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<title>宗教文化士crownのブログ</title>
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<description>宗教学関連の本を中心に色々書いていきます。</description>
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<title>座禅のススメ</title>
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<![CDATA[ 皆さんこんばんは。<br><br>最近、近くのお寺で始めて座禅をしてきました。<br>気持ちが落ち着き心機一転できましたので、オススメします。<br><br><br>日本には禅宗が大きく二つあります。その違いを簡単ではございますが、ご紹介いたしましょう。　<br><br>まずは<span style="font-size: 24px; "><font color="#d01bea">臨済宗(りんざいしゅう)</font></span>。<br>開祖栄西(えいさい)は比叡山で密教を学んだ後に２度宋へ渡り、天童山にて禅を学びます。<br>その後、日本へ帰って禅を広めました。<br>総本山は京都の建仁寺です。<br><br>次に<span style="font-size: 24px; "><font color="#d01bea">曹洞宗(そうとうしゅう)</font></span>。<br>開祖道元(どうげん)は栄西と同じく、13歳から比叡山で学びます。後に宋へ渡り、天童山で如浄(にょじょう)の弟子となります。<br>後に越前へ渡り、現在の曹洞宗総本山である永平寺を開きます。<br><br><br>臨済宗と曹洞宗の大きな違いは禅のやり方です。<br>臨済宗の禅は<font color="#ff004f">看話禅(かんなぜん)</font>といって、壁を背にして公案を考えながら坐ります。<br><br>一方、曹洞宗の禅は壁に向かって一切考えることなく坐ります。これを<font color="#ff004f">只管打坐(しかんたざ)</font>といいただひたすらに座禅をすることが説かれます。<br>このため、臨済宗の看話禅に対して<font color="#ff004f">黙照禅(もくしょうぜん)</font><font color="#000000">と呼ばれます。</font><br><br><br><font color="#000000">禅はまずは形から入ります。</font><br><font color="#000000">難しい書物を一読する必要もなく、場所やたいそうな機材も必要としません。</font><br><br><font color="#000000">現代社会は一秒たりとも人を休ませることなく絶えず動き続けていますが、時には仕事も趣味も全てを休め、じっと構える時間も必要だと思います。</font><br><br><font color="#000000">静止することは決してサボることではありません。</font><br><font color="#000000">皆さんもお休みの日にお近くの禅寺へ行ってみてはいかがでしょうか。</font><br><br><br><font color="#000000">参考文献　日本宗教事典　弘文堂 S60</font><br><br>
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<pubDate>Fri, 29 Jul 2016 13:26:09 +0900</pubDate>
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<title>久しぶりの</title>
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<![CDATA[ 長らくブログの更新をおやすみさせて頂きました。<br><br>この間から一つ研究したいことがあり、書物と向き合う日々を送りました。<br><br>大学生であればいくらでも時間を取ることができたのですが…リーマンを兼ねるとなかなか思うように一日を過ごせないことが多々あります。<br><br><br>さて、何を読んでいたのかと申しますと<br>世界文学全集のヴェーダとアヴェスターであります。<br><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160721/00/eadgbe10piano/a4/65/j/o0540096013702577049.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160721/00/eadgbe10piano/a4/65/j/o0540096013702577049.jpg" width="540" height="960"></a><br><br><br>ヴェーダはバラモン教の根本聖典でありまして、知識という意味を持ちます。<br><br>アヴェスターとはペルシアのゾロアスター教の聖典であります。<br>ゾロアスター教は既に紀元前600年には発生した古代宗教であり、現在も10万人余りの信者を抱えております。<br><br>また噛み砕きながら発信して参りましょう。
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<pubDate>Thu, 21 Jul 2016 00:05:52 +0900</pubDate>
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<title>書籍紹介　ビジュアルではじめてわかる宗教</title>
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<![CDATA[ 東京書籍から昨年出版された<br><br><br><span style="font-size: 24px; "><font color="#9443fb">ビジュアルではじめてわかる宗教　</font></span><br><br>宗教を学びたいという初めての方にも、ある程度学ばれた方にもかなりおすすめの１冊です。<br><br><br>まず、カラー写真が多くて様々宗教の世界観が感じやすいこと。<br><br>そして、最新の宗教の情勢がわかります。<br>宗教は人間の営みによるものですので、時間が経つとやはり伝統的なものですら少しずつ姿を変えてしまいます。<br><br>是非とも、一度この本を手を取ってみてください。2800円税別<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160519/21/eadgbe10piano/9e/12/j/o0540096013650332761.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160519/21/eadgbe10piano/9e/12/j/o0540096013650332761.jpg" width="540" height="960"></a><br>
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<pubDate>Thu, 19 May 2016 21:48:19 +0900</pubDate>
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<title>神と仏（神仏習合）</title>
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<![CDATA[ ブログを書かなければと思いつつ気がつけば18日…<br>　<br><br>時が経つのは非常にはやいです。<br>どうせ限られた時ならば、せめてゆっくり過ぎてくれればよいのですが。<br><br><br>シンクレティズムの後ですので、今回は日本における<span style="font-size: 24px; "><font color="#ff004f">神と仏</font></span>について取り上げます。　<br><br><br>日本には神社とお寺がそれぞれ存在しておりますが、皆さんはどのようなものが神で、どのようなものが仏なのか区別はつきますか？<br><br>まず、神とは。<br><br>日本の神様の定義付けですが、現代でも江戸時代の本居宣長（もとおりのりなが）を越えるものはないと思われます。<br>簡単に引用すると<br><br><span style="font-size: 24px; ">『</span><span style="font-size: 24px; "><font color="#d01bea">尋常ならずすぐれたる徳のありて、可畏き物を迦微とは云なり</font></span><span style="font-size: 24px; ">』</span><br><br>となりますが簡単に言えば凄い物は神として信仰されます。<br><br>よく神様、仏様、○○様。という言葉を使いますよね？<br>例え人間であっても凄い人は神様として崇拝されます。<br>菅原道真や徳川家康、豊臣秀吉、東郷平八郎なども神様としてお祀りされていますが、人間は神様によって造られたと考える一神教では考えられないことです。<br><br><br>次に仏です。<br>長くなりますのでかなり簡単に触れましょう。<br><br><span style="font-size: 24px; "><font color="#d01bea">仏とは修行などを経て、私欲私心（煩悩）を断ち切って悟りを得た人のこと</font></span>を指します。<br><br>ですので、誰しも悟りを得れば仏になることができます。<br><br>しかしながら、悟りを得ることは簡単なことではありません。<br>それはお釈迦様だからこそできたのだと後の世になればなるほど<font color="#ff004f">教祖の神格化</font>が起こります。<br><br>つまり凄い物として崇拝されます。<br><br><br>ちょっと待ってくれよ。それじゃあ神様になっちゃうだろう！<br><br>と思われるかもしれませんが、日本の仏様は<font color="#ff004f">神様のように人々から崇拝される仏様</font>であります。<br><br>なんか曖昧…と思われるかもしれませんが。<br><br>神仏がはっきり区別されるのは明治時代からで、特定の場所を除いては互いに影響し混ざり合ったような状態が長らく続きました。<br>これを<span style="font-size: 24px; "><font color="#ff004f">神仏習合（しんぶつしゅうごう）</font></span>といいます。<br><br>そのため仏壇と神棚が御家庭にあるという状態は何も不思議ではありません。<br>日本宗教の歴史を見ると混ざり合っている時代のほうが長いのです。<br><br><br>仏教に関しては学校で学ばれた方が多いと思いますが、様々な形や様式がありここで全てを扱うのは困難な程です。<br><br>上記はあくまでも日本の仏様に関して限定し、一面から見た姿であるということも付け加えて末筆と致します。<br><br>
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<pubDate>Wed, 18 May 2016 21:45:16 +0900</pubDate>
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<title>シンクレティズム</title>
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<![CDATA[ おはようございます。<br>しばらく滞ってしまいましたが本日はシンクレティズムを取り上げます。<br><br><span style="font-size: 24px; "><font color="#d01bea">シンクレティズムとは</font></span><br><span style="font-size: 24px; "><font color="#d01bea">複数の宗教的な伝統行事が混ざり合う、または深く結合することを指します。</font></span><br><br>前回、見えない宗教として日本人の宗教観を少し取り上げました。<br>結論から言えば日本人の一生は決して無宗教などではなく、宗教色に溢れております。<br><br>でもなぜ、『宗教を信仰しているか？』との問いに関して『いえ、何も』と答える人が多いのか。<br><br>前回述べた、早くも日本の文化に取り入れられ人々から宗教行為、行事として認識されづらくなったということも一つありますが<br><br>もう一つ。ここが本日のテーマであります。<br><br>日本人の宗教観は多神教で寛容的であるという点です。<br><br>例えば私の親戚の家では仏壇の横に神棚を置いております。<br>仏様にも手を合わせて、神様にも手を合わせるのです。<br>一神教のイスラームの人ですとアッラー（唯一神）を信じることが信仰の中心となるのですが、日本人は神も仏も含めて多種多様な神様がたくさん居る世界を生きています。<br><br>私の意見ですが、日本人の宗教観は極めて簡単にいうと専業的であると考えられるのではないでしょうか。<br><br><br>神道は日本人の伝統行事や人生儀礼に関わります→初宮参り、七五三、厄払い、成人式、地鎮祭、初詣など<br><br>仏教ないし寺院は死後の世界を担当します→葬式や法事、あるいは何らかの供養。<br><br>これに対しキリスト教は比較的新しくお祭りよりはフェスティバル的な立ち位置です→クリスマス、ハロウィーン、教会での結婚式<br><br>儒教や道教など大陸からきたものは倫理観として日本に迎え入れられました。<br><br>『初詣には毎年いくけど、明日はおばあちゃんの法事、クリスマスプレゼントは貰うし、教会で挙式もしたい、もちろん年配の人は敬わなければ…』<br><br>父の実家は神道系、母の実家は仏教系。<br>それぞれ家には神棚と仏壇があり、そのなかで神学部卒の私<br><br>　<br>以上、シンクレティズムでした。
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<pubDate>Fri, 29 Apr 2016 08:32:14 +0900</pubDate>
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<title>日本人の見えない宗教</title>
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<![CDATA[ 年度が変わり新たなことが始まるとなかなか読書に耽る時間がなくなっていきます<br><br>花見をする余裕がないまま、桜も気がついたら散ってしまいトホホ、、、<br><br><br>さて、更新がだいぶ滞りましたが今回は<br><br><span style="font-size: 24px; "><font color="#1dcece">日本人は無宗教か</font></span><br><br>ということを考えていきたいと思います。<br><br><font color="#000000">日本人は無宗教であると指摘されます。</font><br><font color="#000000">2005年に読売新聞社が行った世論調査によると、宗教を信じないと答えた人が75.4%と信じると答えた人の22.9%を大きく上回っています。</font><br><br><font color="#000000">また、オウム真理教の地下鉄サリン事件以降は宗教団体に対する世間の印象が最悪となり、一種の宗教ショックが起こりました。</font><br><br><font color="#000000">私も親から固く宗教に関わるなと教えられてきた人間です。</font><br><br><font color="#ff9e10">それでは本当に日本人は無宗教なのでしょうか？</font><br><br><font color="#000000">日本は島国として独自の文化を営んできたことは言うまでもありませんが、紀元前2000年頃から環状列石など何らかのお祭りが行われていた痕跡がみられます。</font><br><br><font color="#000000">仏教も早く（「元興寺縁起」では538年、「日本書紀」では552年）に伝来し、いち早く取り入られて極めて日本人の生活に合うように変化しながら伝わってきました。</font><br><br><font color="#000000">日本という国は歴史の非常に長い国であり、同時に宗教観念も国の歴史と並立して長らく伝わってきました。</font><br><br><font color="#000000">そのため、全く何も存在しないと考える無宗教よりは、本来宗教的であったものが時代が長らく経ち比較的当たり前のように行われている</font><span style="font-size: 24px; "><font color="#ff2a1a">見えない宗教</font></span><font color="#000000">となっていると考えられます。</font><br><br><br><font color="#000000">日本という国は様々な宗教が並立して存在する</font><span style="font-size: 24px; "><font color="#1dcece">宗教の博物館</font></span><font color="#000000">とする考え方もあります。</font><br><font color="#000000">次回は</font><span style="font-size: 24px; "><font color="#ff2a1a">重層信仰(シンクレティズム)</font></span><font color="#000000">を取り上げます。</font><br>
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<pubDate>Thu, 14 Apr 2016 12:52:27 +0900</pubDate>
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<title>宗教とは何か</title>
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<![CDATA[ 宗教とは何だろうか？<br><br>宗教に関する話をする前にまずは宗教とは何だろう？と考えるところから始めなくてはならない。<br><br><br>よく冗談のように言われる本気の言葉に<br><br><span style="font-size: 24px; "><font color="#052290">宗教の定義は宗教学者の数ほどある</font></span><br><br>というものがある。<br><br>それほどまでに奥が深い。<br><br>もし宗教が根拠のない迷信の類いだとすればこれほどまでに文明、現代科学の発達した現代にもみられるのはなぜであろうか？<br><br>あるいは占いやまじないと宗教の違いは何か？<br><br>様々な疑問が浮かんでくる。<br><br>　<br>どのように宗教を定義付けるのか。非常に悩ましいところだが、間違いなく現代科学や文明では解決のできない範囲を担っていることは確かである。<br><br>現代科学の進歩は著しい。<br>特に科学と宗教が対立するのは生命倫理観の部分である。<br><br>例えば出生前診断で自身の子供が障害を抱えているとしたらどうだろう？<br>とあるアンケートでは中絶手術を望む声が多いという。<br>また、昨日見たテレビでは病気の治る見込みのない娘を冷凍保存し、医療の進歩する未来まで残すということが報道されていて驚いた。<br><br>いかに現代科学が進歩しようと人力を超えたことはできない。<br>ある日突然病気や死がおとずれるかもしれない。　<br>努力が必ずしも報われるとは限らない。<br>そもそも私達の居る世界とはなにか。<br><br>人間というのはいかに文明が進歩しようと根本的な部分は変わらない。<br>土台を残したまま、そのうえにある建物が絶えず変わっていく。そんな印象である。　<br><br><span style="font-size: 24px; "><font color="#052290">岸本英夫博士の『宗教学』</font></span>では<br>宗教に関して<br><br><br><span style="font-size: 24px; "><font color="#052290">人間の問題の究極的な手段である</font></span><br><br>としている<br><br>また岸本英夫博士は<br><br><span style="font-size: 24px; "><font color="#052290">人間が生存する限り、人間の問題がなくなる理想世界というものは、ありえない。</font></span><br><br>人間の問題が無くならない限り宗教は無くなることがないと博士は述べられている。<br><br>　<br>いずれにしても宗教は人間の営みである。<br>古今東西、宗教の形は様々あるものの、その果たしている役割はおおよそ似たようなところが多いのである<br><br><br>絶版しているが古書店で是非とも岸本英夫博士の『<font color="#ff2a1a">宗教学</font>』を入手して読んでいただきたい。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160322/01/eadgbe10piano/ff/1b/j/o0540096013598618391.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160322/01/eadgbe10piano/ff/1b/j/o0540096013598618391.jpg" width="540" height="960"></a><br><br>入手しやすく、より分かりやすいものでは<br><br><br><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160322/01/eadgbe10piano/66/32/j/o0540096013598618402.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160322/01/eadgbe10piano/66/32/j/o0540096013598618402.jpg" width="540" height="960"></a><br>ナツメ社『図解雑学　宗教』井上順孝著　<br>をオススメする。分かりやすくて読みやすい１冊である。
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<pubDate>Tue, 22 Mar 2016 05:38:23 +0900</pubDate>
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<title>宗教学の立場</title>
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<![CDATA[ <br>皆さんこんばんは。<br>今日は久しぶりに寒くなりましたねえ(；´Д｀)<br>風邪を引かないようにしていかねばっ！<br><br>さて、いよいよ本論として当ブログの目指す宗教学について話を進めて参りたいと思います。<br><br>宗教学ですが、この学問は様々な顔があり、アプローチのやり方が異なると全く違う方向に進んでいってしまいます。<br><br>ですので今回は『当ブログの指す宗教学』とは何かという点に関して簡単に説明を加えたいと思います(^^)<br><br>全てを説明すると非常に長文になってしまいますので、より詳しいことを知りたい方は末文に挙げております宗教学の入門書をご参照下さい(ゝω・)<br><br><br>宗教学を極めて大まかに分けると以下の二つになります。<br><br>一つ目は<br><font color="#ff2a1a">自らが信仰する特定の宗教について教え</font><font color="#ff2a1a">（教学）</font><font color="#ff2a1a">を中心として学んでいく立場</font><br>つまり、主観的に宗教を考えていく立場になります。<br>キリスト教の『神学』や仏教の『宗門』や『宗乗』と呼ばれるのが、このアプローチ方法に該当します。<br><br>学校で例えますとみなさんは宗教高校の生徒であり、宗教高校には掲げる校訓があります。<br>あくまでも宗教高校という一生徒の中で自らの学校の校訓を学んでいきます。<br><br>二つ目は<br><font color="#ff2a1a">特定の宗教には属さず、第三者の立ち位置で様々な宗教を考察していく立場</font><br>つまり客観的に宗教を考えていく立場になります。<br>この立場では特定の宗教には属さず、第三者の立ち位置で宗教を考察していきます。<br><br>学校で例えますと、みなさんはどこの生徒でもありません。<br>近所のいろんな学校を見渡しますと、様々な学校が存在します。<br>友愛を第一の校訓にする学校もあれば、知性を重んじる学校もあれば、努力を重んじる生徒がいます。<br>ある学校の生徒は少なく、ある学校はマンモス校です。A校は地元の出身者が中心ですが、B校では他県の出身者が割合多く入学します。<br>これらの学校を体系的に分類し、どのような特徴があるのか、どのような社会に影響を与えているのか。などを考えていくのが二つ目の立場です。<br><br>大切なことは二つ目の立場では<br><font color="#ff2a1a">どのような宗教が最も優れているのか、あるいは危険なのか</font><br>という価値判断は致しません。<br>なぜならば宗教学は特定の宗教を信じるための学問ではないからです。<br><br>岸本英夫博士の<b><font color="#052290">『</font></b><b><font color="#052290">宗教学』</font></b>の記述を引用しますと<br><br><div align="center"><b><u><span style="font-size: 24px; "><font color="#7a0c78">宗教学は公開性を持った対象を、価値中立的な観点から取り扱う。公開性を持った対象というのは、どの研究者にとっても実証的な観察が可能な対象ということである。</font></span></u></b></div><br><div align="center"><b><u><span style="font-size: 24px; "><font color="#7a0c78">人間のいとなみとして現れた限りの宗教現象を、宗教学はその研究の対象とするのである</font></span></u></b></div><br>以上のように述べられております。<br><br><br>ですのでみなさんと特定の宗教を信じるためではなく、人間の営みとしてあらゆる宗教考えるための『宗教（人文）科学』をしばらくお付き合い頂きたいと思います。<br><br><br>宗教学を深く学ぶための参考文献<br><b><font color="#052290">『宗教学』岸本英夫著　大明堂出版</font></b><br><b><font color="#052290">『宗教学』小口偉一編　弘文堂</font></b><br><b><font color="#052290">『宗教学入門』脇本平也著　講談社学術文庫</font></b><br><b><font color="#052290">『宗教学とは何か』柳川啓一著　法蔵選書</font></b>
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<pubDate>Mon, 14 Mar 2016 23:54:38 +0900</pubDate>
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<title>宗教学のススメ</title>
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<![CDATA[ 　　　　　　　　<font color="#2c6ece">宗教</font><br><br>この２文字に対してみなさんはどのような印象を抱いているだろうか。<br><br>私もよく親から｢宗教には関わるな｣といわれたものであるが笑<br>そんな息子も親不孝なことに東京の神学科へ進んでしまったわけだが…<br><br>宗教をなかなか一言で表すことは難しい。<br>ある国では法律となり、ある国では民族となり、またある国では習俗となる。<br>近づけば遠くなり、遠ざかったと思えば近くにある。<br>見えたかと思うと見えなくなり、見えなくなったと思うと見えてくる。<br><br>宗教学をほぼ独学で行って四年近くが経つが、分からないことはまだまだ多い。<br><br>しかし、一つだけ言える事としては<br>『宗教が分からないと人間のことが分からない』<br>人間の事とは歴史であったり、現代社会の事であったり、あるいは芸術のことであったりと幅広い。<br><br>現代は物も人も自由に素早く移動できる環境になったことによって、ますます宗教に関して基本的な素地がなければ、場所によっては命を落としかねない大問題へと発展することもある。<br><br>人々の行動や生活が宗教によって支えられている国は日本も含め、ほぼ世界中の国に当てはまると言っても過言ではない。<br><br>そんな中、私たちはどのような理解をしたうえで行動を取ったら良いのか。<br>今後ますます宗教の知識が必要になってくるだろう。<br><br>と言っても宗教関連の本は多岐にわたって出版されており、正直狭義の宗教学上では全く的外れな本もあり、最初のテキストを選択することも難しい。<br><br>良いテキストも含めて当ブログでぼちぼち紹介して参りたい。<br>
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<pubDate>Sun, 13 Mar 2016 03:34:02 +0900</pubDate>
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<title>若菜のころ</title>
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<![CDATA[ <div align="center"><font color="#045591">君がため春の野に出でて若菜つむ</font></div><div align="center"><font color="#045591">わが衣手に雪は降りつつ</font></div><br><div align="right"><font color="#000000">古今和歌集　光孝天皇</font></div><br><font color="#000000">小倉百人一首にも載せられているこの和歌が昔から好きだ</font><br><br><font color="#000000">枕草子にも『七日、雪間の若菜摘み…』と以下にわたって記されている。</font><br><font color="#000000">清少納言の衣手には雪が降りかかっていたのだろうか。</font><br><br><font color="#000000">それはさておき、初めて自分の手で七草粥を作ってみた！</font><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140107/22/eadgbe10piano/41/ba/j/o0640064012807121325.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140107/22/eadgbe10piano/41/ba/j/o0640064012807121325.jpg" width="400" height="400"></a><br><br><font color="#000000">もともと正月の上の子の日に内蔵寮や内膳司から若菜が供せられ、吸い物</font>にして天皇に差し上げる儀式があった。中国から伝わった文化である。<br><font color="#000000">平安初期、嵯峨天皇の頃から始まったと考えられている。</font><br><br><font color="#000000">また正月</font>15日には主水司（もいとりのつかさ）から七草粥を献上する儀があった。　　<br><font color="#000000">これらの風習が融合して今日の七草粥として伝わっているのだ。</font><br>15日の方では小豆粥が遺風として残っている。<br><br><font color="#000000">七草の種類として地域によって異なるが『せり、すずな（かぶ）、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、なずな、すずしろ（だいこん）』が挙げられる。</font><br><font color="#000000">平安時代頃では七草は限定されていなかったようで確定するのは鎌倉時代になってからのようだ。</font><br><br><font color="#000000">七草粥を食べると一年間病気にならないとされる。</font><br><br><br><font color="#000000">ちなみに</font>15日に粥を煮た木を削って杖とし、子供のいない御婦人の腰を打つと必ず懐妊して、男の子を産むことができるという俗信が行われていた。<br><font color="#000000">枕草子を読むとこの日は宮中も無礼講であったらしく、女御同士の叩き合いや男性も巻き込んでとても楽しそうな様子が伝わってくる。</font><br><br><div align="center"><font color="#000000">日本の文化はいとをかし</font></div>
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<pubDate>Tue, 07 Jan 2014 21:01:00 +0900</pubDate>
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