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<title>On the Crossroad</title>
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<description>Yes ! We are G !</description>
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<title>りっけんニューウェーブ</title>
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<![CDATA[ <p>　最近、「パリテ」という言葉をしばしば目にするようになり、どういう意味なのか調べてみますと、どうやら「同等」を意味するフランス語（parité）のようです。それなら現代物理学でいう「CP対称性」のPであるパリティparity（空間反転）と同類の単語で、理系に人間にとっては後者のほうが馴染み深いかもしれません。</p><p>　それはともかく、パリテとは選挙で候補者を男女同数にする政策の意味で用いられており、女性が社会進出しやすくするための手段のひとつといえるでしょう。</p><p>　今回の参院選における候補者は女性の割合が過去最高といわれていますが、各党別に女性候補者の割合を見てみますと、自民党が相変わらず男性優位（女性14.6%）で低調なのに対し、立憲民主党では女性がほぼ半数（女性45.2%）に達しているのが目を引きます。</p><p>&nbsp;</p><p>　立憲民主党は女性候補者の割合が高いのみならず、とても活きが良く、古臭い政治家体質から隔絶した今風かつ一般社会人風のセンスを持ったクオリティの高い新人たちが続々と登場していることも注目されます。新しい感覚を頑迷固陋なオールド永田町に持ち込もうとしているそのような新人たちを、私はニューウェーブ候補者と呼びたいと思います。</p><p>　まあ私はそれほど毎日選挙にかかりっきりというワケではなく、比例区を含めた全国各地の参院選候補者を熱心にチェックしているワケでもありませんが、ただ何となくぼーっと生きていても否応なく耳目に飛び込んでくる魅力あふれる候補者たちが少なからずおりまして、前に書いた「れいわ新選組」を除くと、それはやはり立憲民主党に多いようです。</p><p>&nbsp;</p><p>　選挙区が違うために直接投票行動に出るわけにはいかず、街宣を直に聴く機会もないけれど、私が日々密かに応援電波を送っている候補者は何人もおりまして、中でもとりわけ推し度の高い二人を今回は取り上げてみたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">亀石倫子（かめいしみちこ）</span></p><p>立憲民主党　大阪選挙区</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190719/17/cva0323/a6/c6/j/o0656061114506758799.jpg"><img alt="" height="391" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190719/17/cva0323/a6/c6/j/o0656061114506758799.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;　亀石さんは北海道小樽市に生まれ、東京女子大卒業後札幌の情報通信会社に入社。その後結婚に伴い、2000年に同社を退社し、大阪に拠点を移しました。</p><p>　2005年に大阪市立大学法科大学院に入学し、2008年に司法試験に合格。法律事務所に所属して弁護士活動を開始しました。これまでに担当した刑事事件は200件以上にのぼりますが、なかでも有名なのは2017年の奈良県警GPS捜査憲法違反事件（主任弁護士として最高裁大法廷で違憲判決）、クラブ風営法違反事件（最高裁で無罪確定）、タトゥー彫り師医師法違反事件（大阪高裁で逆転無罪判決）などです。</p><p>&nbsp;　表現・職業・プライバシーなど、憲法が保障する国民の権利や自由を守るために、彼女は刑事弁護士として国家権力と対峙してきましたが、多様化するライフスタイルのなかで複雑化する社会に対して、数多くの法律がすでに適合しなくなっていることを弁護士活動を通じて痛感してきたため、人々の暮らしを守り、ひとりひとりが自由に生きるために法を整備し直すべく、立憲民主党より今回の参議院議員選挙に出馬しています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;　これまでに亀石さんが担当した事件としては、奈良県警が容疑者捜査のためにGPS装置を違法に使用した件で、最高裁大法廷で違憲判決を勝ち取った裁判が最も有名で、「刑事弁護人」という著書にもなっています。</p><p>&nbsp;　しかし、私にとってより印象的だったのは、平成24年に大阪の老舗クラブ「NOON」が風営法違反で摘発された事件で弁護人を勤めたことです。風営法は、「設備を設け客にダンスをさせ、かつ飲食させる営業」を「風俗営業」とし、事前に公安委員会の許可を得なければ営業できないとされていますが、大阪府警は平成22年頃よりこの規定を盾に、公安委員会の許可を得ずに営業している「クラブ」を次々と摘発し始めました。</p><p>　戦後の混乱期に制定された時代遅れの法律を現在の「クラブ」に恣意的に適用して無意味な取締の強化を図る警察に対し、無罪を主張する被告の弁護団に彼女は加わり、最高裁まで争って最終的に無罪判決を勝ち取っています。また、タトゥー彫師に医師免許が必要だとする、明らかに馬鹿げた一審判決に対する控訴にも彼女は関わり、大阪高裁で無罪判決を得ています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;　これらの事件を見ても分かるとおり、彼女は市井に暮らす一般の人々の中でも、やや周縁に属する人々に強いシンパシーを抱いているようです。選挙公約を見ても、選択的夫婦別姓導入はもちろんのこと、同性婚賛成、養子縁組・里親制度の拡充、ナイトカルチャー支援など、通常の政治的視点から見逃されがちなマイノリティの人々に対する心配りが感じられます。選挙スローガン「自由に生きちゃダメですか」にはそんな彼女の姿勢が表れているようです。</p><p>&nbsp;　亀石さん本人は、背はやや高めで顔が小さく、見た目にはとても華奢でチャーミングです。声はソフトでやや低めですがとても聞き取りやすく、講演や演説を聴いていると詩の朗読を聴いているような心地よさを覚えます。それでいながら彼女が語る言葉の中には、何者にも怖じず臆せずに自らの主張を貫き通す芯の強さも感じられます。</p><p>&nbsp;</p><p>　法律とは、私たちの自由な活動を縛るものというイメージがあり、また実際にそのような面もあるのですが、本来は私たちを強者や権力者らによる不当な圧迫から守ってくれるものであると私は考えます。なぜなら、どの法律も憲法の下にあるからです。しかし、権力者は時代とズレてしまった法律のスキを突いて私たちに圧力をかけてくることがあります。ですから、亀石さんのように現代社会の実情を知り、社会のマイノリティまで視野に入れる立法者が国会にはぜひとも必要だと考える次第です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">石垣のりこ（いしがきのりこ）</span></p><p>立憲民主党（野党統一候補）　宮城選挙区</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190719/17/cva0323/34/cc/j/o0960117314506760458.jpg"><img alt="" height="513" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190719/17/cva0323/34/cc/j/o0960117314506760458.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>　石垣さんは宮城県仙台市に生まれ、宮城教育大学卒業後、1998年にエフエム仙台に入社。以後、ラジオアナウンサーとして人気を集めますが、2019年に宮城県選挙区より参院選の野党統一候補として出馬しています。</p><p>　地域放送局のアナウンサーだった彼女は、これまで県外の人々にはほとんど無名の存在でしたが、今年5月に正式に出馬表明をすると、ツイッターなどのSNSを駆使した選挙戦術を展開し始め、瞬く間に全国にその名を知らしめました。</p><p>　党の方針とは独自に消費税の廃止を主張し、対立候補に直接討論を挑んでは鋭い舌鋒でベテラン議員を圧倒するなど、その果敢で一歩も後には引かない戦いぶりが評判を呼び、選挙区内のみならず、他県からも熱烈な支持者を得て今回の参院選の注目の的となっています。</p><p>&nbsp;</p><p>　 小柄でスリムながら、気合の入った顔つきで選挙区内を駆け回り、アナウンサー出身らしい滑舌の良い早口で小気味よく政策をまくしたてる彼女の姿は、同じ選挙区の先輩である鎌田さゆりさんが撮影した動画で毎日、というか日に何度もツイッターを通して全国に配信されており、すでに日本中に多くのファンを獲得しているようです。</p><p>　彼女は優秀なスタッフに恵まれているようで、選挙活動のはしばしに人々の心を掴むための細心の工夫がなされているのが目に付きます。凛々しい表情で正面を見据えた上の写真からして、内に秘めた沸き立つ闘志を感じさせ、つややかなショートヘアがまるでヘルメットのように見えてくるではないですか。</p><p>　頭の回転の速さと度胸の強さも相当なもので、公開討論会においてベテラン与党議員に対して引けを取らないどころか、政策面でも議論においても明らかに優位に立ち続けたほどの逸材ぶりでした。</p><p>&nbsp;</p><p>　純白のスーツに身を包み、宮城の街や村を元気いっぱいに走り回り、地元の人々と交流する彼女の身体から発散されるポジティブなエネルギーは私たちにも活力と勇気を毎日分け与えてくれます。選挙が終わり、その姿がネット上で見られなくなるのが残念に思えるほどですが、彼女はきっと国会に活動の場を移して、溌剌と活躍する姿を見せてくれるに違いありません。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190719/17/cva0323/4f/78/j/o0242020814506761052.jpg"><img alt="" height="208" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190719/17/cva0323/4f/78/j/o0242020814506761052.jpg" width="242"></a></p><p>このフライヤーがとてもカッコイイ！</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　この他にも立憲民主党には、東日本大震災における福島原発事故後に誰よりも精力的に東京電力の姿勢を問い続けているおしどりマコさん（比例区）、「筆談ホステス」として有名な聴力障碍者の斉藤里恵さん（比例区）、LGBT当事者として活動を続ける増原裕子さん（京都、野党統一）、元朝日新聞記者でメディアの堕落を糾弾する山岸一生さん（東京）など、魅力あふれる候補者が数多くおります。</p><p>　また、他党では共産党のたつみコータローさん（大阪）やベテランの仁比そうへいさん（比例）、それに忘れちゃならない小池晃さん（比例）らも見事に当選を果たすことを切に願っております。</p>
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<link>https://ameblo.jp/cva0323/entry-12495718112.html</link>
<pubDate>Fri, 19 Jul 2019 21:07:32 +0900</pubDate>
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<title>れいわ十勇士（下）</title>
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<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190717/20/cva0323/43/27/j/o1200120014505259360.jpg"><img alt="" height="420" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190717/20/cva0323/43/27/j/o1200120014505259360.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>（前回の続き）</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">反逆のコンビニオーナー：三井よしふみ（比例代表）</span><br>@reiwamitsui&nbsp;<br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190717/20/cva0323/fc/57/p/o0640036014505242772.png"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190717/20/cva0323/fc/57/p/o0640036014505242772.png" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>　元コンビニオーナー。</p><p>　明治大学を卒業し、三井住友銀行に入行。東京外為事務部を始め、ロンドン支店や国際総括部等各部所を経て早期退職後、高齢化社会で地域に密着した仕事を目指して千葉県内でセブン・イレブンを開業しました。</p><p>　ところが、大手コンビニフランチャイズチェーンの現場は予想に反して過酷な労働搾取の現場で、事業主として契約したにもかかわらず、毎日の売上金送金の強制、理不尽に高額な仕入れ価格、24時間365日休みなしの営業義務などの悪条件に低賃金や慢性的な人手不足が重なり、加盟店のオーナーたちは次々と体調を崩していきます。しかし仲間たちとともにコンビニ加盟店ユニオンを立ち上げ、本部に待遇改善や説明を求めてもまともな回答は得られず、多額の損害賠償を請求されるために辞めたくても辞められない状況でした。</p><p>　2014年9月、朝日新聞のインタビューでコンビニオーナーとしての苦境を赤裸々に語り、「戦うコンビニ店長」として知られるようになると、それを問題視したコンビニ本社から2016年4月に契約解除の通告があり、わずか2週間で閉店を余儀なくされました。<br>　その後、事業主という名目で無限大の労働を強いられ、本社からの搾取に苦しむコンビニオーナーたちの状況を改善させるべく、他国にはあるが日本のみが持っていないフランチャイズ規制法の制定を実現させるべく活動を開始しました。<br>　「勝ち組・負け組」という価値観のもとに、巨大企業が労働者たちを非人道的なまでに搾取する現代社会に反旗を翻し、「競争から切磋琢磨へ」をスローガンに、壊れてしまった日本の心を取り戻すべく、れいわ新選組から三井さんは立候補しました。<br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">進撃のエコロジスト：辻村ちひろ（比例代表）</span><br>@chi3deyansu&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190717/20/cva0323/0e/69/p/o0640036014505243048.png"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190717/20/cva0323/0e/69/p/o0640036014505243048.png" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>　環境保護NGO職員。<br>　辻村さんは環境保護団体職員として、世界自然遺産小笠原諸島の自然保護問題や、リニア中央新幹線による自然破壊、辺野古の埋め立て、国立公園での地熱開発、森林を破壊するメガソーラーなど、自然との共生とはいえない各地の保護問題の解決のために活動をすると同時に、自然環境保全法や、種の保存法など環境に関する法律をよりよくするためのロビー活動にも力を入れてきました。<br>　自然環境を保全することは、ただそこにある自然を守ることではなく、そこにくらす人たちの暮らしを守ることであり、「自然保護とは、人と自然の繋がりを守ること」だと彼は述べます。「景観は、歴史文化の繋がりを表したもの。それがなくなるということは、地域の自然、歴史文化がなくなること」であると彼は主張します。</p><p>　無駄な公共事情と環境開発により犠牲になっている弱者たちの立場を守り、「日本1個分の暮らし」すなわち持続可能な循環型社会を目指し、人と自然が正しくつきあうための環境政策を推し進めるべくれいわ新選組から出馬しました。<br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">マネーのドラゴン：大西つねき（比例代表）</span><br>@tsune0024&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190717/20/cva0323/4a/0c/p/o0640036014505243286.png"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190717/20/cva0323/4a/0c/p/o0640036014505243286.png" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>　元J.P.モルガン銀行資金部為替ディーラー。<br>　上智大学卒業後、、シアトル大学で政治科学を専攻し、J.P.モルガン銀行資金部為替ディーラーとして金融の最前線で活躍した経験から格差、貧困、環境破壊、戦争、病気などの多くの社会問題の根本に必ずお金があり、その発行の仕組みが原因となっていることを見抜き、巨大な搾取構造と化した現代の金融資本主義を根本的に変えるために株式会社インフォマニアや政治団体フェア党を設立し政治活動を開始しました。<br>　れいわ新選組の経済政策の支柱となるMMT理論、すなわち「政府の借金は国民の財産」であるという財政金融の仕組みを明快かつ理路整然と語るスピーチが多くの人々に驚きを持って迎え入れられています。彼は資本主義の限界を見据え、アメリカの「オキュパイ・ウォールストリート運動」やフランスの「イエロー・ベスト運動」などと連動する、これからの日本経済が向かうべき道筋を明確に指し示します。</p><p>　現代企業はコストを人間の作業活動に関わるものとしか計算していませんが、例えば石油や森林が地質学的時間の中で今ある状態にまでたどり着いた経緯をコストに含めるなら、自然資源を手当たり次第に採取し、安い労働力で製品を作り、消費者に高く売ることで資本家が利益を得るという資本主義経済システムが早晩行き詰まることは確実だと彼は述べます。</p><p>　また、税制に関しては、現在日本の分離課税（株式の売買や配当で得た利益）が最高20％であるのに対し、所得税の最高は55％に設定されており、なんの価値も生み出さない金融活動に比べて実際の労働が税制上は不当に低くみなされている現状を指摘し、1年以内の株式保有に対して高率に課税することを提言しています。<br>　私たちの経済の常識を次々と覆し、世界的に限界を迎えた資本主義経済を超えた未来への政策をキレの良い言葉で語る大西さんは、れいわ新選組の強力なブレインとなっています。<br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">全身麻痺の万能人：ふなごやすひこ（比例代表 特定枠１）</span></p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190717/20/cva0323/5c/dd/p/o0640036014505243487.png"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190717/20/cva0323/5c/dd/p/o0640036014505243487.png" width="420"></a>&nbsp;</p><p>　全身麻痺ギタリスト。<br>　株式会社アース副社長。<br>　ふなごさんは拓殖大学を卒業した後、酒田時計貿易株式会社に入社し、商社マンとして活躍していましたが、1999年、41歳のときにALSという神経難病を発症し、次第に麻痺が全身に進行。2002年には呼吸筋麻痺により人工呼吸器を装着、嚥下困難のために胃ろうを造設。現在は歯で噛むセンサーを用いてPCを操作して創作活動に携わり、意思伝達装置「伝の心」を用いて講演活動も行っています。また、立正大学文学部哲学科においてゼミ生の卒業論文の指導を行い、会社経営に携わり、音楽演奏デバイスを用いてギター演奏も行うなど、八面六臂の活動を続けています。</p><p><br>　ALS（筋萎縮性側索硬化症）という病気について簡単に解説しておきますと、これは神経系の病気の中でも「変性疾患」と呼ばれる原因不明、進行性の難病の一つで、主として脊髄の側索と呼ばれる領域にある脊髄前角細胞が徐々に変性萎縮していきます。</p><p>　神経系においては大脳前頭葉の一次運動野に身体の運動に関わる神経細胞（ニューロン）が存在しており、この運動神経細胞から軸索と呼ばれる長い繊維が出て脳幹から脊髄を下行し、脊髄前角において二次運動ニューロンにシナプス結合します（上位ニューロン）。この脊髄前角細胞から更に軸索が伸びて四肢の骨格筋に至り（下位ニューロン）、神経筋接合部を介して大脳から来る命令を筋肉に伝え、その命令を受け取って筋肉が意志に従って動くという仕組みになっています。</p><p>　ALSはその脊髄前角の二次運動ニューロン（下位ニューロン）のみが特異的かつ進行性に障害される病気です。ですからまず初めに手足の筋肉の力が落ち始め、次第に歩行ができなくなり、車椅子状態となります。両手の筋力も徐々に落ちて、腕を持ち上げたり物を掴んだりすることもできなくなります。病気が進行すると呼吸筋も麻痺して人工呼吸に頼らなければ呼吸ができず、水や食物を飲み込むこともできなくなるので胃ろうを造設してそこから栄養補給をするしかなくなりますし、もちろん言葉をしゃべることも不可能になります。<br>　しかしこの病気には「4ない症候」というのがありまして、認知症・眼球運動障害・感覚障害・褥瘡の4つは最終段階に至るまで出現しません。</p><p>　運動神経のみが侵されますから、感覚は正常に保たれており、また自律神経機能も障害されませんから褥瘡、つまり「床ずれ」もできにくいのです。眼球の意志的運動（随意運動）を支配する神経核は大脳のすぐ下にある中脳という部分にあり、神経細胞の変性はここまで及びませんから末期まで眼球運動のみは保たれます（顔面筋の運動を司る顔面神経運動核や舌・咽頭喉頭の運動に関わる神経核は中脳より下部にあるため、こちらは障害されます）。ですから進行したALSの患者さんは眼球の動きに反応するセンサーを備えたデバイスを用いて自分の意志を伝えることができるのです。また、大脳から脊髄前角に至る上位ニューロンもほとんど障害されませんので、知的機能も健常人と同様か、むしろより優れた患者さんも少なくありません。<br>&nbsp;</p><p>　ALSについて長々と書いたのは、ふなごさんの能力について知ってもらおうと思ってのことです。ツイッターなどを見ますと、「重症障碍者に国会議員が務まるわけがない」などという、極めて愚かしい意見を平気で述べている馬鹿者を見かけたりするのですが、国会議員の仕事がどんなものか、そしてALSがどのような病気か少しでも分かっている人ならば、そんなツイートは恥ずかしくてできないはずですからね。<br>　適切な介助さえあれば、彼のこれまでの活動実績からみても、○山アホ高なんかの数百倍は有能な議員となれるに違いないと私は思っています。<br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">怒りの肝っ玉おっ母：渡辺てる子（比例代表）</span><br>@teruchanhaken</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190717/20/cva0323/4c/08/p/o0640036014505243695.png"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190717/20/cva0323/4c/08/p/o0640036014505243695.png" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>　元派遣労働者・シングルマザー<br>　女性労働問題研究会運営委員<br>　レイバーネット日本運営委員<br>　ラストは「てるちゃん」の愛称でれいわ支持者たちから大人気の「最終兵器彼女」渡辺てる子さんです。<br>　渡辺さんは武蔵大学社会学部を中退後結婚しますが、25歳のときに2人の幼い子どもを残して配偶者が失踪し、シングルマザーとなります。そればかりでなく、彼女は下のお子さんを出産した直後はホームレス状態であり、生まれたばかりの赤ちゃんを抱えて寒空のもとで野宿をしなければならないこともあったそうです。</p><p>　仕事をしようにもどこもまともに雇ってくれる所はなく、保育園の給食調理や保険営業等の職を転々とし、途中母子心中を考えたほど追い詰められた時期もあったそうですが、40歳を過ぎてからようやく派遣の仕事に就きました。</p><p>　彼女は仕事をしながら独学で勉強を続け、いくつもの資格を取得しましたが、大学中退という学歴や子持ちのシングルマザーという立場から、いつまでたっても正社員になれず、2017年には16年以上働いてきた派遣先企業から一方的に雇止めを通告されます。二人のお子さんはすでに独立されているようですが、現在は認知症のお母さんの介護もされているそうです。</p><p>　まさに本人の言う通り、「貧困のエキスパート」である彼女ですが、その後女性労働問題研究会やレイバーネット日本の運営に携わり、主としてワーキングプアの労働者やシングルマザーの女性を代弁して社会に対し積極的に発言していくようになりました。<br>　弱者の犠牲や悲しみの上に成立する見せかけだけの経済的繁栄を批判し、生活保護も受けられずに餓死した人がいる中で、永田町で2000万円の飲食代を使って平然としている与党有力政治家たちを激しく糾弾する彼女の魂のこもったスピーチは、まるでシャウトするゴルペルやブルースの女性シンガーのようであり、その姿を現場や動画で観た人々のハートを鷲掴みにし、ソウルを熱くたぎらせています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　以上、れいわ新選組のかた破りで、人間的な魅力あふれる10名の候補について、2回に渡って書いてみました。もちろんまだ書き足らないこと、言葉足らずのこと、もしかしたらちょっと勘違いしていることも多々あろうかと思いますが、今の私にできる範囲で精一杯書いたつもりです。</p><p>　来る7月21日（日）の参議院選挙では、ぜひ国民の大きな支持を受けて、この素晴らしい10名全員が当選してほしいと願っています。れいわ新選組に幸あれ！</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190717/20/cva0323/c7/c2/j/o1080086814505258107.jpg"><img alt="" height="338" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190717/20/cva0323/c7/c2/j/o1080086814505258107.jpg" width="420"></a></p><p>（公式ツイッターより）</p><p><br><br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/cva0323/entry-12495107502.html</link>
<pubDate>Wed, 17 Jul 2019 21:37:29 +0900</pubDate>
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<title>れいわ十勇士（上）</title>
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<![CDATA[ <p>　いよいよ参院選投票日まで1週間を切ってしまいました。</p><p>　前回の記事に書いたとおり、私は山本太郎の街宣を生で聴いて大いに感銘を受け、以後彼と彼の立ち上げたれいわ新選組に注目し続けているのですが、7月初旬に発表された9名の候補者たちが、いずれも太郎さんに負けず劣らず個性的で魅力的な異端者ばかりでしたので、夜毎に彼らの動画やツイートをチェックしては驚いたり呆れたり笑ったりしております。</p><p>　とはいえ、ほとんどのメンバーが今回の参院選で初めて知った人々ですので、まだその経歴やキャラクターを十分には把握できていないのですが、もうあまり時間もありませんので、太郎さんを含む10名の候補者を「れいわ十勇士」と名付けて、できる範囲で人物紹介をやってみたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">情熱のカリスマ：山本太郎（比例代表）‎</span></p><p>&nbsp;</p><p>@yamamototaro0&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190713/19/cva0323/fd/34/p/o0640036014500889999.png"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190713/19/cva0323/fd/34/p/o0640036014500889999.png" width="420"></a></p><p>　10代の時に芸能界入りし、様々な作品に出演して俳優として高い評価を得ていましたが、2011年3月の東日本大震災をきっかけに反原発運動を開始し、2013年7月に東京選挙区より参議院議員選挙に出馬して見事当選。その後小沢一郎らと活動をともにし、2016年10月より自由党共同代表となるも、政党の枠組みに縛られない自由奔放かつ国会の常識をくつがえす言動で世間の注目を浴びてきました。<br>　しかし、常に弱者の視点に立ち、政治の欺瞞と怠慢と傲慢にNoを突きつける一貫した姿勢が次第に人々の支持を集め、2019年4月、ついに単身独自の活動に踏み切り、草の根政治団体「れいわ新選組」を立ち上げて国政選挙に挑みます。<br>　彼が同士として選んだ驚くべき仲間たちは次の9人です。<br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">琉球の嵐：野原ヨシマサ（東京選挙区）</span></p><p>@victory51565059&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190715/19/cva0323/2e/03/p/o0640036014503221866.png"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190715/19/cva0323/2e/03/p/o0640036014503221866.png" width="420"></a></p><p>　沖縄創価学会壮年部。<br>　20代で創価学会に入信し、30年以上も熱心な信者として活動してきましたが、自公連立の下で「大衆とともに語り、戦い、大衆の中で死んでいく」という公明党の立党精神が損なわれていることに憤りを覚え、2018年の沖縄県知事選挙で与党候補を推す公明党の方針に公然と反旗を翻し、玉城デニー現知事の応援に立ったことで全国的に注目を浴びました。<br>　今回の参院選では「善人の沈黙を続ける」心ある創価学会員の目を覚ますべく、山本太郎の東京都選挙区を引き継ぎ、同選挙区で立候補している公明党党首の山口那津男に戦いを挑みます。</p><p>　安保法制、共謀罪に賛成し、池田大作創価学会名誉会長の平和思想と真逆の方向に進んでいる公明党とその執行部の変節を厳しく批判し、党を平和福祉というヒューマニズムの原点に立ち戻らせるべく、また沖縄の民意を無視して強硬に辺野古新基地建設を進める政府を糾弾し、日米安保協定の下でそのマイナス面を一手に押し付けられている沖縄の現状を国民に広く知らしめるべく、日蓮仏法の平和思想を共有するれいわ新選組に、創価学会員のまま参加しました。<br>　東京での街宣現場では彼を支持する創価学会の三色旗が打ち振られ、「山口那津男とガチンコ対決」をすべく大胆にも信濃町の創価学会本部前で行うなど、本気の戦いが繰り広げられています。<br>　素朴な雰囲気の中に熱い情熱を秘めたその言動に、多くの支持が寄せられています。<br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">鋼の匕首：はすいけ透（比例代表）</span></p><p>@1955Toru&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190715/19/cva0323/9d/cf/p/o0640036014503222038.png"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190715/19/cva0323/9d/cf/p/o0640036014503222038.png" width="420"></a><br>　元東京電力社員で、2002年に日本原燃に出向し、燃料製造部副部長として核廃棄物再処理（MOX燃料）プロジェクトを担当、2006年に東京電力原子燃料サイクル部部長（サイクル技術担当）に就任し、日本の原子力発電の政策と現場に彼は深く関わってきました。同時に北朝鮮による日本人拉致被害者の蓮池薫さんの実兄として拉致問題においても精力的な活動を行ってきましたが、北朝鮮に対して強硬姿勢を取り続ける「家族会」や「救う会」主流派としだいに意見の違いが大きくなり、2011年には家族会を退会しています（東電は2009年に退社）。<br>　その後、原発問題と拉致被害問題の裏を知り尽くした男としてフリーの立場から鋭いコメントを発信し続けており、2015年に出版された著書「拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々」の中で、安倍晋三を拉致問題を政治的に利用してのし上がったと糾弾し物議を醸しました。また、原発問題に関しても、原子力関連業務に長年携わっていた経験から、福島第一原発事故を当事者の目線で分析、考察し、原発の危険性とその廃止を世間に広く訴えています。<br>　知的でクールな雰囲気ながら、ツイッターでは「原子力ムラ」による被災地対策の欺瞞を暴き、自民党塚田（忖度）一郎が弟の薫さんを「被害者の声を訊きたい」と訪ね、最後に薫さんに向かって「一体いくら欲しいんですか?」と言った驚愕の事実を暴露し、「理不尽なことには、暴力以外で身体を張り阻止します」と熱血漢ぶりを見せる彼は、必ずや安倍政権と与党の急所をえぐる鋼の匕首となるでしょう。<br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">越境する魔術師：やすとみ歩（比例代表）</span></p><p>‎@anmintei&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190715/19/cva0323/95/b5/p/o0640036014503222289.png"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190715/19/cva0323/95/b5/p/o0640036014503222289.png" width="420"></a></p><p>　東京大学東洋文化研究所教授。</p><p>　京都大学大学院経済学研究科より経済学の博士号を取得し、博士論文『「満洲国」の金融』で第40回日経経済図書文化賞を受賞。その後名古屋大学助教授、東京大学助教授、東洋文化研究所准教授を経て現職に至るという、すごい経歴の持ち主です。しかし私は経済学に関してはまるっきりの素人ですので、彼の専門領域に関しては解説できませんのでカンベンな。</p><p>　前にも書きましたように、私はれいわ新選組の候補者のほとんどを今回の立候補で初めて知ったのですが、その中でも一番のけぞったのがこの安冨歩（あゆみ）さんでして、雨宮処凛さんのネットマガジン「れいわ新選組、怒涛の当事者候補大作戦!!の巻」において、「隣にいる山本太郎が常識人に見える」と適切にも評されたほどの異次元候補です。</p><p>　選挙運動が始まると、さっそく馬（ユーゴン君という綺麗なセラピーホース）を連れて東京の街を闊歩する、音楽を奏でながら子どもたちと戯れる、銀座の歩行者天国で通行人に仕込んだダンサーたちにいきなりマイケル・ジャクソンの「スリラー」を踊らせるなど、まるで街なかに楽しい祝祭空間を立ち上げるような、実に自由気ままな活動がネット上で評判になっています。</p><p>&nbsp;</p><p>　安冨さんの深遠な思想を紹介するのはとても私の力量の及ぼところではないのですが、まあ現在理解できていると思える範囲で申しますと、彼は現代の都市の生活空間は記号化されてしまい、私たちの生活はシステムに支配されてしまっていると主張します。システムとは単に安倍政権というのではなく、安倍総理も麻生副総理もそれに操られる傀儡でしかないような、私たち個人にはとても到達不可能な仕掛け、すなわち国民国家です。そのシステムが私たちに子供から大人に育っていくうちに強迫観念を植え付け、大人たちはそれに脅されて生きていると言います。安倍総理や麻生大臣が平気で無茶苦茶なことをやり続けるのも、彼らがその強迫観念に怯えているからだと安冨さんは喝破します。</p><p>　それというのも、安冨さん自身、進学校から一流大学に入学し、一流企業に就職し、学問の道に転身しては若くして名誉ある賞を獲り、東大教授にまで上り詰めながら、そのキャリアを通して生の実感を得ることなく、キャリアアップするたびにただ「生き延びることができた」と一時的な安堵感を覚えるのみで、「どんなに登り続けてもゴールの見えない断崖絶壁を、一人、延々と登り続ける孤独と不安」を抱えつつ、「挑戦することをやめると気が狂いそうになる」ために「たびたび沸き起こる自殺衝動に長らく悩まされてきた」からです。</p><p>　安冨さん自身を脅かし続けてきた強迫観念は、両親から植え付けられた「兵士となって国のために死ねる男らしさ」であり、離婚とそれに伴う両親との絶縁をきっかけに彼はその正体に気づき、さらに2013年から始めた「女性装」によりその呪縛から開放されました。</p><p>　ですから安冨さんのメインとなる主張は、私たちのような怯えに突き動かされる大人たちを作らないために、システムの洗脳から「子どもたちを守れ！」ということです。そして記号化された都市空間を異化するために、東京の街に馬を連れ、音楽を奏で、歌い踊る選挙活動を行っているのです。</p><p>　また、国会議員としての使命を果たす準備もすでにできており、2002年に刺殺された石井紘基衆議院議員の遺志を引き継ぎ、議員が権限として持つ国政調査権を駆使して日本の財政支出、特に特別会計の調査を行う意向を述べています。</p><p>&nbsp;</p><p>　女性と男性、大人と子供、アカデミズムと大衆文化、人間と動物等々、さまざまな対立概念の間に引かれた境界線を気ままに乗り越え、システムの呪縛によりいつの間にか生きづらくされている私たちの思考に風穴を空けて自由な風を吹き込ませてくれる安冨さんについて書き出すと面白すぎてホントにキリがありませんので、後はご自身でチェックしてみてください。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">車椅子の熾天使：木村英子（比例代表 特定枠２）</span></p><p>@eikokimura</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190715/19/cva0323/58/75/p/o0640036014503222533.png"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190715/19/cva0323/58/75/p/o0640036014503222533.png" width="420"></a></p><p>　全国公的介護保障要求者組合・書記長。<br>　全都在宅障害者の保障を考える会・代表。<br>　自立ステーションつばさ・事務局長。<br>　木村英子さんは生後8ヶ月の時に歩行器ごと玄関から転落し、頚椎を損傷。以後、脳性麻痺も加わり首から下が麻痺した状態となり、6歳のときに養護施設に入所し、高等部卒業までのほとんどの時期を施設と養護学校で過ごしてきました。しかし19歳のときに施設を出て自立生活を始め、今日までさまざまな人の手を借りながら地域で暮らしてきたそうです。</p><p>　現在の社会で重度障碍者が自立して生活をしていくのがどれほど大変なことか、私たちには想像も及びません。彼女は自ら障碍者政策を学び、仲間とともに障碍者運動に携わり、1994年に東京都多摩市に「自立ステーションつばさ」を設立しています。</p><p>　「生産性ではなく、いかに、存在しているだけで人間は価値があるかという社会を実現するために政治がある」というれいわ新選組の思想のもとに、今回の参議院選挙に立候補しました。それには福祉政策の改悪により、高齢の障碍者が介護保険の枠組みに入れられて十分な介護が受けられなくなり、生活が危機にさらされているという現状を自らの手で変えたいという木村さんの強い意志が働いています。<br>　雨宮処凛さんの記事からの引用ですが、とても良い話があります。<br><br>　会見で、彼女は現在の障害者施策の問題点に触れつつ、「自分の身体をもって、政策を変えてもらいたい」と語った。また、その後の太郎氏の発言も印象的だった。<br>　木村さんは、自身が出馬することによって、太郎氏が「障害者を利用してる」というバッシングに遭うのではないかと心配していたのだという。これに対して、太郎氏は一言、言った。<br>　「上等です。障害者を利用して、障害者施策を進めようじゃないか」<br><br>　れいわ新選組は比例区特定枠、すなわち比例区候補者名簿のうち得票数にかかわらず優先的に当選が決まる枠組みに木村さんと、後の述べるふなごやすひこさんの2人の重度障碍者を充て、山本太郎自身は非拘束名簿の比例区から出馬するという作戦に出ました。これはまさに太郎さん自身が述べた言葉通りでして、現実的にほとんど選挙活動ができない2人を比例区で優先し、1人か2人は確実に重度障碍者を国会に送り込もうというとても優れたやりかたです。</p><p>　現在バリアフリー化がほとんど進んでいない国会施設に重度障碍者の国会議員が誕生すれば、施設構造の見直しや介助者の付き添い方等に関するルールの変更が否が応でもなされざるを得ませんし、「私たち抜きに私たちのことを決めないで」という障碍者運動のスローガン通り、当事者自身による障碍者政策が作られることになるからです。</p><p>　しかし、一方ではかなりの得票数が取れなければれいわ新選組の中心である山本太郎は議席を失うことになるという、背水の陣ともいうべき作戦ですので、自分の議席を保つことよりも、大事な同士を国会に送り込むことを優先した山本太郎の侠気に感じ入った次第でした。<br>&nbsp;</p><p>（続く）</p><hr><p>＊参考：マガジン9　雨宮処凛がゆく！第487回：れいわ新選組、怒涛の当事者候補大作戦!!の巻<br><a href="https://maga9.jp/190702-2/">https://maga9.jp/190702-2/</a></p><p>&nbsp;</p><p><br>＊「障碍者」という表記について：</p><p>　木村さん自身は自らの経歴やツイートで「障害者」という表記を使っており、雨宮さんの記事もそのままの表記にしてあります。私自身もこれまであまり気にせずに「障害者」という表記を使っていたのですが、木村さんやふなごさんの記事を読んだり動画を見ているうちに、「障害者」という表記がなんだか「障害物＝邪魔物」と同様に思えたり、「害」という文字が「害虫＝悪い、損害を与える虫」を連想させるようになってきましたので、その表記を使うのがなんとなく心苦しくなり、自分の文章では「障碍者」という表記を用いています。もっと良い言葉があればいいのですが。<br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/cva0323/entry-12494379297.html</link>
<pubDate>Mon, 15 Jul 2019 20:58:55 +0900</pubDate>
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<title>山本太郎体験　〜5/5伝説の小倉街宣〜</title>
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<![CDATA[ <p>　昨日（2019年7月12日）、東京品川駅で開催されたれいわ新選組「れいわ祭」の動画を見ますと、港南口前の広場に溢れんばかり詰めかけた聴衆たちから、山本太郎を始めとするれいわ候補者たちのスピーチに対して盛んに歓声や拍手が沸き起こっていまして、ますます勢いづいてきているれいわ新撰組のパワーを肌身で感じとることができます。</p><p>　2019年夏の参院選において、間違いなく台風の目となっているれいわ新選組の活動は、現参議院議員山本太郎が小沢一郎の下を離れて、たった一人で動き始めたことから始まったのはもはや説明するまでもないでしょう。現在では10名の個性際立つ候補者たちを擁するこの政治団体も、旗揚げ当初はまだ世間からあまり注目を浴びることもなく、山本太郎の孤軍奮闘ばかりが目立っていました。そんな時期の今年5月5日、当の山本太郎が私の地元の小倉（北九州市）で街宣を行うという情報を得て、私はその現場に行ってきました。</p><p>　それまで私は山本太郎の国会議員としての活動はあまりよく知らず、折にふれてツイッターにアップされる動画などを見て、「けっこう良い事を言っているけど、ちょっとキワモノっぽいかな…」という程度の認識しかありませんでした。しかしSNS上で彼を支持する声が次第に増えている状況から、彼がどこまで本物か見極めてやろうという、多少意地悪な動機もあってその日の街宣を見に行ったのでした。まさかそれが彼の「伝説的街宣」となろうとは夢にも思わずに…</p><p>&nbsp;</p><p>　当日は五月晴れの爽やかな日で、GW中でもあり小倉駅南側の小倉城口広場はかなりの人出でしたが、演説開始時間直前になっても街宣場所にはまだそれほど人が集まっておりません。5月初めですからまだ風が少々冷たく、次第に西側のビル群へと夕日が傾いていく中、会場前でスタッフさんに手渡されたチラシを読みながら少々手持ち無沙汰にしていますと、係の人から通行の妨げにならないようにもっと前に来るように促されました。そこで言われるがままに移動しますと、いつの間にか最前列、しかも太郎さんの真正面という、なにやら妙な緊張を覚えるポジションに立っていたのでした。</p><p>&nbsp;</p><p>　ほぼ定刻通りに演壇に立った太郎さんはデニムのジャケットに純白のTシャツというラフな格好で、そのTシャツの下で鍛え上げられた筋肉がはちきれんばかりに充満している様子が印象的でした。彼の背後には大型のモニターが設置されていまして、出来上がったばかりの「れいわ新選組」のロゴが映し出されています。このモニターは、演説のポイントポイントで太郎さんの話を補足し、また言葉で説明しにくいデータやグラフなどを表示して聴衆の理解を助けるという、とても優れたデバイスでした。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190713/18/cva0323/d8/c2/j/o2016151214500843803.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190713/18/cva0323/d8/c2/j/o2016151214500843803.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>　太郎さんは初めに自己紹介と、自由党から独り立ちした経緯を簡単に述べ、それから「山本太郎が総理大臣だったら何をする？！」というタイトルのチラシ（永田町恐怖新聞 vol.9）に載っている政策の説明を行います。</p><p>&nbsp;</p><p>＜山本太郎は何をしたい？！＞</p><p>・まずは消費税を廃止に。</p><p>・コンクリートも人も</p><p>・全国一律！最低賃金1500円「政府が補償」</p><p>・公務員を増やします</p><p>・安い家賃の住まい・奨学金チャラ</p><p>・原発即ゼロ、再稼働しない。被爆させない。</p><p>・真の独立国家を目指す</p><p>・お金配ります</p><p>・財源はどうするの？</p><p>&nbsp;</p><p>　これらの項目について、ひとつひとつ様々なデータを駆使しながら太郎さんは語っていくのですが、驚くべきことに後ろのモニターに表示される膨大な情報が完全に頭の中に入っているらしく、決して簡単でない内容を明快に、理路整然と、歯切れよく、しかもユーモアを交えながら人好きのする関西弁で説明していく姿に、まずは心を掴まれたのでした。</p><p>　中でも特に強調されたのは、チラシの表紙にも謳われている「消費税の即刻廃止」でして、MMT理論を援用したその財源の問題など、必ずしも完全に同意できるものではありませんでしたが、それでも彼の説明は大いに説得力がありました。その他の項目についても私がかねてより感じ考えていた事柄とおおむね一致するもので、さらにそれを強力にブラッシュアップしてくれるスピーチでしたので、「こんな政治家がこの国にいたんだ！」と驚き喜んで聞き入っておりました。もうこの時点で完全にファン目線ですね。</p><p>&nbsp;</p><p>　次いで聴衆たちとの質疑応答に入りまして、私などはもう少し政策内容の説明を聞いていたかったので少々残念に思ったのですが、実はここからが太郎さんの本領発揮、面目躍如となるとは知る由もなかったのでした。</p><p>　まず最初に質問に立ったのは、太郎さんの街宣をすでに何度か聞いていると思しき細身の青年で、公職選挙法に定める戸別訪問の是非に関する内容でした。私も質問が途切れたら早速聞いてみようといくつかのテーマを考えていたのですが、意外にも次から次へと質問者が立ち、私の出る幕がありません。</p><p>&nbsp;</p><p>　質問の内容は実にさまざまでしたが、太郎さんが見事なのはどんな質問にも誠実かつユーモラスに答え、そればかりでなくそこからたちまち自分の信念と政策に話を敷衍していくところでして、必要とあらば即座に関連するデータをモニターに表示し、時にはデータを離れて彼の思いの丈を熱い口調で語るのです。その言葉のひとつひとつは彼の6年間の政治現場の活動経験に裏打ちされ、つねに弱者や虐げられた人々の側に立ち、市井に懸命に生きる人々への信頼と愛情、そしてそのような人々を踏みにじって恥じることもない強者たち、大企業、政府に対する怒りに満ち溢れていました。私たち聴衆はその迫力と情熱と人間愛にすっかり圧倒されてしまい、しばしば拍手を送ることすら忘れそうになるほどでした。</p><p>&nbsp;</p><p>　ちょっと気の強そうな高齢女性から「れいわ新選組」という名称について厳しい質問をされたときも、短い選挙期間の中で誰もが知っている新元号（そして総理があたかも自分のものであるかのように言及する元号）をあえて冠し、時の権力者の徳川幕府の手先であった「新撰組」の名称を、現在の権力者、それは政府ではなく我々国民のために奉仕する者と読み替えて自らの政治団体の名称とした経緯を彼は丁寧に説明しました。</p><p>　次いで高齢の男性から、「いったい一人で何ができるのか？」と問われて太郎さんがそれに答えた場面はこの日の街宣のハイライトシーンとなりました。これは私が説明するよりも、見事な動画が上がっておりますので、ぜひこちらを御覧ください。</p><p>&nbsp;</p><p><iframe allow="accelerometer; autoplay; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen frameborder="0" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/Xeya4qBPuck" width="560"></iframe></p><p>&nbsp;</p><p>　これはこの時の雰囲気が非常によく捉えられています。拍手がまばらなのではありません。この頃にはもうかなりの数の聴衆が詰めかけていましたが、ほとんどの人が太郎さんの情念に圧倒されて拍手や声援を忘れて聴き入っているのです。この場面を、最前列で、太郎さんの真ん前で見ていた私の驚きと感動も想像できるでしょう？</p><p>&nbsp;</p><p>　5月上旬はまだ日が落ちるのが早く、街宣会場はもう夜の闇に包まれています。前日の福岡街宣は2時間に及んだそうですが、この日は午後5時半に始まった街宣が8時を過ぎてもまだ続いておりました。太郎さんは時折携帯ボンベで酸素吸入を行いながら、最初から最後までとてつもないエネルギーと情熱を以て演説と質疑応答を行ってくれました。街宣終了後には太郎さんとツーショット写メを撮ってもらえる嬉しい特典もありまして、感銘を受けた多くの聴衆たちは太郎さんの存在を世間に広めるべく、スタッフさんたちから次々とポスターを受け取っておりました。もちろん私もその一人です。</p><p>&nbsp;</p><p>　60年代末にロンドンにジミ・ヘンドリクスが登場し、目の肥えた聴衆たちの前でギターをプレイしたとき、それまで観たこともなかったような斬新なスタイルに人々は仰天してしまいました。エリック・クラプトンとピート・タウンゼント（THE WHO）は女学生のように手をつないだまま、あんぐりと口を開けて彼のプレイに見入っていたそうです。ジミのライブを観てそれまでのギター・プレイの概念をひっくり返された人々は、その体験を「ジミ・ヘンドリクス体験 Jimi Hendrix Experience」と呼び、それは彼のバンドの名称にもなりました。</p><p>　山本太郎の演説を生で体験した人々の多くは、おそらくこれまでの政治家や政治に対する概念がひっくり返されてしまったに違いありません。それほど太郎さんのスピーチは強烈で、刺激的で、感動的なのです。私はこれを「山本太郎体験」と呼びたい欲望を抑えきれません。</p><p>&nbsp;</p><p>　幸いに、参院選の投票日まで1週間以上あります。太郎さんと、そのキャラの濃い9人の仲間たちの街宣に直に接する機会はまだまだ残っています。もしこの拙文に目を留めていただけたのなら、そして太郎さんの街宣をまだ観たことがないのなら、ぜひいちど直にご覧になることをお勧めします。</p><p>　</p><p>　Are You Experienced ?</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190713/19/cva0323/fd/34/p/o0640036014500889999.png"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190713/19/cva0323/fd/34/p/o0640036014500889999.png" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/cva0323/entry-12493528727.html</link>
<pubDate>Sat, 13 Jul 2019 20:26:05 +0900</pubDate>
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<title>Five Years / David Bowie</title>
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<![CDATA[ <p>　デヴィッド・ボウイの出世作「ジギー・スターダスト&nbsp;The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars （1972）」というアルバムは、異世界から訪れたロック・スターのジギー・スターダスト（スターマン）の物語を中心に、さまざまなテーマを扱ったロックンロール曲群のクオリティの高さと、それらを挟んで最初と最後に配された「ファイブ・イヤーズ」「ロックンロール・スーサイド」という2つの永遠の名曲によって、時代を超える傑作となることを運命づけられていました。</p><p>　「ロックンロール・スーサイド」に関しては、歌詞の一部が朝日新聞のコラムにも引用されるほど我が国においても人口に膾炙していますので、ここでは省略しておいて、あまり知られていない方の「ファイブ・イヤーズ」を今回は訳出してみました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">ファイブ・イヤーズ Five Years</span></p><p>&nbsp;</p><p>マーケット広場の人混みに分け入ると</p><p>たくさんの母親たちがため息をついていた</p><p>ニュースがたった今届いたばかりだった</p><p>僕らには、泣くために</p><p>あと5年しか残されていないんだと</p><p>&nbsp;</p><p>ニュースキャスターがすすり泣きながら告げた</p><p>「地球は本当に死につつあります」</p><p>泣きすぎて顔が涙でびしょ濡れだったので</p><p>彼が嘘をついているのではないと分かった</p><p>&nbsp;</p><p>電話やオペラハウスやお気に入りの曲を聴き</p><p>少年たちや玩具、電気アイロン、TVを観た</p><p>ぎっしり満杯の倉庫のように</p><p>僕の頭は痛んでいた</p><p>そこにあるもの全てを覚えておくために</p><p>多くのものを詰め込まなければならなかったから</p><p>&nbsp;</p><p>すべてのでぶややせっぽちの人々も</p><p>すべてののっぽやちびの人々も</p><p>すべての名も無き人々も</p><p>すべての名の通った人々も</p><p>&nbsp;</p><p>こんなにもたくさんの人々を必要としていたなんて</p><p>今まで思ってもいなかった</p><p>&nbsp;</p><p>僕と同じ年頃の女の子は気がふれて</p><p>小さな子どもたちをひっぱたいていた</p><p>黒人がむりやり引き離さなければ</p><p>彼女は子どもたちを殺してしまったかもしれない</p><p>&nbsp;</p><p>腕の折れたひとりの兵士が</p><p>キャデラックのハンドルをじっと見つめていた</p><p>お巡りが跪き、司祭の足に口づけしていた</p><p>そしてその光景を見たホモが嘔吐した</p><p>&nbsp;</p><p>僕はきみをアイスクリーム・パーラーで見たと思う</p><p>冷たく長いミルクセーキを飲みながら</p><p>微笑み、手を振り、とても可愛いらしかった</p><p>まさかこの歌にでてくるとは思ってもなかったよね</p><p>&nbsp;</p><p>寒くて雨が降るので、僕は役者のような気分になった</p><p>母のことを考えると、彼女のもとへ帰りたくなった</p><p>あなたの顔、あなたの人生、あなたの話し方</p><p>キスをするよ、あなたは綺麗だ、また一緒に歩きたい</p><p>&nbsp;</p><p>あと5年しかない、眼に焼き付いてる！</p><p>あと5年しかない、まったく何てことだ！</p><p>あと5年しかない、頭がひどく痛む！</p><p>あと5年しかない、それが全てだなんて！</p><p>5年間！</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　「ジギー・スターダスト」はキリスト教世界（というか、ヨーロッパ文化全体）の底流となってさまざまな文化的創造物にくり返し顔を出してくる「メシア殺し」の物語がメイン・テーマとなっていますが、冒頭の「ファイブ・イヤーズ」という曲はその物語の背景を提示する作品となっています。</p><p>　何やら理由はよくわかりませんが、「地球はあと5年で寿命が尽きる」という事実が判明した時の人々の様子がメランコリックに、少々アイロニカルに描写されています。語り手は名もなき青年で、再びアルバムに彼が登場することはありません。</p><p>&nbsp;</p><p>　歌詞は来るべき世界の終焉を知った彼が、いわゆる「末期の眼」でもって自分の住む世界を見つめている様子が描かれています。絶望した人々が織りなすさまざまな狂態も軽くスケッチされていますが、それよりも印象的なのは、なにげない日常の音や光景、おそらく彼がこれまで疎外感を抱いていたであろう社会に対して、突然限りない愛おしみを感じて、全てをひとつ残らず慈しみ抱擁しようとする彼の優しい心情ではないでしょうか。</p><p>　「ジギー・スターダスト」を世に出した頃のボウイは、確か25歳ぐらいの青年で、その彼がこのような成熟しきった歌詞を書いたことも驚きですが、その後晩年まで外見やキャラクターや音楽スタイルを次々と変化させていったボウイに一貫して備わっており、それゆえに世界中のファンを惹きつけ続けた彼の心の底の優しさがこの曲にはよく現れているのがなんといっても魅力的です。</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160603/17/cva0323/a6/a7/j/o0800080013663233993.jpg"><img width="420" height="420" alt="" contenteditable="inherit" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160603/17/cva0323/a6/a7/j/o0800080013663233993.jpg"></a></p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/cva0323/entry-12166629399.html</link>
<pubDate>Fri, 03 Jun 2016 18:06:01 +0900</pubDate>
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<title>★ (blackstar) / David Bowie</title>
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<![CDATA[ <p>　たまたまCDショップの店頭で、デビッド・ボウイの最新作「★（ブラックスター）」を購入したその日の夜に、彼の訃報を聞きました。それ以来、彼の過去のアルバムを頻繁に聴くようになり、改めて自分のボウイ好きに気づいた次第です。</p><p>　もちろん80年代後半以降はほとんどボウイに対する関心も失せていて、時たま思い出したかのように「ヒーローズ」や「ロウ」を聴き返す程度だったのですが、久しぶりに新譜で聴いた前作の「The Next Day」が思いがけずクオリティの高い作品でしたので、今回の新作には大いに期待を寄せていました。しかしアルバム・タイトルは何やら不吉な「暗黒星」、しかも遺作ということですので、聴き始めるのにはいささか勇気を奮い起こす必要がありましたね。</p><p>&nbsp;</p><p>　タイトル曲で10分弱の大作の「★」は、ボウイにしては珍しくキリスト教的なメタファーが目立つ作品です。CD付属のブックレットに載っている訳詞がなんとなく私の性に合わないので、自分で訳出することにしました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">★ (blackstar)</span></p><p>&nbsp;</p><p>オルメン（蛇）の館に、オルメンの館に</p><p>ひとつの蝋燭が立っている、ああ、ああ</p><p>全てのものの中心に、全てのものの中心に</p><p>君の眼</p><p>&nbsp;</p><p>処刑の日に、処刑の日に</p><p>女たちだけが跪き微笑む、ああ、ああ</p><p>全てのものの中心に、全てのものの中心に</p><p>君の眼、君の眼</p><p>&nbsp;</p><p>オルメンの館に、オルメンの館に</p><p>ひとつの蝋燭が立っている、ああ、ああ</p><p>全てのものの中心に、全てのものの中心に</p><p>君の眼、君の眼</p><p>&nbsp;</p><p>ああ、ああ</p><p>&nbsp;</p><p>彼が死んだ日に何かが起こった</p><p>霊魂は1メートルも浮き上り、場所を譲ると</p><p>他の何者かがその場を占めて、雄々しく叫んだ</p><p>「私はブラックスター、暗黒の星」</p><p>&nbsp;</p><p>どれくらいの回数、天使は堕落するのか？</p><p>どれくらい多くの人々が、高言する代わりに偽るのか？</p><p>彼は聖なる大地を歩み、群衆に向かって高らかに叫んだ</p><p>「私はブラックスター、暗黒の星。ならず者ではない」</p><p>&nbsp;</p><p>何故かは答えられないが（私はブラックスター）</p><p>ただ私と共に行け（私は映画スターではない）</p><p>私はきみを家に連れて行く（私はブラックスター）</p><p>きみの旅券と靴を取れ（私はポップスターではない）</p><p>そして鎮静剤もね、おっと…（私はブラックスター）</p><p>きみはつかの間の輝きだが（私はコミックのスターではない）</p><p>私は偉大なる存在者である（私はブラックスター）</p><p>&nbsp;</p><p>私は暗黒の星、高みにあり、金も儲けた</p><p>正しく、広く、寛大なる苦痛を私は見る</p><p>白昼夢には鷲を、眼にはダイアモンドを私は欲する</p><p>「私はブラックスター、暗黒の星」</p><p>&nbsp;</p><p>彼が死んだ日に何かが起こった</p><p>霊魂は1メートルも浮き上り、場所を譲ると</p><p>他の何者かがその場を占めて、雄々しく叫んだ</p><p>「私はブラックスター、星の星、暗黒の星」</p><p>&nbsp;</p><p>何故かは答えられないが（私はならず者ではない）</p><p>やり方はきみに教えられる（私はペテン師ではない）</p><p>私たちは逆さまに生まれてきた（私は星の星）</p><p>あべこべに生まれてきたのだ（私は白い星ではない、暗黒の星だ）</p><p>おお（私はならず者ではない、私はブラックスター、暗黒の星だ）</p><p>おお（私はポルノスターではない、私は惑星ではない）</p><p>おお（私はブラックスター、暗黒の星だ）</p><p>&nbsp;</p><p>オルメンの館に、ひとつの蝋燭が立っている</p><p>ああ、ああ</p><p>全てのものの中心に、君の眼</p><p>処刑の日に、女たちだけが跪き微笑む</p><p>ああ、ああ</p><p>全てのものの中心に、君の眼</p><p>（君の眼が、ああ）</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　いきなり「ormen」というワケの分からない単語が出てきて面食らいましたが、これは古代ノルド語で蛇（serpent）を表す言葉のようで、ヴァイキングの伝説に出てくる長蛇号（Ormen Lange）という有名なロングシップの名前に用いられていましたね。</p><p>　「全てのものの中心に at the centre of it all」という歌詞からは、「Jesus,&nbsp;at the centre of it all」というゴスペルが連想されます。また、「処刑の日に、女たちだけが跪き微笑む」というラインからは、イエスが十字架に架けられた時、男の弟子たちは皆逃げ去って、彼を慕う女たちのみが刑場に残ったというエピソードが思い起こされます。</p><p>　「私は偉大なる存在者である」と訳したラインの原文は「I'm the GREAT I AM」というもので、これは旧約聖書で神が自らを名乗った言葉（だから大文字）です。もっとも、英訳聖書に即して言えば、「I am THAT I AM（わたしは「あるところのもの」である）」となりますが。</p><p>&nbsp;</p><p>　こんな風にキリスト教的アナロジーが散りばめられた歌詞から、この「★（ブラックスター）」とはアンチキリストを意味すると考えられるのですが、実際に曲を聴いてみますと、「I'm a blackstar」と繰り返す声はなぜか弱々しく自信なさげで、しょーもない語呂遊びにふけっているところがいささか滑稽でもあり、あまり禍々しい存在ではなさそうに思えますね。</p><p>&nbsp;</p><p>　「混沌とした現在の世界情勢から、陰鬱な黙示録的状況の到来を予言する」、といった風な分かりやすいこと（浅はかな預言者気取り）をやるようなデヴィッド・ボウイではありませんから、この曲には多くの謎が秘められています。今後彼の遺した作品に関して、斬新な解釈が数多く登場することを期待しておきましょう。</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160531/18/cva0323/14/2a/j/o0800080013660516299.jpg"><img width="420" height="420" alt="" contenteditable="inherit" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160531/18/cva0323/14/2a/j/o0800080013660516299.jpg"></a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/cva0323/entry-12165876593.html</link>
<pubDate>Tue, 31 May 2016 20:22:18 +0900</pubDate>
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<title>アイドルちゃんにビビる小役人</title>
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<![CDATA[ 　今回はかなり痛いニュースに関する話です。<br>　去る6月13日に神奈川県大和市で開催された「若者と国家ー自分で考える集団自衛権」（憲法九条やまとの会主催）というイベントに出演したアイドルグループ「制服向上委員会」が歌とトークを披露した際、歌詞の一部で「自民党を倒しましょう」「諸悪の根源、自民党」「大きな態度の安倍総理おじいさんと同じ、エリート意識・利権好きお父さんと同じ」などと歌ったため、市と市教委が同イベントに出していた後援を事後的に取り消すことを検討しているということです。<br>　会場に直接出向いてイベントを観た市の船越栄一国際・男女共同参画課長が「特定政党を批判する言動」を問題視したもので、「近く主催者に後援名義の取り消しを伝える」としており、市教委も市と足並みをそろえる模様です。ちなみに、市による事後の後援取り消しは異例だそうです。<br><br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20150625/22/cva0323/85/6e/j/o0340025513347888174.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150625/22/cva0323/85/6e/j/o0340025513347888174.jpg" alt="SKi01" border="0"></a><br>制服向上委員会</div><br>　しかし、最近のアイドルさんはなかなか根性が座っておりますね。アメリカですと、こういう体制批判をするのは気骨のあるラッパーやスタンダップ・コメディアンと相場が決まっていますが、我が国では10代の可憐な少女たちがその役割を担っているわけです。もちろん彼女たち自身が歌詞を書いたわけではないでしょうが、メンバーとして、グループの政治姿勢はちゃんと理解し、共感しているはずですからね。「お父さんお母さんありがとう」とか「お前に出会うために生まれてきた」とか、似たり寄ったりのヘタレな歌詞ばかり歌っている日本のヒップホップ・ミュージシャンたちも、少しはこの反骨精神を見習ってほしいものです。<br><br>　それはともかく、情けないのは後援中止を検討しているという市の小役人たちですね。強権的な動きを見せる政権与党を批判することが「特定政党の批判」に当たるかどうか、またその批判の表現が妥当かつ穏当なものかどうかという問題はこの際置いておくとしても、近頃では与党の顔色をうかがって、公共の場から政権批判ととられかねない言論を自主的に排除していこうとする公務員たちが目立ってきているように思えます。<br><br>　昨年の話ですが、文筆家の内田樹さんが参加した神戸市の兵庫県憲法会議主催のイベントが、市と市教委から「自治体としての政治的中立性を損なうおそれがある」ことを理由に後援を拒否されたことがありました。これは神戸市とその市教委が当時さかんに憲法改変を主張していた政府与党に配慮し、護憲的立場の集会を牽制したものと推測されます。<br>　「自治体としての政治的中立性」などということを言い出したら、極論すれば自治体は市民の政治的発言にいっさい関わるべきではないということになりかねませんが、それでは自治体の政治的存在意義そのものが問われることになりますよね。まあ、こういう人たちの使う紋切り型の言葉を額面通りに受け取る必要はないのですが。<br>　むしろ、公務員には憲法の遵守義務というものがあるわけですから、憲法で保証されている「言論の自由」は、それがいかなる政治的立場であれ、積極的に守っていかねばならないはずです。ですから、与党の思惑に配慮して、その主張に反対する立場の意見を拒否したと見られかねない神戸市とその市教委の担当者たちは、内田さんの言うとおり、憲法の遵守義務を公然とないがしろにすることによって違反行為を働いたことになりますね。<br><br>　世の中には確かにへつらい根性が身についた大人たちが少なからずいるもので、そういう人々に接するたびに、何が嬉しくてそこまで卑屈な人生を送らなければならないのかと不思議に思ってしまうほどです。損得づくで強い者に付くというのならまだ話は分かりますが、そういう人たちは私利私欲を離れてただひたすらお上や上司にひれ伏すのを習いとしているわけですから、まったく理解を絶しています。<br>　アイドルさんの歌にまでビビって、自民党のご機嫌取りに奔る小役人さん、別にそうしたからといって、安倍総理や菅官房長官や自民党幹部たちから「うん、君はよくやっとるようだね。ま、とりあえず一杯」などと、高級料亭で一献傾けながらお褒めにあずかるわけでもないでしょうにね～。<br><br>　まあ、この小役人さんも、自分が正しいと思ったことをやっているつもりでしょうから、自らを恥じる必要があるなどとは夢にも思っていないでしょう。それならそれで、後々まで「かつてワシは、アイドルごときの分際で時の政権与党様にたてつく生意気な連中を思いっきり懲らしめてやったもんじゃ！」と、自分の親族子孫に誇らしげに自慢していかれるとよろしいでしょう。きっとご家族やご子孫たちから、「やっぱりお爺ちゃんはスゴイ！」と尊敬の念を集めることでしょうなあ。彼らもその小役人さんと同じように、ちゃんと自ら物事の理非を考え、判断する習慣を持たないような人間たちならば、ですが。<br><br>　頼まれもしないのに権力者の意図を忖度し、そのお先棒を担いでせわしなく走り回り、抗う者やまつろわぬ者を見つけ、彼らが弱い立場にあると見るや公然と圧力をかけてくる、このような三下根性の人々というのは、悪人と呼ぶほどの強烈な個性や信念があるわけでもなく、ただただ耐え難いほど凡庸だと言うほかないでしょう。<br>　凡庸さは、知能や学歴や経歴に関係なく、ある人々に抜き難く染み付いている特性です。<br><br>　哲学者のハンナ・アーレントは、ナチスでホロコーストの現場指揮を担当していたアドルフ・アイヒマンの裁判を取材し、彼のあまりの凡庸さに強い印象を受け、「凡庸さの悪」をテーマとした「イエルサレムのアイヒマン-悪の陳腐さについての報告」という作品を著しました。<br>　凡庸であるということは、必ずしも悪いことではありません。というか、良いとか悪いとかとは関係なしに、ただ端的にそうであるということにすぎません。ですから、高い地位や重要な役職に就いている人間が凡庸だからといって、必ずしもシステムが上手くいかないというわけでもありません。むしろ、多くの場合、彼らが凡庸であるがゆえに世の中が平穏かつ正常に回っている面もあるわけです。<br>　しかしひとたび歴史が危機をはらんだ動乱期に入るとき、彼ら凡庸な人間が浅はかにも自分の大なり小なりの権力を行使しようとすればするほど、状況は悲劇的な方向に堕ち込んでいきます。ナチスの凡庸な小役人アイヒマンが、何も考えずにただひたすら官僚的職務を「粛々と」遂行した結果、数百万のユダヤ人が命を落とすことになったように。<br><br>　そして、まさに今の我が国がその種の危機的状況に直面しているという認識には、おそらく多くの人々の賛同が得られると思うのですが。<br><br><iframe width="360" height="203" src="https://www.youtube.com/embed/ly_i8f-j0xU" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
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<pubDate>Fri, 26 Jun 2015 19:09:28 +0900</pubDate>
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<title>戦時下のアイドル、明日待子</title>
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<![CDATA[ 　今月に入ってからアイドル関係の書籍を集中的かつ精力的に読んでいるのですが、まあ玉石混淆というか、ほどんどゴロタ石ばかり。「アイドル」という言葉がタイトルに入っているのに、内容はご老体の映画監督と建築家が互いに褒め合うだけの気色悪い芸術談義だったり、牽強付会と我田引水だらけで、対象に対する距離のとり方が学者の著作としていかがなものかと心配になるほどトチ狂った東大准教授さんのアイドル論だったりと、クオリティにいささか疑問の付く作品ばかりが続きますと、読んでいる方もなかなか辛いものがあります。<br><br>　AKBとかももクロとかに少しでも触れておけば、タイトルに「アイドル」と付けてもよろしいと思われているような安易な風潮が一部には見受けられますが、そもそも「アイドル」という言葉からイメージされるものが著者によってかなりばらつきがあるようで、出雲の阿国も世阿弥も、美空ひばりも長嶋茂雄もひとまとめに「アイドル」として語られると、そりゃあちょっと違うでしょ、と思ったりするわけです。この点に関しては、香月孝史さんの『「アイドル」の読み方：混乱する「語り」を問う（青弓社ライブラリー、2014）』という作品が怜悧に切り込んでおりますが、残念ながらこの本、まだ最後まで読み終えておりません。<br><br>　さて、そんなアイドル本地獄めぐりのなかでも、まれに良書に出会うこともありまして、明治から戦中期にかけての、今ではもう忘れられた「アイドル」たちを丹念に掘り起こした笹山敬輔さんの著書「幻の近代アイドル史：明治・大正・昭和の大衆芸能盛衰記（フィギュール彩　彩流社、2014）」は出色の出来でした。<br>　現代のライブアイドルとそのヲタの原型とでも言うべき明治時代の娘義太夫や、川端康成がガチヲタだったことで有名な浅草オペラの河合澄子など、話には聞いていたけれども詳しいことは一切不明という話題が、さまざまなエピソードや当時の新聞雑誌からの引用を交えてユーモラスかつヴィヴィッドに詳しく語られています。<br>　明治時代の新聞の読者投稿欄で、「〇〇は誰それと繋がってるよ」「えっ、俺は違うぞ！証拠みせてみろ！」「ソースはあるよ。そのうち晒してやるからな」なんて趣旨の、現在の2chそのもののようなやりとりがなされていたなどというエピソードを読みますと、なんというか、「ワシら全然進歩しとらんね～」と苦笑させられます（もちろん言葉遣いは明治時代のほうがはるかに高級ですけれど）。<br><br>　この本の中でもとりわけ印象深いのは、戦前から戦後にかけて新宿の「ムーランルージュ」というヴァラエティー・ショーの舞台で活躍していた明日待子（あしたまつこ）さんを扱った最後の章です。<br>　待子さんはカバー写真にもなっているくらいの可愛さでして、ヘアスタイルを変えれば現在でも十分に人気アイドルとして通用しそうに思えます。<br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20150619/14/cva0323/b9/c7/j/o0340029613341684051.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150619/14/cva0323/b9/c7/j/o0340029613341684051.jpg" alt="asumachiko" border="0"></a></div><br><br>　昭和11年5月、ムーランルージュ新宿座の客席に一団の軍服姿の兵隊たちがいました。彼らは東京第一師団に属する新兵たちでしたが、舞台最後のレビューが演じられているさなか、突然彼らが立ち上がり、出演者や他の観客たちが呆然とするなか、「明日待子万歳！」と声を揃えて叫びました。<br>　東京第一師団は同年2月に、かの二・二六事件を引き起こした青年将校たちが多数所属していた部隊で、事件の首謀者たちはこの2ヶ月後に処刑され、部隊は満州に派遣されることが決定していたのでした。<br>　その後、ムーランルージュ新宿座では、これから出征していく兵士たちが観客席から「明日待子万歳！」と叫ぶのが習わしとなり、とりわけ戦局が悪化し、学徒出陣が始まった昭和18年以降はそれがますます盛んになったそうです。そして、待子さんと他の踊り子たちも、舞台から観客席に降りてきて、兵士一人ひとりの手を握り、「ご苦労様。ご武運長久をお祈り致します。」と、目に涙を浮かべながら挨拶をして回ったということです。<br>　美しいエピソードですが、こんなことは二度と起こってほしくないですね。<br><br>　ムーランルージュ新宿座は戦時下にも営業を続けていましたが、終戦間際の昭和20年5月に空襲にあって劇場は焼け落ち、戦後に活動を再開したものの、当時大人気を博したストリップショーなどに押されて経営が悪化し、やがて閉館してしまったようです。明日待子さんは戦後も舞台活動を続けていましたが、昭和24年に29歳で結婚引退したとのことです。<br>　ちなみに、明日待子さんの姿、以前に何かで見た記憶があると思っていましたが、なんとカルピスの初代CMガールだったそうで、たぶん戦前の古いポスターなどを扱った本かなにかで見憶えていたのかもしれません。
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<link>https://ameblo.jp/cva0323/entry-12040697673.html</link>
<pubDate>Fri, 19 Jun 2015 19:38:37 +0900</pubDate>
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<title>仮面ライダーはゼロ戦だった？</title>
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<![CDATA[ 　あけましておめでとうございます(^O^)/<br><br>　「はぁ？3月も下旬というのに、なにをボケたことを･･･」と思われるかもしれませんが、このブログ、今年初めての更新ですからね～。ちゃんと礼は尽くしておかなければならないのです。<br><br>　もうお忘れかと思いますが、私はアメブロのアカウントを2つ持っておりましてですね、ひとつは福岡の地元アイドルさんの話題専用の「FUKUOKA IDOL CHEERS!」というやつで、そちらは地道に続けておりますが、アイドルさん以外の話題を扱うこちらのブログは、昨年末から今年始めにかけて多忙でなかなかまとまった時間が取れなかったのと、体調もイマイチよろしくなかったので、ついつい更新を怠っておりました。<br>　しかし、放置はしていたけど放棄はしておりません！<br>　などと言うと、「負けたと言わない限り負けてない！」みたいな詭弁に聞こえますけど･･･。<br><br>　とは言うものの、昨年末からの話題といえば、ワケの分からん理由で行われた衆院選、かろうじて現状維持を確保したに過ぎない与党を「大勝利！」ともてはやす大手マスコミ、秘密情報保護法の実施、ISISの日本人人質殺害、川内原発再稼働容認、沖縄の辺野古湾新基地計画の強行、イスラム系過激派によるフランス紙襲撃テロ事件、TPP交渉推進、集団的自衛権の解釈改憲、そしていよいよ与党による事実上の憲法改変への着手と、なんだか気が滅入るような話ばかりで、いまいちブログを書く気力が湧いてこなかったのも理由のひとつではありました。<br><br>　政治・経済・社会問題および邪馬台国論争に関しては、私はこれまでこのブログで触れるのをあえて避けてきました。というのもそれらについてはよく知らない・よく分からない・面倒くさい話題ですし、論争とかになりますと私はからっきし弱いですからね～。<br>　しかし年末の紅白や年越しライブでのサザン・オールスターズが叩かれているのを見たりしますと、のほほんと生きている私でさえさすがに昨今の言論状況に関してはかなりヤバイ感じがしてきまして、浅薄な認識による拙い意見ではあっても、言えるうちに言っとかなアカンなあ、という気になってきております。<br><br>　まあしかし、久しぶりに更新するのに、いきなり難しい話を始めるのもハードルが高いので、なるべくワケの分からん話題から入っていこうと思い、ふと閃いたのが今回のテーマ「仮面ライダーはゼロ戦だった？」というわけです。<br>　ちなみにここで言う「仮面ライダー」とは1号ないし2号のことで、それ以降の妙ちくりんな〇〇ライダー群はいっさい考慮に入れておりませんので。<br><br>　「仮面ライダー」のTV放送が始まったのは確か昭和46年（1971年）だったと記憶していますが、番組が始まるやいなや、日本全国の小学生の間でライダー・ブームが湧き起こり、私なども近所のガキたちとライダーごっこにふけって、よく親や教師から叱られたものでした。<br>　しかし、今考えてみると、何がそんなに小学生の心をわしづかみにしたのか、よく分かりません。子供心にも、ライダーの造形はウルトラマンなどと比べて野暮ったく思えていましたし、毎回砕石場みたいな場所で敵の怪人と戦うシーンもチープに感じられたものです。何よりも悪の組織ショッカーが世界征服などという大それた野望を抱いているわりに、世界の辺境の日本なんかでセコい悪巧みしか働いていないのが、なんとも腑に落ちないところでした。<br><br>　今でこそ日本のことを「世界の辺境」などと言うと叱られるかもしれませんが、当時はホントにそんな感じだったのです。なにしろ世界はアメリカとソ連の二大大国による冷戦時代のまっただ中。まだまだ経済大国に成り上がっておらず、世界に対してこれといった影響力も持っていなかった日本を、何が嬉しくて支配する必要がありましょう。世界征服を企むのなら、アメリカかソ連でやれよっ！ってなものだったわけです。<br><br>　あくまでも九州の片田舎でボーっと育った子供の目から見た話ですが、1971年というと、まだ世の中の至る所に太平洋/大東亜戦争の記憶が影を落としておりました。東西冷戦構造のさなかで政府はアメリカ寄り、マスコミや文化人や教師はソ連寄りといった社会的な亀裂があらわに見られ、一般大衆の間にはアメリカに対するルサンチマンが根強く残っていました。<br>　70年安保闘争に関わった人々は日米安保条約に伴う地位協定によって実質的にアメリカの占領が継続していることを憤っており、そこら辺のオヤジたちは寄ると触ると酒を飲んでは軍隊時代を懐かしみ、軍歌を高歌放吟しては妻子から顰蹙を買っていたものでした。<br><br>　当時の少年漫画の人気ジャンルに軍隊ものというのがありまして、少年サンデーに連載されていた「あかつき戦闘隊」という作品は多くの子供たちを夢中にさせたものです。と言っても、私はあらすじなど詳しくは覚えておりませんが、どこかの南洋の孤島に日本海軍の生き残り兵士たちが結集してですね、年に一度満月の夜にだけサンゴ礁の中から現れる「幻の滑走路」から戦闘機で飛び立ち、アメリカ空軍と死闘を繰り広げ、ただ一人を除いて全員玉砕するというような壮絶なストーリーではなかったかと思います。<br>　当時まだ町のそこかしこにあった貸本屋ではもっと過激な戦争漫画もありまして、もはやタイトルも作者も調べようがありませんが、帝国陸軍航空隊のパイロットで数多くの米軍戦闘機を撃墜してきた猛者が、無条件降伏に納得がいかず、上官の命令を無視して単機戦艦ミズーリ号に体当たり攻撃すべく飛び立つというような作品もあったと記憶しています。<br>　仮面ライダーの放送が始まった頃の時代背景は、まあだいたいそんなものだったわけです。<br><br>　東西冷戦時代に西側陣営の一員であった日本の国民全体がソ連を悪の帝国とみなして忌み嫌っていたかというと、実はそうでもありませんで、インテリや若者たちの間では、ソ連は強権的で暗くて何かイヤだけど、公平でクリーンな社会だとういう（今から見ればちょっと見当外れな）イメージもあったのです。むしろ当時ベトナムで明らかな侵略戦争を継続していたアメリカのほうがより危険だという見方もありました。<br><br>　というわけで、仮面ライダーですが、先日靖国神社の遊就館で復元されたゼロ戦を眺めていたところ、ふと仮面ライダーを連想してしまったのが今回のテーマのきっかけです。<br>　グリーンのボディに並ぶ2つの赤い日の丸が、なんとなく仮面ライダーのマスクを思わせるではありませんか。そしてライダーのちょっともっさりしたスーツとブーツは陸軍航空兵の飛行服に似ていないこともありません。マフラーも巻いていますしね。<br><br>　まあ資金も先端技術も軍事力も豊富に持っていて、しかも世界征服を狙っているような悪の組織が日本侵略を本気で企てているとしたら、それに対応すべきは自衛隊か米軍でしょうが、仮面ライダーの物語にはそのいずれも全く出てきません。それもそのはず、日本を侵略するほどのパワーと意図を持った組織といえば、思うに当時の若手クリエイターたちの頭にまず第一に思い浮かぶのは、まさにベトナムを蹂躙し続けていたアメリカだったはずだからです。つまりショッカーというのはアメリカのメタファーだったんですね。<br>　ショッカーは一般人を拉致して改造手術を施し、侵略の尖兵である怪人に仕立てあげますが、アメリカの価値観に洗脳され、アメリカの顔色を伺って、その意のままに動く政治家や御用学者たちを戦闘員として引き連れ、暴力によって日本を支配しようとするその姿は、ある意味アメリカの政治力および軍事力そのもののイメージでもあります。<br>　とすると、ショッカーの怪人たちと孤独に戦う仮面ライダーの必殺技「ライダーキック」が、ゼロ戦による捨て身の体当たり攻撃に見えてしまうのも無理はないのではないでしょうか。<br>　決してスマートとは言えないにしても、どこか郷愁を誘うカッコよさを当時の子供たちが仮面ライダーに見て取ったのは、そんな連想が働いていたからかもしれませんね。<br><br>　穿ち過ぎたものの見方は妄想と紙一重。まあ私も本気で「仮面ライダーはゼロ戦だ！」などと信じてこの記事を書いているわけではないのですが（もしかしたら、ひょっとするとという思いはありますが）、かつての日本には、今ではすっかり忘れ去られてしまったような民衆レベルの反米感情から身も蓋もない米国追従まで含めて、さまざなまアメリカ観が共存していたことを忘れてはならないと思っています。<br>　ちなみに、あらゆる価値観が現在のようにフラットに均されてしまったのは、あの馬鹿騒ぎの80年代以降のことです。
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<link>https://ameblo.jp/cva0323/entry-12003289673.html</link>
<pubDate>Sat, 28 Mar 2015 23:06:14 +0900</pubDate>
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<title>原始人はつらいよ</title>
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<![CDATA[ 　このところQunQunのこれからが気になって、いまいちアイドルさんの話題に気が乗りませんので、日本史のおさらいでもしようかと思って、山川出版の「もういちど読む山川日本史」という本をパラパラとめくっておりました。<br><br>　この「山川日本史」は名著と定評のある高校教科書でして、私も高校時代に使っていた記憶があるのですが、改めて読みなおしてみますと、う～ん、なんだかなあ･･･という感じです。<br>　というのもですね、政治史や社会史や文化史の断片的記述が脈絡なしに並んでいるような印象で、話の経緯が分かりにくく、特に古代史などは記述も簡略なだけにけっこう読みづらく感じられるのです。というか、なんだかわざと頭に入りにくく書かれているように思えて少々ストレスがたまるんですよね。<br><br>　あ～、これで初めて日本の歴史を習う高校生は気の毒やのう、私ならたぶん1学期中に脱落するやろなあ、などと要らぬことを考えておりましたが、そういえば実際、高校生だった私は夏休み前に日本史の授業から脱落してしまったような記憶も･･･？<br>　たぶん気のせいでしょう。<br><br>　しかし高校の教科書というやつ、成人後に余計な知識を身に付けてしまったせいでかえって分かりにくくなることもある、という事実にも気が付きました。<br>　例えば旧石器時代の話ですが、教科書に出てくる「原人」とか「新人」とかいう言葉の定義がいまいちよく分からなかったのです。だって私ら、古人類学の話をするときにはホミニドとかホモ・サピエンスとかホモ・ネアンデルターレンシスとかの術語を使うのに慣れてしまっていて、「原人」とか言われてもピンとこないですもんね。<br>　まあ、高校生の頃は「原人も新人もどっちも原始人だから、どーでもいいじゃん。どうせみんな死んじゃってるんだしさ～」などとテキトーに考えていましたが、今改めて教科書を読んでみると、どうもそこで引っかかってしまいます。今の私が高校生なら、日本史の授業の第1回めから混乱してしまうわけでして、これはちょっとマズイですね～。<br><br>　というわけで、参考書などを調べてみましたら、意外な事実が判明しました（もしかしたら、私が知らなかっただけで、周知の事実なのかもしれませんが）。<br>　かつて歴史学では有史以前の人類を「猿人」→「原人」→「旧人」→「新人」に分類し、この順に直線的に進化してきたと考えていたらしいのです。で、猿人＝アウストラロピテクス、原人＝ホモ・エレクトス（かつてはピテカントロプス・エレクトスと呼ばれました）、旧人＝ネアンデルタール人、新人＝現生人類にだいたい相当するようなんですね。<br>　古人類学の学説はかなりややこしいことになっておりまして、数年前の定説があっという間に覆ったりすることがざらにあるのですが、さすがに上のような系譜は、もはや誰も主張する人がいないくらいに古臭い概念となっております。もちろん歴史学者たちもそれを知らないわけはありませんが、まあ使い慣れちゃった概念なので手放すのが惜しい、というところなんでしょうね。<br><br>　御存知のとおり、現在は「人類アフリカ起源説」が有力となっておりまして、それによりますと現生人類（ホモ・サピエンス）とその近縁のヒト科はだいたいアフリカ大陸で誕生したと考えられています。で、ホミニド（現生人類を含むヒト科の総称）のうちいくつかの種がアフリカを出て、他の大陸に拡散したとされており、もちろん私らホモ・サピエンスはそのひとつなのですが、他に明らかな証拠が残っているのがホモ・エレクトスとホモ・ネアンデルターレンシス（ネアンデルタール人）なわけです。<br>　ホモ・サピエンスの系統は実はまだよく分かっていないようなんですが、これらの種はお猿さん（正確に言えばお猿さんと私らとの共通祖先）からヒトに至るまでの系統の中で分岐した別種であり、私らの直接の祖先ではないという考えが有力のようです。<br><br>　まあ、ネアンデルタール人の痕跡はヨーロッパとその周辺からしか見つかっておりませんので、日本史の話からは除外されますが、約180万年前頃にアフリカから出てユーラシア大陸に拡散し、数10万年前には絶滅したと考えられているホモ・エレクトスという奴らが「原人」と呼ばれているわけですね（10年ほど前、インドネシアのフローレス島で、ホモ・フローレシエンスという小型化したホモ・エレクトスの子孫が1万年くらい前まで生存していたことが分かって話題になっておりますが、この話をしだすとややこしくなりますので、省略）。<br><br>　で、北京原人もジャワ原人もホモ・エレクトスと考えられているのでこれはよし。ところが日本史になりますと、かつては大陸と陸続きだった日本列島にホモ・エレクトスは到達していなかったようなのです。ですから、日本で発見される化石人類はすべて、約10万年前頃にアフリカを出て5万年前頃に東アジアに到達したと推定されるホモ・サピエンス（新人）とみなされます。<br><br>　というわけで、以前の教科書では戦前に兵庫県で発見された「明石原人」の記述がありましたが、今では「これはどうも怪しい」ということになっているようです。<br>　また、2000年に発覚したゴッドハンド藤村新一氏による旧石器捏造事件があれほどの大騒ぎになったのは、彼が70万年前もの石器を発見したと主張していたからなんですね。70万年前といえばアジアでも最古の部類に入るわけで、とうぜんそれは現生人類ではなく、ホモ・エレクトスのものになります。ですから藤村氏の主張が正しければ、ホモ・エレクトスがかなり古い時期に東アジアの果てまで到達していたことになり、古人類学の一部を見直さなければならなくなるという、世界的に影響を及ぼす（まあ、学者の世界での話ですが）問題だったわけですなあ。<br>　しかしこの捏造が発覚したことにより、日本で見つかる確実な旧石器遺跡はせいぜい3～4万年前以降のものであるというコンセンサスが現在ではできてきているようです。<br><br>　とまあ、ここまでクリアカットに分かったようなことを書いてきて、今さら言うのもなんですけど、実はホモ・サピエンスやホモ・エレクトスの出アフリカやユーラシア拡散の時期に関しては諸説紛々でして、上に書いたほど確定的なものではないようなのです。私はだいたい古人類学方面寄りのデータを利用しているのですが、考古学方面では日本でも10万年以上前の石器が見つかっているとの記述（砂原遺跡）もあったりして、実際のところ何が何だかよく分からんということを白状しておかなければならないでしょう。<br><br>　考古学ではですね、石器の形態による歴史区分である旧石器/新石器時代とか、地質学の更新世・完新世とかいう時代区分がぐちゃぐちゃに絡んできて複雑なことこの上ないですし、それが古人類学のホミニド分類（こちらもかなりぐちゃぐちゃ）とどうリンクしているのか、というようなスマートな解説は、はっきり言って私ごときの手に負える問題じゃないですからね～。
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<link>https://ameblo.jp/cva0323/entry-11966009785.html</link>
<pubDate>Fri, 19 Dec 2014 19:51:24 +0900</pubDate>
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