<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>ダンシングよしたかのロックな人生</title>
<link>https://ameblo.jp/dancingyoshitaka/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/dancingyoshitaka/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>17才の夏、ロックンローラーへの道を選び40年の月日が経ち現在に至る</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>2011.2.8</title>
<description>
<![CDATA[ <div align="left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110216/01/dancingyoshitaka/ca/44/j/o0800060011052796664.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110216/01/dancingyoshitaka/ca/44/j/o0800060011052796664.jpg" alt="photo:01" width="300" height="225" border="0"></a></div><br clear="all"><br>訳あって、滋賀県大津市生まれのロックンローラー私ダンシングよしたかこと松浦義隆(57歳)は、大阪ミナミはアメ村のとある音楽STに暮らしております。<br>グレイトフルデッドのジェリーを愛する心根優しい社長に感謝！<br>Ｃstでは今、彼のバンドのリハーサル<br>。アイシャルビーリリースがレゲエアレンジに乗って流れてきます。<br><br>想い起こせば受難の始まり、2005年の夏から俺のライカローリングストーン暮らしがスタートしたのだった。<br>去年の大晦日に閉店した神山町のレインドックス3Fのオフィスにギター片手に転がり込み、ウエルカムしてくれたのは、３０数年来の友人で某ブルースバンドの元マネージャーのHDM氏だった。<br>先住民のHDM氏は名目上(⁉)のオフィス3F暮らしで、実の処は若いキャリア姉ちゃんとのワンルームマンション住まいであった。<br><br>さよなら！レインドックス<br>身の回りの品とギター片手に居着いたのは真夏の盛りだった。<br>東通り商店街のアーケードを抜けると、ギラギラの太陽を受け往来を行く汗まみれの人々とすれ違う。<br>欲望のエネルギーが充満する街。<br>セックス、ドラッグ&amp;Rock'nRoll!<br>日が落ちて黄昏と共に賑わう表通り。<br>娼婦が立つ四ツ辻。走るホスト。<br>響き渡る酔っ払い達の嬌声。<br><br>俺は眺めていた。街角の詩人のように。あるがままの風景と時間が流れて行くのを。<br>深夜ママチャリに乗って徘徊するときも欲望のエネルギーを眺めていた。<br>聖者やババのマントラが聴こえた。<br>敬愛するネイティブアメリカンの教えが俺を導いてくれた。<br>光り輝く道を歩いて行けるように。<br><br>(続く)<br>iPhoneからの投稿
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/dancingyoshitaka/entry-10802748950.html</link>
<pubDate>Wed, 16 Feb 2011 01:13:27 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
