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<title>クラシック音楽虫眼鏡</title>
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<description>虫眼鏡で覗くように細かいところまでスコアを追求したいと言う願望。</description>
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<title>セッション録音&quot;だから&quot;良い演奏ってのもあるよねって話</title>
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<![CDATA[ <p>2021年。コヤツの登場で大部分がゲネプロ演奏であることが確定した"みんなの"バイロイトの第九。<font size="2">専門家だったらセンター盤やオルフェオ盤が出現して聴き比べた段階であっちが公演ライブというのはわかりそうな気がするけど…</font></p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250807/21/dissect-music/0e/2a/j/o0224022415647921822.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250807/21/dissect-music/0e/2a/j/o0224022415647921822.jpg" border="0" width="400" height="400" alt=""></a></div><p><br></p><p>「歴史的背景」「ライブであること」を頼りに褒めちぎっていた連中には良い薬だった気がする。そういう詩的なエピソード頼りだと前提が崩れたら大変。佐村河内事件もしかり。素人である我々はともかく評論家様方は先入観なく音楽を聴いてほしいものですね。</p><p><br></p><p>そもそもライブ＝良い演奏、ライブ＝燃焼度が高いとかの話そのものがあまりに短絡的な話であるからして…寧ろガチガチに緊張して冷めたものになったり硬い音楽になったりするのが人間と言うやつで、実際「本物の」バイロイトの第九もそういった印象を受けた。ステージに立ったことのある人間なら誰もが知ってるはず。センター盤やオルフェオ盤があってもあっちが公演ライブであると認められずに最後の音のズレ(実は初期はズレてなかったのだが)についても当たり前のように「ライブだから(?)熱狂のあまり崩壊した(😥)」としていた人がいたが、「練習でズレたから本番ではしっかり合わせた」という見方ができなかったのが本当に不思議。そっちの方が自然じゃないかな？</p><p><br></p><p>超一流は客の前でこそ最高のパフォーマンスができる！いうのは確かに事実。超一流に上り詰めている時点で演奏会で成功を収めてるのだから必須スキル。当たり前。でもそれは単に打率が高いって話で10割バッターではないのも当たり前の話。フルトヴェングラーもプロオケもやっぱり人間なんだなとしみじみ。</p><p><br></p><p><font size="2">脱線するけど上記の往生際の悪い方も当てはまる「実演の印象」を元に話すのもやめてほしい。実演と録音が別物であることを示しながらも実演で感動したからと誉めそやす。別物なのだから別個で評価するべきでしょ？自慢したい？それなら仕方ないかなぁ()</font></p><p><br></p><p>それはともかくとして、みんなのバイロイトの第九、すなわちEMIの第九だが、皆さん今までどういう印象を持たれてましたか？おそらく多いのが、</p><p>「幻想的な雰囲気」「雄大」「神々しさ」といった感想。</p><p>3楽章についてに限定されるが吉田秀和さんの表現もそんな感じ↓</p><p><br></p><p><b><font color="#78bd38">この楽章が、高度に精神的でしかも強い官能性をもった音楽の魅力という点で、彼の一般的な精緻の枠にいちばんうまくはまっていると思われる。と同時に他面、ここほど一枚ヴェールで隔てられた向こう側の出来事のような間接性というか、夢幻性というか、そういう定かでないものとして聞こえてくる音楽は他にはない</font></b></p><p><br></p><p>名文ですね。随分と高尚な表現をお使いになってますけども吉田さん、<font size="5" color="#f5c1dd">やっぱりフルトヴェングラー の演奏ってエロいっすよね。</font>…想像でしかないけれどもこの夢幻性とやらはセッション録音だから生じる</p><p><br></p><p>・緊張感が本番よりない。リラックスしてる</p><p>・客席に人が埋まっていないことで残響が増す</p><p>・人が少ないことによる静寂が感じられる</p><p><br></p><p>ことから来てるように思う。冒頭のヴァイオリンの音のタッチからしてライブとEMIは別物。縦の揃い方も本番よりEMIの方がルーズ。どちらが良いかは人によるとは思うが、公演ライブの方は良くも悪くも<b>いつものフルヴェンフォーム</b>であり、それなら常設オケである技術的音楽的アドバンテージを持つベルリンフィルやウィーンフィル、フィルハーモニア管という競合が存在することになる。少なくともEMIの演奏であったからこそ他と隔絶した雰囲気を持つ歴史的名盤として語られるようになったと思う。</p><p><br></p>
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<pubDate>Thu, 07 Aug 2025 21:51:05 +0900</pubDate>
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<title>現在最推しの指揮者シャイー</title>
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<![CDATA[ <p>誰の影響か知らないけど、少なくとも日本では立場や知名度の割にあまり人気がないような…</p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250807/19/dissect-music/b8/9f/j/o0678045215647870522.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250807/19/dissect-music/b8/9f/j/o0678045215647870522.jpg" border="0" width="400" height="266" alt=""></a></div><p><br></p><p>彼の演奏は面白い。短く端的に言うならば「すべての演奏に明確なコンセプトやこだわりがあってそれがよくわかる、けど自然で真っ当に聴かせる」ところが面白く、匠の技を感じる。正直なところ異形の演奏で聴き手を戦慄させるのも嫌いでは無いどころか大好物だけど、自然で真っ当なのに聴かせる演奏ができる人の方により凄みを感じる。</p><p><br></p><p>コンセプトやこだわり、については<a href="http://www.andiemusik.jp/classic/concertgebouw/chailly_discography/cd_index.html">クラシック音楽ファン向けのホームページ</a>に彼自身のインタビューが転載されており、やはり本人の考えるところだったか！と合点がいったものである。</p><p></p><div class="ogpCard_root"><article class="ogpCard_wrap" style="display:inline-block;max-width:100%" contenteditable="false"><a class="ogpCard_link" href="http://www.andiemusik.jp/classic/concertgebouw/chailly_discography/cd_index.html" target="_blank" rel="noopener noreferrer" data-ogp-card-log="" style="display:flex;justify-content:space-between;overflow:hidden;box-sizing:border-box;width:620px;max-width:100%;height:120px;border:1px solid #e2e2e2;border-radius:4px;background-color:#fff;text-decoration:none" contenteditable="false"><span class="ogpCard_content" style="display:flex;flex-direction:column;overflow:hidden;width:100%;padding:16px"><span class="ogpCard_title" style="-webkit-box-orient:vertical;display:-webkit-box;-webkit-line-clamp:2;max-height:48px;line-height:1.4;font-size:16px;color:#333;text-align:left;font-weight:bold;overflow:hidden">「コンセルトヘボウのシャイー」CD目録</span><span class="ogpCard_description" style="overflow:hidden;text-overflow:ellipsis;white-space:nowrap;line-height:1.6;margin-top:4px;color:#757575;text-align:left;font-size:12px"></span><span class="ogpCard_url" style="display:flex;align-items:center;margin-top:auto"><span class="ogpCard_iconWrap" style="position:relative;width:20px;height:20px;flex-shrink:0"><img class="ogpCard_icon" alt="リンク" loading="lazy" width="20" height="20" src="https://c.stat100.ameba.jp/ameblo/symbols/v3.20.0/svg/gray/editor_link.svg" style="position:absolute;top:0;bottom:0;right:0;left:0;height:100%;max-height:100%"></span><span class="ogpCard_urlText" style="overflow:hidden;text-overflow:ellipsis;white-space:nowrap;color:#757575;font-size:12px;text-align:left">www.andiemusik.jp</span></span></span></a></article></div><p></p><p><br></p><p>コンセルトヘボウの監督だったインタビュー時点ではベートーヴェンの全集を録音していないが、実際にゲヴァントハウス管と録音した際も彼が思うベートーヴェンの画期的、歴史的な演奏として挙げる<b>トスカニーニ、カラヤン、ガーディナー</b>の系譜に繋がるものとして録音した、的な内容を話していた。実際に挙げられた演奏はどれも当時最先端のモダンな演奏であり、ガーディナー盤にいたってほぼベートーヴェンのスコア通りかつ音楽的な表現の両立を果たすことができた(と個人的に考える)。そして次に続くものとして「ほぼスコア通りかつ音楽的<font size="5"><b>かつそれをモダンオケのモダン的表現で行う</b></font>」という快挙を成し遂げたということでやはりコンセプトは明確<font size="2">(残念ながらベートーヴェンに関しては先んじてギーレンがそれを達成しちゃってた気がするんだけども…)。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p>マーラーの2回の全集(正確にはゲヴァントハウスは3番が出来なかった)も1度目は「コンセルトヘボウの伝統に従い」2度目は「ゲヴァントハウスのカペルマイスターだったブルーノ・ワルターを参考にした」と言う本人の弁。どことなく主体性が無いような言い回しにひっかかるファンもいるだろうが、「1人の指揮者は己の信じた道を生涯一途に邁進せねばならない」なんてルールは無く、寧ろ技術的に完全飽和状態にある現在のプロは「今回はこのやり方で」「次はこの表現でやってみよう」と取捨選択することが余裕で可能。これの何がいけないのだろうか？現に再録音されているマーラー、ブラームスあたりは別物の音楽に仕上がっている。個人的にはやりたい事が明確である以上はシャイーのやり方を断然支持する。そりゃコンセプトそのものが自分の趣味に合わないことはザラだけども…</p><p><br></p><p>あと、彼はコンセルトヘボウの音を変えてしまった悪人としても名高い⁉︎が、<b style="color: rgb(234, 51, 35);">古今東西あらゆるオーケストラは団員の入れ替わりや音楽監督の変更で絶対に音が変わっていきます。オケも生き物です。</b>「フルトヴェングラー 時代のベルリンフィル」？30年代も40年代も50年代も音が別物になってる事なんて一聴すれば分かりませんかね？一緒くたにすることに無理がありませんかね？メンゲルベルクのコンセルトヘボウもベイヌムのコンセルトヘボウもハイティンクのコンセルトヘボウも別物では⁇<font size="2">(ハイティンクの「変わってしまった」発言は私怨篭りまくりで彼のような影響力のある音楽家の発言としては非常に残念…)</font></p><p><br></p><p><b>結論…シャイーやシノーポリやアバドあたりをオケの音を変えた戦犯として貶すのは完全に見当違いなのでやめましょう‼︎</b></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">特にアバドなんて無個性代表みたいな扱いで貶す人いるけどベルリンフィルの音をあそこまでカラヤンと別物にした時点で個性の塊だと思うのだが…それはそれで「変えてしまった」となじられるって、なんか批判内容がダブスタじみてませんかね？</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p>愚痴っぽくなったけど、「変わってしまった」「変えてしまった」ことをネガティブにとらえる意見が散見されるためここはハッキリ主張したかったところ。<font size="5"><b><font color="#0000f5">違いを楽しみましょう。そしてその中でも変わらないものもあるんです。先祖と子孫のように。そこも楽しみましょう</font>😊</b></font></p><p><b><br></b></p>
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<pubDate>Thu, 07 Aug 2025 19:18:41 +0900</pubDate>
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<title>「新世界から」の冒頭について</title>
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<![CDATA[ <p><br></p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250708/19/dissect-music/87/dc/j/o1080142915631063579.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250708/19/dissect-music/87/dc/j/o1080142915631063579.jpg" border="0" width="400" height="529" alt=""></a></div><p><font color="#ea3323" size="5"><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);"><b>古今東西あらゆる演奏が楽譜通りでない疑惑。あると思います。</b></span></font></p><p><font size="2"><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);">別に守ってようが守ってなかろうが音楽には関係ないんだけども…</span></font><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35); font-size: small;">まずテンポ。みんな非常にゆっくりで、16音符= 80とか、下手したら半分くらいの速さでやってる。</span></p><p><font size="2"><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);">で、そのテンポだとその後のホルンの信号音が鳴った後の沈黙が激長になってしまうため相当に端折っておりますなー</span></font></p><p><font size="2"><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);"><br></span></font></p><p><font size="2"><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);">自分が知る中ではアーノンクールが最速ですがそれでも十六分音符=104あたり。ただ、ホルン後の休符の音価は正しい。</span></font></p><p><font size="2"><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);">同じパターンでチャイコフスキーの交響曲第5番の冒頭とか四分音符=80を守ってる演奏はほぼ無く、ほとんどの演奏がゆっくり。</span></font></p><p><font size="2"><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);"><br></span></font></p><p><font size="2"><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);">くどいようですが</span></font><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35); font-size: small;">別に演奏の良し悪しには関係ないんですけどね。ただ、アーノンクールのドヴォルザークは名演揃い。是非一聴を。</span></p><p><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35); font-size: small;"><br></span></p><p><br></p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250807/19/dissect-music/8b/a6/j/o0224022415647864994.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250807/19/dissect-music/8b/a6/j/o0224022415647864994.jpg" border="0" width="400" height="400" alt=""></a></div><p><br></p><p><font size="2"><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);"><br></span></font></p><p><font size="2"><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);"><br></span></font></p><p><font size="2"><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);"><br></span></font></p><p><font size="2"><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);"><br></span></font></p>
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<pubDate>Tue, 08 Jul 2025 19:22:29 +0900</pubDate>
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<title>マタイの真の価値がやっとわかったの巻(ラトル&amp;BPh他)</title>
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<![CDATA[ <p><br></p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250706/03/dissect-music/6e/26/j/o0400040015629212632.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250706/03/dissect-music/6e/26/j/o0400040015629212632.jpg" border="0" width="400" height="400" alt=""></a><br></div><div>もう少し早く聴いとおくべきだった演奏。特殊な演出がなされているため、合唱隊や歌手たちはおろか<b>楽器奏者までもが演者として会場中を動き回る。</b>実は<a href="https://www.hmv.co.jp/artist_バッハ（1685-1750）_000000000002339/item_マタイ受難曲-ヤーコプス＆ベルリン古楽アカデミー、ＲＩＡＳ室内合唱団、ギューラ、他（２ＣＤ）_5657476">ヤーコプス盤</a></div><p></p><div class="ogpCard_root"><article class="ogpCard_wrap" style="display:inline-block;max-width:100%" contenteditable="false"><a class="ogpCard_link" href="https://www.hmv.co.jp/artist_バッハ（1685-1750）_000000000002339/item_マタイ受難曲-ヤーコプス＆ベルリン古楽アカデミー、ＲＩＡＳ室内合唱団、ギューラ、他（２ＣＤ）_5657476" target="_blank" rel="noopener noreferrer" data-ogp-card-log="" style="display:flex;justify-content:space-between;overflow:hidden;box-sizing:border-box;width:620px;max-width:100%;height:120px;border:1px solid #e2e2e2;border-radius:4px;background-color:#fff;text-decoration:none" contenteditable="false"><span class="ogpCard_content" style="display:flex;flex-direction:column;overflow:hidden;width:100%;padding:16px"><span class="ogpCard_title" style="-webkit-box-orient:vertical;display:-webkit-box;-webkit-line-clamp:2;max-height:48px;line-height:1.4;font-size:16px;color:#333;text-align:left;font-weight:bold;overflow:hidden">マタイ受難曲　ヤーコプス＆ベルリン古楽アカデミー、ＲＩＡＳ室内合唱団、ギューラ、他（２ＣＤ）</span><span class="ogpCard_description" style="overflow:hidden;text-overflow:ellipsis;white-space:nowrap;line-height:1.6;margin-top:4px;color:#757575;text-align:left;font-size:12px">バッハ（1685-1750）</span><span class="ogpCard_url" style="display:flex;align-items:center;margin-top:auto"><span class="ogpCard_iconWrap" style="position:relative;width:20px;height:20px;flex-shrink:0"><img class="ogpCard_icon" alt="リンク" loading="lazy" src="https://c.stat100.ameba.jp/ameblo/symbols/v3.20.0/svg/gray/editor_link.svg" width="20" height="20" style="position:absolute;top:0;bottom:0;right:0;left:0;height:100%;max-height:100%"></span><span class="ogpCard_urlText" style="overflow:hidden;text-overflow:ellipsis;white-space:nowrap;color:#757575;font-size:12px;text-align:left">www.hmv.co.jp</span></span></span><span class="ogpCard_imageWrap" style="position:relative;width:120px;height:120px;flex-shrink:0"><img class="ogpCard_image" loading="lazy" src="https://img.hmv.co.jp/image/jacket/400/56/5/7/476.jpg" alt="" data-ogp-card-image="" width="120" height="120" style="position:absolute;top:50%;left:50%;object-fit:cover;min-height:100%;min-width:100%;transform:translate(-50%,-50%)"></span></a></article></div><p></p><p><br></p><div>の解説によると初演会場の聖トーマス協会ではバルコニー席を開放することで合唱隊は左右ではなく会場の前方と後方に分かれていた可能性が高く、マタイ受難曲は音響的にも画期的な作品だった可能性が出てきている。その意味でも会場内のさまざまな場所から演奏することすら実は作曲家の意図に迫っている可能性があるのだ。</div><div><br></div><div>ただし、イエスは同じ場所を動かず照明による後光が差してあると言う形であり、エヴァンゲリストがイエスの動きを代わりに担当する。これが「神」キリストと「人間」イエスの2面性を色濃く演出することとなりイエスの人間的側面を多く打ち出しているマタイ受難曲にふさわしいように感じられる。</div><div><br></div><div>ドイツ語がわかり、かつキリスト教の信者であれば一聴してピンとくるであろうこの曲。東洋人であり仏教徒の私のような人間でもマタイ受難曲の価値を簡単に伝えるにはここまでの演出が必要であった。<b>もはやリヒター盤あたりで必死に歌詞対訳を追って聴くことでわかった気になる必要はない。頑張らなくて良い。</b>そこにただただ感謝。</div><div><br></div><div><b><font color="#0000f5">樫本大進氏の鬼気迫る表情はじめ、演者の迫真の演技はまさに必見。これを見て何も感じない人はいるだろうか？</font></b></div>
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<link>https://ameblo.jp/dissect-music/entry-12914736249.html</link>
<pubDate>Sun, 06 Jul 2025 03:26:20 +0900</pubDate>
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<title>カラヤンの「本当の」指揮姿</title>
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<![CDATA[ <p>動画はコチラ</p><p><iframe class="youtube_iframe" width="377.0" height="212.0625" src="https://www.youtube.com/embed/iCqFG1XnJPY" frameborder="0" allowfullscreen></iframe></p><p><br></p><p>なんと言うか…作り込まれた「カッコいい」いつもの指揮姿とは異なって職人肌を感じさせる指揮ぶり。オペラ指揮者としての本領発揮といったところ。</p><p><br></p><p>こういった「本物の指揮姿」はいくつかブルーレイで出てるので下記、紹介。<b>普段の偽物の指揮姿もネタとして見る分には面白いといえば面白いのだが、演奏しているオケ側含めて粗探し出すときりがないレベル。ダウト。例えば、<font size="5" color="#ea3323">ブラ2なのに映像にテューバがいないってテューバ吹きの友人が泣いてた(音はバッチリ聴こえる模様)。</font></b></p><p><br></p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250706/02/dissect-music/07/d1/j/o0635080015629207620.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250706/02/dissect-music/07/d1/j/o0635080015629207620.jpg" border="0" width="400" height="503" alt=""></a></div><p>まずは言わずと知れた100周年記念演奏会。</p><p><b>帝王は風邪気味であらせられたようで(実話)、</b>投薬した解熱剤の副作用も相まって普通以上に汗だくだが、普段の映像では汗一つかいていないことで<b>紛い物感がかえって増し増しになっていた</b>ことから本物とよく分かります。弓の毛が切れて垂れ下がった状態の人がいながらも弓を目一杯に使っている弦楽器の迫力が最高の見所。<b>普段の映像では弓の毛が切れるなんてことが起こらないものだから…</b></p><p><br></p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250706/02/dissect-music/5f/9b/j/o0294040015629207621.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250706/02/dissect-music/5f/9b/j/o0294040015629207621.jpg" border="0" width="400" height="544" alt=""></a></div><p>最近聴いてないけど名演奏。<b>合唱が割とやばいミスをしていたような…？</b>あれは普門館ライブだったかな？聞き直したいところ。</p><p><br></p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250706/02/dissect-music/f3/dd/j/o0635080015629207623.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250706/02/dissect-music/f3/dd/j/o0635080015629207623.jpg" border="0" width="400" height="503" alt=""></a></div><p>これまた素晴らしい演奏。グラモフォンのスタジオ盤より所々テンポ設定が異なっているのとライブらしい荒さが聴き取れてとても楽しい。</p><p><br></p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250706/02/dissect-music/5c/d1/j/o0635080015629207625.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250706/02/dissect-music/5c/d1/j/o0635080015629207625.jpg" border="0" width="400" height="503" alt=""></a></div><p>個人的にカラヤン演奏でトップクラスに好きな演奏。実はCD版は何曲かカットされているため<b>正直言って買うならブルーレイ一択やで。</b></p>
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<link>https://ameblo.jp/dissect-music/entry-12914734150.html</link>
<pubDate>Sun, 06 Jul 2025 02:11:30 +0900</pubDate>
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<title>バーンスタインは超絶熱血教師である</title>
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<![CDATA[ <p>こんなことを言うのも何ですが、</p><b>大嫌いな指揮者でした。ズーーーーっと。</b>理由は3点。<div><br></div><div>・演奏が暑苦しいし、クドいと感じた。</div><div>・楽譜通りには聴こえなかった。</div><div>・出てる音が綺麗じゃない(比較的)</div><div><br></div><div>こういった非常に明快な理由があり、好きになるわけなかったはずなのですが、<b>覚醒してしまった。上の欠点が全てプラスに転じたり、見方が変わったわけです。</b>このように変わりました。</div><div><br></div><div>・この人は作曲家だから、他の人よりスコアに書かれた意図がわかってしまうため、この音符はこう言う意味なんだ！と教えたくてたまらない、<b>熱血漢なんです。</b></div><div><font size="2"><br></font></div><div>・実は誰よりも楽譜通りだったりすることも。よくスコアを見てみると発覚します。しかし、熱血指導が行き過ぎてデフォルメが過ぎたり、テンポが遅すぎになってしまうことがあるけど…仕方がない、彼は<b>熱血</b>だから全ての音符の書かれた意味を伝えたいんです。手抜きなどできない。<b>大袈裟にやらないとみんなわかってくれないからついつい力こもっちゃうんですよ。</b></div><div><br></div><div>・そもそも鳴っている音が綺麗かどうかなんてそもそも1ミリも考慮してないんですよ。このお方。大事なのは作曲家が何をスコアに封じ込めたか、そこを明らかにしてみんなに「わかるように」伝えること、多分それだけなんです。ただ、どのオケでもバーンスタインの「音」が出てますね。<b>人間の叫びのような…。</b>カラヤンと違って音についてはあまり指摘されることがないですけど。</div><div><b><br></b></div><div><b>・熱血</b>だから音楽を伝えることに使命感持ってやってるんです。<b>特に死が近づくほどにその使命感は増したでしょう。</b>若い頃から晩年までの演奏を聴けばそのことがまるわかりです。</div><div><b><br></b></div><div>結論:<font size="5"><b>この人は超絶熱血教師である。指揮者界のマ○ト・ガイ。</b></font></div><div><p><br></p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250706/02/dissect-music/c9/b2/j/o0300024215629208345.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250706/02/dissect-music/c9/b2/j/o0300024215629208345.jpg" border="0" width="400" height="322" alt=""></a></div><p><br></p></div><div><font size="5"><b><br></b></font></div><div>こう考えるだけで彼の音楽が理解できて、共感できて、愛せるようになりました。そして彼の生涯を知れば知るほど、彼は熱血指導に生きていたことがわかります。癌でボロボロの身体で人生最後に何をしたか？<b>札幌で若い演奏家に熱血指導をしたんです。</b>クラシック音楽界っぽい綺麗な言い方をすれば<b>啓蒙的な音楽家、と呼べるのがバーンスタインなんです。</b></div><div><br></div><div>よく言う感情過多とかヒューマンな演奏であるといった形容は間違ってはいないかもしれないけど、彼はとてつもなく頭が良く、凄まじく理論を究めた人間がなぜこのような演奏をしたのか、そこには明確な考えがあったはずなのに、彼の知的な面がスポイルされているように思います。だから好きではありません。何せ師匠は<b>フリッツ・ライナー</b>ですよ？土台は冷静で緻密な音楽の組み立て方を叩き込まれているハズなんです。</div><div><br></div><div>とにかく、全ての人間に等しく音楽の意味を知らしめようとした結果、整った曲はそのままの完璧なプロポーションで演奏され、異形の曲はその異常性をさらに強調させることとなったわけです。</div><div><br></div><div>よく、バーンスタインは古典派の曲やブラームスなど、曲の形式を気にして感情的に一歩引いた冷めた目で見ているなどといった評論があるけど、半分間違いだと思います。どんな曲でも等しく熱血。単純にその曲が形的に完璧に整っているのだからそれを伝えようとする=啓蒙するだけ。<b>そもそもが崩れてしまっているプロポーションを強調はしても、整ったプロポーションを崩しはしないんです。</b>ここが単細胞感情込め込め系とは一線を画す所だと私は思います。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><b><br></b></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/dissect-music/entry-12583634300.html</link>
<pubDate>Fri, 20 Mar 2020 23:56:48 +0900</pubDate>
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<title>マラ9⑧2楽章の正体〜ブラックすぎて〜</title>
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<![CDATA[ 前の記事は<a href="https://ameblo.jp/dissect-music/entry-12583592969.html">コチラ</a><div><br></div><div>上の記事でレントラーに関して解説しましたし、本物のレントラーを踊った動画を乗せましたが、その動画を踏まえてこの楽章を聴くと、レントラーとしては奇形であることに気がつくでしょう。そもそもオケの音が分厚すぎます。金管もうるさ過ぎます。ティンパニ使い過ぎです。これはもう敢えてやってるんでしょうが。</div><div><br></div><div><b>化け物レントラー</b>と私は読んでいます。元のレントラーを知ってからこの楽章はとてもグロテスクに聴こえるようになりました。我々なんかよりもレントラーを熟知していたマーラーのこと、確信犯でしょう。同じくレントラーを熟知した聴衆も困惑したはずです。これがレントラー？って。</div><div><br></div><div>さて、この楽章だんだんマーラーによってテンポが煽られますが、「幾分急いで、しかし煽り過ぎないで」というめんどくさい要求をしています。<span style="caret-color: rgb(255, 0, 0);"><font color="#ff0000">何度も言いますが、スピード感に溢れてスリル満点はちょっと違うんです。だってそう書いてます。振り切っちゃダメなんです。</font>それに…<b>3楽章では作曲家による歯止めがなくなるんですよ。これが何を意味しているかわかります？</b></span></div><div><span style="caret-color: rgb(255, 0, 0);"><b><br></b></span></div><div><span style="caret-color: rgb(255, 0, 0);">さて、問題箇所。これも未推敲なのか、わざとか。</span></div><div><span style="caret-color: rgb(255, 0, 0);"><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200320/22/dissect-music/c6/b1/j/o0636060014731152591.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200320/22/dissect-music/c6/b1/j/o0636060014731152591.jpg" border="0" width="400" height="377" alt=""></a></div><br><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200320/22/dissect-music/49/92/j/o0640021714731152604.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200320/22/dissect-music/49/92/j/o0640021714731152604.jpg" border="0" width="400" height="135" alt=""></a></div><br>ええじゃないかの如く、やけっぱちになった曲最後にグロテスクな金管がグシャと雪崩れ込みまして…ホルンが一番最初のドレミファソッソを吹きますが、スコア通りだと<b>ドレミファが超速度でソッソから突然最初の朗らかテンポになるという指定なんです。</b></span></div><div><span style="caret-color: rgb(255, 0, 0);"><b><br></b></span></div><div><span style="caret-color: rgb(255, 0, 0);">さてどちらが正しいのでしょう。解釈は分かれます。アウフタクトからTempo Ⅰになる演奏と、楽譜通りのパターン。Tempo Ⅰほど遅くはしてないけど楽譜の極端な指示をいなす結果となっている2つの中間。あー中間が1番多いかな。普通の、自然な音楽の流れを守るならアウフタクトからある程度テンポを落として然るべき箇所であることは確か。。<b>問題は、この曲の作者がグスタフ何某であること。自然な音楽の流れが彼のお望みなのか疑わしい。</b></span></div><div><span style="caret-color: rgb(255, 0, 0);"><br></span></div><div><span style="caret-color: rgb(255, 0, 0);">個人的には楽譜通りに演奏されると、それまで鬼の形相をしていた人間が突然笑顔になるような不気味さを感じてこの曲にはふさわしいと思いますね。<b>何せここからは不気味タイムが始まるので…</b></span></div><div><span style="caret-color: rgb(255, 0, 0);"><b><br></b></span></div><div><span style="caret-color: rgb(255, 0, 0);">実はここ指揮者の腕の見せ所というか、実力が試される箇所だと思うんですよね。<b>正確に最初のテンポに戻れているか。</b>大概は最初のテンポに戻り切れておらず、少し早めになってしまっていることが多いです。正確に戻れている人は一流ですね(指揮者なんだから当然？)</span></div><div><span style="caret-color: rgb(255, 0, 0);"><br></span></div><div><span style="caret-color: rgb(255, 0, 0);">スコアは載せませんけどこの後再び<b>ミュートをつけたトロンボーンとテューバが裏で和音を吹きます。(<a href="https://ameblo.jp/dissect-music/entry-12582699051.html">1楽章にも出てきたこの響き！</a></b>)そもそもこの楽章のなんとも言えない違和感は生きている人間が踊っていたのではないからでしょう。私にはここが種明かしに聴こえますね。<b>残念でした(ゲス顔)ここは葬儀場！踊ってるのはみんな死人だよ(はぁと)って…</b>そしてホルンとコントラファゴットのデュオという世にも珍しく、気持ち悪い響きを経由して、どんどん楽器が減っていき…終わります。</span></div><div><span style="caret-color: rgb(255, 0, 0);"><br></span></div><div><span style="caret-color: rgb(255, 0, 0);">1楽章と同様、この楽章もブラックなユーモアがある音楽ですね。楽しく踊っているように見えた連中が全部死人、幽霊だったなんて黒すぎるぜ…マーラーさんよ。</span></div><div><span style="caret-color: rgb(255, 0, 0);"><br></span></div><div><span style="caret-color: rgb(255, 0, 0);"><br></span></div><div><font color="#ff0000"><span style="caret-color: rgb(255, 0, 0);"><br></span></font></div><div><font color="#ff0000"><span style="caret-color: rgb(255, 0, 0);"><br></span></font></div><div><br></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/dissect-music/entry-12583605722.html</link>
<pubDate>Fri, 20 Mar 2020 22:13:19 +0900</pubDate>
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<title>マラ9⑦2楽章のテンポに物申す。</title>
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<![CDATA[ <div>前の記事は<a href="https://ameblo.jp/dissect-music/entry-12582704907.html">コチラ</a></div><div><br></div>2楽章。初めて聴いた人は衝撃を受けるでしょうね。<b>ドレミファソッソ、ドレミファソッソ。</b><div><b><br></b></div><div><b><font size="7">は？</font>ってなりますよね。</b></div><div><b><br></b></div><div>やはりマーラーの交響曲の中でも4番の系譜に連なる曲です。ユーモア満載です。個人的にはマーラーの交響曲第7番5楽章よりもよっぽど衝撃的箇所、いや衝撃的開始です。</div><div><br></div><div>さて、この度この楽章にて私が主張したいのは、<b>テンポの話です。</b>この曲には3種類のテンポが存在し、A、B、Cとしましょう。順番としては</div><div><br></div><div>ABCBCABAとなりますが、そんなことはまぁこの際どうでも良いです。</div><div>問題はA〜Cはどのくらいの速さなのか、です。<br></div><div><br></div><div>A:穏やかなレントラー風のテンポで</div><div><br></div><div>B:「少し」より早く<font size="2">　※わざわざカッコ付けにしてやったぜ</font></div><div><font size="2"><br></font></div><div>C:レントラー、かなり遅く</div><div><br></div><div>レントラーっていうのは起源が諸説あるのでそこはスルーするとして、ワルツの親戚と思っておけば良いでしょう<font color="#ff0000">(通説であるワルツの先祖というのは正確ではありません)</font>。多少ゆったりとした三拍子の音楽のことです。</div><div><br></div><div><a href="https://youtu.be/qn5AJ5RKbQ4">これこれ！こんな感じです！イメージがつかみやすい！</a>動画です。ご覧あれ。<a href="https://youtu.be/GsgHN6yi4Lc">これもいい。田舎くさい！</a><br></div><div><br></div><div><span style="box-sizing: border-box; -webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><span style="box-sizing: border-box;">レントラーっていうのは田舎っぽく粗雑な感じ。</span></span><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0); box-sizing: border-box;">ワルツは洗練されていて、滑らか。都会的と言っても良い。だからレントラーと言って踊ってるサウンドオブミュージックはレントラーというか結構ワルツ寄り。ま、映画なんでね。マリアとトラップ大佐が田舎くさい踊りしたらあかんでしょ笑</span><br></div><div><br></div><div>私が槍玉にあげたいのは<font color="#ff0000"><span style="caret-color: rgb(255, 0, 0);">Bが「少し」どころではなくエンジン吹かして爆走する演奏がけっこうあること。カッチョいい！</span></font></div><div><font color="#ff0000"><span style="caret-color: rgb(255, 0, 0);"><br></span></font></div><div><span style="caret-color: rgb(255, 0, 0);">この楽章にはレントラーの指定だけでは理解してもらえないと踏んだのか疑心暗鬼のマーラー様によってわざわざ「幾分ぎこちなく、そしてとても粗野に(それって…もしかして:レントラー)との指示があります。<font color="#ff0000">スマートでカッコ良くなってはいけないのです。Bのスピード感にスリルを感じちゃうような演奏はちょっと違う。</font></span></div><div><span style="caret-color: rgb(255, 0, 0);"><font color="#ff0000"><br></font></span></div><div><span style="caret-color: rgb(255, 0, 0);">Bをスコア通りそんなに早くしない良心的な演奏は当然沢山ありますが、そうなると今度は残念ながら退屈でつまらなくなってしまうことがほとんどなので、出来るだけBを早くしたくなる気持ちはわかります。手っ取り早く聴きやすい演奏になりますからね。スコアを守っている、かつ聴かせる演奏にさせる指揮者は物凄い天才だと思います。そんな凄い人ほぼいません。</span><span style="caret-color: rgb(255, 0, 0);">ひょっとすると</span><b style="caret-color: rgb(255, 0, 0);">この楽章がマーラー第9で一番難しいんじゃなかろうか？</b></div><div><span style="caret-color: rgb(255, 0, 0);"><b><br></b></span></div><div><span style="caret-color: rgb(255, 0, 0);">最後にもう一つ指摘。<b>Aはレントラー「風」でCがレントラーなんです。これは何を意味するのかな…？</b></span></div><div><br></div><div><span style="caret-color: rgb(255, 0, 0);">次の記事は<a href="https://ameblo.jp/dissect-music/entry-12583605722.html">コチラ</a></span></div><div><span style="caret-color: rgb(255, 0, 0);"><font color="#ff0000"><br></font></span></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/dissect-music/entry-12583592969.html</link>
<pubDate>Fri, 20 Mar 2020 21:18:29 +0900</pubDate>
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<title>はじめに(常時加筆、修正します)</title>
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<![CDATA[ <p>見る人がいるのかわかりませんが、これまでの私の人生で素晴らしいと感じた曲、演奏や録音について1%でも愛が伝わればいいな…という願いを込めて色々書きます。</p><div><br></div><div>なぜわざわざそんなものを書くかというと、私自身がこういう趣旨のサイトやブログを見るのがめっちゃ好きなので、多分同じような人が世の中にいるだろう、という考えが芽生えたからです。自分の好きな演奏を他の人がどう褒めているか、貶しているかが気になるんですよねー…だから自分も発信しようと思いました。</div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">ネット上の様々なクラシック音楽についてな記事を見てきましたが、音盤の評論文の殆どが感想文。流石に小学生の文章ではないから内容は高度ですし、音楽だからそれでも問題ないし、当然そういう文章も見ていて楽しいのですが、自分は違うアプローチでも書いてみたいなと思っております。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">このブログでは出来るだけ楽譜に基づいた曲の解説と、音盤についても楽譜からどういう解釈で演奏しているのか、出来るだけ具体的にも書いてみようと思います。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">ちなみに、ありそうでない気がする、YouTubeのおすすめ演奏動画などの紹介もしますのでそちらもご覧ください。こちらはほぼ感想文となりそうですけどね。</span></div>
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<link>https://ameblo.jp/dissect-music/entry-12582705981.html</link>
<pubDate>Tue, 17 Mar 2020 05:30:37 +0900</pubDate>
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<title>マラ9⑥あの鐘が鳴ってるのはあの世</title>
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<![CDATA[ シンコペーションの正体は<a href="https://ameblo.jp/dissect-music/entry-12582700786.html">コチラ</a><div><br></div><div>シンコペーションリズムの正体がわかったところで、今度はこれ<div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200317/05/dissect-music/f3/40/j/o0640027114729237231.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200317/05/dissect-music/f3/40/j/o0640027114729237231.jpg" border="0" width="400" height="169" alt=""></a></div><br></div></div><div>いままで色々な楽器に吹かれたり、叩き鳴らされたりしてきたこのリズム。ついに正体が明かされました。<b>鐘の音です。</b></div><div><font size="2">正直いって音形が明らかに鐘っぽかったからミスリードかと思いきや、そのまんまです笑。</font></div><div><b><br></b></div><div><b>え？それだけ？って？</b>「死」によって打ちのめされた(=死んだ)後に行く場所を考えればなぜ鐘がここで鳴るのかお分かりになるはずです。そう、<b>「あの世」</b>です。だからといってバカ正直に鐘を鳴らすだなんて、このあまりに美しいこの楽章の音楽を考えると意外とチープな描写だな、と思う人がいてもおかしくありません。</div><div><br></div><div>しかし…マーラー本人がこの曲のことを<b>「4番に似てるかも」</b>と供述してるんですよねぇ。4番ってブラックユーモアに富んだ曲なんで、これは確信犯ではないでしょうか？このチープな結末に対して書いた音楽はとてつもなく甘美で崇高な世界。壮大な、壮大すぎる<b>死のパロディ音楽。</b>酷いですよマーラーさん。</div><div><br></div><div><font size="2">だから…本人的にはこの9番が後世の人々に最高傑作と思われているのは物凄く意外に思う、いや<b>爆笑するかもしれませんね。「バカだなこいつら」って。私はそのバカの1人で一向に構いませんがね。パロディにしては音楽が傑作すぎる。</b></font></div><div><br></div><div><br></div><div>最終的にたどり着いたであろうあの世とは天国？地獄？どちらかはマーラーに聴かなければわかりませんけど、曲の終わり方が<b>浄化された感満載なので</b>天国と違いますかな？</div><div><br></div><div>問題は終結少し前のホルンとフルートの謎の二重奏。長年謎の箇所で、何を意味しているのかと思っていましたし、死んで、あの世に着いて一度平穏になったのにまた闇に落ちるのがこれまた謎を深める理由でしたが、<b>これってひょっとして「煉獄」じゃないか？</b>と思う今日この頃です。煉獄にて魂が清められ、天国に達する。そこがこの楽章の終結部では？根拠は当然<b>次作の交響曲第10番のプルガトリオの存在です。</b>煉獄の概念をマーラーがしっかり持っていて、作曲の題材とするほどに関心があったことを証明しています。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/dissect-music/entry-12582704907.html</link>
<pubDate>Tue, 17 Mar 2020 04:46:15 +0900</pubDate>
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