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<title>空　空　不</title>
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<description>訪問の理学療法士をやっています。コメディカルが地域で活動する訪問看護ステーションのあり方を日々考えています。その中で日々思った事や、臨床での事などを書き込んでいきたいと思います。</description>
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<title>ＳＯＭＥＴＨＩＮＧ</title>
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<![CDATA[ <p>今回はいつもと違って自分の趣味の話をします。<br><br>私が書いてきた話の中で、一番読まなくてもいいと思う内容であり、一番読んでほしい内容でもあります。<br><br>私はかれこれ２０数年、バンドで歌っています。<br>そんなにガッツリとじゃなくて、のらりくらりと気がつけば早２０数年です。</p><p>&nbsp;</p><p>いい年して何やってんの？？と思われるかもしれませんが、、、<br><br><br>私のように４０過ぎてまでバンドをやっている人の多くは、人と音を合わせたり、好きな音楽への敬意をはらったりと、心底音楽を楽しんでいる方が多いというのが、私の印象です。<br><br>だから若い時のように、自分を誇示したい気持ちを強くやっている人は少ないように思えます。<br><br>それよりも、ライブを見に来てくれたお客さんに楽しんでもらいたい、来てよかったと思われたい、そういったニュアンスでライブをしている人が多いです。<br><br>私も出会ったバンド友達が良くて、いつしかそういうニュアンスが強くなりました。<br><br>今は自分が歌う事で、来てくれた人に少しでも喜んでもらいたい、元気になってもらいたい、と思ってライブをやっています。</p><p><br><br>実は、そうなる前はライブ前には喉の調子に過敏になっていました。</p><p>&nbsp;</p><p>今思えば、人に何かを伝える前に、本当の意味で人前に自分をさらす勇気がなかったんでしょうね。</p><p><br>今では調子は気にするものの、大事なのは喉の調子ではない、いざとなりゃラインを変えたり、ファルセット使うわい！と考えています。<br><br><br>ROCKこそ演奏会じゃないんだから。</p><p><br><br>大事なものとは、、、<br><br><br>ここ数年、お茶の間で人気者になったダイアモンドユカイさんが、音楽には言葉では表せない何かがある、それを</p><p>&nbsp;</p><p>「SOMETHING」</p><p>&nbsp;</p><p>と表現しています。</p><p><br>そのSOMETHINGじゃないかなと思います。<br>&nbsp;</p><p>自分がＲＯＣＫにハマってから、SOMETHINGを感じたバンド、そしてヴォーカルはどれぐらいいた事か😌</p><p>&nbsp;</p><p>セバスチャンバック、アクセルローズ、マイケルモンロー、ジョーイラモーン、ジョンボンジョビ、フレディーマーキュリー、オジーオズボーン、ロバートプラント、スティーブンタイラー、デイビットカバーデールetc</p><p>&nbsp;</p><p>そしてダイアモンドユカイ、森重樹一、寺田恵子、Anchang、冠徹弥、高谷学、下山武徳etc</p><p>&nbsp;</p><p><br>ついついマニアックには話はそれましたが(^^;)</p><p>&nbsp;</p><p>とにかくこの辺の方々には、今でも日々エネルギーをもらっているように思えます。<br><br><br>そしてここが一番言いたいとこなんだけど、療法士の臨床にもその「SOMETHING」があると感じます。</p><p>&nbsp;</p><p>あるし、本当に一番なによりも大事かもしれない。</p><p><br><br>その「SOMETHING」には、根本に人に伝えたい気持ちがある</p><p>&nbsp;</p><p>それとここが大事なんだけど、それを伝えれる表現力がある。<br><br>その能力が必須だと思う。<br><br><br>それは異業種の方でも持っている人はいるし、同業種でも持っていない人はいると思う。</p><p>&nbsp;</p><p>ジャンルを問わず響く人にはそれを感じます。</p><p>&nbsp;</p><p><br>そこが本当は大事なんじゃのかな？？</p><p><br>臨床に立つ人としても。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>なんて偉そうなこと言ってますが、私がそれをできているわけではないです。<br><br>しかし、その道を進もうとはしています。<br><br>私は仕事で人としての経験を高め、音楽をやる事でその表現を通して、自分の位置や進歩を確認したりしてます。<br><br>そうやって趣味と仕事の相乗効果を楽しんで生きています。<br><br>たぶん芸術方面の趣味を持っている療法士の中には、そう感じる人がいるんじゃないかな？<br><br><br>自分がSOMETHINGを、単身でミスしまくりながらでもぶつけてきたライブはこれです。<br><br><a href="https://www.youtube.com/watch?v=C9o7gk7nSug&amp;t=70s">https://www.youtube.com/watch?v=C9o7gk7nSug&amp;t=70s</a></p><p><br><br>そしてバンドをやっている一番の魅力はグルーブ感。<br><br>安室ちゃんが尊敬するジャネットジャクソンがモトリークルーを見て、<br><br>「あのグルーブ感こそ、ロックバンドの魅力」<br><br>と言った話は、当時は有名な話で、今は誰も知らないような話(笑)<br><br>音を合わせる魅力は、チームアプローチの力と似ているような気がします。</p><p>&nbsp;</p><p>そのグルーブ感出せたライブはこれかな。<br><br><a href="https://www.youtube.com/watch?v=t1oQkvvKxbg">https://www.youtube.com/watch?v=t1oQkvvKxbg</a><br><br><br>いつまでやってもヘタッピーですが、バンドをしていく事が好きなんです！<br><br>自分の好きな事は好き！<br><br>そして趣味と仕事の相乗効果。<br><br>それは私にとっては、療法士としてもとても大事なカンフル剤なんです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/davigama/entry-12330570082.html</link>
<pubDate>Sat, 24 Feb 2018 21:46:39 +0900</pubDate>
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<title>カリスマ</title>
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<![CDATA[ <p>私は病院から地域に出て以来、多職種の方と接する機会が増えました。<br>そしてこの数年は特に、多職種との会に参加している事で格段にその機会も増えてきました。</p><p><br>その中で他の職種の方から、療法士の業界は全体的に変わっているねと言われることは、残念ながら決して少なくないです。<br>その内容の多くは、療法士は何かの方法に傾倒しやすい、周りもカリスマを仕立てたがる、といったものです。<br>&nbsp;</p><p>これは私の周りだけでなく、もしかしたら全国的にそういった声を聴いている療法士の方もいるのではないでしょうか？<br><br>私は別の業界で一度社会人を経験してからこの業界に入っており、その意見に対しては分かる部分はあり、実は私にとっても、理学療法士になりたての当初から感じていた違和感です。<br><br>しかし私も理学療法士のキャリアがはや１０年以上経ち、そうである理由も薄々わかってきているつもりです。<br><br>ここからは、私は理学療法士なので理学療法士、理学療法の事についてのみでその見解を述べます。<br><br>理学療法が対応できる範囲はとてもとても広いものだと思います。<br><br>それもそのはずで、医師は例えば循環器科や整形外科など診療科が分かれているのに対し、理学療法の分野は全てにおいて明確に分かれているわけではなく、理学療法で様々な分野の疾患に対応していく必要があります。<br><br>だから理学療法の各々の細かい分野に対しては、誰かが強力に引っ張る事が必要ですし、それに賛同し、その方を支える多くの同業の方も必要です。<br>まだまだ発展途上の業界と思いますし、広い範囲を網羅しないといけない職業ですから、一つの分野はこの人から学んでおけば大丈夫、と思えるほどのカリスマに是非いてほしいと私は思っています。<br><br>話は変わりますが、世に浸透しているリハビリという言葉。</p><p>この言葉はリハビリテーションの略語で、一般的には機能訓練の事を指していると思います。</p><p><br>リハビリテーションの言葉は、直訳すると再び適合するとの意味であり、その言葉の本当の意味は全人間的復権であります。</p><p>&nbsp;</p><p>ですので浸透しているリハビリとは、本来違った言葉の意味を持っています。<br>&nbsp;</p><p>その言葉の意味を考えると、リハビリテーションは、決してリハビリテーション専門職といわれる理学療法士、作業療法士、言語聴覚士だけで行うものではなく、対象となる方に関わる全ての多職種が協力してチームで行うものであると思います。</p><p><br>そしてリハビリテーションは、医学的、社会的、職業的、教育的リハビリテーションに分かれ、理学療法士は理学療法を医学的リハビリテーションの中で行う役割です。</p><p><br>それは病院で働く場合にその役割に特化した傾向が強く、私のような在宅での仕事をしている方は、他の役割もでてくるというのが現実なんではないでしょうか。<br><br>どちらにせよ私達理学療法士は、リハビリテーションをチームで行う場において、対象となる方からだけではなく、チームの周りからも理学療法での効果を期待されています。<br>なにかしらの効果もでないものは、医学的リハビリテーションに繋がる事はないでしょうし、理学療法行うことでの今後の見立ても、チームの一端を担うプロとして求められています。<br><br>そしてその場では、対象となる方の話に耳を傾け、多職種のスタッフの話に耳を傾け、チームで協力して担当する方のリハビリテーションをどうしていくかに取り組む姿勢が求められています。<br>&nbsp;</p><p>だから理学療法に取り組む姿勢と、リハビリテーションに取り組む姿勢には違いがありますし、区別が必要ではないでしょうか？<br><br>確かにリハビリテーションの分野を研究されておられる学者の方もおられ、当たり前ですがそれが悪い事は絶対ないですし、そこでの理論や方法論が決していけないと言っているわけではないです。</p><p>対象となる方のリハビリテーションは、理学療法のように、誰かの知識を参考にして行う事で成就することは決してないので、私たちが誤解しやすいことかもしれませんが、同じように求める事自体がおかしい事だと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>その区別がないまま、リハビリテーションを行うチームの中で発言する事があり、冒頭に述べた他の職種から違和感を持たれることがあるのではないでしょうか？</p><p><br>実際に私が聞いた話のほとんどは、そういった類のものでした。<br><br>もちろんそのチームの中でまとめ役やチームを引っ張る方は必要ですし、その役割になる事はあるかもしれませんが、それはその場で自然に形成されていく事であり、まずは私たちがしっかりとリハビリテーションをチームで行う心構えが必要だと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>今後の日本の医療、介護、福祉の動向は、地域包括ケアの概念を中心と据えて行っていくものであり、リハビリテーションが本来の言葉を取り戻したチーム作りが必要となるのではないかと思います。<br><br>そのなかで今後の理学療法士は、リハビリテーションと理学療法の区別をした心構えが必要と思います。</p><p><br>リハビリテーションに、カリスマを求める姿勢は必要ないのです。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/davigama/entry-12353118181.html</link>
<pubDate>Fri, 16 Feb 2018 12:16:47 +0900</pubDate>
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<title>自分の臨床を変えた本</title>
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<![CDATA[ <p>このブログを書き始めて思う事が、ついつい毎回長文になってしまいました。<br><br>それも自分の考え、経験をまとめたい、しっかりと今後の職場に伝えていきたい想いがあるからでした。<br><br>今回は至ってシンプルに書くつもりです。<br><br>私にも臨床を変えた本があります。<br><br>真っ先に頭に浮かぶのが、機能障害化学入門です。<br><br>この本に目を通した時、私が働き始めて臨床の中で振り返る基礎学問の知識が、多くまとめられている優れた本だと思いました。<br><br>多くの著名な先生方が執筆されている本で、高知医療学院時代にお世話になった森岡周先生も書かれております。<br><br>その中でも長崎大学教授の沖田実先生の筋膜について書かれている事は、私の臨床を大きく変えるインパクトがありました。<br><br>療法士は整形、中枢の分野を問わず、多かれ少なかれ筋を対象にアプローチをする機会が多いと思います。<br><br>しかし実際にその構造をしっかりと把握して臨床に取り組んでいる療法士は多くない印象を受けます。<br><br>単純に、自分の大事にしている物をメンテナンスに出すときに、その構造知らない人に任せますか？<br><br>自分の身体ならなおさらだと思います。<br><br>沖田先生のまとめてくれている内容は、きっと療法士の方々の臨床を、そっとサポートしてくれると思いますので、機会があれば是非ご覧になってください。<br><br><img src="https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/71GwucBRGdL.jpg"><br><br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/davigama/entry-12325110172.html</link>
<pubDate>Sat, 25 Nov 2017 21:36:18 +0900</pubDate>
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<title>考える療法士</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-size:1em;">前回は社会的リハビリテーションについて書きました。<br><br>これも当事者の方から学んだことですが、生活の中で元気になっている当事者は、医学的リハビリテーションだけでなく、社会資源を上手く活用して、社会的リハビリテーションを成している方が多い事という事です。<br><br>そして、医学的リハビリテーションと社会的リハビリテーションを相互作用させて元気になっている印象を受けます。<br><br>なので社会的リハビリテーションへの視野が必要でとても大事だと思っていますが、<br><br>本来、我々療法士は医学的リハビリテーションの役割を担っているとも思っています。<br><br>理学療法士は理学療法、作業療法士は作業療法、言語聴覚士は言語療法をするといった役割です。<br><br>そして一般的には療法士はそれを期待されており、一番の役割であり、ここが足りていない、欠けていると本末転倒です。<br><br>だから、療法士がリハビリテーションを考えるなら、まずは自分の役割をしっかりする事が、チームの視点、当事者からの視点から見ると先決だという事を、はっきりと述べていきたいと思います。<br><br>今回は医学的リハビリテーションとして、私の場合は理学療法を、どう取り組んできたのかを書いていき、今後の事業所の方向性を書きたいと思います。<br><br>まず、私は病院にいる時、生活期は環境や家族との関わり、活動と参加などがメインで、理学療法での改善はあまり期待できないのではないかと思っていました。<br><br>その中で、病院から地域へ出てきた時も、自分の理学療法で、どこまでできるかの勝負だと思っていました。<br><br>実際に地域リハを数年やってみて、理学療法は地域の場面で、とてもとても重要です。<br><br>その中で根本として大事だなと思う事があります。<br><br>それは解剖学、運動学、生理学をベースとして考える力です。<br><br>臨床を何年かやってきて、医学的リハビリテーションの中では必ずこの力が必要だと感じてます。<br><br>訴えのある事に対してこの３つの学問をベースに考えていけば、問題に対処していく我々にできる事の多くは、それでなんとかできると思うから、そしてそうでないと説明できないからです。<br><br>もちろん最新の知見や特別な技術を知っておかなければならない事もありますが、この力がなくては知見や技術におぼれるだけだと感じています。<br><br>実際、そういう方に出会う場面は幾度も経験しました。<br><br>話は変わりますが、私は高知にある高知医療学院を卒業しました。<br><br>ここで出会った先生方は、口をそろえて「考える療法士を育てたい」とおっしゃってました。<br><br>私は社会人を経験してからこの学校に入学しており、そこでは同じクラスに私と年の近い人がおり、社会では知識が武器になる事を知っている方と共に、学びながら過ごせました。<br><br>そして就職した病院では、特に生理学に強い先輩がいて、療法士として駆け出しの貴重な時期を、その方の知識の使い方を直に学びながら過ごせました。<br><br>今思うと、とても恵まれていた環境で、考える療法士の方々が周りにいて、育っていけたんだなと思います。<br><br>そして医療学院を卒業する時、1人の先生が「療法士の仕事は、教える事」という話を、生徒を送りだす話にして下さいました。<br><br>これが自分にとって、とても印象深く、働き始めても患者さんに自分のやっている内容は、例えばストレッチ一つをとっても、しっかりと説明できる事を意識していました。<br>これはこういう動作にこう効果をだすため、歩行にこう効果をだすためといった風にです。<br><br>この説明できるようになるために、特に意識していたのが、解剖学、運動学、生理学に落とし込んで考えぬく事です。<br><br>また療法士になりたての最初の３年は特に、国家試験で勉強した知識を忘れないうちに、自分のやっていることの説明に落とし込んで、経験した患者さんの症状の中で知識を脳に焼き付ける。そういう作業を繰り返していたように思えます。それでもだいぶ抜けましたが。<br><br>そうやって過ごしていくうちに、いつしか学生の実習のバイザーを何回か受け持つようになりました。<br><br>バイザーをやっている内に気が付いたのですが、専門用語が伝わる学生に説明ができなければ、当然患者さんには説明できるわけありません。<br>そうやって学生に教えながら、自分の説明のスキルを上げようと取り組んでいました。<br>そして学生にも、学校で勉強している知識が臨床で使われている事を知ってもらい、実習から帰った後も勉学のモチベーションになればという思いでした。<br><br>よくセミナーにも参加しましたが、実技より、その手技が知識をどう使って成り立っているかの方が興味がありました。<br><br>これは今でもそうです。<br><br>もちろん、学校で習った知識より、掘り下げなければならない場面もありました。</span><br><br><span style="font-size:1em;">そうやって何年か病院でやってきてある程度やれる自信と、怖さを感じながら地域に出ました。<br><br>しかし、それでも最初は通用しないことが多かったです。<br><br>例えば、急性腰痛の方に訪問し評価すると肋骨の位置は一定なのに、骨盤は一側に傾き、ASIS,PSIS,腸骨稜の触診から捻じれではない事を確認し、ＤＩＳＣ障害を疑い、マッケンジー体操で改善。歩けない状態から歩けるようになったと喜んでくれて、こちらも意気揚々と帰りました。<br><br>しかし次の週の訪問は拒否の連絡。<br>何故だか調べると、訪問した次の日にまた痛くなっていて、あれだけ喜んでくれた本人からは、触られたから痛くなったと言われ訪問拒否だったとの事。<br><br>なんてトホホなこともありました。<br><br>改善したとはいえ、髄核が出やすい方向ができていたわけですから、技術が足りておらず、　矯正力が足りていないのなら、他の方法を考えなければなりません。<br>それができていなかったので簡単に再発したのだと思いました。<br><br>今ではこういうケースでは座位姿勢、臥位姿勢を中心に、なるべく腰椎前弯となるような環境のアプローチと、痛みへの説明をし、対処法の提案、そして痛みと上手く付き合うという話を欠かしません。また皮膚へのアプローチを考えた方法もあります。<br><br>そうやって臨床で泣かされて、考えてを繰り返しましたが、結局、方向はより解剖学、運動学、生理学に深く落とし込んでいく事でした。<br><br>そこから在宅でのアプローチが見えてきたと思います。<br><br>例えば最近だと、強烈な円背で座位で顔が上げれない、いつも下しか向けない方を、普通に顔が上がって座れるようになり、普通に家族とコミュニケーションがとれ、日中もＴＶを見れたり、テーブルの上の水分や食事をとれたりできたケースが2事例あります。</span></p><p><span style="font-size: 1em;">まだまだアプローチとしては未熟ですし、まだまだ他の症状にも対応できるようにならなければならないですが、ひとまずその状態の評価に一定の方法論ができてきた手応えは持っています。</span></p><p><br><span style="font-size:1em;">また、我々が臨床で相手にする人はほとんどが素人です。<br><br>そしてリハビリテーションを考えたパートナの関係性を築いていくためには、その素人の方の身体に起きている事に対して、また今後どうしていけばどういった可能性が広がるのか、こちらからのできるだけわかりやすい説明が必要です。それが家族に対してでも同様です。<br><br>実際には、患者さんには説明を嫌がる方もいますが、望む人も多くいます。嫌がる人には言わなかったらいいですが、望む人にはできないといけません。<br><br>まず基礎学問から考える力を持ち、それを噛み砕いた説明ができる、それが在宅で医学的リハビリテーションを行う療法士の必須条件だと思います。</span></p><p><br><span style="font-size:1em;">そういった取り組みを行えば、様々な症状によっても、先ほどのような評価方法を確立させていく事が可能だと思います。<br>決してすべての症状に対しては難しいですが、ある程度の事は共有が可能だと考えています。<br><br>共有できる評価は共有、それに対する治療手段は個人の自由というスタイルです。<br><br>そしてその上で、医学的リハビリテーションからの視点だと、効果のでない療法はまったく意味がないですから、効果がなかなか見られなくても、過程の中では、少しずつでも前進している事を確認しながら進めていけることが大事だと思います。</span><br><br><span style="font-size:1em;">よく生活期では自主トレ―ニング方法が大事となりますが、療法士が提示する場合はプロとして提示できていないといけません。何故それをするのかは、当然評価に基づいて行われるべきものです。<br><br>また○○の運動をやったらよくなる、よくなったというのは、それで結果が出ているのなら、何故それで結果が出るのかを考えないといけません。</span></p><p><br><span style="font-size:1em;">それにより新しく評価をすべきことが見えてくると考えています。<br><br>評価を共有。<br>今後、療法士同士でこの方向性を共有し、一定の効果を出していく方法を蓄積していく、そんな事業所を作っていきたいと願っています。</span><br><br><span style="font-size:1em;">これは起業して本当にやりたかったことです！<br><br>私もまだまだまだまだかみ砕けていない事ばかりですし、そしてそれに終わりはないです。<br><br>そんなに自分が勉強している方ではないと思っていますし、周りに強要するつもりはないです。<br><br>ただ生活期において訪問という仕事の中で、療法士がしっかりとまず自分の役割を果たしていくためには、この方向性は共有できないといけないと感じています。</span><br><br>そして療法士がリハビリテーションを考えるならば、医学的リハビリテーションに対しては効果が出るものしか通用しないのが現実、それならば基礎学問から考えれる療法士であれ。<br><br>と日々思います。</p><p>&nbsp;</p><p><br><br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/davigama/entry-12319552574.html</link>
<pubDate>Sat, 28 Oct 2017 18:47:36 +0900</pubDate>
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<title>社会的リハビリテーションを学びにいこう</title>
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<![CDATA[ <p>前回リハビリテーションを考えた臨床では、利用者さんの主体性がカギになるので、パートナーシップの関係性の必要性を書きました。<br><br>この考えは元々、ご本人も脳卒中当事者で脳卒中リハビリ研究所の福島とみおさんが日ごろ言われている事で、参考にさせていただいています。<br><br>私はこうやって当事者からの意見を参考にさせてもらう事が多いです。<br><br>そんなふうになったのも、私が以前勤めていた会社の社長が、脳卒中当事者グループの運営をしており、私はここのサポーターを３年務めさせてもらい、それからです。<br><br>正直に言って手伝い始めた当初、私はリハビリテーションという概念もほとんど意識していませんでした。<br><br>ただ当事者の方の主張されている意見が興味深い、またその意見に目を背けるより、正面から向かい合う事が何かを掴むことになると漠然と思い、サポーターをしていこうと決めました。<br><br>この当事者グループの方々は皆さん前向きに活動されており、その活動のお手伝いをしていく中で当事者同士の化学反応というか相互作用に魅了された私は、その後タウンモビリティにもボランティアでちょくちょく関わらせていただくことになりました。<br>　（タウンモビリティについて知りたい方は<a href="http://fukuneko-k.com/">http://fukuneko-k.com/</a>にてどうぞ）<br><br>ここでも前向きな当事者の方々が本当に多く、そこに関わっていく中で、はっきりしたことがあります。<br><br>こういう当事者の活動は、その人にも、周りにも、強力な社会的リハビリテーションなんだと。<br><br>脳卒中当事者グループメンバーの一人である竹下豊氏は、脳出血左片麻痺を発症し、回復期病院を経て自宅復帰されたあと、度重なる生活での失敗を繰り返し、自ら命を絶とうと真剣に考えた時期もあったとお話してくれました。<br><br>その中で竹下さんが言われた印象的な言葉<br><br>「病院のリハビリで生活動作は教えてくれたけど、暮らし方は誰も教えてくれんかった。」<br><br>この言葉を聞いても、何を言っているのか最初は私はわかりませんでした。<br>おそらく療法士の方でも、ほとんどの方も意味がわからないんじゃないかなと思います。<br><br>後々竹下さんと話をしていると、前途の名言に対して本人もその時は感じた事を言葉に出していたようで、今思うとあの時は社会的なリハビリテーションを誰も教えてくれんかったという事やろうねと言われていました。<br><br>病院で働く療法士の方でも、患者さんが自宅へ戻ると、今までの医学的な軸に社会的な軸が加わり、その２軸に沿いながら、暮らしながら緩やかに退院後は改善していく、そういうイメージを持っていて欲しいと思います。<br><br>そしてサポーターやボランティアをやりながら今まで当事者の方々と向かい合ってきて、ふと気がつくと自分みたいな療法士でも、少しは社会的リハビリテーションを見る目が養われたと感じています。<br>この視野は、続けていたらいつの間にか身についていて、気がついたら、あっ、そういうことだったんだと嬉しくなりました。<br><br>もちろん社会的リハビリテーションの形は、人によりけり、ケースバイケースですから、ここで学んだ成功事例があっても他の方に通用するとは限りません。というよりほぼ無いと思っていた方が正解です。<br><br>しかしニュアンスは通じる、だから前向きな当事者の意見と触れ合うと目が養われると思うのです。<br><br>そして療法士が療法士としての業務から離れたところで当事者と関わる、これもポイントなのかもしれません。<br><br>実際、何度も言いますが私の意見は当事者の方から教わった事が大きく、今まで私の書いてきた話に少しは興味を持たれる方がいたら、その人は当事者の意見に頷くことが多いと思います。<br><br>だから療法士には当事者グループのサポーター、ボランティアをする事をお勧めしたいです。<br><br>前に書きましたが、我々療法士は地域にいようといまいと医学的リハビリテーションが主たる役目です。<br>しかし地域にいると社会的リハビリテーションへの視野が必要で、医学的リハビリテーションと社会的リハビリテーションの相互作用を考えている必要があると思います。<br><br>正直に言って今までこのようにボランティアやサポーターをする事の必要性を訴えても、セラピストの反応は薄いのが現状です。<br>むしろ自分を安売りしたくないといった意見もあります。私も安売りしたくない気持ちは別の場面で顔を出すので、その気持ちはわかります。<br><br>しかし見方を変えて、社会的リハビリテーションの勉強と思って参加されてみてはどうでしょうか？<br><br>話は変わりますが、昔閉じこもりな方で腰痛の訴えがある方がいました。２年くらい腰痛に悩まされているとかでした。評価した結果、腰椎椎間関節性の痛みが疑われ、椎間関節モビライゼーションで改善しました。<br><br>だけど言われました。<br><br>「確かにおんしゃあにやってもらって腰痛は治った。けど、いかんぞ！」<br><br>そういっていつものようにその方はお酒を飲んでごろごろされていました。<br><br>地域の仕事ではハッキリ言ってこのように医学的リハビリテーションだけでは太刀打ちできない困難事例が結構あります。<br><br>今私はこういう事例に直面すると、間違いなく社会的リハビリテーションをどう進めていくかに思考変えます。<br><br>そしてそういった時に前向きな当事者との人脈は、言い方が良くないかもしれませんが、一つのカードになります。言わばこちらの人脈がスキルとなりうると思います。<br><br>当事者の集いに参加すると前向きな当事者との人脈も作れます。<br><br>また最初に話をした福島さんはピアカウンセリングを事業として推し進めています。<br>平成29年度高知県福祉活動支援基金助成事業としてです。<br><a href="https://peer-support-reha.jimdo.com/%E3%83%94%E3%82%A2%E3%82%B5%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%88%E7%9B%B8%E8%AB%87-%E8%A8%AA%E5%95%8F/">https://peer-support-reha.jimdo.com/%E3%83%94%E3%82%A2%E3%82%B5%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%88%E7%9B%B8%E8%AB%87-%E8%A8%AA%E5%95%8F/</a><br><br>これは県に認められている事業で、皆さんも活用できる事を知っていただきたいです。<br>ただここで気をつけないといけないのが前にも書きましたが、社会的リハビリテーションへのサポートの中心は、家族やケアマネージャーがベストという事。<br>特にケアプランに載っていない話をするようになる場合も出てくるので、せっかく良いアプローチの案になっても、療法士がしゃしゃり出すぎるとトラブルで台無しになる可能性がありますので、進め方には注意が必要です。<br><br>話が長くなりましたが最後に、高知には社会的リハビリテーションの勉強になる機会がゴロゴロしていると思います。<br><br>タウンモビリティ、先ほどの福島さんが始めた当事者グループ、そして竹下さんも当事者グループを作っています。<br><br>そして私が以前ボランティアを務めた当事者グループは、代表の方が倉内譲治さんといってこれまたパワフルな方で、またいつか本人の許可が頂けたら、倉内さんの伝説を書こうかと思います(笑)<br>&nbsp;</p><p>実際、高知の通所リハに従事しているＯＴさんが、タウンモビリティに利用者をつないでどんどん積極的に外出するようになった成功事例もあります。<br><br>また特にタウンモビリティでは療法士のボランティアを必要とする機会があります。<br><br>そこで訪問看護ステーション Ｉ Ａｍでは、社会的リハビリテーションの勉強をする目的で、療法士には研修として年１回タウンモビリティに参加することを企画しています。<br><br>これは起業したら、やりたかった事の一つです！<br><br>またその活動はいつか載せていきたいと思います。</p>
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<link>https://ameblo.jp/davigama/entry-12319804854.html</link>
<pubDate>Sun, 15 Oct 2017 19:30:29 +0900</pubDate>
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<title>聞く姿勢</title>
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<![CDATA[ <p>リハビリテーションとは？<br><br>それに対する療法士の立ち位置について、私なりの考えを前回は書きました。<br><br>そしてリハビリテーションマインド（その人らしく生きる権利を取り戻すことを目的とした考え方）を持った接し方を考えていくと、もう一つ立ち位置についての考えなければならないと思います。</p><p><br>理学療法士が理学療法を提供するだけならば、接し方は一般的なサービス業と同じで良いと思います。<br>サービス業で最高の接し方が、きっとそこでは最高となるでしょう。<br><br>しかしリハビリテーションの実現を目指すならば、それとは違う性質を持つと思います。<br>そして前にも書きましたが、自宅へ帰ってからがその人のリハビリテーションの本番だと思っています。<br>なので在宅系の療法士は、この違いについて認識を持った方が良いと思います。<br><br>リハビリテーションに必要不可欠なのは当事者の主体的な行動。<br><br>当たり前ですが、受け身だけでその人らしくなるなんてことは、100％元に戻す治療でない限り、決してないでしょう。それでもそうならない可能性があるくらいなんですから。<br><br>もちろん、サービス業で洗練された接客方法も凄くレベルが高いものがあると思いますし、またサービス業で相手の主体的な行動まで考えた接し方を考えている方もおられると思いますので、一般的にというところでご理解願いたいです。<br><br>リハビリテーションに必要な接し方を考えると、どのようにして主体的になってもらえるかを考えていかなくてはなりません。<br><br>なのでここでは以前書いたように、衒学的、ひけらかす気持ちはマイナスにしか働かないという事を、改めて申しておきます。<br><br>相手の主体的な行動を意識すれば、我々の立ち位置はサービス提供者というより、パートナーシップの関係性であり、共同作業として物事を進めていく存在であるべきだと思います。<br>当事者がどう現実を認識して受け止め、どうやって次の一歩を踏み出そうとするか。<br>そこに対して専門的なアシストを行い、時には鼓舞する事も大事だと思います。<br><br>ですので療法士は、当事者から如何にしてパートナーシップの信頼を得ていくかという事になります。<br><br>アシストする説明内容と、その背景にある知識、技術といったものは当然必要だと思いますし、我々の役割の中心だと思います。<br><br>しかしそれよりもまずは第一に、相手の意見をしっかり聞く事が何よりも重要です。<br>極端な事を言えば、次の一歩に対して自分としてははっきりとビジョンがあり、説明すれば１分で終わる事も、相手の現状の気持ちを考えると、１時間、２時間、しっかりと相手の話を聞く忍耐力が必要です。<br><br>それはもしかしたら忍耐力というより、手順を理解するという方がいいのかもしれません。<br><br>こちらから提供しようとする内容がどんなに効果が期待できて現状をガラリと改善できるとこちらが信じていても、相手が思いを吐き出している途中に、それを抑え込んでまで説明してしまうと、相手には聞き入れてもらえず、主体的にはなりにくく、結局なにも前に進まない事になり兼ねません。<br><br>逆に次の一歩の内容が地味な内容でも、相手の意見をしっかりと聞き共感した後に、それにつながるように説明をすると、相手は気持ちを落ち着かせたうえなので理解してくれやすいでしょうし、何かのひらめきにもつながり、主体的に行動を起こしてくれる可能性があります。</p><p><br>結局こちらから提供する内容が地味でも、そちらの方が結果として前進する可能性があります。<br><br>こうやって偉そうなことを書いていますが、自分も地域に出て、本当に何度も失敗をしました。<br><br>私は元々一般的なサービス業の接し方もできていなかったと思いますから。<br><br>でもそこに気づかしてくれた前職場で関わらせていただいた利用者さんや、スタッフの皆々</p><p>そして脳卒中自主グループなどの当事者の方々のおかげです。<br><br>今でもついつい熱くなり、分かっていても言い過ぎてしまい、聞く前にかぶせてしまい、後から反省することもありますが、こんな私でも、以前よりは少しはまともな意見が言えるようになってきたのも、本当におかげさまですと感謝しております。<br><br>好き放題かいておりますが、病院で働いていても、リハビリテーションを意識して頑張っている療法士もおられると思いますので、あくまで私の経験の中で感じた事として読んで下さいませ。</p>
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<link>https://ameblo.jp/davigama/entry-12318153503.html</link>
<pubDate>Thu, 12 Oct 2017 12:11:30 +0900</pubDate>
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<title>リハビリテーション</title>
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<![CDATA[ <p>前回、在宅での療法士にはリハビリテーションマインドが必要なことに触れさせてもらいました。<br><br>リハビリテーションマインドとは、その人らしく生きる権利を取り戻すことを目的とした考え方です。<br><br>それに対する考えを述べる前に、まずリハビリテーションと在宅系療法士の立ち位置について、私の経験からの考えを述べていく必要があろうかと思います。<br><br>そもそもリハビリテーションとは全人間的復権の意味で、世間で使われているリハビリ（機能回復）とは全く違う概念という事は述べておくべきだと思います。<br><br>また以前Facebookの方で教えて頂き、このリハビリテーションの概念を分類され、上記の事とも含め記述されている文献がありますので、載せておきます。<br><a href="https://konan-wu.repo.nii.ac.jp/index.php?action=repository_action_common_download&amp;item_id=1096&amp;item_no=1&amp;attribute_id=22&amp;file_no=1&amp;page_id=13&amp;block_id=17">https://konan-wu.repo.nii.ac.jp/index.php?action=repository_action_common_download&amp;item_id=1096&amp;item_no=1&amp;attribute_id=22&amp;file_no=1&amp;page_id=13&amp;block_id=17</a></p><p>&nbsp;</p><p>私の仕事では、職業的また教育的リハビリテーションに対しては、対象者の年齢などからも難しく、経験がないです。<br><br>ですので主には医学的リハビリテーション、社会的リハビリテーションに関わっており、そこでの範囲の考えになります。<br><br>ここで私は理学療法士なので、医学的リハビリテーションを実現していくために理学療法を手段として関わっています。<br><br>例えば、胸郭の可動性を徒手的な介入により向上を図り、息が続くようになり、お友達とおしゃべりする事に気兼ねしなくいいようになった、という方がいましたが、わかりやすい医学的リハビリテーションを実現できたケースだと思います。<br><br>またこのケースでは、私は最初からそれを狙っていたのではなく、パルスオキシメーターでの値が正常とはいえ少し低く、酸素は好気性代謝のエネルギー源ですから、今後繋いでいくデイサービスの利用を考えると体力は少しでも高くしておくべきと考え、また在宅復帰までの経過からまだまだ改善の余地があると考えられたため、介入を開始し、その副産物として得られた結果でした。<br><br>ですので以前述べさせていただいた、とにかく効果をという考えは、こういった経験から来ています。<br>医学的リハビリテーションの概念からみれば、それが古いものであれ、最先端で注目を浴びているものであれ、です。<br>効果の出ない理学療法では何の役にも立たないのが現実だと言えます。<br><br>そして在宅に関わる療法士は、社会的リハビリテーションも考えていかなくてはなりません。<br><br>ここで医学的リハビリテーションの概念の違いから言うと、単独で話を進める事はほとんどなく、その人に関わる家族も含めて全員で取り組んでいくことだと思います。<br><br>そしてその当事者へのサポートの中心は、家族やケアマネージャー、ケアスタッフであることが多いです。<br><br>ここに逆に療法士が、我々はリハビリテーション専門職ですからといって責任感にかられ前に出過ぎる、または主導権を握ろうとすると、話が困難になります。<br><br>まったくそこに関わらないのではなく、全員で取り組んでいる中で役割ができれば行動する心構えで良いと思います。<br><br>それよりは療法士はあくまで医学的リハビリテーションのスタッフで、医学的リハビリテーションと社会的リハビリテーションの間に生まれる相互作用を考えているべきだと、私は思います。<br><br>だから在宅系の療法士には社会的リハビリテーションへの視野が確実に必要だと思います。<br><br>また、ご自宅に訪問する機会が多い職種ですから、その地域の空気を吸う事が多いです。<br><br>そこから社会的リハビリテーションの案が生まれる事は少なくなく、もっと社会資源についても知っておくべきだと思います。<br><br>そしてこの立ち位置が見えてきてこそ、我々がどうリハビリテーションマインドを持っておくべきなのかが見えてくるのではないかと考えています。</p><p><br>話は変わりますが、私は高知県リハビリテーション研究会という団体の理事をしております。<br>つい先日なったばかりです。<br><br>本当の意味でのリハビリテーションを考えて多職種で集う団体でして、今後もそこでいろんな立場からのリハビリテーションへの考えや関わりを吸収してきたいと思います。<br><br>今日はこれから第５０回大会の実行委員会があるので行ってきます。</p>
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<link>https://ameblo.jp/davigama/entry-12317408701.html</link>
<pubDate>Sat, 07 Oct 2017 11:11:27 +0900</pubDate>
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<title>衒学的な無意識</title>
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<![CDATA[ <p>前回、衒学的の話を書きました。<br><br>これは本当に難しい、だけど大事な事だと感じています。<br><br>私も今までいくつかの勉強会に参加してきましたが、その中で特に療法士になりたての最初の頃は、すこしばかり奇妙な体験をしていました。</p><p>&nbsp;</p><p>興味深い勉強会に参加でき新しい視点や技術を習ってくると、次の日からそれに適合する患者さんばっかりどんどん目の前に現れてくるのです。<br><br>内容が興味深いとよけいにそうでした。そして何故だろう？？と。<br><br>いつしか気が付きました。<br><br>それは自分が、そういった視点でしか見ていないから、そういった視点で見ようとしているから、そう見えるんだと。<br><br>これは無意識に衒学的でした。<br><br>当たり前の事ですがこれではダメなんです。仮にその視点で取り組み効果が出たとしても、人のよってはその時点で、他の問題の方が優先的な場合もあるからです。<br><br>この無意識に衒学的な事は、決して私だけではなく、共に働いてきた周りの療法士にも感じられた事ですし、おそらく業界全体にはよくある事ではないのかなと思っています。</p><p><br>話は変わりますが、私は訪問看護ステーションで働いて、病院時代よりもさらに看護師と密接に連携する機会が増えました。<br><br>その中で看護師にはこの衒学的なものを感じる事が全くなかったとは言いませんが、ほとんどなかったのではないかなと思います。<br>職種が違うという事もあるかもしれませんが、同じ利用者さんに対して組んでいるチームとして当然お互いのアセスメントの意見交換はしていくわけですから、その違いではないような気がします。<br><br>やはり看護師の方が療法士より歴史が深いので、療法士より組織全体として効果をだしていく体制が洗練されているのかもしれません。<br><br>この辺の事は訪問看護ステーションで働いて看護師と療法士の違いで感じた事として、いつか書いていこうと思います。<br><br>無意識に衒学的でもいいではないかとの意見もあろうかと思いますが、我々のような在宅系サービスでは特にダメだと思っています。<br><br>なぜかというと在宅は、当事者の方が障害を負ってからリハビリテーション（全人間的復権）を果たしていく本番であり、<br>そのような無意識はリハビリテーションマインド（その人らしく生きる権利を取り戻すことを目的とした考え方）を持った接し方と、相反するものだからです。<br><br>この無意識を意識する。<br><br>まずはそこから始めるべきなのかもしれません。<br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/davigama/entry-12316652036.html</link>
<pubDate>Wed, 04 Oct 2017 20:48:59 +0900</pubDate>
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<title>衒学的</title>
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<![CDATA[ <p>前回の話に通じるものですが、<br><br>私の考えでは、臨床では第一に、結果も出てその理論背景もはっきりしている事です。<br><br>当然その場合は、何が上手くいっているのかが把握できていますので、別の場合での応用できる事や、禁忌の場合などのリスク回避も考えやすいからです。<br><br>第二には、理論背景がはっきりしていなくても、結果が出る事です。<br>ここでいう結果とは、利用者さんの訴えに何かしら解決の答えを導き出す事です。<br><br>臨床を長くやっている方にはわかると思いますが、何かしら経験則からか、感性で問題解決ができてしまう事が稀にあると思います。<br><br>後から何故かを考えればいい。<br><br>これは専門家として責任を免れているとの見方もあると思いますが、これを否定するか否かは、利用者さん目線に立つか否かに近いと感覚ではないかと思います。<br><br>当然、それに関するリスクは想定して、説明しておくことは大事ですし、そうなった場合の対処法も話しておくべきだと思います。<br><br>とにかく直訴される事に何かを提供し、そしてできる限りその問題を解決していく。<br><br>科学は進歩してその最前線を走っている方もいて、その躍進はそれはそれは素晴らしいものですし、それを否定するつもり全くはありませんし、私にその資格は全くありません。<br><br>しかし、科学で人間の痛みの訴えを全て解決できる時代ではまだないと思います。<br><br>もし痛み解消率100％の臨床家がいたら弟子入りしたいですし、科学者でも、臨床で100％解決する方がいれば教えを乞いに行きたいです。<br><br>だから臨床に立つ人間がそれと向き合い、できる限りの効果を導き出そうとする姿勢が必要です。<br><br>これは痛みだけでない、困っている方々に対して我々が向かい合うために必要なマインド、そのものだと思います。<br><br>話は変わりますが、私がＰＴになる前の20代の頃、勤めていた会社の社長が<br><br>「勉強するな！」<br><br>と社長訓示でだしたことがあります。<br><br>えっ？？<br><br>と思いましたが、訓示内容を読むと納得でした。<br><br>その内容は完全に覚えておらず、ざっくりとしたニュアンスですが、要は<br><br>勉強して知識を持ったものには知識をひけらかすだけで、ひとつも世の中に役立たん事をする方がいる！<br>なら勉強するな！<br><br>です。<br><br>良い考えを持っていても一歩間違えればその落とし穴に入りますし、あれこれ人がいけないと言っていたら自分がその落とし穴に入っているケースが多々あります。<br><br>実は自分にも経験があります。<br><br>その話を西原取締役に話をすると<br><br>衒学的という事ですねと、聞きなれない言葉が返ってきました。<br><br>知識をひけらかす様を表す言葉だそうです。<br><br>だから株式会社ＶＩＳＩＯＮＱＵＥＳＴでは行動指針に掲げました。<br><br><span style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1.96em;">衒学的にならない</span></span><br><br>言葉だけでも、しっかりと本質を見失わないようにとの思いです。<img alt="衒学的=pedantic" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fcdn-ak.f.st-hatena.com%2Fimages%2Ffotolife%2Fi%2Fintelligentsia%2F20060414%2F20060414072120.jpg"><br><br>臨床で結果をだそうと思うと、知識、技術との距離感、<br><br>本質を見据えると、それが大事に思えます。</p>
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<link>https://ameblo.jp/davigama/entry-12316403323.html</link>
<pubDate>Tue, 03 Oct 2017 23:53:22 +0900</pubDate>
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<title>痛み</title>
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<![CDATA[ <p>日々臨床で利用者さんの痛みと向き合う事があります。<br><br>その中で日々の姿勢や、痛みの鑑別、そしてそれに対応する徒手などの方法も奥が深く、最近は慢性痛に対して、脳からの見方も言われています。<br><br>まだまだ痛みの評価の精度はどの方向に対しても、追及はしていかないといけないですが、<br><br>日々向かい合う痛みの訴えの中で、３回（一人は知人に対して）、食事の見直し（減塩）で解決されたことがあります。<br><img alt="「減塩 フリー画像」の画像検索結果" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2F4.bp.blogspot.com%2F-B073T7jE5cY%2FVA1PD7DuTnI%2FAAAAAAAAmG0%2Fv1B7UEuW01o%2Fs800%2Ftext_genen.png"><br>正確に言うと２事例は他の方法と併用ですが。<br><br>塩分が多いと腎臓に負担がかかる。</p><p>腎臓はゲロタ筋膜で大腰筋と連結しているので、腰背部の筋に過緊張がでてとの見方をされている方が、整体師の方でよく言われている方がいます。<br>おそらくその説はあたっているんではなかろうかと思います。<br><br>整体師の方が良く使う方法は東洋医学からきており、それを西洋医学で考えてみても<br><br>臓器を覆う平滑筋もエネルギー源はＡＴＰ。<br>なので負担がかかると嫌気性代謝を使い臓器が硬くなる。<br>といったとこでしょうか。<br><br>でもやっぱり西洋医学で習う理学療法士の私には、こういった観点はどうにも胡散臭く感じます。<br><br>なので一度県外まで内臓マニュピレーションを習いに行ったことがあります。<br><br>そこで習った評価？評価というのだろうか？<br><br>だけど３事例ともその評価で腎臓に問題ありとなっていたので、それに対応する徒手と、日々の減塩という方法をとってみました。<br><br>２事例は他の方法と併用なので、それが効果があったと断定しにくいですが、経過から考えると、それが一番効果があったのではないかというのが腑に落ちます。<br><br>もちろん臨床は方法論の効果を検証するためだけではないので、他の方法と併用は当たり前で、経過からどれが一番効果があったのかを考えるのが、一番妥当だと私は思っています。<br><br>訪問の療法士だから、生活スタイルから問題への原因を考えやすいと思います。<br>その考える視野には今回のように食事から内臓への影響があり、実は食事だけでなく、当たり前ですが内臓と生活スタイルは密接な関係があり、それが訪問の臨床での問題解決に繋がる事も少なくないのではないかと日々感じています。<br><br>それについてはまたいつか別の事例を書き込んでいきたいと思います。<br><br>決して理学療法士っぽくない内容と思いますが、看護師と連携する訪問看護の事業所では、療法士にこの観点が備われば面白い、かつてないような看護師と療法士が連携ができる事業所を目指せるのではないかなとワクワクしてます。<br><br>話はそれましたが、痛みは人間臭いと言われたことがあります。</p><p><br>それについては、はっきり言って良くわかりませんでしたが<br><br>素直な直訴となりうることが多いので、<br><br>それに対してスルーせず、理由がわからない自分に嘘をつかず<br><br>真剣に向かい合う必要がある事だと思います。<br><br>療法士は痛みだけに捉われてはいけない。<br><br>痛みをしっかり見極め、対処できた上で、この言葉が言える療法士になりたいと、日々思います。</p>
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<link>https://ameblo.jp/davigama/entry-12315711896.html</link>
<pubDate>Sun, 01 Oct 2017 19:56:34 +0900</pubDate>
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