<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>ドーピングベアのブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/doping-bear/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/doping-bear/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>ブログの説明を入力します。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>今年も終わります。</title>
<description>
<![CDATA[ 弟がいなくなって今年で2度目の冬が来ました。<br>今だに弟の携帯は週一位でちゃんと充電してます。<br>当時この年では恥ずかしいのですが無料期間のなかでスペックが一番高い機種にした時に弟も機種変えたらしく同じ携帯を持っていました。<br>データを移動してしまえば早い話なのですがパスワードが掛かっていて解読出来ず全てのデータが移動出来ずに今の状態なんですよ。<br>その携帯には遺書らしきものも残ってます。それに自分で返事を返したのがありますがきっと弟には届いていないんだろぅな、、と思ってますが何処かで届いてて欲しいのかそのままにしてます。<br>今は自分もようやく機種変更して色違いの機種2台とペンダントに入れた弟の歯の遺骨と一緒に部屋に置いてます。<br>冬になるとなんか寒いのもありますが寂しくなりますね、、<br><br>そぅ②弟は買ったばかりの新車があったんですが今は母親が乗っているんですが先日ぶつけて凹ましたんです、、<br>自分達が「あっ！○○の車！」と言ったら母親が「おれがローン払ってるからもうおれの車だ！」と、、<br>母親は極力忘れたいらしく最近少しづつ弟の私物を片付け始めました。<br>親父は弟の第一発見者でもあるので部屋に入るのも嫌らしく片付けもしてません。<br>まぁ肺癌に糖尿病患ってまして最近様子見に行くたびにヤツれたなぁと、、<br>母親は弟が亡くなってからそんな親父一人で墓守させたくないと週一位で通ってますがこの時期はやっぱり心配になります。<br>いずれは俺が後を継いで欲しいとも言われました。<br>嫌ではないんですがなんと言うか難しいんでそこはボヤかしてます。<br>色々と上手くいってなくて愚痴になりそうなので今日はこの位にします。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/doping-bear/entry-11717978861.html</link>
<pubDate>Thu, 05 Dec 2013 03:13:12 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>親族が亡くなるということ</title>
<description>
<![CDATA[ 弟が亡くなって1年と少しが経ちました。<br>ようやくですが意識しなくても弟が居なくなっている事がふつふつと実感出来るようになりました。<br>勿論まだ職場やプライベートで家族の話になるのは辛いですが、、<br><br>ここで少し昔話をしようとおもいます。<br>弟は小さい時から何事も俺という兄がいたので少々控え目なヤツでした。<br>年子で生まれ物心ついた時から隣にいまして。<br>うちの場合両親が祖父の酒癖悪い影響で別居してました。<br>兄弟皆母親に連れられていきました。<br>それが小学4年生弟が3年生の時でした。<br>転校して母の実家で暮らし始めました。<br>転校してからすぐは田舎だったのもあったのか最初は自分も弟も面白半分でイジメられました。<br>今になっては全然大丈夫ですがその当時家が学校よりかなり遠かったので弟と良く話して帰る事が多かった。<br>弟は割と俺より酷い感じにやられてたらしく小学生の時のある日帰り道に橋の上を歩いてる時に「もぅ嫌になった。死にたい。」と言われた。<br>俺も自分を守るので必死でその言葉を聞いて、俺より酷くやられてたんだとわかりました。<br>しかし小学生、親や学校に話した事でそぅ変わらないしこれ以上居ずらくなるのも避けたいし、、、<br>俺はそんなに力になれないけどその時は弟に「諦めるなよ。これから楽しい事沢山あるんだぞ」と、、、<br>しか言えなかった、、、<br>でもそれからは上手く行ったのか弟は同級生と仲良くする様になっていった。<br>それからは兄弟のイザコザはあったけど割かし仲イイ感じで過ごせたと思う。<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/doping-bear/entry-11543197525.html</link>
<pubDate>Sun, 02 Jun 2013 04:49:22 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>火葬から納骨まで</title>
<description>
<![CDATA[ <p>この前一周忌が終わりましたが忘れない為と今後こんな不幸が起きないように自分に力を付ける為火葬から納骨までを記したいと思います。</p><br><p>うちの場合朝８時位から準備を始め10時頃からの火葬でした。</p><p>親父が喪主なので自分は人の把握やら支度やら弟の友人などに挨拶をしましたがただ辛いだけでしたね・・・</p><br><p>それで火葬場には20～30人ほどきました。</p><p>近所の方とか友人など。</p><p>それで火葬場の人と葬儀社と喪主で火葬が進んでいきました。</p><br><p>あれなんて言うんですかね・・・</p><p>火葬装置？</p><p>とにかくあの扉の手前まで棺おけが置かれて火葬場の方に</p><p>「最後に故人の顔を・・・」</p><p>と言われたのでそれぞれが思い思いに弟の顔を見ては泣いてました。</p><br><p>自分は辛くなってきたのその時は顔見ませんでした。</p><br><p>火葬開始から1時間半位して隣の別室にて縁の深かった親戚と友人達だけで骨拾いをすることになりましたが骨になって出てきた瞬間大泣きしてしまいました。</p><br><p>そして一通り骨を拾い上げ桐箱に詰めましたが案の定こっちも規格外な兄弟な為また蓋がちゃんと閉まらない・・・</p><p>でそれを自分が担ぐことになりました。</p><p>その時の箱の暖かさは最後に弟の体温みたいな様でした。</p><br><p>火葬から二日目位に従兄弟と一緒に弟の思い出の場所を弟と一緒に深夜回りました。</p><p>懐かしい場所、喧嘩したとこ、一緒に帰った道・・・</p><br><p>なんていうか・・・もっと自分になんか出来たんじゃないかとか・・・</p><br><p>それで半年位お墓には入れずに仏壇においておきました。</p><p>すぐに納骨したくなくて・・・親父やお袋に頼みましたので・・・</p><br><p>納骨は一応従兄弟と兄弟でお骨ペンダントを作り個々に持っておくようになりました。</p><p>和尚に確認したところ歯の部分だったら生え変わるということもあるから持っててもいいといわれたのでそうしました。</p><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/doping-bear/entry-11515604533.html</link>
<pubDate>Sun, 21 Apr 2013 14:08:43 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>納棺から葬儀前日</title>
<description>
<![CDATA[ <p>弟が亡くなって次の日・・・</p><p>とにかく弟の携帯の履歴に残ってる人に片っ端から連絡を取りました。</p><p>しかし・・・そこには見知らぬフリーダイヤルと地元の市外局番も結構ありましたが見覚えもないので放置。</p><p>とにかく名前が登録されてある人に事情を話しました。</p><p>田舎なのでそういう情報は早いもので半分位の人は連絡する前から知っていましたね。</p><br><p>うちの弟はちなみに首吊りで段々と顔色が悪くなってきました。</p><p>葬儀社も死に化粧するのですが母親が一応美容師なので化粧させました。</p><p>人って亡くなっても髭も爪も顔色もどんどん変化するんだなと泣きながらでしたが思いましたね。</p><br><p>それで前話した幼馴染も合流して納棺を次の日に済ませました。</p><p>２年前に爺ちゃんが死んだときは仕事と都合で１日遅れたので納棺見るのは今回が初めてでした。</p><p>自分の中では映画「おくりびと」の様になるものだと思ってましたが違いました。</p><p>（宗教的に詳しくないので）</p><p>まず葬儀社の方が来て腐敗の進行を少しでも抑える為手の辺りと股にドライアイスが入れてあるんですがそれは外さずに死装束に着替えさせていきます。</p><p>そこで簡単に脚を上げてくれだとかちょっと起こしてくれだとかを手伝っていきます。</p><br><p>ただそれだけのことだったんですが冷たくなった弟の体に触れるたび耐えれなくなりその場を何回か退席し、ただただ泣いてました。</p><br><p>無事納棺を済ませました。</p><p>弟は自分より大柄で最初運ばれてきた棺おけの大きさに不安があったため一旦自分が入ってみることになりました。</p><p>弟も自分も180センチ超の大柄なので案の定小さい・・・</p><p>結局外人サイズと呼ばれるサイズがきましたがそれでも正直ギリ②でした。</p><br><p>今は金属など燃えにくいものを入れない様にと貨幣や金属は今は入れれませんでした。</p><p>勿論納棺の釘打ちもありません。</p><p>なので弟の好きだったタバコを入れてあげました。</p><p>ほかにも沢山あげてあげたかったんですが燃えにくい・・・・</p><br><p>その後棺おけの中に入れて沢山の人達が見に来てくれまして、ずっとその対応に追われてました。</p><p>納棺は床に寝てる時とちがって・・・</p><p>ホントに亡くなったのか・・？</p><p>と実感させられる様になった気がします。</p><br><p>まだどこかでドリフみたいに蓋が開いて「なんちゃって」なんて出てこないかな・・・</p><p>と本気で思ってた。</p><br><p>納棺から火葬葬儀まで２日位・・・</p><p>弟の職場の人や同級生、友人など沢山の人に来て頂きました。</p><br><br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/doping-bear/entry-11472820969.html</link>
<pubDate>Sun, 17 Feb 2013 12:21:35 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>忘れないために書き残したい。</title>
<description>
<![CDATA[ <p>初めてお目にかかります。</p><p>初ブログですが少し生々しいと思うので弱い方にはお勧めしません。</p><br><p>弟死前後の出来事は追って書いていくつもりです。</p><br><p>家族構成は両親が永続別居みたいな状況で兄弟３人いるんですが仕事の都合で父方と母方に別れて暮らしていました。</p><p>ちなみに弟は父方の方で親父と二人で暮らしたました。</p><br><p>ここからは</p><br><p>２０１２年４月４日に起こったこと。</p><p>を出来るだけ忠実に書いていきます。</p><br><p>自分は前日つまり３日から４日にかけての夜勤でその日は春一番なのか３日位風が強くまだ東北は雪が横殴りで飛んでくる天気でした。</p><br><p>夜勤が終わり家に帰ってきたのが深夜１時位だったと思います。</p><p>洗濯やらご飯の支度、明日の仕事の準備をして５時位には寝たと思います。</p><p>この頃は仕事も忙しく毎日残業で心身共にクタ②でした。</p><br><p>そして起きたのが１４時過ぎでした。</p><p>なぜかいつもより少し早く起きてテレビを見ながらボーとしていました。</p><p>そしたら稀に夕方酔っ払った時にしか連絡のこない親父から着信がありました。</p><p>「こんな時間になんだろう・・・・？」</p><p>と思い電話にでました。</p><p>するといきなり</p><p>親父「●●死んだ。」</p><p>とだけ・・・・・</p><p>自分「え？マジ？」</p><p>親父「いいから早く来い！」</p><p>自分「わかった。」</p><p>とだけ・・・で急いで電話を切り・・・</p><p>丁度姉も会社が休みで家にいたので</p><p>自分「さっき親父から電話きて●●死んだって・・・」</p><p>姉「なんで？母ちゃんには伝えた？」</p><p>自分「いや、まだだけどとにかくいくぞ！！」</p><p>あと職場にも連絡を入れて寝巻きのまま姉を引っ張り出して家を出ました。</p><br><p>そして親父の家は大体高速道路で１時間半位の所にあるので車を走らせて行きました。</p><p>その車内で母親に姉が連絡を取り軽いパニック状態のまま勿論安全運転で家に着きました。</p><br><p>そこには物々しいパトカーと警察と弟の仕事場の上司、それと親父が玄関で状況確認の為か色々書いていました。</p><p>話していたんですがその時はまだ生きて居るんだろうと・・・</p><p>これなんかのドッキリだろうと思い</p><p>自分「弟にあえますか？」</p><p>警察「今検証中なので少しまってください。」</p><p>と言われ玄関を出て庭先で一服しました。</p><p>そしてから玄関に戻り弟の詳細を聞かれて答えていきました。</p><br><p>そして警察も少なくなり・・・</p><p>親父が玄関で対応してる間にもう一人の警官に</p><p>「検死も終わりましたので来て頂けますか？」</p><p>と言われて見覚えのある座敷に通されるとそこにはすっぽりとタオルケットが掛けられている人の様な形がありました。</p><p>それを見て警官が</p><p>「服とか着せてあげてください」</p><p>とだけ・・・</p><p>あたふたと弟の部屋に服を取りにいきました。</p><p>そこには少し前にあげた俺の服やら自分の服が散乱していました。</p><p>なので見覚えのある自分のお古を手に取り持っていき、</p><p>姉と涙を滲ませながらそのタオルケットを取りました。</p><br><p>そこには見覚えある少し黒い弟の顔と首にはベルトのバックルと分かる位ハッキリとしたアザがありました。</p><p>あまりのショックで</p><p>「起きろよ！」と言って叩いた気がします。</p><p>多分その後泣き崩れました。</p><p>何時間泣いたんですかね・・・？</p><p>気付いたら外は暗くなっており姉に</p><p>「いいから寒いだろうから服着させてよ。」</p><p>の言葉で服を親父と着させる事になりました。</p><br><p>死んでも男なんだし！</p><p>とその時は思い、姉貴には離れる様に伝え下着だけは着せましたが冷たく、スーパーで売られてる肉の塊（表現不適切ですがそう思ったんで。）みたいになってしまった足、腿をみてなぜかどんどん涙があふれてきました。</p><p>なんで俺をいつか看取るはずのお前を俺が看取らなきゃならないんだよ・・・・</p><p>とずっと思っていました。</p><br><p>そして母親も来ると言ったのですが運転に自信がなくこの状況なんで自分は母親を迎えに一旦帰ることになりました。</p><br><p>母を連れてきてひと段落して弟の携帯を取りに部屋へ行ったら携帯がピカピカと着信を知らせていました。</p><p>それはいつも遊びに帰って来ると必ず遊んでた弟の幼馴染からでした。</p><p>そしたらすぐに俺の携帯も鳴りました。</p><p>その幼馴染からでした。</p><p>弟友人「ねぇ・・・・●●死んだのか？」</p><p>とボロボロになった声を聞いて自分もまたボロボロになりましたがなんとか</p><p>「うん・・・そうだよ・・・」</p><p>とだけなんとか伝えれました。</p><p>２７歳でこんなに声出ない位泣いたのはいつ以来だろう・・・</p><p>そして気付いたら葬儀屋が来ていて色々説明をされました。</p><br><p>そのあたりで弟が世話見てあげてた従兄弟達も到着して自分は今後の事について長男なので親父や落ち着いた母親と話してる時に座敷で泣いてる声が凄く聞こえましたがみんな泣いてたら駄目だと出来るだけ違うことを考える様にしていました。</p><p>これが現実だと実感も無かったのかもしれません。</p><br><p>その日は従兄弟が弟の隣に抱きつくように泣きつかれて寝ていたようなきがします。</p><br><p>自分はなんか近くで寝れなかったので両親に</p><p>「傍で寝てあげて！」</p><p>と譲りその日は寝れなくて夜勤終わりの同僚に連絡して飯を朝方まで付き合ってもらい朝方みんなねてる父方の家に帰り弟の遺影にタバコ１本挿して一服し眺めながら寝ました。</p><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/doping-bear/entry-11467412423.html</link>
<pubDate>Sun, 10 Feb 2013 06:45:40 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
