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<title>ノート</title>
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<title>存在の哲学</title>
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<![CDATA[ <br>①ヘラクレイトス  万物流転説<br><br>そもそも哲学史は、人類史上初の哲学者と呼ばれるタレスが、万物の根元は水であると述べたところから始まったと言われる。存在への問いかけはそのくらい古い。<br><br>万物は流転する、というヘラクレイトスの眼差しは、存在そのものが何でできているかでは無く、存在に共通するものは何か、に向けられていた。そして、その共通のルールがあるのだと仮定し、それをロゴス（法則）と名付けた。ヘラクレイトスはそれらの存在を、一定の法則に従って変化し続ける何かであると見出した。<br><br><br>②パルメニデス  万物不変説<br><br>ヘラクレイトスの主張とは逆に、存在とは決して変化しない何かであると考えた。それまでの哲学者が感覚的にそのものを捉えていたのに対し、パルメニデスは理性的で論理的な方向からものを考えた。それは、存在するものは存在し、しないものは存在しない。そして、存在しているものは存在しなくなることはない、有は無にならない。<br><br>りんごをどれほど小さくしても消えてなくなることは無く、別のものになるわけでもない。そういった論理の中でパルメニデスは、存在は変化しないと考えたのである。<br><br><br>③デモクリトス  原子論<br><br>古代ギリシャにおいて存在の問題を完成させたデモクリトス。絶対分割不可能な粒、究極の存在にたどり着くとデモクリトスは考えた。それを原子と名付け、原子は空虚の中を飛び回り他の原子と結合したり分離したりして世界が構成されていると想定した<br><br>彼はこの世界の全てのものが原子でできていて、人間の死も結局は原子がバラバラになるだけで死後の世界なんてものもないという、唯物的世界観をはっきりと述べた。彼は笑う哲学者と呼ばれ、生きてるうちにいっぱい楽しもうよ的な生を実践した。<br>再び原子論が議論されるのはデモクリトスから2000年後、それまで、宗教における迷信の時代が続いていた。暗黒時代と呼ばれる中世、それはリテラシーが無くなり、宗教による迷信の時代だった。その後、教会組織の権力が衰えると、古代の学問や技術を取り戻そうとルネッサンスが始まる。<br><br>④ニュートン  ニュートン力学<br><br>17世紀、ニュートンが言う前から引力の存在はすでに知られてた。むしろニュートンは、リンゴが下に落ちる力を使って、月が地球に落ちてこない事を説明した。月は、遠心力と引力とが釣り合っているだけである、と彼は結論した。当時、人間には計り知れない場所としてあった天空をニュートンはあっけなく説明した。<br>また、彼は微分を発明し、あらゆる物体の運動を説明する数式ーー力学方程式を記述することをした。地上の運動と天空の運動を統一的に扱い、予想できる科学の体系を一人で作り上げた。彼は、科学の神様とさえ呼ばれる。<br><br><br>⑤バークリー  主観的観念論<br><br><br>ニュートンは存在の運動について語ったものの、存在そのものについて語ったわけではない。そんな時アイルランド人バークリーが、存在するとは知覚される事である、と言った。<br><br>それになると、存在とは、物質の存在が主なのではなく、固さや色を感じる知覚こそが主であるという考え方が出来るはずだ。バークリー哲学は、世界がすでに物質的世界の実在を素朴に信じていた時代にぶつかり、大反発を受けていた。<br><br><br>⑥フッサール  現象学的還元<br><br>常識的な原子の世界観も水槽の中の脳の夢であろうとも、こうに違いない、と確信してるのなら、そんなものはただの思い込みである、とフッサールは言う。真偽のわからないものに対し考えるだけ無駄なのであると。<br><br>フッサールにとって、脳の外側の客観的な世界とその世界の科学理論よりも、なぜそういう科学理論が脳の内側に生じたのか、という起源を問いかけるべきだと主張した。我々は、具体的になにから、ある科学理論が正しいと確信できるのか？<br><br>フッサールは、あらゆる確信は主観的な意識体験から始まっていると考えた。例えば全世界が誰かの夢の一部でも、主観的な意識体験が我々に起きているのだから世界がこうであると真として語ることができる。<br><br>フッサールはこの思考で、物理的な世界が思い込みであると断じ、全て改めて考え直そうとした。フッサールは、我々の主観的な意識の上に起こるあらゆる体験を現象と名付け、この現象（意識体験）からどのような思い込み（人間の判断）が作られているかを学問的に捉え直そうとした。それが現象学である。<br><br>意識の上に起きていることは何か、という根源的な問いから、主観的な意識体験が生じるため、人間はこんな世界観、科学理論を持つに至った、と、常識も科学知識も全て意識体験の観点から記述し直そうとした。<br><br><br>⑦ハイデガー  存在論<br><br>フッサールの弟子の1人。現存在、世界内存在などと人間に対する造語を作って本を書いていた、ある種、詩人なのかしら？  フッサールがカリスマ性無く閑散とした授業をしていたが弟子のハイデガーはとにかく雄弁だった。また、彼は自分の哲学の全貌を知られるのが嫌いで、意味深で思わせぶりな言い方ばかりを好んで使った。<br><br>ハイデガーの視線は人間や物事のありようでは無く、そもそもの、存在するとはどういうことか？  に向けられた。<br><br>存在とは人間内部で生じるもの、存在とは言葉だ。動物はそこを問わない。つまるところ、存在とは何か、という言葉は人間にとっての存在とは何か、ということだ。<br><br>ハイデガーの存在と時間に存在そのものの全貌が書かれる前にハイデガーは死んでしまった。ただ、ハイデガーの論理は、存在とはどこから由来した言葉で本当はいかなる意味を持つのか、つまり、存在を知る為にまず人間を知ること、実際、存在と時間でも、人間分析はたまた人生論みたいな内容まですすんでいったりする。<br><br><br>⑧ソシュール  記号論<br><br>ソシュール以前の言語学はある国の言語の歴史的経緯や似ている母語同士を比較し祖先を探ったりだったが、ソシュールはそこで新しい言語学の研究を始める。そしてそれをジュネーヴ大学の授業で発表。一般言語学講義は学生が書いた講義ノートである。ソシュールは病死してしまい本がかけなかった。<br><br>ソシュール以前の言語はものに張り付いたラベルのようなものという理解のされ方だった、しかし、ソシュールは言語を、差異のシステム、と定義する。言語は、モノがあるからそれに対応する言語が発生したのではなく、区別する価値のあるものに、その区別に対応する言語が発生したのである。<br><br>それは、存在をどのように区別したいか、という価値観に由来する。言語体系の違いとは、区別体系の違いである。フランス言語圏ではパピヨンという言葉で蝶と蛾を区別しないひとつの単語でその二種類の虫を表す。英語圏では茶色いうさぎと白いうさぎそれぞれに別の言語で区別するが日本ではどちらもウサギである。ソシュールは、言語は差異である、といった。<br><br>あなたがいない世界はあなたが考えるような世界として決して存在しないし継続もしない。なぜなら、存在とは存在に価値を見出す存在がいて、初めて存在するのである。
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<pubDate>Sat, 30 Mar 2013 11:39:59 +0900</pubDate>
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<title>神学の哲学史</title>
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<![CDATA[ 古代<br><br>①エピクロス  快楽主義<br><br>アリストテレスの教え子であったアレクサンドロス大王による大規模な侵略戦争の最中で国がバンバンなくなってった。ヨーロッパ、アラブ、アジアにまでわたる一大帝国。その自国の滅亡というアイデンティティクライシスのなかでいかに生きていくべきか、という問題。<br><br>キュニコス派は、世間的な幸せの放棄により本当の幸せに到達しようとした。それは「最初っから何も所有しない」ということだった。乞食的生活<br><br>ストア派、禁欲主義欲望に負けない理性を保つこと。<br><br>そして、エピクロス派、彼らは快楽を求めた。しかし、それは贅沢などでは無く、「飢え、乾き、寒さ、暑さ」などの苦痛が取り除かれた「普通の状態」のことである。一過性の快楽はエピクロスにとって快楽の定義にはない。<br><br>快楽主義、或いは刹那主義と呼ばれる彼の思想はむしろ「いかに普通で慎ましくあるか」ということに向かっている。彼の、隠れて生きよ、とは世間的な面倒から隠れろ、というくらいのもの。<br><br>エピクロスにとって全能の神は、そもそも人間になんてかまっているような者では無いだろう、だから気にしない、くらいなものだった。<br><br><br>②イエスキリスト<br><br>キリスト教の元であるユダヤ教。それは全知全能の唯一神信仰で、その神と契約したのはユダヤ民族だけであり、終末の時に選ばれるのも我々だけだという思想。しかし、そもそもヘブライに暮らしたユダヤ民族は紀元前13世紀、古代エジプトの軍に連れ去られ奴隷民族としての生を強いられた。そこからモーゼの出エジプト記となるが、そこから逃亡生活が始まり、その悲惨さのなかでユダヤ教が生まれる。<br>パレスチナ、彼らにとって神が与えた約束の地に古代イスラエルを建国、しかし、北のイスラエル、南のユダ王国に分裂、さらに北はアッシリア、南は新バビロニアに滅ぼされ、再び奴隷としめ連れ去られる。<br><br>そんな彼らにとって、ユダヤ教の教えは最上級の救いだった。彼らは今の不幸に対し、これは神の試練であり、信仰の末、救世主が現れ我々を救ってくれると信じ、先祖からの口伝えで教わった律法を守り続けた。そこで現れたのが、救世主、イエスキリストである。<br><br>ユダヤにとってイエスは待ち望んだものではなかった。敵を愛せだの律法を破る行為をするだのでユダヤ人から失望され、偽物の救世主として捉えられ、十字架に張られ石を投げられ槍で殺された。<br><br>弟子たちはそれに悲しみ布教活動を続けた。古臭い教義が、豆を食べるな、とかの生活規律を押し付ける中、イエスの「隣人を愛して、自分たちを創造した神の愛を信じて生きよう」というのは確かにかなりセンセーショナルだったのかもしれない。<br><br><br>③アウグスティヌス  懺悔的教義<br><br><br>300年頃まではカルト集団とされていたキリスト教、信者のコンスタンティヌスがローマ皇帝となり、ローマ帝国での布教が認められる。ローマ帝国はそれを国教とし、他の宗教を禁止した。<br><br>弾圧され続けながらも、やっと権力側になったキリスト教はその後で聖書解釈を巡る内輪もめ派閥争いを始めた。その争いで勝ち、教義を作ったのがキリスト教最大の教父と呼ばれるアウグスティヌスである。<br><br>彼は32歳でキリスト教に入った回心者である。それまではマニ教やプラトン主義などを渡り歩いていた。<br><br>彼の著書、告白。ここには過去の罪が書かれている、と言っても、下劣な情欲に燃えた、とかそんなのだが。彼は正直だった。そこで彼は自己のことも踏まえ、「人間は自力では救われず、神の力が必要なのだ」という考えをした。当時の敵対していた派閥の司祭たちのスタンダードは、人間は本来善であり、「禁欲によ。神に近づく、努力によってのみ救われる」というものだったがアウグスティヌスはこれを否定した。我々は、か弱く、罪深いが故、神に全てを告白し許しを請い、神の慈悲によって救われるように祈るのだ、と、懺悔的教義を打ち出した。それにより、誰もが実践可能な大衆の宗教が出来上がる。<br><br><br>④トマス・アクィナス  スコラ哲学<br><br><br>12世紀過ぎ、古代ギリシャのアリストテレスの著作が西洋のキリスト教圏に入ってくる。万学の祖による自然科学の観察、また、論理学などの哲学体系が信仰の世界に流れ込む。それは、キリスト教の教義と矛盾するものも多かった。<br>ラテンアヴェロス主義は神学と哲学の間を取ろうとしたのだが、結局は彼等も壁に当たり異端として闇に葬られる。哲学は全能の神のパラドックスまで書いてあり、論理的になればなるほど神学への懐疑は増えていった。中には二重真理説と呼ばれる「どっちも正しいじゃん」的なのも生まれた。<br><br>トマスアクィナスはその二重真理説に納得しなかった。彼は神学と哲学の調和でなく、神学を哲学の上に置こうとした。理性が、自然現象には結果と原因があると言うなら、最も原初の原因は何か、とアクィナスは問いた。原因と結果を超越した神を想定し、理性により理性を超えた存在を導いた。<br><br>理性の範囲外にある真理については神学でしか答えられない。それは神の啓示でしか知ることができない、と、神学と哲学を別のレベルのものとして扱った。<br><br><br>⑤ニーチェ  超人思想<br><br>ルターによる宗教改革、内部分裂、キリスト教はカトリック(保守派)とプロテスタント(ルターの改革派)に分かれる。そんな最中にニーチェが神の死を告げる。ニーチェにとって神とは、弱者のルサンチマンが作り出したもの、弱者の負の感情が生み出し、その神への信仰は人間本来の生を押し殺している、と言った。<br><br>西洋における善さとは強く力があること、その価値観をニーチェは騎士的、貴族的価値観と名付ける。そして、それがある時から、神の名のもとに苦しみを耐える我々は高貴である、と、現実の敵を倒すのでは無く、精神的な価値観を創造、捏造し、その価値観の中で敵に勝利するという歪んだ復讐を始めた。<br><br>そのユダヤ民族の考え方をニーチェは僧侶的、道徳的価値観と名付け、キリストへ受け継がれ彼が無抵抗に十字架に磔にされ槍で刺された時、価値は逆転する。弱者が善とされ、強者は悪とされる。そしてそのユダヤ教から始まりキリスト教に受け継がれた僧侶、道徳的価値観は全世界を覆った。信仰や道徳は弱者を救済する、ルサンチマンを正当化する言い訳のシステムだと彼は主張した。
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<link>https://ameblo.jp/dannygo0806/entry-11500761862.html</link>
<pubDate>Fri, 29 Mar 2013 21:53:40 +0900</pubDate>
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<title>よもやま</title>
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<![CDATA[ <br><br>ここの文章が印刷できたらいいのにと本当に思う。どうにかそういうことが出来ないだろうかと考えてみよう。プリントアウトする方法が何処かにないだろうか？<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/dannygo0806/entry-11500018946.html</link>
<pubDate>Thu, 28 Mar 2013 21:01:27 +0900</pubDate>
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<title>国家論まとめ、労働の意味</title>
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<![CDATA[ <br><br><br>消費経済は「成長を続けなければならない」という宿命を背負っている。新しいものを作らないという選択は、その企業に携わる下請け孫請け町工場など全てに影響する。それはある意味で、本来必要のない製品とも言える。<br><br>資本主義のおかげで我々は、もう十分なほど豊かになったのではないか？  システムを維持するための労働がそこにある、ある意味で主従関係は逆転しているし、金銭の必要のない娯楽も増えた。<br><br>ニート、低所得アルバイト、そういった若者たちは労働と消費の快楽に重要性を持たない、労働の価値を見失った新しい歴史的な問題の渦中にいる、現代の必然的な人種である。<br><br>国家はその労働に対して何もしないという立場を表明している。アダムスミスの自由主義に新をつけた、新自由主義という立場。<br><br>自由主義ののちに世界恐慌が起こり、各国は市場をコントロールする方向に傾いた。それによって公共事業が破綻し、国が借金をしまくるとかいうことも増えた。そこから、新自由主義が始まる。<br><br>構造改革の規制緩和、それは民間を制限する法律を撤廃し、自由な商売の為の法律に変えるということ。それはアダムスミスの見えざる手を信じていると言える。<br><br>また、小さな政府、それによる郵政民営化などは、かつて行政サービスとして行ってきた公共事業を民間の自由にやらせること。だから、国家は何もしないのだ、何もせず、自由に競争をさせる。それにより勝ち組負け組は出てきて当然で、痛みを伴う構造改革の痛みとしての弱者階級が生まれて当たり前である。<br><br>現代の最先端、現代の病理、現代の象徴とは、ニート、ワープア、負け組、低所得アルバイト、過剰労働の鬱病患者であり、前代の国家主義によって排出された膿としての彼らこそが同時に、新しい価値でもある。<br>
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<pubDate>Thu, 28 Mar 2013 12:31:41 +0900</pubDate>
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<title>哲学者たちの逸話①</title>
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<![CDATA[ ホッブズ<br><br>彼は早産で生まれた。彼の住むイギリスに向かいスペイン軍が突如侵攻してきた。ホッブズの母はその恐怖のあまり産気づき、危険な未熟児のままで生まれる。<br><br>恐怖の落とし子、と呼ばれた彼。しかし彼自身は、僕は戦争の恐怖が生み出した子供なのさ、と語っていた。<br><br><br>ルソー<br><br>もともと芸術家志望、愛人との間に五人も子供をつくったり、婦女子の前で尻を出して捕まったりしていた。<br><br>40歳近くになるまでうだつの上がらない日々を過ごし、ふと論文の公募に文章を送る。文明や科学の発達が人間にどう影響したか、という論文に1人だけ超悲観的な事を書いたら、これが受賞し一躍、時の人に。泣かせる文が上手かったらしい。<br>エミールという教育本を書き、その本のおかげで彼は教育学の祖とさえ呼ばれている。愛人との子供を5人、捨てているわけだけど。情緒的演出の文章。エミール少年の物語として書かれる文章はわかりやすく読みやすいものだった。<br><br><br>アウグスティヌスによる問答<br><br>神はどうして悪を作ったのか？<br><br>マニ教においては善の神と悪の神がいるのでそれで良しなのだが、唯一神が悪を作ったことになると、諸悪の根元は唯一神であるということになりかねない。アウグスティヌスはそこでこう答える。<br><br>人間には悪が存在するように見えるが、それはただの善の不在である。闇が光の不在で闇として存在できぬように、悪も確固たる存在とはなりえない。であるから、神は、悪と呼ばれるものを作ってはいない、ただ、神は人間を愛するあまり自由意志を与えた、であるから人間は悪をなしてしまう、これが、人間が生まれながら背負っている原罪である、と。<br><br>この、人間には不完全な善しか見えぬ、だから悪があるように見える、はプラトンが元ネタ、光の不在と闇の存在の不可能性はヘラクレイトスが述べたこと、アウグスティヌスは教義の問題点を見つめる客観性とそれの言い訳を作る知性があった。<br><br><br><br>ニーチェ<br><br>末人ー終末の時代に生きる全ての価値観が崩壊した世界に生きる者たちについてニーチェが予言した。ただ健康と良き眠りを求めて、穏便に世界が終わることを願う人々。<br><br>それを乗り越えるためにニーチェは超人の思想にたどり着いたのだった。
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<link>https://ameblo.jp/dannygo0806/entry-11498763111.html</link>
<pubDate>Tue, 26 Mar 2013 22:58:49 +0900</pubDate>
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<title>国家論、の、哲学史</title>
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<![CDATA[ <br>国家論<br><br>①プラトンーーイデア論、アカデメイア、衆愚政治の中の哲人王思想<br><br><br>イデア界にある厳密で完璧な線、究極で理想の三角形、そのイデアという存在、あらゆる概念の究極の形。<br><br>プラトンにとって王は、イデアを知ることのできる哲学者でなければならず、もしくは王は哲学を学ばなければならないと言った。これを哲人王思想と呼ぶ。<br><br>プラトンは、ソクラテスの死刑により、古代ギリシャ民主主義の政治体制を超えるものを作らなければならないと哲人王思想に行きついた。衆愚政治の起きていた古代ギリシャ民主主義の中でソクラテスは殺された。<br><br>アカデメイアは、哲人王を作る為の教育機関として設立される。共産主義体制に似た国家運営方法の中で哲人王も贅沢な暮らしをせず、彼らは理想を追い求める求道者として哲人王を目指していた。要はエリート政治<br><br><br>②アリストテレス、論理学、イデアの否定と観察、分類される国家とその腐敗と革命の連鎖<br><br><br>アカデメイアの元生徒、イデアの有無の真実とそれの確かめ方、そもそもなんの役に立つの？ とか言い出した。<br><br>馬のイデアを仲介して馬だ、と思うのではなくて、馬固有の特徴を観察、整理して我々は馬だというわけで「無意味に物事を二倍に増やしただけ」というアリストテレスは特徴を只々観察した。<br><br>その観察は天文、気象、動物、植物、地球あらゆるものに向かい、体系だて分類し整理した。万学の祖としての観察。イルカを哺乳類と言ったのもアリストテレスが最初。<br><br><br>イデアを否定したアリストテレスは政治体制をまずは君主制、貴族制、民主制と分類しその腐敗後、最悪のケースをも想定した。君主は独裁、貴族は寡頭、民主は衆愚、と。<br>そしてアリストテレスは、その腐敗後には必ず、革命が起こり、制度が変わり、腐敗が起こり英雄が生まれるを繰り返すと政治体制そのものを分類学し俯瞰した。<br><br>プラトンは天を指す、アリストテレスは地上に手をかざすラファエロの絵はそういうこと<br><br><br>③ホッブズ 社会契約説 人間は他者にとって狼に過ぎない 権力の必要性。他人を殺す自由。<br><br><br>どうしてプラトンもアリストテレスも「支配者」を前提とするのか？という前提に眼差しを向ける。どうして国家は支配者がいる形式で成立するのか？<br><br>ホッブズは、自然状態での闘争を仮定し、それに終止符を打つために「架空の支配者」を作り国家の仕組みを形成させたと考える。彼にとっての国家とは、自己中が互いに殺しあわないように、自己保存のために作ったもの。<br><br>当時の国家とは、神、もしくは代理人の教皇が誰かしらを王と承認し統治の権限を与えることで成立するものだった。王は神に由来するものという幻想、常識があった。<br><br>しかし、16世紀頃、カトリックとプロテスタントによる利権争いの80年戦争、30年戦争などの宗教戦争があり、その神ー王に対する懐疑がたまっていた。<br><br>絶対的な強者＝王（国家）を想定することで民衆は「他人を殺す自由」を放棄し、その放棄により安全を得る。<br><br>リヴァイアサンとは聖書における怪物であり恐怖の象徴。彼が書いた国家論は過去に神の名で行われてきたことに合理的な説明を与えた。なぜそれでも戦争がなされ殺人が起こるのか、それは「真のリヴァイアサン」がまだいないだけである。<br><br><br>④ルソー 人民主権<br><br>18世紀フランス、2%の特権階級が、貧困に喘ぐ98%の民衆から税金を徴収し悠々自適な生活をしていた。それにおいて、王に従わぬものを平和を乱す者として死刑するのは健全だろうか？<br><br>ルソーはホッブズの想定した自然状態を否定する。人間は平和だ。知恵を持った少数が搾取のシステムを覚えてしまったのが駄目だ、と。<br><br>ルソーの考え方からすれば、民衆は国家なしでも生きていけるが、国家は民衆なしでは生きていけないものとなる、税金が無ければ国家はないが、自然状態を平和とするルソーにおいて国家は不要となる。これにおいて、真の権力者は民衆と宣言する。<br><br>読まれまくったルソーの社会契約論。民衆たちはフランス革命を起こす。贅沢三昧のマリーアントワネットとルイ16世を捕まえギロチンで公開死刑。民衆による革命。国家は公共の利益が第一の、民衆のための機関であるという信念により結んだ革命。<br><br>しかし、全ての男子の選挙権を与えるという民主的な改革はあったのだが、実権を持つ人間たちは派閥争いを始め、内乱、他国の侵略でボロボロになる。そこでナポレオンが現れ革命を起こし、国家はまとまると共にナポレオンを皇帝とした政治体制が繰り返される。<br><br><br>⑤アダムスミス  見えざる手と国富論、市場原理主義<br><br>特権階級の贅沢が終わりルソーの人民主権後、国家の経済に目が向けられる。その経済学の父、イギリス哲学者アダムスミス。<br><br>金銭に対する利己的な欲望が経済の原動力だ、と経済そのものを捉えた。西洋のキリスト教圏において利己心は基本は悪であった時代で、金持ちは天国に行けず、東洋においても士農工商（孔子の儒教から）と商い蔑視が存在していた。個人の商が富を持つと権力を脅かしかねない。金持ちの商が増えるとみんなそれを目指し、農を誰もやらなくなる。とかそんな理由で。<br><br>アダムスミスは金儲けが全体の幸せに繋がると主張した。個人が利己的に利益を追求しても必ず見えざる手に導かれ社会全体の利益につながる。競争の原理の中で収まるところに収まるよ、と言う。<br><br>18世紀初頭の産業革命の始まりと同じ時期のこの主張は広く受け入れられ、現在の資本主義経済の形に繋がる。<br><br><br><br>⑥  マルクス  共産主義<br><br><br>アダムスミスの資本主義経済原理とそれによって豊かになった社会に対しマルクスは、それは皆を不幸にし、必ず破綻する、と結論した。資本家が労働者を搾取する不公平なシステム、が批判の要点。つまり、労働者が働いて生み出した富は誰のものか？ということ。<br><br>資本家同士の競争で労働者が割を食う、価格競争から利潤が減った分は労働者の賃金から奪う。資本家同士の競争はアダムスミスの見えざる手の明確な批判である。<br><br>それは市場に響き、それがまた企業の利潤を低下させるという悪循環。その中で弱者階級が最初に割を食う。資本主義はブルジョアジーとプロレタリアートという新しい身分社会を作り出した。いずれ労働者革命が起きるだろうと資本主義の終焉を予言。<br><br>資本主義終焉後のかくあるべき国家として提案したのが共産主義。とにかく、財産の共有。国家が私的財産を奪い管理し分配する事で平等が起こる。レーニンもスターリンもソ連で失敗している。<br><br>失敗の原因として、平等は無くやはり官僚の貴族政治だった。特権階級は無くならず平等社会も作れず、秘密警察による恐怖政治。さらに、頑張っても頑張らなくても一緒なら頑張りませんよという事になったので経済状況はどんどん悪くなった。<br><br>資本主義は適者生存の最適化（潰れたベンチャーは適者生存出来なかったということ）が行われるが、共産主義は必要性では無く、設ける為に便利さを追求したりもしないため、ダラダラとした経営が続いた。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/dannygo0806/entry-11498620315.html</link>
<pubDate>Tue, 26 Mar 2013 19:17:33 +0900</pubDate>
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<title>今年の学習目標</title>
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<![CDATA[ 西洋哲学史、東洋哲学史、演劇史、文学史、宗教史、世界史、日本史、現代アーティスト、アウシュビッツ<br><br>取りこぼしているのは、美術史、記号論、建築史、その他に見つかれば。<br><br>それとは別に本を読む。ソシュールとロランバルトを何処かでまとめて読みたい所存。<br><br><br>予定を立てる。<br><br>4/1～5/20  <br>西洋哲学史／同時に世界史<br><br>5/21～7/8  <br>東洋哲学史／同時に日本史<br><br>7/9～8/27  <br>宗教史／同時に仏教とキリスト教の訳わからんごちゃごちゃしたとこ。<br><br>8/28～10/16  <br>演劇史／余裕があればアウシュビッツも同時にやるべき？<br><br>10/17～12/6<br>文学史、とりあえず日本、ロシア、ドイツ、フランスあたりの～主義をさらっておこうという試み。<br><br>12/7～12/31  <br>おさらいor現代アーティストの目次くらい作ってみようか？
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<link>https://ameblo.jp/dannygo0806/entry-11498584865.html</link>
<pubDate>Tue, 26 Mar 2013 18:45:02 +0900</pubDate>
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<title>雑記,2</title>
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<![CDATA[ <br><br>積極的な節約、積極的な禁煙、積極的な貯金ではなく、ただ単に、金を使わないタバコ吸わない金をおろさない、というそういうやり方をする。<br><br>収入を増やすのではなく支出を抑えるのが貯金である。これだけ貯める、ではなくこれで生活してみる。そういう方法。
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<pubDate>Sun, 24 Mar 2013 22:11:23 +0900</pubDate>
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<title>真理についての西洋哲学。</title>
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<![CDATA[ <br><br>  記憶はアウトプットしないといかん。<br><br>プロタゴラス  相対主義<br>ソクラテス  絶対主義<br><br>デカルト  公理ー方法としてのコギト方法的懐疑<br><br>ヒューム  懐疑論～つまりイギリス経験論  経験のための暫定的な個体＝私  複合概念の中で絶対的な因果の否定<br><br>カント  経験論の固有種ごとの形式、種ごとの真理、モノ自体への永久接近<br><br><br>ヘーゲル  弁証法、アウフヘーベンの進歩への夢<br><br>キルケゴール  実存主義の私が生きるための真理<br><br>サルトル  アンガージュマン・自由の刑の中の歴史、参加、共産主義<br><br>レヴィストロース  構造主義の眼差しが見た西洋以外のゴールへの歴史<br><br>デューイ  プラグマティズムー実用主義ー本質から効果へ。<br><br>デリダ  音声中心主義から読むことへ<br><br>レヴィナス  他者、それは殺意と可能性とを兼ね備えた不愉快な外部<br><br><br>  人それぞれ、というのがまあそりゃそうだという訳なのだが、プロタゴラスが真理は相対的なもんだと2500年前に既に言葉にしているわけで、おくれてる、とかいうレベルでは無く遅れてるよね。歴史的に過ぎてるんだよそこに着地するのは。そこを飛び立って思考している時代が、もう2500年間続いてる。<br><br><br>  ソクラテスの質問は相対主義的な詭弁に対する策だった。それにおいて有効であり、ある意味でそれはただの攻撃でしかない。彼は謙虚さを誇っていたのではなく、知らないことで、知りたい、という欲望を持つこと、これが無知の知である。相対と絶対の、二つの立場。<br><br><br>真理への道①  絶対の為の公理=コギト<br><br>  中世、キリストの支配を経て、ルネッサンスや宗教革命のち近代へ向かう17世紀に、数学者であるがゆえ哲学に定理や公理を使えないだろうかと考えたデカルトがいた。デカルトにおけるコギトエルゴスムとは、公理となる第一原理を設定する為のあらゆる物への懐疑であった。数式における公理と対をなす真理の為の懐疑。悪意のある悪霊や、夢における論理などを設定して徹底的にやった上で現れた唯一の公理たる心理が「疑ってる俺は、確実に在るってことでいんじゃね？」である。そして、デカルトは、俺は居るし、ていうことは認識してるし、認識してるから存在してるし、つまるところ俺を作ったの神だし、だから正しいし、とか言い出すすごい奴。公理は作ったけど、その公理から方程式は作れなかった。<br><br><br>真理への道②  個体は経験の母体である。ヒューム、経験論<br><br>  デカルト批判から生まれたイギリス経験論、それを完成させたヒューム。デカルトの「我」にたいして、私なんてものは知覚の集まりであって、その知覚＝経験の継続による擬似的な感覚であると言った。<br>  ヒュームは唯一、神に対しても懐疑した。神という完全は経験に由来しない唯一のものだというザラな経験主義とは違い、神を「複合概念」とよぶーー過去の経験の組み合わせからできた、現実には存在しない概念。<br>科学にもこの懐疑を向ける。「火は熱い」は経験であるが、火そのものと、熱さそのものに因果関係がつけられないのである。ヒュームの恐ろしさは、科学における因果律まで懐疑し尽くしたところである。<br><br>  補足、このヒュームによって完成される経験論、自我、神、科学への懐疑による西洋哲学経験論は仏陀が既に、その2500年前に通過していたりする。<br><br><br>真理への道③  「経験」の「形式」カント、モノ自体と差異<br><br><br>カント、ヒュームの経験論に対し、経験はある「共通の形式」の中で行われると言う。時間的、空間的。経験の形式の範囲内において、「人間という種」にとっての真理は見つけられる。我々には、同じ形式が備わっている、或いは、経験は同じ形式で行われる。よって、生物によって、形式というものは違ってしかるべきである、経験における形式。<br><br>  カントにおける「人間はモノ自体には到達できない」とは、生物固有の形式によって経験される前の「本当の世界」には到達できない、ということ。モノ自体への永久接近。<br><br>真理とは人間によって規定されるもの。真理があり、あらゆる生物に向かうのではなく、あらゆる生物にとっての現実、そして真理がある。カントの登場により哲学者は普遍的真理を追い求め、人知を超えた真理を求める立場から、人間にとっての真理、人類という形式の中で成立するものへ転機した。<br><br><br>真理への道④  ゴールまでの方法。ヘーゲル、弁証法、アウフヘーベン。<br><br><br>ヘーゲルによる弁証法の導入。アウフヘーベンによって真理へ向かえるという方法の発見。ちなみにヘーゲルが大学生の時にフランス革命が起きている、王政国家きら民主国家への転換期。<br><br><br>真理への道⑤  弁証法をアウフヘーベンする。キルケゴール、私にとっての真理<br><br>人間個人にヘーゲルは焦点を合わせられていない、遠い未来にくるであろう真理は人間味のないものだと否定したキルケゴール。<br>「私にとって真理だと思える真理、私がその為に生き、そとために死ねるような真理」のために。<br><br><br>真理へ⑥  当事者になろう！サルトル、自由の刑と、歴史の大部隊<br><br><br>サンジェルマン通りという洒落乙な通りに通い詰め、奇抜な服装や髪型をした今時の若者と哲学をする。彼は、究極の真理のための進展を我々の手で行おう、と言った。<br><br>サルトルの自由の刑とは、正しさを設定されないまま、好きにしろ、と言われている我々の不安定な状態というもの。何の選択も残念ながら自由である、あらゆる価値観の選択が自由である、その選択を自由に選んだのは、他ならぬあなたである。<br>サルトルの時代においての共産主義への熱は、資本主義社会が主流となった当時に、ヘーゲルの弁証法の永劫成長がしかしいつかは否定される事もある、つまり資本主義も否定されうる、その中でサルトルの「歴史への参加／人類の理想の社会、真理に向かって進展させる歴史という大舞台」に立つこと、反社会的な運動は、つまり歴史の当事者として歴史に参加する方法だった。<br><br>真理へ⑦  未開のフォルム、或いは歴史。レヴィストロース、未開の構造<br><br><br>レヴィストロースは西洋文明の外側に居る「未開人」の彼らが「西洋とは別の歴史」を生きる事を発見する。社会システム、構造を見つけるのである。<br><br>近代の西洋哲学における歴史は唯一の究極の真理に向かうが、レヴィストロースはその単一性を否定する。それにより、サルトルの哲学は影響力を無くしてゆく。<br><br><br>真理へ⑧  本質から効果へ。デューイ、プラグマティズム<br><br>近代哲学は、信仰によって真理を目指す中世哲学を否定する。そして現代哲学は、理性によって真理を目指す近代哲学を否定した。<br><br>プラグマティズムという実用主義とは、真理の追求を二の次とし、まずはその実用性を探す。本質へ向かう矢印が効果へ向かい反転する。<br>  デューイの道具主義。有効性があれば、それは真理と呼びうる。<br><br><br>真理へ⑨デリダによる脱構築<br><br>デリダのポスト構造主義、西洋批判と真理批判 <br>音声中心主義として西洋哲学を批判。ざっくりいうと、話し手中心主義。意図と解釈の間にある発話と聴くこと。そこにおける意図を知る為のゲームの中で、例えば発話者が死者であった場合、我々に意図＝真理を手に入れる事が出来るのか？  という問題提起。絶対的真理への欲望の否定。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/dannygo0806/entry-11497007857.html</link>
<pubDate>Sat, 23 Mar 2013 21:20:05 +0900</pubDate>
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<title>雑記.1</title>
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<![CDATA[ 読書メーターその他において登場人物云々と書かれているものを読んだりすると、それが大ヒット作品しか読まない善良な読者が書いている分には良いのだけれど演劇関係の人間がそういう言葉を使うあたりのプライドのなさと言えば良いのか文芸批評のまともなものを二、三冊読めばいかにテクストに対するその態度がこっぱずかしいものかわかりそうなものじゃないかと思うのだけれどTwitterで書くと色々と面倒くさい事になるので雑感雑記を書くためにブログを始めて、自分の中ではTwitterと連動させているのだけれどそれをネット上でつなぐ事は無く、伊集院光は誰にも公開しないmixiをやっていたくらいだしだから俺もそうしようと思った、と言いたいところなのだが実は単純にTwitterのパスワードを忘れているから連動させようにもさせられないのだ。<br><br><br><br>承認欲求という言葉が大流行している事に苛立って仕方が無いのはその言葉だけで短絡的に何かをわかってしまうという、そこで止まってしまう事を良しとする態度はつまるところ私は何にも考えません実は何にも考えてませんという態度ではないか。<br><br><br><br>楽器は、基本的に反復練習をまずやらなければどうしたって上手くはならないし、上手くなりたいという熱意さえあれば反復練習はできるものだから、やりたいけど出来ないというのは間違ってる。正しくは、やりたいけど、やらない、だ。
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<link>https://ameblo.jp/dannygo0806/entry-11496096846.html</link>
<pubDate>Fri, 22 Mar 2013 23:47:36 +0900</pubDate>
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