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<title>西川大司のブログ</title>
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<title>東京駅１００周年記念スイカについて</title>
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<![CDATA[ 関西に住んでいるせいか事前に情報を取得することなく、<br>テレビのニュースの騒動だけを見ている。<br>そのテレビのニュースだけの情報だけで感じたことを書く。<br>自分も東京に居た時は、毎日東京駅を利用した時期がある。<br>金吾先生の美しい建物に何度も心癒された。<br>この建物を残してくれた、国鉄やJRにも感謝の思いを持つ。<br>もしも東京にいたなら、東京駅１００周年祝賀を共有するために、<br>カード欲しいなと自分も思う。<br>そうゆう人間の意見である。<br>まず、最初にJR東日本が限定プレミアムで販売する必要があったのかどうか。<br>プレミアム感があったほうが断然いい、という意見が一方であることは認める。<br>しかし、東京駅は疑う余地のないほど公共性のシンボル的建物である。<br>この公共の建物の１００周年を何故に限定と銘打って、<br>プレミアム感を強調するような販売にするのか？理解に苦しむ。<br>JR東日本としては、話題を引き起こしたいという思いがあったのかもしれない。<br>しかし、普通に考えて発売枚数の極端な少なさは、<br>東京駅やＪＲを強く愛しているファンを無視する行為ではないのか。<br>何十年も東京駅を使いカードは欲しいと思っても、<br>足腰が弱くなって並ぶのを諦めた人もきっといるだろう。<br>加えて極端な少なさは希少性を極度に高め、<br>手に入れたカードをオークションに出そうとする鉄道ファンとは違う<br>金儲けに夢中な人たち、いやここでは個人投資家と言っておこう、を呼び寄せてしまった。<br>２０日の大混乱はファンとは別の個人投資家を飛び寄せてしまったことが原因だと思う。<br>そもそもプレミアムというものは、それしかできないという真に限定的な場合、<br>今しかない時に発生するものだ。<br>今回の１００周年記念はそれに当たらない。<br>今しかない以外の限定性というのは、実は経済合理性によることが大半だ。<br>この世に初めて出すけれど、それがどれだけ需要のあるものなのかわからない。<br>わからないから、かかるコストとの相対で初回出荷の限定性が発生する。<br>世間で初回限定品が珍重される理由はここにあると思う。<br>需要が分からない時に、出荷する勇気に対しプレミアム性が発生する。<br><br>次に、マスコミのこのニュースの扱い方についても一言言っておきたい。<br>並んだ人々が何も手に入れられなかったことが、理不尽だという論調に一言言いたい。<br>確かに、東京駅が好きで並んだのに手に入れられなかった人はお気の毒である。<br>しかし、カードが欲しい人には全部渡すとなって、<br>そういう処置になったから気の毒というのは、ちょっと違うのではないか。<br>最近のニュースに言えることなのだが、<br>なんらかの苦行、ここでは寒い中並んだという苦行、をしたら、<br>その対価を手に入れる権利があるという論調がある。<br>苦役をしたから対価を求めるという方式は経済学にはない、と思う。<br>我々は奴隷ではない。自由意思を持った人間である。<br>そういう人が苦行をしたからと言って、<br>その苦行の対価は自分の内面で認められるものであって、<br>他者に対して対価を求める筋合いはない。<br>対価とは、付加価値に対してなされるものだ。<br>マルクス経済学だとしたら、負荷価値という考え方はあるが、<br>それは圧迫された労働者による対価であって、<br>自由意志の苦行に対価は言及していない。<br>何故かこの日本で苦行に対価を求める風潮ができている。<br>問題は色々あるのだろうが、<br>この考え方は人をハッピーにする考え方とは思えないので、<br>まずは言葉にした。<br>そして、個人投資家、それもルールがなくて何の法的保護のないものに投資する人は、<br>投資したものが無価値になるリスクは、先刻承知のはずだ。
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<pubDate>Tue, 23 Dec 2014 08:22:38 +0900</pubDate>
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<title>放射線治療が終わって一週間</title>
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<![CDATA[ 口腔外科の先生が、放射線治療が終わってしばらくがきついですよ、<br>と言っていたことは本当でした。<br>今までの比較的小さな副作用がそれぞれ作用が増した気がします。<br>それに体の気だるさが出てきました。<br>それで、プロポリスを飲んでみたところ、<br>気だるさが減少したように思います。<br>お酒も少し飲んでみました。別にそれでぐったりすることはありませんでした。<br>逆に完全に体からアルコールが抜けたのでしょう、<br>お酒をもっと欲しいという気分にもなりません。<br>これからも、たしなむ程度になるんじゃないかと思います。<br>今週は気だるさが減っていくことを期待しています。
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<link>https://ameblo.jp/daishinisikawa/entry-11967318224.html</link>
<pubDate>Sun, 21 Dec 2014 20:13:53 +0900</pubDate>
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<title>放射線治療が終わりました</title>
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<![CDATA[ １２日金曜で放射線治療が終わりました。<br>計３０回、休日を除いて毎日病院に通ったことになります。<br>先生や看護師、それに放射線技師の方々には大変お世話になりました。<br>それに治療中は二つの道具に助けられました。<br>一つは放射線が常に一定に当たるように、頭を固定するためのマスク。<br>それと、放射線で舌の味覚に影響しないように、舌を守るためのマウスピース。<br>人とこういうモノによってなんとか無事放射線治療を終えることができました。<br>もちろん、後頭部のハゲは極大になって、<br>人が見たら、アラ？と思うほどです。<br>口腔外科の先生が、<br>放射線治療が終わった後の一週間がしんどさのピークですよ、<br>と注意を促されたように、ちょっとしたことで疲れが出ます。<br>でも、一つの区切りが無事終えられたことがとても嬉しい。<br>この調子で抗がん剤治療もいずれ終えたいと思います。<br><br><br><br><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20141214/21/daishinisikawa/37/b9/j/o0800106713158889782.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20141214/21/daishinisikawa/37/b9/j/t02200293_0800106713158889782.jpg" alt="" width="220" height="293" border="0"></a><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20141214/21/daishinisikawa/79/ce/j/o0800106713158889783.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20141214/21/daishinisikawa/79/ce/j/t02200293_0800106713158889783.jpg" alt="" width="220" height="293" style="clear:both;float:left;" border="0"></a><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20141214/21/daishinisikawa/b5/ac/j/o0800106713158889781.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20141214/21/daishinisikawa/b5/ac/j/t02200293_0800106713158889781.jpg" alt="" width="220" height="293" border="0"></a><br>
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<link>https://ameblo.jp/daishinisikawa/entry-11964497320.html</link>
<pubDate>Sun, 14 Dec 2014 15:19:50 +0900</pubDate>
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<title>終わりが見えてきた！</title>
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<![CDATA[ あと５回治療すれば放射線治療が終わりますが、<br>何とか大過なく終えたいものです。<br>というのも、過去の20回の治療期間の左頬から唇にかけてのしびれや、<br>鼻づまり、左耳の中耳炎に加え、<br>色々と変化が出てきました。<br>まず、肌がカサカサしてきました。<br>顔の左側、手のひら、そして足首もカサついています。<br>口の中の粘膜も以前に比べると潤いが無くなり、<br>放っておくと口が渇いた状態になります。<br>このまま進むと口内炎になりそうですが、<br>そうならないように、殺菌うがいと水分補給をこまめにやってます。<br>それに、疲れやすくなりました。<br>電車で座ると、直ぐ寝てしまいます。<br>自宅に帰ると、まず一眠りが必要です。<br>口の開きが悪くなりました。<br>普通に口を開けると2センチほどなので、<br>いろんな食べ物は、細かくしないと食べれません。<br>そこで、口腔外科の先生から口を開けるストレッチ方法を教わりました。<br>そして、ついに、頭の毛が抜けてしまいました。<br>後頭部の左耳の後方の毛が寂しくなってしまいました。<br>妻が発見したのですが、放射線治療の先生に聞いたところ、<br>放射線が治療する患部を抜けて後方にいってしまうので、<br>已むを得ない症状だそうです。<br>元に戻るのに半年ほどかかるそうです。<br>そういう状態ですが、気力はしっかり維持しています。<br>さあ、あと一週間、頑張ります。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20141207/19/daishinisikawa/22/e7/j/o0800106713152082907.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20141207/19/daishinisikawa/22/e7/j/t02200293_0800106713152082907.jpg" alt="" width="220" height="293" border="0"></a><br>
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<pubDate>Sun, 07 Dec 2014 18:45:50 +0900</pubDate>
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<title>３分の２が経過</title>
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<![CDATA[ 11月も今日でおしまい。治療も3分の２が経過しました。<br>新たな症状は、放射線を当てている左側の口ひげが、<br>まるできちんと剃ったかのようにツルツルになりました。<br>放射線は、やっぱり毛が生えにくくなるんですね。<br><br>抗がん剤の影響で、食べられないほどではないけれど、<br>食事があまり進まないということはあります。<br>少なくともカロリーぐらいは落さないように気をつけていて、<br>そのためにスマートフォンにアプリを入れて、<br>毎日食べる度に何を食べたのかを記録しています。<br>面倒と言えば面倒ですが、<br>最近はバランスの良い食事を目指すにはこれくらいはしないと、と思っています。<br>そのアプリは食事バランスが正常かをチェックしてくれます。<br>それによると、僕の食事は、主食が少なくて炭水化物が不足気味。<br>加えて脂質摂取が過剰、そしてお菓子の取りすぎと評価されています。<br>僕の食習慣は主食の炭水化物が不足をお菓子で補っていたんですね。<br>脂質については、できるだけ脂はとらないように以前から心がけていたのに、<br>脂質の取り過ぎと出てしまいます。<br>現代の食習慣ではこの脂質を減らすことは、<br>相当意識して食習慣を変更する必要がありそうです。
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<link>https://ameblo.jp/daishinisikawa/entry-11958950011.html</link>
<pubDate>Sun, 30 Nov 2014 21:10:41 +0900</pubDate>
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<title>岳父永眠</title>
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<![CDATA[ 放射線治療で一番大事なことは最後までやりきることです、<br>と担当先生から言われています。<br>万一痛みがひどくて通院治療が厳しくなった場合、<br>入院して麻酔を使ってでもやり切りましょうと言われています。<br>もちろんそれには同意しているのだけれど、<br>心配事がひとつあると告げました。<br>金沢にいる岳父が春先から寝たきりになり、医者からもあまり長くないと言われています。<br>その日が来た場合、通夜と告別式で最低２日金沢にいたいので<br>その間の放射線治療をどうしましょう、と担当先生に相談したところ、<br>放射線治療は中断すべきでなく、多少の変更対応は病院側でやります、<br>と言われました。<br>僕はなんとか治療が終わるまで岳父に頑張ってもらいたいと思っていましたが、<br>岳父は１１月１８日水曜夜に永眠しました。<br>翌日朝一番に病院に言って事情を説明し、<br>明日の治療をできるだけ後ろにしてもらいたいとお願いしたところ、<br>５時を過ぎても待っていますと了解してもらいました。<br>一方葬儀の時間を調整したところ、告別式は１２時から始めることになり、<br>結局告別式は参列できなくなりましたが、<br>できるだけ金沢に居残ることにしました。<br>岳父は８９歳まで生きたので大往生と言えるでしょう。<br>それに苦しむことなく亡くなりました。<br>逆に兄弟や妹さん夫婦から治療中に神戸と金沢を往復して<br>大丈夫なのかと心配されましたが、<br>抗がん剤投与休み中だったので体調も良く、<br>副作用も左耳の中耳炎と放射線治療影響による鼻炎による鼻づまりと<br>左頬の痺れと限定されています。<br><br>お通夜の夜、久しぶりにお会いする親戚と旧交を温めることができました。<br>岳父に最期のお別れもできました。<br>翌日は１１時までセレモニー会館にいた後金沢駅に行き、<br>加賀屋さんで刺身御膳で昼食を食べました。<br>なんと、お刺身の旨みがわかります。<br>ご飯のふっくら感もわかります。<br>抗がん剤投与が終了すれば、そういう味わいが又楽しめるかもしれないと、<br>希望を抱くことができました。<br>１２時になり、告別式の時間だなあと思ったら、<br>岳父に詠歌を贈ろうと急に思いつきました。<br>サンダーバードの乗って作った歌はこうです。<br><br>秋風舞青宙<br>我欲動白魂<br>家族一爲別<br>囲好暮楽天<br><br>秋風が澄んだ青宙を自由に舞っている。<br>(ああ、その風がなんとも羨ましい)自分も白魂となって自由に動き回りたい。<br>家族の者たちよ、しばし別れの時が来た。達者で暮らせ。<br>自分はあの世で好きなものに囲まれて楽しく暮らすさ。<br><br>漢文法の過ちはあるでしょうが、短期間に作ったので許して下さい。<br><br>それよりも、贈る言葉を作るつもりだったのに、<br>なぜか岳父の気持ちを表現した歌になっています。<br>妻や娘から、おじいちゃんらしい歌だ、と言われホッとしています。<br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Sat, 22 Nov 2014 14:25:53 +0900</pubDate>
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<title>体質改善のために</title>
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<![CDATA[ がん摘出手術の入院中に考えたことの一つに、<br>自分の体質を改善することを決意し、３つのことを実行しようと決意しました。<br>体質改善は主に免疫力アップに関わります。<br>一つは、腸の温度を上げるために腹巻を常時着用すること。<br>それから、喉を傷めないようにそしてばい菌が体内に入らないように、<br>常に鼻呼吸をすること。<br>そして、栄養バランスも含め体調を日々記録につけ、意識を持つことです。<br>腹巻を着用して体温が少し上がりました。<br>夜の１０時を基本に体温を計測していますが、３８．６度から３８．９度をキープしています。<br>腸の温度も上がっているのではないかと思っています。<br>冷たいものの摂取を控えることが大事と本に書いてありますが、<br>入歯、つまりプロテーゼを付けているので食事に水分が必要です。<br>外食では、氷入りでウォーターを提供するお店が多く、<br>なかなか本の通りにはいきません。<br>腹巻着用は本に書かれていませんが、<br>腹巻を常用着用している人は腹巻がないとお腹が下ると聞いたことがあるので、<br>逆に腹巻をすれば腸の温度が上がるのではないかと考えました。<br>腹巻で胴回りは太くなりますが、<br>入院で痩せて細くなった分と相殺されてズボンサイズも変わりません。<br>鼻呼吸にするために、口に粘着力の弱い絆創膏を貼って寝ています。<br>鼻ずまりになってしんどい時もありますが、なんとか継続しています。<br>日々の記録は、栄養バランスと体調チェックを付けています。<br>栄養バランスアプリに三度三度と間食で何を食べたかを入力すると、<br>栄養バランスやカロリー摂取状況がわかります。<br>特に放射線治療と抗がん剤投与を併用している今の時期は、<br>カロリー摂取量が落ちないことが大事です。<br>夕食が終わって摂取量が足りない時は、<br>ヨーグルト等を追加で食べるようにしています。<br>体調チェックは体重と体脂肪率やBMI、<br>それに病院で定期点検していた<br>体温、血圧、脈拍と血中酸素濃度を計測しています。<br>これらのために、新しく体重計、体温計、血圧計とオキシメーターを買いました。
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<pubDate>Sat, 15 Nov 2014 21:10:25 +0900</pubDate>
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<title>一週間経過。局地的な嵐の中で。</title>
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<![CDATA[ 放射線治療と抗ガン剤治療が始まって一週間が経過し顔の左側が腫れてきました。<br>症状は手術を行った一週間後程度でしょうか？<br>痺れが、左目の下から左の鼻穴まで広がり、<br>時々ちくっと刺されるような痛みがあります。<br>木曜日にその症状を放射線治療の先生に伝えましたが、<br>「そんなこともありますかね。でもそれがもっと悪化することはないでしょう」と<br>さらりと言われました。<br>先生それぞれに個性があります。説明の仕方も違います。<br>予想される副作用をきっちり説明して患者に認識させて、<br>それを意識して治療生活を送るように促す先生。<br>患者が心配で落ち込まないようにネガティブなことは最小限の説明にとどめ、<br>むしろ励ますことに傾斜する先生。<br>大事な治療を患者にやりきってもらう思いは同じでも、<br>患者へのアプローチにはそれぞれの先生の個性が現れるようです。<br>放射線治療の先生は多分後者でしょう。<br>ただその時は正直言うと、"もう少し寄り添ってくれてもいいんでないの"という気分になりました。<br><br>今日土曜日は、左側の耳が少しふさがったような感じで、少し聞きずらい感じがします。<br>でも心配していた抗ガン剤の大きな副作用はまだ出ていません。<br>でも治療前より口が開きづらくなったように思います。<br>それと味の嗜好が変わって来たというか、少年時代に戻ったかのように感じます。<br>十代後半から約４０年間毎日飲み続けて、時には日に４から５杯も飲んできたコーヒー。<br>そのコーヒーが、今は飲まなくてもどうってことありません。<br>そしてコーヒーよりも紅茶の方が美味しく感じます。<br>僕はお酒を飲みます。それもとりあえずビール、派でした。<br>グビグビっと飲んでビールが喉を通過するときの爽快感は最高です。<br>でも、鼻腔と口腔が通じてしまった今は、グビグビと飲むことはできなくなりました。<br>今はお酒は避けているのでノンアルコールビールを飲んでいますが、<br>あまり進みません。<br>それよりも甘みのあるノンアルコールカクテルの方が美味しい。<br> 白いごはんの美味しさがわからなくなっています。<br>プロテーゼという入れ歯で口の中の上側の半分ほどが覆われているので、<br>お米の弾力性を感じることができません。<br>そうすると、ごはんの旨みや甘みが半減するようです。<br>白いご飯をそのまま食べるよりも、<br>梅干しとか海苔の佃煮とかで味付けしたい。<br>これまで食材の本来の美味しさをきちんと引き出してくれる料理を愛してきました。<br>でもその本来の味わいというを感じる力が弱まったようです。<br>それって、言葉にしてしまったら、哀しいことです。<br>でもそんなことを一つ一つ上げていたら、きっとキリがないでしょう。<br>多分失ったものの数を数えて悲しい気持ちになるだけでしょう。<br>大事なことは食べることです。<br>ご飯を、ノンアルコールカクテルであれカルピスであれ一緒にしてでも、<br>食べるということです。<br>おかずを食べるということです。<br><br>がんになってからというもの、今までとは違うアンテナが出てきたことは、<br>前回のブログで書きました。<br>今回は、村上春樹氏の『海辺のカフカ』のこんな文章に、僕は同通しました。<br>「ある場合には運命っていうのは、絶え間なく進行方向を変える局地的な砂嵐に似ている。<br>君はそれを避けようと足取りを変える。<br>そうすると、嵐も君に合わせるように足取りを変える。君はもう一度足取りを変える。<br>すると嵐もまた同じように足どりを変える。<br>何度でも何度でも、まるで夜明け前に死神と踊る不吉なダンスみたいに、それが繰り返される。<br>なぜかといえば、その嵐はどこか遠くからやってきた無関係な何かじゃないからだ。<br>そいつはつまり、君自身のことなんだ。君の中にある何かなんだ。<br>だから君にできることと言えば、諦めてその嵐の中にまっすぐ足を踏み入れ、<br>砂が入らないように目と耳をしっかりふさぎ、一歩一歩通り抜けて行くことだけだ。<br>そこにはおそらく太陽もなく、月もなく、方向もなく、ある場合にはまっとうな時間さえない。<br>そこには骨を砕いたような白い細かい砂が空高く舞っているだけだ。<br>そういう砂嵐を想像するんだ。<br>------<br>そしてもちろん、君は実際にそいつをくぐり抜けることになる。その激しい砂嵐を。<br>------<br>君は両手にその血を受けるだろう。それは君の血であり、他の人たちの血でもある。<br>------<br>その嵐から出てきた君は、そこに足を踏み入れた時の君じゃないってことだ。<br>そう、それが砂嵐の意味なんだ。<br>------<br>君はこれから世界でいちばんタフな15歳の少年にならなくちゃいけないんだ。<br>なにがあろうとさ。そうする以外に君がこの世界を生きのびていく道はないんだからね。<br>そしてそのためには、ほんとうにタフであるというのがどういうことなのか、<br>君は自分で理解しなくちゃならない。わかった？」(カラスの発言『海辺のカフカ』)<br><br>がんは僕の体の中に僕自身が作り出したものだから、どこか他所の場所から来たものじゃない。<br>そしてこれからずっと僕の周りを、局地的に、砂嵐のようにまとわりつくだろう。<br>それでも僕は前に向かって進まなきゃいけない。<br>頬が痺れるとか、耳が聞こえにくいとか、<br>食べ物が食べにくいとか、それまで美味しかったモノが美味しくなくなったとか、<br>愚痴を言いたい気分になることもある。<br>それは目の中に砂が入って涙が出るようなものだろう。<br>でもそこに留まっていたら前に進めなくなる。<br>そういう感情が起こることは否定はできないけれど、<br>でもそれに引きずられずにいることが大切だ。<br>この文章に出会って、そんなふうに心の整理ができました。<br>でも、世界で一番タフな５７歳のオヤジにはなれません。<br>人間５７年も生きてしまうと、<br>喜怒哀楽という言葉では済まされない色んな感情が自分の中に蓄積されています。<br>憎しみや嫉妬心、逆に憐憫だって蓄積されています。<br>感情の蓄積によって、テレビドラマを見て、<br>他の人が泣かない場面で一人涙する自分がいると思っています。<br>僕は女々しいオジンなんです。タフにはなれません。<br>でも妻や家族がいるということが僕にとってはタフさよりも支えになるように思います。
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<pubDate>Sat, 08 Nov 2014 23:10:26 +0900</pubDate>
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<title>今日から通院治療スタート(１０月３０日)</title>
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<![CDATA[ 今日から通院治療がスタートです。<br>退院時点では放射線治療だけの予定でしたが、それに抗がん剤投与が加わりました。<br>理由は手術で取った細胞を調べたところ、<br>がんができているところから離れたところにもがん細胞が見つかったのです。<br>担当先生の説明では、顎の裏側の骨を抜き出た脂肪部分と少し離れた翼突筋のところにも<br>がん細胞があったそうです。<br>それは、CT、MRIそれにＰET検査でもわからず手術でもわからなかったもので、<br>細胞の精検査で判ったものでした。<br>それで、がんが再生するリスクを抑えるため治療方針を変更し、<br>放射線量を５０Grから６０Grに増やし、併せて抗がん剤を投与することに方針変更するということです。<br>先週先生から電話で概要を聞いた時には、<br>「転移の可能性が増えたということですか？」と瞬間的に聞きましたが、<br>「そうではなくて、再生リスクを抑えるためです」と言われました。<br>正直に言えば、抗がん剤を飲むということで動揺しました。<br>電話で聞いただけでは理解が不十分なので、わからないことに対する不安の感情が、<br>抗がん剤治療に対する不安に拍車をかけます。<br>それに、放射線治療を乗り越えればとりあえず治療は終われると思っていたところに、<br>自分としては予期していなかった抗がん剤治療が加わったことによる動揺があります。<br>２８日はそういう不安を心に持ちながら、妻と受診しました。<br>担当先生の説明はわかりやすく、<br>がんの再発を抑えるためには抗がん剤治療を併用した方が良いこと、<br>但し人によっては幾つかの副作用が出ること、<br>副作用が強い場合は投与を止めるので状況を隠さず相談すること、<br>投与期間はとりあえず放射線治療の期間にすること、<br>抗がん剤治療選択の判断は僕にあること、<br>を告げられた。<br>僕は横にいた妻にも目で確認し抗がん剤治療をお願いしました。<br>担当先生は、副作用についてかなりネガティブに指摘したけれど、<br>僕の方は放射線治療と抗がん剤治療をなんとか乗り切ることに気持ちが集中出来たので、<br>むしろ心が散りじりになるような不安や心配は減りました。<br>それというのも、担当先生を信頼しているからだと思います。<br>放射線治療と抗がん剤治療の間は、四人の先生の診察を受けます。<br>頭頸外科の担当先生、耳鼻咽喉科の主治医先生、<br>放射線治療科の先生、それに口腔外科の先生です。<br>それが副作用の説明の温度感がそれぞれ違っているのです。<br>担当先生が一番悲観的、次に口腔外科の先生、次に主治医先生、最後は放射線治療科の先生です。<br>僕としては楽観的な見方に組みした方が性格的には合っているのですが、<br>治療経験が多い先生ほど悲観的説明をする傾向が見られるので、<br>やはり厳しい副作用を想定した上で、<br>少しでも副作用が出ないような努力をするしかありません。<br><br>治療開始日の朝、抗がん剤を２錠と吐き気止め薬１錠を飲んでから病院に行き、<br>放射線治療を受けました。<br>夜に又抗がん剤を２錠と吐き気止め薬１錠を飲んで、１日目が終わりました。<br>初日は何事もなく終えました。
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<link>https://ameblo.jp/daishinisikawa/entry-11945778514.html</link>
<pubDate>Thu, 30 Oct 2014 08:40:02 +0900</pubDate>
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<title>退院（１０月１５日）</title>
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<![CDATA[ 朝はいつも通り体温を計り、朝食を食べ、回診を受けた後は、<br>退院の準備を進め、挨拶をして会計を終えて病院を出ました。<br>３週間いたので、この場所に情も移ります。<br>去るとなると、寂しいとは言えないものの少し心が動きますが、<br>病院側はいかなる入院者に対しても平等対応をしなければならないのでしょう、<br>少しそっけない気もしましたが、それが市民病院の宿命なのでしょうね。<br>逆に、扱いが違うとねじ込められたら、堪りませんものね。<br><br>外に出る長袖シャツだけでは肌寒い程で、入院した時は半袖だったのに、<br>もうすっかり秋です。何はともあれ自宅に戻りました。<br>二人の兄に早速退院報告をしました。<br>しばらく食べていないものをお昼にすることにして、<br>それから久しぶりに愛車に載って、<br>芦屋にある人気のピザと生パスタの店で昼食を食べました。<br>明日は妻の誕生日、その日を家で迎えられることが嬉しい。<br><br>外食した場合、食べた後の口の中と入歯のケアが問題だな、<br>とすぐに現実に対処しなければならない問題が出てきます。<br>入院で身体はなまっているし、しばらく離れていた仕事もリカバーしなければならないし、<br>世間の情勢にも追いつかなければなりません。<br>そういうことも一つ一つこなして行こう、と明日からのことは楽観的に考えています。<br>
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<link>https://ameblo.jp/daishinisikawa/entry-11939877672.html</link>
<pubDate>Thu, 16 Oct 2014 17:40:55 +0900</pubDate>
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