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<title>dick-karinさんのﾌﾞﾛｸﾞ</title>
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<title>《特別編》～聖なる夜でも奇跡はおきず～</title>
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<![CDATA[ 子供の頃には、無邪気に、この日が来るのが楽しみで仕方なかった。<br>誕生日以外でプレゼントを貰えるのは、この日だけだった。無邪気でいれた日には、『サンタはプレゼントくれるかな？』『欲しいものは、靴下には入らないから』などと、夢も希望もいっぱいだった。プレゼントを貰えるのが単純に嬉しかった時期は、あっという間に過ぎてしまった。<br>無邪気で居られる幸せは、無邪気な時には気がつかないなんて、誰も思いはしないだろう。<br>大人に近づくにつれて、プレゼントをねだることが、どんなに親に負担をかけているか、理解出来るようになっていった。欲しいと思っても、決して手に入れることができなかった。経済的な余裕もなく、ステレオタイプの考え方であった両親には、強請ることが出来ないから、自分で手に入れようとしたこともあった。<br>無理だった。<br><br>チキンを食べて、ケーキを食べて、クリスマスツリーを飾り、プレゼントを交換する。<br>仏教徒なんだからと祖父母は否定した。<br><br>子供には理解出来ない理由でも、実権を握っていたのは、大人だったから、諦めざるを得なかった。学校のクリスマス会など、お祭り騒ぎ、祝う行事があるうちは、まだ救われた。<br><br>大人になって、世間がこんなにお祭り騒ぎな季節に１人で過ごすことが、辛くて寂しくて。強がっている自分がどれだけ悲しいか。<br>家族で過ごせる時間があるだけでも、よいのだと、思えるようになってきた。<br><br>１人寂しい聖夜には、イエス・キリストも微笑んではくれなかった。<br><br>どれだけ寂しい思いをすれば、世間一般の幸せは手に入るのだろう。<br>どれだけ悲しい思いを心に溜めたら、この悲しみは幸せに替わるのだろう。<br>神はこの世界には存在しないとわかっていても、私には、どんなに辛い思いを心に溜めても、分かち合える相手はいないのだと思い知らせるつもりなのだろうか。<br>下を見ればキリがない。上を見ればキリがない。<br>私はどこにいればよい？<br>幸せはどこにいる？<br><br>聖なる夜でも、私には、奇跡はおきないのである。<br><br>神は、罪深き私を決して許しはしないのだと。
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<link>https://ameblo.jp/dick-karin/entry-10182732371.html</link>
<pubDate>Thu, 25 Dec 2008 00:51:09 +0900</pubDate>
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<title>Red Moon</title>
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<![CDATA[ 中学にもなって、ある程度『教育』が進み、私のこの『感情』は決して表には出してはならないと思った。<br>２０年も前だから、まだ『性同一性障害』も『うつ病』も日本の社会ではタブー視、いや、あってはならないものだった。<br><br>私は中学生になってよく『イジメ』られた。小学生の頃には、『イジメる』ことも経験したのに…。<br>「死んでやる」と、枕を涙で濡らしながら唇を噛み締めた夜もあった。<br>いろいろと死ぬ方法も考えた。<br>手首を切る。痛いし、私はそこに美を感じない。<br>飛び降りる。自宅周辺には手頃な建物はなく、死体はぐちゃぐちゃになる。学校の４階くらいから落ちても、死にはしない。<br>電車に飛び込む。今でこそ自殺の主流だが、バラバラになるのは嫌だった。<br>人生の最後くらい美しくありたいと、自分勝手にそう思った。<br>とある先生は、雪山がイイと授業で言っていた記憶がある。雪の中で眠るように死に、春になると雪解けと共に綺麗な姿で出てくると云うのだ。<br>そして、いろいろな方法を頭の中で思い描いているうちに、ふと思ったのだ。<br>イジメていた人たちは、私が自殺したとして、何を考えるだろうかと。<br>私が死んでも流れたのは、私の血と涙だけ。『あんなヤツ死んで良かったね』と言われたら、私の死には意味がなくなる。家族・本人のみが苦しむのは理不尽だと、逆に怒りにも憎しみとも思える感情が沸いてきた。<br>そう思い始めたら、『アイツラの為になんか死んでやるもんか。生きて、いつかギャフンと言わせてやる。』『私の死を笑わせたくない。』と死ぬ気が失せてきた。一人でそう思ってはいても、一人だからこそ辛かった。<br>また挫けそうな時は、同じように思い出しては思いとどまった。その繰り返しで中高６年。<br>生きるも地獄。死ぬも地獄だった。<br>私にとってせめてもの救いは、言葉の暴力だけだったこと。物を隠されたり、打たれたり、水をかけられたり、金銭を脅し取られたりは、なかった。<br>私の心は強かったのだと、今は思える。そのまま死んでいれば、「心が弱かっただけ」と打ち捨てられ、葬り去られただけであろう。<br>毎日死ぬことと生きることを考え、やっと人の目が気にならなくなるのには、さすがに時間がかかった。<br>多感な時代。本当ならオシャレに着飾って男の子とデートなどして、楽しく過ごす筈だった。<br>毎日地獄がやって来れば、男に現をぬかすなど、興味が減るのも当然だった。<br>
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<link>https://ameblo.jp/dick-karin/entry-10139913132.html</link>
<pubDate>Tue, 16 Sep 2008 11:06:58 +0900</pubDate>
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<title>different or same?</title>
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<![CDATA[ 朝起きて、歯を磨き、食事をし、家を出る。いつもの朝の風景だ。<br>目を覚ますことは当たり前だが、「生きていた。昨日と変わらない。」と思うことは、そんなにない。<br>今の私には「昨日と変わらない」のが不満だ。いつも通りがっかりする。何も変わらないことに。<br><br>「変わっていて欲しい」と、夜、床につく前に期待と不安を抱き、目を閉じる。<br>なかなか寝付けない。現実と期待と不安が交錯し『本当の自分』が現れる。夜行性の動物というわけではないが、その姿が世間一般には到底受け入れてはもらえないので、夜人々が寝静まった頃にノコノコと来るのだ。これも、『いつも通り』になった。<br>この行動は小学生の頃からだが、泥のように眠る日以外は現れるようになった。<br>しかし、ある日からは、その行動は昼間にも現れるようになっていった。<br>幼いながらも、昼でも決して覗かれることのない、究極のプライベートスペースを発見したからだ。<br>公然でありながら、一番私的な時間と場所。<br>『トイレ』だ。<br><br>しかも、ちょっとハズれた場所のトイレ。体育館裏や特別教室が並ぶ棟の４階の端などの、更に人目に付きにくい場所を選んだ。<br>その頃は、まだ「良心」というものが、幼心にも働いていたのだろう。誰にも見咎められないとわかっていながらも、小さな物音１つにも怯えていた。<br><br>そんな私が個室で何をしていたかというと、トイレットペーパーを細く折り『包帯』に見立て、手や足に巻いて喜んでいた。<br>さすがに手に巻いてそのまま外に出れば、何と言われるか、理解は容易にできたから足に巻いた。<br>足に巻いたまま、上から靴下を履いて、わからないようにした。<br>満足したらトイレに流し、痕跡はない。端から見れば、何とトイレの近い子だったろう。しかし目的が違ったのだからムリもない。<br><br>今は安価で良質な包帯も２～３００円も出せば簡単に手に入る。しかし、昔の田舎の子供には、１００円すら大金であった。<br>手っ取り早く味わえる子供らしい『快感』だったのだ。<br>しかし毎日という訳にもいかなかった。靴下を脱がなくてはいけない日には他の子に見つかってしまう。プールの日。<br>しかも夏はサンダル履きの日も多く、靴下は履かない。さすがに諦めた。<br>同級生に他の子とは違う『特徴』を持つ子が何名いた。彼らは学校の作文で「ジロジロ見ないで」と訴えていたが、私には彼らが羨ましかった。<br>そんなこともあり、私は『体』に対して特別な『思い』を持ち、人と違うと認識し始めた。
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<link>https://ameblo.jp/dick-karin/entry-10135129646.html</link>
<pubDate>Thu, 04 Sep 2008 00:24:14 +0900</pubDate>
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<title>exit</title>
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<![CDATA[ 私は小さい頃からよく動き回り、怪我が絶えなかった。<br>大きく跡が残る怪我も少なくなかった。<br>母の胎内で、心音が途切れ死んだと思われたが、何事もなかったかのように、生まれた。また、母の中にいる時には『絶対に男だ』と医者に言われ、父は喜びしきりだったが、生まれてみれば女の子で、生まれてすぐに父をガッカリさせた。<br>そんな私は、物心もつかない頃、走る車の助手席から落ちた。<br>顔面から着地し、大怪我を負った。<br>小さな唇は大きく腫れ口が開けられなくなった。恐らく運ばれた病院の、ベッドから起き上がりウガイをし、吐き出した異様に赤い色の水と、無機質なステンレスの流しに当たって響く小石の音だけが、私に唯一残る記憶である。<br>そんな記憶しかない私には、ただ夢のような出来事にすぎないが、大人になった今でも、隠しようもない傷跡が毎朝鏡を見る度に映るのだった。<br>『あと数センチ内側へ落ちていれば、今頃生きてはいなかった』と、アンタは運が良かったと言われた。<br><br>怪我はコレだけではない。<br>ガラス窓に腕を突っ込んだ。落ちている針を素足で踏みつけた。彫刻刀で１センチ近く刺した。<br>頑丈な体に生んでもらい、これだけの経験をした私には、多少の痛みは快感にも似た『楽しみ』となっていった。<br><br>明るかった昼間から皆既日食のように暗転したその闇の中を当てもなくさ迷っていると、薄い光が射してきた。<br>その先には、ドアがあった。<br>出口らしい。<br>そのドアノブを手にしたが、雷に撃たれたかと間違えるような衝撃に見舞われた。<br>その余りの眩しさに、一瞬目を瞑ったが恐る恐る目を開ければ、私の『今』の朝だった。<br><br>懐かしい夢を見たと、何気ない会話だけに留め、いつも通り自宅を出て仕事へ向かう。<br>毎日いつもと変わらない。時間だけは止まらず流れ、私の心だけが流されまいと必死にもがいている。
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<link>https://ameblo.jp/dick-karin/entry-10121260139.html</link>
<pubDate>Tue, 29 Jul 2008 11:01:18 +0900</pubDate>
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<title>Bloods</title>
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<![CDATA[ 数日後、兄が怪我をする。<br><br>小学校の校庭の前にある排水溝の大きな蓋で、膝の肉が割れる程の大怪我。<br><br>私は兄を心配していた。<br>しかし、一言では言い表せない『思い』が心配する裏側で巡っていた。<br><br>心配する気持ちもある。しかし、『嫉妬』にも似た気持ちが急に増えていったのも本当だった。<br><br>…『嫉妬』。<br><br>小学１～２年生の子供が抱く『嫉妬』は、母を盗られたような寂しい気持ち。<br>いわゆる『ヤキモチ』だった。<br><br><br><br>しかし、もう一つあったのは『怪我をした』ことを『羨む』気持ちだった。<br>私も怪我をすれば母が構ってくれると云う思いもあったし、『怪我をしたこと』事態を羨む気持ちがより強かった。<br>兄が高熱を出せば、真冬の寒い風呂場で冷たい水を浴び、私も熱を出そうとした。<br><br>小さな頃は、体も弱くすぐに入院することもあった。<br>家庭内では一番年少だったこともあり、常に誰かと一緒にいたかった。<br>常に構って欲しかった。<br>抱きしめて受け止めて欲しかった。<br><br>しかし、そんな気持ちと同時に、そんな幼い心と、尋常ではない『何か』が体の成長と共に大きくなっていった。<br><br>他にも、明らかに異常ともとれる行動が増えていった…。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/dick-karin/entry-10118297112.html</link>
<pubDate>Sun, 20 Jul 2008 20:58:20 +0900</pubDate>
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<title>ドアの向こう側</title>
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<![CDATA[ ドアを開けて、１歩を踏み出した。<br><br>なんだか、ふわふわした感じというか、地に足がつかない状態と言った方が早いだろう。<br>そしてまだ暗い。<br><br>子供の声がする。その方向へ行ってみる。<br>一体、どのくらい時間を遡ってきたのだろう。<br><br>私だ。<br>７～８歳くらいか。<br>今はなき祖父母がいて、私がいて、祖母の姉がいる。<br><br>彼女に、とある違和感を抱いたものの、私の表情にすぐに現れたのか、母が私をその場から立ち去らせた。<br><br>その人は、亡くなる数年前までは、１年に２～３回は祖母と顔を合わせていた。<br>彼女と会うたびに、その違和感に、私は興味を深めていった。<br>しかし、口に出してはっきりと聞くこともできず、ただそれを見つめては、わからないように視線を反らすことが、密かな楽しみとなっていった。<br>母にもわからないようにしていた。<br><br>それから、何日かたった頃、私は不思議な行動をするようになっていった…。
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<link>https://ameblo.jp/dick-karin/entry-10117021843.html</link>
<pubDate>Thu, 17 Jul 2008 00:17:49 +0900</pubDate>
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<title>ドアが</title>
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<![CDATA[ 今日も、闇へと繋がるドアが目の前に現れた。<br><br>ガラス窓が付いていて、顔が映る。<br>今見える顔は、さっき鏡で見たのと同じだった。<br><br><br>自問自答を繰り返すのは、単なる時間稼ぎに過ぎない。<br>いや、本当の姿をさらけ出したくないが為、そう言っているだけなんだ。<br>本当は、このドアを開け、暗闇の自分の世界を明るくしたいと思っている。<br>ただ、その勇気がないだけなんだ。<br><br>このドアは、一見するとただのノブが付いてるどこにでもあるもの。<br>しかし、そのノブに手をかける者によっては、重く、また軽くもなるものかもしれない。<br><br>私には、重い。<br>簡単そうに見えるけど。<br><br>このドアを開け、中に入るとするか。<br>このドアの中には、私以外の誰も入ったことはない。<br>もちろん、私がそれを許していないから。<br><br>何があっても否定をせず受け止める心を持つこと。<br>そんな心を持ち、私の総てを受け止めてくれる人をまだ見つけられないでいる。<br>朝でも昼間でも夜であっても、常にこの世界は暗い。自分が描く場面により、光がさして、前に進むための道が見えてくる。<br><br>今から、私はその世界に行く。<br><br>世間一般的には、たったの５分程度かもしれないけど、でも、私にとっては、１年にも１０年にも値する大切な時間なんだ。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/dick-karin/entry-10115959727.html</link>
<pubDate>Sun, 13 Jul 2008 22:30:35 +0900</pubDate>
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<title>とりあえず</title>
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<![CDATA[ <p>やっと、自分のブログなるものを持った。</p><p>ようわからんまんま、なんか書いておこうと始めた。</p><p>多分、誰もコメしたりすることはないだろう気がするけど、ま</p><p>自己満足の世界やね。</p><p>今までは他の場所で普段の私の姿を公開してきた。</p><p>だけど、ここの中には、知り合いはいないハズ。</p><br><p>ということは、本当の私のありのままの姿を公開しても、きっと</p><p>受け入れてくれる人がでてくると信じて書いてみようと、</p><p>なんとなく、そう思った。</p><br><p>ありのままの私は、かなり、病んでいる。</p><br><p>自分でソウ思うのだから、間違ってはいない。</p><p>自分がこうあるべきだと思った姿は決して人に知られてはいけない。</p><p>そう思ってきた。</p><br><p>だけど、ネットで調べていくうちに、</p><p>自分と同じ考え方を持つ人間が、日本だけでなく、世界中に沢山いて、</p><p>しかも、同じように苦しんでいることを知った。</p><br><p>だから、自分を誰も知らない世界で、自由に表現してみようと、</p><p>思った。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/dick-karin/entry-10115455609.html</link>
<pubDate>Sat, 12 Jul 2008 14:23:46 +0900</pubDate>
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