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<title>pokasouのブログ</title>
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<description>日々の生活の中で考えた自分の考えを書くブログ</description>
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<title>人間どこまで引きこもれるか？</title>
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<![CDATA[ <p>ネット環境食事付だと何ヶ月、何年も引きこもれる私です。</p><br><p>ネット解約しようかなー。　</p>
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<link>https://ameblo.jp/dkaljfei/entry-11724791485.html</link>
<pubDate>Mon, 09 Dec 2013 02:08:42 +0900</pubDate>
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<title>話し相手</title>
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<![CDATA[ <p>最近、ずっと引きこもって考えていたんだけど、人生何をしても時はすぎていって、だらけて過ごしても、自分を傷つけて過ごしても、頑張って過ごしても、流されて過ごしても、時は過ぎていく。</p><br><p>その中で周りから見たら何もしていないようでも自分では苦しんでいて、何をしたらいいかわからない状態が続いている。</p><br><p>何が幸せで何をするのがいいかわからないなかで目的が無いんだ。</p><p>とりあえずは食べていけるし、生きるのに不安にはならない。</p><br><p>素直に生きることを約束したい。</p>
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<link>https://ameblo.jp/dkaljfei/entry-11724329849.html</link>
<pubDate>Sun, 08 Dec 2013 22:00:20 +0900</pubDate>
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<title>人生の目的</title>
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<![CDATA[ <p>人生の目的について考える時期に来ていると思う。</p><p> </p><p>子供を授かって育てるのも一つの道であるし、会社に残って仕事に精を出すのも良いと思う。休日は誰かを捕まえて、カラオケなり旅行なりをしても良い。</p><p> </p><p>人生で忘れていけないことなど無いように思う。例えば、「食べるためにお金を稼がないといけない」これは最低限のことだと思うが、今回はこれに対して反対の意見を述べてみようと思う。</p><p> </p><p>人間は食べなければ生きていけない、つまり食べるためにお金を稼がないと死ぬ。死んでも良いわけは無い、と思う。まだ私は死ぬ思いをしたことを無いが生存本能というものはあるはずなので死なないように動いているに違いない。例えば、毎日会社に嫌ながらも行く、これも生存本能からきていると思う。</p><p> </p><p>食べるためにお金を稼がなくてはならない、これはしなくてはならない事ではない。なぜならば、死ぬも死なないも自分に責任があるからである。自分が死ぬことを望んでいるならなばお金を稼ぐ必要は無い。つまり、食べるためにお金を稼ぐのは意識してか無意識かわからないが自分で生きることを選択したからである。</p><p> </p><p>…振り返ってみると、「～いけない」と言われたことは自分の責任を持って拒否できるのではないか。</p><p>自分の責任と考える、とはどういうことだろう。</p><p>失敗したとしても他人のせいにしないことだろうか。</p><p>では失敗とはなんだろう。目標に届かなかったとき、よりよい方法があったとき、自分に被害があるとき。</p><p>反対に成功とはなんだろう。目標に届いたとき、最高の方法だったとき、成長したとき。</p><p>多分、自分の責任と考える、とはいやな気持ちを引き受けることだと思う。</p><p>では自分ひとりで何かをした場合、失敗は無いのでは？</p><p> </p><p>そうかもしれない。</p><p> </p><p>失敗とは誰かと一緒にいたときに発生するもので、一人でいる場合失敗は発生しない。</p>
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<link>https://ameblo.jp/dkaljfei/entry-11709821810.html</link>
<pubDate>Thu, 21 Nov 2013 23:10:39 +0900</pubDate>
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<title>子供に美田を残すな</title>
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<![CDATA[ <p>美田を残された子供はうまくいかない、というこのお話は大変興味深い。私はそのとおりだと思う。</p><br><p>昔のことは分からないが、今の時代は変化がはやい。変化をもたらしているは競争だと思う。昨日までは良い技術だったが競争により、より良いものがうまれ昨日までの技術は時代遅れになりこれでは食べていけない。</p><br><p>親から美田を残してもらった、技術に言い換えれば前の人から教えてもらったと言い換えることが出来ます。</p><p>自分の力で美田を作る努力をしなかったため、作る方法や努力の仕方がわからなくなるのだと思います。また、残された美田に安心し怠けてしまったかもしれません。技術もそうで、自分の力で学んで調べて自分の中に作り上げていく努力をしないといけないと思います。</p><br><p>たぶん、世界中で私以外のひとはそんなの当たり前だと思っていて、こんなことを書いてる私は馬鹿だと笑うかもしれません。また、そんなことはない、言ってることがおかしいと言うかもしれません。</p><br><p>んー、どうせ死ぬしどうでもいいかー。と考えますか？？</p><p>正解の無いこ問題、というか考えた見方か。考え方や見方に正解はないわけで、私はこう思いますで良いんだなー。考えや見方ではなく、行動原理について書くべきだったな。私はこう考えるではなく、私はこう行動したと。</p><p>このほうが説得力があるね。</p><br><p>ふー。実はこれ書いてるの2回目。1回同じタイトルで書いたんだけど消えちゃった。なんちゃらを許可しますか？ってパソコンから聞かれて、はい！、と答えたら消えちゃったんだよ。</p><br><p>内容は1回目にかいたものとは全然違う内容になってしまったけど、まぁいいや。</p><p>小論文頑張ります。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/dkaljfei/entry-11685125693.html</link>
<pubDate>Mon, 11 Nov 2013 18:28:26 +0900</pubDate>
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<title>夢</title>
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<![CDATA[ <p>子供の頃の夢はなんですか？</p><br><p>私の子どもの頃の夢はパン屋さんになることでした。</p><p>理由は単純で、パンを好きなだけ食べたかったから。</p><p>この夢が消えてなくなったのは中学校への通学路にあったパン屋さんがお店を閉めたときです。</p><p>私の通った中学校は小学校のすぐ近くにあったため、小、中学校と同じ通学路でした。</p><p>私が小学生のとき、そのパン屋さんの前を歩いて通るといつもいい匂いがしていました。</p><p>その匂いを嗅ぐだけで幸せになったものです。</p><br><p>パン屋さんの匂いを嗅ぐことができなくなって、パン屋になりたいという夢を忘れてしまったようです。</p><br><p>パン屋さんになる夢が消えて、その後は何になりたいかなんてものは無くて、ただひたすらに</p><p>ダラダラと日々を過ごしていました。</p><br><p>周りが進学するから進学して、周りが就職するから就職してきた、空っぽの自分がいます。</p><br><p>そもそも夢ってなんでしょうか？夢ってもたないといけないもの？</p><p>いけないこと、とは生死に関わることがいけないことになると考えられます。</p><p>夢がないからって死にはしません、よって夢がなくてもいけなくはありません。</p><br><p>夢がないと生きる価値が無い、と言われる方がおられるかもしれません。</p><p>大きなことを成し遂げる人たちは、かならず夢を持っているように思います。</p><br><p>私が持っているのはセイゼイ人よりうまく立ち回りたいという、優越感欲しさからきているように思います。</p><p>他人がほしいものが一番良い。はやっているものが一番良い。</p><p>つまり、自分が良いと感じるのは周りが良いと認めてからのような気がします。</p><br><p>それでも昔はアーティストが無名なころから好きと思ったり、マイナーな漫画が面白いと思ってたりも</p><p>しました。</p><p>ここらへんの感性を大切にするべきなような気がします。</p>
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<link>https://ameblo.jp/dkaljfei/entry-11671776567.html</link>
<pubDate>Tue, 05 Nov 2013 23:34:52 +0900</pubDate>
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<title>労働組合と会社</title>
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<![CDATA[ <p>私の働いてる会社には労働組合がある。</p><br><p>労働組合があることでのメリット・デメリットが最近どうも分かりずらい。</p><br><p>メリット</p><p>　・会社が簡単に首にできない</p><br><p>デメリット</p><p>　・わけのわからないイベントにお金を取られる</p><p>　・組合費が高い（月3～5千円）</p><br><p>であろうか。</p><br><p>労働組合があることでのメリットの見える化が必要であると考える。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/dkaljfei/entry-11671243867.html</link>
<pubDate>Tue, 05 Nov 2013 18:45:02 +0900</pubDate>
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<title>平等</title>
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<![CDATA[ <p>人間は平等ではない。</p><br><p>この世に生れ落ちた時点で良いか悪いか分からないが平等ではない。</p><p>まず両親の差がある。学問のレベルの差、スポーツでのレベルの差、コミュニケーションでのレベルの差、年収でのレベルの差がある。</p><br><p>これらは環境の差となり大きなハンディキャップとなる。</p><br><p>では逆に考えてみる。例えば差がなかったらどうなっているだろうか。</p><p>生れ落ちる環境、人類皆すべてが同じの環境であったらどうなるか。</p><br><p>まず、地球全体の気候が同じであり、人類の肉体的特長がすべて同じである。そして、投げかけられる言葉、しぐさ、愛情、すべてが同じであったとする。</p><p>いわゆる多様性といわれるのもが無い世界であったとする。</p><br><p>それで平等が実現できるかというと、人間が集まって暮らす限り平等はなくならないだろう。</p><p>例えば学校を作ったとしよう。生徒一人ひとり平等になるように、同じ特徴を持った先生をつける。先生はみな同じ特徴を持っているので生徒にとっては平等である。しかし、先生という存在になれる数は限られている。少なくとも生徒にとっては平等であるが、先生という存在を作ると不平等が生じる。</p><p>ココに一つ、限られた数のために不平等が生じている。</p><br><p>もし、人類全体を平等にするならばすべてを同じ数だけ用意しなければならない。</p><br><p>平等というのは尊いことだと思う。平等でなければならない。</p><p>不平等というのは嫉妬と羨望を作り出し、日常生活に暗い影を落とす。</p><br><p>ん、暗い影って悪いことか…？</p><br><p>まぁ、いいや。ちょっと横においておこう。</p><br><p>平等。この世にも平等なものが一つだけある。時間である。</p><p>神様が与えたもので唯一無二の平等である。</p><p>アインシュタインによると時間も平等で無いらしいが、それは特別な場合だと思う。</p><p>んー、ちょっと待て良く調べてみよう。本当に時間は平等か？</p><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/dkaljfei/entry-11669402963.html</link>
<pubDate>Mon, 04 Nov 2013 22:42:30 +0900</pubDate>
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<title>俺流</title>
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<![CDATA[ <p>練習は嘘をつかない</p><p>落合監督が使う言葉だそうだ。</p><br><p>落合監督が中日の監督時代、春季キャンプの練習量は12球団1を誇ったそうだ。</p><p>6勤1休である。他は3勤1休、4勤1休で3～4時に練習を切り上げたらしいのだが、</p><p>5時、6時まで練習をしていたそうだ。</p><br><p>これは私も見習わないといけない。</p><br><p>いままでの人生、あまりにも自分を追い詰めてこなかった。</p><br><p>いま、その代償の人生を歩んでいる。</p>
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<link>https://ameblo.jp/dkaljfei/entry-11668696976.html</link>
<pubDate>Mon, 04 Nov 2013 16:09:50 +0900</pubDate>
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<title>親と子</title>
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<![CDATA[ <p>親と子は精神的に切っても切り離せないものだと思う。</p><p>どんなに立派な親であれ、どんなに最低な親であれ、親は親である。</p><br><p>そしてどんなに立派な子であろうと、どんなに情けない子であろうと、子は子である。</p><br><p>私はこの年で子供はいないので、子供を持っておられる方たちからすると、そんなことは無いともしかしたら思われるかもしれない。中には、こんな子など私の子ではない、と思う方もいれる「かも」しれない。</p><br><p>幸せというか立派だと思う。私はいま、親と子の関係について悩んでいる。始めに書いたように、私は、親は親なのだ。こんなの私の親ではないと思えない。何とかしたいと思う。</p><br><p>この「何とかしたい」というのが、問題の引き金である。</p><br><p>親であっても、他人である。私がラジコンのように操作できるはずが無い。</p><br><p>親は親として頭の片隅置いて、見取るというのが正しい付き合い方なのではないだろうか？</p><br><p>何も与えず、何も求めず。いい加減、私もいい年である。同年代には子供を持っておられる方もいる。</p><p>この年代で、まだ私は親と子供につ悩んでる。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/dkaljfei/entry-11668650365.html</link>
<pubDate>Mon, 04 Nov 2013 15:36:54 +0900</pubDate>
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