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<title>からんこえの声</title>
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<description>日々書いたショートショートを掲載していきます。</description>
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<title>Be Crying</title>
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<![CDATA[ <p>　泣きそうだ。<br>　そう言ったら、あなたはどんな顔をするだろう。<br>　哀れむように眉を下げるだろうか。<br>　あざ笑うように口角を上げるだろうか。<br>　どちらでもいい。どうでもいい。<br>　ただ、僕は今、泣きたくて仕方がないんだ。</p><br><br><p>　一体、いつまでこんな風に生きていけば気が済むんだろう。<br>　スーツ姿のまま万年床に寝転がり「お前のようにやる気のない人間は見たことがない」と、生涯で何度言われたか分からない言葉を反芻する。<br>　上司の嫌味な顔や同僚たちの失笑が次々に脳裏をよぎるが、そんなのは別に大したことじゃない。実際にやる気がないのだから、誰に何度そんなことを言われたって「そーすね」としか返しようがないからだ。<br>　だって僕にはやりたいことがある。頑張るのなら、本当にやりたいことだけで頑張りたい。他のことにかまっている余裕はどこにもないんだ。<br>　そんなことを言い続けて、いつしかこんなところまで来てしまった。学生時代なんてとうの昔に過ぎ去って、周りは次々に家庭を持って、三十路なんて言葉を自嘲気味に使うようになって。<br>「夢をかなえるには先立つものが必要だから」なんてベタな言い訳を自分にして、したくもない会社勤めを始めても、ノルマなど一回も達成できたことはない。<br>　黄ばんだ五線譜の山。埃をかぶったギターケース。動かなくなった録音機器。六畳一間のおんぼろアパートの一室は、いつしか使わなくなった夢の残骸に占拠されつつある。<br>　泣きそうだ。本当に泣きそうだ。泣きたくて仕方ないんだ。そう思えば思うほど、胸のどこかがすんと冷え切っていってしまう。<br>　本当に、一体、いつまでこんな場所にいればいいんだろう。黄ばんだ天井に向かって、キャスターマイルドの煙が細々と立ち昇った。</p><br><br><p>「いいじゃない。あたしは応援するよ」<br>　恭子さんは微笑みながら言った。ホットミルクの入ったマグカップを両手に持って、ソファの上で体育座りをしながら。<br>　上京して音楽をやりたい。そう両親に告げた日、我が家は荒れに荒れた。出来るわけない。考え直せ。何を考えているんだ。父は顔を真っ赤にして叫び続けた。母は演技じみた仕草で床に倒れ付した。品行方正、成績優秀。どこに出しても恥ずかしくない箱入り息子が、高校入試直前になっていきなり髪の毛を逆立ててそんなことを言えば、どの親も大体そんな対応を取るだろう。<br>　あの頃、僕にはもう音楽しかないと本気で思っていた。毎日繰り返される薄っぺらい日常。役に立つのかも分からない勉強や、表面しか見ない大人たちにうんざりしていた。そんなのに押し流されて、社会の歯車の一部になんてどうしてもなりたくなかったのだ。<br>　今まで反抗ひとつしてこなかった息子の突然の変貌に、両親は少なからず動揺し、自分たちでは手に負えないとさっさと匙を投げ――そんな彼らの反応に、僕はまた失望したものだった――、代わりに僕の本心を訊きにやってきたのは、東京の大学に通う従姉の恭子さんだった。「歳が近いから、あの子も素直に話してくれると思うの」っておばさん言ってたよ。わざわざ東京から呼び戻された文句などひとつも零さず、右手をひらひらさせながら、恭子さんはからからと笑った。<br>　そんな様子の恭子さんに対し、僕のほうはと言えば、大人の女の人が自分の部屋で微笑んでいるというだけで軽いパニック状態だった。部屋に広がった甘い香りが、温まったミルクのせいだけではないこともわからなかった。<br>　以前はこんなことなかったのに。幼い頃、取っ組み合いのプロレスごっこに付き合ってくれたときも、一緒に花火を観に行ったときも、こんな気持ちになったことはなかった。<br>　４年ぶりに会う恭子さんは、まぶしかった。<br>「自分のしたいこと、その歳から分かってるなんて最高にラッキーじゃん」<br>　こくり。白く細い首が音を立ててミルクを飲み下す。同級生の女たちの黒くて太い首とは大違いだ。あれ、何でこの人ここにいるんだろう。っていうか僕、何を話せばいいんだろう。そもそも首筋見てるとか、まずい、どうかしてる。うわ、息苦しい。<br>「健太」<br>　びくっ。ひとりでどぎまぎしていた僕は、突然の大きな声に飛び跳ねた。顔が熱くて、息ができなくて。ぱくぱく口を動かしている僕を、恭子さんはまっすぐ見据えて言った。<br>「あたしは、あんたが羨ましい」</p><br><br><p>　ドアを叩く音で我に返る。宅配業者が持ってきたものは、実家から送られてきたみかんだった。<br>　結局は高校に進学し、その後東京の音楽学校に行きたいと言った僕の望みをしぶしぶとは言え叶えてくれた両親とは、もう何年も会っていない。電話越しに話したのさえ、いつのことだったか忘れてしまった。<br>　就職を決めたとき、彼らは「まっとうな道に戻ってくれてよかった」と涙を流さんばかりに喜んだものだ。まっとうな道。それでは、音楽をやるのはまっとうな道ではないとでも言いたかったのだろうか。就職して、日々の生活を繰り返すことこそがまっとうな道だと、本気で思っていたのだろうか。<br>　なら、今の状態は、彼らに言わせるとどんな道を歩んでいることになるのだろう。<br>　仕事もまともにせず、夢を追う事も忘れたこの状態は、なんと呼ばれる道なのだろう。<br>　その答を聞きたくないから、僕は親不孝をし続ける。</p><br><p><br>「あんた、泣いたんだってね」<br>　まっすぐな目のまま、恭子さんは尋ねた。僕はこくんとうなずいた。あの日荒れたのは両親だけでなく、僕も大泣きをしながら力いっぱい叫んだのだ。あんたたちみたいにはなりたくない。したいことをして生きていく。絶対に諦めたりなんかしない。今考えれば青臭い言葉たちを、大泣きしながら並べたのだった。<br>「あたしはね、もう泣けなくなっちゃった」<br>　そこで、恭子さんはようやく目を逸らし、少しだけ微笑んだ。いつのまにか僕は、どぎまぎもあたふたもしていなかった。恭子さんの微笑みは、とても寂しそうなものだった。その訳は、僕にはわからなかった。<br>「それは恭子さんが大人だからでしょ？」<br>「違うよ」<br>　ふふっ。恭子さんは笑った。もうぬるくなったであろうミルクを眺めながら。<br>「一生懸命生きている人しか、泣くことができないんだよ。一生懸命生きるのをやめた人は、笑うことしかできないの。悲しくても、しょうがないって笑い続けるしかないの。すごく辛いけど、それは罰だから仕方ないの」<br>「そんなの」<br>「だから」<br>　僕の言葉をさえぎり、恭子さんはつなげた。今にも泣きそうな目で、それでも悲しそうに微笑みながら。<br>「あんたは、一生懸命夢を追いかけて、精一杯自分にできることをして、いつでも泣ける大人になりなさい」</p><br><br><p>　あの後、恭子さんは東京に戻って大学を卒業し、大手の会社に就職して職場結婚をした。毎年必ずやってくる年賀状には、微笑む夫婦とあどけなく笑う子どもたちの写真とともに、「健太の音楽が聴ける日を待ってます」という一文が添えられている。返事をしたことは一度もない。<br>　恭子さん。<br>　恭子さんは、今、泣けてるの？<br>　その笑顔は、本当に心からのものなの？<br>　本当は泣きたいんじゃないの？<br>　僕も、もう泣けなくなっちゃったよ。<br>　泣きたいことなんてたくさんあるけど、でも、もう涙なんか出せなくなっちゃった。<br>　泣けないのがこんなに辛いことだなんて、知らなかったんだ。<br>　あの時は分からなかったけど、でも、今ならあなたが言っていたことが分かる。<br>　これは罰なんだよね。<br>　いつまで償い続ければいいんだろう。<br>　辛いよ。苦しいよ。叫びたいよ。吐き出したいよ。<br>　ねぇ、恭子さん。</p><br><br><p>「他にやりたいことがあるんじゃないのかい」<br>　朝一番に呼び出された部長室で、部長は微笑みながら言った。僕の前でこの人が笑ったのは、入社したその日だけだ。人を窺うような、下卑た笑いだと思う。<br>「ここで身の入らない仕事を続けたところで、君にとっても時間の無駄だろう」<br>　呼ばれた理由は分かっていた。退職勧告だ。この不景気の中、会社にしたって、僕のような無能な社員をいつまでも雇っている義理はない。<br>「君は若いのだし、独身だ。したいことだっていくらでもできるだろう」<br>　はっはっはっ。高笑いをしながら、部長は僕の肩に手をぽんと置く。くたびれたスーツ越しに湿った手のひらを感じ、嫌悪感に全身が粟立った。<br>「まあ君のご実家は大層ご立派だと聞いているし、いざとなったらご両親に泣きつくこともできるだろうからな。一人息子なら、泣いてすがればいくらでも世話をしてくれるだろう」<br>「部長は」<br>　脂っぽい声で続ける部長の話をさえぎり、僕ははっきりと言った。部長の顔から笑みは消え、睨むように僕の顔を覗き込んでくる。<br>「なんだね」<br>「部長は、泣けるんですか」<br>「何を急に言い出すんだね」<br>　ふん、と鼻を鳴らし、部長は汚いものを見たかのように目を逸らした。<br>「泣いて許しを乞えば残れるとでも思っているのか。もう遅いんだよ。君はあまりにも無能すぎる」<br>「質問に答えてください。部長は泣けますか。泣くことができますか」<br>「気でも狂ったのか？君に発言権はない。私の話は終わりだ。出て行きたまえ」<br>「僕は」<br>　ばん、と机を叩き、押し黙った部長の目を見据えた。泳ぐ視線。ああ、こいつも結局、泣くことができない大人なんじゃないか。一生懸命生きることを忘れた可哀想な大人なんじゃないか。<br>「僕は、泣けません」<br>　そして、こんな奴に何を言われても笑いながらこんなことしか言えない僕は、今世界で一番惨めな生き物なんじゃないか。<br>　泣きたい。泣き喚きたい。泣いてすべてを許されたい。<br>「君は、クビだ」<br>　貼り付いた笑顔で立ち尽くす僕にそう告げて、部長は狭い部屋から出て行った。</p><br><br><p>　荷物の整理も、仕事の引継ぎも、その日のうちに終わった。当然だ。あの会社で僕がしていたことなど、一日あれば誰にでもできるようなことばかりだったのだから。<br>「どうするかな…」<br>　口からついて出た言葉に、思わず苦笑する。どうにかする気力もないくせに、何を言っているのだろう。<br>　いつかこうなるとは分かっていた。それが少しだけ早かっただけだ。<br>　部屋の隅に置いたみかんの箱を見る。<br>　帰ってしまおうか。家業を手伝うふりをして、両親の財産を食い潰して暮らそうか。彼らは一体どんな顔をするだろう。呆れるだろうか。哂うだろうか。<br>　そんなのも、もう、どうでもいい。</p><br><br><p>「そんなの、うそだ」<br>　あの時、さえぎられた言葉を、恭子さんが話し終えるのと同時に言った。きょとんと目をしばたたかせ、恭子さんは僕を見た。<br>「だって、恭子さんは一生懸命生きてるじゃないか。一生懸命勉強して、一生懸命東京でひとりで暮らしてるじゃないか」<br>「それは一生懸命って言わないんだよ。だって、あたしが本当にしたいことは」<br>「一生懸命だろ！したくもないことを、一生懸命しようと努力してるんだろ？目の前にあることが望むことだろうとなかろうと、真摯に取り組もうとしてる人は、誰だって一生懸命生きてるんだ。だからそんな悲しいこと言うな！」<br>「…健太」<br>　あの時、僕は確かにそんなことを言ったんだ。青臭い、だけどどうしようもないくらいの正論を。<br>　なのに、今の僕はどうだろう？目の前にあるものに対して真摯な対応を取っていただろうか？一生懸命何かに取り組もうと努力しただろうか？やりたいことがあるというのを免罪符にして、ただ怠けていただけではなかったか？<br>「ありがとう。そうだね、健太はあたしよりもずっと大人だね」<br>　あのときの恭子さんは、今の僕なんかよりもずっとずっと一生懸命生きていた。それなのに、泣く資格がないと自分を責め続けていた。自分を追い詰めて、貶めて、それでも僕を励まそうとやってきてくれていたんだ。<br>「あたし、今日のこと忘れないから。健太の言ってくれたこと、忘れないから」<br>　恭子さんは泣けているはずなのだ。毎日を一生懸命に生きているに違いないのだから。そんな彼女に、今の僕が「泣けていますか」なんて思うこと自体、あまりにも失礼な行為だったのだ。自分を他者と同列にして、自分自身を安心させて、日々に流されて、適当に言い訳つけて。<br>「本当に、ありがとう。健太」<br>　僕は、最低だ。</p><br><br><p>　顔を覆って叫んでも、涙は一向に出てこない。<br>　当たり前だ。僕は何にも頑張っていない。一生懸命なんて生きていない。<br>　恭子さんを思い出す資格も、夢を語る資格も、とうの昔に失っていたんだ。</p><p><br>　<br>　恭子さん。<br>　今の僕の姿を見たら、あなたはどんな顔をするだろう。<br>　哀れむように眉を下げるだろうか。<br>　あざ笑うように口角を上げるだろうか。<br>　どちらでもいい。どうでもいい。<br>　ただ、今僕は泣きたくて仕方ないんだ。<br>　泣けるようになって、あなたの前で大泣きできる自分になって、あなたにもう一度会いたいんだ。　</p><br><br><p>　埃が舞う。何年ぶりかに取り出したギター。黄ばんだ五線譜に、２Ｂの鉛筆。<br>　金はない。仕事はない。人脈もない。だけど、時間はある。<br>　曲を書こう。歌をうたおう。どこまでできるかわからない。認められるなんて思っちゃいないし、のたれ死ぬ可能性だって充分ある。<br>　だけど、それでもいい。最後に大笑いして、ほんの少しだけ泣くことができたなら、それでいいんだ。<br>　今年も、あと少しで終わる。今年こそ、恭子さんに年賀状を出そう。「仕事はないけど、一生懸命やり始めました」って。「泣けるようになりました」って他愛もない風に書いたなら、恭子さんはどんな顔をするだろう。<br>　涙を流して笑ってくれたなら、とてもとても嬉しい。</p><p><br>　<br>　『Be crying』と書いた五線譜に、一生懸命に音符を書き綴る。<br>　いつか一緒に泣いてくれるであろう相手を思いながら。<br>　ほんの少しだけ滲んだ視界の向こうに、その人の泣き笑う顔が見えた気がした。</p>
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<link>https://ameblo.jp/deathtotoro/entry-10487861921.html</link>
<pubDate>Sun, 21 Mar 2010 22:42:54 +0900</pubDate>
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<title>おばあちゃんの呪文</title>
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<![CDATA[ <p>　眠るとき、おばあちゃんはいつも言ってくれました。<br>「からりん・からりん・からからりん。かわいいこの子の明日が、楽しいものでありますように」<br>　にこにこしながら、私の冷たい足を温かい太ももで挟みながら、しわくちゃの手で私の手をこすり合わせながら、不思議な言葉を紡いでくれました。</p><br><br><p>「呪文を唱えなさい。なんでもいい。あなたが決めた、ただひとつの呪文を、小さな口から紡ぎなさい。そうすればきっと、願いはかなうから」<br>　あるとき、おばあちゃんは突然、そう言いました。本当になんでもない、おばあちゃんの好きな大岡越前の再放送を、みかんを食べながら観ていたとき。外で遊ぼうにも、外は大雪で、道路に出ることすらできなかったのです。<br>「呪文？」<br>「そう。呪文。おまじないみたいなものだよ」<br>　おばあちゃんは、テレビを見つめたまま返事をしました。私は、おばあちゃんの言っている意味がよくわからなくて、おばあちゃんの顔を見つめました。<br>「おまじないって…寝る前にしてくれるやつ？」<br>「そう。おばあちゃんのおまじないは、『からりん・からりん・からからりん』」<br>「じゃあ私もそれでいい」<br>「ダメだよ」<br>　そこでようやく、おばあちゃんは私のほうを向きました。口調はきっぱりとしていたけれど、とても優しい目で私を見つめてくれていました。<br>「自分の言葉。自分が、これ。って決めたものにしなさい。どんな変な言葉でもいいから、自分でその言葉を見つけるんだよ」</p><br><br><p>「からりん・からりん・からからりん。かわいいこの子の明日が、楽しいものでありますように」<br>「きらきら・ぴかぴか・ぴっからこ。大好きなおばあちゃんが、明日もたくさん笑いますように」<br>　おばあちゃんに言われて、一生懸命考えて決めた呪文を唱えると、おばあちゃんは目を真ん丸くして、そのあと、とても嬉しそうに笑いました。<br>「おまじない、考えたのかい？」<br>「うん。私、一生懸命考えて、『きらきら・ぴかぴか・ぴっからこ』にしたの。だってきらきらとかぴかぴかとか、素敵でしょ？」<br>「とっても素敵だよ。ありがとう。おかげでおばあちゃん、明日もとっても楽しく過ごせそうだよ」<br>「私も、きっと明日もすっごく楽しいよ！」<br>　私たちはくふっ、と笑って、そのまま暖かなまどろみに身を委ねました。</p><br><br><p>　何日か経って、お父さんが私を迎えにきました。お父さんは、私に「今日からおねえちゃんだぞ」と言いました。弟が生まれた次の日でした。<br>　何度もおばあちゃんに頭を下げるお父さんに手を引かれ、私は横浜に帰ることになりました。<br>「ほら、お前もおばあちゃんにお別れしなさい」<br>　お父さんに促されて、私はおばあちゃんに挨拶をしました。すると、おばあちゃんは、いつも眠る前だけにしてくれた呪文を唱えてくれました。<br>「からりん・からりん・からからりん。この子とこの子の弟が、末永く幸せでありますように」<br>　私も笑って、「きらきら・ぴかぴか・ぴっからこ。私の大好きなおばあちゃんが、いつまでも元気でいてくれますように」と唱えました。おばあちゃんは、本当に本当に嬉しそうな顔をしながら私を抱きしめて、「もう大丈夫。どんなに辛いことや苦しいことがあっても、自分で決めた呪文を信じるんだよ」と言ってくれました。</p><br><br><p>　それから、どんなに辛いことがあっても、どんなに苦しいことがあっても、私は自分の決めた呪文を唱えれば前に進めました。向かうべき場所が見えなくなっても、立つべき場所がわからなくなりそうでも、呪文を唱えればおのずと先も足元も見えたのです。</p><br><br><p>　中学生も終わりに近くなった頃、おばあちゃんは亡くなりました。呪文を教えてくれたあの日から、ちょうど７年経った日でした。７年前と同じで、たくさんの雪が降り積もっていました。<br>　私は泣きませんでした。おばあちゃんは、あれからいつだって「この子たちの明日が幸せでありますように」と祈ってくれていました。だから、私はおばあちゃんがいなくなっても幸せでい続けたかったのです。電話越しでも、夏休みに会いに行っても、おばあちゃんはいつも優しい声で祈ってくれたのです。私は、だからこそ幸せな顔をしていようと、笑いたくもないのに笑っていました。どうしても涙が出そうになるときは「きらきら・ぴかぴか・ぴっからこ。おばあちゃんの願いがかないますように。私たちが幸せでありますように」と唱えました。きっと、おばあちゃんは私たちの笑顔を見ていたかったことでしょう。おまじないのことを知らない弟はわんわん泣いていました。けれど、私は泣かないように、泣かないようにと呪文を唱え続けました。雪に濡れるのもかまわず、私は灰色の空を眺めながら、ただひたすらに「きらきら・ぴかぴか・ぴっからこ」と唱え続けました。</p><br><br><p>「からりん・からりん・からからりん」</p><br><br><p>　突然、おばあちゃんの声がしました。優しくて温かい、少ししわがれたおばあちゃんの声。その途端、空を覆っていた雲はマントのように翻り、からからりんとした快晴の空が現れたのです。<br>　私が呆気にとられていると、おばあちゃんは翻った雲のマントを身に着けて、そのまま遠く遠く、見えないところまで飛んでいきました。その飛ぶ姿がなぜだかとてもおかしくて、私は声を上げて笑いました。</p><br><br><p>　おばあちゃん。からからりんに晴れた日が大好きだったおばあちゃん。おばあちゃんのおまじない、かなったよ。</p><p>　だけど、面白すぎるよ。私、おかしくておかしくて、おなかが痛くなっちゃった。最後くらい、もっとしんみりすればよかったのに。</p><br><br><br><br><p>「きらきら・ぴかぴか・ぴっからこ。かわいいこの子の明日が、楽しいものでありますように」<br>　今、私はかわいい孫の冷たい膝を暖めながら、毎日呪文を唱えています。おばあちゃんに習ったとおり、おばあちゃんに唱えてもらったとおりに。<br>　だけど、私はきっと、死んだあとこの子をあんなに笑わせたりはしないでしょう。泣くのを我慢しようとするこの子が見るのは、雲のマントでスーパーマンみたいに飛んでいくおばあちゃんではなく、たくさんの流れ星に乗って宇宙へ旅立っていくおばあちゃんの姿なのですから。この子はきっと、きらきらに輝いた目で私を見送ってくれると思います。<br>　そして残されるこの子のために、私は呪文を伝えます。自分で選び取ったものを、理不尽で無責任な世間から守り抜き、貫き通す力を与えるために。</p><br><br><p>　呪文を唱えなさい。なんでもいい。あなたが決めた、ただひとつの呪文を、小さな口から紡ぎなさい。そうすればきっと、願いはかなうから。</p>
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<link>https://ameblo.jp/deathtotoro/entry-10486954381.html</link>
<pubDate>Sat, 20 Mar 2010 22:05:19 +0900</pubDate>
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<title>おじいちゃんのクリスマスツリー</title>
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<![CDATA[ <p>「これがなきゃクリスマスは始まらんだろう？」 <br><br><br>　そう微笑みながら、おじいちゃんがクリスマスツリーを買ってきてくれたのは、私が3歳のとき。共働きの両親に代わって私を育ててくれたおじいちゃんに、「なんでうちにはツリーがないの？保育園にはあるよ？」って、私が不満を口にした次の日だった。おじいちゃんが抱えたツリーは、保育園にある物よりもずっと大きくて、私は嬉しくて嬉しくて、疲れて眠るまでツリーの飾り付けをした。そんな私を、おじいちゃんは嬉しそうに見つめていてくれた。ツリーに会える冬が、私の一番好きな季節になった。 <br><br><br>　けれど、お父さんがマイホームを建てて、お母さんと私とで新しい家に引っ越してからは、もうツリーに飾りをつけることもなくなった。いつしか私も、家でクリスマスを過ごすよりも友達とはしゃぐほうが楽しい年頃になっていて、わざわざおじいちゃんの家に行く気にもならなかったのだ。「今年もツリー、出したんだよ」というおじいちゃんからの電話も、わずらわしいだけだった。 <br><br><br>　そして、ツリーに会わなくなってから八年後の十二月、おじいちゃんは亡くなった。凍った道で転び、頭を打ったのだ。あまりに突然のことで、私は実感がわかずにいた。おじいちゃんの死に顔を見ても、お骨を納めても、私にはおじいちゃんがどこがで笑っているようにしか思えなかった。 <br><br><br>　そんなぼんやりとした気持ちのまま、お父さんと一緒におじいちゃんの家の後片付けにいった私の目に飛び込んできたのは、八年ぶりに見るクリスマスツリーだった。きらびやかな飾りの代わりに、ぴったり八枚、不器用な結び方で短冊がくくりつけられていた。 <br><br><br>『あの子が幸せでいてくれますように』 <br>『無病息災でありますように』 <br>『いつも笑顔でいられますように』 <br>『良き人生の伴侶に出会えますように』 <br>『多くの人に愛されますように』 <br>『強い心を持ち続けられますように』 <br>『たくさんの美しい物を見られますように』 <br><br><br>『そして、できることなら、どうか私のことをいつまでも覚えていてくれますように』 <br><br><br>　どうしようもなかった。突然涙をぽろぽろとこぼし始めた私を、お父さんは不思議そうに見ていたけれど、それでも私は、それを取り繕う術を持てなかった。 <br><br><br>　おじいちゃん、大好きなおじいちゃん。私がここからいなくなった後も、私の幸せをずっと願ってくれていたんだね。なのに、私はいつも自分のことばかりで、本当にごめんなさい。</p><p>　おじいちゃんのこと、忘れっこないじゃない。目を糸のように細めながら抱きしめてくれた、世界中の誰より私を愛してくれたおじいちゃんを、どうやって忘れろって言うの？ずっと、ずっと忘れないよ。いつまでも、あったかいおじいちゃんのことが大好きだよ。</p><p>　ねえ、なんで死んじゃったの？いやだよ。わがままでおじいちゃん不孝な孫だったけど、もっとずっと一緒にいたかったよ、ねえ、おじいちゃん。 <br><br><br>　それから、私はおじいちゃんの願いのおかげか、たくさんの人にかわいがられ、良き伴侶と巡り会い、子宝にも恵まれた。娘と、色あせたツリーに飾り付けをしながら、私は今年も思い出す。ツリーを抱えた、おじいちゃんのあたたかい微笑みを。</p>
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<link>https://ameblo.jp/deathtotoro/entry-10486012588.html</link>
<pubDate>Fri, 19 Mar 2010 20:54:05 +0900</pubDate>
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<title>スウィートセブンティーン</title>
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<![CDATA[ <p>「ちょ、ちょっと待ってよ！待ってってばー！」<br>　突然の大声にびっくりしたのは、ゴミ袋をぶら下げたおじさんと箒を持ったおばさんだけで、肝心の運転手には私の声は届かなかったらしい。駅に向かうバスは、無情にもドアを閉めて走り去って行ってしまった。<br>「…はぁ…はぁ…マジないわー…」<br>　昨日、ヒナと長電話してしまったのがいけなかった。お母さんが今日に限って当直だったのも更にいけなかった。いつもの時間のつもりでテレビをつけた私の眼に映ったのは、いつもの大塚さんではなく脂ぎった笑顔の小倉さんだった。パンを食べたい気持ちを必死でこらえて髪をとかしながら猛ダッシュしてきたというのに、ラッシュ時間最後のバスは、今まさに目の前で行ってしまった。次のバスは３５分後。駅までは徒歩４０分。<br>「…さぼっちゃおうかな」</p><p>　そんなことをつぶやきながら、私は、駅に向かう道をとぼとぼと歩きだした。</p><br><p><br>「さぼっちゃっても、いいかな」<br>　口に出してみると、なんだか誰かに許しを求めているみたいで、なんだか恥ずかしいような、照れ臭いような感覚に襲われた。<br>「さぼっちゃおうかなっ」<br>　居心地の悪さを振り払うため、さっきよりも幾分大きな声で言ってみるけれど、幹線道路を走るトラックの騒音にかき消される。照れ臭いまま、そのまま舗装された歩道をてくてくと歩いた。<br>　よく考えてみたら、『めざましテレビ』が終っている時点で、私が１時間目に間に合う可能性なんて、ゼロなのだ。それなのに、私はなんで、あんなに一生懸命バスに乗ろうと走ったんだろう。<br>　もういいや。駅に着いたら、いつもと反対の電車に乗って、買い物に行こう。春の新作、もう出てるって話だったし。<br>　おなかも空いたから、駅前のマックでソーセージマフィンとハッシュポテトも食べてこう。ここんところ、おなかが空きすぎて本当に困る。<br>　そうだそうだ、サボっちゃおう。今日一日くらい、私、自分のために楽しんじゃってもいいよね。</p><br><p><br>「…本気、なの？」<br>　昨日、放課後の社会準備室で、オオちゃんは、まるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔で目をしばたたかせていた。そりゃそうだろう。誰かに告白されるということは、それなりに突然で、それなりに驚きを伴うものだ。<br>　理数系の教師でもないのに万年白衣のオオちゃんのことを、なんで好きになっちゃったのかは、正直言ってよく分からない。ただ、３０過ぎたのに妙に童顔で捨てられた子犬みたいな目をしてるとか、ああいうタイプは女もろくに知らないからナイーブだとか、ああ見えて心に深い傷を持っているとか、そんな根も葉もないことをヒナたちとキャーキャー言いあっているうちに、なんでだか気持ちが盛り上がってしまったのだった。<br>　気持ちが盛り上がると、不思議なもので授業中に目が合うだけで「まさか、オオちゃんも私のこと好き…！？」なんて思ってしまう。しまいには「オオちゃん、お弁当、自分で作ってるらしいよ」「オオちゃん、物持ちがいいから昨日のネルシャツも４年以上着てるらしいよ」「オオちゃん、今日はひげそるの忘れたみたい！」なんてくっだらない情報を得ただけで、中学生みたいにドキドキしちゃうんだから、我ながらおめでたい性格だと思う。ともかく、この３カ月で、私は３０過ぎの独身、日本史教師のオオちゃんに深く深く恋をしてしまったのだった。<br>　だから、決めた。期末テストで世界史の点数が９０点以上だったら、オオちゃんに告白しようと。<br>　勉強嫌いの身としては、これはなかなかキツかった。けれど、その試練がまた、私の恋に拍車をかけた。いつしか『９０点取ったらオオちゃんは私を好きになる！』というとんでもない結論に達しながら、私は知恵熱が出るまで勉強にいそしんだ。<br>　そして結果は、見事に９３点。『よくがんばったね』と書かれた答案を見たときには、身体中の血が沸騰するんじゃないかとすら思った。そして、私はその答案用紙を握りしめ、社会科準備室の戸を叩いた。そして初めて入る準備室の中、笑顔で迎えてくれたオオちゃんに、私は、開口一番「好きです！付き合ってください！」と叫んだのだった。</p><br><p><br>　駅に着いた。もう９時近くなり、人もいつもより少ない。交番の前で立っているおまわりさんも、どことなく気の抜けた顔をしている。<br>　なんだか歩いたらおなかの空きも収まってきた。考えてみたら、朝からマックなんてバクバク食べてたら、せっかく消えてきた吹き出物がまた再発してしまう。やめとこう。<br>　反対方面への切符を買う。２１０円。乗り換え用も買おうかどうしようかうだうだ考えていたら、快速電車が行ってしまった。<br>　仕方なく、ベンチに座る。そしてもう一度心の中でつぶやく。今日一日くらい、楽しんじゃってもいいよね。私、振られたんだし。</p><br><p><br>「難しいね、それは」<br>　永遠とも思えるような長い時間黙った後、<br>　オオちゃんは困り顔でそう答えた。かあっと顔が熱くなる。手の汗で答案用紙はぐちゃぐちゃになっていた。<br>「…なんで」<br>「だって、君はまだ、高校生だよ」<br>「だから何なの」<br>「若いんだよ」<br>「だから、それが何なのってきいてるの！」<br>　授業中のように穏やかに話し続けるオオちゃんに、私は声を荒げた。窓の外から、男子の野太い掛け声が聞こえてくる。<br>「若いっていうのは、素晴らしいことだよ。勇気がある。体力がある。回復力だってある」<br>「………」<br>「だけど、もう僕は若くない」<br>　オオちゃんの言っている意味が、私にはよくわからなかった。<br>「若い頃って言うのは、自分の周りにない、珍しいものに興味を持つものなんだよ。君にとって、それはなんでだか僕だったってだけで。そして、それは一過性のもので、すぐに君の興味は別のものに移るよ。もっとほかに、きちんと夢中になれる何かに」<br>「なんでそれがオオちゃんじゃダメなの！？それに、なんでそんな風に決めつけるの！？違うかもしれないじゃん！一過性じゃないかもしれないじゃん！」<br>「なんでダメなのか。それは、僕が若くないからだよ」<br>　オオちゃんは、笑っていた。声はあげないで、でも、優しい笑顔。風で、柔らかそうで細い前髪が、ひゅっと揺れた。<br>「若くないって言うのは、替えが効かない。回復も遅い。残された時間も少ない。だから、『かも』で行動はできないんだよ」<br>「だけど、そんなこと言ったら、私の今の気持ちはどうなるの！？」<br>「…君は本当にまっすぐだね。うらやましいぐらい、眩しい」<br>「はぐらかさないで！」<br>「はぐらかしてないよ」<br>　オオちゃんは、微笑んだまま、私の手を取った。細いけど、私よりずっと大きい、男の人の手。握手するような形で、オオちゃんは私の顔を見た。<br>「若い頃にしかできないことは、ほかにもたくさんある。同じ年代の友達をたくさん作ること。知らないことを学ぶこと。思いっきり泣いて、思いっきり笑うこと」<br>「………」<br>「僕を好きだって言ってくれたことは、正直、本当にうれしかったよ。ありがとう」<br>「…オオちゃん」<br>「僕は、君をすごく傷つけてしまったのかもしれない。でもきっと、いつか僕のことも忘れるから。君の代わりに、今日のこと、僕はずっと覚えてるから。好きになってくれた子を、傷つけてしまったってことを」</p><br><p><br>　まずい。それは、絶対にまずい。<br>　オオちゃんに負担をかけたくない。オオちゃんに罪の意識を持たせてはならない。なんて、そんなことこれっぽっちも思わない。<br>　でも、オオちゃんに、「ああ、あの子は僕に振られたから、僕が傷つけたから学校を休んだんだな」なんて、死んでも思われたくない！</p><br><p><br>　振られた感傷に浸ってる場合じゃなかった。勢いよく立ちあがって、ケータイを開く。８時５５分。始業は９時だから、まだヒナに電話しても出てくれるだろう。<br>　もしもし、ヒナ？私。ごめん、悪いんだけどさ、寝坊しちゃってさ、なんか気づいたらテレビつけたら小倉さんいるんだもん。マジウケる。でさ、今から行くから、ちょっと１時間目のセンセーに言っといてくれる？あ、ごまかさなくていい！寝坊ですって。そう言ってくれる？特大の目ヤニとヨダレの跡付けていきますって。んじゃよろしく！ヒナに伝えたいことを一方的に伝えて電話を切る。<br>　そう、私は若い。だから、オオちゃん。オオちゃんの言う通り、この気持ちはまやかしかもしれないし、いつかオオちゃんのことを好きになったことも忘れてしまうかもしれない。<br>　でも、オオちゃんのこと好きなんだって思ったのは本当なんだよ。オオちゃんのギリシャの女神の話をするときの嬉しそうな目や、『魏』って漢字が書けなくて照れ臭そうに笑った時の片えくぼを見たときに、本当に本当にドキドキしたんだよ。<br>　だから、私は、オオちゃんに傷つけられたりしないの。大好きなオオちゃんに、私が傷つけられるようなことは、絶対ないんだよ？昨日、私は手を振りほどいて走って帰ってきちゃったけど、でも、あの時、オオちゃんが私にまっすぐ向き合ってくれて、すごく嬉しかったんだよ。<br>　若いのがタフで体力があるってことなら、私、これくらいじゃへこたれないから。勇気と回復力があるって言うのなら、何度拒まれてもケロッとした顔で笑ってるから。いつか忘れてしまうのなら、忘れる暇もないくらい、オオちゃんのことずっと好きでいるから！</p><br><p><br>　キヨスクでパンを買って、ちょうどやってきた学校方面の特急に飛び乗る。<br>　空席を見たときと、ヒナに「寝坊して目ヤニつけたままこっちに向かってる」って聞かされたときのオオちゃんの表情を想像して、私は、信じられないくらいわくわくしていた。<br>　１時間目のオオちゃんの授業の途中で、私、元気いっぱいで教室に入り込むから、パンをくわえて汗だくになってる私の顔を見て、笑ってね。ね、オオちゃん。</p>
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<link>https://ameblo.jp/deathtotoro/entry-10485333971.html</link>
<pubDate>Thu, 18 Mar 2010 23:12:46 +0900</pubDate>
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<title>遠い日の歌</title>
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<![CDATA[ <p>　最後に涙を流したのは、いつのことだった？<br>「今朝、あくびしたとき」なんて答えたシュウを蹴りながら、僕は改めて考えた。一体、いつ、どこで、どうして泣いたんだろう。<br>　いきなりそんな質問をしてきた先生は「私も、今朝玉ねぎ切ってて涙流したけどね」なんて言いながら、シュウと笑い合っている。<br>　放課後の音楽室。ピアノの前に座った先生と、傍らに立つ僕とシュウ。アイボリーのカーテンがはためいて、運動部の掛け声が聞こえてくる。<br>「でもさセンセ、何で急にそんなこと聞くの？」<br>「んー？」<br>　ポッキーをかじりながら尋ねるシュウに、先生は曖昧に微笑んだ。返事の代わりに、部屋に響きだすパッヘルベルのカノン。<br>「これを原曲とした合唱曲があるの、知ってる？」<br>「え、そんなのあんの？」<br>「『遠い日の歌』っていうの。あ、コマツくん、私もポッキー欲しい」<br>「うえー、高いよ？」<br>「没収されないだけありがたいと思いなさい」<br>　カノン弾き続けながら、先生はあーんと口を開けた。ちぇっ、と舌打ちしながら、シュウはポッキーを一本、先生の口に運ぶ。口をすぼめて菓子を食べるその姿は、どことなく艶かしい。<br>「人はただ、風の中を迷いながら歩き続けるんだよね」<br>　ようやく口を開いた僕をきょとんと見つめ、それから先生はにこっと笑った。その笑顔があまりにもまぶしくて、僕は思わず目を逸らす。<br>「おっ、ツチヤくん知ってんの？」<br>「中学のとき、合唱で歌ったから」<br>「っつかセンセ、口に物入れたまましゃべんなよな。きたねーだろー」<br>「男のクセに細かいねアンタは。じゃあツチヤくん、歌ってみてよ」<br>　とたんに曲が切り替わる。過去に歌ったその歌の前奏を聴きながら、先生の横顔を見つめた。<br>　決して美人じゃない。歳だって若くないし、何より左の薬指にはいつだってプラチナの指輪がはまっている。</p><br><p><br>　人は今　風の中で　燃える思い　抱きしめている<br>　その胸に　満ち溢れて　ときめかす　遠い日の歌</p><br><p><br>「もう、ツチヤくんがいきなり三番歌うから、あっという間に終わっちゃったじゃない」<br>　怒ったそぶりの先生に「ごめんなさい」と謝ると、「でも」と先生は続けた。<br>「私も、三番が一番好き」<br>　ふふっと笑って、先生はシュウからポッキーの箱を奪って食べ始めた。「何すんだよー」と怒るシュウに、「まあまあ」とか言いながら。</p><br><p><br>「で、センセーにはいつ言うんだ？」<br>　帰り道の突然のシュウの質問に、僕は思わず肉まんを噴いた。タケノコが鼻の裏に侵入し、痛い。<br>「え、ちょ、何だよ急に」<br>「急って。あんな毎日音楽室に通い詰めてるくせに」<br>「ば、バカお前、それはさ、元々ピアノが好きで」<br>「だろ？だからー、いつピアノ教えてくださいって言うんだよ」<br>「え？」<br>「習いたいんだろ？センセーに。俺が気づいてないとでも思った？」<br>　こいつがバカで助かった。<br>「お前には嘘つけないな」とか適当なことを言いながら鼻をかむ。強烈な異物感の後、ころんとタケノコが鼻から出てきた。僕はそれをくしゃくしゃに丸めると、川原に向かって投げ捨てた。</p><br><p><br>「最後に泣いたの、か」<br>　ごろんとベッドに寝転びながら、日中の先生の質問を考える。<br>　小さい頃は、よく泣く子どもだった。入浴中に風呂場の電気を消されたとき、幼稚園の送迎バスで隣に誰も座らなかったとき、しまいには電車のドアに描かれた手を挟む子どもの絵を見た時まで号泣した。<br>　けれど、昔の反動か知らないが、成長するにつれてとたんに泣かない人間になっていった。そりゃあ、高校生ともなれば誰だって滅多なことじゃ泣かないだろうけど、それでも、ここ五、六年は泣いたことがないように思う。<br>「いつだったかな」<br>　抱き枕を抱きしめて、「せんせ」と呟いてみる。<br>　先生は、なんで急にあんなことを言い出したんだろう。<br>　泣きたいことでもあったんだろうか。<br>　悲しいことでもあったんだろうか。<br>「せんせ」<br>　今頃、先生は何をやっているんだろう。<br>　ご飯を作っているだろうか。<br>　ぼんやりとテレビを観ているだろうか。<br>　それとも。<br>「せんせ」<br>　抱き枕に顔をうずめながら、もう一度呟く。<br>　今頃、もしも先生が泣いていたとしたら。<br>　泣きながら、僕に助けを求めていたとしたら。</p><br><p><br>　先生。<br>　僕は、先生のためならなんだってできるんだ。<br>　先生の笑う顔が、喜ぶ顔が見たいんだ。<br>　だから、いつでも僕を頼ってよ。僕に寄りかかってよ。<br>　ずっと、ずっと一緒にいるよ。</p><br><p><br>「せんせ、せんせ」<br>　うわごとのように呟きながら、僕は、抱き枕に腰を振り続けた。</p><br><p><br>「え、何、ツチヤくんピアノ弾きたかったんだって？」<br>　その日の放課後、突然の先生の言葉に思わず面食らった。シュウの仕業だ。あの男は本当に口が軽い。<br>「いや、おかしいなーとは思ってたんだよね。健全な高校男子が、毎日音楽室に入り浸ってるとかさ」<br>「あ、ええ、ピアノ弾けたらかっこいいかなって、それで」<br>「なになに？好きな子でもいるわけ？」<br>　そう聞かれて思わず俯くと、先生はにやっと笑って「いいねー若人！」などと言って僕の肩をバシバシ叩いた。違わないけど違うよ、とは言えなかった。<br>「よし、じゃあ私が一肌脱いであげましょう」<br>　先生はそう言って僕を横に座らせ、鍵盤に右手を置くように言った。<br>　ふわっと香るシャンプーの匂い。甘い、女の人の匂い。<br>「で、ほら、五本の指で、ド、レ、ミ、ファ、ソって」<br>　笑い顔の目尻に浮かぶカラスの足跡。<br>「コマツくんは今日は珍しく部活に出るとか言ってたっけね」<br>　少し浮いたファンデーション。薄く塗られた淡い色の口紅。<br>「おい！聞いてんの？」<br>「せんせ」<br>　突然呼ばれて驚いたらしい先生は、きょとんと僕を見つめた。少し充血した大きい目を見ながら、僕はどうしようもなくなってしまった。<br>「せんせ」<br>「なんですか、生徒」<br>「せんせえ」<br>「なーによもう、どうしたの？なんか嫌なことでもあったの？」<br>「わかんない。わかんないよ、なんも」<br>「わかんなくていいのよー。悩んで大きくなりなさい」<br>「茶化すな」<br>「茶化してないって。わかんないことも、悩むことも、大切なことだよ」<br>　ぽんぽん。頭をこんな風に撫でられるのなんて、いつ以来だろう。恥ずかしくて、情けなくて、でもすごく心地よくて、抱きしめたくて、どうすればいいのかわからない。<br>「先生、いつ、泣いたんですか？」<br>「え？あー。昨日の話？」<br>　頭を撫でながら、先生は笑う。ふふっと、自嘲的に。<br>「別にね、大した話じゃないのよ。ただちょっとね」<br>「何でも言ってください。僕、先生の力になりたい」<br>　一瞬ぴたっと手が止まって、それからすぐ、先生は面白そうに大声で笑い始めた。<br>「笑わないでください。本気ですよ」<br>「あはははは！面白いねツチヤくん。真顔でそんなこと言えるなんて、もてるでしょ？」<br>「そんなことない。先生にしか、こんなこと」<br>「あっはは、ありがと」<br>　ふう、と先生はため息をつく。冗談じゃないんだ、本気なんだよ。そう言いたくて、でも言えなくて、僕は先生を見つめた。<br>「泣いたのはね、おととい」<br>「え」<br>「旦那とね、わんわん泣いたんだ」</p><br><p><br>　その言葉を聞いて、僕の中で何かがちぎれた。<br>　言っちゃいけないことは、この世にはある。タイミングだって、この世にはある。<br>　でも、絶対にやっちゃいけないことがこの世にはある。大切な人の前で泣いて、大切な人を泣かせることだ。<br>「僕は、泣いたりしません。好きな人を、泣かせたりもしません」<br>「ツチヤくん？なんか今日変じゃない？」<br>「先生の前で泣いたりしません。先生を泣かせたりしません」<br>「え、どうしたの？目、怖いし」<br>　先生は訝しげに僕を見た。駄目だ、まだ駄目なんだ。でももう、止まれない。<br>「僕は、強いから泣いたりなんかしない。先生も泣かせたりしない。だから、僕と一緒にいてよ。そんな弱っこい旦那、やめちゃいなよ」</p><br><p><br>「あのね、私、赤ちゃんできたんだ」<br>　たっぷり一分は黙った後、先生は呟いた。<br>「え」<br>「おととい分かったの。結婚して八年で、初めてできたの。もう嬉しくて嬉しくて、旦那と手を取りながら大泣きしちゃった」<br>　顔に血が昇るのが分かる。顔が熱い。なのに頭まで血が回らない。何をすればいいのか分からない。<br>「それにね、ツチヤくん。人前で泣くことは、弱いことでも恥ずかしいことでもなんでもないんだよ。少なくとも、私は旦那が泣いてくれて嬉しかった。旦那と一緒に泣けて嬉しかった」<br>　もういいよ。わかった。わかったから、この場から開放して欲しい。どうすればいいのかわからない。<br>「ツチヤくんも、いつか分かると思う。好きな人の前で涙を見せられるのが、どんなに嬉しいことかって」</p><br><p><br>　何も言わずに、音楽室から逃げ出した。<br>　先生の目に、僕はどれだけ滑稽に映ったことだろう。<br>　先生。先生。先生。<br>　先生のためなら、なんだってできると思ったんだ。<br>　先生をまもりたいって、ずっと一緒にいたいって、本当に本当に思ってたんだ。<br>　だけど。<br>　好きに見せかけて、本当に僕は先生のことを考えていた？<br>　自分に都合がいいように解釈して、事実を捻じ曲げて、自分のことしか考えてなかったんじゃないか？<br>　先生を不幸だと決め付けて、自分しかそれを助けられないって決め付けて、何が好きだ。何が守りたいだ。<br>　恥ずかしい。恥ずかしい。今すぐ死んでしまいたい。</p><br><p><br>「どうしたんだよ、上履きのまま」<br>　振り向くと、ジャージ姿のシュウが立っていた。中庭に上履きで佇む僕が、異様な姿に見えたのだろうか。<br>「センセーにピアノ習うんじゃなかったのかよ」<br>「余計なことすんじゃねーよ。わざわざ言いやがって」<br>「何だよその言い方。俺に八つ当たりすんな」<br>　そうだ、これは八つ当たりだ。シュウは何も悪くない。なのに。<br>「部活サボりたいからっていつも音楽室ついて来やがって、そんで余計なことして物事メチャクチャにして、最低だ」<br>「おい、お前、言っていい事と悪いことあんだろ。こっちは良かれと思ってやってやったのに」<br>「誰も頼んでない！」<br>　怒っている。シュウが怒っている。当たり前だ。言っちゃいけないことはこの世にはある。僕は今、感情に任せてそれを言っている。<br>　最低だ。本当に最低だ。成長するにしたがって泣かなくなったって、心はぜんぜん成長していない。<br>　泣く泣かないなんて関係なかった。大人になんてなってなかったし、強くなんてなかった。</p><br><p><br>「あ」<br>　僕に掴みかかろうとしていたシュウの動きが止まった。見上げた五階の音楽室から、ピアノの音が聞こえる。<br>「これ、昨日の曲じゃね？」<br>　ええと、なんだっけ。首を傾げるシュウに、僕は呟いた。<br>「遠い日の歌」</p><br><p><br>　人はただ　風の中を　迷いながら　歩き続ける<br>　その胸に　はるか空で　呼びかける　遠い日の歌</p><br><p><br>「泣くなよ」<br>　シュウが首に巻いたタオルを差し出した。そこでようやく、僕は歌いながら泣いていることに気がついた。<br>「お前さ、気ぃ張りすぎなんだよ。もっと緩めろって」<br>「う、るさ、い」<br>　涙が止まらなかった。ひっくひっくと、嗚咽が次から次へと溢れてくる。何も言わず、シュウは僕の顔をタオルで拭ってくれた。<br>「あ、あせ、くさ、い」<br>「うっせーよ」<br>　恥ずかしかった。情けなかった。だけど、僕は泣くのをやめなかった。やめられなかった。<br>「まあ、さ、お前ならすぐほかにいい女見つかるって」<br>　ぽんぽん、と背中をさすられて、とうとう僕は大声を上げて泣き出した。<br>　何でこいつ知ってるんだ。誰にも言ってなかったのに。バカだと思ってたのに。何も気づいてないと思ったのに。</p><br><p><br>　泣きながら、僕は「ごめんなさい」と呟き続けた。シュウは、ずっと背中をさすっていてくれた。<br>　何も知らないで、何でも知った気でいて、強いつもりで、弱いままで、相手を見下して、決め付けて。<br>　強くなろう。本当の意味で。虚勢を張らず、決め付けず、ありのままを受け入れられる自分になろう。<br>　またいつか、先生と笑いあって話せるように。シュウと対等に笑い合えるように。<br>「何泣かせてんだよ、いじめっ子」という声が聞こえる。「俺じゃないっすよ、先輩！」と慌てるシュウの声。<br>　そのあまりの慌てように、僕は思わず泣きながら笑った。<br>　夕方の中庭に、カノンはいつまでも優しく響き続けた。<br></p>
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<link>https://ameblo.jp/deathtotoro/entry-10484353899.html</link>
<pubDate>Wed, 17 Mar 2010 20:53:12 +0900</pubDate>
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<title>夕暮れの涙</title>
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<![CDATA[ <p>　あのね、俺、今すげえすげえ苦しいんですよ。<br>　何で俺ばっかこんなに苦しくなきゃいけないんですかってくらい苦しいんですよ。<br>　あーもー苦しい苦しい。なんもしたくない。いやだいやだいやだいやだ。やべーいやだって言い続けると『ダイヤだ』って聞こえんのな。心底どうでもいいわ。<br>　こんなこと誰にも言えねぇ。んだよもう。意味わかんねえ。何で俺がこんな気持ちになんなきゃいけないんだよ。あーこれさっきも言った。我ながら支離滅裂。<br>　一生このままだったらって思うと泣きそうになる。むしろ涙が出てくる。そんで死んだらどうなるのかって思ってどうしようもなくなっちまうの。<br>　クラスの奴らとか、絶対誰も死んだ後のことなんか考えたことないに決まってるって。こんなこと、本気の悩みを持った人間じゃなきゃ考えっこないんだから。<br>　あーでもあいつら幸せだよ。こんなこと悩まない方が絶対マシ。幸せ。人生順風満帆！っかー羨ましいね。もうどうしようもなく羨ましいね。俺はもうどうしようもねえっつうのに。<br>　オヤジもオフクロも、なに俺をこんな身体で生んだんだか心底わかんない。お前らは好き同士でくっついてそりゃよかったねおめでとうでしょうけど、俺にはいい迷惑だっつの。<br>　やべーマジやベーよ！今までスッゲー隠して隠して隠し通してきたのに、明日は多分、もうどうしようもねえ。絶対くだらないあだ名つけられる。今までの俺のクールキャラ台無し。<br>　あーやだ死にたい死にたい。どうしようもない。吐きそう吐きそう。地球なくなれ。京都消えろ。</p><p><br></p><p>　なんだって俺、中三にもなって、チン毛の一本も生えてこねえの…？</p><p><br></p><p>　あー…涙でてきた。修学旅行、行きたくねぇ。</p><br><br><br><br><br><p>　実家の押入を整理していたら出てきた中学三年生のときの日記に、思わず苦笑した。無駄に分厚い茶色の表紙の五年日記は、その日で更新が止まっている。<br>　修学旅行の前日、まだ陰毛の生えていなかった僕の、どうしようもない思いの丈が、くだらなくて切ない。<br>　そう、陰毛ひとつが地球滅亡を左右させるほどの重要事項だったあの頃。陰毛の発育が他人と自分の一線を隠す高尚な悩みだと思っていたあの頃。<br>　それでも、あの頃の僕は、苦しんでいた。誰にも笑われたくなくて、自分の理想の自分を保っていたくて、もがき苦しんでいたのだ。その苦しみこそが、世界で唯一無二の苦しみだと信じて疑わずに。<br>　その、愚かで純粋な思いが、今の僕にはひどく苦しい。</p><br><p><br>　あの頃の僕よ。確かに多少遅いかもしれないが、心配しなくても、君の陰毛は、その日から三ヶ月もすれば立派に生え揃う。修学旅行中についた『パイパン』という不名誉なあだ名も、夏休みが終わればみんな忘れている。<br>　その次の心配の種になる初体験だって、きちんと高校三年生で経験できる。悪友に見栄を張って行くことになる場末のソープで、ハタチと言い張るおばさん相手に見事本懐を遂げるだろう。<br>　そんな確実に過ぎ去っていく通過儀礼よりも、君にはいろいろな問題が立ちはだかっていく。<br>　君がうざいと蔑んだ両親は、二十年後にはどちらもいなくなる。酒が大好きな君の父親は、君とふたりで酒を飲むという夢を病室で語りながら、君の二十歳の誕生日を待たずに肝硬変でこの世を去る。せめて母親には親孝行をしようとする君は大学を卒業して上京するだろう。だけど、都会の空気に毒された君は、いつでも孝行は出来ると思い込み、数年に一度しか実家に戻ることもなくなる。そしてそのたびに寂しそうに笑う母親は、父が死んでから十五年後に、交通事故であっけなく死ぬ。<br>　運良く就職できた会社は、不景気のあおりを受けて大規模なリストラを敢行するだろう。君の世話をよくしてくれるであろう気弱な上司も、酒の場でだけ活き活きする中年の宴会部長も、仕事は遅いけど丁寧に君のフォローをしてくれる優しい先輩も、気のいい人間はみんな首を切られていく。そして、その人事を言い渡すのは、自分だけ調子よく昇進した君の役目だ。彼らの憎悪に満ちた視線は、君に一心に注がれるだろう。どんな手を使ったんだ、この会社の犬め。そんな汚い言葉も、聞き慣れる日が来るだろう。<br>　四人目に付き合う恋人とは二十五歳で結婚し、その五年後には離婚する。生まれる子どもは、それはそれは可愛い女の子だ。けれど、君が彼女に会えるのは年に二回。それすらも、多忙な仕事に邪魔されるばかりで、娘は君と会ってもにこりとも笑わなくなっていく。新しい父親に、とてもよくしてもらっているそうだ。<br>　そして、陰毛ひとつで涙をこぼしていた君は、いつからか一滴の涙もこぼせなくなる。母親が死んでも、親のような元上司に悲しそうに微笑まれても、娘に帰りたいといわれても。</p><br><p><br>　十五歳の僕よ。どうかこの思いが届くなら、どうか、どうか少しでも、その打たれ弱さを持ち続けて欲しい。悲しいことや辛いことや苦しいことに、純粋に反応し続けられる身体を持ち続けて欲しい。<br>　悲しいときに笑うことは美徳ではない。本心をひた隠すのは素晴らしくもなんともない。苦しいときに苦しいと、吐きそうだと、死にたいと、そう素直に言える心と、言える相手を持つことに全力を注いで欲しい。<br>　そして、大切な人に大切だと言える強さと、大切な人に寄り添おうとする強さを持って欲しい。君が思っているよりずっと早く時は過ぎ、君が思っているよりもずっと早く、大切な人たちは君の前から消えていく。<br>　何を願っても、君に届くことはないだろう。けれど、ほんの少しでもいい。君が、今の僕よりも、ほんの少しでも多く笑える今を手に入れられるよう。どうか祈らせてくれないか。</p><p><br>　</p><p>　主のいない古びた家の一室で、僕は、リュックサックを抱えて半べそになっていた僕を、ひたすら思い続けた。<br>　古びた日記の古びた染みが、夕焼けの色に滲んで見えた。</p>
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<link>https://ameblo.jp/deathtotoro/entry-10483631714.html</link>
<pubDate>Tue, 16 Mar 2010 22:18:21 +0900</pubDate>
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<title>あたりめ</title>
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<![CDATA[ <p>「…カズミぃ」<br>　玄関のドアを開けると、案の定、そこにはヤスの姿があった。<br>寒さのせいだけではなさそうな赤い鼻の頭を見ながら、私はそれに気づかないふりをして「何か用？」と尋ねた。<br>　甘ったれな幼馴染は「知ってるくせに」と下がり眉を少しだけ上げて、くしゃっと笑った。</p><br><p><br>　県営団地に住む主婦たちの話題なんて、ひとつしかない。Ａ棟のナントカさんちの旦那さんがリストラされそうだとか、Ｃ棟のカントカさんちの娘の帰りが遅いだとか、そんな他愛もないうわさ話だけだ。<br>　団地内で今、最もセンセーショナルな話題は、『Ｂ棟の芹沢さんが離婚』というもので、それはつまり、ヤスの両親が別れを選んだということだった。それも、おばさんが突然、男を作って姿を消すという形で。<br>　生まれた時から同じ棟に住み、ヤスと姉弟のように育ってきた私は、もちろんヤスのおじさんやおばさんにもとてもかわいがってもらっていた。だからこそ、あんなに優しくて料理上手なおばさんがヤスやおじさんを置いて出て行くなんて信じられなかったし、無口だけど頼りがいのあるおじさんが、干からびていくように小さくなっていく姿を見たくはなかった。何より、主婦たちの格好の餌食になって、根掘り葉掘り質問責めに遭うヤスの弱気な笑顔なんて、憎たらしいとさえ思った。</p><p><br></p><br><p>「おみやげ」<br>　ヤスの差し出したあたりめを開ける。部屋にぷあんと磯の香りが広がった。<br>「もっとマシなものがあればよかったんだけどさ、うち、もうあたりめしかなくて」<br>　知っている。おじさんは離婚してから、酒とつまみしか口に入れなくなってしまったのだ。ファストフードの袋を提げて帰ってくるヤスの姿を、私も何度か目にしている。<br>「いいよ、私あたりめ好きだから」<br>「へへ、ありがと」<br>　照れ臭そうに笑うヤスの顔を見る。いつからこんなにニキビが増えたのだろう。白くて、ふくふくしていたヤスのほっぺた。<br>　無言でがじがじとあたりめをかじる。遠くで救急車のサイレンの音が聞こえた。</p><p><br></p><br><p>「俺ね、昔、なんでカズミは女の子なのにこんなに強いんだろうって思ってた」<br>　がじがじ。<br>「何よいきなり」<br>「ほら、だってさ、カズミのほうが俺よりずっと身体も大きかったじゃん？取っ組み合いのけんかになったって、かないっこなかったもん」<br>「そうだったけ」<br>　がじがじ。<br>「そうだよ。俺、泣き虫だったじゃん？毎日のようにカズミに泣かされてた」<br>「あー。確かにあんた、泣いてばっかだったよね」<br>　がじがじ。<br>「でもさ、その分、俺のこと、すごく守ってくれてたよね。ちびとか、とろいとか言われた時、まっさきに飛んできてくれてたもん」<br>「…忘れた、そんなこと」<br>「あの時から、俺、カズミに守ってもらってばかりだね。情けないね。男なのに。もう、カズミよりも大きいのに」</p><p><br></p><br><p>　おじさんは、ヤスに暴力を振るうようなことは決してしなかった。だけど、かわりにヤスのことを見なくなった。話すことも、返事することもなくなった。ヤスのつらさまでを肩代わりする力を、おじさんは持っていなかった。<br>　久しぶりに私の家に来た時、ヤスは「だからね、俺、お母さんだけじゃなくて、お父さんにも捨てられちゃった気分」と言いながらふふっと笑った。おかしいことなんて、何一つないのに。<br>　それから頻繁に訪れるようになったヤスは、それでも一度も泣かなかった。少なくとも、私の前で涙を流すようなことは一度もなかった。「寂しいんだよー」と、多分本心であろう言葉を呟きながら、へらへら笑っていた。<br>　適当にしゃべって、へらへら笑いながら帰ってく。自分の部屋へ戻っていくヤスの背中に、私は何度、心の中で声をかけただろう。</p><p><br></p><br><p>　私が、あんたを守るから。お母さんがわりだろうと、お父さんがわりだろうと、あんたが望むなら、いつまでも手を握り続けるから。<br>　あんたにたくさんの優しさが降り注ぐように、私はいつまでも祈り続けるから。<br>　だから、だから。</p><br><p><br>「私は、あんたのこと、きっと全部はわかってあげられない」<br>「…うん？」<br>　がじがじ。<br>「昔みたいに、ずっと一緒にいて、あんたに何かがあったら飛んでくってことも、難しいと思う」<br>「…ん」<br>　がじがじ。<br>「だけど、忘れないで。何があっても、私はあんたを絶対に捨てたりしない」<br>　がじ。</p><br><p><br>　ヤスの手からぽとりと落ちたあたりめを見て、ようやくわかった。<br>　ああ、そうだ。私はずっと、ヤスの泣き顔が見たかったんだ。大きいとは言えない目からぽろぽろとこぼれおちる涙を、苦しそうに歪む口を、真っ赤に染まったほっぺたを。<br>　私はヤスをそっと抱き寄せた。耳元に、子どものころよりずっと低くなったヤスのうめき声が聞こえた。背中をなでてやると、ヤスはとうとう大きな声をあげて泣き出した。<br>　あんたは、ちっとも情けなくない。ちっとも弱くなんてない。ずっと大きかった私に立ち向かってくる勇気も、同級生に何を言われても笑って流せる心の強さも、あんたは昔から持ってたんだよ。そんなあんたが、私の前でだけ泣いてくれるのが、すごく嬉しかったんだよ。<br>　捨てたりしない、なんて嘘だ。本当は、私があんたに捨てられたくないんだ。あんたに不要だって思われることが、何より怖いんだ。<br>　ねえ、私、ずっとあんたのことを守るから、あんたが望んでくれるなら誰よりもそばにいるから、だから、お願い。私の手を離さないで。いつまでも、私にだけその愛しい泣き顔を見せて。</p><br><p><br>　いつの間にか重くなった肩。泣き疲れて眠ってしまったヤスの顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。<br>　私のシャツもぐちゃぐちゃになっていたけど、そんなの、どうでもよかった。<br>　ただ、その温かい鼓動を、少しでも長く聞いていたいと思った。</p>
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<pubDate>Mon, 15 Mar 2010 23:50:45 +0900</pubDate>
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