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<title>文学的なあまりに文学的な…。</title>
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<description>本格的な文学中心のブログにしたいと思っています。よろしくお願いします。</description>
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<title>2019/09/11</title>
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<![CDATA[ <div>てか、親であっても全然俺の状況わかっていないな。できるならもう既にやっている。それがどれだけの死闘なのか。なぜわからないか。それは近年多くの場面で共に行動したこともないし圧倒的に近年の僕に関する情報量が不足しているからだ。</div><div><br></div><div>やはり、女性というものはすぐに感情論に走るし、私の母親の場合は教養も足りない。教養が足りないから参照するデータが少なく物事を正しく認識することができないのだ。正しく認識できないから正しい答えを導き出せず正しいことを言えないのだ。チンプンカンプンなことを言ってしまうのだ。</div><div><br></div><div>僕は結果主義者で非合理的なことや精神論や根性論が大嫌いなのだ。例えば、僕が小学生のころに属していた野球チームは全然試合に勝てず負けてばかりだったけれど（最高で21連敗）それはメンバーの能力の問題もあるけれど何より合理的な練習ができていなかったからだ。合理的なチーム編成を組むことができなかったからだ。頑張ったから偉いとか、沢山殴られたから強くなるとかそんなことあるわけないじゃないですか。ようは勝てればいいのだ。勝つ上で苦労が伴うならばそれは必要な意味のある苦労であったと言えるだろう。勝つためには合理的な練習や合理的なチーム編成、合理的な作戦が不可欠だ。そして野球がスポーツでありゲームである限りできるだけ楽しく勝つことが重要である。</div><div><br></div><div>結果は全ての過程の答えで結果が悪いということは過程が間違いだったということだ。結果は常に冷徹に真実を写し出す。</div><div><br></div><div>僕はとにかく早く目標とするもののスタート地点に立ちたいだけだ。秒針よりも早く動きたいだけだ。動くのは僕でリスクを負うのも僕であるから同意といくらかの協力だけ欲しいのだ。残念ながら人間というものは何事も一人で成し遂げることはできないからである。</div><div><br></div><div>9.10.2019</div>
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<pubDate>Wed, 11 Sep 2019 15:21:50 +0900</pubDate>
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<title>筑波宇宙センター</title>
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<![CDATA[ <div>筑波宇宙センターに行ってきたけれどロケットや人工衛星という人類最高レベルのテクノロジーを目の前にして対比的にむしろ人間の愚かさが頭の中をよぎって止まらなかった。ロケットも人工衛星も現在兵器として使われていて宇宙空間は既に重要な戦場の一つと化している。</div><div><br></div><div>人類のDNAは原始時代とさほど変わらず、原始時代とさほど変わらないDNAを持った人間が高度なテクノロジーを持った結果だと思うのだがどうだろうか？</div><div><br></div><div>時代は抑止の段階に入っており、例えば人類は20世紀中盤には既に原子エネルギーを手に入れている。しかし、その使用は制限されており（使い方によっては地球一つ壊すことくらい簡単なのだが）誰もが自由に原子エネルギーを使用することは許されない。ロケットもしかり、人工衛星もしかりだ。</div><div><br></div><div>2019年現在国家レベルの組織がロケットや人工衛星を製造し打ち上げることは簡単なのだがその打ち上げは純粋に技術的なものとは異なる基準により制限されている。ロケットは未だに重要な兵器の一つだし、多くの国では国家存続の為の戦略兵器と位置づけ開発を続けその数を増やし続けている。</div><div><br></div><div>しかし、僕は決してそれを悲観しているわけではない。「制限」こそが人類が20世紀の悲惨な戦争の歴史から学習した最たるものなのではないだろうか？とにかく、20世紀前半はまさかの戦争の世紀でかつてなく多くの血が流れ無名の兵士達が何の英雄主義もなくロマンティシズムもなく泥人形のようにバタバタ倒れ文明の谷間でテクノロジーに囲まれながら悲惨な最期を迎えたわけだけれどそれでも現在の世界は20世紀以前に比べ多くの面で遥かにグレードアップされているではないか。もちろん、全ての人間にその恩恵が行き届いているわけではなくむしろテクノロジーにより物質的にも精神的にも貧しくなり、自由を奪われ、人間としての尊厳を奪われている人々が多くいるのもまた事実ではあるが。</div><div><br></div><div>しかし、私達はかつてない学びの蓄積を持っているというのも事実である。学びの蓄積とはデータの蓄積のことである。このデータの蓄積がありテクノロジーの進化、地球人口と各国の人口とその分布の変化、社会的構造の変化がある限り歴史は繰り返さないというのが僕の持論である。条件が異なれば同じ歴史が繰り返されるなどということがあるわけがないと思うのだがどうだろうか？</div><div><br></div><div>この先どのようになるかそれは近年さらに予測困難になっているけれど僕は決して20世紀の悲劇が繰り返されることはないと思う。</div><div><br></div><div>9.8.2019</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190909/08/deepck/d9/b1/j/o1080081014581594569.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190909/08/deepck/d9/b1/j/o1080081014581594569.jpg" alt="" width="1080" height="810"></a><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190909/08/deepck/f9/8c/j/o1080081014581594574.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190909/08/deepck/f9/8c/j/o1080081014581594574.jpg" alt="" width="1080" height="810"></a><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190909/08/deepck/9a/fd/j/o1080081014581594584.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190909/08/deepck/9a/fd/j/o1080081014581594584.jpg" alt="" width="1080" height="810"></a><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190909/08/deepck/70/3b/j/o0810108014581594591.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190909/08/deepck/70/3b/j/o0810108014581594591.jpg" alt="" width="810" height="1080"></a><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190909/08/deepck/b7/fd/j/o0810108014581594600.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190909/08/deepck/b7/fd/j/o0810108014581594600.jpg" alt="" width="810" height="1080"></a><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190909/08/deepck/ce/1e/j/o1080081014581594604.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190909/08/deepck/ce/1e/j/o1080081014581594604.jpg" alt="" width="1080" height="810"></a><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190909/08/deepck/87/32/j/o1080081014581594611.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190909/08/deepck/87/32/j/o1080081014581594611.jpg" alt="" width="1080" height="810"></a><div><br></div></div></div></div></div></div></div>
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<pubDate>Mon, 09 Sep 2019 08:09:52 +0900</pubDate>
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<title>無題</title>
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<![CDATA[ <p dir="ltr"><span style="font-size:1.00em;">〈無題〉</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size:1.00em;"><br></span></p><p dir="ltr"><span style="font-size:1.00em;">昨日の晩我が身に起こった様々なことを思い出す瞬間があってまぁよく30歳まで生き延びたなと思う瞬間があった。特に10代中盤からは本当に修羅場の連続で生きているのが不思議なくらい本当に色々なことがあって悲惨また悲惨、お陰でどんなことが起こっても驚かなくなりました。特に家族内での内戦は本当に地獄のようでいつニュースに出るような悲劇が起こってもおかしくない状態が数年間も続き疲弊、混乱、発狂のカオスでどこにも逃げ場がないなと常に思っていました。様々な要素が混じり合ってあのような状態になってしまったのだと思うけれどこの平和な現代日本で一瞬たりとも平和を感じられなかったというのはなんという皮肉であろうか。現代の悲劇の大半は文明の谷間、光の当たらない場所で起こっていてそれが高い場所から眺めている人間にはよくわかるのだが谷間で生きている人間にはわからないのです。そのような光の当たらない谷間というのは基本的に日本全国どこにでも存在しているのです。それがこの数年でよくわかるようになりました。大都市の中心に近い下町の商店街の片隅で起こる現代的悲劇の連続こそが僕の見てきた日本の光景でたまに見える平和な牧歌的な日本などは僕にとっては逆に貴重なものなのです。木も草もロクに育たない殺伐としたコンクリートの砂漠が僕の故郷でノスタルジーも何もないのです。僕の故郷はそのような場所で僕には帰るべき田舎などは存在しない。週末にドライブなので自然の豊かな場所に行くと心が満たされているのがわかるけれどやはり本来人間というのは自然の中で生活していくようにプログラミングされているのでそれは当然といえば当然のことです。それにしても戦後数十年かけて日本人が作り上げてきた物質的に豊かな経済大国としての日本の姿があのようなコンクリートの監獄だとするならばなんと虚しく哀しい戦後であったことか。文明の谷間で全てのものから見捨てられ見放され悲惨に死んでいく人間達を代弁しまた自らのそのような立場からの脱出の為に今これを書きました。上にいくだけです。でなければ死ぬだけです。</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size:1.00em;"><br></span></p><p dir="ltr"><span style="font-size:1.00em;">7.15.2019</span></p>
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<link>https://ameblo.jp/deepck/entry-12494309562.html</link>
<pubDate>Mon, 15 Jul 2019 16:13:21 +0900</pubDate>
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<title>AIと労働</title>
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<![CDATA[ <p dir="ltr"><span style="font-size:1.00em;">〈AIと労働〉</span></p><br><p dir="ltr"><span style="font-size: 1em;">僕はテクノロジーに関しては比較的楽観的な方だと思うけれどAIの普及によって人間の労働時間が減るとは思っていない。労働の質は変わるだろう。しかし、人間の仕事量が減るかどうかといえば僕は減らないと思う。効率は圧倒的に良くなり生産性は圧倒的に高まる。しかし、僕の脳裏にはAIと人間両方が複雑に入り乱れフル稼働する未来の生産現場の光景が浮かんでくるのだ。なぜ、AIの導入により圧倒的に効率が良くなるのに人間の労働時間が減らないかといったらそれは資本主義の社会では基本的に国家や様々な組織にそれぞれ競争原理が働くからだ。例えば産業革命により生産性は圧倒的に高まった、それで人間の労働量は減っただろうか？パーソナルコンピューターの導入により労働時間は減っただろうか？機械の登場やコンピューターの普及により圧倒的に効率は良くなり生産性は上がったのになぜブラック企業や過重労働が問題になるのか。今のところ機械やコンピューターを操っているのは人間で、人間同士の間で競争心が発生するからだ。あの国よりもあの組織よりも質のいいものを早く大量に生産したいという心理が人間同士の間で働いている限り人間の仕事量は減らないだろう。</span><br></p><br><p dir="ltr"><span style="font-size:1.00em;">僕はAIの普及によっても人間の労働時間は減らないと思う。グローバルな世界での熾烈な競争が激化している現代において、AIを導入するのはどの組織も同じで各国々、各企業がそれぞれAIを導入したときに果たしてどこで他と差をつけるのか？僕は人間の労働力で差をつけるしかないと思う。しかし、先ほども述べた通り生産性は圧倒的に上がる。ものをより早く大量に生産できるようになる。しかし、AIが人間の産物であり人間がAIを活用している限り人間の仕事はなくならないだろう。</span></p><br><p dir="ltr">僕には人間とAIがフルに活動する未来が見えている。人間とAI搭載の様々なものやロボットが入り乱れた近未来の光景が脳裏に浮かんでくるのだ。</p><br><p dir="ltr"><span style="font-size:1.00em;">では、どのような仕事がなくなり、どのような仕事が残り、どのような仕事が新しく発生するのだろうか？様々な情報と体験を基に考えてみると僕はいわゆる「味」や「わびさび」のようなものが求められる仕事は残ると思う。また、人間にしか出せない暖かさのようなものが求められる仕事や高度に精神的な技術を求められる精神労働のようなものも残るだろう。芸術家とはいわゆる精神労働者である。芸術関係の仕事は間違いなく残るであろう。</span><br></p><br><p dir="ltr"><span style="font-size:1.00em;">AIを育て様々な分野で活用する仕事は新たに発生するであろう。僕は全くの門外漢であるけれどITエンジニアのような仕事は例えばプログラマーのような仕事は近い将来読み書きそろばんと同等の価値しかもたなくなり高度な専門職ではなくなる。これは、最近何かと話題の落合 陽一氏も「10年後の仕事図鑑」という本のなかで言っていることだ。また、プログラミングAIの登場により仕事の質は大きく変わりAI との競争が激しくなる職種の一つであると思う。長距離トラックの運転手などは自動運転技術の普及により職を失うものが多くなると思う。しかし、配達先の狭く複雑な路地やマンションの廊下のような場所で荷物を運んだりするのはまだ人間の方が有利なので運転だけAIがおこない配達先で荷物を運ぶのは人間というようなコンビネーションが生まれるかもしれない。その場合長距離トラックの運転手は職を失わず仕事の質が変わり今よりも負担の少ない労働ができるということになる。</span></p><br><p dir="ltr"><span style="font-size:1.00em;">僕はテクノロジーに関しては比較的楽観的な方だが過度に期待していないし逆に懐疑的な感情も持っていない。うまく使えば我々の生活、暮らしを豊かにしてくれるのは間違いないと思うけれどもどんなテクノロジーも間違った使い方をする人間が当然出てくるだろうし弊害が発生するとするならばそれはテクノロジーのせいではなくテクノロジーを使用している人間の問題だ。僕は自然と良き伝統と最新のテクノロジーの融合こそが人間の進むべき道であると信じている。</span></p><br><p dir="ltr"><span style="font-size: 1em;">9.4.2018</span><br></p>
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<pubDate>Mon, 15 Jul 2019 16:03:24 +0900</pubDate>
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<title>蜥蜴の女</title>
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<![CDATA[ <p dir="ltr"><span style="font-size:1.00em;">〈蜥蜴の女〉</span></p><p dir="ltr"><br></p><p dir="ltr">いかにも薄幸そうな色白の顔をした東北の女。僕は彼女と同じサークルに所属していた。彼女はすでに３年生でもっとも真面目に勉強をしている学生の一人だった。僕は初めて彼女をキャンパスの学習室の前で見た時になぜかおろおろとしてうろたえてサークルを牛耳るOBの男に笑われたのだった。しかし、実際には僕は彼女自身におろおろしたのではなかったのだが、流れの中でなぜかおろおろとしたかたちになってしまったのだ。あまり派手な服装をしておらず、常に質素でタイトな黒いパンツを履いていたイメージがある。彼女は背が低く華奢な体つきをしていた。声は乾いた張りのある少し低い声でしかし声量がなく結果常に小さな声で話をしていた。ぼそぼそとした感じではなくはっきりと言葉を発した。</p><p dir="ltr">僕は初めて参加したサークルの勉強会で一発屋の気分で資料を作り発表して歓迎され無事にサークルデビューを果たしたのであったが、自分が属そうとしているサークルがどのようなサークルなのかまだ正体をつかみきれておらず、少し不安だった。親父が死んでからまだ僅かな期間しか経っておらず毎日半分やけくそな気分で生きていた。僕はひたすら真面目に勉強し、中学、高校時代に大量の読書で脳に詰め込んだ知識を整理し体系化しようとそのことに真剣に取り組もうとしていた。精神的に不安定で神経衰弱気味で僕は時に生ける屍のような姿をさらし先輩やクラスメイトを驚かせた。</p><p dir="ltr">僕は高校時代のトラウマにより酒を飲まなかったが当時から喫煙しておりよく大学の喫煙所にいたものだ。ある日、よく行っていた大きな喫煙所の一つが閉鎖された。理由はその喫煙所でマリファナを吸った学生がいるからで、確か海外からマリファナを密輸入して逮捕された学生がその喫煙所でマリファナを吸ったことが直接のきっかけだと噂されていた。僕は図書館にいることがもっとも多く文学全集や精神医学の学会誌を好んで読んでいた。いまでも、ジョルジュ・バタイユの文学全集を地下の図書館で読んでいたことを覚えている。僕は図書館の地下に寝袋を持ち込んで泊まりたいと思っており今それを思い出して夜の牛丼屋で少しニヤけてしまった。僕はまだクラブにも行ったことがなくたまにバーやレストランで飲み会があるときも酒を飲まなかった。僕はもともとアルコールにあまり強くなく当時は抗うつ剤をのんでおりそれらの理由で酒を飲まなかったのだ。</p><p dir="ltr">さて、女の話しに話を戻そう。僕は女の乾いた潤いのない砂漠の爬虫類の生物の鱗つきの皮のような感性をおそれており、しかし、その感性が当時の私の感性に類似していることに気づいていた。女もそのことに気づいており文化祭の打ち上げの飲み会のあとベロベロに酔った彼女は私の親指を掴んで言ったのだった。「あんたは私の弟と同じ年だ。私の弟は施設にいるんだけど、色々と思うことがあるんだよね。隅垣は私の弟分として…」。弟分という言葉に完全にシラフの僕は戸惑ったけれど心の中で「確かに当たっている」っと思った。しかし、全く動じていないふりをした。女は背が低くかったので僕にしがみつくようなかたちになり、いきなり泣いた。同じサークルに属すHという一つ年下の長身のバンドをやっている男が「あーあ。悪いなぁ。女の子を泣かしちゃダメだよ」っと言った。僕はちょっと勘弁してくれと思っていたけれど相変わらず動じないフリをしていてしかし僕の心臓は激しく脈打っていた。それほどまでに、僕は女の感受性と自分の感受性が似ていることを恐れており全身の神経が張りつめ身震いがする思いだった。</p><p dir="ltr">女は瞳孔の開いた大きな目をしていた。比較的整った綺麗な顔つきをしており、地味ではあるが夜の街に出れば男には困らなかっただろう。しかし、彼女はなかなか男を作ろうとはしなかった、男を寄せ付ける色気というものがなくほとんど化粧もしておらず男を寄せ付けない何かがあった。女はこのサークルを牛耳るOBと僕を自分の理解者としている節があり僕らが３人になると本音でものを言ったものだ。僕はなんて不幸な女なんだと思っていた。彼女の感受性は極めて幸せを感じにくい感受性で弟がダウン症なのと彼女の肉体の弱さがそれに拍車をかけていた。その姿に自分が重なって見えた。</p><p dir="ltr">僕らは自分の追い求めるものに対してできるだけストイックであろうと思っていた。そして、僕らは（おそらく）極めて強い意志を持っておりその意志の強さ故に不器用でいつも苦しかった。僕らは当時、誰に対しても一歩も引かなかった。僕は誰よりも強い男になりたかった。ヤクザ者相手にも引かなかった。花見で隣の不動産会社のグループの柔道をやっているという180センチ90キロはありそうな大男が僕らのグループに執拗に絡んで先輩に覆い被さるようにネックロックをかけて周囲が止めても離さなかったことがあったが、この時に真っ先に彼に向かっていったのは僕だった。もっとも、彼の会社の人間は彼の酒癖の悪さをよく知っておりみな先に帰って彼だけが取り残されていた。</p><p dir="ltr">さて。さて。僕は本は読んでいて自分の意志に対して忠実ではあったけれどいわゆる真面目な学生ではなかった。大学３年の夏休みだった。ある日、女からメールが届いた。一言、「いい加減にしなよ」。その言葉は完全に僕の心に響き僕はおそろしいくらい青ざめて思ったのだった「もう、大学は辞める」。まるで、蜥蜴に睨まれたような感覚だった。</p><p dir="ltr"><br></p><p dir="ltr">3.20.2018<br></p>
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<link>https://ameblo.jp/deepck/entry-12494260395.html</link>
<pubDate>Mon, 15 Jul 2019 13:48:47 +0900</pubDate>
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<title>絶望する女</title>
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<![CDATA[ <p dir="ltr"><span style="font-size:1.00em;">〈絶望する女〉</span></p><p dir="ltr"><br></p><p dir="ltr">夕方　黒に近い濃い紺色の薄暗い空<br>女は駅のホームに立っていた<br>照明の光に照らされて　女の顔は青白く浮かび上がった<br>背の高い女だ　僕より少し背が低いが170センチはあるように見える　<br>沈滞した　だらしない食生活を象徴するようにお腹が出ている<br>服装は銀座や六本木にいるパーティー帰りのOLのようだ<br>僕は女といっしょにホームに立っている<br>通過する赤い電車の窓に　僕と女の姿が途切れ途切れに映し出される<br>僕らは時折話をしている<br>僕は女の顔を凝視した<br>それは　今まで見たこともないような絶望した表情だった<br>僕はゾッとした　その表情は僕の心に冷たく刺さった<br>なんといういやな表情をするんだと思った<br>無理はない　女の未来は決定されている<br>女の先にはただただ絶望が横たわっている<br>僕まで絶望的な気分になる<br>僕はもう女の顔を見たくないと思った</p><p dir="ltr">僕らは長い間毎日のように電話で話していた<br>女はたまに自分の話をしたが　ほとんどは僕が一方的に話していた<br>僕は多くの冗談を言ったが冗談の隙間にかなりシリアスな話しもした</p><p dir="ltr">多くの男に遊ばれてきた女だ<br>多くの男に騙されてきた女だ</p><p dir="ltr">女は以前は銀座のジュエリーショップで働いたり　歯科助手をしていたという<br>空港で働いたり　大企業の子会社で働いたりもしてきたが　40代になり肉体の魅力がなくなってきたときに　ついに力尽きた<br>頑張って貯めてきた貯金も　つまらない日常生活の為に使い果たした<br>女は一年間実家から出なかったという<br>女は向精神薬を服用している<br>そして、タバコを１日３箱も吸う<br>毎日吐いているという<br>完全に精神を蝕まれている</p><p dir="ltr">肉体の魅力で生きてきた女の末路は哀れなものだ　僕は女を見てそう思った<br>女は誰にも言えない悩みを抱えていた<br>女は男に車に乗せられ　山奥に連れ込まれ抵抗したがそのあとホテルで犯された<br>女は中高と女子校だったので男とはどのようなものか知らなかった<br>女は僕には何でも話した<br>僕は女の話をよく理解していたつもりだった</p><p dir="ltr">女は僕に執着していた<br>女は僕に　私と付き合わない？っと言ったことがあったが　僕は動揺し自然の成り行きに任せると言ったのだった…<br>結局僕と女は付き合わなかった　しかし複雑な関係ではあった<br>僕の部屋に遊びにきたりもしたが<br>純粋な精神的関係だった<br>僕は肉体的な関係を一切持たなかった<br>僕は女に全く性欲を感じなかった<br>女の体はすでに深く蝕まれていた…</p><p dir="ltr">それにしても人はこれ程までに堕落してしまうものなのかと思うと　僕は恐ろしかった<br>真面目に働いて実家の家具を買うような家族思いの女の子が　何人もの男に弄ばれ　搾取され　捨てられてしまう　<br>僕は彼女を少しでもいい方向に向かわせようと様々な努力をしたつもりだがダメだった<br>唯一結婚することが救いだとも思ったが僕はそれだけはできないと思った<br>そして僕は諦めてもう電話に出ることも彼女からのメールを見ることもなくなったのだ…<br>僕はもう一切彼女に関わるつもりはない<br>しかしその姿は僕の心にねっとりとこびり付き僕はまた新たな絶望の真実を知ったのだった</p><p dir="ltr"><br></p><p dir="ltr">3.19 2018</p>
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<pubDate>Mon, 15 Jul 2019 13:36:06 +0900</pubDate>
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<title>告白</title>
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<![CDATA[ <p dir="ltr"><span style="font-size:1.00em;">〈独白〉</span></p><p dir="ltr"><br></p><p dir="ltr">最近もう詩が書けなくなってしまった。無理して書こうと思えば書けるのだが自分を偽った詩を書きたくない。感性の感度が高まった時に脳内に蓄積された情報を圧縮して放出するという作業が僕の書くという作業なのだけれどそれには多くの解放された時間が必要で今の僕にはその時間も余裕もない。常に胸を抉られたような痛みを感じつつ、多くの事実にうんざりしながら心の中で悪態をつき続ける日々だ。</p><p dir="ltr">１分でも１秒でも解放された時間を作り出すためだけに夢中になっており、その為の絶え間ない闘争に脳や体を限界まで酷使する日々。１日が終わった時に鏡で自分の顔を見ると目はもう鋭すぎるほど鋭くなっていて、血走っていて、余裕の鱗片もないほど狂気を感じるほど険しい顔つきになっておりそれは自分でも思わずハッとしてしまうほどのものだ。夢を描く暇すらもなく現実に対処しすべての人との関係の中にあらゆる利害を見透かしイライラしつつ、体にムチを打って突撃を繰り返す。果たしてこれを戦<br>場と呼ばずに何て呼ぶのだろうか？</p><p dir="ltr">もう今の僕には甘い幻想も憧れもなく現実をかなりの視野の広さで見据えつつ僅かな希望に心が踊ることもなくすべてがコンクリートと鉄骨とプラスチックとデジタルな画面に写し出される世界だけのような空間で生きている。極めて現代的なデジタルな世界のなかで生身の人間の原始的な本能や感情を見出だし悶絶ししかしそれに溢れる程の愛しさを感じてしまいただ一人涙を流したりしている。しかし僕はそのことを決して悪いとは思っていないのだ。僕はこの数年間は人間ではなかったのだ。だから僕はむしろ、感情が蘇ったことに満足している。しかし、自分も含めやはり生身の人間というものは、まぁ、なんて、我が儘なものだろうと唖然としたりもしているのだ。</p><p dir="ltr">様々なものの肉を剥ぎ落とし骨格のみを冷静にみるということは悪魔の所業で自分にかかる負担もハンパなものではないけれど、僕はむしろそれを徹底するように自分に言い聞かせている。そうすると装飾の中に隠された真実が見えてくるからだ。僕は真実にのみ忠誠を誓い、まやかしや見せかけは抹殺しようと試みているのだ。現代の人間にとって重要な様々なキーワードが見えてくる。人を動かすものはなにか？僕は特に重要な３つのキーワードを見つけ出した。それは何か？金と力と情である。人間は大抵この３つの要素によって動いている。少なくとも僕の周囲にいる人間はそのように見えるしそれが間違っているとも思えない。大体、正しさなどというものも一種の力ではないか。法も力である。人は今日も金の為に働き、力に動かされ、情に流される。そして、それを滑稽だと笑う余裕すら僕にはないのだ。それから逃れようとするならば感覚を狂わすか死ぬしかなくて僕は死ぬくらいなら矢が尽き刀折れ全身が切り傷だらけになり這いつくばらされて雑草を喰わされそうになろうとも闘い抜き生き抜こうと１７歳の時に固く決意を固めたのだ。満身創痍の中で真実を見出だしその真実を人と共有する日々は悪くないと思うのだがどうだろうか？</p><p dir="ltr">僕の２０代の日々を振り返ってみると僕は２０代の前半の３、４年は遊ぶ必要があった。それは絶対的に必要なことだった。人間は絶対に必要なものはあらゆる手段を使い手に入れようとするものだ。僕も知らず知らずのうちにあらゆる手段を使った。僕は何が何でも人生の苦痛から逃れる必要があった。何故なら１０代後半の僕はほとんど苦痛のみを感じながら生きていたのだから。精神的な肉体的な苦痛を苦悩を振り切る為に何が何でも遊ぶ必要があった。そしてその遊びに対する衝動が僕を動かしていた。思えばムチャクチャな３、４年だった。本当にムチャクチャだった。僕は多くのものを破壊し尽くし尚も破壊に餓えていた。そして、僕は自分や周囲の状況を壊すことにある程度成功したのだ。僕は１０代の僕の感性を壊した。しかし、２０代の後半はそのツケが全部回ってきてその破壊の威力と規模の大きさに我ながら呆気にとられつつ反省し守りに転じつつ自分を恥じる日々だった。そして、もうすぐ２０代は終わってしまうのだ。僕は外見はまだあまり老けてはいないかもしれないけれど近頃は内臓や感性はあきらかに疲弊し年老いていることを感じている。そして、強い焦燥感を感じている。１分１秒でも早く目的地にたどり着こうとしている、しかし、状況を冷静に観察しつつ分析してみるとそれが許されていないのだ。また、僕自身が長い間専守防衛に徹していたためになかなか攻めに転じることが許されず必要以上に時間がかかってしまっているのは明白だ。人は一人で動いているわけではなく、多くの人間の中で集団の中で自分の意思で動ける範囲は限られておりそのことが行動への強烈なブレーキになっている。その中で完全に自分の意思で動こうとしたらそれは自爆テロのようなもので自分の身の破滅は覚悟しなければならない。そういうわけにもいかず今日も僕は必死にアガいているのだ。そして、この日々がいつまで続くのかわからないのだ…。　</p><p dir="ltr"><br></p><p dir="ltr">2018年 3月9日</p>
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<pubDate>Mon, 15 Jul 2019 13:33:57 +0900</pubDate>
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<title>効率について</title>
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<![CDATA[ <p dir="ltr"><span style="font-size:1.00em;">〈効率について〉</span></p><br><p dir="ltr"><br></p><p dir="ltr">効率について考えてみた。本来僕は効率を追求するのが苦手なタイプで決められた時間内で決められたことをすることが得意ではない。日本の電車が時間通りにちゃんと決められた駅に到着するのもバカらしく思っていたし、カチカチと機械のように動くことが嫌いです。しかし、近頃ふとこんな考えが頭の中を過るようになったのです。<br><br>「もし、人生の時間が無限にあるならば確かに僕の今までの考えも間違えてはいないだろう。電車が遅刻してきたってかまわない。しかし、人生は有限なものでいつかは終わりがくるものだ。人は基本的に数十年しか生きられないしいつ死ぬかもわからない。その限られた時間の中で一定の成果を出そうとするから、時間にシビアになるのだ」。<br><br>今のところこの考えを覆す考えが僕の中で導き出されたことはない。現代社会に蔓延する徹底した効率主義や遠回りをせずに一直線に目的を達そうとする風潮も人生は有限でそんなに時間は残されていない、その中で多くの結果を出すという発想をもとに考えれば容易に理解できる。効率主義は限られた時間で成果を出そうとする人間の必死のアガきなのだ。しかし、このような効率主義がおそらく現代社会特有のイライラ感を生んでいるのは確かで決して精神の幸福に直結しないのもわかるのだが…。</p>
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<link>https://ameblo.jp/deepck/entry-12494250291.html</link>
<pubDate>Mon, 15 Jul 2019 13:31:42 +0900</pubDate>
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<title>勝ち負け</title>
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<![CDATA[ <p dir="ltr"><span style="font-size:1.00em;">〈勝ち負け〉</span></p><p dir="ltr"><br></p><p dir="ltr">僕は個人的な感覚として基本的に物事を勝つとか負けるとかいう見方で見るタイプではありませんが、世の中には実に多様な勝ち負けが存在しているのは知っていて、勝ち負けの基準でものを見る人間がいかに多いかということも知っています。そして、様々な勝ち負けのトータルで個人の社会的価値やポジション、評価が決まってしまうこともまた知っていて、すべてにおいて勝ち負けの物差しで計ってくるような人間に対しては圧倒的に勝つしか自分を守る方法はないと思っています。僕は以前、このような価値観の人間は相手にしない、もしくは逃げる、または理屈や工作によって価値観を転覆することによって辛うじて自己保身に努めてきたけれど圧倒的な力と数で優位な立場から価値観を押し付けてくる人間に対してこのような手段がいかに無力かということもわかってしまったのでもう今は戦うしかない、戦うからにはあらゆる手段を使って徹底的に勝つしかないと思っています。あらゆる手段を尽くして徹底的に考え戦い勝つことによってなんとか自分の価値観や自由や独立を守る。僕の戦いは基本的に専守防衛で例え戦いに勝ったとしても決して相手に自分の価値観を強要することはないです。いや、結果として強要することになってしまったとしても意図して強要することはないと言った方がいいかもしれません。僕は力によって自分の価値観を強要することは好まないし、そのようなことは僕の最も嫌うところで、僕は基本的に力ではなく議論を行い正しい理論、理屈をもって互いの深い理解により価値観を共有することを望みます。しかし、現実問題このようなことが実現することはまれで力が支配する世界の現実、一断片をいやというほど見てきました。<br>例えば、小学校の段階ですでに力による価値観の強要、支配は確立されていて正論の多くは踏みにじられとてもまともとはいえないような価値観が力をもって容認されていました。人は圧倒的な力を前にすれば容易に屈服するという現実の断片を沢山見せられ、また、僕も多くの場面で力に屈服せざるをえなかった。僕は僕なりに様々な方法を試しましたが、結局、僕が自分の価値観を守り自由を得るためには戦って勝つ以外に方法はありませんでした。そして、小学５、６年の頃、僅かな勝利を収め小さな権力を手にしたとき、僕は自分の主張と暴論に支配された価値観（自分の判断基準でそう思った価値観）の転覆に夢中になりました。そして、僕の主張や行動は一定の支持を得るに至りましたが、それも、一定期間だけですぐにまた暴論に支配された力による巻き返しが行われ僕はもう人間は信じられない、誰とも関わりたくないと思う程に精神を蝕まれてしまった。<br>力による押し付けに容易に屈服し偏った情報を一方的に刷り込まれ、それを絶対に正しいと思い込む低い魂を僕はいまでも酷く軽蔑しています。このような人間に対しては徹底交戦して圧倒的に勝つ以外に自分の感受性や価値観を守る方法はありません。僕は本来は勝ち負けではないと思っているけれどあらゆる場面において勝ち負けの物差しで計ってくるような人間には時に悪魔の意志と冷血をもって戦います。そして、勝ちます。しかし、勝ったとしても自分の価値観を押し付けることはしません。自分の自由と独立を守る為に勝ちます。そういうことです。</p><p dir="ltr"><br></p><p dir="ltr">12.8.2017</p>
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<link>https://ameblo.jp/deepck/entry-12494242506.html</link>
<pubDate>Mon, 15 Jul 2019 13:15:17 +0900</pubDate>
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<title>日本の夜</title>
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<![CDATA[ <p dir="ltr"><span style="font-size:1.00em;">〈日本の夜〉</span></p><p dir="ltr"><br></p><p dir="ltr">日本の夜<br>資本主義の狼煙が上がる<br>光るネオン<br>アルコールの匂い<br>あちらこちらでこだまする<br>動物的な笑い声は<br>狼の遠吠えと同じ</p><p dir="ltr">日本の夜を泳ぎ回る<br>アスファルトは黒い海<br>光が灯る店は　ポイントだ<br>今日はどんな大物が群れているのか？<br>あの店に入ったら何かが釣れるかな？<br>とにかく、僕は日常を忘れたいんだ<br>今日一日分の全身に染み付いた日常の匂いを　全て香水の匂いにしていまいたい<br>人生は実に痛みに満ちている<br>死は様々な場所で　僕を待っている<br>日常は死を誤魔化す為の仮装パーティー<br>でも　死は実はとても身近で当たり前のもの</p><p dir="ltr">この街ではとてもシビアに能力を計られて　役割を決められる<br>さぁ、今日はどんな役を演じようか？<br>胸にはナイフが突き刺さっている<br>頭は　混乱して痺れている<br>昨日の殺人　今日の自殺<br>色んな光景が焼き付いている</p><p dir="ltr">自然は恐ろしい程完璧だ<br>それに比べたら人間はなんて不完全なんだろう<br>不完全な人間が　今日も踊る<br>歌う　叫ぶ<br>人間は踊り　歌い　叫ぶことによって自然に近づく<br>僕もどこかに加えておくれ<br>僕も今日は　皆と同じように踊り　歌い　叫びたい</p><p dir="ltr"><br></p><p dir="ltr">12.15.2015</p>
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<link>https://ameblo.jp/deepck/entry-12494240278.html</link>
<pubDate>Mon, 15 Jul 2019 13:13:37 +0900</pubDate>
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