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<title>gacha526jinsei</title>
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<title>児童精神科受診その5</title>
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<![CDATA[ <p>今日は毎週恒例の児童精神科受診の日だった。</p><p>息子は今日は学校に行ったので、私1人で家族受診だった。</p><p>息子が受診することが少なく、私だけが受診することが多く、これでなんか意味があるのだろうか…と思うこともあるが、初診から半年、不登校気味だった息子は学校にいける日が確実に増えた。先週は1回も休まずに行けた！すごい！</p><p>何が前と変わったんだろう…と考えてみる。</p><p>①4月のクラス変えで、友達も担任の先生も変わった</p><p>②暖かくなって活動しやすくなった</p><p>③児童精神科受診によって、私の思考が変わり、それによって息子も変わってきた</p><p>こんな変化があるのだと思う。</p><p>①に関していえば、昨年のクラスはやんちゃな子が多く、先生がそれをコントロールできてなかったようだ。それにより、休みがちになっていた息子に、｢なんでお前学校に来ないの？｣と意地悪なことを言われる事も多かった為、更に行きづらくなったようだった。</p><p>②に関しては、息子は寒いのが大嫌いで、学校に行きたくないのも相まって、腹痛、頭痛などを多く訴えるようだったが、最近ではあまり訴えなくなってきた。</p><p>③だが、これは私自身が感じていることだが、私自身、小中学校不登校を経験していて、それによって、息子の不登校は自分のせいだ、自分がどうにかしなくては！と思ったり、学校に行けない可哀想な子…と昔の自分と息子の現状を重ね合わせ、甘えさせていたところがあったのだと思う。</p><p>しかし、児童精神科の先生に｢あなたも辛い思いをしてきて、その心の傷が癒えていないのかもしれないけど、息子さんと自分の状況を重ねて考えない方が良いよ｣と言われたのが大きかった。</p><p>この半年、診察室で親のADHDに対するガイダンスをしてもらうことで、考え方も大きく変わり、私の鬱病も改善してきている。これはすごいことだ！</p><p>すごく前向きになれている自分がいて、児童精神科の先生にはすごく感謝している。</p><p><br></p><p>最近、鬱の改善に役立つという認知行動療法について興味があり、それに関連する本を図書館で借りて読んでいる。今日はそのことを児童精神科の先生に話したところ、反応が悪かった…というか、｢僕は認知行動療法はオススメしてないんだよな～｣と言われた。</p><p>厚労相が保険医療での適用を審査したことが過去にあり、精神分析療法と認知行動療法を適用にするかどうか審査した時に、たしかに認知行動療法の方が成果は良かったそうだが、長い目で見ると、認知行動療法では再発しやすいことがあるとのこと。なぜならば、認知行動療法は人間の認知を扱っていて、無意識の世界まで変化させることができないから。植物でいう、根っこが無意識だとして、茎から上が意識(認知)だとすると、意識を多少いじくったところで、無意識の部分を変化させない限り、本当には変わられないとのこと。無意識の領域を扱う、精神分析の方が、長い時間もかかるし、労力も必要だが、その人の予後は良くなるとのことだったから、僕は精神分析をモットーとして、治療しているとのことだった。先生の話が難しかったので、私の解釈はこんな感じだが、小手先のテクニックでは、心の問題は解決しないと言うことだ。</p><p>今回はADHDの息子の話はほとんどなしで、精神分析の話を聞いたが、心の世界は無限なんだな、と興味が湧いた。そんな児童精神科受診だった。</p>
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<pubDate>Tue, 16 Jun 2026 15:03:29 +0900</pubDate>
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<title>児童精神科受診その4</title>
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<![CDATA[ <p>今日は毎週恒例の児童精神科受診の日。先週は私の体調が悪く寝込んでしまい、行けなかったので二週間ぶりとなる。今日は息子は学校に行ったので、1人で家族受診をしてきた。</p><p>お陰さまで最近のADHD次男は学校に行くようになり、朝もご機嫌で起きてこられるようになっている。勉強にも真面目に取り組んでいて、親としてはほっとしている。この事を報告すると、先生は非常に喜んでくれた。｢よく頑張ってるんだね。辛いこともあるけど偉いな！｣</p><p>今日の会話の中で大切だと思ったことを記録する。</p><p>息子の人生の選択権は息子にある、親は経験を積んだ1人の大人としてアドバイスはできるけど、そのアドバイスが全てではないので、親の意見を押し付けないこと。そして、子どもが失敗したら、帰ってこられる安全基地になること。｢ほら、みたことか！｣なんて子どもの失敗を否定してしまったら、失敗が怖くなるし、次にどんな方法があるかも考えられずに終わってしまう。</p><p>子どもの悩みは親と子の強弱関係で押し付けるのではなく、｢そんな悩みがあるんだね｣と寄り添い、こんな考え方もあるよね、この先はどうなると思う？と未来に展望を持てるように声掛けしつつ、最終的には子どもに決定させること。</p><p>そもそも、親の言うことが全てではないし、他の人はもっと違うやり方を知っているかもしれない。色々な人の意見を聞き、助け合って行くことで人間は豊かに進化してきたのだから、回りを見渡すことも大切。</p><p>そんな話を聞いた。2月に初めて児童精神科を受診して4ヶ月、毎週のように通って先生と会話をすることで一番変わったのは息子ではなく私だと思う。</p><p>もう大人だから変われないということはない、｢変わる｣と言うより｢追加する｣というイメージで自分自身をアップデートすることが大切なんだよと教えてもらった。親が変われば子どもも変わる。長男を産んで14年経つが、今やっと親としての一歩を踏み出したような気分だ。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/daima114351/entry-12969202849.html</link>
<pubDate>Wed, 10 Jun 2026 13:16:37 +0900</pubDate>
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<title>児童精神科受診を延期した日</title>
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<![CDATA[ <p>今日は本当は児童精神科受診の日。</p><p>でも、行けなかった。理由は私。</p><p>先週辺りから、体調が優れない。</p><p>鬱病が戻ってきた感覚がある。鉛のような体のダルさ、寝ても寝ても寝たりない。気持ちが前向きにならない。何もしたくないしできない。</p><p>思えば次男の不登校が始まって約半年、体調はかなり良かった。私がどうにかしなきゃ！という気合いで乗りきって来たのかもしれない。</p><p>でも、頑張れる気力が底をついてしまったのだろうか…最低限の家事をこなし、あとは布団の中。</p><p>ち4歳の長女がしきりに遊んで欲しいと誘ってくるが、今はごめんね、というしかない。</p><p>食事も外食に頼りたいところだが、家族5人で外食するとお金がもったいない…私が働いていない為に、主人のお給料だけで食べるのが精一杯だ。</p><p>鬱病になって約5年の間に、どん底の時でもどうにかご飯だけは作ってきたノウハウで、この時期をどうにか乗り切りたいところだ。</p><p>またきっと調子は上向く！と思いたい気持ちと、どんどん悪くなったらだうしようという気持ちとがせめぎ合う。</p><p>こんな時、皆さんはどうやって不安定な気持ちを凌いでいらっしゃいますか？</p><p>もしアドバイスあれば教えてください。</p>
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<link>https://ameblo.jp/daima114351/entry-12968174271.html</link>
<pubDate>Wed, 03 Jun 2026 11:54:34 +0900</pubDate>
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<title>児童精神科受診その３</title>
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<![CDATA[ <p>昨日は毎週恒例の児童精神科受診の日だった。</p><p>週の中日、水曜日、息子はすんなり起きてきたが、朝御飯を食べながら｢今日はしんどい｣ということで学校を休むことになった。</p><p>ちょうど児童精神科受診の日なので誘ってみたところ、行くとの返答。これには私はビックリだった！</p><p>なぜなら、息子が通う児童精神科は、先生が一人一人の患者さんを一生懸命診察するあまり、予約の時間内に診察が終わらず、診察の時間がどんどんずれていく…。余裕で予約の時間より1時間でもズレるのだ。毎回トホホ…な気分で私1人で待合室で待つことになっている。息子は待つのが嫌なので、今まで受診できたのは初診を含めて二回のみ…なのに今日は行くという。</p><p>幸い今日は朝一番の予約が取れていたので、息子と2人で受診。</p><p>ADHDの１１歳の息子は、言葉の発達の未熟さがあり、大人の人と話すのが苦手なようだ。更に、児童精神科の先生は言葉の使い方に対してすごく神経質なので、自分の表現したい気持ちと言葉とがずれていると、かなり突っ込まれる。｢その言い方はこういう表現じゃないと、間違って受け取られるよ｣という感じ。毎回私もそれに苦労しているので、息子は更に先生との会話を嫌がっている。</p><p>そんなこんなで診察が始まった。診察室にはゲームを持ってきても良いよ(SwitchはNG)と言われていたので、息子は暇潰しの為に大好きなデュエル・マスターズのカードを沢山持参して眺めたり、独り言を言ったり、たまに私と先生の会話に入ってきたり。</p><p>その様子を見守りながら私と先生が最近の息子の様子を話すというスタイル。</p><p><br></p><p>今回の受診で学んだこと</p><p>息子は自分に興味のあることについてはものすごく言葉の習得が早いが、自分の興味の無いことに対しては語彙が少ない。そのため、自分の気持ちを適切な言葉で表現することがとても苦手。</p><p>社会の中で問題なく生きていくためには、言葉によるコミュニケーションがとても大切なので、知らない言葉を増やしていき、それに関連する言葉も繋がりを持って覚えるようにすること。</p><p><br></p><p>今まで私は子育ての中で、言葉の発達について真剣に考えたことがなかった。普通に会話をしていれば、そして普通に学校で授業を受けていれば、それなりに子どもの言葉の能力も身に付くものだと思っていた。が、どうやらADHD傾向を持つ人は、そう簡単には行かないらしい。私も児童精神科の先生に｢お母さんもADHD傾向だよ｣と言われているので、そりゃ、知らないものを教えるなんてことは無理な話だ…</p><p>先生の今回の｢言葉を増やしてあげる｣という指摘については、実際の生活でどうやってあげたらいいのかイマイチよくわからないので、これからもっと学んで行きたいと思う。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/daima114351/entry-12967542795.html</link>
<pubDate>Thu, 28 May 2026 10:32:49 +0900</pubDate>
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<title>児童精神科受診その２</title>
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<![CDATA[ <p>昨日は毎週恒例、児童精神科の受診日だった。</p><p>息子は最近頑張って小学校に朝から登校するようになっている。</p><p>なぜかと言うと、夫が学校とゲームに関する明確なルールを設定したから！</p><p>学校に行けなかった日はゲーム時間は1時間のみ</p><p>学校に朝から6時間目まで行けた日は宿題を終わらせて、夜8時までなら何時間でもやってオッケー</p><p>4月に入ってこのルールを設定した。</p><p>もともとゲームが大好きな息子、不登校になり始めた1月からは学校に行かない日もずっとゲームをしていた。というか、私が止めなかったのも随分といけなかったなぁと今ものすごく反省しているところ。学校に行けない可哀想な子、私と同じく鬱っぽくなっている可哀想な息子…と勝手に私が思い込み、好きにさせていたのがそもそもの間違いだった。私の子育てが間違っていた。子育ての考え方でも夫婦ですれ違いがあり、ギクシャクもしたが、ゲームのルールのおかげで、家族関係が少し上手く回りだした気がする。</p><p>この事を話すと、児童精神科の先生は、それはADHD傾向にある息子にとって、とてもわかりやすいルールだからうまく行ったんだよと言われた。</p><p>今回の受診で学んだこと</p><p>①明確でわかりやすいルールを家族皆が納得する形で決めること</p><p>②頑張ったごほうびを必ず用意すること</p><p>③子どものできないことと、できるのにやっていないことを見極めて区別すること</p><p><br></p><p>①に関しては、必ず親からの押し付けではなく、子ども達も納得する話し合いをして決めること。ゲームと学校のルールに関して、息子は初めは納得はしていなかった…でも、ゲームはあくまで学校に行けること(彼のやるべきこと)を達成できた場合にもらえるご褒美だということを明確にすることでなりたった。</p><p>前回も話したが、中学校という義務教育が終わるまでは、親は扶養者、子どもは被扶養者という立場であり、お互いがルールを守り、好き勝手に生きていくことはNG。</p><p>子どもがルールを守らなければ、最悪な場合、意地悪で言うと、親は子どもの言うことを聞くはずもなく、ご飯を提供したり、洗濯をしてあげたりする必要もなくなるよ！ということ。だからお互いにルールは守ろう。こういう親子の関係性をハッキリと示してくれた児童精神科の先生にすごく感謝している。</p><p>今までは、子どもは愛情を持って優しく優しく育てなきゃ…その子の個性を大切にして、のびのびと育てなきゃ…みたいな変な自由さを大切だと思い込んでいた私だが、やっと目が覚めた！</p><p>そんな事を感じた児童精神科の受診日だった。</p><p>そんな息子だが、昨日は5時間目の途中に学校の先生から連絡があり、｢どうやらエネルギー切れなので、下校させます｣とのこと。帰ってきた息子は元気そうだったが、やっぱり苦しい中でも毎日頑張ってるんだね。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/daima114351/entry-12966727945.html</link>
<pubDate>Wed, 20 May 2026 09:27:08 +0900</pubDate>
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<title>児童精神科受診日　その1</title>
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<![CDATA[ <p>息子が今年に入って不登校気味である。</p><p>寒いのが苦手なのもあるし、冬場に頭痛や腹痛を訴えるようになり、学校に行けなくなる日が多くなった。頭痛に関してはMRI検査を受け、異常が無かった為、医者からは｢ストレスでしょう｣と。。。</p><p>そんな自分自身を｢学校に行けないなんて最低最悪だ｣と息子は自己否定するようになり、遂には｢死にたい｣と言うようになった。</p><p>私も、自身の過去を振り返った時、小２～中２まで不登校をしていたし、死にたいと本気で考えた時期があった為、これはマズイと思い、私が通っている精神科の児童精神科の先生を紹介してもらうこととなった。</p><p>2026年2月が初診日、その日は息子も一緒に連れていき、息子の言動からすぐにADHDの傾向が強いと話があった。それからほぼ毎週、家族受診ということで私が通っている。息子本人は児童精神科の先生と話したくないというので付いてこないわけだが。</p><p>診察室では、息子の今の状況や学校、家庭内での困り事を話し、先生はADHDの特徴を持った息子のその子なりの物事の解釈の仕方や、行動の意味などを探ってくれる。</p><p>今日の診察での話を忘れないように、覚え書きをしたいと思う。</p><p>①世間一般に守るべきルールは守ろう。</p><p>息子は自分で勝手に作ったルールに従って行動することが多い。そのルールが自分を追い詰めるようなものであることが多く、それで自分が苦しんでいる部分があるから困り者だ。</p><p>世間一般に守るべきルールをきちんと理解し、それを守ろうとする努力をしよう。</p><p>②人間は完璧な生き物ではない。100％なんでもできると決めつけて、自分を苦しめないこと。大切なのは、自分が全知全能の神にはなれないけど、より良く生きていく為に努力はしていこうねということ。</p><p><br></p><p>診察で先生は、具体的というよりは抽象的な話し方することが多く、初めのうちはかなり戸惑った。でも、息子のよりよい人生の為に私ができることと言えば、先生の話を自分なりに消化して、子育てに生かすことだ。なのでたまに｢先生、その話は私理解できてません｣｢イメージが湧きません｣と真っ正面から質問するようにしている。今回もブログの内容を読み返してみると、ボヤーンといたことしか伝わらないかもしれないが、人生において大切なのことを先生は言ってくれているので、繰り返し思い出しながら自分や家族の生活に役立てて行けたら良いなと思う。</p><p>今日は学校に行く宣言をしていた息子。そんな息子は朝から｢人生終わったわ～｣と言いながら、どうにか朝の準備を済ませ、ギリギリ遅刻だろうな～という時間に登校した。</p><p>息子は色々とネガティブな発言をする。｢死にたい｣｢もう無理｣｢人生終わった｣等々。ADHDの特徴として衝動的に発言することが多い。私も初めはビックリして心配していたが、最近では｢死ぬほど生きることを頑張っている｣と解釈を変えながら、私も息子も毎日なんだかんだで生きている。</p><p>最近、私が｢死にたい｣と口走る息子に伝えたことがある。｢君の人生は簡単には終わらないし、年を取って寿命が来るまで死ぬことはほぼないよ。中学を卒業して義務教育が終わって、高校に行かないんだったら、そこからは自分の力で稼いで生きていくようになるんだよ。それまでお母さんは君が1人の人間として生きて行ける力を身に付けられるように応援するから｣</p><p>まだまだ息子は１１歳だから、これからもずっと親の私が側で見守って助けてあげられる…そんな風に思っていたが、児童精神科の先生と話をしていく中で、私自身が甘えていたんだなということを思い知らされる毎日だ。</p><p>もしかしたら、息子の不登校は親の私の歪んだ考え方が原因の一つなのかもしれない。自分を責めるわけではないけど、これからも児童精神科の先生との話の中で、私自身の認知の歪みも解消していけたらなと思う。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/daima114351/entry-12966028442.html</link>
<pubDate>Wed, 13 May 2026 15:24:05 +0900</pubDate>
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<title>第３子妊娠中のうつ病発祥と出産</title>
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<![CDATA[ <p>今日は第３子妊娠中の鬱病発祥から出産を思い出してみようと思う。</p><p>以前の記事で、妊娠8ヶ月で初の精神科受診決意を書いたが、今日はその後どうなったか…続きを思い出してみる。</p><p>精神科の新患はなかなか予約が取れないのだが、2ヶ月後の予約をどうにか取り、あとはキャンセル待ちをしていた。</p><p>幸運にも二週間後くらいに、精神科から｢キャンセルが出たから、来られますか？｣と連絡を頂き、受診できることになった。</p><p>この頃、私は妊娠後期の大きいお腹の圧迫感もあり、パニック発作がよく起きていたし、いつも息苦しくて、生きてるのかなんなのかよくわからない精神状態だったなと振り返る。</p><p>そんなこんなで初の精神科受診。朝から緊張して吐き気がすごかったことをよく覚えている。でもここで受診を諦めるわけにはいかない！必死で車を運転して、フラフラになりながらクリニックへ…初めに気分の落ち込みがどの程度か等の質問用紙を渡され、記入。そして先生の待つ診察室へ…事前にチェックしたクリニックのホームページには顔写真ではなく似顔絵で自己紹介をしてらっしゃったドクターは、似顔絵の雰囲気の通り、優しくてじっくり話を聞いてくれる先生だった。</p><p>泣きじゃくりながら今の辛さを吐き出し、もう死ぬかもしれないとも言ってしまった。先生は｢今まで本当に頑張ってきたんですね、死んじゃだめですよ。｣と優しく、そして強く言葉を発した。</p><p>辛さを吐き出した事で、なんだか救われた気がした。そしてこれで助けてもらえると希望を持てた。</p><p>すぐに気分が楽になる薬を提案されたが(怪しい薬という意味ではなく、まだ鬱病という診断をされてはいなかったから、このように表現している)超ネガティブ思考になっている私は、お腹の赤ちゃんに何か影響があってはいけない！と思い、薬を飲むことを拒否した。今思えば、この時鬱病の薬を処方してもらえば、もっと早く良くなっていたかも。パニックの発作の時の頓服薬だけをもらい、二週間後の診察の予約を取り、家へ帰る。</p><p>パニックの症状がよくなったわけではなかったが、精神科と繋がりを持てたという安心感があった。</p><p>その後もパニックの症状はあったが、もしかしたら出産したら治るかも…なんて期待しながら、迫り来る出産への痛みと恐怖に怯える。出産した経験のある皆さんにはわかっていただけるだろうか…陣痛の恐怖、出産の痛み。。。第一子の出産のとき、破水したのになかなか陣痛がつかず、促進剤を打ったら、途端に陣痛がついて、子宮口が開かないのに強い陣痛がどんどん来て、でも助産師さんにはまだいきんじゃだめ！と止められ、そんなこんなで出産にハッピーなイメージがまるでない。</p><p>怖い、怖い、と思いながら鬱々と出産までの日々を過ごした。そしていよいよ39週で破水！</p><p>2021年コロナ禍真っ只中の為、もちろん誰も立ち会えない。でも結局主人がいたって出産を変わってもらえるわけでもないし、もう1人で戦うしかない！</p><p>夜中に入院し、すぐに子宮口の確認。幸運にもだいぶ開いているとのこと！｢三人目だからすぐ生まれるかも｣と助産師さん。そして｢何か心配なこととかあったらすぐにナースコールしてね｣と言われ、LDRという部屋で出産までの時間を一人ぼっちで過ごす。その時思い付いた！ここでパニックになったらやばい。頓服でもらった発作の時の薬を飲もう！あ、でも陣痛の時に薬とか勝手に飲んだらマズイかな。</p><p>ナースコールを押して、助産師さんが登場。頓服の薬を飲んで良いか聞いてみたが、やはり飲んではダメとのこと。とほほ、心細さマックスで陣痛の痛みと恐怖に耐える。</p><p>段々と陣痛が強くなってきたが、一人目の時のイキミに耐えねばならないという教訓が頭にあり、しばらく1人で戦っていた。そんな中、助産師さんが見回りに来てくれて、内診。なんと！なんと！もう赤ちゃんの頭が出かかってる！急いで車イスに乗せられ、｢今イキんだら赤ちゃん出てくるからもうちょい我慢してね～！｣と言われ、猛スピードで分娩代へ！そしてあれよあれよと言う間に、赤ちゃんは誕生した！2500gをどうにか越えた小さめの女の子。</p><p>生まれた瞬間は、感動というより、パニック発作を起こさず出産できたことへの安堵感がハンパなかった！</p><p>赤ちゃんに異常もなく、胎盤もすぐに出てきたし、出血も少なく、無事に出産が終わった！お疲れじぶん！</p><p>長くなりすぎたので、今日はここまで。</p><p>もし私のブログを読んで下さってる、うつやパニック症を持ってらっしゃる方の参考になればと思い、書いてみました。また続きを載せたいと思います。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/daima114351/entry-12964734782.html</link>
<pubDate>Fri, 01 May 2026 11:13:30 +0900</pubDate>
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<title>不登校気味の息子のとの朝の戦い</title>
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<![CDATA[ <p>週末は一蘭というラーメン屋さんに約一年半ぶりにラーメンを食べに出掛けた。</p><p>私の住む県には一蘭が無いため、わざわざお隣の県まで行ってきた！今回は秘伝のタレを調子に乗って5倍にしてみたが…案の定辛すぎて、本来の味がわからなくなるという失態…また次に行く機会があれば、秘伝のタレは普通の量にしよう…とほほ。</p><p><br></p><p>タイトルにもある通り、ADHDの次男は不登校気味。今年の１月からは特に行けない日が多い。学校に行くと頭痛や腹痛を起こしたり、気持ち悪くなったりするので途中で帰ってくることもある。集団生活が合わないのだろう。でも夫は学校に行かないならゲームをさせないというルールを作っており、ゲーム大好きな次男は、しぶしぶ行ける日には行っている感じ。</p><p>主人は学校に行けないと言う感覚がよくわからないらしく、度々次男や私と意見がすれ違い、家庭内不和が続いている。</p><p>昨夜は次男、｢明日は朝から学校に行く｣と言っていたが、やはり今朝になると制服への着替えが進まない。パジャマを脱いだ肌着のまま、｢寒い、寒い、助けて｣と騒いだり奇声を発してパニックに…。寒いならとりあえず服着たら？という私の言葉は耳に届かず、叫んでいる。こういうとき、私もイライラや息子が苦しんでいる事をどうしてあげられないもどかしさに引きずられて一緒になって興奮状態に陥ってしまう。精神科では私自身もADHD傾向にあると言われており、気持ちの衝動性が強いんだろうなと自分でもわかってはいる。うつ病も治りきっていない為か、言葉にし難いものすごい嫌な気持ちに襲われ、その後猛烈に涙が出る。辛い。どうにか気持ちを落ち着けたいが、不安時の薬を飲んでしまうと、車の運転が危険で、長女の保育所への送迎が出来なくなる為、飲むわけにもいかない。</p><p>結局、お昼から学校に行くと言ってはいるが、果たしてどうなることやら。</p><p>そんなこんなで気持ちが不安定な毎日を過ごしているが…全国の、同じように不登校のお子さんを持つ親御さんは、こんな思いを共感して頂けるだろうか…。</p>
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<link>https://ameblo.jp/daima114351/entry-12964403984.html</link>
<pubDate>Tue, 28 Apr 2026 09:10:15 +0900</pubDate>
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<title>気分が少し落ちた日の様子</title>
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<![CDATA[ <p>土日は基本的にゆっくり過ごすことが多い。</p><p>子どもの習い事の送り迎え、公園や図書館へ行く、たまに少し遠くへ出かける程度。</p><p>平日は子ども達がそれぞれ中学校、小学校、保育所へ出かけるので、食料の買い出しや家事は平日にやるようにしている。ただ、最近は次男が不登校気味の為、生活リズムが崩れることがあるが。。。</p><p>最近は鬱病の症状も落ち着いていると感じており、落ち込む事や、ひどい倦怠感で寝込むこともあまり無いが、今日はなぜかパニック発作が出ていた頃のように少しの息苦しさがある。</p><p>でも、本当に酷かった頃よりはだいぶ気持ちも前向きだ。｢息苦しく感じる日もあるさ。とりあえず今日一日を生きぬくこと。明日のことは考えすぎない。｣5年間のうつ病生活で身につけた知恵といえばこれくらいだが…生かされて生きているのだから、どうあがいてもこうやって生きていくしかない。大切だと思える家族がいるからには、自ら命を捨てるという選択肢は無い。</p><p>消極的な生き方かもしれないけど、あまりポジティブに考えられない自分も認めていく。</p><p>淡々と家事をこなし、家族と向き合い、気分が良くなれば楽しいことを楽しいと思えればそれでいい、そう自分に言い聞かせている。</p>
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<link>https://ameblo.jp/daima114351/entry-12964114033.html</link>
<pubDate>Sat, 25 Apr 2026 15:06:27 +0900</pubDate>
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<title>第３子妊娠中のうつ病院発症</title>
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<![CDATA[ <p>タイトルにもあるように、三人目妊娠中の2020年に、私は鬱病を発祥した。自分の備忘録と共に、もしかしたら今同じような状況で苦しんでいる方の参考になればと思い、ブログに残すことにする。</p><p>精神科で鬱病と診断され自覚したのはだいぶ後になるが、初めはパニック発作からだった。</p><p>6年前のあの当時の自分の状況を振り返ってみると、コロナ禍での妊娠、仕事のストレス、ママ友との不仲、試験勉強、家事、長男次男の子育て…色々と重なって無理が祟ったのだろう、左耳が耳管閉塞症というものになり、耳が聞こえない恐怖でパニック発作が起きるようになってしまった。</p><p>いつも息苦しさのとの戦いをし、パニック発作になると生きている心地がない。寝るのも怖くなり、本当に精神的にボロボロになっていった。</p><p>今でも思い出すと暗くて嫌な気持ちになるが、息が出来なくなりそうな恐怖と、妊娠中のお腹が大きくなっていく息苦しさが相まって、地獄にいるような思いをしながら数ヵ月を過ごしていた。</p><p>切迫早産の傾向もあり、仕事は退職することになった。</p><p>それでも家事や子育ては誰にも代わってもらうことはできない。母親は遠方に住んでおり協力してもらうわけにはいかないひ、実はあまり好きではない。夫は協力的な人でとても感謝しているが、鬱病の症状なのか、誰かに頼ることもダメな気がして全て1人で抱え込む。</p><p>何度も言うが、本当に生きてることすら辛かった。もうどうして良いかわからず、勇気を出して精神科を受診しようと決意した。精神科なんて、自分の人生でお世話になることもないと思っていたし、イメージも良くないが…もうそんなことも言っていられない！かといって住んでいる都市の精神科はどこも新患を受け入れる余裕など無い様子…すがる思いで何軒も電話をかけ、｢新患さんは受け入れていません｣と電話を切られ涙。涙。</p><p>ようやく6軒目で予約がとれたのが今通っている精神科。私が泣きながら電話していたこともあり、切迫詰まった状態が伝わったのだろう、2ヶ月後の予約になるけど、空きが出たらすぐ電話をくれるとのこと。そんなこんなで妊娠8ヶ月、人生初の精神科受診となる。6年前から振り返るとかなり長いので、今日はここまで。</p><p>もし妊娠中でうつ病を抱えていらっしゃるママさんがいらっしゃったらこう断言したい！うつでもパニックでも大丈夫！お産はどうにかなる！子育てもどうにかなる！だから一緒に今日生きることを頑張ろう！</p>
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<link>https://ameblo.jp/daima114351/entry-12964046601.html</link>
<pubDate>Fri, 24 Apr 2026 21:22:40 +0900</pubDate>
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