることは誰もが経験しているだろう。<br>特に意思の弱い人間は、簡単に目的・目標をすぐに断念する傾向がある。これらの物は断念しても所詮、自分だけにしか迷惑がかからない。それだけ強制力がないと言う事だ。<br>それに比べ夢は違う。<br>夢があれば人格は常に向上していく。私は生きていく上で夢と言う種を、しっかり大地に植えてほしいと皆に訴えたい。<br><br>しかし、その『夢がない』と云う人間がいるのも事実である。<br><br>夢は不変なモノである。何かの拍子で急に現れたり、以前まで憧れだけに終わっていたことが、ある出来事がきっかけで突如現れることががある。<br>その小さなきっかけを見逃してはならない。<br>かという私は夢を追う者である。その中で大切にしているモノがある。<br>それは『信念』である。<br>信念と頑固は間違われやすいが、全く異なる言葉である。頑固は常に自分の考えが正しいと思い、他人の意見にも聴く耳持たず、時には間違った決断もする。一方、信念とは自分の考えを正しいと思うが、その過程で様々な物事に柔軟に対応出来るしっかりとした自らのプロセスがある。<br><br>人間には十人十色、目的・目標・夢がある。冒頭にも述べたが、目標などは常に変化する。だが『信念』だけは崩してはならない。自らの人生において永遠に変わることのない永久不変なテーマである。<br><br>それがしっかり根付けば、水という『努力』が注がれ、自ずと自分を取り巻く人達の暖かい太陽という『愛情』が降り注ぐ。<br>そして素晴らしい花がきっと咲くだろう。それが例え失敗に終わっても、信念を持った花なら、それはまた違った美しい花になり、新たな『自信』という活力になり人生観が変わるだろう。<br><br>決してどんなことにも信念を持って生きることだ。間違っても欲望に取り憑かれ、人を踏み台にしてはならない。『人を不幸にして、自分が幸せになる』という方程式はなりたたない。遠回りをしても良い。信念を持ち自ら挑戦する意気込みが大切である。<br><br>iPhoneからの投稿
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<link>https://ameblo.jp/colin-farrel/entry-11532028215.html</link>
<pubDate>Fri, 17 May 2013 07:12:52 +0900</pubDate>
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<title>類は友を呼ぶ、スキルアップに目覚めよ</title>
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<![CDATA[ <div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130517/05/colin-farrel/59/b7/j/o0280028012541609927.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130517/05/colin-farrel/59/b7/j/o0280028012541609927.jpg" alt="photo:01" width="492" height="492" border="0"></a></div><br><br>今日は美輪明宏さんの明言。いっとき江原啓之さんとかの本を何冊も読んでいた時期があった。賛否両論に別れるが、私は個人的におすすめである。<br>今回は、現在悩みを抱えている私の友達に届いたらと思い、書くことにした。悩みの重さは違えど今はしっかり大地に根をはる準備期間だと思ってもらいたい。<br><br>悩みとは人それぞれ本当に辛いものである。かく言う私自身、今現在悩みの渦中の中にいる。激しい荒波は過ぎたものの、人間の感情とは「毎秒・毎分・毎時間」常に変動している。<br>悩みは身体だけじゃなく、ココロをも蝕む厄介な代物だ。この化け物といかにやり過ごすか。これが本当に難しい。<br>私の経験論。『悩むなと言っても無駄だ。悩んでしまうものは仕方ない。悩まないレベルなら苦しまない。今はどう足掻いても仕方ない。なら、いつか解放される時まで今の自分と付き合っていこう』<br><br>これが私の出した結論である。<br><br>ココロに負った傷は完璧に癒えることはない。断言出来る。しかし、いつの日かココロの片隅に小さく小さく封印出来る時が来る。これが現実だ。<br>私がこの単純そうな結論に至るまで時間がかかった。その間、ただ悩む時間だけはもったいない。その負の力を正の力に転換させる必要があった。<br>人間とは凄まじい生き物だ。本当に覚悟を決めた時、潜在能力を引き出すことが出来る。私は正の力に転換することに成功した。具体的に書けないのが残念だが。<br><br>確かに今も悩みの渦中にいる。でも以前とは明らかに違う。生きて行く上で悩みは必要だ。この化け物といかに付き合うのか。ここで自分の人格、品格が問われる。ありがちな言葉だが、「神は乗り越えられない試練は与えない」まさにその通りだ。試練に立ち向かえば、自ずと負の力が正の力に転換され、己のスキルアップに繋がってくる。<br>そんな時、新たな物が見えてきたのである。<br>自分の付き合う人間が自然と変わってきたのである。不要な人間は消えていき、必要な人間が現れる。『類は友を呼ぶ』まさにこの言葉の通りだった。負の感情を抱けばそういった人間が寄って来る。しかし、自分が現実を受け止めたち向かえば、自分の成長を手助けしてくれる人達が現れる。<br><br>振り返えれば、今の自分がいるのは全て自分で出した決断のもとにある。誰かのせいにしているうちは成長は出来ない。必ず良かったと思える時が来る。それを掴むまで決して諦めるべきではない。
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<link>https://ameblo.jp/colin-farrel/entry-11532009610.html</link>
<pubDate>Fri, 17 May 2013 05:40:29 +0900</pubDate>
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<title>貴方の本当の味方は敵かもしれない</title>
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<![CDATA[ <div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130517/05/colin-farrel/76/f0/j/o0480048012541609009.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130517/05/colin-farrel/76/f0/j/o0480048012541609009.jpg" alt="photo:01" width="500" height="500" border="0"></a></div><br><br>蟹工船で有名なプロレタリア文学の小林多喜二。<br>今日はこれについて…<br><br>成人を迎えた時みたいに「広く浅い友人はいらない」<br>今、自分が必要としているのは「狭く深い友人」である。<br><br>友人はたくさんいて損はないが、かといって得があると言うわけでもない。私が思うに友人に対して、損得感情が芽生えること事態がおかしいと思う。<br><br>楽しい時は共に喜び、悪い時はしっかり指摘する。辛い時は親身になって手助けをする。そこに利益は無い。<br><br>お金には変えられない無償の恵みが友人である。<br><br>自分のことを包み隠さず話せる友人が100人200人必要か。私はそうは思わない。3人4人いれば十分だ。<br><br>何事でも同じことがいえるが、「量より質」「外見より中身」。<br><br>本当に窮地に立った時、全てが暴かれる。<br><br>それは自分が窮地に立った時、友人が窮地に立った時の2パターンある。<br><br>自分が窮地に立った時、いつも気前が良い友人全てが手を差し伸べてくれるだろうか。100人中100人いるならそれは友人だ。<br><br>私にはそこまでいない。むしろそんな多く手を差し伸べてもらえる程の人間ではない。<br>だが、断言して言えるのはたとえ数人でも、私の持つ「真の友人一人の力」は100人200人の力より遥かに魅了するだけの力がある。<br><br>喧嘩でも同じだ。50対6でも、50人全て闘える奴等はいない。6人でも全て闘えるなら50人は楽に倒せる。<br><br>私には尊敬出来る友人がいてくれている。<br>とても有難いことだ。<br><br>逆に友人が本当に窮地に立った時、貴方は本当に100人全てに手を差し伸べられるか。<br><br>仮にもし私に「友人」が100人いるなら、私は5人程しか助けないだろう。<br>何故ならただの友人だからだ。<br>「真の友人」なら100人助けるだろう。<br><br>でも、私には一つ心掛けていることがある。<br>それは、私の「真の友人」の友人が窮地に立っている時、私は助けるようにしている。<br>私が信じた「真の友人」が付き合っている友人なら、間違いなくそれもまた、そいつにとって「真の友人」だろう。<br><br>人間とは面白い生き物だ。<br>自分に施してもらうよりも、自分が大切にしている人間に対して施してもらう方が、何十倍も嬉しい気持ちになる。<br><br>まるで親子関係と似ている。<br><br>第三者から、自分の子供に対して施してもらって嫌な気持ちになる親はいない。<br><br>窮地に立った時、友人の本質が浮き上がるだろう。
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<link>https://ameblo.jp/colin-farrel/entry-11532008883.html</link>
<pubDate>Fri, 17 May 2013 05:38:00 +0900</pubDate>
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<title>どちらの後悔を貴方は選ぶ</title>
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<![CDATA[ <div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130517/05/colin-farrel/7d/3d/j/o0480048112541608440.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130517/05/colin-farrel/7d/3d/j/o0480048112541608440.jpg" alt="photo:01" width="500" height="501" border="0"></a></div><br><br>数㌫でも可能性があるならそれにかけてみろ！！例え負け戦でもいいじゃないか。<br><br>例え数㌫でもそれを投げ出したら、後で後悔するのかもしれない…<br>その数㌫が成功になったかもしれないと。<br><br>例え数㌫でも精一杯努力して、結果駄目になることもある。<br><br>どちらの方が自分自身にとって防衛本能が働くか。<br><br>私は断言して言える。後者だ。<br><br>やらない後悔よりも、やって後悔した方が前に進める。状況によっては、一時的なココロの傷は大きくなるかもしれない。<br>でも、長い人生でみたらほんの一瞬の出来事だ。<br><br>後で「あの時もし…」なんて生き方は嫌だ。<br><br>あの時、結果はどうであれ自分の意志で決断し、行動したから今の自分がいる。<br>私は「凛」とした男でいたい。<br><br>今までもこれからもずっと、このカタチを崩すことはない。<br><br>もし崩す時、それは私自身が崩壊へと進む時であろう。<br><br>間違ってもそれは無い。<br><br>私は何事にも執着はしないようにココロがける。<br>執着ほど人間を苦しめ視野を狭くするものはない。<br>執着とは恐ろしい物質だ。<br><br>諸行無常 私はこの言葉を尊敬する。
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<link>https://ameblo.jp/colin-farrel/entry-11532008513.html</link>
<pubDate>Fri, 17 May 2013 05:34:55 +0900</pubDate>
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<title>今諦めて後で後悔しないか？</title>
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<![CDATA[ <div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130517/05/colin-farrel/5e/f4/j/o0400040012541607770.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130517/05/colin-farrel/5e/f4/j/o0400040012541607770.jpg" alt="photo:02" width="500" height="500" border="0"></a></div><br><br>やりもしないうちから、無理だと決めつける人間は駄目だ。失敗してもいいからチャレンジする意欲が大切。<br>毎日通る道もただ歩くだけでなく、何かおかしなことはないか。昨日まで無かった物が、今日はいつもあったかのように置かれている。<br>以外と意識していないと見逃してしまう。<br><br>常にアンテナを張ろう。<br><br>日頃から意識すれば自ずと身に付く。何事も継続が大切。返事だけ良い人間、その場しのぎだけの人間は絶対に身につかない。<br><br>それだけ日常とは大切な時間だ。<br><br>もし自分が今の現状に満足していても、そこで静止しては駄目だ。必ず改善する箇所があるはずだ。<br>悪い芽は後回しにしない。気付いたらすぐに摘もう。<br><br>第二の被害者が出る前に、必ず自分で止めよう。<br><br>男は常に向上心が必要だ。仕事なら尚更だ。<br><br>自分がいずれ剥がれてしまうメッキと言う仮面で終わるか、どこの世界でも価値のある金になれるか。<br><br>向上心は非常に生きる上で重要である。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/colin-farrel/entry-11532007958.html</link>
<pubDate>Fri, 17 May 2013 05:26:57 +0900</pubDate>
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