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<title>綾のﾌﾞﾛｸﾞ</title>
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<description>2020年6月8日に父68歳多発性肝臓がんステージⅣ、治療しなければ余命半年宣告を受けました。</description>
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<title>忘れられない日</title>
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<![CDATA[ 2020年6月8日  多分この日の事を私は忘れることがないと思います。<br><br>この日は前週に受けたPET-CTの検査結果を聞きに行った日でした。<br>予約の時間は9時でした。主治医のK先生と父はかれこれ20年程のつきあいになります。<br>いつもは予約時間より早く診察室に呼ぶ先生でしたが、検査に行っているとのことで30分経過していました。漸く呼ばれ診察室に入りました。<br>コロナが蔓延する前までは母も一緒の3人で行っていましたが、リスク回避のために父と私の2人でした。<br>診察室入って母が居ないことを聞かれ、嫌な予感はしました。<br>先生はすぐには検査結果を話そうとはしませんでした。<br>父が結果を聞くと、パソコンにまず去年12月の画像が出ました。そして先週の画像が出ました。<br>一瞬目を疑いました。12月には無かった部分に黒い穴がいくつもあるのです。<br><br>『残念ながら、肝臓に再発・転移しています』<br><br>血液検査の結果も見せられ腫瘍マーカーのNSEの値が336ありました。ショックでした。たった半年で病気は吹き返して来ました。<br>数が多すぎて手術で取ることは出来ない。ただ前回の抗がん剤治療から半年経っているから、抗がん剤治療なら出来ると…。<br>前回の治療の時に父は『辛い、治療止めたい』と言っていましたが、その時は癌が消えかかっていた為、最終クールまで治療を続け、克服していました。<br>今回、治療するかを問われた時に私は何も言えませんでした。治って欲しいけど、その苦しみをするのは他ならない父自身です。<br><br>『どうしようか？』<br><br>父にも問われましたが、それでも私は何も言えませんでした。自分が無力で仕方がありません。<br><br>父『ステージはいくつですか？』<br>先生『大きさ、数から言えばステージⅣです』<br>父『治療しなかったら、あとどの位ですか？』<br>先生『恐らく余命半年程です』<br><br>こんなあっさり余命宣告されるとは思いませんでした。患者本人である父が聞いたらからですが…。<br>父は私の方に顔を向け<br><br>『治療しよっか？』<br><br>そう聞きました。<br>生きようとしてくれている。私は小さな声で『うん』と頷くことしか出来ませんでした。<br>主治医の先生が緩和ケアの部長であることを知らされ、看護師さんを紹介されました。<br>その後来週に入院出来るよう、入院の申し込みをして帰宅しました。会計待ちをしていた時に手を握ってきた父の手は冷えきっていました。<br>帰りの車の中は静まり返り、私は運転中でしたが涙が止まりませんでした。<br>しかし、今後について話さくてはなりません。<br><br><br>すみません、長くなってしまったのと私の心が追いつかないので一度切ります。<br>
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<link>https://ameblo.jp/dcs10329/entry-12602882142.html</link>
<pubDate>Tue, 09 Jun 2020 02:26:29 +0900</pubDate>
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