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<title>donihachard1984のブログ</title>
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<title>ふじさーん</title>
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<![CDATA[ 例えば、富士山の頂上から雲海を見下ろした瞬間。はたまた、はるかな地平線からのぼる朝日を見た瞬間。そんな息をのむ瞬間。何とも言えない感覚と静寂に包まれるあの瞬間。その時、自分という存在は消えていて、そこにあるのは、言葉では説明しがたい完全な静けさと、解放感と、安心感と幸福感。それこそが、「それ」であり、全体性のエネルギーです。大自然の美しさに目を奪われたとき、「それ」にググッと引き寄せられるのです。なんとも言葉にできませんが、あの瞬間って、なんていうか、生命感みたいなもん感じたりしませんか？「それ」は来たり過ぎ去ったりせず、ただただ、今、圧倒的な存在として全てを包み込んでいます。◆ま、僕は富士山に登ったことないんですけどね。でも自然は好きです。木々があふれる生命感で迫ってくる感じ。あれ、すきですねー。ワクワクします。でも別に自然を見たときに「それ」が感じられるという事じゃないんですね。多分、たまたまです。自分の中の移り変わる物語が一瞬わきに置かれたんですね。この「それ」へのトビラはいつでも開いています。満員電車の中でも、仕事中でも「それ」は変わらず開いています。そこへの道を閉じているのは自分の方です。そうするとどうしても出てくる考えがでは、どうすればいいのか？どうすれば道は、トビラは開かれるのか？という思いが出てきますが、自分が何かをすることによってじゃなく、その自分を丸ごと一旦停止することで、それに気づくことができます。常に再生しっぱなしの自分の物語。その再生を止めるのです。もう絶対再生しないという覚悟でもって。◆悟りだとか覚醒だとかがほしい理由。それは、もう悩みとか不安に惑わされたくない。とか、解放感を経験したい！とか、辛いことから抜け出したい。とか、特別な人になってみたい。とか、はたまた、どうしても体験したいという好奇心とか。そんなことから始まることって多いと思います。僕なんかは上記全部の理由から悟りを求めていました。これらは、あきらかに自我の欲求ですよね。そして、「それ」への目覚めはあらゆる欲求からの解放なんですね。つまり欲求を握りしめている限りは、欲求から解放されません。「それ」へと覚醒していると、不安も辛いことも、一人相撲だと見抜けています。なので、悟りへの欲求なんてものもナンセンスだと理解しています。悟りなんてものすら無いですし、全体性は明らかに全てを構成していますし、全体性以外のものなんてないですし、あるのは、全体性の中に起こっている自分の存在と全体性だけですからね。ですが、自分の中にいるからには、まずは悟りを求めながらも全てをあきらめなきゃならんのです。物語の再生の繰り返しを完全に止める。これを正直に自分の中で誓わないといけません。あくまでも自分の中でですね。欲求は、自分が望む何かしらの想定と現実とのギャップです。そういったあらゆる欲求を手放せるか？つまりは、自分の設定、希望を完全に諦められるか？悟りへの欲求を諦められるか？ってなことになってくるんですよね。今は完全な無です。この無こそ救いです。圧倒的な生命ですし、解放ですし至福です。僕らの目の前に起こっているように見える問題も、この生命エネルギーの表現です。宇宙にはあなたという存在と全体性しかありません。あなたの存在が全体性の中の一部分をあなたに見せています。諦めを突き付けてきます。幸せをあきらめたときに足元の幸せに気づくんです。もしあなたの準備が整いつつあるのであれば、それに気づけるまで突き付けてきます。僕らは与えられるだけです。与えられること、起こることのコントロールはできません。コントロールは無意味だからです。欲求があるところにだけコントロールしたい思いが存在するわけですからね。コントロールしたいのは安心したいからですね。でもいくらコントロールしようとしてみても、安心は見つかりません。安心もコントロールをあきらめたときに足元にあるんですね。 お釈迦はんの手のひら...
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<link>https://ameblo.jp/donihachard1984/entry-12032524289.html</link>
<pubDate>Fri, 29 May 2015 17:04:31 +0900</pubDate>
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<title>撮影会の主催は得？</title>
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<![CDATA[ 昨夜は、1年ほど前にコンサルティングさせて頂いたモデルさんに呼ばれ、相談を受けました。私、仕事の範囲を超えて、モデルさんとの個人的なお付き合いは基本的に避けています。しかし、かなりお悩みのようでしたし、連休で名古屋に来ているとのことで、特別にご相談に乗りました。ご相談の内容は、収入の伸び悩みについて。昨年暮れには月の売上が40万円に達し、衣装代などの経費を引いた利益も30万円を超えるようになったものの、そこから伸びず、横ばいになっているとのことでした。この方、現在2つの撮影会主催事務所と契約し活動中。こちらの記事（クリックで開きます）で書いた写真集も既に2つ出版しています。そこで、利益を伸ばすため、自分で撮影会を主催した方が得ではないのか？ とお考えでした。確かに、撮影会主催事務所と契約すると、売上の一部は主催者に渡ります。だから、自分で撮影会を主催し、これまで主催者に渡っていた分を、自分の利益にできるのだろうと考えたのでしょう。結論を先に申し上げると、モデルさんが自身1人で撮影会を運営するのは、タイヘンです。個撮であっても、自分で宣伝集客し、場所の確保やお客さんの予約受付など、1人でモデルもしながらそれを兼ねると、結構な仕事量です。これが集撮ともなると、上手くいかないことは目に見えています。やはり、もう1人はパートナーが必要になりますよね。すると、パートナーに報酬を支払わないといけません。そして、スタジオレンタル代などの会場費も自己負担になり、利益は増えるどころか、下手をすると逆に減ってしまいます。では、現状のまま利益を増やす（利益率を上げる）にはどうすれば良いのか・・・？その答えは、撮影の依頼がお客さんから直接舞い込むようにしてしまえば良いんです。場所の手配、場所代はお客さんにして頂くことが前提です。集撮だとちょっとタイヘンですが、これであれば、個撮なら問題なくできますよね。撮影会を自分で主催するのではなく、お客さんから依頼が舞い込むようにする、これで利益をさらに増やすことができるんです。私がコンサル生に目指して頂いているのは、このスタイルです。撮影会デビューは、あくまでそこへ向かうためのプロセスなんですね。ん・・・？でもこれ、目指して頂いているので当然ですが、私がコンサル生に渡している教材に、それができるようになる方法をきちんと書いているんです。私がコンサル生に渡している教材は、結構なボリュームがあります。この方、私の教材を全部見てないことがバレてしまいました・・・。もう、とっくの昔にコンサル期間終わってますよ～。あとは、写真集を2冊で終わらせず、もう少し増やすと月利益50万は確実かな、と思いました。私への無料相談はこちらをクリック！人気ブログランキングへ目指せ！　撮影会モデル　コスプレモデル　そのデビューをお手伝い...
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<pubDate>Tue, 09 Dec 2014 15:53:55 +0900</pubDate>
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<title>019 ぬっさんの過去</title>
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<![CDATA[  ねこMR ジャン健ヌッツォ毎週木曜日更新中  ねこMR・ジャン健ヌッツォ...
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<pubDate>Sat, 06 Dec 2014 12:06:17 +0900</pubDate>
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