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<title>霊鷲山 大法輪寺　坊主が吠える　がくほう独り言写真日記</title>
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<description>『葬式仏教が真実なら　私は坊主をやめる！』</description>
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<title>一回一回の成功よりも、続けることにこそ価値がある</title>
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けん玉講座を開いておられた先生が、船友の皆さんと共に当寺へお越しくださった。船内では人気講座で定員オーバーとなり受講できなかったため、帰宅後すぐにけん玉を購入。それ以来、少し時間があれば毎日稽古を続けている。けん玉は「歩く」のと同じくらいの有酸素運動になり、スクワットの動きで足腰や体幹も鍛えられる。また、集中力や脳の活性化にも効果があるそうだ。最近は身体が慣れてきたのか、驚くほどすんなり入るようになった。構えた瞬間、心は玉だけに向かい、雑念が消えていく。その集中力は、まるで禅のようでもある。仏教
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<dc:date>2026-07-08T07:47:11+09:00</dc:date>
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<title>できれば運転はしたくない</title>
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自動車学校で高齢者講習を受けた。若い頃は、車を走らせることそのものが楽しかった。目的地などなくても、気の向くままに遠くまでハンドルを握り、知らない景色との出会いに胸を躍らせたものだ。ところが今はどうだろう。正直なところ「できれば運転はしたくない」という気持ちの方が強くなった。年齢を重ねるとは、勢いだけで走ることよりも、無事に帰ることの大切さを知ることなのだろう。教習所のコースを走るのは、実に五十年ぶりだった。周りを見渡せば、皆さん私よりもご年配である。失礼ながら「大丈夫だろうか」と心配になる方も
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<title>暴力は相手の人格と尊厳を踏みにじる行為</title>
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ある女性が、夫からのＤＶ（家庭内暴力）に苦しみ、相談に来られた。話を聞くと、以前ある宗教の相談所を訪ねた際「奥さん、あなたが変わればご主人も変わります」と言われたという。もちろん、人間関係の中には、自分自身を見つめ直すことが解決につながる問題もある。しかし、ＤＶはそのような次元の話ではない。私は、その方にはっきりと申し上げた。「ＤＶは病気です。子どものためにも、ご自身の命と心を守るためにも、そのご主人とは一刻も早く別れなさい。」もし事情があって、すぐに離婚できないのであれば、まずは別居をすること
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<title>写真は瞬間の笑顔や、ご縁の温もりを未来へ残す宝物</title>
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納骨堂へお参りに来られたAさんと、玄関でばったりお会いした。久しぶりの再会に話も弾み、娘さんが「せっかくだから写真を撮りましょう」とスマートフォンを取り出した。「住職が真ん中に来てください。」そう言われるまま中央に立ち、和やかな雰囲気の中で一枚の記念写真が撮られた。すると、おばあちゃんが少し心配そうな表情で尋ねられた。「写真を撮るときに、真ん中の人が早く亡くなると言いますが、本当ですか？」その言葉を聞いて、令和の時代にもまだ、このような迷信が人々の心に残っているのだと驚いた。そういえば昔は「写真
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<title>蓮を持つエンジェル</title>
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私がエンジェルを好きだということもあり、当寺の本堂には多くのエンジェルが鏝絵として描かれている。初めてご覧になる方は、「お寺にエンジェルですか？」と驚かれる。確かに、エンジェルと聞けばキリスト教を思い浮かべる方が多いだろう。他の仏教寺院では、天女は見かけてもエンジェルが描かれていることは、まずないと思う。しかし、当寺のエンジェルたちは、皆そろって蓮の花を手にしている。それは単なる装飾ではない。釈迦の教えも、イエスの教えも、人々を苦しみから救き、より良く生きる道を示そうとされた尊い教えである。その
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<title>倹約とは、貧しく暮らすことではない</title>
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「倹約」を家風として大切にしている家庭は少なくないだろう。実は私も、その一人である。口癖は「もったいない」。書作品にも「勿体無」と揮毫するほど、この言葉は私の生き方そのものになっている。先日、同級生とランチを共にした。楽しい時間ではあったが、皿に少しだけ残された料理が気になって仕方がなかった。ほんの一口、二口であっても、その食べ物の向こうには、育てた人がいて、運んだ人がいて、調理した人がいる。その多くのご縁を思うと、簡単に残すことはできない。仏教には「少欲知足」という教えがある。欲を少なくし、足
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<title>昨日死んだ人が痛切に生きたいと願った</title>
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葬儀は、私とあまり歳の変わらない方だった。病院で余命を宣告された後、ご本人は周囲に気を遣われたのだろう。「誰にも知らせないでほしい」と、その思いを最後まで貫かれたという。当寺を家族ぐるみで応援してくださっていた方だけに、その知らせを聞いた時は言葉を失った。葬儀を終え、喪主に思わず口にした。「知らせてくださっていたら、お話ししたいことがたくさんあったのに……」その一言が、今も心に残っている。寺へ戻ってから、私は家族に一つ宣言した。「もし私が余命宣告を受けたら、そのことをブログで公表する」人には、そ
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<title>家を守る一番強い【結界】</title>
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中古住宅のお祓いを依頼された。法事が予定より早く終わったため「少し早めに伺えそうです」と連絡すると「その前に霊媒師さんがお祓いに来られます」とのお返事だった。それはどんな方なのだろうと興味が湧き、少し早めに現地へ向かったが残念ながら、お会いすることはできなかった。施主の方に「どんなことを言われましたか」と尋ねると、悪い因縁を取り除くためのお祓いだったという。もちろん、その方なりの考えがあるのだろう。しかし、こうした話を聞くたびに思う。人の不安を取り除くために来たはずが、かえって不安を大きくするよ
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<title>聞き手の静かな頷きは、言葉と言葉をつなぐ</title>
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私が法話をしていると、じっとこちらを見つめたまま、まったく頷かない人がいる。「本当に聞いているのだろうか」「退屈なのだろうか」「それとも私の話が嫌いなのだろうか」話し手は、そんなことまで考えてしまう。だからといって、大げさな反応はいらない。ただ、穏やかな表情で一度、二度と軽く頷いていただけるだけで、語り手の心はずいぶん救われる。民謡には「合いの手」がある。歌い手を引き立て、場を和ませ、息を合わせる大切な役目だ。法話もまた同じである。聞き手の静かな頷きは、言葉と言葉をつなぐ「心の合いの手」なのかも
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<title>また余計なことを言ってしまったかな</title>
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「ご趣味は何ですか」とお尋ねすると「今はジムに通っています」という答えが返ってきた。もちろん健康づくりや筋力維持のためなのだろう。しかし、ふと気になって「ジムまではどうやって行かれるのですか」と聞くと「車です」とのこと。そこで私は、つい余計な一言を口にしてしまった。「もし車で5分や10分ほどの距離なら、歩いたり走ったりして通った方が、体にはもっと良いのではないですか？」遠距離なら仕方がない。しかし近場であれば、ジムに着くまでの道のりも立派な運動になる。便利さを選ぶ現代だからこそ、少しだけ不便を選
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