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<title>余命3ヶ月と言われた母を助ける、仲良し家族</title>
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<description>ある日突然、愛しの母が末期がんだという宣告をうけた。22歳の冬。膵臓がんステージⅣb肝臓に転移し、腹膜播種あり。</description>
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<title>発熱と下痢</title>
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<![CDATA[ 一度調子が良くなり、外泊ができました！<br><br>でもその後は下痢と熱でダウン(;_;)💦<br><br><br>～そんな中、私が最近考えてしまうこと～<br>私は特に大学に入学してから、家族は二の次になっていて、大学の友達！バイト！勉強！とかなり自分勝手な生活をしていた。<br>そんな中、母とは喧嘩しながからも悩みを聞いてくれたり、毎日送迎やお弁当、学費、交通費も甘えていた。今思え全てば私や家族のために。<br>どれだけ私がひどいことを言っても、悲しい顔をして<br>「お母さんは有華ちゃんのこと大好きだよ」とか「宝物だよ」とか言ってくれた。<br>なのに私は「家を出る！こんな家は嫌だ！」と<br>就職は横浜市を希望していた。<br>母は小さな声で寂しいから、<br>とか言って大反対していた。<br>なのに私がそんなに行きたいならと、<br>受験料までお小遣いも出してくれていた。<br><br>こんなこと考えると本当に涙が止まらなくなる。<br><br>今母は熱が出たり白血球がかなり少なくなってるため、食事もままならない。体力はどんどん減って痩せてしまっている。<br><br>体調が悪く、苦しんでいる母を見るとどうしても悪いことを考えてしまうんだよな～(;_;)<br><br><br>もう「有華ちゃん」って優しく微笑んでくれるお母さんに会えないと想像するだけで嗚咽。<br>だめだ！<br>そんなこと考えてはだめ！！！<br><br><br><br>いやいや、まだ全然諦めてないもん！！<br>（諦めたくないの方が正しいかもしれないが）<br>生存率3%なら、その3%に入れてやるんだから！！！
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<pubDate>Wed, 23 Dec 2015 19:38:48 +0900</pubDate>
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<title>母の弱音</title>
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<![CDATA[ いつも弱音を吐かない母が、一人でお風呂の中で泣いてたり、「みんないいな。」ってポツリと呟いたり、「普通に寝たい。何も考えずに。」って呟いてる。<br>助けてあげたい！<br>助けてあげなきゃ！<br>5年生存率が3%なら<br>その3%にいれてあげるからね！！！<br><br><br>お父さんは抗がん剤で毛が抜けるから俺も坊主にする！って言ってたり<br>俺はまだ諦めとらん！任せてください！ってお母さんの友達に言ってたり<br>家族愛は一層深まってる。<br><br>
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<pubDate>Tue, 15 Dec 2015 20:11:59 +0900</pubDate>
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<title>告知から入院まで</title>
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<![CDATA[ よくドラマや映画であるような話がこんな私に降りかかるなんて思ってもみなかったし、今でも夢？夢じゃないの？<br>って思ってる。というか思いたい。<br>母は今まで続けていた仕事を辞めるため、みんなにお菓子などを配って「もう戻れないんだよね。今まで本当にありがとうね。楽しかった。」と挨拶をしに行き、それの付き添いをしたのだが、そのお別れが余計癌を現実に感じるようで、私自身もすごく辛かった。<br>職場の人達とは仲がよく、毎日楽しそうだったので、本人が1番辛いのだと思う。<br>が、お別れの準備をしているようで本当に辛かった。<br><br>銀行のことやお金のこともいきなりはじめた。<br>妹の成人式は来年なのだが、余命3ヶ月と言われてしまった母は「これから治療が始まるから、私の髪の毛があるうちに、真由の着物姿がみたい。写真を撮りたい。」ということで<br>親戚の美容院のおばさんにお願いして、次の日に着付け、写真を撮ることになった。<br><br>これも辛かった。<br>みんな口を揃えて「来年の本番もみるんだよ！安心するために今撮るだけだよ！と母に言った。」<br><br><br>入院も決まっていたので、私はお母さんと二人でお風呂に入ったり、夜には家族みんなで地元のイルミネーションを見に行って写真を撮って元気づけた。<br>なにより膵臓がん、末期がん、抗がん剤についてたくさん調べてなんとかして助けたいと思った。<br><br><br>何より傷ついているのは祖父だ。<br>妻をなくした2週間後に娘が末期がん。<br>私達も当然かなりのショックだが、家族みんなで励まし合ってなんとか正常を保っている。<br>しかし祖父は祖母をなくし日中一人なのだ。いつも強がりで祖母にはよく怒っていた祖父は、会うたび涙している。<br><br><br>そんな祖父は泣きながら私達や母に<br>「学費や治療費は出してやるから、心配せんでいいでな。出したげるからね。」と。<br><br>いつまでも頼りっぱなしでやってもらいっぱなしで、でも母を助けたい、なのにまだ学費を払ってもらっている自分が腹立たしくもあり、もどかしい日々が続いた。<br><br><br><br>母の入院は本当に寂しく、母もさすがに不安の表情を隠しきれなかった。<br>私は母に幸せを呼ぶクマというぬいぐるみを買って、お守りにとプレゼントし、ふわふわの暖かそうなパジャマを探してプレゼントした。<br>なんとか元気づけれたら、そして神様、お願いだから癌細胞を一つでも消してください。という願いを込めて。<br><br><br><br>卒業旅行は計画と立てていたが、理解のある友達は「無理していく必要無いし、お母さんのそばにいてあげて。国内旅行にしよう。温泉とかで、ゆっくりしよう。」と言ってくれた。
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<link>https://ameblo.jp/doyang/entry-12104579785.html</link>
<pubDate>Wed, 09 Dec 2015 23:49:19 +0900</pubDate>
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<title>悪魔の告知。11月26日</title>
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<![CDATA[ 母は胃の検査をしてもらった。<br>すると医者から「僕なら今すぐでも、大きい病院へ連れて行きます。」と言われた。<br><br>妹と母の二人で病院へ行っていたが、大きい病院へは父と母の二人で行くようだ。<br><br>私は体調を崩して家で寝ていたが、気が来てなかった。頼む、帰ってきて何もなかったと言ってくれ。<br><br><br><br><br><br><br><br>朝10時ごろに出ていったのだが、夜18時半ごろに母は父と一緒に帰ってきた。<br><br><br>その時の母は落ち着いていて、でも震えながら無理やり笑顔を作りながら言った母の言葉は忘れられない。<br><br>「お母さんね、末期がんだって。転移もしてるんだって。手術はできないんだって。お腹の周りにがんがたくさん散らばってもうどうしようもないんだって。」<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>頭が真っ暗になった。<br><br><br><br><br><br><br>最近ずっと反抗してて、社会人になったら絶対家を出る！って毎日のように喧嘩してた母がそんなこと言うなんて。<br>弱々しく。<br>母がいない世界なんて無理。本当に私は死ぬんじゃないか。冷静なんて保ってられなくて、母の前で泣きわめいた。<br>もう色々な予定をやめてとにかく母と一緒にいたいと、思った。
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<link>https://ameblo.jp/doyang/entry-12104573044.html</link>
<pubDate>Wed, 09 Dec 2015 23:38:17 +0900</pubDate>
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<title>胃が痛い母(/_;)</title>
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<![CDATA[ 母は腰痛のためロキソニンを毎食後飲んでいたが、あまり飲み過ぎると効かなくなるのでは？と思い始め、飲み薬を控えるようになってきた。<br><br>すると、、、<br>「んーなんか最近胃が痛い。<br>でもこれは祖母を亡くしたストレスとかもあるよねー。」と言っていた。<br><br>数日後には<br>「なんかずっと寝過ぎて、腰の周り、背中とか痛い。色んなところが痛くなってきた。」と、言っていて。胃の痛みも、続く様子だった。<br><br>妹が心配し、母を地元の病院へ、連れて行って胃薬をもらいに行った。
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<link>https://ameblo.jp/doyang/entry-12104569578.html</link>
<pubDate>Wed, 09 Dec 2015 23:34:07 +0900</pubDate>
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<title>母の腰痛が治らない！！！</title>
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<![CDATA[ 母の腰痛が発症した3日後、<br>実は私も体調を崩し、39度の熱が出たりとバタバタした中<br>愛する祖母のお葬式が行われた。<br><br>お葬式に出るにも、母は立てないため車いす。母の腰痛は治ることなく、車いすに座ることもやっとで長時間は我慢できないよう。ロキソニン+座薬+ブロック注射をしてやっとという感じだった。<br><br>近くの整形外科へ行くとヘルニアだとわかった。<br><br>祖父はヘルニアの手術しろ！手術代は出してやるから！そのためにお金をためておいたんだ！遠慮せんでいいで！<br>と何度も何度も言ってくれた。<br><br>私も手術が必要かもしれないと思い、母を大きい病院へ連れて行き、検査してもらうことにした。<br><br>その医者は、この程度なら時間が経てば治る。手術もいいと思うが、ヘルニアの手術は保険が効かないし。手術したからといって100%治るわけではない、と言っていた。<br><br>さらに手術について迷うようになった。<br>
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<link>https://ameblo.jp/doyang/entry-12104567981.html</link>
<pubDate>Wed, 09 Dec 2015 23:25:08 +0900</pubDate>
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<title>祖母の死と母の腰痛</title>
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<![CDATA[ 祖母の介護で毎日ろくに寝ていない母。<br>三人兄弟の次女である母は、1番頑張り屋さんで1番思いやりのある自慢の母。<br>だからこそ祖母の介護で頑張りすぎて、その反動がどこかで来そうで<br>怖かった。<br>時にはお姉さんに頼って寝てね！体には気をつけてね！と<br>私たちは声を揃えて母に言った。<br><br>そんな11月のある日<br>介護で祖母を持ち上げた母<br>グキッ！！！と腰を痛めたようで<br>私が母に会いに行った頃には<br>母はもう立てないくらいだった。<br>胃も痛いと言っていて、<br>介護を始めてから3キロほど痩せたよう。<br>胃が痛いのはストレスかもしれないけど、<br>腰が痛すぎて動けないのは流石に心配(T_T)<br><br>そんな母の事件の2日後、祖母は、「幸せ」と言って息をひきとった。
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<link>https://ameblo.jp/doyang/entry-12104564428.html</link>
<pubDate>Wed, 09 Dec 2015 23:19:32 +0900</pubDate>
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<title>祖母の在宅介護がはじまる</title>
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<![CDATA[ 祖母は肝臓癌を患っていて、今まで抗がん剤治療や手術を数多くしていたが、今年の7月頃に祖母は「もう抗がん剤は辛いからやめる。」と言った。<br>抗がん剤の副作用で体がボロボロになる祖母を見てきたので、祖母のことが大好きな私たちは辛いながらも誰もとめなかった。<br><br>母方の祖母には言葉に表せないほど本当に本当にお世話になっている。家は別だから、家から10分ほどで近いこともあり、<br>毎週木曜日はおばあちゃんの美味しいご飯を食べさせてもらったり、一緒に外食したり坊主めくりしたり、お小遣いまでもらったり、いたせりつくせりだった。<br>自分より人のため、いつも笑顔で<br>「気をつけて帰りゃあね。<br>ありがとうね。<br>おばあちゃんもまだまだ長生きしなきゃね。」そんな言葉が忘れられない。<br><br>「結婚式行けないかもしれないから、その時はビデオ見せてね。」<br>こんな話をしながらおばあちゃんと二人で涙した。<br><br>全然恩返しできてない。私の花嫁姿も見てほしい。外食も一緒にまだまだいっぱい行きたい。<br><br><br>私の中で世界一のおばあちゃん。<br><br>日に日に弱っていくのが辛かった。<br>～10月頃～<br>祖母はよく転んだり骨を折ったりするようになり、体がボロボロになってきたため在宅介護になった。<br>私の母は、祖母の介護のため<br>「ごめんね、おばあちゃんちにしばらく泊まりに行くね。」<br>と介護生活が始まった。<br>母も色々な面でお世話になっていたし、私たち家族は、<br>「おばあちゃんの介護がんばってね！私たちは家事をがんばるから、家のことは気にしないでね」<br>と精神的にも辛い母を何とか支えようと<br>大学、バイト、仕事に行きながら<br><br>私、妹、父で支えあうことになった。
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<link>https://ameblo.jp/doyang/entry-12104562103.html</link>
<pubDate>Wed, 09 Dec 2015 22:59:46 +0900</pubDate>
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