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<title>ブログ</title>
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<title>三分後の自分へ</title>
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<![CDATA[ 小学生のころ、２０になり成人した自分へ手紙を書くという学校の授業があった。<br><br>その手紙はタイムカプセルに入れ預けられ、ハタチになった時それを学校に受け取りにいった。<br><br>八年間という時間は長かった。実は、その手紙に書いた内容は憶えてはいたんだが、あまりに遠い記憶で、八年前の自分は、当然だけど今の自分ではなかった。<br><br><br>たとえば<br>三分後の自分に手紙を書いてみる。三分後の未来などあまりに近すぎる。今と変わらない自分に手紙を書くというのはなんだかこっ恥ずかしい。<br><br>たとえば<br>一日後の自分に手紙を書いてみる。夜に筆を執ってみて、朝起きてその文章を読んだらそれもまたきっと恥ずかしい。夜と朝のテンションの差が？あるいは、あまりにこの「自分」というものから離れた客観的な文章が恥ずかしいのだろうか。<br><br><br>一週間後の、一ヶ月後の、一年後の自分へ、・・・・と考えていくと、どうやら自分にとってその行為が恥ずかしいと思わなくなる期間というのは二年らしい<br><br>二年経てば変わる、振り返ってみれば二年前の自分と今の自分は全然違うし、その二年前もまた大きく違っていた。<br><br>生きていればひとは変わる。微妙な差異でしかない毎日も、積み重なれば、大きな変化になる。<br>波打ち際に佇んでいると自分では認識していても、いつしか海水に呑まれるほどに水が押し寄せているかもしれないし、逆に気づかぬうちに水辺などずっと遠くに離れていることもあるのかもしれない。<br><br>変わることに悲観してはいない。二年後の自分へ。
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<link>https://ameblo.jp/consumed-life/entry-11396725736.html</link>
<pubDate>Sun, 04 Nov 2012 22:49:30 +0900</pubDate>
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<title>2012-10-17</title>
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<![CDATA[ ちょっとメモがてら<br><br><br><br>強さには「相対的強さ」と「絶対的強さ」がある。<br>相対的とは文字通り、他と比べてということだ。一方絶対的強さとは、ある絶対的な指針や基準と比べた時の強さ。<br><br>格闘技を考えてみよう、そこには相対的な強さのモノサシしか存在しない。<br>誰々より強いとか、ランキングで何位だとか、相対的なもの。<br><br>絶対的強さとは、内面的精神的なものだ。<br>例えば、なにか悪い出来事が起きたときどれだけ傷つかずにいられるかどうか。<br><br><br>相対的強さと絶対的強さは相反する。<br>相対的強さは、かけがえのないものや情熱を注ぐことのできるものがあればあるほど増す。<br>他方、絶対的強さは失うもの執着するものが少なければ少ないほど増す。<br><br><br>かけがえのないもの、情熱を注げるものは感情を喚起する。そして愛情、憎悪、嫉妬などの感情はいやがうえにも他者や他のものに対して比べることへと、ひとを駆動していく。<br><br>何も失うことがないことの強靭さは絶対的な信念を強固にしていく。<br><br><br><br><br>言い換えれば、相対的強さとは「誰かのために」の強さで、絶対的強さとは「自分のために」の強さだ。　<br>どちらがいいということではないよ。ひとりでは生きていけないし、ひとりでしか生きていけないんだから。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/consumed-life/entry-11381730102.html</link>
<pubDate>Wed, 17 Oct 2012 13:12:43 +0900</pubDate>
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<title>どちらにしろ</title>
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<![CDATA[ 思った。<br><br>学校時代うまくいかず落ちこぼれて中途退学したみたいな認識だったけど、むしろある時期まで学校に行き続けたことのほうがよほど驚異的だ<br><br>いまになってみれば、絶望的な事態の社会のなかで十数年間は社会参加をし続けたことが自分でも驚きだ<br><br>断言できる。遅かれ早かれこうなったと。<br>だから早いほうがよかった。早くてよかった。絶望的な社会から「イチ抜ける」のには早いことに圧倒的なアドバンテージがある。というか、遅いと死ぬ<br><br>社会から抜けるのが遅いと、半身は社会化され、もう半身は社会から脱落し、いずれ身を引き裂かれる。これはメタファーだけども、だけど身を引き裂かれれば生きてはいけない。<br><br><br>この社会は、子どもが大人になりたいと思えるような社会なのかな。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/consumed-life/entry-11372255640.html</link>
<pubDate>Fri, 05 Oct 2012 22:53:49 +0900</pubDate>
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<title>４月２３日</title>
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<![CDATA[ ４月２３日が何の日か知ってる？<br><br>サンジョルディの日という記念日なんだ<br><br>バレンタインデイには想い人やあるいは日頃からお世話になっているひとにチョコレートを贈るだろう？<br><br>サンジョルディの日には、チョコレートの代わりに、本を贈るんだ<br>サンジョルディがなんなのかは知らないけどね。人の名前？<br><br><br>大好きな一冊を大好きな一人に贈る。<br>これほどロマンティックな日はないんじゃないかな<br><br><br>人生の中で出会う数少ない、一生涯付き合っていくような本が、大好きな人から贈られたものだったら、これほど最高なことはないさ<br>
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<link>https://ameblo.jp/consumed-life/entry-11369137813.html</link>
<pubDate>Tue, 02 Oct 2012 01:38:56 +0900</pubDate>
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<title>2012-10-01</title>
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<![CDATA[ 台風一過で急に寒くなったからダルくなってたけどMadeon聞いてたら元気でてきた。<br><br><iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/iqUBmeFn7qM?rel=0" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br><br><br><br>最近いいと思ったやつ<br><br><iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/Mq9zhpBweDk?rel=0" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br><br><br><iframe width="420" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/vB9S3yn9_AA?rel=0" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br><br><br><iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/JVpuRPWK62c?rel=0" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
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<link>https://ameblo.jp/consumed-life/entry-11368455412.html</link>
<pubDate>Mon, 01 Oct 2012 11:42:27 +0900</pubDate>
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<title>最近の雑感　20120929</title>
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<![CDATA[ 涼しい。<br><br>眠い。<br>コーヒーをたくさんのむ。<br><br>エビ中ちゃんやばい。ズブズブとドハマリしていく。アイドル<br><br>AKBはついに終わりがはじまったな<br><br>スマホのテンプルランていうゲームがおもしろい<br><br>エビ中の廣田あいかっていう子が天才的。というか天才<br><br>最近からだがあまりダルくない。涼しくなったからかな<br><br>mikaのニューアルバムまだ聴けてない聴きたい。予約したのに入荷してないん<br><br>普段は小説ぜんぜん読まないんだけど、１週間くらいまえから小説読める期に入った。楽しい<br><br>書きだしてみるとこんなとこか<br><br>とにかくエビ中（私立恵比寿中学校）にハマっている。完璧なアイドルグループ。どれくらい完璧かってゆーと、完璧さと緩さと適当さが完璧に交わった完璧さ。<br><br>さっき、沈黙っていう題名の小説読み始めた。<br><br>本はいつも並行して何冊か読む。<br><br>集中力がないから、一冊をずっと読むことができないんだよね。<br><br>ねむ<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/consumed-life/entry-11366816369.html</link>
<pubDate>Sat, 29 Sep 2012 15:47:25 +0900</pubDate>
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<title>2012-09-29</title>
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<![CDATA[ ふたつまえに書いたこと。<br><br>死体は美しいのかもしれない。肉体がそれ自体を維持することを終えた、もはや生命ではない何か。<br>顔にはシワが宿った。優しさのシワか、それとも苦悩ゆえのシワか。<br>手足にはキズが宿った。かすったのか、転んだのか。大病を患い手術でもしたのか。<br>それらは目にしただけで、圧倒的な情報量を得られる。<br><br><br>日々、生きる。日々、選択する。選択することは、裏返せば捨てること。<br>ひとつの選択は、もう一方の選択肢の結果がこの世に顕現することを阻む。<br>その存在しえなかった世界は、他方の選ばれたこの世界に、襞となって堆積する。<br>それが情報量、美しさ。<br>
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<link>https://ameblo.jp/consumed-life/entry-11366803145.html</link>
<pubDate>Sat, 29 Sep 2012 15:24:44 +0900</pubDate>
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<title>2012-09-29</title>
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<![CDATA[ 文章っておもしろい。<br>文体って如実にひとの影響を受けるんだ。<br><br>語彙、人称の使い分け、語尾の締め方、慣用句・修辞の使い方、句読点の多少。<br><br><br>私の場合、３人くらいの物書きの影響をはっきり受けていて、恥ずかしいほどに似ている。<br><br><br>できるだけたくさんの人の文体をコピーしたい。<br>最近気づいたらそれぞれのひとの文体から色彩のようなものを感じ取ることができるようになっていた。<br>でも、色とは違うな。匂いかな。それも少し違うけど。　言ってみればオーラ。<br><br><br>ちなみに、好きな文体は、ネチネチとレトリックが詰め込まれていてごちゃごちゃしてるんだけど、真ん中に一本芯が通っている文章。　それを要約してしまえば単純に理解できるほどシンプルな構造なんだけど、実際の文章読んでみると、猥雑で混濁していて人間味の溢れる印象を受ける、みたいな文体かな<br>
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<link>https://ameblo.jp/consumed-life/entry-11366794564.html</link>
<pubDate>Sat, 29 Sep 2012 15:08:31 +0900</pubDate>
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<title>2012-09-29</title>
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<![CDATA[ 「美しさ」の正体が何であるかわかったかもしれない。<br><br>美しさとは情報量の多さ。<br>たとえば絵画であれば、人間の喜怒哀楽、感情の情報量。ドラマチックな起伏の多さ。<br>人間であれば、希望や絶望の内包している量。知識の量、経験の量、些細なものにそれこそ美しさを感じ取れる量。<br><br><br>一見、何の情報などなさそうなシンプルなものに、多量の情報が詰まっていればいるほど美しい。<br><br>美しさとは、在るものではなく見出すものだが、この世に生を享けたばかりの人間の美しさと、年老いた人間の美しさはあの世とこの世にある断絶ほどにも大きい<br>
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<link>https://ameblo.jp/consumed-life/entry-11366664512.html</link>
<pubDate>Sat, 29 Sep 2012 10:50:38 +0900</pubDate>
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<title>2012-09-27</title>
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<![CDATA[ ２つの道があります。世界を極端にまで拡張するか、極端にまで縮小するかです。<br><br><br>他者を知れば世界は拡張します。一人の人間を知れば、その考え方を知れば、美意識を知れば、<br>その嫌悪するなにものかを知れば、世界は拡張します。たとえば、ある芸術作品を知れば、その内部に孕まれている価値観、感情の熱さ、何事かのはかなさを感じ取ることができ、その分世界が重層に拡張されます。<br>これは、多様性を感知し、それを無際限に拡げていくことです。<br><br><br>自分を知れば世界は縮小します。この世界が所詮、自分の脳が勝手に作り上げている幻想・フィクションであることを知れば世界は縮小していきます。この世の万物がなにもかも、脳内世界のつくり上げる妄想に過ぎないのだと気付くことで、世界は極度に縮小していきます。時には、自らの身体よりも小さく。<br><br><br>誰もがこの２つの道があることに気づいています。<br><br><br>この２つのどちらの道を進むのが良いのかはよくわかりません。<br>あるいは、２つの道をフラフラと歩み、中庸を進むのもひとつの手かもしれません。<br>
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<link>https://ameblo.jp/consumed-life/entry-11365198334.html</link>
<pubDate>Thu, 27 Sep 2012 14:57:06 +0900</pubDate>
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