<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>死ぬまで厨二病♡</title>
<link>https://ameblo.jp/devotchka-cat/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/devotchka-cat/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>人生をもがき続ける私のたわごと。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>なぜ実家、実母に頼れないのか⑥</title>
<description>
<![CDATA[ それからの数年間は、なんとか平和でした。私は相変わらずSを父親とは思えないものの、Sが養ってくれているのはありがたいと思っていました。私は本を読むのだけが生きがいの地味な女子だったけれど、少ないながらも友達もいて、いたって普通の小学校時代を送りました。<br>そんな私の人生を変えたのが、中学になってからでした。中学一年の終わり頃から、私はいじめられるようになりました。その頃、身体障害者を揶揄する、「シンショウ」という言葉が流行りました。そこから、しゅがーには「シンショウ」の妹がいる→しゅがーって暗くてきもいよね→あいつも「シンショウ」じゃね？→しゅがーに触るとしゅがー菌がうつるぞ という流れになったみたいです。あっと言うまに、私とは誰も話さず、机は離され、掃除の時に私の机を運ぶのをみんな嫌がる…などの状態になりました。学校に行っても一言も離さないのもザラでした。行事があっても、弁当は一人で食べました。<br>殴られたりするわけではなかったけど、学校というものが世界の全てかのような中学生の私にとっては、死にたいほど辛いことでした。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/devotchka-cat/entry-12048458362.html</link>
<pubDate>Thu, 09 Jul 2015 16:12:58 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>なぜ実家、実母に頼れないのか⑤</title>
<description>
<![CDATA[ 母がSと一緒に住みたいと言いだして、おばあちゃん、３おばちゃん、５おばちゃんは反対しました。会議みたいなのが何度も開かれました。私も一緒に住むのは嫌だ…と弱々しく主張しました。そもそもSの実家も大反対している様子でしたが、2人の決心は固いようでした。Sは、しゅがーと妹の父親になるつもりだ、と言いました。<br>私は嫌でした。そもそも、31歳になった今ですら、わからないのです。父親というものが。<br>父とは何なのか。<br>父とはどんなものなのか。<br>結局、私の訴えもむなしく、いつのまにか私は母とSと一緒に住むことになってしまいました。<br>一つだけ嬉しかったことは、妹がとうとう退院できて、一緒に住めるということだけでした。<br>おばあちゃんの家を出る日、おばあちゃんは母に「後々面倒なことになるような気がするよ。あんたは老いていくばっかりなのに、娘はどんどん綺麗になっていくんだよ。養父が義理の娘に手をつけるってことは本当に多いんだよ」と言いました。すると母は「何でそんなこと言うの～」と泣いていました。私はそれを、自分のことではないみたいに、違う世界で起こっていることみたいに、見ていました。<br>そのせいでしょうか、一緒に住み始めてから、母は私を「不器量だ」とか「妹は心臓が悪いけど、顔はしゅがーより可愛い」と言うようになりました。<br>母の言葉は私の内部に消えないシミのように残りました。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/devotchka-cat/entry-12044561922.html</link>
<pubDate>Mon, 29 Jun 2015 16:42:21 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>なぜ実家、実母に頼れないのか④</title>
<description>
<![CDATA[ さて、それから一年経つか経たないか…という頃でした。<br>ある日母が、私に「お母さん、この人と付き合おうと思ってるんだ」と写真をみせてきました。写真の男は、男、というより男の子でした。あとから知りましたが、男は母より13歳も年下で、まだ21歳だったのです。「子供みたい」と私が言うと、母は笑っていました。私はあまりいい気分ではありませんでしたが、その時は何もいいませんでした。<br>その夜、３おばちゃんと５おばちゃんが私に写真の男のことをお母さんに聞いたか、と聞いてきました。私は「聞いたよ」と言いました。おばちゃん達は、母が男と出会ったのは妹の病院と言うがどうも怪しい（※数年後、それはやはり嘘でカラオケ屋で出会ったことが判明）とか、13歳も年下って…とか、まだ妹が病気じゃなくて、しゅがーにも構ってあげられている状況ならともかく、しゅがーをほったらかして…などと話していました。<br>私はまぁ、私には関係ない、母が幸せなら、と思っていました。<br>その時はおばちゃん達も、私もすぐ別れるだろう、と思っていたのです。<br>しかし。<br>2人は別れませんでした。そしてしばらくして、母が「男くんと会って欲しいんだけど」と言ってきました※この先男をSとします。<br>私は嫌でした。<br>母が誰と付き合うのも勝手だけど、正直母が「女」なのを見るのは気持ち悪いし…と思いました。しかし、私が返事をしないと、母が悲しそうな顔をしたので、罪悪感を感じ、会うことを了承してしまいました。<br>数日後、会ってみると、普通の人でした。普通の人、というより男の子で、優しい人でした。相変わらずの母が「女」なことに対する気持ち悪さはあるものの、まぁまだ良かった、という感想でした。<br>Sはもう妹の病院にも何度も行っていて、妹はSにすごく懐いているらしい話を母がしていました（※補足ですが、妹は重病だったので、妹の病室には中学生以上しか入れませんでした。なのでまだ小学生だった私は、妹が年に1～2回だけ数日退院してくる以外、妹と会うことは出来ませんでした）。妹はそのせいか、最近随分調子が良くなったと母は言っていました。<br>私は、まぁ、たまに会うだけならいいけど、積極的に関わるのは嫌だな、と思っていました。母がSと私を仲良くしようしようと仕向けているのが感じられたのも嫌でした。<br>しかししばらくして、ついに母はSと私と妹と一緒に住みたい、と言い出したのです。<br><br>今から思うと、私はその頃、小さな咳払いが止まらなくて、よく色んな人に突っ込まれていました。最近存在を知りましたが、それはおそらくストレス性のチックだったのではと思います。その頃から今でも、私は「嫌」となかなか言えないのです。典型的なアダルトチルドレンだと思います。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/devotchka-cat/entry-12041882826.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Jun 2015 15:54:17 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>なぜ実家、実母に頼れないのか③</title>
<description>
<![CDATA[ 私と３おばちゃんが来て、明らかに母はキョドっていました。母の言い分は「Ｍくんは事情があって、アパートを追い出されてしまったから、可哀想だからしばらくの間置いてあげてる」とのことでした。いつもカラオケ屋だと私を可愛がってくれていたＭくんは、私とおばちゃんを見ると部屋に入っていき、それきり出てきませんでした。<br>私は胸がざわざわ気持ち悪くなったけど、それを無理矢理信じようとしました。<br>３おばちゃんは、信じていないみたいでした。おばあちゃんの家に帰ると、３おばちゃんはおばあちゃんとしばらく別室で話していました。<br>母はその日から、私の機嫌を伺いまくり、とりまくりでした。<br>私は機嫌をとられても、全く嬉しくありませんでした。私はますます内省的になり、たまに友達と遊ぶ以外は、ずっと家で本を読んだり、絵を描いたり、お人気で一人遊びをして、自分の世界に入り込んでいました。<br>結局しばらくして、Ｍくんとは別れた様子でしたが、今思うと、母が家賃という大きな出費を、男と住む為に出したのかと思うとガッカリです。母が昼間に喫茶店で働いているだけの収入と、母子手当だけでは相当生活は苦しかったと思います。それをわかっていた私は、月に母から菓子などを買う為にもらっていた小遣いを、減らしていいよ、と母に言って減らしてもらい、学校で必要な買わなくてはならないもの以外は、ねだることはけしてしませんでした。母が朝、夜と妹の病院に行っていても、さみしいと言ったこともありません。<br>子供は親が思っているよりずっとずっと、親のことを見て、思っているものなのです。<br><br>そして、この頃はまだ平和でした。私の人生はこの先、もっともっと大変になっていきます。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/devotchka-cat/entry-12040764783.html</link>
<pubDate>Fri, 19 Jun 2015 17:11:36 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>なぜ実家、実母に頼れないのか②</title>
<description>
<![CDATA[ 父と母が離婚して、私は母方のおばあちゃんの家に預けられました。<br>おばあちゃんの家には、おばあちゃんと、母の妹、つまり私の叔母（母は5人姉妹の長女。面倒いので産まれた順からとって３おばちゃんと呼ぶ）とその夫、そして更に下のまだ結婚してない5おばちゃんが住んでいました（ちなみに2おばちゃんと4おばちゃんは結婚して別のとこに住んでいる）みんな優しく、おばあちゃんの家には私の大好きな本が沢山あったので、私は喜び、楽しく暮らし始めました。<br>母は何故かおばあちゃんの家には住まず（おばあちゃんが部屋を用意してくれたのに）おばあちゃんの家の近くに借家を借りました。朝、夜は妹の病院に、昼は喫茶店で働くので、私の面倒は見れないからおばあちゃんに見てもらうけど、おばあちゃんの家に母まで世話になったら申し訳ない、みたいなよくわからない理由でした。<br>しばらくして、３おばちゃんが、お母さんの家に行ってみようか、と言って私を連れて母のに行くことになりました。今から思うと、３おばちゃんは母が一緒に住まないのを不審がっていたのかもしれません。<br>そして、母の家に行くと…（31歳になった今では…ですが）案の定、母と男が一緒に住んでいました。その男は私も知っている、母がよく行っていたカラオケ屋の常連でした。<br><br>…また続きます。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/devotchka-cat/entry-12039975182.html</link>
<pubDate>Wed, 17 Jun 2015 16:33:58 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>なぜ実家、実母に頼れないのか</title>
<description>
<![CDATA[ この理由は、かなり長くなってしまうのですが…。<br>まず私の実父は、もう亡くなっています。私が７歳くらいの時に母と父が離婚し、私は母に引き取られました。父は典型的なアル中、モラハラ、DV男だったので、離婚したあとには会っていません。亡くなったのを知ったのも、父の生命保険の受取人が私だったので、保険屋さんが私を必死に探してくれて知りました※父は死ぬ寸前まで酒代で保険から貸付していたらしく、わずかな額でした。そのお金は引っ越し代で消えました。<br>子供の頃は、父が怖くて仕方ありませんでした。母は優しくていつも正しいと思っていました。母だけが子供の私にとって頼りでした。<br>しかし、それが少しずつ裏切られていくのです。<br>うっすらとしか覚えていない、父と母と住んでいたころの思い出で、はっきりと覚えているのは、ある日、父が私を近所のご飯屋さんに連れて行ってくれた時、父は近所の人達と談笑し、飲み、私は横に座っていました。大人しかいない空間に退屈になった私は、父に外に行っていい？と聞くと、父はいいよ、と言いました。私は友達の家に行ったのですが、父はご飯屋の近くで遊んでいると思っていたようです。数時間後…大騒ぎになりました。ご飯屋にいた人総出で私を探したようです。私はしばらくして見つかりましたが、父は家で怒り狂い、私を叩き、追いかけました。私は泣きながら逃げ、母を探しました。母はどこにもおらず、探しているとトイレの鍵がかかっているのを見つけました。私は「お母さん！助けて！」と叫ぶと、母は「知らないよ！しゅがーが悪いんだよ！」と言ってドアを開けてくれませんでした。<br>結局私は捕まり、掃除機で殴られました。<br>そのあと、母は妹の入院している病院に出かけていきました※妹は私の一つ違いで、生まれつき心臓が悪く、子供の時はずっと入院していました。<br>母が出かけると、父はノコギリを取り出し、「勝手に遠くに行く悪い足を切ってやる」といい、またもや私を追いかけ回しました。それから先は覚えていませんが、今現在の私に足がちゃんとついているところを見ると、脅されただけだったようです。<br>私は、父に殴られたことや追いかけられたこともショックでしたが、母がトイレのドアを開けてくれなかったことにも悲しみを覚えました。<br>そのしばらく後、父と母は離婚しました。<br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/devotchka-cat/entry-12039967098.html</link>
<pubDate>Wed, 17 Jun 2015 15:59:45 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>仕事決まらない…</title>
<description>
<![CDATA[ ただでさえ、子持ちってだけで雇用主はとりたがらないのに、モラ夫の出した私が働いて良い条件は、<br><br>①土日休み<br>②子供が病気でも病児保育は絶対不可＝つまり休め<br>③週５働くのはちょっと…できれば週3か週４で。<br>④工場のバイト、飲食のバイトはダメ※彼が自慢できない（と奴が思っている）から。奴はやたら「俺の嫁は元店長で、その後は国際空港でブランドの美容部員やってたんだ」と奴の友達とかに言っている。彼の脳内の職業の貴賎により判断されている。<br><br>その上、私は接客経験のみ、事務スキル無し。そりゃ決まらんわ。<br><br>そんな中、数日前、私の親知らずが突然腫れ…歯医者に行くと、とりあえず薬で腫れをひかせてから18日に抜歯することになった。<br><br>モラ夫は張り切って有給をとり、18日は子供をみてくれるらしい。そこまでは良い。すると昨日、奴は「しばらく仕事探すのやめろよ」と言ってきた。なんで？と聞くと、「親知らずは腫れるから」と言うので、「いや、だから次の面接は来週の月曜日にしたよ。土日挟めば多少腫れてても大丈夫でしょ」と言うと、ブツブツ言い出したのでさすがにキレた。「お金が無いんだよ？貯金もうあと数万円しか無いんだよ？」と私が言うと、「勝手にしろ！」<br><br>勝手にしますよ！<br><br>モラ夫は外人。非正規雇用。長期休み（GWとか、正月とか）があると、給料は激減。良い時だって25万あることはない。大体が20万ちょっと。私が働かないと、生活できない。でも私はそれに怒ったことはない。外人が生きにくいのはわかっている。現実を見ず、私を働かせたくない、子供を幼稚園にも保育園にも行かせたくないと言うモラ夫に怒っているのだ。あと2年しないうちに、子供は小学生になる。そして中学生になり、高校生になる。お金がないから高校は絶対公立で、大学は行くなと言ってきた私の親と同じことはしたくない。子供がそれを望むなら別だけど、もし子供が行きたいなら大学に行かせてやりたい。なのにこのままじゃ貯金どころじゃない。<br><br>奴にとってはお金が無くてごはんが食べられないことより、私が働いて奴の支配下のテリトリーから外れるほうがこわいことなのだ。<br><br>早く働いて、お金を貯めつつ正社員の仕事を探したい。そして正社員の仕事を見つけたら、弁護士を頼んで離婚するんだ。<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/devotchka-cat/entry-12039524771.html</link>
<pubDate>Tue, 16 Jun 2015 12:51:38 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ファッキン在職証明書でブチ切れ</title>
<description>
<![CDATA[ 戸川純の好き好き大好きを久しぶりに聴く。<br><br>かっけー！<br><br>好き好き大好きが出たのは、1985年。私は1歳くらい。<br>私は10年早く産まれたかったな、といつも思う。そうしたら、ニルヴァーナもブランキーももっとリアルタイムで聴けたのに。観れたのに。<br><br>さて、土日はモラ夫が休み。特に大きな事件？は無いが、ムカついたこと。これも証拠になるかもなので、書いておく。<br><br>彼が仕事場からもらってきた在職証明書に、入社日が入ってない、大丈夫なのか？と聞いてくる。ビザの更新に必要らしいのだが、私に聞かれてもわからん。でも、もしかしたら必要かもしれないから、入社日も記載してもらえないか聞いてみたら？と言うと、モラ夫の上司にメールするので本文を書けと言われる。<br>そもそもモラ夫の職場にはポルトガル語ができる担当者がいるのにめんどくせーなと思いつつ、上司に向けてなので丁寧？に、在職証明書を出して頂いたのですが、入社日の記載がございません。お手数ですが入社日を記載して再発行して頂くことは可能でしょうか？みたいな文章をうち、モラ夫に渡すと…<br>なんでクエスチョンがついてるんだよ！何で聞く必要があるんだ！再発行しなきゃいけないんだよ！聞くんじゃなくてやらせなきゃいけないんだよ！と怒鳴ってきた。<br><br>私が、いや、そうかもしれないけど、一応上司だし、手間をかけるわけだし、そもそも入社日が必ず入ってなきゃいけないかもわからない中、頼むんだし…と言うと、<br><br>そんなこと関係ないんだよ！ビザなんてクソ食らえ！お前はなんちゃらかんちゃら←別の部屋にモラ夫が行ったので聞こえなかった。<br><br>はぁ…毎回ですよ。こーゆービザ関係でも毎回私にキレる。なんで怒鳴られてまで通訳したらなかんのかわからん。しかもモラ夫が上司に悪く思われないよう、ちゃんとメールしてんのに。<br>在職証明書だけど、入社日が入っとらせんが。入社日も入れて、もっかい発行しろよ。<br>って打ちゃよかった！<br><br>そもそも日本語がわからないのに、私がなんて打ったかもわからないのに、怒るって意味わからないよね。<br><br>はぁ…DVシェルターに行くの嫌だけど、DVシェルター使用して離婚するしかないのかな…<br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/devotchka-cat/entry-12036484297.html</link>
<pubDate>Mon, 08 Jun 2015 14:53:57 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>方向音痴が本気でやばい人</title>
<description>
<![CDATA[ GWはモラ夫も仕事休みで、ブログ書けずにいてそのままズルズル…<br><br>気づいたら５月も後半ですね。<br><br>さて、離婚の為にも、派遣に登録すれば、万一モラ夫から逃げても全国各地に支所がある派遣会社ならとりあえず仕事は見つかりやすいかも！ちょっと働いて少しでも貯金したいし…と思って、今日は派遣会社の登録に来ました！<br><br>早く着きすぎたので、カフェに入りましたが…<br><br>早く着きすぎるのはなぜか。<br><br>方向音痴だから、１時間かかるとこなら2時間前に、2時間かかるとこは4時間前に出ないと不安だからです…<br><br>幸い今日は、派遣会社のおっちゃんが、神な道案内をしてくれていたから、超さっくり着きました！<br><br>さて。方向音痴じゃない方に、お願いです。<br><br>方向音痴な人に、例えば○○駅から北に向かって○○個目の交差点を左に～とか言ってもムダなのです。あなたがイラつくだけの結果になります。<br><br>○○駅の○番出口を出たら体の方向は全く変えずまっすぐ歩くと、○○という赤い看板のお店があります。そのお店を通り過ぎた一番はじめの角を左に曲がると○○があります。<br><br>などのように、方向音痴の人の身体の向き、視点から、ナントカ交差点とかカントカ通りとかは無視して、目印になる店などを絡めて説明してください。目印の店は何個絡めてもらっても大丈夫です。北とか南とかは、方向音痴の人の脳には無いんです。まっすぐか左か右か後ろで説明してください。<br><br>私は今までの人生で、何度となく方向音痴じゃない方をイラつかせてきました。<br>でも治りません。<br>こんな人も世の中にはいますから、是非上述のような感じで説明して頂けると、お互いにとって幸せな日々になると思います♡<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/devotchka-cat/entry-12028864156.html</link>
<pubDate>Wed, 20 May 2015 13:15:56 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>妄想を激烈にもはや呪いの如くする教</title>
<description>
<![CDATA[ ってゆうのを作ったら、空飛ぶスパゲッティモンスター教みたいになれないかなぁ。<br><br>リア充じゃない人はすぐ入れるが、リア充な人は試練を受けねばならない。<br><br>あるヒゲでロン毛の神様が、大宇宙インフルエンザにかかって咳をしたら、宇宙が生まれた。<br>ヒゲでロン毛の神様の鼻くそで惑星が、鼻水で海が生まれた。<br>ヒゲでロン毛の神様のフケで、大陸が生まれた。<br>ヒゲでロン毛の神様の大宇宙インフルエンザが治り、お風呂に入ったときに出た垢と抜け毛から、生命が生まれた。<br><br>ヒゲでロン毛の神様は、ある女の妄想から産まれた神様。<br><br>妄想こそが、世界を救い、<br><br>新たな世界を創り出す。<br><br><br>っていう新興宗教www<br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/devotchka-cat/entry-12017876619.html</link>
<pubDate>Thu, 23 Apr 2015 16:43:13 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
