<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rdf:RDF
 xmlns="http://purl.org/rss/1.0/"
 xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#"
 xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
 xmlns:trackback="http://madskills.com/public/xml/rss/module/trackback/" xml:lang="ja">
<channel rdf:about="https://rssblog.ameba.jp/daramako/rss.html">
<title>本光寺住職のダラブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/daramako/</link>
<description>これからのお寺は変わらなければ。「人間ダラといわれて一人前」を掲げる住職の、御門徒さんとのふれあいブログ、略して「ダラブロ」</description>
<dc:language>ja-jp</dc:language>
<items>
<rdf:Seq>
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/daramako/entry-11911651423.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/daramako/entry-11872630573.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/daramako/entry-11791487921.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/daramako/entry-11742829147.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/daramako/entry-11593614008.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/daramako/entry-11490753085.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/daramako/entry-11443825063.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/daramako/entry-11165454972.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/daramako/entry-10783155163.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/daramako/entry-10764120148.html" />
</rdf:Seq>
</items>
</channel>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/daramako/entry-11911651423.html">
<title>まさかの敗戦</title>
<link>https://ameblo.jp/daramako/entry-11911651423.html</link>
<description>
この夏の高校野球石川大会決勝戦で、小松大谷は前代未聞の土壇場での逆転負けで、目前にあった甲子園の切符を逃してしまいました。ところが、この試合結果がテレビなどで報道されるや否や、地元は言うに及ばず、相手が有名な松井秀喜や本田圭佑の母校ということもあって、直ちに全国に、世界中に知れわたり大変な話題になりました。私にも会う人が皆それぞれ、まさかの敗戦にその無念の思いを話し掛けて下さいました。その中で特に印象に残っている言葉に、本光寺責任役員の田中稔氏が「この試合は、正に人生そのものといえるね。改めて学
</description>
<dc:date>2014-08-21T10:00:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/daramako/entry-11872630573.html">
<title>今年は当たり年</title>
<link>https://ameblo.jp/daramako/entry-11872630573.html</link>
<description>
５月１９日小松市内で私は不慮の事故に遭いました。その相手の車は斜め後から私の車に追突した後、当て逃げして、猛スピードで姿を消してしまいました。直ぐ私は警察に通報しました所、その車を事故直後に追跡した人があり捕まえた、との連絡が今あったばかりと言われびっくりしました。その後、その追跡した本人から直接私に電話があり、(これがなんと去年から寺同士の交流が始まった勝光寺の僧侶のS君でした) 彼に「有難う。よく捕まえられたね」と訊ねると「私はただクラクションを鳴らしながら追いかけていただけで、実はもう一台
</description>
<dc:date>2014-06-06T06:00:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/daramako/entry-11791487921.html">
<title>たかが小豆汁なれど…</title>
<link>https://ameblo.jp/daramako/entry-11791487921.html</link>
<description>
　真宗寺院の報恩講のお斎(とき)には、決まって小豆が入った汁物やお粥や煮物などをご膳に付ける風習があります。これは親鸞聖人が越後に流罪になった頃から、野を耕し、手軽に作り、食することができる小豆を特に好んだという伝説から、何処の地方の寺でも報恩講に小豆を用いた料理を出すことが定番となっているようです。ところが、私の寺でも報恩講には小豆汁を振舞っているのですが、何故か多量の砂糖を使って味付けしているために、当然のことながら非常に甘いのです。私はこのことにふと疑問が湧き、いつ頃からこのような甘い汁を
</description>
<dc:date>2014-03-09T09:00:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/daramako/entry-11742829147.html">
<title>メッセージカード</title>
<link>https://ameblo.jp/daramako/entry-11742829147.html</link>
<description>
　４５年前、私が高校を卒業した頃に私の恩師が私に贈ってくれた言葉「マコよ、ダラになれ、このダラとは謙虚という意味だ」と。まことに変な先生がいたものですが、恐らくこの時の先生の気持は、やがて僧侶となれば門徒の前ではいつでも上座に座るような立場になる私に対して、不遜な態度をとらない謙虚な人物になって欲しいとの願いをこのダラという言葉で表そうとされたのではなかったのかと思います。更に私が３０歳を過ぎた頃、大阪難波別院で声明や儀式作法の指導を受けていた師匠からも、「私たち僧侶には思い違いをしてはいけない
</description>
<dc:date>2014-01-05T11:00:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/daramako/entry-11593614008.html">
<title>二つの謎</title>
<link>https://ameblo.jp/daramako/entry-11593614008.html</link>
<description>
どの古寺にも建物や什物にはそれぞれ長い間代々語り継がれてきた由緒があるものですが、それらは謎めいたものが多いようです。ここ本光寺にも幾つか伝わる謎のうち、二つをご紹介しましょう。まず、本光寺の鐘楼は寛永八年(1631)に加賀八幡から清水町に移ってから建てられたものですが、文化三年(1805)に本折町に本堂を移築することになり、この鐘楼も解体して移すことになりました。この建物には釘が一本も使わず組み立てられ、最後に楔(くさび)一本を打ち込んで仕上げられました。ところが、この楔の位置が分からず、結局
</description>
<dc:date>2013-08-16T12:04:40+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/daramako/entry-11490753085.html">
<title>「独裁者」の演説</title>
<link>https://ameblo.jp/daramako/entry-11490753085.html</link>
<description>
先日、テレビでヒトラーを痛烈に批判したチャップリンの「独裁者」(１９４０)の映画を、学生時代に京都の映画館で見て以来４０数年振りに見ました。特にこの映画のクライマックスの有名な演説シーンには、改めて感動を覚えました。その時、この演説の内容を書き留めましたので、今回全文をこの小欄で載せることにしました。支配も征服も嫌だ　むしろ皆を助けたい　ユダヤ人も黒人も白人も　人類は助け合いを望んでいる　支え合って幸福に生きたい　憎しみ合いは嫌だ　地球には皆の場所があり 大地は恵みに満ちている　自由に生きられる
</description>
<dc:date>2013-03-15T09:00:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/daramako/entry-11443825063.html">
<title>仏壇のない家に犯罪者が出る…？</title>
<link>https://ameblo.jp/daramako/entry-11443825063.html</link>
<description>
　私は、この頃、通夜・葬儀などに出ていますと、ちょっと気になることがあります。それは参詣者の多くが合掌するタイミングが分からないのか、一々司会者の指示に従って皆が同時に合掌したり、解いたりしています。四・五十年前迄は葬儀に司会者はいませんでしたから、人は適宜に、或いはおリンの音を合図に合掌していたと思います。何故このような些細なことに多くの人たちが不慣れになってきたのか、と考えてみると、矢張り日頃の家庭での生活習慣に起因しているのではないかと思います。核家族化が進むにつれ、三世代の家庭が減り、そ
</description>
<dc:date>2013-01-07T08:00:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/daramako/entry-11165454972.html">
<title>一枚の白いハンカチ</title>
<link>https://ameblo.jp/daramako/entry-11165454972.html</link>
<description>
一枚の白いハンカチ住職は２４時間勤務です。私は寺に居ることが仕事であり、それが日常生活だと思っています。ですから、私は外泊をすることが滅多にありません。毎日宿直をしているようなものです。殊にこの寺は深夜から早朝にかけてよく電話が掛かります。昨年は５３本の電話がありましたが、それらは大概ご門徒の訃報なので、まず取り敢えず、電話で葬儀の日取りを決めて、枕勤めにその自宅に出向きます。そして、その家に着くと、ご家族にお悔みを述べてお内仏を整えてお経を一巻上げます。誰もが身内に不幸が起きると、呆然として身
</description>
<dc:date>2012-02-15T10:00:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/daramako/entry-10783155163.html">
<title>北国新聞夕刊「舞台」に掲載されました</title>
<link>https://ameblo.jp/daramako/entry-10783155163.html</link>
<description>
 １月２６日北国新聞夕刊「舞台」に、先日のブログ記事が掲載されました。不思議な生徒↓http://ameblo.jp/daramako/entry-10764120148.html 
</description>
<dc:date>2011-01-27T09:00:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/daramako/entry-10764120148.html">
<title>不思議な生徒</title>
<link>https://ameblo.jp/daramako/entry-10764120148.html</link>
<description>
不思議な生徒私は小松大谷高校へ行くと、よく校庭や校舎内をふらふら歩き廻り、部活動を覗いたり、教室を覗いたりするのですが、時折目立たない所で不思議な生徒に出会うことがあります。一つ紹介しましょう。それはいつのことだったか、校舎の長い廊下を歩いていると、向こうの方で一人の男子生徒がかがんで何か物を拾い、それを上着のポケットに入れる様子が目に止まりました。そこで、私はその生徒に近づいて話し掛けました。「それ、落し物？」とポケットに指差して聞くと「いえ」と小さな声で伏目がちに下を向いています。「よかった
</description>
<dc:date>2011-01-10T16:00:00+09:00</dc:date>
</item>
</rdf:RDF>
