<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>dahin-39のブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/dahin-39/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/dahin-39/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>ブログの説明を入力します。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>何故この歳になって走るのか？</title>
<description>
<![CDATA[ <div>　今年２月１８日の熊本城マラソンに参加してHPにその時の感想を掲載した。（以下に再掲載）周りの人から見るとその歳になって、よくマラソンなど走れるなと思うのが素直な感想だと思う。私の中にもそういう思いがある。思いだけでなく練習している自分が走っているのか、歩いているのか分からないほどその遅さに自虐的に<span style="letter-spacing: 0.13rem; -webkit-tap-highlight-color: transparent; -webkit-text-size-adjust: 100%;">なることもある。無理な冒険をせず、人に迷惑にならないように年相応に低負荷のストレッチやヨガなどやって静かに生きるのが周りにとっても良いことであり、自分でもそのことを良く自覚しているつもりである。</span></div><div><br></div><div>　しかし、一方で、少数だけど私の挑戦に敬意を払ってくれる方もいる。哲学者西田幾多郎は「人は人、我は我なり、我が行く道を我は行くなり」と詠んだが、私の心境はそれに近いかも知れない。残された人生をどう生きるかは、どう死を迎え入れるかと同じ問題だと<span style="letter-spacing: 0.13rem; -webkit-tap-highlight-color: transparent; -webkit-text-size-adjust: 100%;">思えてくる。人間はどこまで歩けるのか？人間はどこまで走れるのか？これは考えただけでは答えは出ない。「think and doing」「考えそして行動する」のみである。ここで言う考えは、工夫、即ちIngenuityの意味である。</span><span style="-webkit-tap-highlight-color: transparent; caret-color: rgb(17, 17, 17); letter-spacing: normal; -webkit-text-size-adjust: auto;"><font color="#111111" face="-apple-system, Roboto, SegoeUI, Segoe UI, Helvetica Neue, Helvetica, Meiryo, Meiryo UI, Arial Unicode MS, sans-serif"><b>　　　</b></font></span></div><div><span style="letter-spacing: 0.13rem; -webkit-tap-highlight-color: transparent; -webkit-text-size-adjust: 100%;">　そういう独自の工夫、思いを頭の中で描きながら、３月以降も自分なりに走り続けている。走るためには、走る意識と走れる身体が必要である。今は、ヨガやピラティス、そして関節トレーニングなどはそのための手段である。又、各</span><span style="letter-spacing: 0.13rem; -webkit-tap-highlight-color: transparent; -webkit-text-size-adjust: 100%;">地域で開催される市民マラソンでの参加賞は楽しみの一つである。同級生と時々会う機会があるが、殆どの人が足、腰の痛みを訴えている。こういう場合には、走るどころではない。実は私も昨年の夏は右股関節の痛みや痺れで練習が出来ていなかった。実際、走る練習を始めたのは１１月頃からだったと思う。そういうこともあり完走どころか何とか３０kまで行くことだけを目標にして参加した。</span></div><div><span style="letter-spacing: 0.13rem; -webkit-tap-highlight-color: transparent; -webkit-text-size-adjust: 100%;">　今年は昨年に比べたら、継続的に走れているし、夏の暑さも避けて走る習慣が身について来たように思っている。どういうことかと言うと、職場にマラソンを趣味とする人がやって来て、その方と話していると、夏は暑いので土日の朝早くから走っているということだった。確かに、日が出る前に走れば猛暑は避けられると直感して、早速実行に移した。家の周辺で走れそうな所を探して見ると割と良い場所がある事に気づいた。又早朝から走っている人に出会った。約１時間前後走れば上等かなと思う。準備体操をして５時半から走り出せば丁度良い。今年は特に暑いので、走り終わった後に水風呂に入るのが楽しみになっている。若い時、三島市にあった冲ヨガ道場を思い出しながら真水を頭からかかり、水風呂に入ると、身心が引き締まり、疲労も半減することを実感している。ただ水風呂に入るには、身体の汗を拭いて緩いシャワーで身体を水に慣らしてからゆっくり入った方が良いので、注意して頂きたいと思う。</span></div><div><span style="letter-spacing: 0.13rem; -webkit-tap-highlight-color: transparent; -webkit-text-size-adjust: 100%;">　２月のマラソンが６時間かかったので、次回は５時間そこそこで走りたいと思っている。１時間も短縮などあり得ない目標であることは、十二分に、分かっているつもりであるが、５時間に限りなく近づけるように、走り過ぎないようにして頑張りたいと思っている。１１月初旬に筑後川ハーフマラソンに参加予定なので、次回は、その報告が出来たら良いと思っています。</span></div><div><br></div><div>2024/2/20 HPより引用</div><div><span style="letter-spacing: 0.13rem; -webkit-tap-highlight-color: transparent; -webkit-text-size-adjust: 100%;">４０年振りの「熊本城マラソン」</span><br></div><div><span style="letter-spacing: 0.13rem; -webkit-tap-highlight-color: transparent;">　</span></div><div><span style="letter-spacing: 0.13rem; -webkit-tap-highlight-color: transparent; -webkit-text-size-adjust: 100%;">凡そ４０年前､職場の仲間とともに「指宿菜の花マラソン」に立て続けに出場したことがあった。今回､今まで余り関心を示さなかった「熊本城マラソン」に参加する機会を得た。昨年後期高齢者になり、徐々に身体の衰えを感じていたが、このまま老衰して行くままの自分に疑問を持ち、もう一度自分に向き合い、自分の身体を整え直そうと感じていた。それがいきなりフルマラソンとは飛躍しすぎであるが、自分への挑戦としてとりあえず３０キロを目標にして参加することになった。</span><br></div><div>　当日（１８日）は､朝から５度だった気温は昼間には２２度に達して､ちょっともうろうとして脱水症状ではないかと感じた所はあったが、沿道の応援と充実した給水体制に支えられて、何とか３５キロ迄は走り続けることができた。その後は歩いたり走ったりを繰り返してあったが、最後のゴール迄続く長く緩やかな2.５キロの坂道を走り続けたので（殆どの人は歩いていた‥）、かなりの順位を上げることができ､無事に完走することができた。ゴールになった二の丸公園は私が通った高校があった所でもあり、若き日の思い出が詰まった懐かしい所でもあった。</div><div>　それにしても､沢山の地域の方々から色々な形で応援を頂いた。声が枯れる程大声で応援してくれた小学生､力強い太鼓の音､ブラスバンド､ギター演奏などなど盛りだくさんの声援を受けることができた。そして何よりも走る力を支えてくれたのは、エネルギー元である。給水ステーションにはスポーツ飲料、水だけでなく、🍓、🍌､🍅、🍊、🍰､🍩などが準備してあり､３０キロ以降は特にそれらに助けられた所が大きいと思っている。今はただ感謝しかない。</div><div><br></div><div>　大会から数日が経ったが、不思議なことに筋肉痛が無い。歳のせいかも知れない？嘘みたいな話であるが､ゼロと断言できる？家で普通に階段を登り降りしているのを見て妻も驚いていた。自分で走る時意識したことは､インナーマッスル（腸腰筋（特に大腰筋）・内転筋・ハムストリングスなど）や上下振動の吸収に大臀筋をしっかり使うこと､関節の動き（特に股関節の回転）を意識すること､後はアウターマッスルが固まらないようにリラックスすることである。３８キロ辺りで一時左脚の付け根が攣ったが､無理をせずに、走るのをやめて、歩いている内に回復することができた。色々なアクシデントが発生する可能性があるので冷静に対応することが大事だと思った。</div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/dahin-39/entry-12934300867.html</link>
<pubDate>Tue, 13 Aug 2024 18:23:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>二つの激痛</title>
<description>
<![CDATA[ <p><span style="font-size: 18px;">　前回の投稿から一年半が過ぎてしまった。時間は止まることなく動き、年月を繰り返している。１日の２４時間は無限に繰り返し，１年の</span><span style="font-size: 18px;">３６５日</span><span style="font-size: 18px;">も無限に繰り返している。永劫回帰の世界である。</span></p><p><span style="font-size: 18px;">　時間や空間はとどまることなく流れを繰り返しているが、人間はその一時期、その一瞬を生きている旅人に過ぎない。時間は人間に平等に与えられているが、その時間の受け止め方や使い方は時期によってそれぞれ異なっている。　　　　</span></p><p><span style="font-size: 18px;">　時に、より時間を短く感じるときもあるし、とてつも長く感じることもある。私の場合、どちらかというと、若いときは時間が長く感じられていた。その時間は、とても倦怠感を感じる時間が多かったように思える。しかし、人生のゴールが見えてきた今になっては、初めて時間の経過を速く、短く、それ故に、大切に思えて感じられるようになった。若いときに、サボっていた分を何か今頃になって取り戻したいのか、毎日がとても忙しく、ゆっくりくつろぐ時間がない生活を送っている。私が時間の大切さを本心から感じられるようになったのは、自分の人生を最後から、即ち死から意識するようになって来たからである。いつしか人生の終わりから今の自分を見るようになった。健康なら、あと何年生きられるだろうかと考えると、残りの人生があまりないことが切実に理解できるようになった。今、まだ生きている内に色々やりたいという意欲がムラムラと湧いて来たのである。</span></p><p><span style="font-size: 18px;">　振り返ると若いときは、毎日退屈な時間を送っていたように思う。人生に意味を見いだせず、何のために生きているのかも分からず、生きていることに意味を見いだせず、何故か空しく生きていたのを思い起こす。学校に行き勉強するのが苦痛で、いやな数学の教師がいて、夢の中で数学の問題を解けなくてうなされていることがよくあった。卒業してからもそのトラウマはかなり尾を引いていた。そうでなくても、朝目が覚めても何もすることがなく、ただ天井の木目を空しく眺めていた自分を思い起こす。何をする意欲も起きず、何もしようとしなかった、朝早く起きたときは又布団を頭からかぶって狸寝入りをして時間を潰していたように思える。</span></p><p><span style="font-size: 18px;">　</span><span style="font-size: 18px;">その反動か何か分からないが、古希を過ぎて死線が見えだした頃から、生きている内に色々とやってみたいと思うようになった。死んだら何も出来ない。生きているからこそ、何かが出来るのである。人生が，時間がとても大切に貴重に思えて来たのである。</span></p><p><span style="font-size: 18px;">　しかし、そうはいっても若いときのように無理は利かない。身体的にも若い頃の弾力性はない。筋肉もだんだん衰え、細くなっている。しかし、一方で、人間は身体は衰えても、精神は何故か衰えないどころか強くなっているように感じられる。だから心と体のギャップが現れるのかも知れない。身体はだんだんさび付き、油が必要になる。何もないのに、身体の節々が痛み出したりする。何かの調子に関節が痛み出し、肩が上がらなくなったり、膝が痛くてうまく歩けなくなったり、腰が痛くて立てなくなったり、多くの人が程度の差があるけれど平等に苦しんでいる。</span></p><p><span style="font-size: 18px;">　痛みにも激痛がある。前回のブログで予告した帯状疱疹に今時発病するとは一体何を意味しているのか。少し考えてみようと思う。そして、先日又新たな激痛に襲われた。病名は尿管結石である。耐えられない痛みがあるとすれば、この二つの激痛は記録に残して置く価値があると思っている。人間が持つ耐えられない痛みを背負ってこの人生を送り続けるのは何か意味があるのか。平和な日本においても個々の人間は老苦や病苦などの苦しみに四苦八苦しているのが現実である。（次回へ）</span></p><p><span style="font-size: 18px;">　</span></p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/dahin-39/entry-12934300865.html</link>
<pubDate>Sat, 17 Sep 2022 20:17:09 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>過ぎたるは及ばざるが如し</title>
<description>
<![CDATA[ 　久しぶりの投稿になった。ブログを見に来てくれていた人は､私が生きているのか否か案じて頂いた方もおられたかもしれない。<div>　私は普通に日々の生活をして毎日を送っています。気を遣って頂きありがとうございます。</div><div>　私は今何をしているのか､今何を考えて生きているのか。毎日やるべきこと､毎日考えること、感じることが多くて休む暇がないようにも思えます。</div><div><span style="letter-spacing: 0.13rem; -webkit-tap-highlight-color: transparent; -webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></div><div><span style="letter-spacing: 0.13rem; -webkit-tap-highlight-color: transparent; -webkit-text-size-adjust: 100%;">　今の私の最大のテーマは「身体の痛み」（pain）と「身体の使い方」です。</span><br></div><div><br></div><div>　<span style="letter-spacing: 0.13rem; -webkit-tap-highlight-color: transparent; -webkit-text-size-adjust: 100%;">「何故身体が痛むのか」</span><span style="letter-spacing: 0.13rem; -webkit-tap-highlight-color: transparent; -webkit-text-size-adjust: 100%;">「どうしたら身体の痛みを軽減できるのか」</span></div><div><span style="letter-spacing: 0.13rem; -webkit-tap-highlight-color: transparent; -webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></div><div>　痛みを治す専門家（医師や医療関係者、治療家など）が存在し、山ほどの痛みを解消する本が出ている。しかし､自分の痛みを解消する名医に出会うことはなかなか難しい所があるように感じています。</div><div>　</div><div><span style="letter-spacing: 0.13rem; -webkit-tap-highlight-color: transparent;">　最近とても辛い痛みを経験した。一つは歯痛🦷､もう一つは帯状疱疹。これらについては次回書いて見ようと思います。</span><br></div><div><span style="letter-spacing: 0.13rem; -webkit-tap-highlight-color: transparent;"><br></span></div><div><span style="letter-spacing: 0.13rem; -webkit-tap-highlight-color: transparent;"><br></span></div><div><br></div><div><br></div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/dahin-39/entry-12934300863.html</link>
<pubDate>Mon, 19 Apr 2021 16:52:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>カイヴァリアダーマ への旅①</title>
<description>
<![CDATA[ <div>&nbsp;</div><div><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250928/17/dahin-39/ea/24/j/o0640048015684842034.jpg?1568731670"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250928/17/dahin-39/a8/65/j/o0640048015684842045.jpg?1568733419"></div><div>&nbsp;</div><div><span style="font-size: 13pt;">９月</span>1<span style="font-size: 13pt;">５日、ムンバイから車で約２時間北東に位置するロナバラにあるカイヴァリアダーマヨガインスティテュートにやって来た。この地を訪れるのは３度目である。ロナバラは未だ雨季が開けておらず、毎日が雨の日の中でのワークとなった。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span style="font-size: 13pt;">今回の訪問は熊本にあるカイヴァリアダーマ</span> <span style="font-size: 13pt;">ジャパンの仲間と一緒に総勢</span>14<span style="font-size: 13pt;">名で参加することになった。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span style="font-size: 13pt;">今回の研修目的は</span>"<span style="font-size: 13pt;">瞑想ワーク</span>"<span style="font-size: 13pt;">の体験である。指導者は瞑想指導の権威ボーガル先生である。毎日午前、午後各２時間づつ計</span>4<span style="font-size: 13pt;">時間以上に渡って熱心に指導して頂いている。感想としてはとにかく深い、この地に来ないと分からないであろうことを日々学んでいる感じがしている。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span style="font-size: 13pt;">今まで瞑想についていくつかの体験をしているが、何か根本的に違うものを感じている。それは、瞑想はするものではなく</span>"<span style="font-size: 13pt;">起こるもの</span>"<span style="font-size: 13pt;">であるということである。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span style="font-size: 13pt;">基本になる文献として、『</span><span style="font-size: 17.3333px;">ヨガスートラ</span><span style="font-size: 13pt;">』や『</span><span style="font-size: 17.3333px;">バガバットギター</span><span style="font-size: 13pt;">』を挙げられた。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span style="font-size: 13pt;">また、瞑想の準備の行法として、「アヌローマヴィローマ」や「オームカール」を挙げられている。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span style="font-size: 13pt;">アーサナについては自分が必要としているものをバランス良くやれば良いという感じだった。</span></div><div>（この文章は３年前に書きかけていたものです。そのまま投稿します）</div><div>&nbsp;</div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/dahin-39/entry-12934300861.html</link>
<pubDate>Tue, 17 Sep 2019 18:08:14 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>身体的苦痛の軽減</title>
<description>
<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p><strong><span style="color: #339966;">長い間苦しんできた「坐骨神経痛」が最近軽減されたことが自覚できるようになった。この三年間は痛みと向き合った闘いの日々であったといえる。</span></strong></p><p><strong><span style="color: #339966;">「坐骨神経痛」に限らず痛みの軽減は多くの人の願いであり、人々が求めるところである。</span></strong></p><p><strong><span style="color: #339966;">苦痛を避け快楽（快適）を体得することは、万人が目標とする姿である。しかし、年齢を重ねるごとに原因不明の痛みが生じることが多い。それは姿勢が歪み、動きがだんだん鈍くなるということであり、「老い」（エイジング）を自覚するということだと思う。</span></strong></p><p><strong><span style="color: #339966;">身体が偏り錆び付いてくると、自分の行動範囲も狭まり、だんだん自分自身に自信が持てなくなる。存在していることが不安になることも頭をよぎる。人生を厭世的に考えるようになる。心が病んで、時には死んだがましだと思うこともある。まさに「死に至る病」である。</span></strong></p><p><strong><span style="color: #339966;">山本太郎は大衆に向かって「生きててくれよ。死にたくなるような世の中止めたいんですよ」と叫んだ。それは、15歳から39歳の死因の第一位が自殺であるという現実を受けての発言であった。</span></strong></p><p><strong><span style="color: #339966;">政治家の仕事は皆が生きやすい社会を作ることには違いない。それは福祉国家の充実ということと連なるだろう。そして生きやすい社会とは、個人があくせくしないで生きれる社会であり、できるだけ個人が苦しまないで生活できる社会の在り方であると思う。</span></strong></p><p><strong><span style="color: #339966;">坐骨神経痛を発病した時、椅子に座るや否やお尻の後（坐骨周辺）がピリピリとした激痛に襲われることがしばしばあった。じっと耐えるしかない状況だった。いつも痛いわけではないが、痛みが襲ってくるという感じで太腿の裏にかけて激痛が走ることがしばしばあった。</span></strong></p><p><strong><span style="color: #339966;">直接の原因はハーフマラソンを無理して完走したことではないかと思っている。身体が悲鳴を挙げていても精神はそれを押し切ることがある。その後遺症は大きなダメージをともなってやってくる。</span></strong></p><p><strong><span style="color: #339966;">最後まで走る切るのが美徳と教え込まれた心は、それを止めることは敗北だと刷り込まれていた。止める勇気がないのである。自己満足の世界である。</span></strong></p><p><strong><span style="color: #339966;">整形外科には一度だけ行った。レントゲンも取った。腰椎の4番と５番の間が狭くなっていて神経が圧迫されているという診断だった。ブロック注射は遠慮して漢方薬を頂いて帰った。根本的な治療は姿勢と生活習慣を直していくしかないと思っていたので、それ以降病院には行ってない。当時は丁度学んでいたベトナム医道のディエンチャンの施術に大変お世話になった。顕現した痛みを軽減するのに効果はあったと思う。</span></strong></p><p><strong><span style="color: #339966;">この間、ヨガやピラティスは毎日やっているので、これらのレッスンが身体に良い影響を与えていたことは間違いない。しかし、それでも痛みは不定期にやってくる。ヨガもピラティスも考えて考えてやっていたせいか、痛みの位置がだんだん変わってくるのを感じるようになった。お尻周辺の痛みから二年目・三年目には太腿の前面の方に重たい痛みや痺れが現れるようになった。</span></strong></p><p><strong><span style="color: #339966;">最初は座ってから痛みが来ていたのが、後半には歩いているときや立っているとき痛みが来るようになっていった。いつもではなく、仕事の帰りにコンビニとかによって買い物していると右足の太腿が痺れてきて痛くなるというパターンに代わってきた。しかも、必ずいやになるほど痛みが来る。（あとで気づいたことは歩き方が間違っている。悪い歩きをしているので改善できてないのではないかと思うようになった？）</span></strong></p><p><strong><span style="color: #339966;">こんなにヨガやピィラティスをやり、時には一本歯下駄でのウォークもやっているのに、何故痛みが来るのか。叫びたくなるような自問自答の日々が繰り返された。</span></strong></p><p><strong><span style="color: #339966;">特に一本歯下駄は姿勢を正すのに有効との自覚があったので週一回は歩くようにしていた。時には軽いジョギングも入れたりした。走り始めは痺れがあるけど走っているうちに痛みが消えることを度々経験した。</span></strong></p><p><strong><span style="color: #339966;">それでも日常に帰ると、立ったり歩く過程で痛みが出ることが続いた。</span></strong></p><p><strong><span style="color: #339966;">ある日バレイ整体というＷｅｂサイトに出会った。ここの中で紹介されていた、股関節を開くエクササイズをやっているうちに自分のからだの弱点が何となく見えてきた。</span></strong><strong><span style="color: #339966;">それは、自分が脚の内側、内転筋をほとんど意識してないし意識して使っていないのではないかということだった。</span></strong></p><p><strong><span style="color: #339966;">Ｗｅｂサイトに紹介されていたエクササイズをやっているうちに内転筋、骨盤底筋群の深層外旋六筋の重要性に気づいた。ここが弱い。調べていくうちに深層外旋六筋のなかの梨状筋の下を坐骨神経が通っているとわかった。このあたりが関係していると直感した。</span></strong></p><p><strong><span style="color: #339966;">それから毎日深層外旋六筋を刺激するエクササイズを行っていった。同時にピィラティスもデッドバグスのバリエーション３やレッグサークルを中心に行った。一月も経たないうちに痛みが現れないようになった。発病当時を１０とするなら現在は１である。ほとんど完治しているといって良いと思う。</span></strong></p><p><strong><span style="color: #339966;">三年間はあまりにも長い日々であった。しかしそこから得たものも大きかった。これも日頃のヨガとピィラティスの実践が基本にあったからであると思っている。</span></strong></p><p><strong><span style="color: #339966;">どんなに落ち込んでも、自分を支えるものが複数あることは強みでもある。身体を整えることによって精神も整ってくる。歩くという最も基本的な身体の動きをもっと重視して、歩くことを通して身体の改善へと繋げて行けたら良いと思う。そして今、その歩きはいかに「楽に歩くこと」ができるかということの探求であるという思いを強くしている。</span></strong></p><p><strong><span style="color: #339966;">「われはわれ　人は人なり　わが行く道をわれは行くなり」　西田幾多郎</span></strong></p><p>　　　　　　　　　　　　　</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　</p><p>　</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/dahin-39/entry-12934300851.html</link>
<pubDate>Tue, 27 Aug 2019 23:00:27 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>人間にとって大切なことは何か？</title>
<description>
<![CDATA[ <p> </p><p>  <span style="font-size: 13pt">一寸先は闇、まさかのことが日常的に起こっている。昨日、高速道路を逆走する車がテレビニュースで流れていたが、その場に出くわした人にはトンデモナイ恐怖体験である。運よく衝突しなかったので被害者は出なかったが大惨事になる可能性は大いにあった。人生何が起こるかわからない？突然車が突っ込んできて、一般の市民が犠牲になる避けようもない交通事故が連日のように報じられている。自然災害でも地震は人間の思惑を超えて突然やってくる。せっかく建てた家が全壊・半壊してしまうこともある。津波の発生で家ごと流され尊い命が一瞬の間に奪われることもある。たとえその時を運よく免れたとしても、いつどこで何が起こるかわからないのが今の世の中の実相である。そのことを時々思い出しそういう場面がいつ起きてもおかしくないという覚悟が大事だと新ためて考えさせられた。</span></p><p><span style="font-size: 13pt">上の話は何も交通事故や自然災害のことだけではない。職場や近所の人間関係でも同じことが言える。職場での人物評価も上に立つ人によって変わることもあり客観性が保たれにくいところもある。働きやすい職場がある日を境に息苦しくなることもある。職場の雰囲気はやはり上司や仕事仲間の人間関係がうまくいくかどうかで決まることが多い。やはり、お互いがお互いを尊重する気持ちがあればこういう問題はうまくいくように感じている。</span></p><p><span style="font-size: 13pt">アメリカの心理学者オルポートは「成熟した人格の特徴」として次の６つを上げている。①社会的領域への自己意識の拡大　②他者との暖かい人間関係の確立　③情緒の安定と自己受容　④現実的思考と行動　⑤自己の客観視とユーモア　⑥統一された人生観。この中で①②③⑤は特に必要であると思える。</span></p><p><span style="font-size: 13pt">職場がうまくいくためには、お互いの人間関係に信頼感がなくてはならない。お互いの信頼感は相手を人格者として尊重することからうまれる。相互にこれまでの実績を認める合うことで、お互いの信頼感は起こる。それにはそれぞれが置かれた立場や役割を理解し尊重するしかない。不信の中には何もうまれない。お互いの信頼感があるところに協力体制もうまれ、職場は明るさと活気を取り戻すことができるだろう。</span></p><p><span style="font-size: 13pt">明治以降、そして戦後の日本教育はどこを向いて歩んできたのだろうか。今学んでいるＦＲＰ（ファンクショナル・ローラーピラティス）においても、</span>2<span style="font-size: 13pt">月のワークショップで姿勢教育の課題が指摘されていた。歩き方・立ち方・座り方一つについても身体の自然な動きから見ても指導の在り方で問題点が指摘されている。集団での均整や統一が重視され、個々人の状態はあまり価値を持たない。軍隊式の規律と統制が今日も幅を利かせいるところもまだある。式典などで規律や統制が必要な時もあるがただ我慢し耐えるだけの身体の使い方はもう通用しない。罰としてうさぎ跳びで根性を身につけさせることより、ひざを痛めない身体の使い方を工夫することが大切である。根性が悪いのではなく身体を痛め、心を砕くことが問題である。ひざを痛めないうさぎ跳びの方法があれば、うさぎ跳び自体も再評価される。</span></p><p><span style="font-size: 13pt">ヨガでもピラティスでもよくあることだが、膝が伸びないとき「膝を伸ばして」「膝を伸ばしなさい」と口うるさく言われた経験があるが、その度に嫌な気分になったことがある。人間は嫌なことを言われると筋肉が固くなるので、ますます膝は伸びなくなる。問題はどうしたら膝が伸びるようになるのかを語ることが指導のはずである。伸ばそうとしているけど伸びないから練習に来ているんだけど、来るたびにそれしか言ってくれないなら来る意味はなくなる。その意味で指導者は日々勉強あるのみである。しかし、その正しい答えを探すのは簡単ではなく難しい問題でもある。その答えは個別的で複数だからである。だからそこには経験が必要にある。だが、原理原則はしっかり押さえておかなければならない。それが分かるようになると指導にも自信が持てるようになるということだと思う。</span></p><p><span style="font-size: 13pt">人間にとって大切なことはやはり「謙虚さ」、「誠実さ」、「寛容さ」などではないだろうか。本当に人から尊敬される人は独善的ではなくどこまでも自己に対して謙虚である。</span></p><p><span style="font-size: 13pt">想定外の出来事が多発する現代社会で柔軟でバランスの取れた身体と思考力を持ち、世の中の不正を見抜く直観力をもつことはこれからも大切なことではないかと思っている。そのためにもフットワークを軽くし常に動ける身体能力と新鮮な思考と感性を身につけておきたいと思う。</span></p><p><span style="font-size: 13pt">これらは私の場合、ヨガ・ピラティスの恩恵によるところが大きいと思っていますが、最近では、日本古道（修験道）の世界にも関心を向けているところです。</span></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/dahin-39/entry-12934300850.html</link>
<pubDate>Mon, 20 May 2019 16:58:35 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ヨガとピラティスを結ぶもの</title>
<description>
<![CDATA[ <p><strong style="font-size: 13pt"><span style="color: #008080">ヨガとピラティスについて最近比較して述べられることがある。実際ヨガをやっている方がピィラティスの指導者である場合も多々見られる。私が所属しているＦＲＰでは今年から「ＦＲＰヨガ」というタイトルで養成講座を開講されている。</span></strong></p><p><strong style="font-size: 13pt"><span style="color: #008080">私なりに感じたことは、ヨガとピラティスはその目標とするところは同じように感じるけれども、その方法や教えは基本的に異なるものではないかと思っている。異なるものだからこそ、その共通点を探すのが面白いということである。</span></strong></p><p><strong style="font-size: 13pt"><span style="color: #008080">私の経験から思いつくままに述べるなら、ヨガとピラティスの違いは①その歴史が違うということである。ヨガの起こりは『ヴェーダ』に記録があり、古代インドで『ヴェーダ』が成立したのが紀元前１２００年くらいである。一方ピラティスが生まれたのが1880年代であり、「ピラティス」というメソッドが確立されてまだ100年くらいしか経っていない。日本にピラティスが入ってきてから、まだ30年も経っていないということである。②にヨガは「解脱」を目標としたスピリチュアルな要素を含んでいるが、ピラティスは自己の身体をコントロールして健康を維持するためのエクササイズである。ヨガのアーサナとピラティスのエクササイズは位置づけが異なる。</span></strong></p><p><strong style="font-size: 13pt"><span style="color: #008080">ヨガはそれ故に歴史もあり、その変遷の歴史も多く存在しているらしい。それ故に、ヨガが本来持っていた姿・形をできるだけ崩さずに、忠実に伝えていこうとするカイヴァルヤダーマをはじめとする団体や人々が存在する。それらの古典ヨガは今日「伝統ヨガ」（トラディショナルヨガ）という言い方で呼ばれている。一方、ピラティスは彼自身が述べているように「コントロロジー」即ち「自分の身体を自分の意志で制御すること」というメソッドを基本としている。今日のリハビリテーションの原型と考えて良いと思う。</span></strong></p><p><strong style="font-size: 13pt"><span style="color: #008080">それ故に、それぞれの教えがどちらが良いとかという議論はあまり意味を持たない。それぞれの経験（体験）なくして、それらについて是非を論じ評価している人たちが世の中にはたくさんいるように思える。大事なことは「自分にとってその教えが適合するかということである」。もっと述べるなら「今の自分にとってその教えが有効か真実か」ということである。</span></strong></p><p><strong style="font-size: 13pt"><span style="color: #008080">指導者の中には生徒さんが色々体験することを嫌う人たちがいる。私から言えば狭い領域で生きている人たちに思える。幅広く色々な経験・体験を重ねて行きつくところが自分の場所である。ある人は死ぬまでそこに行きつかないかもしれない。しかし、それはそれで良いと思う。それがその人の人生であるということだと思う。皆生きているときは「途上」なのである。「揺れ動く葦である」。しかし最後に行きつく場がある。それが「死」という場所である。最終的な場所が皆同じであるところが世の中の面白いところでありまた真実である。それをヨガ的に言えば「地・火・空・水・風」の5大要素からなる「自然」・「宇宙」に帰るということだと思う。</span></strong></p><p><strong style="font-size: 13pt"><span style="color: #008080">色々学んで思ったことは、『ヴェーダ』にすべての答えが述べられているということだ。日本では『ヴェーダ』の教えは深く入っていない、学校でも仏教は割と深く教えているが仏教の教えはほとんど『ヴェーダ』の中で語られているということが最近分かるようになってきた。</span></strong></p><p><strong style="font-size: 13pt"><span style="color: #008080">「万物は流転する」と古代の哲学者が言ったが、それぞれの時代に必要があって生まれた教えは、時代が変わっても継続して伝えられていくだろう。そして、それら教えは時代と共に変遷していくだろう。それが真実である。</span></strong></p><p><strong style="font-size: 13pt"><span style="color: #008080">いつもの通りだが、表題から離れた内容になってしまった。また次回にしたいと思う。</span></strong></p><p><strong style="font-size: 13pt"><span style="color: #008080"> </span></strong></p><p><span style="color: #008080"> </span></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/dahin-39/entry-12934300849.html</link>
<pubDate>Mon, 03 Dec 2018 17:29:59 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>「故郷は遠きにありて思うもの」 パレルガ的思索２</title>
<description>
<![CDATA[ <p><strong><span style="color: #008000;">「故郷」（Ｈｅｉｍａｔ）の喪失（１）</span></strong></p><div>&nbsp;<br>　　<strong><em><span style="color: #999999;">故郷は遠きにありて思うもの</span></em><span style="color: #999999;">　</span></strong><br><strong><em><span style="color: #999999;">　　</span><span style="color: #999999;">そして悲しくうたうもの</span><span style="color: #999999;">　</span></em></strong><br><strong><em><span style="color: #999999;">　　</span><span style="color: #999999;">よしや</span></em></strong><br><strong><em><span style="color: #999999;">　　</span><span style="color: #999999;">うらぶれて異土の乞食となるとても</span></em></strong><br><strong><em><span style="color: #999999;">　　</span><span style="color: #999999;">帰るところにあるまじや</span></em></strong><br><span style="color: #999999;">　　</span><br><span style="color: #999999;">　　　室生犀星　『抒情小曲集』　大正６年（１９１７年）</span><br>&nbsp;<br>　　　<span style="color: #008000;">この歌はなぜか覚えている。学生の頃上京して、故郷を思うたびに</span><br><span style="color: #008000;">　　このセリフが出てきて、故郷の風景や両親のことが思い出されること</span><br><span style="color: #008000;">　　が度々あった。故郷は自分を支えている心の拠り所であり、支えとい</span><br><span style="color: #008000;">　　という意味をもっていた。今この詩を調べていくうちに、新しい発見</span><br><span style="color: #008000;">　　に出会った。それは、この歌が歌われたのは、あの石川啄木の歌と</span><br><span style="color: #008000;">　　同じ心境で歌われたものであることを知った。</span><br>　　<br>　　　　<em><strong><span style="color: #999999;">石を持て　追わるるごとく</span></strong></em><br><strong><em><span style="color: #999999;">　　　</span><span style="color: #999999;">ふるさとを　出でしかなしみ</span><span style="color: #999999;">　　　</span></em></strong><br><strong><em><span style="color: #999999;">　　　</span><span style="color: #999999;">消ゆる時なし</span></em></strong></div><p>&nbsp;</p><div>　　　<span style="color: #999999;">石川啄木　『一握の砂』明治41年（１９１０年）刊</span><br>&nbsp;<br>　　<span style="color: #008000;">犀星の詩は東京で歌われたものではなく、郷里金沢で歌われたものである</span><br><span style="color: #008000;">　ということです。東京で故郷を思って歌ったのではなく、郷里に受け入れら</span><br><span style="color: #008000;">　れず、郷里を離れる心境を歌ったということです。</span><br><span style="color: #008000;">　　伊藤新吉氏は「それは郷里を離れようとする時の別れの心と、もはや再び</span><br><span style="color: #008000;">　帰らぬという決意を歌ったものである」と述べておられる。ずっと故郷への</span><br><span style="color: #008000;">　望郷を歌っていると思っていたことが、思い込みや誤解だったということを</span><br><span style="color: #008000;">　今になって知るということは何か恥ずべきことのように思えるが、一方では</span><br><span style="color: #008000;">　そういう事実を学んでいなかったということでもある。</span><br><span style="color: #008000;">　　</span><br><span style="color: #008000;">　　今日は「故郷の喪失」についてハイデッガーの思索を見るつもりでしたが</span><br><span style="color: #008000;">　思わぬ展開になってしまいました。ハイデッガーの思索については、次回に</span><br><span style="color: #008000;">　回したいと思います。テーマは「故郷への回帰」で、次の歌がヒントです</span><span style="color: #008000;">。</span><br>&nbsp;<br>　　　　<em><strong><span style="color: #999999;">ふるさとの山に向ひて</span></strong></em><br><strong><span style="color: #999999;"><em>　　　　言うことなし</em></span></strong><br><strong><span style="color: #999999;"><em>　　　　ふるさとの山はありがたきかな</em></span></strong><br><span style="color: #999999;">　　</span><br><span style="color: #999999;">　　　　啄木　　『一握の砂』</span></div><p>&nbsp;</p><p><span style="color: #008000;"><strong>　　</strong></span></p><p><em><strong>　　</strong></em></p><p><em><strong>　　</strong></em></p><p><span style="color: #808080;"><em><strong>　　</strong></em></span></p><p><span style="color: #008000;"><strong>　　</strong></span></p><p><span style="color: #008000;"><strong>　　　</strong></span></p><p><span style="color: #008000;"><strong>&nbsp;</strong></span></p><p><span style="color: #008000;"><strong>　　</strong></span></p><p><span style="color: #008000;"><strong>　　</strong></span></p><p><span style="color: #008000;"><strong>　　</strong></span></p><p><span style="color: #008000;"><strong>　　</strong></span></p><p><span style="color: #008000;"><strong>　　</strong></span></p><p><span style="color: #008000;"><strong>　　</strong></span></p><p><span style="color: #008000;"><strong>　　</strong></span></p><p><span style="color: #008000;"><strong>　　</strong></span></p><p style="background-attachment: scroll; background-clip: border-box; background-color: transparent; background-image: none; background-origin: padding-box; background-position-x: 0%; background-position-y: 0%; background-repeat: repeat; background-size: auto; color: #000000;font-size: 14px; font-style: normal; font-variant: normal; font-weight: 400; letter-spacing: normal; margin-bottom: 14px; margin-left: 0px; margin-right: 0px; margin-top: 14px; orphans: 2; text-align: left; text-decoration: none; text-indent: 0px; text-transform: none; -webkit-text-stroke-width: 0px; white-space: normal; word-spacing: 0px;"><span style="color: #888888;"><strong><span>　　　　</span></strong></span></p><p><span style="color: #888888;"><strong><span>　　</span></strong></span></p><p><span style="color: #888888;"><strong><span><br></span></strong></span></p><p><span style="color: #888888;"><strong><span>　　　　　　</span></strong></span></p><p><span style="color: #008000;"><strong>&nbsp;</strong></span></p><p><span style="color: #008000;"><strong>　　</strong></span></p><p><span style="color: #008000;"><strong>　　</strong></span></p><p><span style="color: #008000;"><strong>　　</strong></span></p><p><span style="color: #008000;"><strong>　　</strong></span></p><p><span style="color: #008000;"><strong>　　</strong></span></p><p><span style="color: #008000;"><strong>　　</strong></span></p><p><span style="color: #008000;"><strong>　　</strong></span></p><p><span style="color: #008000;"><strong>　　</strong></span></p><p><span style="color: #008000;"><strong>　　</strong></span></p><p><span style="color: #008000;"><strong>　　</strong></span></p><p><span style="color: #008000;"><strong>　　</strong></span></p><p><span style="color: #008000;"><strong>&nbsp;</strong></span></p><p><span style="color: #008000;"><strong>　　　　</strong></span></p><p><span style="color: #808080;"><strong>　　　　</strong></span></p><p><span style="color: #808080;"><strong>　　　　</strong></span></p><p><span style="color: #808080;"><strong>　　</strong></span></p><p><span style="color: #808080;"><strong>　　　　　　　　　　　　</strong></span></p><p>　　　</p><p>　　　</p><p>　</p><p>　</p><p>　　　　</p><p>　　</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/dahin-39/entry-12934300848.html</link>
<pubDate>Wed, 18 Jul 2018 07:58:33 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>「　Leben　ist　Leiden　」　～パレルガ的思索～</title>
<description>
<![CDATA[ <div><div><span style="color: #0000ff;"><strong><span style="color: #000080;">「人生は悩みである」　＜　意訳　悩みのない人生はない　＞</span></strong></span></div><div><span style="color: #000080;"><strong>&nbsp;</strong></span></div><div><span style="color: #000080;"><strong>　「　Leben　ist　Leiden　」とはドイツの哲学者ショウペンハウエルが残した言葉です。ニーチェ哲学に大きな影響を与えたショウペンハウエルの哲学は厭世主義（ペシミズム）の思想家として、日本にも明治の頃から紹介されています。『平家物語』や『方丈記』に見られる日本人の持つ限りない無常観が、彼の持つ厭世観に重なって広く普及したものと思われます。</strong></span><br><span style="color: #000080;"><strong>　しかし、この言葉はショウペンハウエルの思想の表面をいった言葉であるにすぎないと思えます。彼の思想の真髄は「人間は本能的に生きようとする意志を持つ」という所にあります。日常的にも、人間が「本能的に生きようとする意志を持つ」ということは想像できます。私たちが危険を避けて生きていることを考えれば普通に理解できます。今回の「西日本豪雨」おいても多くの人々が犠牲になられ、心よりご冥福をお祈りしたいと思います。助かった人たちも「死ぬと思った」、「もう終わりと思った」という証言がいくつも聞かれました。危機一髪で命拾いした人も多く居られました。人間は誰しも危機状態にあって「生きようとする意志」を持ち行動しているのです。ニーチェがショウペンハウエルから受け継いだ真髄はここにあります。ニーチェは「本能的に生きようとする意志」を「力への意志」という形でさらに高め、発展させて行くのです。</strong></span><br><span style="color: #000080;"><strong>　「力への意志」とは、人々が困難に出会ったとき、その現実から逃げず、それを受け止め、勇気を持って前に進むことです。たとえ、人生の意味や目的を失いかけたとしても、絶望の果てに投げ出されたとしても、その現実を誠実に受け止め、希望へと転換して生きて行こうとすることです。ニーチェはこれを「運命愛」とも呼んでいます。それは、現実逃避や現実遊離の立場ではなく、あくまでもこの現実（大地）にしっかり根を下ろして、前進することを意味します。人間一人ひとりが持つ「生命力」はどんなときも「力への意志」を失うことなく持ち続けています。ニーチェのいう「超人思想」とは、「力への意志」によって、力強く生きる人間の姿であると理解しています。</strong></span><br><span style="color: #000080;"><strong>　パスカルは「人間は考える葦である」と述べました。人間は本来、「葦」のように弱くはかない存在です。しかし、パスカルは人間は「考える」ということにおいて、偉大な存在であると述べました。人間が持つ弱さ、はかなさを認め、そこに挫折、苦悩、絶望して潰されてしまいそうになったとしても、それを受け入れて行くことの勇気がニーチェのいう「運命愛」の意味だと思います。ニーチェの思想は、打ち寄せる波（困難）を何度でも受け入れて行こうとする人生肯定の思想であると思います。彼は、虚無状態（ニヒリズム）においても、人生を否定せず、肯定して、強く逞しく生きて行こうとする「生命の躍動」に、人間であることの意味（価値）を見出していると思います。それは、人間の生命の弱さ・衰退・頽廃した状態に留まるのではなく、そこからの「生命の飛躍」を意味しています。生命にはもともとその力があるという強い確信を感じます。</strong></span><br><span style="color: #000080;"><strong>　前回、尾崎について書きました。もうずっと投稿していないのに何故か訪問者が増え続けている。「Ｗｈｙ？」という疑問符が頭に浮かんできます。私見によれば、ニーチェの人生肯定の哲学と尾崎豊の生きざまには多くの共通点があることに気づきます。尾崎の曲に「存在」というシングルの作品があります。そのタイトルからして哲学的な雰囲気が漂っているのですが、そこで、尾崎は何度も大声で叫び続けます、「　受け止めよう～　愛と誠で　目に映るものすべてを！　」と。</strong></span></div><div><span style="color: #000080;"><strong>　２６歳で夭折した尾崎豊の人生は、全身全霊、全力疾走の人生であった。尾崎の詩には、激しいアクションとは裏腹に優しいことばがいくつも散りばめられている。人々はそこに「心の安らぎ」を見出すのである。彼の詩には、人生を愛し、人間を愛し、人生の意味を問いかけ、人生を逞しく力強く生きて行くための生命力肯定のメッセージが多く宿されていると感じます。尾崎の澄み通った歌声は、これからも、時代や年代を超えて人間の内面的で普遍的な魂のもとに届き続けられるだろうと思います。</strong></span></div><div><span style="color: #000080;"><strong>　私たちは「人生は悩み」であるという共通の土台からスタートすることによって、お互いに他者を真に理解し合える存在になれると思います。人間が本来「弱い存在」であることを共有することから、日常を健康に生きることの大切さや自分の身体を整えることの大切さを知ることができます。これらの身心の安定さを求める力こそが、ニーチェのいう「力への意志」であり、生命の躍動だと思います。「強く逞しい」とは、現実に柔軟に適応するバランス能力の作用であると感じています。どのような困難な状況に遭遇しても、身心ともに社会や自然に対して調和的で柔軟な行動がとれることが大切なのではないかと感じています。</strong></span></div><div><span style="color: #000080;"><strong>　ニーチェの教えは、「人生の悩み」を「生きる力」に「転換する力」が誰にでも自己のうちに宿っていることを教えています。こうして人間は一歩一歩人間として大きく成長して行くのかも知れません。最後に私の好きなニーチェの言葉を紹介します。</strong></span></div><div><span style="color: #000080;"><strong><br></strong></span></div><div><span style="color: #000080;"><strong>　「　脱皮しない蛇は死んでしまう　」　ニーチェ『曙光』より</strong></span></div></div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/dahin-39/entry-12934300846.html</link>
<pubDate>Mon, 16 Jul 2018 23:32:57 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>何故。Ａは命がけで逃亡するのか？</title>
<description>
<![CDATA[ <div id="id_5ae9ddddb661b4885521079" class="text_exposed_root text_exposed"><p>以下の文は断片的情報を基にした創作です。</p><p>４月２５日は尾崎の命日（２７回忌）だった。その未明に逃亡生活を続けていたＡは</p><p>まだ冷たい瀬戸内の海を下着だけになり静かに海に入った。途中潮の流れが強いところがあり、それに流されないように、必死になって対岸に向け泳いだ。</p><p>漸く向こう岸に着くと濡れた服を脱ぎ捨て、ビニールに入れて持参した服に着替え、近くにあったバイクを盗んで広島方面へまっしぐらに走り出した。</p><p>・・・・・それから数日が経過した。３０日の午前、Ａがもうダッシュで小学校の高い塀を乗り越えようとして、引きずりおろされる瞬間の映像がテレビに流れた。</p><p>Ａ逮捕のニュースを見ながら、尾崎の歌詞がリアリティを持って頭に浮かんで来た。</p><span class="text_exposed_hide">...</span><div class="text_exposed_show"><p>「盗んだバイクで 走り出す行き先も解らぬまま　暗い夜の帳りの中へ　誰にも縛られたくないと逃げ込んだこの夜に 自由になれた気がした １５の夜」（『１５の夜』）</p><p>　Aは何故必死になって逃げるのか、いずれ捕まると分かっているのに逃げる意味があるのか。Aは昔から窃盗の常習犯だったようだ。そのたびに逃げる。</p><p>　そして簡単に捕まらなかったらしい。学生の頃の友達は、運動神経が高いという証言をしていた。しかし、Ａは「逃げるのがしんどかった」とも供述している。</p><p>　逃亡生活を続けるにはそれなりの覚悟がないと出来ない。Ａは何故反社会的な窃盗を続けなければならなかったのか。そして、何故命がけで逃げなければならなかったのか？</p><p>　収容所での刑務官との軋轢がその要因といわれているが、Ａの野性的な逃亡生活を支えていたものは何だったのか、その真実を知りたいと思っている。そして、今回犯した犯罪</p><p>　を反省して、正常な社会建設の一員として更生して欲しいと願っている。</p><p>&nbsp;</p><p>以下の文は昨日（２日）フェイスブックに投稿した内容そのままです。</p><p>フェイスブックから転写</p><div id="id_5ae9ddddb661b4885521079" class="text_exposed_root text_exposed"><p>４月２５日は尾崎の命日（２７回忌）だった。事件ニュースを見ながら、尾崎の歌詞がリアリテ</p><p>ィを持って頭に浮かんだ。<span class="text_exposed_hide">..</span>「盗んだバイクで 走り出す行き先も解らぬまま　</p><div class="text_exposed_show"><p>暗い夜の帳りの中へ　誰にも縛られたくないと　逃げ込んだこの夜に 自由になれた気がした １５</p><p>の夜」『１５の夜』</p></div></div><p>組織化された管理社会の中で、人間の野性的・潜在的能力は日々失われていく。</p><p>本来自然の中を歩く動物である人間が、一日中部屋の中で閉じこもり、机の上で仕事（勉</p><p>強）を行っているのが現実の実相である。仕事はその人にとって「喜び」と感じる時間なの</p><p>か、それとも「苦役」（苦痛）と感じる時間なのか。その違いが身心に与える影響は大きい。</p><p>特に後者は、それが荷重に蓄積されると身心の異常（不具合）をもたらす場合がある。</p><p>不調和に陥った身体を正常に回復するために、ピラティス（ＦＲＰ）のメソッドやヨガアーサナ等</p><p>は有効性を持っている。中でもヨガの呼吸法や瞑想法は、自己-肯定感（Self-esteem）</p><p>を得る上で有益であると思う。</p><p>今年の連休は雑音を避け、これまで学んで来たヨガ・ピラティス・フェルデンクライス・ディエン</p><p>チャン等の教えを、基本に帰って静かに学び直すことにした。</p><p>一方で、動的には、最初に記した人間の野性的・潜在能力（本能的に生きようとする力）を目覚め</p><p>させるための一手段として、近くの運動公園や低い山（丘）に入って「一本歯下駄」で歩いてみた</p><p>いと思っている。</p><p>将来的には熊本市の西にある金峰山（きんぼうざん）（６６５ｍ）に登ることが一つの目標であ</p><p>る。この山は吉野の金峯山の系列にあり、修験道や山岳信仰の場としても知られている。</p><p>また、この山の一角には宮本武蔵が『五輪書』を書いた霊厳洞があることでも有名です。</p><p>人間の持つ野生的な潜在能力が、その生命の躍動感を失うことなく、如何にして社会と調和を保っ</p><p>て行くことができるのか、この問題意識をこれから常に共有して行きたいと思っています。</p></div></div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/dahin-39/entry-12934300845.html</link>
<pubDate>Thu, 03 May 2018 02:29:37 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
