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<title>eagle-13のブログ</title>
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<title>鳴門</title>
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<![CDATA[ <p>契機にあたる部分について今回は話したいと思う。</p><p>人生が変わる契機を如何に意識的に創り上げるかというもの。</p><p>悲しいことに人間だれしも同じようにそんな機会が訪れるかというとそうではない。</p><p>抑々、人生が変わってしまうような契機を望んでいる人が多いとも限らない。</p><p>建設的な人生設計を行っている、登山中の諸君にはきっと興味がない話であると僕は思う。</p><p>ただ建設的に生きるというのは、根本的にどうなんだと思える部分が多少なりとも存在するので必ずしも其方が魅力的かというとそうではない。</p><p>頭の足りないつまりは見識が狭い人間は、既存の突発的な事象を求めるが（空から人間が降ってくる。運命の人と突然出会う等）、やり方として其れは今一つだと僕は思う。幾らBETしたところで、虚しいだけだろう。</p><p>今回、鍵となるのは空間的加重にあたる部分についての話。加重だ、新たな知識が既存の知識と結びついてより大きな興奮を覚え、脳細胞が活性化するそんな体験への示唆だ。ポイントとなるのは、アナロジー（類推）とアブダクション（推定）だと私は思う。</p><p>新たな知識つまりは新たな衝動を受け取った際、其れに通ずる既存の知識があれば自ずと結びつき、加重を引き起こし新たなアブダクションを産み出し、半永久的なサイクルを可能にさせる。此処で大事なのは、より多様な図式を知っている事が重要であると私は思う。</p><p>金という概念を知らない人間に対し、金を差し出しても何も反応を示さない様に、其れまでに知っていないと"意味を為さない知識"というのが存在する。だから、より感動したければ変化を好むパーソナリティであることが重要だと私は思う。</p><p>鬱病の主症状である覚めやらぬ鬱を感じていたりする人間らは何処か、"思い込み"が激しかったりするのもそんな因子が潜んでいたりするのかもしれない。まぁ此処で気づいた人が居るのかどうかは分からないけれど、変化を好むパーソナリティを育てる為には時として社会という枠組みから超える必要があったりするので、先天的な恐怖に打ち勝てる様な人間でなければならないのかもしれない。若しくは器質的な因子も関わっているのかもしれない。</p><p>話は変わるが、変化を好むパーソナリティであることが恐らくレジリアントへの最低条件であるとも私は思う。</p><p>そんな人間多くはないが、変化を受け入れろと定言命法を用いて駒を進めるだけでも、きっとシナプスは活性化していくだろうと自分なんかは思ったりする。手術によって、自らの病気が治る様に気質など適切な処置を施せばいやでも変えられるのだ。</p><p>まぁ、他人の言葉によって意図的に変えられるのは何だか複雑な気持ちかも知れないが、元をただせば君は絶えず変化している最中なのだから、そんな当たり前を受け容れてやるだけでいいんだ。</p><p>これ以上進めばきっと後戻りはできなくなる、というヒリヒリした変化を求めている時ほど愉しい事はないからなにも恐れず自分の思うがままに舵を切るといい。此処で邪魔となるのは、他人の存在だ。</p><p>君にも経験があるのか分からないが、人間というのは初めは「一緒に走ろうね。」なんて言っているが、勝負が始まるや否や自分が不利益を被っている事を自覚すると途端に足を早めたりするものだ。言われた人間が後で思うのは、「最初はあんなこと言ってたのに・・・。」みたいな笑。言われて其れに肯定的なフィードバックをかえし、また言ってきた人物より足が遅い場合、言われたほうが必ず損する仕組みにあるんだ。まー、授業に対して価値を見出していないのなら、そんな結果もえられそうにないが。とにかく不利益を感じる事に対して、人間はかなり敏感な生き物なんだ。其れが先ほどの話にどうかかわってくるのかといえば、変化を常に求め他人の常識つまりは自分の常識を超克する人間というのは向上心の無い人間から見れば、目障りでしかないのだ。其のまま自分を否定する人間だからね。</p><p>其れに此処で大事なのは、必ずしもそうでなくとも例えば、自分は特別だと思い込んでいる人間がいたとすれば、そんな自由に変幻する他人を見て何を思うだろうか。此処で実際に行われるアクションといえば、自らの世界に取り入れてしまったり、そんな人間に対して不利益を感じさせるように無視などの否定的なフィードバックを返したり、といった具合だ。実に下らないだろう。</p><p>回避したければ持ちつ持たれつ、或いは持ちつ縋られつつが保てない関係の、他人は自らに悪影響を及ぼすかもしれないといった事を頭の隅にでも置いておくといい。構えずとも、何だかこの人からは嫌な匂いがするといった理由で素直に決別を図る方法も存在するので、まー柔軟な対応が望まれるだろうね。</p><p>そしていわんや、此処にも落とし穴があって極端に他人を拒めばパーソナリティ障害への因子にもなりうるということ。</p><p>社会に期待されるパーソナリティではなくなってしまうのだ。何故なら他人という記号に対してマイナスなイメージを孕んでいるからね。</p><p>従って、あくまで自分は自分、他人は他人と割り切ってしまうのが重要といえよう。見下すわけでもなければ、比べるわけでもなく、</p><p>自分は自由気ままに新たな自分を求めて旅をしているだけという意識に当たる。無論、他人との摩擦は時として存在するが其れも新たな知識として飲下し、また旅を続ければ良いと僕は思う。結果を求める際に、金銭にのみ価値を見出すのは一つの価値観であるから別に自分が楽しければそれでいいんじゃないって僕は思うよ。金銭ってのは求めれば手にはいる様なモノではないからね。</p><p>生活に困るほどの貧窮生活を虐げられているのなら、自分の為にもまずは稼ぐといい。</p><p>どんどん余裕がなくなり、より強迫的な思考となり、あげく自己破壊衝動なんかを孕んだりするからね。</p><p>&nbsp;</p><p>"過酷な自由"をどう生きますか。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/eagle-13/entry-12483913074.html</link>
<pubDate>Fri, 21 Jun 2019 01:09:08 +0900</pubDate>
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<title>Lust sheep</title>
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<![CDATA[ <p>最近、思う事がある。</p><p>人間は自分以外の人間に対して酷く無知であると、そう思う。</p><p>自称大人は、自分の経験してきたことを何でも他人へと投影するが、其れも亦無知極まりない。</p><p>人間という存在或いは記号に対して僕は悲観的に捉えているから、人間の知性という可能性に僕は絶えず賭している。子供の頃、あれだけ"優しい大人になりなさい"とか"他人を思いやれる大人になりなさい"って育てられたのに、どうして僕らは其の知識を冒涜するのだろう。</p><p>如何して未熟な自我の儘、奔走しまた自由を勘違いして挙句にも世界を憎むのだろう。</p><p>分からない訳ではない。また、見下しているわけでもない。</p><p>ただ、そうなってしまう事を理解したくないんだ。</p><p>もし、君が手にしている其の尺度が正しいというのなら其れを誇ってみせてくれ。</p><p>全てを受け容れていると自負する自分に酔っているだけなら、明日にはきっと醒めているだろうから警告を鳴らしておくよ。"普通に生きている"と思い込んでいるそんな普通な人間なんて個人単位では誰一人として存在してはいないんだ。集団の力に酔いしれ、また独りの弱さを知らない、そんな人間を普通と呼称しているのなら、君も集団に加わればいい。</p><p>其処で下手に育った自尊心が多少なりとも存在するのなら自分を信じて、自分なりに牙を研ぎ続けるのもまたアリだと僕は思う。</p><p>至らない自分について、自分が責めようとした時心が弱っている人間というのは必ず環境や自らの両親のせいにしたりする。こんな自分になったのは全てお前らのせいだ、初めから産んでいなければ～なんて事を延々と自らが至ってない理由とする。</p><p>そんなことを意識する暇があれば、何かできるようにしようとコツコツと積み上げる事だって出来るのが人だが、人という生き物は如何せん習慣に左右される。また、思考の鋳型が固まれば固まるほど現状を維持しようとする。それゆえ、君を支えようと手を差し伸べてくれるその優しさに気付けない。或いは気づけていても傷つけてしまう。其れが悪循環となり、また他者の心も巻き込む事によって負のスパイラルは拡大及び拡散していく。</p><p>従って、ふとした拍子で人間がスパーンと変わる事など早々ないのだ。しかし、虚しくもインパクトバイアスという名のバイアスは存在していて、そんな契機に賭してしまっていたりするのだ。</p><p>人生について諦める姿を他人に見せつけるのは、何処か救いを求めているからかもしれない。</p><p>俗に言われている"かまってちゃん"がこれに該当すると思うのだが、そんな人間に対して寄り添おうとする人間というのは決まって同じく心が弱っている人物か、性に貪欲な異性というのが実状だと自分は思ったりする。需要があれば供給もあるので、何だ案外救われてるやんなんて思うかもしれないが、人間は環境によって変化していくからね。満たされ始めると、次第にその需要がなくなってくるのだ。そして最悪の結果を迎え入れる事になる。</p><p>何故なら、自分にとっての救世主が自分を見捨てるのだ。世界に対する恨みは増すし、生きる事に対してはより悲観的となって当然だろう。</p><p>&nbsp;</p><p>だからどうすればいいかって話だけど、僕は其れを具体的に君に教えるつもりはない。自分の道を信じればいいと思うし、自分の道を好きなように疑えばいいと思うから。</p><p>&nbsp;</p><p>自由な世界を自由に生き抜く為には、平等な権利だけじゃ届かないと思うよ。</p><p>&nbsp;</p><p>厳しい表現が続いたように思うから、心悪くされた方には正直申し訳ないです。もし僕が言い得ていて、実際にそんな人が存在するんだとしたら貴方に伝えたいのは、あなたは別に間違ってなんかいません。正しいも間違いも、自由な世界に存在しちゃいないんです。自分はいてはいけない存在なんだとか、自分という存在が生理的に許せないだとか、そんなことは無いですからゆっくり丁寧にもう一度やり直しましょう。</p><p>自由過ぎる其の世界の一部分を知っている貴方は、飛ぶことを恐れるかもわかりませんが何も空だけが幸せとは限りません。大地を這うように生きる貴方もキチンと生きていますから、大地に芽吹く花の美徳に気付いてください。深海に及べば、恐らく色も音も届かないでしょうが間違いなく貴方だって生きています。何処に辿り着くのか分からないその深淵を心ゆくまで旅してください。きっと空も海も私が思うに、根の部分はそう変わりません。</p><p>&nbsp;</p><p>其れでは皆さん、「　　　　　　　　　　　」。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/eagle-13/entry-12483423507.html</link>
<pubDate>Thu, 20 Jun 2019 00:12:49 +0900</pubDate>
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<title>天海</title>
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<![CDATA[ <p>死にたい気持ちは否定されるべきではないと、僕は思う。</p><p>というのも、素直であればあるほど人が話す言葉には魅力が増すと思うからだ。</p><p>死にたいと嘆く人間、其の背景を鑑みる事は敵わないが僕は彼らを認めている。</p><p>死にたいと特別意識することがない、現在に於いてもやはり死にたくなる因子は多分にして存在しているし、其の存在を認識している。</p><p>恐らくだが、認識することがなければきっと"死にたい"という気持ちには共感さえできない事だろう。</p><p>けれどそれは、偶然にも程があるんだ。だから、皆死にたくて当然なんだ。</p><p>しかし、此処で勘違いしてはならないのは皆死にたがっているのかっていうと必ずしもそうでないという事。</p><p>君にも当てはまる様に、誰だって自分から何かを奪われるのは好きじゃない。</p><p>命を奪われる危機に瀕したらきっと、死にたいと嘆く君でさえ抵抗をすると僕は思うんだ。</p><p>だから、我こそは救世主だと皆を殺戮するような人間が現れれば其れはまごうことなき非難の対象に当たり、単なる独り善がりの殺人鬼でしかないんだ。別に僕はこんな話がしたい訳じゃないんだけどさ。</p><p>&nbsp;</p><p>まー、だから私が思うのは否定されるべき表現なんてのは一つたりとも存在しないんだ。</p><p>"此れを言ってしまえば、嫌われる"とか"この服を着れば、浮いてしまう"とか所謂空気を読むって概念はストレスを抱える根源になっているんだ。何故なら、自分に嘘をつかせることになるから。</p><p>言葉ってのは面白いもので嘘でも吐いているうち真実へと変わっていくんだ。実際に試せとは言わないけど、思ったことを素直に吐けていないとドンドン周りの色に染められていくんだ。絵師がキャンバスに叫ぶようにして描くのは、そんなストレスをぶちまけたいからかも知れない。</p><p>画面の中に夢を抱いて、遁走するのはそんなストレスを忘却したいからかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>善だ悪だとか、そんな二元論、本当の自由には存在しちゃいないんだ。</p><p>分断本能によって隔てられまた他者を比較し、自分を誇ろうとするそんな価値観、本当の自由には存在しちゃいないんだ。</p><p>自由ってのは、恐ろしくも悲しいほどに綺麗だから君がもし自由を自称するのなら華麗に飛ぶか泳ぐかしてみるといい。</p><p>&nbsp;</p><p>僕は正直な話、いつ死んだって構いやしないけれど生きている限り人生というものを諦めたくはない。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/eagle-13/entry-12482456298.html</link>
<pubDate>Tue, 18 Jun 2019 01:27:17 +0900</pubDate>
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<title>Empty</title>
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<![CDATA[ <p>どうして、強さから眼を背けたがる。</p><p>意識すれば手に入るかっていうと勿論違うが、其の侭進めば躓くと分かっていて、また教えられていて如何して君は盲進できるのだろう。</p><p>如何して、自分に他人を変えられないのだろう。</p><p>僕は自分の過去の経験又は知識から、出来る限り他人が不幸にならない様にと色々と奔走していた。</p><p>確かに友達でい続ける事こそが、一番彼らを尊重しまた実際に支えてあげられる状態であるかもしれない。</p><p>時には注意し、時には励まし、慰めながら育つ君を傍らで見てやれる、そんな関係なら確かに美徳であると自分は思う。</p><p>其れがきっとファミリーであったり、各々が属しているオピニオンに備わるべき因子であるとも自分は思う。</p><p>けれど、そんな高尚な概念が実際に存在している彼ら又は彼女らに備わっているかとなれば甚だ疑問だ。</p><p>故に幾度か、警笛を鳴らしまた必要な限りの啓発を行った。しかし、僕の説明が下手くそなのか人間に備えつけられているホメオスタシスが其れを拒むのか、結局僕の想定している最悪な事態にまで陥ってしまう事が多々あった。</p><p>コミュニケーションの目的を"暇つぶし"と考える彼らと僕は初めから、住む世界が違っていたのかもしれない。</p><p>だけど、同じ人間であるのなら"痛み"にあたる部分はきっと誰しもが経験しうる存在で其れから解放を促そうとするのはそんなに悪手な事なのだろうか。また、僕自身が自らの啓発によって既に救われていた人間を認識していないだけなのか。</p><p>分からない、が、少なくとも僕は他人が傷ついている姿を幾度も目撃してきたし、実際に体験してきた。</p><p>書店を覗いても、並々ならぬほど多様な落とし穴についての示唆が為されているのだから、君が其の侭で大丈夫という保証はどこにもないのだ。盲目な安心感程、他人を巻き込み害する素因は存在しないと僕は思う。</p><p>何故なら、"大丈夫"という言葉は自分を基準として用いられるからだ。</p><p>僕は別に完璧になってほしいと願っているわけではないが、そんなに明確すぎる欠点を抱えていて如何して放置できてしまうのだろうという部分についての話だ。其れが個性という言葉で括られる様なら別に構いやしないが、今は大丈夫でも明日になれば其れに気付いてしまうかもしれない。明日になってからじゃもう手遅れとなっているのかもしれない。</p><p>けれど、それさえも"その人の人生だから"という言葉の前には単なるお節介焼きと笑に伏されてしまう事だろう。</p><p>本当に親しい人間だけが、心配してやればいいという考えが実際に存在しているけれど、僕はそうは思わない。</p><p>老後２千万ではないけれど、必要なら初めからキチンと誰もが知っているべきだと思うんだ。</p><p>知りませんでしたじゃ、自分の人生は誰も救ってはくれないのだから。</p><p>僕だって自分の体しか動かせないし、僕の時間しか動けないから君の人生を救うのは余りに難しい。</p><p>どうして話の分からない他人に此処まで寄り添いたいかといえば、自分の場合は寄り添ってくれる人間が独りもいなかったからだ。</p><p>初めから誰かに助けなど、求めてなんかいなかったけれど実際に其の痛みを知るからきっと意識に残っているのだろう。</p><p>どうでもいいけれど、僕は皆とワイワイするだけの関係性なんか初めから求めちゃいないんだ。</p><p>弱い人間の本当の味方でありたいから、僕は其の弱さを認めない。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/eagle-13/entry-12481328770.html</link>
<pubDate>Sun, 16 Jun 2019 20:20:09 +0900</pubDate>
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