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<title>女子たちは疲れている</title>
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<description>アラサー手前の女子たちの悩みは、どの大陸の海よりも深い</description>
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<title>没我の境地に至る恋愛ー脳は０．１秒で恋をする</title>
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<![CDATA[ <p>はい、こんばんは。今日は茂木健一郎先生の「脳は0.1秒で恋をする」内に書いてある「没我の境地に至る恋愛」という部分にちょーーーー共感したのでメモ。</p><p>読んだのはもう２０１７年ころなのですがあまりにも、その当時の自分の恋愛に響いたのでスクショしていたのです。</p><p>&nbsp;</p><p>大好きな人とデートしてバイバイしてひとり家に帰ったとき、なぜこんなにも、寂しい悲しいの感情のあとに「自分が返ってきた」「自分が戻ってきたぞぉおお」という感覚に陥る自分がいるのだろうと思っていて。いくら大好きな人とのデートでも、もともと１人で行動するのが好きなので「安心」とか「解放」からなのかと思っていたけども、それって違うんだって気づいた本です。</p><p>&nbsp;</p><blockquote><p><span style="background-color:#ffcc00;">ー楽しい１日が終わり、お別れを言って自分ひとりになったとき、スーッと我に返っていく感覚があります。その瞬間、それまで「自分」という存在が遠のいていたことに気がつくのです。</span></p><p><span style="background-color:#ffcc00;">いわゆる、「没我」の状態です。</span></p></blockquote><p>&nbsp;</p><p>え、あたし没我の境地にいたの！？って目からうろこで。</p><p>&nbsp;</p><p>仕組みとしてはこうらしい。</p><p>&nbsp;</p><p>前頭葉には自分の状況をモニタリングする働きがある</p><p>↑</p><p>「今、わたしはあの人からどのようにみられているのだろう、、！」とか客観的にモニターする部位がある。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし</p><p>&nbsp;</p><p>恋人と一緒にいると、このスイッチがOFFになる＝自分を客観的に見る活動が低下する</p><p>&nbsp;</p><p>らしいのです。</p><p>&nbsp;</p><blockquote><p><span style="background-color:#ffcc00;">ーつまり、本当に良い関係を築けている恋人同士の間では、「今、この人はいま自分のことをどう思っているだろう」「私、変な顔してないかな」という意識はきれいさっぱりなくなってしまっているはずなのです。「他者からどう見られているか」を気にする強い自意識は消え、ただ、お互いだけが見えている状態。それが、「没我」の境地であり、言葉を換えるならば「自分たちだけの世界」ということになります。</span></p></blockquote><p>&nbsp;</p><p>私の数少ない恋愛経験で、この”境地”に至れたのって実は１人。そりゃあ、変な発言しちゃったり髪の毛切りすぎたーーって日のデートは、相手がどうおもってるかそわそわしてしまうこともあったけども、そういう表面的なモニタリング機能はのぞきね。</p><blockquote><p>&nbsp;</p><p><span style="background-color:#ffcc00;">他人の存在があって初めて立ち上がってくる「自己認識の回路」というものがあります。その回路が働くとき、人は自分が「自分」であることを強く認識します。</span></p><p><span style="background-color:#ffcc00;">しかし、恋人というのは、ある意味で自己の延長線上にいる人であり、ふたりでひとつのユニットを組んでいるようなものです。緊張感をもって相手の様子を見たり、自分がどう見えるかということを気にしなくていい。</span></p></blockquote><p>&nbsp;</p><p>ふむ。なるほど。</p><p>恋人と、キスをしたり人前で手をつないだり、お部屋でセックス、、、これらを我を忘れて没頭してる。ヤキモチ妬いたり、ささいなことで喧嘩したり、、、好きな人といるとまさに、普段だったら回避すべき気遣いとか「空気読む」みたいな機能をオフしてありのままでぶつかろうとしちゃうのだろうな。</p><p>&nbsp;</p><p>なかなか、このモニタリング機能をオフにできる相手に出会えることってないと思うし、最初からオフってしまうとそもそも彼女の土台に立つこともできないかもしれないけど、脳みそって素直で単純で、なんちゅー機能を備えてるんやってびっくりしたわけです。</p><p>&nbsp;</p><p>皆さんはそんな恋愛してますか？</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/doudemoiikarane/entry-12492216947.html</link>
<pubDate>Tue, 09 Jul 2019 22:13:21 +0900</pubDate>
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<title>一人で食べていけるのなら結婚しなくて済んでしまう</title>
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<![CDATA[ <p>さて、ここ数日筒井淳也さんの著書「結婚と家族のこれから　共働き社会の限界」という本を読んでました。何度かにわたり、この本の中で印象的だったことを書いていきたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>何度も何度も自問自答してきた「結婚って今の時代に生きる私に合う制度なのか」いう最大の謎。この本は結婚というのも否定的にも肯定的にも書いてはいなくって、家族や結婚に対して学術的な知をまとめてくださっています。小難しい話もありますが私はお勧めします、</p><p>&nbsp;</p><blockquote><p>説明の出発点は、「食べていくこと」です。人間、食べていくこと、つまり経済的な生活基盤がなければ生きていくことができません。逆にいえば、生活基盤が確保されていれば、あとのことは比較的自由に決められるのです。</p></blockquote><p>&nbsp;</p><p>はい、のっけからの断言。</p><p>家族持つ持たない、結婚するしないって「食べていけるかどうか」なんですよね。根本的には。</p><p>&nbsp;</p><p>古代社会でも、基本的に村落共同体なわけで、集落のなかにはいりこまないと男女ともに生活の基盤がなくなって生きていけなかったわけで。</p><p>&nbsp;</p><p>古代の社会と、近代の社会での家の役割は全く違うので言い切るのはあれかもしれませんが、（※古代の社会では、夫・妻・子という今でいう”家族”の形が濃くなかったとおもうので。それよりも村や集落自体が”家族”に近かったと思います）</p><p>私のお母さん世代もきっとそうなんですよね。女性の社会進出が謳われつつも全員が全員バリキャリだったわけでもないし（都心の一部の話でしょ）、まだまだやっぱり今よりもずっとずっと女は家庭に入るべきものとして考えられてたわけで。収入もやっぱり少ないから旦那に頼らないと、まさに「食べていくこと」ができなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、今自分はどうなんだろう。何不自由なく「食べていくこと」ができています。</p><p>&nbsp;</p><p>会社では1000円を超えるランチを同僚と食べていますし、</p><p>気分転換にスタバで500円近いコーヒーも飲んで、</p><p>金曜日となれば飲み会、</p><p>最近はおいしい飲み屋じゃないと嫌というこだわりさえでできている。</p><p>土日も気が向かないと自炊しない。</p><p>&nbsp;</p><p>物理的な「食べていくこと」は当然クリアして、衣・住・年に数回の海外旅行まで行ってるわけです。</p><p>&nbsp;</p><p>親にも頼らず働いて稼いでいるということ。彼氏がいなくとも、旦那がいなくとも、完結している日々。私は、不自由していないんですよね。足りていないということがない。稼ぎ手は自分。食べていくことができている。この事実。</p><p>&nbsp;</p><p>昔からの結婚観が生活基盤を整えるうえでの「食べていくこと」だとしたら、私は結婚すべき人種じゃない、それが良いか悪いかではなく、これははっきりとした事実です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/doudemoiikarane/entry-12485052250.html</link>
<pubDate>Sun, 23 Jun 2019 12:21:48 +0900</pubDate>
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<title>女子たちは疲れている</title>
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<![CDATA[ <p>はじめまして、こんにちは。</p><p>平成に生まれ、令和を迎えてはや1か月が経とうとしていますね。時の流れ、早い。</p><p>&nbsp;</p><p>そしてわたしには声を大にしていいたいことがある。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.96em;"><span style="font-weight:bold;">女子たちは非常に疲れているということ。（自分含め）</span></span></p><p>時代のせい、男子男性上司職場親のせい、とか何か・誰かのせいではないこともたくさんあるけども</p><p>&nbsp;</p><p>どの時代にもあった女子ならではの悩みに加え、</p><p>草食化どころか草さえも食わないんじゃないかという男子を同僚や友達に持ち、</p><p>25歳をすぎたら結婚すべき論を推進する母親を持ち、</p><p>すでに退職間際もしくは退職したかつての勢いを失った（威厳とともに）父親をもち、</p><p>中には引きこもり(予備軍含む）の弟や兄を持ち、</p><p>男性をはるかにしのぐ給与を持ちつつも、女性としての幸せも捨てきれず希望をもち、</p><p>それでもパワハラセクハラマタハラに悩まされつつ、</p><p>SNSを開けば女子大生や一回り下の代のキラキラ具合に羨望と嫉妬し、</p><p>気づいたら芸能人の若手俳優みんな年下じゃんけ、と焦りつつ、</p><p>30手前にして子供を産むべきなのか、</p><p>キャリア街道の突き進むべきなのか、</p><p>両立ってできんの？まじで？時短勤務でも陰口言わない？私は言ってるけど？とか、</p><p>海外留学とかってありなのか、とか</p><p>そもそも彼氏、いつからいないっけ、とか</p><p>気づいたら不倫して3年目よ、とか</p><p>親の介護とか考えるのまだ先でいいよね？とか、</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>とにかくこの世代の女子会はそんなコスメの話とか、タピオカの話とか、だれだれとライン交換しちゃった！とか</p><p>そんな話題はなくって、もっとどろどろしてて本音と建て前が入り乱れて、5時間話したけどほんとの悩みは1分たりとも話せなかった、、みたいなそんな感じな気がします。</p><p>&nbsp;</p><p>少なくとも私の周りはそうなんです。アラサー手前、もう考えることが多すぎて心配事がありすぎてもうCPU足りてないんです。</p><p>&nbsp;</p><p>痛々しい独身OLの戯言と、世は言うかもしれないけど</p><p>結構いっぱいいっぱいなんです。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな、生々しい話を「ああ私だけじゃないんだ」と誰かが思ってくれたらいいなと、今日もアラサー独身ぽつりぽつり語ります。</p>
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<link>https://ameblo.jp/doudemoiikarane/entry-12476589901.html</link>
<pubDate>Sun, 09 Jun 2019 16:31:44 +0900</pubDate>
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