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<title>「ツレうつ」にはなれない私たちですが</title>
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<description>夫がうつと診断されて4年目になる、3９歳の女（乳幼児各1名付き）の、たまにマンガありの記録です</description>
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<title>うつの夫の実家に同居しました</title>
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<![CDATA[ こんにちわ。きのこおにぎりです。<br><br>このブログのおおもとであるうつの夫のはなしを、久しぶりに書いていきます。<br><br>…とはいえ、二人の子供の世話に日々あたふたしていて、だいぶ記憶が薄れてきました。<br>しかも上の子の幼稚園のバザーの手芸品を作るボランティアになぜか参加したりして、<br>こんなの。売れるかしら？<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140926/09/dokokadekiteru/3f/5e/j/o0300063513078601887.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140926/09/dokokadekiteru/3f/5e/j/o0300063513078601887.jpg" alt="いぼ" width="300" height="635" border="0"></a><br><br>とか言われ。うん、否定できない。<br><br>でもまあ少ないスキマ時間にこんなことをしていたら<br>ブログを書いてなどいられませんでした。<br>（ということを、自分の思い出として書かせていただきます）<br>　<br><br><font size="6">っていうのももう数か月前の話でして。</font><br>ああホント久しぶりに更新します。<br><br><br>え～と、何の話でしたっけ…カチカチ（←自分のブログを自分で開く音）<br><br>そうそう。うつになって３年目の夫がとうとう退職することを決心し、<br>ついでに私も妊娠が発覚し（ついでじゃないけど）<br>夫の実家に同居することがもう選択肢なく決まった…そんな２０１３年６月初旬のことでした。<br>もう<font size="3">１年以上前の話</font>なんすね…<br><br>改めて書きますが、<br>うつになったら、<font size="4">大きな環境の変化はなるべく避けたほうがよい</font>、というのが<br>割と主流の考え方です。<br>うつの時にはすぐにでもその状況から逃げたい、と思い、<br>退職や離婚、引っ越しをしてしまうものの、<br>環境がうつを引き起こすというより、自分の考え方に原因があることも少なくないし、<br>あとあとうつが落ち着いてくると、環境を変えたことを「早まった」と感じることもあるようです。<br><br>でもまあ、今のところ私達は…<br><br><font size="4">会社辞めて引っ越しして正解だったかな！</font><br><br>と思ってます。<br><br>あら、<font size="3">結論でちゃった</font>！もう書くことないかも。…いえいえ。<br>そこを脳みそに残っているエピソードで書きたいと思います。<br><br><br>引っ越すと腹は決まったものの、私の腹（妊娠）の変化も現実となり、<br>それはそれでプレッシャーを感じる夫の、浮かない顔を見る日々が続きました。<br>ホントだったら、<br>（私はばりばり働いて、夫も休養する）<br><br>だったのかしら。でももう現実は現実です。<br><br>私は仕事先に退職の意向を伝え、派遣は短期間ずつの更新なので次期の更新をせず終了、<br>関東に住むたくさんんの友人にも連絡をし、その中で会える人には会って別れを惜しみました。<br><br>友人たちの多くは東京か埼玉在住なので、転居すると遠くはなりますが、<br>正直なところ、実家は埼玉なのであおうと思えば会えるだろうと、<br>それほど寂しさを感じませんでした。<br><br>もっと本音を言えば、<br>夫がアレな状態で友人に恵まれているより、<br>友人に恵まれなくても夫と穏やかな関係になることのほうが、切実な望みでした。<br>やはり、毎日顔を合わせるのは夫ですから。<br><br>それと、<br>娘には今月で保育園が最後だと伝えました。<br>義母の家に引っ越すことも、ただ今日だけ行くのではなく、そのままあちらに住むことも。<br><br>ただ、当たり前ですが、「ここを離れてさみしいね」ではなく、<br>「これからはみんなで住めるんだよ。新しい幼稚園に行くんだよ。」と、<br>明るい面を強調はしましたが、よく遊んでいた友達とは離れること、<br>保育園もこの保育園ではなくなることも、もう３歳ですから、きちんと話しました。<br>その時は「え～、やだなあ。遊びたい。…でも、タヨちゃんと一緒に住みたい」と<br>言ったように記憶しています。<br>そのさみしさを、子供なりに感じてどこかで愚図ったりしてもいいように、<br>心の準備を私もしていたつもりでした。<br><br>そして引っ越す前日、保育園最後の登園日、娘を迎えにいきました。<br><br>荷物をまとめ、退園の書類を提出する為事務室に行くと、<br>園長先生が<br>「なんだかあっという間で、さみしいけど、<br>　スズメちゃんだったら新しい保育園でもすぐにみんなと仲良くなれるでしょうね」<br>と励ましてくれました。<br>他の先生方も娘に「楽しみだね、今度はどこに引っ越すの？」と話しかけると<br>娘は<br>「タヨちゃん（義母）ちに引っ越すの～♪　もう明日行くんだよ！」と…<br>あら？笑顔笑顔。<br>全くさみしさを微塵も感じさせません。もうちょっとなんか…こう、さあ…<br>私が代わりに、名残惜しい気持ちだと伝えなくては…と思ったその時。<br><br>あら…<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140926/09/dokokadekiteru/85/9d/j/o0298015313078601883.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140926/09/dokokadekiteru/85/9d/j/o0298015313078601883.jpg" alt="しんみり" width="298" height="153" border="0"></a><br>私のほうが涙が出てしまいました。<br><br>確かに娘は、新しい場所に慣れるのも早いほうだけど、<br>私も娘もこの保育園が好きだったのです。<br><br>思い返せば結婚して出産してから、小さな娘を連れてどこへ行こう、と思った時、<br>この保育園の園庭の一般開放日によく来ていました。<br>まだママ友もあまりいなくて、声をかけてくださる先生たちにちょっとほっとさせられたり、<br>のびのびと園庭で遊ぶ娘を眺めていたりしたものでした。<br><br>あれが1歳前後…それから３歳の今、無認可保育園を経て再びこの保育園に入れて、<br>やっと慣れてきたところでした。<br><br><br>って、<font size="3">走馬灯か！</font><br><br>もうこうなると年をとって涙腺の緩んだ私は普段の適当トークもどこへやら、<br>ただの感激しいになって、ただただ涙をこらえるのでいっぱいでした。<br><br>これが卒園式ならこんな母親一人いてもおかしくないけれど、<br>今はただの７月。<font size="3">合ってない。すごく季節感ない。</font><br>その違和感に気づいてはいるのですが、どうにもならないまま事務室を出て、<br>玄関に向かいました。<br>浮足立つ娘と、涙目の私というおかしな組み合わせの親子を、<br>その場にいた先生方は全員で玄関まで出てきてくれて、笑顔で見守ってくれています。<br>いやあ～もういいですから…もう十分ですから…<br><br>と涙ダム決壊の私。はよ外でにゃあ！と焦る気持ちと、<br>この恩をまだ言葉にし足りないのではないかと思う気持ちとで<br>もたもたしていたら…<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140926/09/dokokadekiteru/aa/b4/j/o0350017813078601885.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140926/09/dokokadekiteru/aa/b4/j/o0350017813078601885.jpg" alt="あっそう" width="350" height="178" border="0"></a><br><br>あ…はい。<br><br><br><br><br>おい。<font size="4">あんたはホントに前しか見てないな！<br></font><br><br>とおもった私でした。<br><br><br>まあ実際、泣かれたら辛いとは思うんですけどね。親としては。<br>でも普通、こういう時は泣くもんじゃないですか。どうでしょうかね。<br><br>そんなこんなしながら、私達は引っ越ししました。<br><br>引っ越し後の夫の状態についてはまた後日改めて。<br><br>あれ？今回夫の話じゃなくて、私の話だけだわ…<br>すみません、ただの思い出話になってしまいました！<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/dokokadekiteru/entry-11873908193.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Sep 2014 22:13:00 +0900</pubDate>
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<title>嵐のような甘えっぷり　～第2子誕生と上の子～②</title>
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<![CDATA[ きのこおにぎりです。<br><br>下の子の出産で、上の子が荒れたはなしのつづきです。<br><br>とっくに第２子を出産し、育児中の友人たちにもメールで相談して、<br>どうなのどうなのと聞くと、みんな多かれ少なかれ、似たような感じ。<br><br>でも、出産報告メールの時点の返信では、<br>「新生児の可愛さを久々に味わえて楽しいよね！」など割と気楽な内容だったような…<br><font size="3">みんな、隠してたのか！？</font><br>じゃなきゃ、過ぎてしまえば懐かしい思い出なのか。<br>まだ喉元過ぎずひっかかってる、わたしです。<br><br>そんな上の子のはなし…なんですが、<br>体験者が読めば、<font size="4">よくあるよくある</font>でおしまい…な感じは否めないけど、<br>自分が可愛い私にはほんっとに大変だったんです！<br>そんな自分のダメさ加減を公開するだけかもしれませんが、話をすすめます。<br><br><br>さて。<br><br>産褥入院も終わり、晴れて退院となった私は自宅へ戻りました。<br><br>私のいない生活に、少し慣れたように見えた娘でしたが、<br>退院したその日、さっそく何かが<font size="3">切れて</font>しまいました。<br>…もうちょっと日がたってくれたほうが、話がそれらしいのですが<br>ホント間髪いれずの、<font size="3">その日</font>でした。<br><br>ちょっとしたことで、すぐ怒る。<br>私も初めは「まあ甘えたいんだな」と理性が働くものの、<br>最近の娘は、基本的に<font size="4">しつこい</font>。<br><br>怒って手が出るようになるのも、最近の傾向です。<br>（以前は人を叩いたりしなかったのに…）<br>で、ちょっとは我慢する私も、だんだん苛立ってきます。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140329/17/dokokadekiteru/4e/56/j/o0310070512890876262.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140329/17/dokokadekiteru/4e/56/j/o0310070512890876262.jpg" alt="体で抵抗" border="0"></a><br><br>あ～。いけないセリフを連発してしまっています。<br>４歳の娘と本気でケンカになってしまい、さらにエスカレートしてしまいました。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140329/17/dokokadekiteru/ed/bf/j/o0320080012890876261.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140329/17/dokokadekiteru/ed/bf/j/o0320080012890876261.jpg" alt="切れるわたし" border="0"></a><br><br>あ～。かわいそう。かわいそうです、娘。<br>ちなみに、マンガには登場しませんがこの時義母もこの場に居合わせています。<br>(義母も、娘のその時の暴力にちょっと困惑していたので、私に同情してくれましたが）<br>それでも私の怒りはおさまらず、こんな調子だったのです。<br><br>娘は、私に投げられたショックで（言葉のショックも？）とうとう泣き出しました。<br><br><font size="4">すみませんが、通報しないでくださいよ～！</font><br><br>このあと私もなんとか自分を静めて、娘を抱っこしてなぐさめたのですが、<br>退院初日にしてこのありさま。<br>娘の寝顔を見ながら、明日からもこんな感じか、とため息をつきました。<br><br>その予想通り、基本的には、産まれた弟を可愛いといい、<br>興味津々になったりしながらなんだかお姉ちゃんぶるものの、<br>話の途中で急にスイッチが入ってキレるという日々が２，３日続きました。<br>幼稚園の送迎も、まだ産後２週間たたない私には無理で、<br>夫や義母にお願いしていましたが、それも気に入らないようで、<br>朝出かける前にぐずることも多々ありました。<br>（相変わらずの「鬼、きらい」）<br><br>そして、退院して初めての、金曜日の夜がやってきました。<br>（私は月曜日に退院しました）<br><br>この日、幼稚園から帰ってきて娘は久々にご機嫌でした。<br>明日は土曜日で、幼稚園に行かずに私といられる、と話しましたが、<br>そのせいだったのかもしれません。<br><br>にこにこしながら「今日はこっちで寝る～」と、<br>赤ちゃん用にセッティングした布団に入りました。<br>まだまだその布団におさまってしまう、４才の娘の小ささを可愛いと私も思いながら、<br>うとうとしかけました。<br><br>すると。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140329/17/dokokadekiteru/63/0c/j/o0320019012890876258.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140329/17/dokokadekiteru/63/0c/j/o0320019012890876258.jpg" alt="足が痛い" border="0"></a><br><br>急に足の痛みを訴えだした娘にちょっと驚いて、<br>「よくいう成長痛ってやつかしら？」と足をさすってあげました。<br>聞けば右足が痛いとのこと。そこを動かすと。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140329/17/dokokadekiteru/00/00/j/o0320019312890876259.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140329/17/dokokadekiteru/00/00/j/o0320019312890876259.jpg" alt="発狂？" border="0"></a><br><br>ちょっと尋常じゃない痛がりっぷり。<br>でも、夜泣きに近いものかもしれない、と、私も優しくさすっていると、<br>泣きながら娘は寝ました。<br><br>そして朝になりました。<br>先に目を覚ましたのは、娘でした。<br>が、足の話はなく、なんか機嫌よく話しかけてきました。<br><br>そこで、私が内心『足は痛くないのかな』と思いつつも、言えばのっかる娘の性格を踏まえて<br>そのことには触れずに「そろそろ起きて、ごはん食べようか？」と聞くと、<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140329/17/dokokadekiteru/00/00/j/o0320019312890876259.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140329/17/dokokadekiteru/00/00/j/o0320019312890876259.jpg" alt="発狂？" border="0"></a><br>すみません、<font size="3">同じ絵</font>で。…<font size="3">全く同じ反応だった</font>もので。<br><br>相当な痛がりっぷりなので、これは本当なのかもしれない、と、<br>隣で寝ている夫に「昨日の夜から痛がってるんだよね」と報告すると、<br>夫も「なんか悪い病気や怪我じゃ心配だから、病院行ったほうがいいかな」と。<br>（とはいえ、この土日、夫は出勤日だったので夫が動けるわけではないのです）<br><font size="3">というと、</font><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140410/21/dokokadekiteru/bf/e6/j/o0300024612904662129.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140410/21/dokokadekiteru/bf/e6/j/o0300024612904662129.jpg" alt="" border="0"></a><br><font size="3">えっ…</font><br>「病院行かない！ママがさわったら治るの！」<br>…それって…<font size="4">仮病</font>？<br><br>と思ったのですが、まずは体の心配も捨てきれず、ネットで検索すると<br>足の痛みは成長痛ではなく、ウイルス性の炎症の可能性もあるとか、<br>ひどいと２年くらい車椅子の生活とか、不安になるような情報もありました。<br><br>見た目には、何の腫れも赤みもなく、発熱しているわけでもない娘。<br>午前中は様子を見ることにしました。<br><br>起こそうとすると痛がるので、仕方なく朝食を義母に用意してもらうと<br>部屋まで持ってきてもらい、私が寝たきりの娘に食べさせることにしました。<br><br>少しずつスプーンにすくって、娘の口に運ぶ私。<br>はからずも介護の仕事を久々に行っております。<br>お皿をちらっとみて、「次はキャベツがいい」とか食べたいものを要求する娘。<br>食欲はあるようだ。<br>と、ふと見ると…<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140329/17/dokokadekiteru/fe/83/j/o0310022712890876260.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140329/17/dokokadekiteru/fe/83/j/o0310022712890876260.jpg" alt="寝たきり" border="0"></a><br><br>この顔です。<br><br>さらに、食後はいつもの「プリキュアかいて！」がはじまりました。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140411/12/dokokadekiteru/10/13/j/o0320062012905137945.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140411/12/dokokadekiteru/10/13/j/o0320062012905137945.jpg" alt="" border="0"></a><br><br>あ～、なんかこういう病人キャラ、昔のドラマやなんかにいた気がする…<br><font size="3">都合悪くなるとすぐ病気になる</font>っていう…<br><br>こんな調子で、言うことを聞いていればニコニコしているのに<br>足の話題になると、とたんに痛がったり、強引に立たせて歩かせたら<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140411/12/dokokadekiteru/bd/6d/j/o0300035712905140599.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140411/12/dokokadekiteru/bd/6d/j/o0300035712905140599.jpg" alt="足引きずる" border="0"></a><br>こんな。<br>精神病んでるだけでも、びっこは引くのでしょうか？<br><br>さすがに半日この状態に付き合い、昼食後も一向に様子が変わらないので、<br>嫌がる娘を無理やり病院に連れて行きました。<br><br>私は赤子を抱っこしているので、<br>お義母さんに17キロの娘を抱えてもらって、車に乗せ、病院の中にも運んでもらって、<br>土曜の午後も診察している整形外科へ行きました。<br><br>車の中でもわあわあ泣いていた娘でしたが、病院の診察台に寝かされ、<br>あちこち先生が触っていると…泣き止んでます。<br><br>その後、レントゲンを撮るために私と赤子は待合室に出され、<br>義母が娘と中で残りました。<br><br>産後まだ２週間もたたない高齢の体で、赤子を抱っこしながら疲れを覚えつつ<br>待合室で待っていると、中から聞こえてきたのは…<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140329/17/dokokadekiteru/a3/5b/j/o0300023212890878481.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140329/17/dokokadekiteru/a3/5b/j/o0300023212890878481.jpg" alt="整形外科" border="0"></a><br><br><br>結局、何も異常はみつからず、数日様子を見て治らなければ来てください、と言われました。<br>義母曰く<br>「レントゲンの台に乗れるかどうか見てたら、前の人が乗っているのを見て、<br>　『自分で乗れる!』って階段上がっててね、<font size="3">上がれるじゃん！</font>って思った」<br><br><font size="4">そら思うわ！</font><br>動けるじゃん！<br><br>勿論、ネットで検索した良くない病気の場合も、レントゲンにはうつらなくてＣＴなどで<br>みつかることもあるそうです…が…<br>笑ってるし、動いているし。<br><br><font size="4">「甘えによる痛み」決定。</font><br><br>自分の中で結論が出ました。<br><br>帰りの車の中でも、義母に「良かったねえ、スズメちゃん、なんでもないってさ～」<br>と話しかけられ、「でもまだちょっと痛いんだよ」ととりあえず落ち着きを取り戻して話す娘。<br><br>ここにきて私もやっと肩の力が抜けて、「もう、心配したんだよ～」と娘に言っていました。<br><br>義母に「ママに心配してもらいたかったんだよね」と言われると、<br>娘は照れたように笑ったりもしていました。<br><br>やれやれ…と私と義母は車の中で一息つきました。<br>「こどもって、さみしくても体が痛くなるんですね」<br>「キノコさんが出産でいなくなってから、ずっとがんばってきたから、その反動だったんだろうね」<br>などと早くも総括していた私たち。微笑みさえしていたかもしれません。<br>・・・が。<br><br><font size="3">ま～だ～終～わ～ら～な～い～</font>…んですよ！<br><br>自宅に戻って、「もう歩けるよね？」と娘に聞くと「歩けない」。<br>最後まで義母に抱っこされる気満々の娘。<br><br>とりあえずその夜も寝たきりでご飯を食べ、風呂は入らずに寝かせることにしました。<br>が、寝かせようとするとまた<font size="3">「足が痛い」</font>。<br>はいはい、来た来た。でもまあ、もう付き合ってあげるしかないね、と覚悟しつつも、<br>だんだんと鳴き声は大きくなります。<br><br>苛々しながらも、「甘えたい気持ちを吐き出してるんだなあ…もうどんどん泣け泣け」と<br>思うように努めました。<br>言ってみればこれは、嘔吐や下痢と一緒で、<br>心にたまった悪いものを吐き出しているに違いない。<br><br>とか思っていると、泣きながら娘はこう言いました。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140329/17/dokokadekiteru/19/3b/j/o0320019112890878482.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140329/17/dokokadekiteru/19/3b/j/o0320019112890878482.jpg" alt="ほんとは…" border="0"></a><br><br><font size="3">ええ、知ってますよ…</font><br><br>この時、私はなんていえば良かったのでしょうか。<br>肯定して、「そうだね、ママと行こうね」と言えばその場は安心できたのかもしれない。<br>でも、それは<font size="3">ウソです</font>。<br>月曜日が来ても、産後間もない私は、<br>自分の体を守って幼稚園の送迎は夫や義母にしてもらうつもりなのです。<br><br>私の精一杯の答えは、<br>「スズメがママと行きたいのはわかるよ、（と受け止めた上で）<br><font size="3">４月になって、ママの体が元気になったら</font>一緒に行こうね」でした。<br>しかしそれでは納得できない娘は、そう聞くとまた大声で泣き出します。<br><br>これを「号泣」っていうんだぜ…<font size="3">マスコミの皆さんよ…</font><br>（ちょっと泣いただけで「号泣」ってテレビが表現するのはどうかと前々から思ってた私<br>　…って、全然関係ないですけどね！）<br><br>でもまあ、それでも足をさすり、「ママも一緒に行きたいんだよ」と声をかけ続けると、<br>とりあえず娘は眠ります。<br><br>が、ものの20分ほどでまた娘は目が覚め、大声で泣き出すのです。<br>気づけばもう時計は深夜１時をすぎていました。<br>覚悟はしていたものの、やっぱり眠い…<br><br>そしてさらに娘は行動を<font size="3">展開</font>。<br><font size="3">「おしっこ出る！」</font>と泣きながらトイレに行こうとしました。<br>私も、最初２回は体を支えて欲しいと言う娘につきあい、トイレに行きました。<br>しかし戻ったと思ったらまた、<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140428/21/dokokadekiteru/f1/9f/j/o0300044712923311223.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140428/21/dokokadekiteru/f1/9f/j/o0300044712923311223.jpg" alt="いっちゃってる" width="300" height="447" border="0"></a><br><br>なんかもうね、ほんとにおしっこでるわけじゃないんでしょう。<br><font size="3">気が狂ってる。</font>としかいいようのない顔つき。<br><br>さすがに、時計が深夜２時をすぎており、<br>「もうおしっこ出ないよ…ママも眠いよ…勘弁して～」と弱音も吐いてしまいました。<br>見かねた義母が起きてきて、代わりにつきあってくれたりしたので、<br>やっと疲れ果てて娘は寝ました。<br><br>この騒ぎの間、産まれたばかりの息子の授乳やおむつ替えを、<br>どのタイミングでしていたのか覚えていません。<br>…というか、このブログで息子のことをここまで数文字しか書いていません。<br><font size="3">なんと存在感のない赤子…</font><br><br>と、息子の顔をやっと静かに眺められた頃、朝になりました。<br>自分も短いながらもよく眠り、ふと明るくなった部屋で娘が身動きするのを感じ、<br>目をやりました。<br><br>どうやら目を覚ました娘。そして…<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140428/21/dokokadekiteru/80/f8/j/o0293020712923311222.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140428/21/dokokadekiteru/80/f8/j/o0293020712923311222.jpg" alt="そして翌朝" width="293" height="207" border="0"></a><br><br>うん。なんていうの？緊張の一瞬です。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140428/21/dokokadekiteru/90/00/j/o0300021212923311221.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140428/21/dokokadekiteru/90/00/j/o0300021212923311221.jpg" alt="治った" width="300" height="212" border="0"></a><br><br>これ以上ないくらいの晴れやかな笑顔で言ったのです。<br><br>いっや～～～<font size="3">終わった。やっと終わった。</font><font size="4">このはなし</font>も。<br>長々と読んでくださいましてありがとうございました！<br><br>…じゃなくって、まあとにかく、日曜日の朝、やっと嵐は去りゆき、<br>我が家に平穏が訪れました。<br>私は何度も娘に、「ほんとに？もう足痛くないの？」と聞き、<br>娘はニコニコしながら右足をほいほいとあげたりさげたりしました。<br><br>私達の声を聞いて部屋に来た義母も一安心。<br><br>そして日曜日の夜は、もう昨夜のような不穏状態はみじんもなく<br>「明日は幼稚園パパと行くね！」と言いすやすや寝た娘。<br><br>ああよかった。これで私も今夜はゆっくり眠…れ…<br><br><font size="3">「うんがっ　ふんがっ　うえっ　うえっ」</font><br><br>前日<font size="3">忘れさられていた息子が</font>泣いています。<br>今、授乳してもおむつ替えしても眠りが浅いのは<br><font size="4">「次は俺の番だ」</font><br>というアピールでしょうか…<br><br>２児の母（38歳）まだまだ眠れない日々になりそうです…<br><br><br><br><br>…ってやっと書き終えた今、もうとっくに<font size="4">下の子２か月</font>です。<br><br>ほんとに月日のたつのは早いですね！<br>すでに<font size="3">ホットでもなければタイムリーでもない</font>…（前回ブログ冒頭にこう書いた←よく考えたらなんと手垢のついた言い回し）<br>まあ、まだまだ上の子も甘えてきてますがね。<br><br>重たい腰をあげて子供の相手をしている間にブログもなんもかんも忘れてしまっています。<br><br>次回更新はいつのことやらわかりませんが、<br>また残しておきたいことがあったら書こうと思います。<br><br>ではまた…<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/dokokadekiteru/entry-11800493681.html</link>
<pubDate>Mon, 28 Apr 2014 15:35:37 +0900</pubDate>
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<title>嵐のような甘えっぷり　～第２子誕生と上の子～</title>
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<![CDATA[ きのこおにぎりです。<br><br>ホットでタイムリーなうちにお届けしたい育児ネタです。<br>もうね～、後になったら懐かしい思い出になるんですかね、この状況も。<br><br>周りからさんざ聞かされていた、<br>「下の子が生まれたら<font size="3">上の子をもっと可愛がるのがよい</font>」という育児理論。<br>「そうだよね、上の子にとっては大きな環境変化だもんね～、<br>　甘えさせてあげたほうがういいよね～」とうなづきながら聞いていた、私。<br><br>その聞きかじりで、下の子が生まれた知人に会っても、<br>上の子に「<font size="3">ママにまだ甘えていいんだよ</font>」などと知ったような口をきいていた、私。<br><br><font size="3">どの口がそんな…</font><br><br>「甘えさせる」のがどんなに大変なことか、<br>その頃の私はぜ～～～～～んぜん、知らなかったのです…<br><br>今回はそんなおはなしです。<br><br><br>時系列を追って書きますと。<br><br>もともとママっ子だった娘。<br>まあしょうがありません。この子が２歳の時から、<br><font size="3">夫はうつ</font>だし核家族だしで安心して甘えられるのは、<br>私だったのだと思いますから。<br><br>私は私で、「困ったらママにあまえてこ～い」というつもりで育ててきたと自覚しています。<br>といっても、別になんでもかんでも世話を焼いて赤ちゃん扱いしてきたつもりも、<br>ありませんでした。<br><br>しかし、気づけば余り「自立心」の見えない娘ではありました。<br>通ってきた保育園でも、幼稚園でも、基本<font size="3">「できない」「先生やって」</font>が口癖で、<br>この娘に、園で他の子供たちが覚えてやることを、やる気にさせるのは<br>そもそも結構手がかかりました。<br><br>それでも、娘なりに、人より遅くてもやっとできるようになれば<br>心底感心して、褒めたりしてきましたし、<br>一つできるごとに、そのことに対し笑顔で「できるようになった！」と喜ぶこともありました。<br><br>それが、出産の数か月前から、ちょっと方向が変わってきたように思います。<br><br>例えば、あのプリキュアカード書き…（ブログ「<font color="#FA8072"><a href="http://ameblo.jp/dokokadekiteru/entry-11773216009.html" target="_blank">めんどくさくて白旗あげること</a></font>①」）<br><br>のように、「何かをママにやってほしい」という要求が目立つようになってきました。<br><br>「赤ちゃん返り」のように、今までできていたことをしたがらず、「やって」というなら、わかる。<br>しかし娘は、<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140314/16/dokokadekiteru/0d/9d/j/o0300024012874894052.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140314/16/dokokadekiteru/0d/9d/j/o0300024012874894052.jpg" alt="塗ってよ" width="300" height="240" border="0"></a><br><br>なぜ<font size="3">塗り絵</font>を？<br>（口が悪い点も見過ごせないですが）<br><br>…今までは<font size="3">自分で塗っていた</font>んですよ。<br>ちょっとしたブームにもなっており、<br>プリキュアカード書きに飽きていた私は助かった～とばかりに<br>自宅のコピー機でひたすら塗り絵をコピーしていました。<br><br>でも、塗り絵は自分でやるもんでしょう。<br>これも親の愛情をもらっているつもりなの？<br><br>また、幼稚園で最近始めたらしい<font size="3">「鬼ごっこ」</font>。<br>それまでも、かけっことしては、「オオカミと３匹のこぶた」としてやっていたことを、<br>急に嫌がるようになりました。<br>ある日、ふと<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140314/16/dokokadekiteru/b0/00/j/o0300026812874894053.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140314/16/dokokadekiteru/b0/00/j/o0300026812874894053.jpg" alt="おにこわい" width="300" height="268" border="0"></a><br><br><br>私も、小さい頃鬼ごっこが嫌いでした。<br>足が遅いので、いつも自分が鬼になってしまうからです。<br>鬼ごっこが嫌いな子供は、だいたいこんな理由だと思います。<br><br>娘もそういうことか、と思ったのですが、<br>聞けば「追いかけられるほうも嫌い」「鬼、こわいもん」と言う。<br>確かに、オオカミとブタの時は、こんなこと言わなかった…<br><br>ということは、<br>「鬼」自体がこわいのかと思って、<br>「なんて繊細な子だろう…」と気の毒に思い、<br>鬼ごっごの鬼は、怖くないよ、「ごっこ」だからね、と話したり、<br>いつもの絵本作戦で、鬼ごっこの楽しい話をしたりしました。…が、まるきり効果ない。<br><br>にこにこと話したり遊んだりしていたかと思えば、<br>急に<font size="3">「鬼怖いよ～」「幼稚園いかない～」</font><br>…ん？このタイミングでの急な弱気…<br><font color="#FA8072"><a href="http://ameblo.jp/dokokadekiteru/entry-11774833217.html" target="_blank">「ひいばあちゃんに会いたい」</a></font>に似ている。<br><br><br>私は幼稚園の先生に園ではどうかと尋ねました。<br>すると先生は「前々から、鬼役になるのが嫌いなようです」とのこと。<br>「オオカミの時も、あまりオオカミの番はやりたがりませんでした」<br><br>あら、そう。知らなかった。<br><br>いずれにしても、余り好きでないのは確かな様子。<br>自分が苦手だったので、さほど「がんばれ」と言う気もしないのですが、<br>こう毎日のように「鬼ごっこが嫌だから園に行きたくない」と言われると、<br>どう声をかけたら気持ちよくいけるのか、困りました。<br>行けば帰りには笑顔なんですけどね。<br><br><br>そんなこんなしているうちに、出産予定日前日の夜、陣痛の来た私は、<br>みんなに付き添われて、産院に入院となりました。<br><br>とはいえ、まだいつ生まれるかもわからない状況。<br>一旦は、車で送ってくれた夫と娘と義母は帰ることにしたのですが、<br>納得しないのは娘です。<br>無理やり連れて帰られる産院の玄関で、<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140314/16/dokokadekiteru/c3/af/j/o0320046212874894055.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140314/16/dokokadekiteru/c3/af/j/o0320046212874894055.jpg" alt="病院で吐く" width="320" height="462" border="0"></a><br><br><font size="3">泣きすぎて吐く。</font><br><br>ああ、これじゃあ赤ちゃん生まれたらどんだけ暴れるんかな…<br>と私は陣痛を感じながらも考えました。<br><br>ところが翌日、出産に立ち会い、しばらくは病室で私と過ごしてから、<br>そろそろ帰るよ、と夫と義母が言うと。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140314/16/dokokadekiteru/e9/70/j/o0310021512874894054.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140314/16/dokokadekiteru/e9/70/j/o0310021512874894054.jpg" alt="あっさり" width="310" height="215" border="0"></a><br><br>あれ。<font size="3">機嫌いいや</font>。<br>この日から、私の入院中はずっと、夫と風呂に入り、義母の布団で寝て、<br>泣きもせず暮らしたそうです。<br><br>また、入院中の面会も、<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140314/16/dokokadekiteru/79/0d/j/o0310023812874894056.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140314/16/dokokadekiteru/79/0d/j/o0310023812874894056.jpg" alt="来ないって" width="310" height="238" border="0"></a><br><br>なんだか急にお姉さんになっちゃったなあ…と<br>一人病院で私はしんみり感じていました。<br><br>産まれたばかりの赤子を見ても、<br>「ああ、スズメもこんなに小さかったのに大きくなって…」なあんて。<br><br><br>私はまだまだ知らなかったんです。<br><br>このあと、自宅でどれだけ娘の反動を真に受けるかを…<br><br>長くなったので、次回に持ち越します！<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/dokokadekiteru/entry-11794323443.html</link>
<pubDate>Tue, 18 Mar 2014 06:57:36 +0900</pubDate>
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<title>うつの夫と私に第２子がやってきました③</title>
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<![CDATA[ きのこおにぎりです。<br><br>第２子出産で浮かれる暇もなく、４歳の娘の情緒不安定に手を焼く３８歳です。<br>また育児ネタでブログを書けるな…<br>いやいや、ブログかけなくてもいいから、娘よ情緒安定してくれ～～～と願う毎日です。<br><br>ある程度は想定してましたが、それを斜めに上回る不安定っぷり！<br>「出産後は上の子を受け止めてあげて」とどこでも聞くけど、<br>甘えさせても甘えさせても、大涌谷の温泉の湧くが如く（なぜ箱根？）<br>ママ恋しさがつきる気配がありません。<br><br>あ、やめとこうやめとこう。これは別の日に、改めて…<br><br><br>本題に戻しまして。<br><br>うつの夫と私の間に、２人目の子を授かった時のはなしです。<br><br>「産む」方向で気持ちも一応かたまり、病院でも妊娠が確定したので、<br>私の実家にも報告するつもりで遊びに行きました。<br><br>落ち着いていれば、夫のうつに対し距離をおいた見方をしてくれる実母。<br>この日も「まあ、気長にやりなさいな。キノコも働けるんだしね。」<br>と言ってくれたのですが、その母に、<br><br>「それなんだけど…私<font size="4">妊娠したみたいで</font>」<br><br>私の母は一瞬絶句しました。<br>そりゃそうよね。<br><br>でも、気を取り直して、<br>「それじゃあ、本当にシロクマさん、家族をよろしくお願いしますよ」と<br>また夫にプレッシャーをかけました。<br>（<font size="3">３０秒前と真逆なコメント</font>…しかたないけど）<br><br>父は…何と言ったかおぼえてません。いつも大事な時には、無口なので。<br>（それが父の優しさなのだと、解釈しています。）<br><br>でも、自宅に戻ってから、数日後母から電話がありました。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140309/17/dokokadekiteru/21/b0/j/o0350053212869937960.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140309/17/dokokadekiteru/21/b0/j/o0350053212869937960.jpg" alt="子供に障害？" width="350" height="532" border="0"></a><br><br>勿論、母の心配はわかる。<br>私も、夫のうつの初期に、<br>男性が精神薬を飲んでいた場合、万が一妊娠したらどうなるのか、調べたことがありました。<br><br>母に言った通りで、もし薬の影響があるとすれば、<br><font size="3">精子の受精能力が低下する</font>、ということ。<br>ということは、そもそも妊娠自体がまれになるか、もしくは流産する、ということでした。<br><br>そうじゃなかったのだから、あとは薬の影響というより、<br>持って生まれた障害があるかないかという可能性だと思ったのです。<br>そんなものは、薬飲んでいなくても<font size="3">私３８歳だし。高齢だし</font>。<br><br>母の言うように、出生前診断をするとしたら、お金もかかりますし、<br>それによっての流産というリスクもあるらしい。<br><br>私は、かつて福祉系大学に進学し、障碍者福祉のことも勉強したので、<br>胎児に障害があるとわかったからといって、出産をあきらめるという発想もありませんでした。<br><br>そういうと、母も<br>「あんたはそういうけど、障害がある子供を育てる苦労をわかってない」と言い、<br>娘が生まれた時も「五体満足で何よりだよ」と言ったりして、<br>そのたび私と小さな口論をしてきました。<br><br>母の言い分は、<br>「普通に障害もなく生まれてくれるだけでどんなにありがたいか」ということで、<br>一見間違ってはいないのですが、<br>裏を返すと今回のように、「<font size="3">障害を持って生まれるのは、どんなに大変で苦労することか</font>」<br>という固定観念であったりもすると、私は思っているのです。<br><br>それは、母は偏見で言っているのではありません。<br>母の近しい知人が、知的障害の息子さんを今も支えていることや、<br>夫の母が自閉症児だった義弟を育ててきたことを実感して、<br>「大変な苦労だった」と感じているからこそ、言うのです。<br><br>でも、障害を持っていない我が子にだって、苦労はしている…手を焼いている…<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140309/17/dokokadekiteru/8a/8e/j/o0300015712869937957.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140309/17/dokokadekiteru/8a/8e/j/o0300015712869937957.jpg" alt="子のです裸" width="300" height="157" border="0"></a><br><br>理想論だと思いますが、私はどんな子供でも、生まれて苦労しない子はないと思うし、<br>それが自分の人生なんだと思います。<br>そして、それでも子供が育つことには<font size="4">喜びがある。絶対ある</font>。<br><br>例えば、義弟。<br>先にも紹介しましたが、<br>幼少期は自閉症児として、義母もそれこそ苦労して育てたようです。<br>でも現在は、普通に自動車工場で働いており、障碍者手帳すら持っていません。<br>ま、ちょっと変わった青年ではありますが。<br><br>その弟が、この騒動の際に、義母が<br>「キノコさんも妊娠したし、シロクマも退職したからこっちに越してくるよ。<br>　あんたもよろしくね」と言うと、<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140307/16/dokokadekiteru/03/4c/j/o0320023312867830591.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140307/16/dokokadekiteru/03/4c/j/o0320023312867830591.jpg" alt="おとうとくん" width="320" height="233" border="0"></a><br><br>と言ってくれた、と義母が驚きを交えつつ話してくれました。<br><br>「まさかね、そんな<font size="3">人の気持ちを考えたコメントするとは</font>思わなかったよ」<br>私も、電話で聞いてちょっと胸を打たれてしまいました。<br>迷惑と思われるか、はたまた状況をあまり深くとらえず、スルーするのかな、と思っていたのです。でも、こんな言葉をくれるなんて。<br>障害を持っていても、こんな大人に成長することもあるのだなあと感じました。<br><br>とはいえ、電話では冷静になれない私と母。<br>その時はお互い不完全燃焼で電話を終えました。<br><br>私は考え考え、父にメールをしました。<br>（母は携帯はあるがメールが<font size="3">できない</font>←本人がアナログすぎて）<br><br>母の心配をありがたく思いつつ、電話では感謝しきれなかったこと、<br>障害のあるなしは検査ではわからないこともあるということ、<br>どんな子供でも育てたいと思っているが、<br>たぶん実際そうなったら母の言うとおり苦労もするだろうということ、<br>それでも育てたいと思えるのは、私が今まで十分幸せに育てられてきたからだし、<br>そうしてくれたことを改めて感謝します。と。<br><br>ど～です。<br>「親が大切に育ててくれたからこそ、私もどんな子供でも育てたいと思えるんだ」という<font size="4">理論</font>。<br><br><font size="3">我ながらうまいんじゃないか？</font><br>これなら納得するのではないか？<br><br>どきどきしながら、メールを送信しました。<br>ついでに、小さい事務連絡的なことを付けたしていましたが。<br><br>そしたら、その事務連絡については「了解しました　　父」と。あれ…<br>私のメールへの返事は…？<font size="4">ない。</font><br><br>ないのですが、その後その話をしなくなったので、とりあえずは検査をしませんでした。<br>まあ…うん、<font size="3">良し</font>と言うことなのかな。<br>と、その時は解釈することにしました。<br><br><br>こうしてわたしたちは、両家の親に妊娠の報告を終えました。<br><br>さて、引っ越し先ですが、<br>私達は無職の状態ですから、賃貸を借りるのもそう簡単ではないだろうし、<br>まして、妊娠した身でシロクマとスズメとの３人家族をするのは、<br>私も心身ともに負担があるだろうという考えから、<br>同居でもいいよと言ってくれていた義母の家に居候することになりました。<br><br>私の妊娠で、選択肢がなくなってしまったわけですが、<br>今現在、夫の実家に同居して良かったと思っています。<br><br>経済的には勿論ですが、夫のうつに対し、私は一人で付き合わなくてよくなりました。<br>義母が、私の負担をかなり肩代わりしてくれたのです。<br><br>実家に住むことで、夫のうつもまた大きく変わってきました。<br><br>そのあたりは、また日を改めて書きたいと思います。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/dokokadekiteru/entry-11790076668.html</link>
<pubDate>Fri, 07 Mar 2014 16:40:33 +0900</pubDate>
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<title>うつの夫と私に第２子がやってきました②</title>
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<![CDATA[ きのこおにぎりです。<br><br>まだ、産まれてません。予定日まであと2日です。<br>毎晩痛いんですけどね、下腹部…<br>周りの「２人目は早い」を呪文のように唱えてますが、まだ魔法はかかっていないようです。<br><br>…と書いた<font size="3">この２日後、無事第２子を出産いたしました！</font><br><br>現在産後１週間すぎです。<br>余りパソコンを見ると疲れるので、なんせ高齢出産、更新はゆっくりさせていただきます。<br>どうぞよろしくお願いいたします。<br><br><br>さて。<br><br>そんなこの子が来たとわかったあの頃。<br><br>まあ～～～夫は落ち込みました。（前回をリプレイ）<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140220/10/dokokadekiteru/d5/78/j/o0320031612852210007.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140220/10/dokokadekiteru/d5/78/j/o0320031612852210007.jpg" alt="子供？" width="320" height="316" border="0"></a><br>前回つっこみ忘れましたが、<br><font size="3">「こんなことばっかり一人前」</font>って…<br>言ったんですよ、実際。<br>私はその時も、取り乱す夫を目にしながらも、ちょっと胸中でつっこみいれてました。<br>（ちょっと笑うところじゃないですか？）<br><br>ああ、まったく、そういう意味では<br>すごい<font size="3">命中率</font>だよ！<font size="3">一人前以上</font>だよ！<br>アンタ有能な男だよ！<br>と言ってあげたい。<br><br>でも、まあ現実は、そんな賞賛がほしい夫のわけはありません…当たり前ですが。<br><br><br>それまでの気分の浮上もどこへやら、<br>「自分がもう一人の子供の父親になれるわけない」とか、<br>「スズメ（娘）の時は、妊娠したと聞いて嬉しかったけど<br>　申し訳ないけど、今は全く嬉しいと思えないんだ」<br>などなど、<br><br>ぼやきの行列でした。<br><br>想像していた言い分ですから、私も答えようがない。<br>自分だって、自分が妊娠するとは思ってませんでした。<br>魔が差したとしかいいようがありません。<br><br>こんな展開で、あのやっと訪れた束の間の平穏な日々が<br>終わるとは思っていませんでした。<br>私は理性を総動員して、言いました。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140307/16/dokokadekiteru/db/08/j/o0320043112867816181.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140307/16/dokokadekiteru/db/08/j/o0320043112867816181.jpg" alt="あきらめるよ" width="320" height="431" border="0"></a><br><br><br>夫は、それを聞いて「そんなこと本当にできるの」と聞き返しました。<br>その場では私は<br>「仕方ないよ、まだ形もはっきりしないこのおなかよりも<br>　今いる家族を大事にしなくちゃ、って私も思うから」と答えて、その日は寝ました。<br><br>寝ようとしましたが、こどものことが頭から離れず、<br>どうしても泣けてしまいます。<br>なるべく声を殺していましたが、察してしまったのか、夫が引き戸をひきました。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140307/16/dokokadekiteru/dc/f1/j/o0320036912867816180.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140307/16/dokokadekiteru/dc/f1/j/o0320036912867816180.jpg" alt="でも悲しい" width="320" height="369" border="0"></a><br>そう…<br>・産めば俺が辛い<br>・産まなければ私が辛い<br>究極の２択です。<br><br>夫は、義母に電話を入れました。<br>すると義母は、<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140307/16/dokokadekiteru/29/e8/j/o0350021612867816182.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140307/16/dokokadekiteru/29/e8/j/o0350021612867816182.jpg" alt="電話で" width="350" height="216" border="0"></a><br>夫に喝をいれました。<br>そして私も電話に出ると、「キノコさん、絶対あきらめないで産んでください」と<br>言ってくれました。<br><br>実はね、と義母は昔の話を聞かせてくれました。<br>それは、シロクマが生まれて数年後のこと。<br><br>既に夫との離婚を考えていた矢先に、<font size="3">どういうわけか</font>義母は妊娠してしまったそうです。<br>しかし、そんな状態でしたから、<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140307/16/dokokadekiteru/e7/d2/j/o0330045512867816184.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140307/16/dokokadekiteru/e7/d2/j/o0330045512867816184.jpg" alt="シロクマ母の過去" width="330" height="455" border="0"></a><br><br>シロクマと義弟の年は結構離れていて、不思議だなとは思ったのですが、<br>そういう理由があったのです。<br>義母は、この話を私に先にしてからのちに、夫にも伝えました。<br><br><br>この電話で、夫は一応の決心がついたようでした。<br>どう思ったのかはわかりません。勿論、喜んではいません。<br>しいて言えば、もうこれが現実だとあきらめがついた…といったような空気でした。<br><br>どういう表現だったかは忘れましたが、<br>とりあえず、<font size="3">産んでいい</font>と言われました。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140307/16/dokokadekiteru/c5/a1/j/o0320057112867816183.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140307/16/dokokadekiteru/c5/a1/j/o0320057112867816183.jpg" alt="産んでOK" width="320" height="571" border="0"></a><br><br>とだけ言っておこう。<br>こう思う私はやっぱり、<font size="3">産みたいという本能に勝てなかった</font>のでしょう。<br><br><br>さて、この後病院でも妊娠が確定したことを告げられ、<br>いよいよ実家にも報告することになりました。<br><br>しかしまたそこでも一悶着あったのです。<br>その辺については、次回に持ち越したいと思います。<br><br><br>ま、なんだかんだ言っても<font size="4">もう生まれちゃってるんですが</font>…<br><br><br>次回に続きます！<br>
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<link>https://ameblo.jp/dokokadekiteru/entry-11779423103.html</link>
<pubDate>Fri, 07 Mar 2014 05:08:44 +0900</pubDate>
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<title>うつの夫と私に第２子がやってきました①</title>
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<![CDATA[ きのこおにぎりです。<br><br>いよいよ予定日まで１週間をきりました、<br>今も腹部に滞在中の子がやってきた時のはなしです。<br><br>夫がうつになった３年前、私はブログに以前書いた通り、<br>自分が本当は２人目の子供を欲しいと思っていたことに気づいたものの、<br>夫がうつになったことでそれは無理だと、諦めました。<br><br>ネットを検索しても、<br>うつになると妻の妊娠を喜べなくないほうが多い、とあり、<br>そりゃそうだよね、精神的負担が増えるだけだもんね、と納得。<br><br>自分とて、<br>一人の子供とうつの夫を支えることすらできていないのに、<br>二人目の子供まで満足に育てるとは、到底思えませんでした。<br><br>下世話な話をしてしまいますが、<br>夫は、ひどく落ち込んだ時以外は、健康な男性程度の性的欲求もあったようで、<br>その辺は一般にうつの人はそういう欲もなくなる、という傾向に比べると<br>あてはまらない感じもしました。<br>私も、普段は不安や不満や不平でいっぱいでも、<br>時々は無性に夫を守りたいような気持ちになり、愛情を感じることもありました。<br>といっても、夫のうつが長引くにつれ、<br>どうしても自分がこの人を支えなくては、という義務感が強くなり、<br>なかなか性的欲求を感じることはなくなりました。<br><br>そんな中で、夫との間に子供を授かろうとは完全に思えなくなりました。<br><br>しかし…<br><br>退職を決めたこの頃の夫は、少し浮上したのか、<br><font size="3">ちょっと頼もしかったのです</font>。<br>例えばこんなことがありました。<br><br>久しぶりに、家族で私の友人宅へ遊びに行った帰り。車中で夫がこんなことを言いました。<br><a sorehahref="http://stat.ameba.jp/user_images/20140220/10/dokokadekiteru/31/ec/j/o0308030312852209706.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140220/10/dokokadekiteru/31/ec/j/o0308030312852209706.jpg" alt="聞いてたの" width="308" height="303" border="0"></a><br>なんというか、軽い<font size="3">ダメだし</font>。<br>ま、夫の指摘した点は、実際は大した話ではなかったので、<br>それについては後で補足説明したら、夫も納得したのですが、<br>それよりも。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140220/10/dokokadekiteru/e5/3d/j/o0310035412852209707.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140220/10/dokokadekiteru/e5/3d/j/o0310035412852209707.jpg" alt="少しいいのかな" width="310" height="354" border="0"></a><br>と感じたのです。<br><br>なんか、<font size="3">嬉しい</font>。<br>うつになって以来…いえ、うつになる前振りの時期から、<br>夫は自分のことで精一杯で、もはや私に興味・関心は持ってもらえない、とさえ<br>思っていたのです。<br><br>そんなささやかなことが、ちょっとだけ多くなり、<br>久しぶりに私たちは穏やかで、<br>まあ、婉曲的表現の言うところの<font size="3">夫婦仲の良い</font>日々をすごしていました。<br><br>それで、…油断してしまったといえば、<font size="3">油断してしまったのです。<br></font><br><br>ある日、私は自分の体調の異変に気づきました。<br>あれ、もしかして…<br>と思って、妊娠検査薬を使った初めは、陰性でした。<br>でも予感がして、婦人科に行き、再度日を改めて検査したところ。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140220/10/dokokadekiteru/a7/b4/j/o0310018812852210006.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140220/10/dokokadekiteru/a7/b4/j/o0310018812852210006.jpg" alt="陽性" width="310" height="188" border="0"></a><br>でした。<br><br>喜べない。<font size="4">絶対に夫は喜べない</font>。<br>そうわかっていましたが、とりあえず、報告するしかない。<br>勝手に、このことを解決することはできませんでした。<br><br>そして案の定の反応が返ってきました。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140220/10/dokokadekiteru/d5/78/j/o0320031612852210007.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140220/10/dokokadekiteru/d5/78/j/o0320031612852210007.jpg" alt="子供？" width="320" height="316" border="0"></a><br><br><br><font size="3">退職バブル</font>が一気にはじけた瞬間です。<br><br>これが、健康な夫が言うのなら、「なんてこというんだ」と憤慨したでしょうが、<br>うつの夫には、ある種当然な反応で、自分も想定していただけに、<br>かえって、もうしわけないとさえ思ってしまいました。<br><br>でも、どんなに申し訳なく思っても、<br>自分の考えに、この子供を自ら諦める、という選択肢は考えられませんでした。<br>それは、単純な本能なのかもしれませんが。<br><br>でも、考えられなくても、どんなに感情では産みたいと思っても、<br>ここは理性で、何が一番大切かを考えなくては、と必死に思いました。<br>普通の状態なら、自分の感覚や本能に身をまかせてもいい。<br>でも、私達は、切迫した家族状態にあるのだから、そうのんきなことはできない。<br><br>どうしたらいいか、私と夫はまた悶々とした日々を送ることになりました。<br><br>長くなってしまいそうなので、次回に続きます！<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/dokokadekiteru/entry-11778586280.html</link>
<pubDate>Sat, 22 Feb 2014 05:27:59 +0900</pubDate>
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<title>うつの夫の退職と　親のはなし</title>
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<![CDATA[ きのこおにぎりです。<br><br>うつの夫の退職のその後のはなしを書こうと思いますが、<br>ついでに、お互いの親との今までのつきあいについても書きたいと思います。<br><br><br>さて。<br>夫の退職が決まったので、私達はまずこのままここで住んでいられるものかどうか、考えました。<br><br>今借りている２ＤＫは、<br>夫の会社に自転車で行けて、かつ、通勤手当も出るという条件から選びましたが、<br>もう夫の会社を意識する必要もないし、手当も出ないのです。<br><br>幸い、当時住んでいた東京郊外には、住宅公団（ＵＲ）の物件がそこそこありました。<br>とはいえ、年に何回もない募集期間、今までは応募しそこなっていました。<br>今回ちょうど５月の募集があったので、まずはそちらに応募しました。<br><br>しかし、この公団が当たるかどうかわかるのは、早くて６月末…<br>そして運良く当選したとしても、実際住めるのはそのまた半年以上先なのです。<br><br>もし当選しなかったら…<br>次に考えたのは、お互いの実家である埼玉か静岡に引っ越そう、というものでした。<br><br>同居、とはこの時考えていませんでしたが、東京に比べれば家賃も少なくてすみます。<br>そして実家近くに住めば、困った時は親に協力してももらえると思ったのです。<br><br><font size="3">まだお互いの親が元気だから</font>、<br>そんなことも言ってられるものだと思いますが…（私達は恵まれてるもんです）<br><br>で、どちらの親の近くに住むか。<br><br>私は、自分の実家という可能性は、余り考えていませんでした。<br>夫がうつにならずとも、いずれ夫の実家に人生の拠点を構えることになるんだろう、と、<br>結婚を決めた時から思っていたのです。<br><br>夫の親は離婚して、今は義母と義弟だけで住んでいましたし、<br>義弟は２歳の時自閉症だと診断され、<br>その後の教育のおかげと、障害程度が軽かったせいか、<br>今は普通に工場勤務の社会人ですが、やはりどこか一風変わったところがある人で、<br>義母が年老いた時、長男である夫が助けにいかなくてはならないだろう、と思っていたのです。<br><br>…って、まさか<font size="3">こっちが先に</font>助けを求める状況になるとは思いませんでしたけど！<br><br>そして、かつ、私の実家そば、というのは、<br>夫も私の両親も<font size="3">互いにストレスになるだろう</font>と思ったのです。<br><br>なぜかと言えば、夫がうつになって数年。<br>当然ですが、私の親（特に母）は夫を心配しつつも、やきもきもしてきました。<br>うつについても、どう対応して良いのか、困っている様子が見てとれましたからです。<br><br>初めて夫が休職した時には、<br>「無理をすることはない、休めばいいよ」と優しく言ってくれたものの、<br>病気とのつきあいが長くなるにつれ、同情よりも心配が先に立つようになりました。<br>（<font size="3">離婚</font>さえ、考えてもいいよと言ってくるくらいに）<br><br>夫も、私の実家に遊びに行く時は、気分転換になるのか初めは元気だったため、<br>親が見て「うつの人に見えない…シロクマさんは本当にうつなのか」と<br>思われてしまうこともありました。<br><br>そんなこともあり、夫が３度目の復職直前に、私の実家に行った時、<br>母はつい、<br>「<font size="3">妻と娘の生活を支えるのは、シロクマさんしかいないんだからね</font>、<br>よろしくたのむわよ」<br>と言ってしまいました。<br>その直前、夫がリワークでの自分の変化を<br>少し自信を持って語ってしまったせいもあったかもしれません。<br>でも、その言葉はまだうつの夫には<font size="3">重すぎる</font>…<br>と、私は冷や冷やしましたが、<br>母の親心もわかるし、何も言えませんでした。<br><br>その言葉を聞いたあと、ふと気づくと夫がいませんでした。<br>「シロクマさんは？」と聞かれ<br>「トイレじゃないの？…まさか上で泣いてたりして（笑）」と言ったあと、<br>私は、はっとして上の寝室に上がりました。<br>熟睡する娘の横で、夫は泣いていました。<br><br>いつものように、ある程度泣かせてから、<br>体をトントン叩きながら「今のはちょっと、きつかったねえ」と声をかけると、<br>少し落ち着いた夫は、<br>「お母さんは何も悪くないんだ、娘や孫を心配するのは当然だ…おれがちゃんとしてれば…<br>　でも、気にしちゃったよね。きっと…」と言いました。<br>少しましになったかな、と私はほっとして、そのことは私が伝えておくね、と<br>下の、母のいる部屋に戻りました。すると母も、<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140220/10/dokokadekiteru/5d/3f/j/o0305017712852209703.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140220/10/dokokadekiteru/5d/3f/j/o0305017712852209703.jpg" alt="" border="0"></a><br><br>と気にしておりました。<br>私から話は聞いていても、初めて目の当たりにしたのですから、驚いたのでしょう。<br><br>そして翌朝。一応夫は気分を取り戻しました。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140220/10/dokokadekiteru/cf/1f/j/o0310031812852209705.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140220/10/dokokadekiteru/cf/1f/j/o0310031812852209705.jpg" alt="" border="0"></a><br>母は相変わらず、<br>うつの人には「気にしないことが難しい」ということを無視した言い方をしますが、<br>悪気はないのです。何とかしてあげたい、と思っているだけなのです。<br>夫も、そういう親心は理解してくれました。<br><br>しかし、毎回この夫と母との間にたつのは、<br>どっちをかばえばいいの、と思ってしまい、<font size="3">私がストレスだ。</font><br><br>それに比べると、<br>夫の義母は<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140220/10/dokokadekiteru/10/00/j/o0300021412852209704.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140220/10/dokokadekiteru/10/00/j/o0300021412852209704.jpg" alt="" border="0"></a><br>私のことは心配してくれるけれど、<br>とりあえず夫のうつについては知人から見聞きした結論として、<br>余り干渉しない、と、態度を決めているとのことでした。<br><br>夫は、マザコンではないですが、義母とは昔からなんでも話す間柄だったようで、<br>うつが辛い時や、それで私と険悪になった時は、よく義母に電話していました。<br><br>といって、義母は<font size="3">夫の味方はしませんでした</font>。<br>寧ろ、私をかばってくれ、夫に<br>「そういうふうに後ろ向きに考えるからキノコさんだって怒るんだよ」と言ってくれました。<br><br>自分の息子が病気になって、申し訳なく思ってくれてもいたのでしょう。<br><br>私は、夫にとっても、<br>何でも話せる家族が一人でも多くいたほうがいいと思いました。<br>私だけでは、夫の気持ちを聞く余裕さえない時もあるし、<br>それに、義母と夫の間柄なら、私が間をとりもつストレスは余りないと思ったのです。<br><br>ただ、ゆくゆくは仕事を探す、という観点からすると、<br>やはり静岡より、埼玉のほうが都合は良いような気もしましたから、<br>迷ってもいました。<br>最後の砦は公団です。これに当たれば、まだ東京に住んでおく、という選択肢もあるのです。<br>私達は時期を待ちました。<br><br>一応、その時点での考えを両方の親に伝えると、どちらも、<br>引っ越しは構わないと言ってくれましたが、私の親は、<br>「でも、<font size="3">同居はしたくない</font>。<br>それをすると、シロクマさんも変に甘えてしまうだろうから」<br>と、あくまで、夫の責任のもと私達一家が独立して暮らすことを望みました。<br>一方、義母は「キノコさんさえ構わなければ、同居でもなんでもいい」とのことでした。<br><br><br>そして、６月末。公団の抽選結果が出ました。<br><br>結果は…<font size="4">はずれ。</font><br><br><br>そして、…まさかの私の妊娠が発覚しました。<br>こちらを<font size="4">あたり</font>と言っていいのかどうか、わかりませんが。<br><br>これにより、私達は同居でも構わない、と言ってくれている義母の家へ引っ越す<br>という選択しかない、と決めました。<br><br>しかし、それはそれでうつの夫には大変な状況となりました。<br><br>…については、次回持ち越します！が。<br><br><br>さあ～その嵐に巻き込まれた子供は、あと何日で生まれるのか。<br>今も下腹部をぐぐっと何かの力で押しています…<br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/dokokadekiteru/entry-11776121071.html</link>
<pubDate>Wed, 19 Feb 2014 14:01:13 +0900</pubDate>
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<title>うつの夫が退職し私達は引っ越しすることにしました</title>
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<![CDATA[ きのこおにぎりです。<br><br>うつになって３年目。２度目の復職をした夫のはなしの続きです。<br><br>復職から約２か月たった５月末。<br>夫はまた休みがちになり、気分も浮上しませんでした。<br>「こんなに良くしてもらってるのに、会社に行くことすらできないなんて…<br>　死んだほうがましだ」とこぼすこともありました。<br><br>私は、自分が働きながら育児をしているのに、<br>その上うつの夫に優しい言葉をかけるのが非常に負担になり、<br>「もう辞めたら？あたしが働けばいいんだし」との言葉のあとに<br>「…そのかわり、<font size="3">家事や育児はやってよね</font>」とついトゲのある言葉を足してしまいました。<br><br>どろどろに落ち込んでいるのに、<br>まだ「行かなきゃ…行かなきゃ…」とつぶやく夫に対し、<br>気の毒と言うより、「何て言ってほしいのよ！」という苛立ちも生まれました。<br><br>夫は、何かの言葉を期待しているのではなく、ただそう念じているだけなのですが、<br>気分の悪い夫が至近距離にいることに、耐えられそうにありませんでした。<br><br>そのことを、当時ふと考え直していたことがありました。<br><br>もしかして、わたしって<font size="3">優しい人なの</font>？と。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140219/13/dokokadekiteru/1b/52/j/o0300062212851301416.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140219/13/dokokadekiteru/1b/52/j/o0300062212851301416.jpg" alt="優しい私" width="300" height="622" border="0"></a><br><br>そんなわきゃないのですが、うつの夫は突っ込むことさえしません。<br><br>この頃の私は夫の不機嫌の影響を受けて疲れていたので、<br>あえて「この人は家族じゃなくて、うつの患者だ…仕事だとおもって割り切ろう」<br>と自分に言い聞かせていました。<br><br>そうしていなければとても顔を見ることもできませんでした。<br><br><br>やがて、夫は自分から「やっぱり、<font size="3">退職することにするわ</font>」と言いました。<br><br>私も何の反対もありませんでした。<br><br>退職を決めたので、もう会社に行く必要はなくなりました。<br>そのためか、夫はそれからというもの、少し吹っ切れた顔をしていました。<br><br>やはり、「期待にこたえて早く復帰しなくては」というのは、<br>相当なプレッシャーだったのでしょう。<br><br>うつの方は一般に、<br>うつがひどい時には大きな決断（離婚や退職、転居など）をしないほうがよい<br>…と言われています。<br>例えば「今の会社にいるせいでうつになった」と思い込んで退職してしまうと、<br>自分が復調した時、「今なら働けたのに」と後悔することが少なくないからです。<br><br>それでも、もう限界だったと思います。<br>休職を何度繰り返しても、夫には本当の意味でリフレッシュにはならず、<br>常に「いつか戻らねば」というプレッシャーがあったのだと思います。<br><br>「退職」となった時、初めて、<br>「もう誰の期待にもこたえなくていい」と安堵したんだと思います。<br><br><br>一方私は私で覚悟を決めました。<br>これからは、自分がこの家を支えていくのだと。<br>夫に退職を勧めた以上、そういうことだと。<br><br>それで、まずは今の生活を改めて見直してみましたが、<br>どう考えても、今の仕事を続けていても、<font size="3">東京の家賃は高い</font>。<br><br>夫も、自分が退職することで、収入がなくなることから、<br>「どうする、このままじゃ暮らせないよ。」と相談してきました。<br><br>そこで、私は提案しました。<br>「<font size="3">引っ越そう。<br>　住宅公団の安い物件か、あなたの実家の静岡に。」</font><br><br><br>…長くなりそうなので、この後の話は次回にします。<br>（続きます）
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<link>https://ameblo.jp/dokokadekiteru/entry-11776098515.html</link>
<pubDate>Wed, 19 Feb 2014 13:14:39 +0900</pubDate>
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<title>うつの夫が２度目の復職をしました</title>
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<![CDATA[ きのこおにぎりです。<br><br>夫のうつの話の続きです。<br><br>２度目の休職時後半、リワーク（復職訓練施設）に通った夫は、<br>とうとう休職期間満了に伴い、職場復帰することになりました。<br><br>とはいえ、まだまだ薬の量も変わらず、うつの波にたまに襲われてもいました。<br><br>あれほどリワークに通っていた時<br>「この調子で仕事に戻れたら、きっと前よりましかも」と言っていたのに、<br>復職が間近になるとまた気分が不安定になって、<br>どろんとした目つきになることもありました。<br><br>職場に戻るにあたり、<br>夫はどこの部署でなら働けるか、という話が職場の上司から出ました。<br><br>そもそも、夫は使い物にならない、と、切り捨てられても仕方がないような状況でした。<br>正社員で雇ってもらえていること自体、奇跡のようでした。<br><br>にも関わらず、会社側では、夫のために復職プログラムまで組んでくれました。<br><br>いきなり正社員としての仕事をすべて負わせるのではなく、<br>まずは、復職訓練の一貫として、職場に短時間通うところから始めてくれればよい、<br>一定期間を経て、慣れてきたら徐々に長時間の勤務にすればよい、と。<br><br>これらのことを、夫のかかりつけの病院にまで出向き、<br>今の夫がどんなペースなら復職できるかを<br>担当医に聞き取り調査をして、プログラムを立ててくれたのです。<br><br>え～と、<font size="3">元職場、どっち方面でしたっけ</font>～？<br>今からでも遅くない。改めて<font size="3">足を向けないで寝る方向で</font>…<br><br>と今更ながら思うくらい、親身になってくれる会社でした。<br>会社の上司は、恐縮する私たちに向かって、こう言いました。<br>「今、介護業界はうつで辞める人が少なくない。<br>　厚生省からも、精神的ストレスで休職する人が復帰できるプランをたてるよう<br>　指導があるくらいなので、シロクマさんにモデルケースになってもらって、<br>　うちの会社でも、うつからどうしたら復職できるかを学びたいんです」<br><br>なんとまあ…<br><br>夫はただただ感謝でいっぱいで、「絶対に元気になって、恩返ししなくちゃな」と言いました。<br>私も同じ気持ちでした。<br><br>が。<br><br>一つ気がかりがありました。<br><br>それは、復職する職場が、以前の特養とは違い、デイサービスといって<br>お年寄りが日中だけ通う施設になったのです。<br><br>夜勤が始まると、どうしても落ち込みが激しくなってしまった夫。<br>もう夜勤のない施設でしか復職も期待できない、とかかりつけ医にも言われていましたから<br>仕方のないことではありましたが、<br>またなじみのない職場に行くことに、夫は不安を感じました。<br><br>そんな不安を感じつつも、３月末、夫は職場に行くことになりました。<br><br>初めのうちは、本当に「ただ行くだけ」と言っても過言ではない、<br>午前中勤務でした。<br>会社に行って、挨拶したらあとは事務所で雑用をするくらいでした。<br>まだ、お年寄りと顔を合わせることもなく、他の職員と関わることもありませんでした。<br><br>しかし勤務時間も少しずつ長くなっていき、<br>徐々にお年寄りと関わる時間も作られるようになりました。<br><br>夫の勤めていたデイサービスは、日曜日以外の週６日開設しており、<br>１日につき２０～３０人くらいの利用があります。<br>お年寄りそれぞれで、週に何回、何曜日に通うかも違います。<br>１日しか通わない方もいれば、６日通う方もいます。<br>ですので、延べ人数としては結構な人数の方の情報を頭に入れなくては<br>仕事にならない、ということになります。<br>その方が、認知症なのか、身体の不自由はどのくらいなのか、どんな介助が必要か、<br>性格や通う日数、家族構成は…など、覚えることは山ほどあります。<br><br>決して職場の上司は「早く覚えろ」とはせかしませんでした。<br>それは、デイサービスのリーダー層や、長く務める正社員の介護士の方は、<br>異動前に同じ特養で働いていたこともあって、顔なじみでしたし、<br>夫がうつになったことにも配慮してくれていたからだと思います。<br><br>でも、他は初顔合わせになる、パート職員の方がほとんどで、<br>彼女らにとって、夫自体が謎の存在なら、<br>夫がうつであることにもぴんとこないようです。<br><br>1か月くらいたっていたでしょうか、夫は暗い顔をして帰ってきました。<br>お年寄りの昼食を配膳していた時、こんなことがあったそうです。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140219/13/dokokadekiteru/d0/00/j/o0300020012851301160.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140219/13/dokokadekiteru/d0/00/j/o0300020012851301160.jpg" alt="聞いただけ" width="300" height="200" border="0"></a><br><br>介護士は、必ず配膳前に、その方の食事の形態を確認します。<br>普通のごはんを食べられる方もいれば、<br>形を小さくして出さないとのどに詰まらせてしまう方もいるからです。<br>また、アレルギーなどの理由で食べられない食品がある方もいるので、<br>間違えてそのままお膳に乗っていないか、確かめなくてはなりません。<br>だから、まだ情報が頭に入っていない夫は、他のスタッフに聞いたわけです。<br><br>でも、その方は、<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140219/13/dokokadekiteru/75/48/j/o0300019012851301161.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140219/13/dokokadekiteru/75/48/j/o0300019012851301161.jpg" alt="辛口" width="300" height="190" border="0"></a><br><br>う、う～ん…<br><br>それはちょっと辛いね。私も思いました。<br>まだ現場に出て間もない夫です。夫の言い分もわかります。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140219/13/dokokadekiteru/10/00/j/o0300020312851301163.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140219/13/dokokadekiteru/10/00/j/o0300020312851301163.jpg" alt="ぼやき" width="300" height="203" border="0"></a><br>私だったら、カチンときて、終わりです。<br>しかし夫は「みんな、<font size="3">うつの人に対して理解が少ないよ</font>」とまで言いました。<br><br>いや、そりゃそうだよ。<br><font size="3">世の中の人がすべて、あなたを理解してくれるわけじゃないよ</font>。<br>と思いつつ、<br>せっかくリワークの訓練で学んだのだから、<br>「その人はそういう口が悪い人なだけだ」と割り切ってみたら、と言ってみましたが、<br>余り効果ないようでした。<br><br><br>やがて２か月ほどがたちました。<br>余りペース配分は変わらず、時々現場に出るだけで、お年寄りに関わる時間は短いため<br>夫自身も、仕事がなかなか覚えられないことに焦りがありました。<br><br>たまに、「急に仕事が頭に入ってきたよ」と明るい顔をすることもありましたが、<br>その後すぐにまた自信をなくしてしまいました。<br><br>そして、毎年ＧＷ明けに必ず落ちてしまう夫。<br>今年も、例にもれず仕事に行けない日ができてしまいました。<br><br>会社に行けないので、とりあえず病院に行くと<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140219/13/dokokadekiteru/d9/0b/j/o0300020212851301164.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140219/13/dokokadekiteru/d9/0b/j/o0300020212851301164.jpg" alt="先生がいうに" width="300" height="202" border="0"></a><br>と言われるものの、何の安心にもつながらず<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140219/13/dokokadekiteru/32/0d/j/o0300016612851301162.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140219/13/dokokadekiteru/32/0d/j/o0300016612851301162.jpg" alt="うつうつ" width="300" height="166" border="0"></a><br>と、不安に襲われたまま帰宅し、トイレに入った夫。<br>しかし数分後、トイレから声が！<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140219/13/dokokadekiteru/dc/8c/j/o0300030312851301415.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140219/13/dokokadekiteru/dc/8c/j/o0300030312851301415.jpg" alt="トイレで" width="300" height="303" border="0"></a><br><br>「…もう<font size="4">辞めていいんじゃない</font>？」<br>私は夫に言いました。<br><br>（続きます）
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<link>https://ameblo.jp/dokokadekiteru/entry-11775518912.html</link>
<pubDate>Tue, 18 Feb 2014 21:36:24 +0900</pubDate>
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<title>めんどくさくて白旗あげること②</title>
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<![CDATA[ きのこおにぎりです。<br><br>引き続き、こどもがめんどくさくて、扱いを雑にしてしまうダメ話をします。<br>…先に謝っておきますが、今回は、ただの記録で、特にオチはありません。すみません。<br>（と書くと、まるでいつもはオチがあるようですが）<br><br>さて。<br><br>ここ最近、<font size="3">人の生き死に</font>に興味津々の娘。<br>きっかけは、娘が３歳後半の時、夫の父方の祖母の葬儀に参列したことや、<br>私が妊娠したことなど、いくつか思い当たることはあります。<br><br>私にはもともと、死や病気の話から子供を遠ざけない、という考えがなんとなくありました。<br>特に信念というほどのことでもありませんが。<br><br>私の親は、子供にあまり悪い話を聞かせたくない、経験させたくないという考え方だったので、<br>幼い時から、何かあいまいにされているような、それ以上質問してはいけないような、<br>遠慮を感じたものでした。<br>（それはそれで、親の愛情だな、とは感じていましたが）<br><br>人の命がいつか無くなることは、子供にとっては恐ろしいことだろうと思います。<br>私も、小さい頃、親が死ぬ夢を見て泣きながら目を覚ましたこともありました。<br>でも、３歳前後になれば、虫が死んで転がっているのも、草や花が枯れていくところも、<br>普通に目にします。<br><br>人間だけが、死なないということはありえない。<br>そして、死ぬ命もあれば、生まれてくる命もあるということを、<br>私は怖がらせずに伝えておきたいと思っていました。<br><br>祖母の葬儀の際も、長く続く式に途中飽きている時は別室で遊ばせつつ、<br>ご焼香と、棺にお花をそえることは一緒にやらせました。<br>お花を並べる時、娘は「おばあちゃんなんで寝てるの？」と聞きました。<br>「病気でね、もう生きていないの。寝たままお空にいくんだよ」と私は話しました。<br><br>その時は、会話の中身が理解できなくて、同じ質問を繰り返す娘でしたし、<br>その後も時々、「ひいおばあちゃん、なんで死んじゃったの？」と<br>出来事としてお葬式をたま～～～に思い出している程度でした。<br><br>しかし、いつからか、その話題が娘のブームとなったのです。<br><br>例えばある日、夫の弟(同居中）が休日、居間のテレビで「相棒」を見ていた時でした。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140218/12/dokokadekiteru/b3/19/j/o0300036812850280283.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140218/12/dokokadekiteru/b3/19/j/o0300036812850280283.jpg" alt="相棒" width="300" height="368" border="0"></a><br>私は家事中で見ていなかったのですが、<br>どうやらひき逃げか交通事故で年配の女性が倒れているシーンだった模様。<br><br>その後、義弟や私に、「なんでおばあちゃん死んじゃったの？」が<br>夜まで続きました。<br><br>義母の見ていた海外刑事ドラマにもそういった場面があったようで、<br>質問責めにあった義母は「スズメちゃんの前では見られないね」と<br>休日の暇な時間も、娘が居間にあがってくるや否や、テレビを消すようになりました。<br><br>正月も、実家にて父がニュースを見ていると、<br>たまたま火事の報道などあると、「死んじゃったの？」としつこく聞く娘に、<br>「<font size="3">スズメの前じゃニュースも見れん！</font>」とうんざりしていました。<br><br>ま、同じようにドラマを見ても子供によって受け取り方は様々なようで、<br>こないだも、友達と遊んでいた娘が、死んだふりをしたところ、<br>お友達が「スズメちゃん、死んじゃった！」と言ったかと思うと<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140218/12/dokokadekiteru/cf/c0/j/o0300022912850281028.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140218/12/dokokadekiteru/cf/c0/j/o0300022912850281028.jpg" alt="救命" width="300" height="229" border="0"></a><br><br><font size="3">心臓マッサージ！</font><br>その子は特に、死んだかどうかは興味はないそうです。<br>だから、やっぱり今は娘にとって「死」がブームなんだなあ…と感じました。<br><br><br>テレビの件はともかく、ひいばあちゃんに関しては、<br>私は「おなかの中の病気で、おなかの中身が動かなくなると、人は死ぬんだよ」と<br>教えました。（聞いていた死因を説明しました）<br><br>そのうちに、今住む家に飾ってある、夫の母方の祖母の遺影を見ても、<br>私の実家で私の祖母の写真を見ても、同じように「なんで死んだの」を聞いてきました。<br><br>だいたいの死因は、「おなかの病気」でくくられてしまいますが、<br>「おなかのどこ？」とまで突っ込む娘だったので、それぞれの死因に合わせて<br>「心臓」だったり「腸」だったりの、場所と、なぜそこが動かないとだめなのか、<br>説明しました。<br>勿論、とうてい娘には全部が理解できるわけではありませんでしたが、<br>これを機に「体」に興味を持つかもしれない、という思いもありましたから、<br>一応説明できる限界まで、説明しました。<br><br>そのうちに、娘の言い分は、「なぜ死んだか」から「なぜ会えないのか」という<br>とても哲学的・宗教的な疑問に（というと大げさですが）変わってきました。<br>ある日、急に<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140218/12/dokokadekiteru/31/e4/j/o0300018112850280280.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140218/12/dokokadekiteru/31/e4/j/o0300018112850280280.jpg" alt="そういわれても" width="300" height="181" border="0"></a><br>と言い出した娘。<br><br>私は、死んだ人にはもう会えないことを伝えましたが、<br>「なんで？」と聞かれても、答えにつまってしまいます。<br>そこで、<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140218/12/dokokadekiteru/6a/c4/j/o0300019712850281026.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140218/12/dokokadekiteru/6a/c4/j/o0300019712850281026.jpg" alt="会えるかも" width="300" height="197" border="0"></a><br>と答えてみました。<br>おばあちゃんに会えるかも…と娘は少し期待しながら寝たのでしょう。<br>朝４時くらいでしょうか。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140218/12/dokokadekiteru/01/83/j/o0300030912850280284.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140218/12/dokokadekiteru/01/83/j/o0300030912850280284.jpg" alt="寝言" width="300" height="309" border="0"></a><br>一瞬、ほんとに「枕元に立った」のかと思いましたが、<br>朝になると娘は忘れていて（<font size="3">寝言だった</font>）、にこにこ顔で言ったのは<br><font size="3">「スマイルプリキュアの夢、見ちゃった～！」</font><br>そ～かい、そ～かい、良かったね。<br>わたしも蒸し返さずに流しました。<br>（プリキュアもばあちゃんも、どちらかといえば願望なんでしょう）<br><br>「ひいばあちゃんに会いたい」ブームは、その後も続きました。<br>そして、徐々に「会いたいのに会えない…さみしい」と布団の中で涙ぐむことも増えました。<br>初めのうちは、そんな様子を見て、私もなんとなくしんみりしたり、<br>この子は繊細な子だなあ…と思ったりしていました。<br>ので、前述のように、「きっと会えるよ」「お空で見守ってるよ」など<br>優しい言葉をかけていました。<br><br>でも、段々飽きてきました。<br>夜、寝る前にふとさびしくなる程度だったらわかる。<br>しかし朝、幼稚園に行く途中の楽しい会話の間でさえ<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140218/12/dokokadekiteru/15/15/j/o0300021512850280282.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140218/12/dokokadekiteru/15/15/j/o0300021512850280282.jpg" alt="朝から" width="300" height="215" border="0"></a><br><br>え？なんで今？<br><br>そして夜も、「いい加減寝るよ」と寝かしつけにかかるとまた、「さみしい」。<br>なんで？なぜに<font size="3">ひいばあちゃんにそこまで</font>？<br>と私は疑問を抱かずにはいられません。<br><br>いや、もはや、さみしがれば<font size="3">私の気をひける</font>と思っているのでは…<br><br>特別娘が計算高いとは思いませんが、<br>この話題の時の私は、普段より丁寧だと私自身自覚していました。<br>それに娘も気づいたんではないでしょうか。<br><br>だとしても、なかなかネタがネタだけに、そう雑にも答えられない今の私ではあります。<br>でも、初めのうちの感傷的な気持ちはすっかりさめています。<br><br>今後、娘がどう扱っていくのか、しばらく見守りたいと思います。<br><br><br>・・・といったところで、余談ですが。<br>正月実家に帰った時のことですが、私の母とのつきあいを満喫していた娘は、<br>思い余ってこういいました。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140218/13/dokokadekiteru/c6/8d/j/o0300021212850353811.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140218/13/dokokadekiteru/c6/8d/j/o0300021212850353811.jpg" alt="" border="0"></a><br>とても、いつもお世話になっている義母には聞かせられない…<br>なんなのその危険思想。<br>今の家族がいなくなれば、私の実家にずっと住んでいられる、と思ったのでしょうか。<br>短絡的ですが、こどもの思考の極端さは怒るようなもんでもないと思い、<br>「あ、そう…そんなにばあちゃんが好きなのね」と受け流しました。<br>その後特に同じ表現を繰り返すこともなく、ほっとしたものです。<br><br>そんなことがあった後、幼稚園のママ友さんからこんな話を聞きました。<br>彼女が、旦那さんとの会話で、<br>子供のクラスのお友達××ちゃんの話を「可愛いよね～」「いいこだよね～」と褒めていたら、<br>そこの家の娘が急にキレて、<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140218/12/dokokadekiteru/7a/33/j/o0283019812850281027.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140218/12/dokokadekiteru/7a/33/j/o0283019812850281027.jpg" alt="よその子もいっしょ" width="283" height="198" border="0"></a><br>と言ったそうです。（おそらくは嫉妬なんでしょうが）<br>旦那さんは、理由はどうあれ、「死んじゃえ」はつかってはいけない言葉だ、と<br>強めに言い聞かせたそうですが。<br><br>４才近くともなると、「死」＝「いなくなる」という概念が育つもんなんだなあと<br>思った出来事でした。<br><br><br>（次回は陣痛来なければ、夫のうつの話を書きます）<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/dokokadekiteru/entry-11774833217.html</link>
<pubDate>Tue, 18 Feb 2014 10:10:22 +0900</pubDate>
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