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<title>yacchiさんのブログ</title>
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<title>マジで疲れた</title>
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<![CDATA[ 結局、仕事に自分を見失ったまま、ここまで来てしまったぜ。<br><br>ちょっと立ち止まって、考えてみよう。<br><br>あまりにも、疲れたな。<br><br>くだらない奴らを相手にするには。<br><br>ちょっと、今後の方向性を考えるとするか。<br>
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<link>https://ameblo.jp/ebichantoaoi/entry-11295282967.html</link>
<pubDate>Thu, 05 Jul 2012 23:56:34 +0900</pubDate>
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<title>決めた</title>
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<![CDATA[ 明日から、また書こう。<br><br>楽しんで、書こう。<br><br>なんにも考えず、書こう。<br><br>赤裸々に、書こう。<br><br>書くこと自体が目的なのだ。
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<link>https://ameblo.jp/ebichantoaoi/entry-11185244674.html</link>
<pubDate>Wed, 07 Mar 2012 01:06:41 +0900</pubDate>
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<title>2011年振り返り(仕事編)</title>
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<![CDATA[ 【仕事編】<br>4月に入社して以来、世間巷で言われていることが現実的に存在するのはこういうことかということに多く出くわした。<br><br>まずは、会社の体質というものについて。<br><br>前にバイトとして在籍していたところは、ベンチャーということもあってかなり自由をモットーとした会社だった。<br><br>若い人が多く、事業部長レベルで35歳くらいだったから、飲み会でも気さくに話しかけてくれ、2次会では朝方まで一緒にﾀﾞｰﾂを興じるような感じだった。<br><br>仕事内容もﾊﾞｲﾄなのに結構な裁量を与えられて、毎日仕事をしているという感覚は少なかった。<br><br>そんな感じから入った今の会社は、全く違った文化を持った会社だった。<br><br>韓国系ということもあって、上下関係が激しく、役員は神のような存在で、下っ端はこれをやれという色が強い会社だった。<br><br>外資系という言葉に魅了されていた僕にとって、それはかなりショッキングな世界だった。<br><br>1年目は人にあらず、という言葉が似合う現場は、かなり現実乖離していて、ストレスがたまった。<br><br>別にすることもないのに、朝早く来ることが奨励された。<br><br>最初はそれに従ってかなり早く来ていたが、意味がないことがわかると毎日始業時間ギリギリに出社するようになった。<br><br>そうしたら、常務を始めお偉い方々にふつーに注意された。<br><br>朝早く来ないと仕事をちゃんとしていないように映るらしい。<br><br>実際にちゃんとしていないならまだしも、僕の中ではかなりいろんなことを積極的に学び、問題を解決したんじゃないかと思っているのだけれど。<br><br>この会社ではそんなことどうでもいいみたいだ。<br><br>いかに先輩が来る前に出社して、上司を敬い、新人らしい清々しさを見せることの方が大事のようだった。<br><br>それは、確実に顧客軽視にも繋がる文化だった。<br><br>顧客の都合よりも社内の論理が優先され、顧客からかかってきた電話を「会議中です」と言って平気に切るような会社だった。<br><br>夜の飲み会にも参加しないとダメな空気があった。<br><br>でも、その飲み会こそ上下関係が露骨に出てくる空間で、酒がなくなったら注文して注いで…と下っ端が楽しめるものではなかった。<br><br>僕は極力参加しない方向で乗り切った方だが、それによって注意を受けることもあった。<br><br>多くの人が役員の顔ばかり見ていて仕事をしていた。<br><br>事実をいかに好転させるかよりも、事実がいかに好転しているかのように見せることに力が注がれた。<br><br>部長は役員に、役員はその上の役員にいかに良いように映るかが大事だった。<br><br>本社と支店という関係もいびつだった。<br><br>顧客と直接接していない本社は、本社の論理で動いた。<br><br>それも会社としては世界で有数の会社だから、本社には相当のプライドがあったし、顧客を下に見るような感じがないともいえなかった。<br><br>顧客は顧客でこっちをただのベンダーのひとつとしてしか見てこないから、両者の間には大いにGapがあった。<br><br>その間にたって働く身としては、両者の妥協点を見つけてあげることが仕事だった。<br><br>けれど、それは簡単なことではなかった。<br><br>組織が大きすぎて小回りが全く効かないから、顧客の要求をそっくりそのまま満たしてあげることは不可能に近かった。<br><br>それも、赤字で経営が厳しかったから、ますます金にならないような顧客の要求には応えられなかった。<br><br>むしろ、こちらから要求するくらいの横柄さだった。<br><br>ある意味仕方ないとも言えるが、そういう態度をとっているうちに顧客からの信用はますます下がった。<br><br>そして、それに市況が追い打ちをかけた。<br><br>マーケットとして成熟を迎えていた我が産業は、昨年ピークを迎えた反動がやってきた。<br><br>そして、ますます売上が落ちて柔軟性を失っていく負のスパイラルに陥っていった。<br><br>それを受けて、本社ではかなりの血が流れることになった。<br><br>明確に、Give&amp;Take、責任と報酬の関係があった。<br><br>けれど、支店はなぜか守られた。<br><br>本来、責任を取るべく人がとらず、そのままの席に居座った。<br><br>結果、何も変わらなかった。<br><br>いつも会食ばかりで"人間的な"付き合いばかりしようとする人は部下に簡単に見抜かれていたが、体質は変わらなった。<br><br>しわ寄せは必然的に社内の雰囲気になって表れている。<br><br>誰も、本気を出して現状を変えていこうと思う人はいない。<br><br>会社という保護者に厚く守れていることが当たり前な人たちにとっては、会社は変えていくものではなくて、守っていくものだった。<br><br>そんな人たちから見て、僕みたいな"使えない奴"は非常にけむたい存在だと思う。<br><br>僕はやることは周りの助けを借りてでも、自分が代わりに怒られようと、不平不満を言いながらも確実にやってきたと自負している。<br><br>でも、そんなことこの会社にはあまり関係なくて、いかに上にどう思われるかが大事なのだ。<br><br>体育会出身の人たちにとっては、それは当たり前の世界のようだ。<br><br>けれど、それは僕が大事にしている世界とはかなり遠いものだった。<br><br>"一年目の仕事"を当たり前に思っている人と対立することもあった。<br><br><br>仕事内容について語らねばならない。<br><br>仕事はほとんど事務的なものだった。<br><br>そのため、社内のシステムをいかに上手く使えるか、に時間がそそがれた。<br><br>けど、僕なんかは結構顧客のもとへ行かせてもらえた。<br><br>毎週、技術系の人と一緒にミーティングに行った。<br><br>そのおかげで、技術的なことも少しずつだが勉強することができた。<br><br>その点は、他の同期と比べても幸運なことだった。<br><br>仕事はまずは全体像を掴むことが大事だ。<br><br>その意味で、自分たちのビジネスモデルをきちんと理解することが何よりも大事だ。<br><br>ビジネスモデルと組織との関連も理解が必要だ。<br><br>そういったことを毎日少しずつ学んで自分なりに体系化していった。<br><br>｢1年目の教科書｣という感じで、自分なりにマニュアルも作ってみた。<br><br>大体が誰でもできる事務作業だから、そんなものはマニュアル化してしまった方が今後のためになるからだ。<br><br>一方で、情報の整理整頓には苦しんだ。<br><br>起きるのが遅かったせいで、仕事中の空いてる間に新聞のスクラップとかを読むしかなかった。<br><br>そのせいで、きちんと情報を体系化することには弱かったと反省せざるを得ない。<br><br>だから、会社でも情報を持っている人には結構食らいついて教えてもらった。<br><br>そういう人達の情報には非常に価値があったし、自分の情報収集術にも勉強になった。<br><br>なによりも、顧客が成長を促してくれた。<br><br>言われなければ調べないようなことも、顧客からの依頼によってやらざるをえない状況になったことで、勉強する機会に恵まれた。<br><br>それは、ある意味、幸運なことだった。<br><br>総括すると、実務者として事務的な作業が大半を占めたことは事実だが、空いた時間にそれ以外の部分、今後にも繋がるようなところにリソースをいかに注げるかが成長のカギだと気付いた。<br><br>けれど、それは相当困難なことだった。<br><br>疲れている中で少しでも背伸びをするには気力と体力、モチベーションが必要だった。<br><br>だんだんと、自分がそういうところを疎かにしてしまった反省はある。<br><br><br>何のために仕事をしているのかというのは、常に問わねばならない。<br><br>最初はやりがいだとか何かを変えたいだとか、大それた野望をえがいているのだが、いつの間にかそんな気持ちはなくなり、ただ単に働くことが目的化していく。<br><br>そうなった時、その人はただの会社の駒であって、自らを"社畜"に追いやってしまうだろう。<br><br>だから、常に自分を見つめなおさねばならない。<br><br>僕の場合、今は完全に理想とはかけ離れたところにいる。<br><br>けど、現状への慣れが変わりたい気持ちを逓減してしまう。<br><br>週に5日働けば、週末に楽しいことがあって、その繰り返しで少しばかり満足を覚えるようになってしまう。<br><br>だからこそ、強い意志が必要になのだ。<br><br>僕は今年のままではいられない。いてはいけないと思っている。<br><br>だから、人になんと言われようが、来年は確実に自らを変えていきたいと思う。<br><br>それはもちろん、場所も時間も変える＝時空を変えるということだ。<br><br>僕がいまの会社に入って働きだして思ったこと、気づいたことはこれからも大切にしていきたい。<br><br>そして、何かに対する不満は、それを変えようと努力するよりも、自分が変わった方が早いことがある。<br><br>いまはそんな感じだ。<br><br>というわけで、今年の反省も抱きつつ、来年は更なる飛躍の年にしたい。<br><br>仕事にやりがいを持っていきたいと思う。<br><br>以上。<br>
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<pubDate>Sat, 31 Dec 2011 23:58:44 +0900</pubDate>
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<title>2011年振り返り(プライベート編)</title>
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<![CDATA[ 今年を振り返ってみる。<br><br>このブログ自体、9月の沖縄旅行以来、全く更新してなくて長らく休業状態になっていた。<br><br>プライベートが楽しすぎて、仕事が疎かになってしまっていたことの表れかもしれない。<br><br>それくらい、今年は楽しいことが多かった。<br><br>もちろん仕事以外。<br><br>仕事面での2011とプライベートの2011は全く違った面を見せていた。<br><br>どちらも学ぶところというか、思うところが多かったから、それらをひとつの文章にまとめるのは少し難しい。<br><br>だから、ふたつを分けて感じたまま文章にしてみたいと思う。<br><br>【プライベート編】<br>今年はまさに｢出会いの年｣だった。まさに。<br><br>本当にいろいろな人に出会った。<br><br>かなりこの一年で世界が広がったと思う。<br><br>2月の中東～ヨーロッパ旅行のときからその傾向はあった。<br><br>行く場所行く場所で日本人と出会い仲良くなり、今でも連絡を取り合える奴もいる。<br><br>一人旅をしているとは思えないくらい毎日が楽しく、充実した1カ月旅行だった。<br><br>そんなかんなで4月に今の会社に入社し、そこでも多くの人と出会うことができた。<br><br>いろんな世代のいろんな"人種"がいて、それはそれで楽しかった。<br><br>社会人になってから、いわゆる合コンをやる機会も多くなり、その度に多くの女性と仲良くもなった。<br><br>それぞれが別々の人生を背負って来ているから、話していて面白いし飽きることはなかった。<br><br>俗にいう彼女という存在はできなかったが、それでも、彼女なんていらないんじゃないかと思えるほど、日々充実していた。<br><br>そして、転機は前も中途半端に書きつづった沖縄旅行だろう。<br><br>那覇にいる友達を訪れることが契機となって、那覇や与論島、宮古島など、前から行きたかったところを巡り、その地その地でまた仲間が増え、今でもバカ言い合える友達ができた。<br><br>たった1週間ほどの旅だったのだが、楽しすぎて沖縄から離れるのが嫌になったくらいだった。<br><br>沖縄には、そのように、人と人を出会わせる不思議な力があるのではないかと思う。<br><br>沖縄にはまってしまって、毎月沖縄に行こうとか息巻いていたが、結局9月以来行けずじまいだった。<br><br>でも、そのとき以来、もうラッシュで人との出会いが続いた。<br><br>沖縄仲間に教えてもらった渋谷のとある店に行き始めてから、そこで出会う男女と楽しい時間を過ごせることができた。<br><br>人生やっぱり全力で楽しまないといけないということを、改めて思い知った。<br><br>もうひとつの転機は、夏のキャンプだったと思う。<br><br>友達が友達を誘い一同に会したキャンプだったのだが、それこそモデルの人やカメラマンの卵など、今まで自分が出会ったことのない"人種"の人が沢山いて、今までになく興奮した。<br><br>そこで出会った人に誘われた飲み会では、芸能関係の人とも会う機会ができて、田舎から出てきたミーハーな俺にとっては、楽しすぎる時間だった。<br><br>その人経由で知り合った人が六本木でBarを経営していて、俺みたいな奴を快く受け入れてくれたおかげで、会社帰りに一人で寄れる居場所ができた。<br><br>キャンプ仲間とは定期的に土派手な飲み会を開くようになり、その度にまた違った人たちと出会うことができた。<br><br>また、友達がとある芸人さんと知り合いになったお陰で、その芸人さんに俺もお世話になることがあり、そのおかげで芸能系の全く別の世界も垣間見ることができた。<br><br>ふつーに暮らしていたら絶対にできないような体験を沢山出来た。<br><br>今でもちょくちょくその方の主催するイベントに呼んで頂き、その度に新たな刺激を得ることができた。<br><br>こんな感じで、今年はかなりの金を遣うことにもなったが、それにペイして余りあるほど多くのかけがえのない人脈ができた。<br><br>Facebookが日本にもかなり浸透してくれたおかげで、たった一度の出会いでも可視化することができるようにもなり、関係が継続することにもなった。<br><br>色んなことが上手い具合に絡み合って、今年一年はまさに｢出会いの年｣になった。<br><br>面白いとか楽しいとかいう言葉でしか表現しきれない自分の語彙のなさにガッカリするけど、ほんとそれくらい人との出会いがなによりも大きく人生を変えることを知った。<br><br>出会った皆さんに感謝したい。<br><br>こんな俺と出会い言葉を交わし笑いあえた皆さんは本当にかけがえのない人たちだ。<br><br>そんな感じで、今年を締めくくることとなる。<br><br>占いによると、来年はますます人との出会いが多くなる年になるようだ。<br><br>それは、芸人さんの言葉じゃないけど、｢出会い｣というカードを引いてしまったのかもしれない。<br><br>人には｢才能｣や｢努力｣、｢感性｣など、いろいろな能力があるけれど、｢出会う｣力というのも存在すると思う。<br><br>家にいるだけではできないような体験は、かならず人との出会いから生まれるんだと思う。<br><br>そして、｢出会う｣力は必然的に行動力が伴う。<br><br>ﾌｯﾄﾜｰｸを軽く、人からの誘いには極力参加することが大事だと思う。<br><br>その意味で、今年は生活(起床時間など)も昔と比べたかなり改善したので、行動力もいつにも増して伴ったのかもしれない。<br><br>いずれにせよ、来年もこの強運というか、いい流れをベースに飛ばしていきたいと思う。<br><br>健康にだけは気をつけたい。<br><br>以上。
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<pubDate>Sat, 31 Dec 2011 22:14:02 +0900</pubDate>
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<title>沖縄その4</title>
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<![CDATA[ 【4日目】<br><br>前日ずっと行動を共にした女の子を港に送った。<br><br>そして、俺はビレッジへ。<br><br>この日はアイスカフェラテに加えてグリーンカレーも食べてみた。<br><br>ピリ辛だったがめちゃめちゃうまかった。<br><br>ますますゆみさんが小林聡美に見えてきた。<br><br>それから、祭りのときに仲良くなった別の女の子を迎えにいった。<br><br>その子は熊本から一人旅で来ている子で、朝、港にいく途中で頑張ってチャリを漕いでいるところを目撃して再会し、どうせならということで二人で車で回ることにした。<br><br>前日車で一通り回っていたから、島のことはある程度わかってきて運転もスムーズに。<br><br>まずは百合が浜に連れてってあげて俺はそこで日光浴。<br><br>まさかのキョウヘイさんらに遭遇。<br><br>そして、相変わらず土産を売るパーパのところに行きお茶を飲み下ネタを浴びる。<br><br>昨日の子とはちゃんとやったのか、今日の子をちゃんと大事にしろ等"助言"を頂く。<br><br>パーパに別れを告げ、僕らはビレッジへ鶏飯を食いに行く。<br><br>ゆうても僕は食べちゃってたから、相方が食べるのを眺めていたのだが、前日食べた鶏飯とは違って最初からご飯の上に盛り付けられている感じではなく、自分で好きなだけおかずを載せて食べる品の良いスタイルだった。<br><br>まぁその子が食べれなかった分を少し食べてみたけど前日のより美味かった。<br><br>腹も満たしたところで、一路、相方の希望で与論駅を見に行った。<br><br>もちろん与論に鉄道は通っていないから駅はあるはずないのだが、砂地の道を抜けていくと海岸沿いに与論駅と書いたモニュメントみたいなものがあった。<br><br>オーナーの話によると、昔貨物を運ぶ際に目印にしたものの再現だったかな、そんなことを言っていたように思う。<br><br>けど、なんかそういうのってオシャレだよね。<br><br>それから、｢めがね｣の舞台にもなった寺崎海岸に向かった。<br><br>なんの変哲もないふつーの海岸だったが、二人とも映画を観ていたのでミーハー心が刺激されて少しだけ嬉しかった。<br><br>観光とかあんまするつもりなかったんだけど、結果としてがっつり観光した形になってしまった。<br><br>ま、いーや。<br><br>そのあとは、パン屋でパンを買ってプリシアっていうリゾートホテルのそばにあるサンセットビーチに行ってパンをかじりながら夕日を眺めた。<br><br>完全にデートみたいな形にｗｗ<br><br>結構夕日をみにきてるカップルもあった(もちろん、プリシアの方に…)。<br><br>僕らはカップルでもなんでもなかったけれど、砂浜に腰をおろしてじっくり眺めた。<br><br>他にすることもなかったから。<br><br>眺め終わると、することもなく、キョウヘイさんと連絡をとって会いに行くことに。<br><br>拾ったら拾ったでもう結構出来上がっていて、とりあえず花火を買いに行こうとスーパーへ。<br><br>ちょうどいいやつを探し求めたあと、さぁ海岸へと思った矢先、たっくんとかと合流でき居酒屋へ。<br><br>そこからは与論拳法の世界。<br><br>与論拳法とは、親となる人がまずグラスに焼酎を注ぎ、自己紹介をしてからそれを飲む、そして、次の人に同じくらいの量注いで渡し、渡された人は同じように自己紹介をしてそれを飲む、ということをその場にいる人みんなでやっていく伝統の飲み方だ。<br><br>一周したら親が替わり、また同様に進んでいく。<br><br>それも焼酎ストレートでいったりするから完全にべろ酔いになっちゃうんだよね。。<br><br>けど、初めて会う人とかに対しても与論拳法で仲良くなることができる。<br><br>そうやって人と人の輪を広げていく文化なのだ。<br><br>いや～いいっすねー。<br><br>というわけで、その飲み会のせいで約2名つぶれｗ、そのあとは強風に煽られながら3人で花火。<br><br>なんの感慨もなく終わると、気づいたら泥酔した二人の内のひとりが行方不明になり、いない間はその人が昔バイトしていたバーで飲むことに(うん、このへんよくわかんないパターンｗ)。<br><br>ゆうても時間も遅かったので(0時過ぎ)、俺は一杯だけ飲んでおいとました。<br><br>そんなかんだで、この日も島を堪能して一日が終わったのだった。<br><br>※以上、初めて？旅した日のことを時間を追って書いてみました。が、やっぱコレきついｗ　長くなっちゃうし、ためちゃいますね。つーわけで、やっぱ次からは気づいたこととか考察的なことをメインにしたいなーと思ってます。<br><br>以上
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<link>https://ameblo.jp/ebichantoaoi/entry-11020772458.html</link>
<pubDate>Sat, 17 Sep 2011 18:50:49 +0900</pubDate>
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<title>沖縄その3</title>
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<![CDATA[ 【3日目】<br><br>朝6時に起床。<br><br>準備整えて友達に別れを告げ出発。<br><br>マンションの前でタクシーを拾い港へ。<br><br>本当にこんな朝早くに船が出るのか半信半疑で眠たい目をこすりながらフェリー乗り場へ。<br><br>ふつーにやっていて、与論行き朝7時の便のチケット購入。往復で7500円ほど。<br><br>船内は雑魚寝と思いきや、布団が沢山敷かれて寝れるようになっていてかなり快適な空間に。<br><br>それも与論行きの人は比較的少なく、かなりスペースを優雅に使うことができた。<br><br>最初、めっちゃ寝れるかもと思っていたが、まさかの子連れ客が参戦。<br><br>そこからは子供たちの喧噪の場へ。<br><br>けれど、そのときキレなくてよかったわけが後ほどわかることに。<br><br>うるさい中でもなんだかんだゆって爆睡し、起きたら11時半ころに。<br><br>12時くらいに着くと聞いていたから、そろそろかと起きてデッキに出てみる。<br><br>すると、真っ青な海の先に島が。<br><br>着いたんだなぁと感慨深げに眺めていると、さっきの子供のうちのひとりと男性がひとり。<br><br>男性と目が合うと、向こうから話しかけてくれた。<br><br>なんとも、与論の友達一家の誘いで来ているらしく、連れている子供も友達の息子だそうだ。<br><br>そして、その日はなんと与論の十五夜祭りの日で、450周年記念の日だったそうだ。<br><br>旅運を存分に発揮してしまった…最高…との思い馳せる。<br><br>それも、その友達というのは祭りがある神社の神主一家の息子らしく、夜盛大な飲み会があるから来たらと誘われてしまった。<br><br>なんという運の良さ^^<br><br>その場で番号を交換し別れた。<br><br>島に到着し、荷物をまとめて外へ出た。<br><br>意外に降りる人が多かったことに気づく。<br><br>今回、ガイドブックもなにもなしに来てしまった自分。<br><br>この港が島のどんな位置にあるのかも知らずに降り立ったのだが、そこにまた幸運が。<br><br>なんと、ちょうど泊まろうかなーと思っていた「ドミトリーハウス海」の人らしき人が看板を持ってたっていたのだ。<br><br>その方はオーナーだったらしく、今日泊まりたい旨話してみると即OKだった。<br><br>なんという偶然…と思っていたらひとり女性が現る。<br><br>その人が「海」を予約していたらしく、オーナーはその人を迎えに来ていたのだった。<br><br>幸運が重なり、与論は最高のスタートを切る。<br><br>ちょっと周りを紹介してもらいながら宿へ。<br><br>完全なるドミトリーという感じで、宿内にはトイレと寝床くらいしかなかった。<br><br>けれど、パッカーにはそれだけで十分だ。<br><br>風呂は少し離れたところいあるのだが、お湯も出るし、1泊1500円なら全然良い。<br><br>ついて早速、その女の子と足を探した。<br><br>最初は原チャでも借りようかなと思っていたが、二人だし車の方が安上がりだということになりレンタカー探しに。<br><br>それが数軒回っても、なぜかその日はすべて車が出てしまっているとのこと。<br><br>その子が持っていたガイドブックにレンタカー屋さんの名前が載っていたから、試しに片っ端からかけてみようということになり、かけ出したら一件目でつかまった。<br><br>それも、いた場所からかなり近く、歩いて探索へ。<br><br>すると、そこは島内で最大のお土産屋さんで、レンタカー屋もやっているということだった。<br><br>赤の軽自動車が24h5000円保険込み。<br><br>これで、準備は整った。さぁ、でかけよう。<br><br><br><br>そこからはいろいろと回った。<br><br>まずは、百合が浜。<br><br>なんと、潮が引く大潮の日しか見れないらしい。<br><br>そんなレアなことも知らなかったが、その日はたまたま大潮の日ということで見れることに。<br><br>やはりついてる。。。<br><br>つーことで、ボートにのっけてもらって百合が浜独占。<br><br>大海原にぽつっと現れている砂浜。<br><br>そこで星の砂を自分の歳の数だけ集めると良いことがあるらしい、ってことを後日聞くｗ<br><br>※これ以降は9/15執筆<br><br>考えてみれば神秘的ね。<br><br>砂が星の形になってることもそうだし、干潮になると忽然と現れる砂浜もそうだし。<br><br>夢があるなーって。<br><br>百合が浜で結婚式を挙げる人も多く、現に次の日挙げている人がいたようだ。<br><br>幸せだなあ。<br><br>でも、こういうのがあるから島にも仕事が生まれるんだろうね。<br><br>ってことで百合が浜終わり！<br><br>と思いきや、帰りにお土産売ってるおばちゃんにうまいこと誘いこまれ、ヨモギ餅にお茶にってごちそうされてキーホルダーみたいなのを買わされたｗ<br><br>そのパーパ(島ではおばあちゃんのことをこう呼ぶらしい)は下ネタが大好きで、ずっと俺らふたりに今夜はがんばれって言ってきた。<br><br>元気なパーパだった。<br><br>パーパたちは毎日お茶とか品物とか一式を車で運んで百合が浜に来て、店を並べてお客さんが来るのを待っている。<br><br>はたからみると、結構<br><br>そのあとはぶらーっと島をぐるぐるドライブ。<br><br>途中、「蒼い珊瑚礁」ってとこで昼食をとったんだけど、食べたのは鶏飯(けいはん)ともずくそば。<br><br>どちらも島の名物らしい。<br><br>聞いたことない名前で、島に来るまで知らなかったんだけど、両方とも島では普通に食されていた。<br><br>鶏飯は鶏肉やらしいたけやらいろんなものをご飯の上に載せてダシを入れて食べるお茶漬けのようなもの。<br><br>結構ダシが濃くて若干しょっぱい。<br><br>もずくそばはその名の通り、そばにもずくが入ってるだけ。<br><br>まぁ両方とびきり美味いってもんじゃなかったけど、そういう島ならではのものを食えるのはいいよね。<br><br>腹ごしらえをした後は、鶏飯がオイシイと言われる｢ビレッジ｣へうんこ休憩にｗ<br><br>想像していたビレッジは、なんか道の駅みたいな感じだったけど、実際のビレッジはオシャレなホテル兼ペンションだった。<br><br>映画｢めがね｣の撮影場所としても使われたところで、撮影当時のセット？も再現されていた。<br><br>そこに、テラスがあるカフェみたいなのがあるんだが、その空間に虜になってしまった。<br><br>緑が周りを包み込み、風がきて気持いいこともさることながら、センスのいい音楽と｢ビレッジ｣の美人若女将・ゆみさんが店をやっていてかなり癒し系。<br><br>小林聡美がいるかのようで、自分が映画「かもめ食堂」で常連客となった外国人のように感じてしまった。<br><br>おいしいアイスカフェラテを飲みながらぼーっとし、ゆみさんが買い出しから帰ってくるのを待ってから店をでた。<br><br>そして、今回のサプライズメイン、島の十五夜祭りへ。<br><br>18時半ころに着いたから、祭り的には終盤だったのだが、町内の運動会のように神社周りにテントを立ててブルーシートの上で昼からみんな有泉を飲んでいた。<br><br>そして、島内の人が班か何かで分かれていて、それぞれから出し物？のようなものがなされていた。<br><br>それを横目に、僕らは夕焼けを眺めた。<br><br>当の神社は島で一番高い所にあるため、そこから見る夕日が一番キレイなんだとか。<br><br>残念ながら、雲に隠れて海に沈むところは見れなかったのだが、いい雰囲気だった。<br><br>祭りの方は終盤の終盤に入り、最後は皆でなぜか綱引きが始まった。<br><br>意味がわかんなかったけど、とりあえず参加してみると、スタートした途端に縄が切れた。<br><br>するとそこから、皆が縄をどんどんちぎり始め、その縄で周りの人の頭を叩き始めた。<br><br>何事かと思ったが、その縄で頭を叩いてあげることは相手に幸せをもたらすという言い伝えがあるらしい。<br><br>だから、幸せになれよという意味で叩くのだった。<br><br>というわけで、そこからはもう叩きまくりの戦場と化した。<br><br>老若男女関係なく叩きまくる凄まじい光景だったが、かなり楽しかった。<br><br>でも、そもせいでグラサンなくして結構焦ったのだが…。<br><br>祭りの後は、たっくんの家に移動した。<br><br>そこで、近隣住民親戚一同が集合して宴会が行われたのだ。<br><br>もうみんな有泉片手に語りまくり、途中からは地元の若衆が唄を披露し、おっちゃんが三味線弾きながら歌ったりと、島文化を堪能できる楽しい会だった。<br><br>親戚同士の交流も密で、実家にいるみたいな感じだった。<br><br>島に残った者と、島から出ていった者、そして島に訪れた者が一同に会すという、なんとも幸せな時間を過ごすことができた。
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<link>https://ameblo.jp/ebichantoaoi/entry-11020771639.html</link>
<pubDate>Sat, 17 Sep 2011 18:48:55 +0900</pubDate>
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<title>沖縄その2</title>
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<![CDATA[ 【2日目】<br><br>朝6時過ぎに寝て12時過ぎに起きる。<br><br>うん、東京と全く同じｗ<br><br>それから今後の旅計画をちょっと考えて昼飯を食いに外出14時過ぎ。<br><br>北谷へ向かう。<br><br>途中焼肉の店に立ち寄るも満席でランチタイム終了。<br><br>仕方なく進んでると、チャタン食堂なるうまそうな響きの店がｗ<br><br>まぁなんでもない普通の定食屋だったけど、有名人が多数訪れているらしく色紙が沢山はってあった。<br><br>そこでようやくゴーヤーチャンプルーを食らう。<br><br>そこは目の前が海になっていて、ちょっと覗いてみたのだが、ここは日本かって疑うくらいのんびりした空間で心地良かった。<br><br>そこで気付いたというか教えてもらったのだが、沖縄の人は海にBBQがつきものだそうだ。<br><br>ビーチにはBBQ場が併設されていて、島人たちが肉を食らっている。<br><br>最高な光景だ。<br><br>次来た時はそんな感じで大勢で肉を食らいたいもんだ。<br><br>そんな海をよそ見に、友達が目的の海へ移動。<br><br>そこから全然遠くないビーチでそれほど大きくもないのだが、それなりににぎわっている。<br><br>シーズンをちょっと過ぎたからか水着ギャルを沢山拝むことはできなかったのは残念だったが、日当たりがよく日光浴には最適の場所だった。<br><br>そこで早速かき氷を食べたのだが、高さ70cmもあるとてつもないかき氷で、氷のキメも細かく、今までで食った中で一番かもと思うようなものだった。<br><br>そして、海には一切入らず、ぼーっと日光浴。<br><br>時間も忘れてゆった～り過ごした。<br><br>17時を回ったらへんで、前日に会った女の子二人と連絡をとり合流することに。<br><br>つーか、向こうも北谷にいたから北谷行ったんだけどねｗ　ちゃれー<br><br>二人を拾い、友達お薦めの店へドライブ。<br><br>そこは、ほんと波打ち際の間際に建っているバーみたいなところでかなり粋な感じ。<br><br>そのときのマスターはアメリカ人らしき人がやっていて基本無口だが、日本語ちょっとはわかる模様。<br><br>注文しようかと思っていると、その人ではなく、常連さんらしきカウンターに座っていた人がまさかの注文を取りに来てくれた。<br><br>それも親切にいろいろ教えてくれてかなりいい人。<br><br>ほんと沖縄は良い人が多い。<br><br>その人のお陰で、オリオンビールやらピザやらタコライスやらを堪能することができた。<br><br>酒を飲めなかった友達のために、場所を女の子のホテル？つーかボロいアパート的建物へ移動。<br><br>ゆうても、向こうはダイビングの講習で疲れていて1時間くらい泡盛飲んだりしておいとました。<br><br>結局、友達はノンアルコールビールで我慢して運転。<br><br>そして、昨日の花園へ再び向かおうとしたのだが、もう時間はすでに0時。<br><br>やっているお店も少なく、その日は諦めてラーメンを食いに。<br><br>「さくら」とかいうかなりオシャンティーな感じの店に行った。<br><br>廃屋ぽいところを改装しているところで玄関も一見わからないデザイン。<br><br>本当はつけ麺がお薦めらしいのだが、その時は汁ものが食いたい気分でラーメンを食べた。<br><br>太麺で濃いスープとよく絡んでうまかった。<br><br>そんな感じで沖縄二日目は何事もなく平和に終了した。<br><br>そして、いよいよ次の日、与論に向かうことになる。<br>
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<link>https://ameblo.jp/ebichantoaoi/entry-11020770249.html</link>
<pubDate>Sat, 17 Sep 2011 18:48:08 +0900</pubDate>
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<title>沖縄その1</title>
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<![CDATA[ 来ました<br><br>ついに、来ました<br><br>夏休みが！！！！！<br><br>てゆうても、あんまそういう気分でもなかったんですがね。、<br><br>忙しくて、なんとなく、精神的にｗ<br><br>会社にも慣れて月末忙殺？されて一息ついてぼーっとしてて。<br><br>そんな中での休み投入ってなっても実感わかないもんです。。<br><br>けど、いまはかなり充実っつーか、休み満喫してる感あります。<br><br>ていうのは、いまコレ、鹿児島は与論島にある与論ビレッジってとこで書いてるんです。<br><br>大学入学前、『東京エイティーズ』を読んだ時からずっと行きたかった与論島。<br><br>社会人になってついに達成しました。<br><br>今回は那覇得御経由しーの、フェリーにて与論へ。<br><br>ちょっと今回、ネット環境悪くて今まで書けなかったので、ちょっと振り返りながら書きたいと思います。<br><br>【1日目】<br><br>東京は快晴。<br><br>それも、久々の猛暑。<br><br>こんな中、沖縄に行っていいのかと思いつつ羽田へ。<br><br>とここまで一気に出発まで来てしまったが、その前の準備段階でかなりのバタバタぶりが…。<br><br>前日金曜を友達とまさかの中目黒オールでカラオケに興じてしまった出発初日。<br><br>12時頃に起き、準備しだして驚愕。<br><br>バックパックをお姉に貸してたことを思い出す。。<br><br>そのオネエはまさかのマレーシアへ友達の結婚式にいっているという始末。<br><br>仕方なく、でかいキャリーバックに荷物を詰め始める。<br><br>途中、腹が減り、昼飯がてら洗濯物を一式持ってクリーニング屋に行き、帰りに安土で久々につけそばを食らう。<br><br>それがまた上手いんだなぁ…とか思うのもつかの間、準備しないとと思って帰る。<br><br>15時55分のフライトだから14時くらいに出ればいいやと思ってたが、案の定準備に時間がかかり14時20分過ぎに家を出る。<br><br>まぁ余裕かましていたわけだが、電車内で羽田への到着時刻を見ると、まさかの15時半着。。<br><br>あれ、羽田ってこんなに遠かったっけ。。って思いながら若干焦り出す。<br><br>念のため空港に電話したら、荷物預ける場合は25分前がリミットですと言われ、完全ギリギリやんと思いつつも、スカイマークは2階の一番奥なんです、と追い打ちをかけられる始末。<br><br>わかりました、がんばって走ります、と言い残して電話を切る。<br><br>で、空港着いて猛ダッシュ。<br><br>こんなときにキャリーバックはローラーがついているから楽。<br><br>軽快に走って着くと、飛行機10分遅延のため、チェックインもその分伸びて余裕のチェックイン。<br><br>ラッキー極まりなく、それも荷物もなんと無料ラインギリギリの15kg。<br><br>ここらへんから、やはり我ながらの旅運の良さを感じ始める。<br><br>無事乗れて、機内では爆睡。<br><br>予定より15分ほど早く着いて18時半には那覇空港着。<br><br>そして、某放送局沖縄支部に勤めるまちゃきが迎えにくる。<br><br>こっちに住み始めて約半年。<br><br>2DKに住み新車を乗り回すノリノリの野郎に連れられて沖縄満喫ツアー開始。<br><br>そいつの家は市街地にも近く、歩いても20分ほど。<br><br>だべりながらゆっくり国際通りに行き、まちゃき行きつけの居酒屋ロードへ。<br><br>国際通りから一本中へ入ったとこなのだが、粋な店が多くいい感じだ。<br><br>その中の一軒に入るも満席気味で断念し、心機一転、全然雰囲気が違う地下の店へ。<br><br>アフロバーみたいな名前のところで、店員はみんなノリが良いアフロ。<br><br>3時間2000円でグラスもキンキンに冷えたオリオンビールやテキーラショットなども飲めて2000円という安さ。<br><br>で、料理も趣向を凝らしたメニューが並んで、めちゃうまい。<br><br>お客さんも若い子が多く、女の子同士で来る客がそれまた多い。<br><br>俺ら二人はカウンターで飲んでいたのだが、たまたま隣で飲んでいた女の子二人組と仲良くなり、それから4人で飲みまくり。<br><br>二人とはなんと大学が一緒で、大学トークやらなんやらで話は盛り上がった。<br><br>店員がやたらテキーラショットを押してきたせいでテキーラ飲みまくり、酔いが完全に回ったところで最後に6個中4つにカラシが入ってるたこやきで撃沈。<br><br>気持ち悪さMAXとなって店を出た。<br><br>この例だけを見てもわかるが、沖縄って地元民と外から来た人が常に融合していて面白い。<br><br>誰が来ても「めんそ～れ」「なんくるないさ」精神があってあったかい。<br><br>向こうの人からすると外の人はわかるみたいで、こっちが「どこからの来たの？」と聞くと「沖縄」っていう答えが返ってくることもしばしばある。<br><br>こっちとしてはそれを分かった上で聞いてるんだけど、向こうからするとそうでもないみたいだね。<br><br>そのノリがいつもとは違ってて面白かった。<br><br>※これ以降は9/14執筆<br><br>そんな感じで初日から飲みまくり、泥酔状態で店を出た。<br><br>そして、ここからは大人の空間へ。<br><br>内容はともかく、沖縄満喫という感じでFinish.<br><br>とはならず、ここからが男の時間です。<br><br>那覇で一番？というクラブへGOしたわけです。<br><br>まさにやってることは東京と大差ありませんねｗ<br><br>さっきの「どこから来たの？」ってな会話もそこで繰り広げられたものなんです、実は。<br><br>東京にいたらまずそんなトークから始めたりはしませんがｗ<br><br>でも、東京と違ってこちらの話にきちんと耳を傾けてくれたことは嬉しかったっすｗｗ<br><br>"内地"の人ってなんか特別な印象があるんですかね、わかりませんけど。<br><br>でも、そう考えると沖縄ってすごいとこですよね。<br><br>日本本島からは離れていて独自の文化が育ち、アメリカに支配されていまだに米軍が駐在し、年から年中外から来る人と地元の人とアメリカ人が同居する。<br><br>彼らにとっては文化の混在なんて日常茶飯事なんですよね。<br><br>いま移民制度がどうこう話がありますけど、沖縄ってずっと前から日本固有の文化と異文化が交流してきたわけで、ある意味"先輩"なわけで、文化交流的な話を先導してほしい県だなぁって思いました。<br><br>そんなわけで、沖縄第1日目は朝帰りでスタートしたのでありました。<br>
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<link>https://ameblo.jp/ebichantoaoi/entry-11020769564.html</link>
<pubDate>Sat, 17 Sep 2011 18:46:53 +0900</pubDate>
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<title>プロアクティブに動く</title>
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<![CDATA[ また10日間ほど空けてしまった。<br><br>別に忙しいわけではなかったんだけど、なんとなく書くことから逃げていたのかもしれない。<br><br>つーか、それよりも、金土に加えて平日にも飲む機会が多くなり、ブログを書く前に寝てしまうケースが多発していることも原因のひとつだ。<br><br>8月くらいから高田馬場水曜の会(ジョギングの会から改称)が結構アクティブになってきていて、だんだん輪も広がってきている。<br><br>サークルのメンバーに加えて、最近知り合った"馬場友"がひとりふたりと加わってきて、なんだか面白くなってきている。<br><br>馬場という共通点で繋がっている不思議なメンバーだが、こういうのも良いもんだ。<br><br>8月に入ってから、キャンプといいコレといい新しい友達との出会いが増えている。<br><br>いい傾向だ。<br><br>いろんな世界のいろんな個性をもった人たちと触れ合えてなかなか充実している毎日だ。<br><br>会社員だからって平日は会社と家の往復で終わっていてはダメだ、というのは、今改めて痛感するところである。<br><br>日々、新しいことを求めていかないとあかんなーと強く思う今日このころだ。<br><br>来週末からは沖縄に行くから、この調子でどんどんアプローチを仕掛けていきたい。<br><br>★<br><br>OJTがいなくなってから早2週間が経ち、新しい上司を加えた体制も徐々に形になってきた。<br><br>相変わらず僕と先輩二人への負担は変わらないが、下のメンバーだけでもチームとしての結束が強くなってきていて若干仕事が面白い。<br><br>自分の仕事だけでなく、他の人がやっている仕事にも少し目を向けてやってみることでお互いの助け合いの精神が芽生えて仕事がやりやすくなるし勉強になる。<br><br>先月末はひとり減ってからの初めての月末業務だったから、毎日が挑戦だったし、そこをうまいこと計画的に切り抜けられたのは少し自信にも繋がった。<br><br>思えば、4月末に配属されてちょうど4カ月経ったわけで、もうそろそろ業務も一通り覚えて戦力になっていかないといけない時期に差し掛かったわけで、日々"責任"という文字もちらつくようになってきた。<br><br>僕としても、なんとか自分なりのやり方で愚直に突き進んでる感じで決してスマートではないんだが、泥臭くても点を取りに行くスタイルが自分らしいやり方なのかもしれない。<br><br>そんな僕が業務をやるにあたって大事にしていることは、<strong>何事も先手先手で手を打っておく</strong>ことだ。<br><br>どういうことかというと、現在あるプロジェクトが動いているとして、そこから予想されるのちのちの展開をある程度読んで先に手を打っておくことだ。<br><br>納期が問題になりそうなら、本社の生産を司っている部署に前もってメールや電話で知らせて準備をしていてもらうし、お客様の話から重要度が高そうなことがあったらあらかじめ先輩や上司にゆって対応策を練っておいたりする。<br><br>そうすることによって、いざ問題が表面化し始めたときに、急に仕事を依頼するのではなくて、少し余裕をもって物事の成り行きをコントロールすることができる。<br><br>それに、僕らの仕事は「ゆったゆわない」的な責任論が毎回でてくるから、その意味でも前もって「ゆって」おくことが大事になってくる。<br><br>だから、目の前のことだけしていればいいっていうのは決してなくて、常に動いている案件についてはアップデートした情報をつかんでおかないといけない。<br><br>むろん、こういう風にしているのも、ひとつに、組織が大きすぎることにある。<br><br>自分ひとりですべてをやっているなら、自分の好きな順番で好きな時にやればいいかもしれないが、大きな組織で動いていると、えてして自分の思い通りに動かないことが多い。<br><br>期限を守らないなんてザラだし、身分や上下関係が強くて上が動かないと進まないことも多々ある。<br><br>だから、コレコレに関してはこの人をつついて、こればかりは部長に話を進めてもらって・・・的な政治的な話がとても重要になってきてしまうのだ。<br><br>それも営業だけで話が終わるのではなく、生産側や技術側も巻き込んでいくから、もっと複雑になるし物事の進むスピードも落ちてしまう。<br><br>けど、そういった中でずーっと働いてきたからすると、そのスピードが普通だし、物事がうまく進まないで徐々に徐々に金縛りから解かれるように前に向かうのを当たり前だと思っている節がある。<br><br>だから、社内にあまり危機感ってものがないんだけどね。<br><br>対して、僕みたいな完全な素人のペーペーからすると、その企業文化に染まるくらいなら、ちょっとでもプロアクティブにできることはして、それでも対応できない部分に関しては謝るしかないって感じで進めないと納得もできないし、自分のためにもならないと思っている。<br><br>とある会社の面接で聞いた「失敗するときってなんかわかる。これがのちのち問題になりそうだなーってぼんやり思っていたことがやはり現実となるんだよね」って言葉にも通じるモノがあるんだけど、自分で気づいた違和感や疑問点はうやむやにするんじゃなくて、なんらかの行動に移さないとダメなんだよね。<br><br>それは質問する形でもいいし、メールを投げておくだけでもよい。<br><br>怒られていいからなんらかのアクションを起こさないと、物事を無理矢理雲散霧消しようとすると、あとあとめんどくさいんだよね。<br><br>前も書いた「世の中はめんどくさいことだらけである」っていうのも、そういうこと。<br><br>とりあえず、少しずつ絡まった糸をほどかないと解放されないわけで、ぼーっと見ているだけでは物事は前に進まないのだ。<br><br>この4カ月で学んだ一番大きい点はそこかもしれない。<br><br>僕なんてまだまだ1年目だし、別に将来今の会社で出世しようなんて思っていないのだから、やりたいようにやって後悔のないようにすることが自分にとっても会社にとっても実は一番いいことなのかもね。<br><br>つーわけで、明日もレッドブルを飲んで頑張っていきたいと思う。
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<link>https://ameblo.jp/ebichantoaoi/entry-11008190245.html</link>
<pubDate>Mon, 05 Sep 2011 00:28:49 +0900</pubDate>
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<title>上司との関係</title>
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<![CDATA[ OJTが辞めて初めての週だ。<br><br>彼に代わって、新しい上司が加わった。<br><br>まだ加入して2週間ちょいほどだが、すでに若手との間で若干の軋轢ができつつある。<br><br>彼の下には営業は僕と同い歳の先輩がひとりと僕しかいないのだが、その先輩がその上司をはなから信用していないのだ。<br><br>まぁそこにはいろいろあって、その上司が加入する前から先輩は彼のことを「仕事をしない人」という噂を聞いてレッテルを張っていたのだ。<br><br>仕事をしないのに下にはいろいろやらせて上司にはさも自分が動いているように見せる酷い上司との認識があるようで、その上司の行動ひとつひとつに疑いの目を持っている。<br><br>僕も最初はまぁまぁとなだめていたのだが、今週に入り「あ、コレちょっとやばいかも」と思うこともあったりなかったり。<br><br>"仕事をしない"というのはこういうことか、というのを垣間見ている気がするのだ。<br><br>たとえば、今も現在進行形で進んでいる案件があって、彼が営業としてハンドリングしてやっていかないといけないものがある。<br><br>けれど、すべて彼がやっているかというとそうでもなくて、結局は実務レベルの僕ら下っ端が顧客の問い合わせに対応したり、雑務をやったりしているのが現況だ。<br><br>先週ハンドキャリーに行ったのもその一環。<br><br>そしたら結局、僕らもその進んでいる案件に対して足並みを揃えるべくいろいろ知らないといけないし、情報共有も図らねばいけない。<br><br>すると、自分がハンドリングしているわけではないのに、結局は自分がすべてやる羽目になっているという具合だ。<br><br>けれど、その上司は"やっている感"をアピールするのが好きだから、無駄に部長とかを巻き込んでミーティングを行ったりしてリーダーシップをとろうとする。<br><br>そうすると、それを聞いた部長は部長で少し躍起になり、俺ら下っ端に仕事を依頼するという悪循環に陥っている。<br><br>一番下っ端の僕なんか、他の人の方がよく知っているようわからん仕事を急に振ってきたりしていて「は？マジかよ」と思うことが多くなってきている。<br><br>上からしたら新人にやらせるのは勉強の一環と考えているのかもしれないが、確かにそういった一面もあるものの、めんどくさいことは何でも新人に投げりゃあいいやという面もあって納得がしにくい部分もある。<br><br>そんな感じで、急な仕事が顧客からではなく身内からどんどん降ってきているのが現状だ。<br><br>これにはさすがに先輩もキレ始めていて爆発しそうになっている。<br><br>彼はもう上に任せていてはダメだから自分たち若手で全部やっちゃおうとプラスに働いているが、僕が見るに数ヵ月後それが爆発するんじゃないかって本気で思っているｗ<br><br>まぁその前に俺がキレてるかもしれないが。<br><br>僕の意見としては、これを機会に全て自分たちでやっちゃおうという先輩の意見に賛成だ。<br><br>正直、上にいちいちお伺いを立てていては話がうまく進まない。<br><br>自分がやれるところまではやって上に当てるところは当てる感じでいきたいなとは思っている。<br><br>だがしかし、その勢いを止める形で上が出てくるんじゃないかっていうのが今一番不安なことである。<br><br>そういった奴らもうまく使いこなすが、上手なサラリーマンなのかもしれないが・・・・
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<link>https://ameblo.jp/ebichantoaoi/entry-10995784780.html</link>
<pubDate>Wed, 24 Aug 2011 01:38:55 +0900</pubDate>
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