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<title>マルデ・駄目男の「明日曇りかな」</title>
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<description>つまりサザンと桑田佳祐について微力ながら語りたいということです！</description>
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<title>SEA SIDE WOMAN BLUES</title>
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<![CDATA[ <object width="340" height="285"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/ruWGYeImTTA&amp;hl=ja&amp;fs=1&amp;rel=0&amp;border=1"><param name="allowFullScreen" value="true"><param name="allowscriptaccess" value="always"><embed src="https://www.youtube.com/v/ruWGYeImTTA&amp;hl=ja&amp;fs=1&amp;rel=0&amp;border=1" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="340" height="285"></object><br><br>『クワタを聴け!』によればこの曲の感想は「万策尽き果てた」感が全面を覆っていると書かれていたがこれには笑ってしまった。<br>意表をつかれたというか思いもよらない感想だったからだ。<br>また「手詰まり」という言葉もあったが実際どうなんだろうか。<br>真実は桑田のみぞ知るだが私の見方はいま少し違う。<br><br>桑田が一番ビートルズから影響を受けた点は作曲方法ではなくアルバム収録のジャンル配置並びに楽曲のバリエーションではないかと勝手に思っている。<br>ビートルズ解散後、ジョージのソロ・アルバムの批評に「線の細い彼の声だけで１枚のアルバムを聴くのはどうか」というような評価が載っていたが私も同感で、そのジレンマとマンネリを防ぐための方策が結果として「桑田の音楽にはジャンルがない」などと言われる所以ではないかと思う。<br>故にここでマヒナ・サウンドが出たのもそれなりの考えがあってのことじゃないかと。<br>もし手詰まり感があったとするならば作曲への手詰まりと言うよりは「いまはハワイアンしか思い浮かばなかった」みたいなところでは。<br>それに『クワタを聴け!』によれば採点もかなり辛口だがサザン・ファンの中ではこの曲の評価はもう少し好意的ではないだろうか。<br>
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<pubDate>Sun, 04 Oct 2009 21:48:15 +0900</pubDate>
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<title>検証“感謝祭・マンピー演出映像”</title>
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<![CDATA[ 私の子供時代、おそらく全国的に流行っていた古典的なぞなぞがある。<br>「目が三つ、足が六本、手が一本、これなんだ？」<br>答えは丹下左膳が馬に乗っているところで隻眼とは片目のことだが丹下左膳は隻眼、片腕だからである。<br>大感謝祭ライブのマンピーの時に使われた時代劇の映像を仔細に調べてみたが以下のことが言える。<br><br>まず衣装だが黒襟白紋付で背中に南無妙法蓮華経の斜め文字。<br>これは殆んど丹下左膳と同じ衣装でつまり白の着流しに襟だけ黒に染め上げ所々南無妙～のような文字を入れておどろおどろしい雰囲気を醸し出す。<br>左膳の家紋は本来、六角形の丸型に漢数字の二だがマンピーではただの『七』にする。<br>後に左膳は家紋を髑髏（どくろ）に変えているが、勿論『七』が意味するところは『エロティカ・セブン』からだろう。<br><br>ところでこの浪人は頭巾を被っているが、日清戦争時の外務大臣は陸奥宗光だがこの人は確か紀州藩の出身で幕末には陸奥陽之助と名乗っていたが坂本龍馬の海援隊に属し龍馬が暗殺された後に新撰組への襲撃など行なったがこの当時の写真が残っている。<br>その衣装が鞍馬天狗と全く同じ。<br>鞍馬天狗や陸奥が被っているのは所謂、宗十郎頭巾という衣装で歌舞伎役者の初代沢村宗十郎が考案したとか。<br>つまり映像の浪人は左膳と天狗を掛け合わしたものかと。<br>ピストルは当時は確か短筒とか言ったが浪人が短筒を持っているところも鞍馬天狗風だ。<br>モデルはおそらく昭和初期の大スター大河内傳次郎ではないだろうか！
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<pubDate>Sun, 04 Oct 2009 21:31:12 +0900</pubDate>
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<title>Dream a little dream of me...</title>
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<![CDATA[ <object width="340" height="285"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/r035et3sz5o&amp;hl=ja&amp;fs=1&amp;rel=0&amp;border=1"><param name="allowFullScreen" value="true"><param name="allowscriptaccess" value="always"><embed src="https://www.youtube.com/v/r035et3sz5o&amp;hl=ja&amp;fs=1&amp;rel=0&amp;border=1" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="340" height="285"></object><br><br>印象主義的な和音！<br>勿論、私にも解りません。<br><br>しかしこの曲は判りました。<br>ハガキ紹介だけで曲が掛かりませんでした。<br>でもサッチモが歌っているのは聴いたことがありません。<br>私の好きなドリス・ディで聴いて下さい。<br><br>映像はリタ・ヘイワースとグレン・フォードです。<br>くれぐれもドリス・ディではありませんので宜しく。
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<pubDate>Sat, 03 Oct 2009 23:43:39 +0900</pubDate>
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<title>ＳＯＮＧＳの原坊</title>
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<![CDATA[ <p>人間、30数年前ぐらいのことはなかなか忘れないものである。<br>ましてや思い出のキャンパスもそのままに昔と変わらぬ姿を今に留めれば想い出は尚リアルに鮮明だろう。<br>原坊は涙こそ見せずにいたがその心中如何ばかりであろうか。<br><br>「この階段を上がってこの教室で初めて桑田に会った！」<br>「曲が出来たといって屋上のこの辺りで弾いて聴かせてくれた」<br>「練習した場所に今もそのままにピアノが！」<br><br>思い出は褪せずいつまでも熱く心に秘め<br>過ぎ去った月日も帰らず<br>仲間の顔を思い出の中に探る青学だっただろうか。<br><br>少し切なくなるよな30分だった。</p><!-- /entryBody --><!-- __entry_body_end__ -->
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<pubDate>Sat, 03 Oct 2009 22:32:57 +0900</pubDate>
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<title>Soul Bomber[ソウル ボマー]（21世紀の精神爆破魔）</title>
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<![CDATA[ <object width="340" height="285"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/fPlR1Tcdcbs&amp;hl=ja&amp;fs=1&amp;rel=0&amp;border=1"><param name="allowFullScreen" value="true"><param name="allowscriptaccess" value="always"><embed src="https://www.youtube.com/v/fPlR1Tcdcbs&amp;hl=ja&amp;fs=1&amp;rel=0&amp;border=1" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="340" height="285"></object><br><br>日本のロックの創始者が桑田だとは言わないが、その中興の祖であることは間違いないだろう。<br>桑田以前の音楽、例えばＧＳ時代の音楽などはまだロックなどと言えるような代物ではなくＪ・ポップの黎明期で多くの名曲を輩出したとはいえ欧米の現状とは隔絶の感があった。<br><br>職業と同じように音楽嗜好にも体質があり必然的に桑田は欧米化路線に向かわざるを得なかったのだろう。<br>相対的に桑田のロック・サウンドとは全体を擬似英語で囲みサビの部分はしっかり英語で固めるという手法で日本人にとって耳障りの良い英単語を、それこそ適材適所のように配置する。<br>それはもう名人芸の域でクワタ・マジックと言ってもよい。<br><br>戦後すべての物が欧米化の道を進む中、日本のロック史上初めて出たマジシャンだったと言ってもいい。<br>真のマジシャンの芸が魔法なのかトリックなのか判然としないように、その曖昧模糊の中、間隙を縫うようにして和洋折衷ロックを見事完成させたのが桑田で、これはもう一代限りの芸で他には伝授できない。<br>洋楽を長く聴き慣れた者でさえも桑田の術中に嵌まる欧米ロックと見紛うほどの完成度である。<br><br>例えばこの「Soul Bomber～」のサビや歌唱法など聴いていると欧米人が日本語ロックを歌っているのかと錯覚するぐらいだ。<br>桑田よりも歌の上手い人は沢山いるだろうが、この玄人芸のような音楽センスはちょっと余人を持って代え難い。<br>下積み時代がないサザンと言われるが桑田にとっては沢山の音楽を聴くことが下積みの努力だったような気さえする。<br>
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<pubDate>Sat, 03 Oct 2009 22:28:28 +0900</pubDate>
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<title>I AM YOUR SINGER</title>
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<![CDATA[ <object width="340" height="285"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/6tZ8cI68eL0&amp;hl=ja&amp;fs=1&amp;rel=0&amp;border=1"><param name="allowFullScreen" value="true"><param name="allowscriptaccess" value="always"><embed src="https://www.youtube.com/v/6tZ8cI68eL0&amp;hl=ja&amp;fs=1&amp;rel=0&amp;border=1" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="340" height="285"></object><br><br><br>I AM YOUR SINGER (Singer ver)<br><br>差し歯というのは嵌め込んでから暫くの間、何か違和感があって完全に自分の歯として機能するまでには幾分時間が掛かる。<br>この曲を初試聴したとき単調なイントロ、味気ないエフェクト、捻りのない素人的な歌詞、どれを採ってもこれが節目の集大成とはあまりに陳腐で盛り下がる曲だと思った。<br>レコーディング中、桑田は風邪を引いたと言っていたが、だからというわけではないが声にエフェクトを掛け『ラジオ・スターの悲劇』のようなボーカルになっているが、しかし連日ＭＴＶなどいたる所で小耳に挟むうちに初めは気になっていた差し歯的エフェクトが全く違和感なく受け入れられるようになってきた。<br><br>鋭角的なものは全て削ぎ落とし、詩・曲ともに剥き出しの玉葱のような又はリンスなしの朝シャンのような爽快感も感じられてきたが何分暫しの別れをストレートに歌っているだけに聴けば聴くほどに切なさ迫る仕掛けがまるで桑田の罠のように織り込まれている印象を受ける。<br>渋谷陽一氏に言わせると「これがまた、いい曲なわけですよ」と私にすれば渋谷氏の折り紙は何よりも嬉しいが、当の桑田は「“真夏の果実２”でいくか“マンピー２”でいくかこれほど悩んだシングルはなかった」と言っている。<br><br>結果的にはその「真ん中へんを探っていた」らしいがなるほど絶妙な落とし所に嵌ったわけで活動停止宣言と相俟って切なさ倍増の曲になってしまった。<br>何か「互い涙を見せるのはいやだから陽気に笑ってさよなら言いましょう」と言われたような気分になる。<br>今の桑田にしてみたら「５４枚目のシングル？、全然考えてないね！」というところだろうが、この切ない気持ちを埋められるのは５４枚目かソロ・シングルしかないのも事実。<br> <br>
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<pubDate>Sat, 03 Oct 2009 22:15:19 +0900</pubDate>
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<title>わすれじのレイド・バック</title>
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<![CDATA[ <object width="340" height="285"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/o8G7Z49Kx-Q&amp;hl=ja&amp;fs=1&amp;rel=0&amp;border=1"><param name="allowFullScreen" value="true"><param name="allowscriptaccess" value="always"><embed src="https://www.youtube.com/v/o8G7Z49Kx-Q&amp;hl=ja&amp;fs=1&amp;rel=0&amp;border=1" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="340" height="285"></object><br><br>この曲の歌詞の場合、一見単純そうに見える内容だがなかなか一筋縄ではいかないように思える。<br>桑田の作る歌詞は、時に思いついた単語をパズルのように構築したようなものもあるり正確な状況判断というよりは漠然とその場の雰囲気が判ってくれればＯＫみたいな、半分解釈はそちらに任せたと投げ掛けられたような気持ちにもなる。<br><br>この歌の深層心理は中々に難しく“よがり声には萎える”長年付き合ってきたための倦怠感、または別れ間際、つまり「君のその大きな声が却って白けるんだよね」<br>だから「俺を溶ろかせる女でいてねって、あれほど言ってたじゃない」ともとれる。<br><br>また「逢えない時こそ愛しい人だよ」と言っておいて<br>「一夜の恋なんて夢見ているようで」なんてまるで行きずりの相手との気持ちを表したような歌詞にもなっているが、ここがポイントで聴くものを惑わす一節ではないだろうか。<br>他にも「指でさぐることなでつらい」と言うあたり少し混乱する。<br>愛人と寝ているのかそれこそ“知らぬ人と”寝ているのか。<br>ただ『レイド・バック』という言葉が気になる。<br>レイド・バックとは一般的にくつろぐ、のんびり、ゆったり、まったりと言った意味で日本人の場合セックスの後にレイド・バックしてるとは言わない。<br>レイド・バックとは通常、音楽業界ではエリック・クラプトンのことを指し、もっと単純に７０年代初頭、あわや廃人になりかけたクラプトンに対し「あんたのギターが忘れられないよー」と訴えているだけかも。<br>ギターを女性（母体）になぞらえて！<br>つまり母校とか母船、または母港と同じ意味でギターを置き換えて。<br>指でさぐることなど辛い、つまり「あんたの曲をギターで爪弾いてみても辛くなるだけだよー、戻って来てくれよー」<br>少し強引な解釈だが、一度本人に訊いてみたい。<br>
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<pubDate>Sat, 03 Oct 2009 22:00:05 +0900</pubDate>
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<title>Ｃ調言葉に御用心</title>
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<![CDATA[ <object width="340" height="285"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/qGdD3MCDiKs&amp;hl=ja&amp;fs=1&amp;rel=0&amp;border=1"><param name="allowFullScreen" value="true"><param name="allowscriptaccess" value="always"><embed src="https://www.youtube.com/v/qGdD3MCDiKs&amp;hl=ja&amp;fs=1&amp;rel=0&amp;border=1" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="340" height="285"></object><br><br>「俺が好きだったのはビートルズよりも植木等だったんだよ、植木等！」<br>以前、「夜遊び」で桑田はこんなことを言っていたが桑田が植木等ファンだと言うことを桑田ファンなら誰でも知っているが、ビートルズ以上に植木等のファンだったとは初めて聞いた。<br>いったい植木等の何がそんなに桑田を惹き付けたのだろうか。 <br><br>笠智衆さんは浄土真宗本願寺派の僧侶の家に生まれたが植木等も真宗大谷派の僧侶の息子である。<br>現在の元号法では天皇が崩御した翌日が新元号になる日だと思うが戦前では天皇が崩御したその日から元号が変わった。<br>即ち大正年間は１５年１２月２５日に天皇の崩御と共に昭和と改元されたが植木等が生まれたのはまさにこの日で大正なのか昭和なのか微妙だが戸籍上は昭和２年２月２５日となっている。<br>これは申請を頼まれていた叔父が役所に行くのをうっかり失念していたためである。<br>僧侶の父は剛毅な人で平和と平等を信念に戦前の特高警察に逮捕拷問を受けても自らの信ずる道は曲げなかった人で植木等の等とはその平等思想から来ている。<br>私たちの良く知ってる植木等像とは青島幸男の創作によるものである。<br>いち早く植木の才能に気づいた青島の傑作とも言える。<br><br>昭和３０年代、まだあまり豊かだったとは言えない時代にあの脳天気な馬鹿笑いと共にクレージー旋風は日本中を席巻した。<br>中でも植木等が演ずる『ニッポン無責任男』は植木のイメージを定着させたが実際は軽薄で無責任な男とは程遠い有言実行型の酒も呑めずマージャンも出来ない男であり青島幸男によればいい意味での見掛け倒しな男でもあった。<br><br>桑田も歌った『だまって俺について来い』は映画『ホラ吹き太閤記』の挿入歌でもあったがこの中で植木は何やら足軽のような格好で怒鳴るようにこの歌を歌っているがこの馬鹿陽気さが戦後「働き蜂」のように言われてきた日本人の閉塞感を打破しているかのようでこれといって美男子のいないクレージーのメンバーと共に 大衆に受け入れられた要素でもあったのだろう。<br>強烈な個性を放つ７人を時代が要求したとも言える。<br>サザンの『Ｃ調言葉にご用心』のＣ調とは桑田の造語ではなく植木等によって広められた言葉である。<br>映画『無責任一代男』の挿入歌『ニッポン無責任野郎』がそれで<br><br>♪おれは　この世で一番　無責任と　言われた男<br>ガキの頃から　調子よく　楽してもうける　スタイル<br>人生で　大事な事は　タイミングに　Ｃ調に無責任<br>とかくこの世は　無責任　こつこつやる奴ァ　ごくろうさん<br><br>もちろん作詞は青島幸男だが植木が歌うことにより一層調子よく聞こえる。<br>しかし当の植木にしてみればそれ以前の『スーダラ節』の歌詞を見たときからこんな歌が歌えるかと激怒していた。<br>一時期真面目に歌手になることを考えていた植木にしてみれば馬鹿にするのもいい加減にしろと言うところだがあまりに仲間が薦めるので郷里の父に相談したところ「この歌詞には浄土真宗の教えがある」と言われようやく決心したとのこと。<br>ここに日本初のコミック・バンドが誕生したわけで桑田の感性を痛く刺激したのかもしれない。<br>それにしても芸人やタレントに植木ファンは多いと思うが桑田世代のミュージシャンで植木ファンとはやや珍しいとも思うがどうだろう。<br><br>昭和４０年前後、クレージー・キャッツ、加山雄三、ビートルズと三つの旋風が日本を同時に駆け巡って行ったが<br>結果的に言えばその三組の洗礼をモロ全身で受け止めたのが桑田佳祐と言える。<br>そして今日、見事に結実合流した大河は日本中を席巻し国民的バンドのリーダーとして我等がジャパニーズ・ロックを牽引している。<br>桑田の音楽にはジャンルが無いと言う人もいるが、まあ、強いて言うなら<br>『レノンが植木に雄三ロック』とでも言うか、それなりのレシピは分かっていても調理できない味付けなのが味噌。<br>時代の申し子なのかロックの風雲児なのか、それにしては軽～い等身大の男、桑田佳祐。<br>是非、植木等にこの歌の感想を訊きたかった。<br>
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<pubDate>Sat, 03 Oct 2009 20:01:45 +0900</pubDate>
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<title>黄昏のサマー・ホリデイ</title>
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<![CDATA[ <object width="340" height="285"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/ONApcTCKFNc&amp;hl=ja&amp;fs=1&amp;rel=0&amp;border=1"><param name="allowFullScreen" value="true"><param name="allowscriptaccess" value="always"><embed src="https://www.youtube.com/v/ONApcTCKFNc&amp;hl=ja&amp;fs=1&amp;rel=0&amp;border=1" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="340" height="285"></object><br><br>この曲、歌詞に於いて相当な試行錯誤が見られるのでちょっといじってみたくなった。<br><br>まず<br><br>午前八時の行合橋で<br>死んだ蜥蜴をみました（略）<br>酷な運命と私は泣いて<br>干なびた皮膚を爪先で撫でてた<br><br><br>この部分はどう見たって暇を持て余している情景だが、それよりもまず思い浮かぶのは志賀直哉の『城崎にて』の一節。<br>橋の欄干から脅かすつもりで投げた石が偶然、川の石の上で休んでいたイモリに当たり死んでしまう。<br>命の切なさなど考える場面があるがどうしてもそれとリンクしてしまいます。<br><br>喉が渇いてお白粉花の<br>芯を舐めても味気無く（略）<br>鳴るあてもない電話見つめて<br>ひとり待ちぼうけ蝉すぐれ聞いてた<br><br>まず“お白粉花”と表記しているが桑田は何故、敢えて「お」を付けたのだろうか？<br>「おしろいばな」とは通常「白粉花」と書き「お」は要らない。<br>それはともかく、この場面は殊更に電話を待つ以外、他にやることがない、それを強調している。<br>吉田松陰が幕末、囚われの身になって獄に繋がれていた時に詠んだ句にこんなのがある。<br><br>「呼び出しの　声待つ外に　今の世に　待つべきことの　なかりけるかな」<br><br>つまり取調べのために呼ばれる声を待つ以外、何もやることがないと皮肉っている句だが、それと似ている感覚だろう。<br><br>燃える太陽滲む街並<br>陽炎揺れる夏模様<br>砂煙をあげてバスが<br>蜃気楼に溶けた<br><br>サマーホリディと言うぐらいだからとにかく暑い。<br>砂塵を巻き上げて遠ざかるバスもおぼろに揺れ溶けるほどに暑く、もう何とかしてくれと根をあげる寸前。<br><br>What A Jiri(ジリ）Jiri（ジリ）Day!!<br>陽だまりでI say<br>物憂げな毎日<br><br>もうじりじりするほど暑いと言っているが「I say」とは「汗」という意味だろうか。<br>もしそうならばこれはなかなか凄い。<br>「じりじりと汗が出る」<br><br>（略）<br>嗚呼、涙、涙の日曜<br>黄昏のサマー・ホリディ<br><br>これは折角の日曜なのに逢えない辛さを嘆いているということか？<br><br>ここからが問題だ！<br><br>汗にまみれた下着をちょうだい<br>洗濯篭に放るから<br><br>これはどういう意味だろうか？<br>一戦交えた後ということだろうか！？<br><br>嘘じゃなかった、ためらい傷に<br>そっと口づけ辛過ぎた人生<br><br>「嘘じゃなっかた」と言ってるからこの場合は“相手”がとなる。<br>つまり「そっと口づけ辛過ぎた人生」と言うからには相手の傷口、通常は手首の頚動脈あたりに口づけたことになる。<br><br>ここがよく解らない。<br>この文章は一人称で語られているのか否か。<br>前半の部分、どう見ても待っているのは女と想像できるがやっと逢えた相手の腕にためらい傷。<br>ためらい傷というぐらいだから「道ならぬ恋」と解釈したらいいのだろうか？<br>ということは待つほうが女として待たせる男に所帯がある！？<br>しかし手首を切った方は切なさに耐え切れず待つ身の辛さから世を儚んだ女ではなく男の方？<br>どういうことだろうか？<br>二人称なら解る。<br>つまり歌詞の「嘘じゃなかった～」から男性側の視点で捉えれば全く問題ない。<br>『忘れじのレイドバック』の詩を解説したときもその混乱ぶりを素直に書いたが今回も似たような状況に陥った。<br><br>しかし結果的に<br><br>季節は過ぎ人も去きて<br>止めど溢る涙<br><br>と言っているから現在進行形ではなく過去形の出来事というこになるのだが、何と言ってもこの歌詞の白眉は<br><br>「汗にまみれた下着をちょうだい<br>　洗濯篭に放るから」だろう。<br><br>実にな生々しいがこれは想像上の産物か、はたまた実体験を元にした表現か定かではないが、この部分の秀逸さは長く桑田ファンの記憶に刻印されるのではないかと思う。<br>
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<pubDate>Sat, 03 Oct 2009 00:02:18 +0900</pubDate>
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<title>BOON BOON BOON～OURLOVE［MEDLEY］</title>
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<![CDATA[ <object width="340" height="285"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/WhO2GxLmoAE&amp;hl=ja&amp;fs=1&amp;rel=0&amp;border=1"><param name="allowFullScreen" value="true"><param name="allowscriptaccess" value="always"><embed src="https://www.youtube.com/v/WhO2GxLmoAE&amp;hl=ja&amp;fs=1&amp;rel=0&amp;border=1" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="340" height="285"></object><br><br>素晴らしい、実に素晴らしいサウンドだ。<br>限りなく洋楽に近いテイスト！<br>何故にこれほどの曲がシングル化されないのか苦言を呈したいところだ。<br>それにしても勿体ない。<br><br>「闇にきらめくベルのように　Twistin’the night　away」このセンスが堪りませんね。<br>それにPVが無いのが惜しまれる。<br><br>しかし日本人にしておくのが勿体ないぐらいのロックのセンスだ！
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<pubDate>Fri, 02 Oct 2009 21:44:35 +0900</pubDate>
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