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<title>自知堂綺譚</title>
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<description>雑想ノート。日記代わりです。「自知」とは老子の言葉より頂いている座右の銘から付けました。人を知る者は智なり。自らを知る者は明なり。</description>
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<title>剣道と年齢について</title>
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<![CDATA[ <p>小学校～大学までやっていて、社会人に入り中断していた剣道を15年ぶりに再会しました。<br>次の日の筋肉痛はハンパないことは言うまでもありませんが、久しぶりの感触にココロときめいているのです。<br>おじさんの剣道となると、筋力、スタミナの低下、反射神経の衰えなどにより、望むと望まないとに関わらず、如何に最少の動きで相手を詰めるかという極道的剣道の模索となります。<br>よって、試合ではなく稽古過程、あるいは自己精進がその目的になるのは必然です。<br><br>これは中々、美しくかつ寂しい。<br><br>大学からタイムスリップしてきた永遠の20歳を自負する私としては、現在、そのギャップに戸惑うばかり。相手との間合い、中心線をとりながら、どっしり構えて、さあこいなどと声をかける・・・<br><br>己の道を究めんと欲するのですが、己の性分がすぐ顔を出します。<br><br>稽古もいいけどね、やっぱりね、勝ちたいのよ。試合に。<br><br>えーーい、遠間からスピードで押し切ってしまえ。<br><br>がんがん、連続技、連続技。<br><br>師によれば、こういう剣道は50代で成長がとまるとか。<br><br>そういえば、年齢不相応な茶髪をしている40代とか、マジやべぇとか言っている30代とか、本当にかっちょ悪いもんね。<br>年齢への抗い方にも美しさがあることは間違いない、これは剣の道でも同じことかもしれません。<br>かっこ悪いことが分かっていても茶髪にこだわるか。<br>年齢相応のちょいワルおやじを目指すか。<br>私の剣道は再開まもなく岐路に立たされております。<br><br>瀬戸内寂聴仏教塾によれば人間の渇愛を捨てるところに悟りがあるとのこと。<br><br>いっちょ滝にでも打たれるか。</p>
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<pubDate>Tue, 21 May 2013 09:51:14 +0900</pubDate>
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<title>「臓器農場」読了</title>
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<![CDATA[ <u><span style="FONT-SIZE: 16px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4101288062/koukokukaigis-22/ref=nosim" rel="nofollow" target="blank"><img id="book_image" class="book_image photo" alt="" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F51GQXA61AQL._SX230_.jpg" (新潮文庫)? 臓器農場?></a><br>「臓器農場」読了：帚木蓬生　617ページ　★★☆☆☆　</span></u><br><br>いやはや、何とも物騒なタイトルです。<br><br>前回、帚木氏作品で初読した「三たびの海峡」が心の琴線に触れましたので、他のもということで。<br>書店で見ている中で、このおどろおどろしいタイトルに目を引かれ、読んでみました。<br>帚木氏は東京大学文学部を卒業後、再度医学をめざし、現在、現役精神科医でもあります。<br>よって、医療描写のディテールはお手の物でした。<br><br>山の中腹にある聖礼病院というキリスト教系病院が舞台。<br>下町からケーブルカーにて通う新人看護師の天岸規子が主人公。<br>友人で同期の志木優子、恋心を抱くことになる的場医師等。<br>規子が頻繁に行われる聖礼病院での臓器移植を不思議に思い、臓器の入手とドナーの秘密を的場と優子と協力し、追っていく。<br>無脳症で生まれる子供が臓器移植に使われていた・・・・<br><br>たしかブラックジャックで無脳症を扱ったストーリーがあったという記憶ぐらいで、無脳症というものの性質や成り立ちをあまり知りませんでした。数千人に一例の発生確率とか。<br>脳がないために、出生から長くても数日間しか生きられないそうです。<br>胎児の無脳症の疑いを告白された親の心中は計り知れません。<br>胸が締め付けられる思いがしました。<br><br>「人間は考える葦」であるといったパスカルの名言に首を振る人はあまりいません。<br>では逆説的に、考えることのできない脳の無い胎児、あるいは乳児は他の臓器が健全であれ、人間ではないと言われれば・・・<br>素直に首を縦に振る人もあまりいないのではないでしょう。<br>臓器移植を待つ患者のために、無脳症ドナー胎児を敢えて育てる・・・<br>あなたは言下に「悪魔的だ」といえる根拠をもっていますか？<br>また、臓器移植できず死んでいく子供たちに「仕方ないよ」と言える論理がありますか？<br>そういう問いかけがなされています。<br><br>人間の存在や死生観を考える土台には宗教や育ってきた環境が大きく左右します。<br>現在の科学の状況では、議論は集約しそうにありませんが、己の考えを持っておき、自分の問題となったときの拠り所とする心構えは必要かなと改めて感じさせてくれる作品でした。<br><br>色々な情報・問いかけはあった本作品ですが、小説としてとらえると「う～ん」という感じ。<br>あえて小説の形態をとったこの作品は文芸作品として捉えて評価するのがよいでしょう。<br>それでいきますと・・・<br><br>・登場人物のキャラクターが？？<br>　　たとえば友人の志木優子。<br>　　事件にのめりこんでいくモチベーションが分かりません。<br>　　たとえばケーブルカー運転手の藤野茂<br>　　障害者設定にした理由が？。<br>　　しかも、役中での立ち回りは障害者である必要性を感じませんでした。<br>　　結構たくさんの登場人物がでてくるのですが、キャラがはっきりしません。<br>・的場医師との恋のお話<br>　　？？。必要？<br>・ミステリとすれば、稚拙。<br>　　驚くことや、どきどきすることは特にないです。<br><br>ということで、星２つ。再読はしませんね。<br>私の好き嫌いはさておいて、色んな方向性の作品があっていいとは思いますが、中途半端はいけませんね。<br><br>「三たびの海峡」がよかっただけに、残念。<br><br>
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<pubDate>Wed, 15 May 2013 11:05:27 +0900</pubDate>
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<title>集中力について</title>
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<![CDATA[ <p>長嶋さんと松井さんが国民栄誉賞を受賞されたと、とても喜ばしいことですね。<br>松井さんの受賞に賛否両論あるということらしいのですが、手放しで「ブラボー」と喝采を送るのも器量ある大人たちの振る舞いではなかろうかと思う今日この頃です。<br>長嶋さんは現役時代、調子のいい時は投手が投げたボールの縫い目が見えたとか。虚実はさておき、トッププレーヤーの集中力は押しなべて凄いものがありそうです。<br>一流アスリートは絶好調時に「ゾーン」と呼ばれるえもいわれぬ精神領域が存在するとのことです。私はこれを集中力の一点集中からなる自己催眠状態と考えておりますが、集中力も何かを成し遂げるための大きな能力であることは疑いようがありません。<br>集中力というのは数値化されていないために、主観による比較でしか大小を図ることはできません。よって、「集中力がある(もしくは、ない)」は必ずしも評価の対象となりえず、それによって得た目標に対する結果を代替結果として見做すことで、集中力があったかどうかを推し量るのみとなります。もちろん風が吹けば桶屋が儲かるからといって桶屋が繁盛するから風が吹くわけでもないので、結果がよかったからと言って「集中力があった」ということにはなりませんが、自分自身の内部で得られる「集中力」と「結果」の因果関係については何か感触が人それぞれあるのではないでしょうか？<br>私の場合はようやくその因果関係が分かりかけてきました。<br>私の場合は実は「集中力」と「結果」にプラスして「継続力」があった場合のみ一定の方程式が成り立ちます。これは私自身の経験統計上ほぼ100％といってもいいものでした。<br>受験、試験、資格取得、スポーツ、何をやるにもほぼ同じ。<br>(（0.4×「集中力」)＋(0.6×「継続力」))= 「結果」<br>「」は100点満点で「結果」が60点を超えていると目標達成しています。<br>目標は人と比べると低レベルかもしれませんが、これさえクリアすれば何とかなるということを不惑の年にしてようやく思い至りました。<br><br>すなわち、集中力がなくとも継続していれば、なんとか達成できるけれども単発的な集中だけではうまくいかない。<br>そして、私の場合、継続力は集中力を仮に10点だとしても1年ぐらいしかないときっちりわかっております。最近ではそのため、一年の計を元旦にかけております。<br><br>また、集中力100点のときの継続力は3日まで。よっていわゆる3日坊主になってしまいますが、その時の集中度は正にゾーン状態で、一日一食で、睡眠１時間あるやなしやという状況です。<br>実はこの程度で済む目標に対しては今まで3日坊主でも何とかなっているんですね。<br><br>こういった結果をえるためのしっかとした感触が若い頃あればよかったなぁと今痛烈に感じているところです。<br>逆に、若いころから実感できている人たちが財をなし、自己実現し、成功しているんじゃないかなとうらやましく思います。<br></p>
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<pubDate>Mon, 13 May 2013 13:24:33 +0900</pubDate>
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<title>「三たびの海峡」読了</title>
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<![CDATA[ <span style="font-size: 16px;"><img class="book_image photo" alt="" 三たびの海峡" (新潮文庫)" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F51jcYNdnUZL._SX230_.jpg"><br><u>「三たびの海峡」読了：帚木蓬生　★★★★☆　465ページ</u></span><br>戦時中の朝鮮、日本での使役のために半ば強制的に病弱な父親に代わり、海峡を渡った主人公河時根の一度目の渡航。過酷な労働、仲間の死、同胞の裏切りに長く自らの命が耐えられないことを悟り、福岡の炭鉱から脱走、途中で恋に落ちた千鶴と朝鮮へ帰る2度目の海峡越え、50年後、事業家となった彼は、日本に残って事業を営む徐から当時過酷な環境を強いた山本三次が市長となり、忘れがたき炭鉱のボタ山を撤去するという施策を打ち出していることを手紙で知る。<br>そして、自ら忘れようとしていた3度目の海峡を渡ろうと決意する。<br>河時根の壮絶人生を豊かなディテールで描く本作は読むにつれ、ずしん、と心に重石をのしかける。五味川純平の人間の條件にも共通する底暗い戦争における人間の本能の露出は、平和に生きる我々は是非、肌で感じておかなくてはいけない。人間は本能を理で抑えることを真剣に模索しているのであろうか。<br>歴史を踏まえたところで生きる我々は、知を持った人間たるがゆえに、多面的に切り口をもった客観的な姿勢で、歴史を感じていく必要があると感じました。<br>本作はその切り口の一つとして素晴らしい作品であると思います。<br>帚木作品を初めて読みました。<br>ストーリーもさることながら、テンポもよくさくさく読める筆力に脱帽。<br>他の作品も読んでみようと思います。<br>千鶴との恋物語は重い内容の中の一幅の清涼剤。<br>推薦。
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<pubDate>Tue, 07 May 2013 13:38:57 +0900</pubDate>
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<title>ホーチミンより</title>
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<![CDATA[ <p>ベトナムホーチミンを訪ね、4日目。<br>観光するところはあまり沢山ないので、観光のみならば2日で充分。<br>私は、のんびりと異文化に触れることで(日常をシャットアウトすることで)ストレスを発散するので、長く滞在しています。<br>なんといってもスゴイのは、交通量と道路渡りのアイコンタクト。<br>片側4車線の道路を信号もなくわたっていくという術を身に着けなければなりません。<br>2日目ぐらいからは順応。目で威嚇しながらソフトかつハードにわたっていく能力を身に着け、不惑の年にして、スキルが一つあがりました。<br>ホーチミンはあちらこちらにカフェがあります。おしゃれなのから、庶民的なものまで。<br>色々試しました。庶民的でよかったカフェもあったのですが、なにぶん店の名前がわからず紹介できない・・・<br>国営百貨店の4Fにあるカフェはお高いのですが、展望がよかった。<br>ちょっと一息にはおススメかも。&nbsp;<br>&nbsp;&nbsp;カフェから見る人民委員会館</p><p align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130502/12/cyrano1619/c9/23/j/o0410030712522129674.jpg"><img style="border: currentColor; width: 220px; height: 165px;" id="1367464486071" alt="カフェから見た人民委員会" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130502/12/cyrano1619/c9/23/j/t02200165_0410030712522129674.jpg" ratio="1.33333333333333"></a></p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130502/12/cyrano1619/c9/23/j/o0410030712522129674.jpg"><div align="left"> </div></a><p></p><p><br>&nbsp;<br><br></p><p align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130502/12/cyrano1619/c9/23/j/o0410030712522129674.jpg"></a>&nbsp;</p>
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<pubDate>Thu, 02 May 2013 12:02:47 +0900</pubDate>
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<title>GWへ突入！</title>
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<![CDATA[ 明日からVietnamへフォーーっ<br>大好きな飛行機でこれまた大好きな読書。<br>夢週間の始まりです。<br>みなさん、よいゴールデンウィークを。
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<pubDate>Sat, 27 Apr 2013 01:31:09 +0900</pubDate>
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<title>段ボール？ダンボール？</title>
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<![CDATA[ 普段何気なく使っている言葉の中には、なんでこんな名前付けたの？と思うことありませんか？<br>だいたい何悩んでたっけと忘れてしまうのですが、今回は疑問即議論をしました。<br>いつも相談する相手は決まっているのですが、その語源妄想友達のT君とダンボールの由来についてあれやこれやと議論したあげく、調べたので、そのことについて。<br><br>ちなみに、彼との過去の議論は<br>「てんやわんや」<br>「ピンからキリまで」など多数。<br>いつも爆笑かつ誠実である。<br><br>T君。<br>ダンボールって、人の名前や、人の名前。サンドウィッチ伯爵みたいなもんで、Mr.ダンボールの発明によるものなんや。<br>私。<br>いやいやダンボールは段ボールとも書く。そやから、段重ねにするこを目的としたものからの派生やで。<br>T君。<br>そうかもしれんが、それやったら、「ボール」は何や？段ボール紙のballなんて見たことないで。<br>やっぱりMr.ダンボールの発明で、日本人の当て字で段重ねにできるから段の字を後付につけたんや。<br>私。<br>いやいや、説得力が薄い。しかも強引や。草食系の時代にその強引さはないやろ。<br><br>T君。<br>あほ。中年から強引さをとったら加齢臭しか残らん。それはそれとして、もしかしたら、ダ・ンボールさんかもしれへんで。ヴィンチ村のレオナルドさんみたいな。「ンボールの」という部分だけが残ったから、その土地ならではの発明かもしれんで。<br><br>私。<br>その新説は少し興味深い。じゃ「ンボール」って地名があるかもしれへんね。フランス、イタリアあたりか、あるいはアフリカかもしれん。調べてみよか？<br>T君。<br>調べんのやったらダンボールのこと直接しらべたらええやん・・・<br><br>S君は語源をとかく海外の名前説にもっていくキライはあるのですが、100回に１回ぐらいの確率であたる。一方、私は私で訳が分からぬうちに遠回りの議論になっている傾向があるのですが、毎回、このやり取りがとても楽しい。<br><br>というわけで、二人してWikipediaを見ました。ふむふむ。<br><br>ダンボール(Wikipediaより)<br>段ボールの名は、原紙に<a title="ボール紙" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%AB%E7%B4%99">ボール紙</a>（ボールは英語のboardに由来）を用いていたことと、断面の波型が<a title="階段" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E9%9A%8E%E6%AE%B5">階段</a>状に見えることによる。 段ボウルともいう。<br><br>S君と私。<br>階段の「段」かいっ！そこから名前つけるかぁ。<br><br>ならば英語ではなんというか。<br>corrugated fibreboardなりcorrugated cardboardというそうである。<br>ちなみにcorrugatedは「波形の」<br><br>S君。<br>なら、海外やったら「コラボード」やな。まあ通じんとは思うけど。<br><br>ちなみに、イギリスのシルクハットの内側で汗を吸い取る素材として発明された「コラボード」を聯合紙器(現社名：レンゴー)の設立者である井上貞治郎氏が日本にて実用新案を取得したのが始まりとか。井上氏は日本段ボールの父と称えられている。<br><br>S君と私。<br>ダンボールにもあるんやねぇ。歴史が。<br><br>最後に、我々のさまざまな憶測を呼んだ段ボールの名付け親である、井上氏の哲学は自身の造語である「きんとま」であることを付け加えておく。内容は皆さんで調べてください。<br>しかし、ややこしい言葉を作る御仁である。<br><br><br>
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<pubDate>Thu, 25 Apr 2013 14:17:35 +0900</pubDate>
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<title>「マンチュリアン・リポート」読了</title>
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<![CDATA[ <img style="WIDTH: 128px; HEIGHT: 173px" alt="マンチュリアン・リポート" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Ftoshibabookplace.booklive.jp%2Fresources%2Fc_media%2Fimages%2Fthumb%2F55%2F205303_01_1_2L.jpg" width="150" height="242" itemprop="image"><br><span style="FONT-SIZE: 14px"><u><strong>「マンチュリアン・リポート」：浅田次郎　367ページ　★★★★☆　読了<br></strong></u><span style="FONT-SIZE: 12px">「蒼穹の昴」「珍妃の井戸」「中原の虹」と続く、清朝末期～近現代中国を扱う浅田次郎の大シリーズ最新刊。このシリーズのファンでありますが、文庫化されるまで待っておりました。<br><br>この本、いいと思います。<br><br>初めに申し上げますが、このシリーズを読んでいない方は、これのみ読むことはお勧めしません。登場人物の既視感を誘う手法を随分取り入れておりますので、もしこれを読もうと思うのならば、遠回りですが、上記の３作を順に読んでいくことをおススメします。(いや、これ以外に道はない)<br>さて、既刊３作を読んだという前提でレビューを行いたいと思います。<br>それでいいますと、星3つから4つといったところ。シリーズファンなので4つとしました。<br><br>皆さんご存知、歴史で習った張作霖を主人公に、かっこいい張作霖像を描いています。<br>張作霖の爆殺を扱った小説です。<br><br>昭和4年、天皇を神ではなく崇高な１個人だという貼り紙を作り、監獄に入れられた不良軍人「志津」が、勅命により満州に渡り、張作霖爆殺の真犯人について調査したレポートを「あなた」に送る。レポート形式の「マンチュリアンリポート」<br>鋼鉄の公爵が北京から奉天に至る張作霖の撤退行を独白形式で綴る「鋼鉄の独白」<br>この２つの形式が章ごとに入れ替わり、物語が進みます。<br><br>何故、ファンの私が、星ひとつ乃至ふたつを減らしたか。<br>それは爆殺の謎の読み解きを一つの売りに据えているにもかかわらず、歴史ファンからすれば至極当然な謎解きで、驚きがなかったから。<br>よって、ミステリーとしては？？？<br><br>それ以外は浅田節全開。評価の別れる「鋼鉄の独白」も私は素晴らしい手法だと思いました。<br>そして、久々にじーーんと来ました。<br><br>これは今まで見てきたキャラクターへの依存が強すぎるからですかね。<br>孫を見守るおじいちゃんの心境と一緒。<br><br>というわけで、「蒼穹の昴」の西太后・光緒帝から綿々と続くキャラクターも登場します。<br>岡圭之助、吉永将、李春雲、白太太・・・<br><br>「俺様は神でも仏でも鬼でもねぇ、張作霖だ」　　しぶい。<br>「天下一の貧乏人が天下をめざしてどこが悪い。ちがうか、公爵。」　泣ける。<br><br>このシリーズは名作です。<br>中国近代史という誰も書かない歴史部分に大衆小説を持ち込み、見事にエンターテインメント化した浅田次郎の素晴らしいシリーズの1章です。浅田文学といってもいい。<br><br>シリーズの一部とみなせば、それ自体が導入となり、エピローグとなることもある。<br>よって、このマンチュリアンリポート自体が完結した小説だとはとても思えないが、一つの節を締める章であるという見方をすれば、いい作品であると思う。<br><br>彼は気高く生きる道は貧にしろ富にしろ、いささかも揺るぎない価値があるというテーマを中国史の中に織り交ぜています。それゆえ、貧乏人の張作霖も富める西太后も彼は愛してやまない。彼の人間愛があふれています。<br><br>若い子供たちよ。浅田を読みなさい。<br><br>価値には気高さを伴った優劣が明瞭にあり、それを担保するものは人間への愛情だということをしっかり学ぶべきだと思います。<br></span></span>
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<pubDate>Mon, 22 Apr 2013 13:27:52 +0900</pubDate>
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<title>今さら二刀流について</title>
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<![CDATA[ <p>日本ハム大谷選手の話題に触発されてのことですが、私がたしなんでおります剣道界の二刀流について少し、ご紹介。<br><br>まず、現在の剣道競技において二刀流の方、少数ですがいらっしゃいます。<br><br>通常の剣道の試合ではまずお目にかかることはありませんが、金のエンゼルぐらいの確率で目にすることがあります。<br><br>私も一度対戦しました。<br><br>瞬殺で勝ちました。あまりにへぼい二刀だったもので。<br><br>我々剣道をしている人間ですら、「どういうきっかけがあれば二刀流を始めようとするんやろ」と首をかしげたくなるぐらいのものですから、その稀少さたるや中々のものです。<br>俺二刀始めたいんですけど・・・って若造が先生に言ったら、白い目で見られそう。<br>しかも、誰も指導方法なんてわかりません。<br>一刀でそこそこいった人が、二刀にいくというのが認知される条件でしょう。<br><br>剣道の二刀にはいくつかの特徴があります。<br>１．小太刀と大太刀の二刀<br>　　　ということで長さは違うのです。<br>　　　大太刀もふつうの一刀より少し短い<br>　　　(中学生ぐらいが使うものを使っている人が多いようです)<br>2．防御しやすい<br>　　戦前は団体戦でも引き分け要員として二刀剣士を採用したことも多いらしい。<br>　　確かに守りやすい。逆に言えば、攻めれない。<br>　　よって、一刀の熟練者でなければ、二刀などとても、とても。<br>3．最近まで、試合で禁じられていた<br>　　<br>剣道界の流儀からしたら、大谷選手も投手・野手どちらかそこそこの成績を出してから二刀目に移ったほうがよいようです。<br></p>
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<pubDate>Thu, 18 Apr 2013 15:52:09 +0900</pubDate>
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<title>「継母礼讃」読了</title>
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<![CDATA[ <a href="http://thumbnail.image.rakuten.co.jp/s/?@0_mall/book/cabinet/6886/9784122056886.jpg"><img class="photo" alt="継母礼讃[マリオ・バルガス＝リョサ]" src="https://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/book/cabinet/6886/9784122056886.jpg?_ex=200x200&amp;s=2&amp;r=1" itemprop="image"></a><br><span style="FONT-SIZE: 16px"><u>「継母礼讃」読了　マリオ・バルガス＝リョサ　西村英一郎訳　184ページ<br>★★★☆☆<br></u><span style="FONT-SIZE: 12px">バルガス＝リョサはペルーのノーベル文学賞作家。大統領選でフジモリ氏と争い、負けたことでも有名です。代表作は「緑の家」など。一度読みたいなあと思っていたところへ、ちょっとエロティックな男心をくすぐる、しかもそれほど長くない小説。<br><span style="FONT-SIZE: 12px">官能小説を手に取るのは中々勇気のいるもの。ましてや、駅のようなレジで人が並んでいるところでは。<br>博多駅で物色中、これならちょっと斜に構えて買えそうだと思い、ここぞとばかりに購入しました。もちろんブックカバーつけて。<br></span>背徳感。耽美。<br>めっちゃ几帳面。再婚相手とのセックスに恍惚を感じているリゴベルト<br>リゴベルトの再婚相手、美尻をもつ美貌のルクレシア<br>リゴベルトの子供、ルクレシアの継子で美少年アルフォンソ<br>ルクレシアとアルフォンソのいけない関係とルクレシアとリゴベルトのすんごいエロエロの性描写を軸とする現実世界の物語、そして、冒頭紹介される絵画をモチーフとして、3人を投影した神話世界の物語の紡ぎを章ごとに入れ替えながら、エロティシズムの世界に読者を浸らせます。<br>バルガス＝リョサは凡そ堕落、背徳と呼ばれるものをどれだけ美しく詩的に表現できるかということにトライしてみたのでしょう。<br>読書中少しでも我に返ると、醒める。一気に。耽って読むべし。<br>彼の代表作「緑の家」を読みます。<br></span></span>
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<link>https://ameblo.jp/cyrano1619/entry-11513748256.html</link>
<pubDate>Thu, 18 Apr 2013 15:17:45 +0900</pubDate>
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