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<title>演劇集団自由工場劇作家のエビ</title>
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<description>地方の劇団とか高校演劇の世界で、劇を書いたり、演じたりしています。昼間は某高校に勤めてます。</description>
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<title>無反省な人々と噛みつきたがる人々</title>
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<![CDATA[ <p>　昔、同和教育の大会に参加した時、「噛みつきたがる」人にわけのわからない批判をされてずいぶん不愉快な思いをした。議論が苦手な人ほど、何か正しいとされている空気のようなものがあれば、それに乗っかって他人に噛みつきたがる。言葉の使い方にまで難癖つけて、こういう言い方をすべきだとか。彼らの素性は私と同じ教員であった。</p><p>&nbsp;</p><p>　新型コロナで人は死ななくなっている。現在、「第二派か」と騒がれている東京でも、ここ数週間死者は出ていない。検査数が拡大し、無症状や軽症を含めての「感染判明者数」は増えているが、重症者の数は目に見えて減っているらしい。ワクチン開発業者は重症患者を求めて、現在冬季であるブラジルまで出向いていると聞く。この病気は、当初言われていたような、絶対にかかってはならない病気ではなかったようである。</p><p>&nbsp;</p><p>　多くの日本人は今、死にたくないという動機でこの病気を避けているわけではない。この病気に罹ると世間からどういう扱いを受けるか想像がつくから、それをまず恐れている。働いている人は職場に迷惑をかける。我々学校関係者ならば、生徒や職員がこの病気にかかった場合、学校行事を自粛せざるをえなくなったり、最悪再び教育活動を停止せざるをえなくなる、それを恐れている。</p><p>&nbsp;</p><p>　この３月、ヨーロッパを中心に大量に人が死んでいた時期は、この病気についてよくわかっていない部分もあり、日本を除く大多数の国々は最高の緊張感を持って社会全体でこの病気に対処しようとした。(日本もオリンピックの延期が決定してからは、検査数の拡大という点を除けば、この流れに追随した。)　たとえその時期の自粛等が思ったほど効果を生まなかったとしても、未知の病気と対峙した社会が、人命を救うことに価値を置いて行動したのであれば、そこは非難されるべき筋合いのものではない。</p><p>&nbsp;</p><p>　しかし今は違う。責任ある人間が、過去の政策や日本人のとった行動について反省し、この病気の被害を許容範囲内におさめ、この病気から生じた社会的歪みから生じる新たな「被害」を防がなければならない。ところが日本の大手マスコミは、検査数の大幅な拡大によるところの、「感染判明者数」の増加にばかり焦点を当てて危機感をあおっている。政府も従来行ってきた対策への反省を怠り、東アジア基準では最悪の結果を招いた「日本型モデル」を、欧米のそれと比較して自画自賛している始末である。口に出して反省したり軌道修正したりする様子はないし、専門家も思っていることを口に出して言えない雰囲気がある。未来永劫犠牲を強い続けるわけに行かないのは自明であり、いつかはこの病気をインフルエンザと同程度かそれ以下のものと位置づけ直さなければならないのだろうが、それをする上での最大の障害となるのは、今までの過程で大量に生み出されてしまった「噛みつきたがる人々」の存在である。</p><p>&nbsp;</p><p>　私の住む徳島県は累計「感染判明者数」が１０人。死者は兵庫在住の老人が１人。学校現場でこの間どのような犠牲が強いられてきたかは報道された通り。インターハイが消えた無念、甲子園が消えた無念、全国高等学校総合文化祭が消えた無念は、たったひと夏のことではない。３年間そこを目指して来た彼らの無念は、ただ声となって届いていないというだけなのだ。この病気に罹るリスクを限りなくゼロに近づけるという方針に、社会のすべてを従属させずにはおかない人々は、子供たちの「今」を殺しているのではないか。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　</p>
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<link>https://ameblo.jp/ebikani2019/entry-12610305918.html</link>
<pubDate>Sat, 11 Jul 2020 15:53:52 +0900</pubDate>
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<title>ひさしぶりにキョンキョン</title>
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<![CDATA[ <p>　別にキョンキョンのファンだったわけではないが、一応８０年代の学生だったので、<span style="font-weight: bold;">小泉今日子</span>がかつてアイドルとしてどれだけ人気があったのかは知っている。大学に「革命的キョンキョン主義者同盟」というのがあって、要するにキョンキョンのファンクラブなのだろうが、本家の新左翼党派や全学連系の自治会が看板を出していた同じキャンパス内で、パロディーのサークルを作っていた。８０年代とはそんな時代だった。そのキョンキョンが最近久々に目立っている。さらに<span style="font-weight: bold;">きゃりーぱみゅぱみゅ</span>とかも。</p><p>　あの法案のことについてはくどくど触れることをしないが、私が感じた強烈な違和感についてだけ書き残したいと思う。</p><p>　「きゃりーがあんなことを言うなんてショック」という書き込みは、まあ２００００人近く居る○○党ネット応援隊の中に、きゃりーぱみゅぱみゅのファンが居たとしても不思議はないわけだから、嘘ではないのかも知れない。しかし例えば私が嫌いな共和党のブッシュを応援していた政治家兼俳優の<strong>アーノルド・シュワルツェネッガー</strong>の映画を観る時、彼の思想信条と彼の演技をごちゃまぜにして考えることはありえない。ファンだからと言ってアーチストの思想信条を縛りたがる発想は、はっきり言って幼稚だと思う。</p><p>　だが先月、漫画家の<span style="font-weight: bold;">浦沢直樹</span>氏が描いたあべのマスクのイラストに対して、今までファンだったけどやめます、本も全部捨てます云々と書き込んだ人が居たけれど、この人はファンではなくファンを騙っているだけで、実はこういう輩が大勢湧いて出てくることが、日本の民主主義の危機だと思う。お客あっての商売を営んでいる漫画家や歌手らに、お客が減るから黙っていろと彼らは脅しているのだ。</p><p>　さあ読者の皆様はどう思いますか。下のイラストを見て、浦沢直樹の本当のファンが、持っている本を全部捨てるなんていう気になると思いますか。この話に一片のリアリティーでも感じますか。安倍さんただ疲れているだけですよね。実はこのイラスト以前に、浦沢直樹ってけっこう社会派なので、そのあたりも併せてじゃないですかね。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200512/21/ebikani2019/1c/f2/j/o0520054614757768859.jpg"><img alt="" height="441" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200512/21/ebikani2019/1c/f2/j/o0520054614757768859.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Tue, 12 May 2020 21:14:49 +0900</pubDate>
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<title>「前略おふくろ様」、そして再び兄のこと　（最終回）</title>
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<![CDATA[ <p>　とにかく若い人、特に舞台にせよ映画にせよテレビにせよ、ドラマに関心がある若い人には、某動画サイトでほとんど全編視聴できる今のうちに、45年前のこのドラマを観てほしい。</p><p>　<span style="font-weight: bold;">萩原健一</span>（サブ）も<span style="font-weight: bold;">坂口良子</span>（かすみちゃん）も、<span style="font-weight: bold;">梅宮辰夫</span>（ひでじさん）も<span style="font-weight: bold;">室田日出男</span>（半妻さん）も<span style="font-weight: bold;">北林谷栄</span>（「分田上」女将）も<span style="font-weight: bold;">八千草薫</span>（「川波」女将）も<span style="font-weight: bold;">加藤嘉</span>（かしら）も、もちろん戦前から日本映画の大スターだった<span style="font-weight: bold;">田中絹代</span>（おふくろ様）も、今は皆この世の人ではない。そのことを思うと、青春期の、永遠に失われて二度と返らない輝きを描いたこのドラマには二重に響いて来るものがある。1970年代の日本人のあり様や、人として誠実に生きることの価値など、様々なテーマ性を持つとはいえ、山形から集団就職で上京した一青年が、東京深川で21歳から28歳まで板前修業に専心する中で、苦しみ成長し、二度と返らない時を生きた、その姿が中心となったこの作品はやはり青春ドラマである。彼の姿は、日本が変わりつつあったその時代の典型であるとともに、誰もが自分にもそうした失われた輝ける苦しみの時代があったと振り返る気にさせる、時代を超えた典型でもある。</p><p>&nbsp;</p><p>　「前略おふくろ様」の<span style="font-weight: bold;">サブ</span>に憧れた私の兄の姿には、彼の優しさや誠実さだけでなく、<span style="font-weight: bold;">サブ</span>と重なる部分がいくつかあった。</p><p>　兄は<span style="font-weight: bold;">サブ</span>のように女性にモテた。高校卒業直前に、他校の女子から手紙を貰ったが、春から大阪へ行き美容師見習いをすることが決まっていたので、「もうちょっと早く言ってくれたら」と、冗談半分に残念がっていた。</p><p>　私が大学３年だから、彼が２４歳の時、美容師仲間で、<span style="font-weight: bold;">小林麻美</span>に似た、人が振り返るぐらいの美人と同棲するようになった。兄が帰省する時、彼女はお土産が欲しいと言い、何が欲しいか尋ねたら「スカートが欲しい」と言ったと笑っていた。東京の女の子が徳島のスカートを欲しがるなんて、変な話だと思うのは男の発想なのだろう。一度３人で飲みに行き、今度結婚すると改めて私に紹介したこともあったが、ちょうど<span style="font-weight: bold;">サブ</span>が<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>と別れた年齢の頃に、２人は別れた。不思議な偶然だが、彼女の姓は、「前略おふくろ様」の中で<span style="font-weight: bold;">坂口良子</span>が演じた人物とまったく同じ姓だったのだ。</p><p>　当時兄は、西武線沿線の駅前にある美容院の店長を任されていた。小学校で落ちこぼれた兄が、勉強して当時のパソコンで顧客管理等のこともやっていた。イタリアに留学して、もっと美容のことを勉強したいと話していたけれど、忙しくて無理のようだった。仕事が終わった後などに、若い技術者を指導して、一人前に育てたところで、安月給のためにみんな店を替わってまうんだと、私に愚痴をこぼしていた。チェーン店の店長に過ぎないので、美容師の待遇面には口出しできなかったのだ。思えば<span style="font-weight: bold;">ひでじさん</span>と<span style="font-weight: bold;">サブ</span>の関係に似ているが、兄はすでに<span style="font-weight: bold;">ひでじさん</span>の側にいた。</p><p>　私が徳島に帰りしばらくしてから、兄は大病を患い徳島の病院で療養し、退院した後は徳島の美容院に勤め始めた。客層がまったく違うので、仕事が面白くないと愚痴をこぼしながら、かと言ってまた上京する気力もない様子だった。３０を過ぎ、兄は疲れていた。いろいろなことで。兄は夜の街へよく出かけ、夜の若者たちと知り合ったり、街で評判の美人とつきあっては別れたりしていた。（私の生徒が、あの店のあの娘はメチャメチャ可愛いと噂した女性が、実際兄の彼女だったりしたわけである。また百貨店の売り場に勤めていた母は、職場で噂になっていた凄い美人の客が、今日は男連れで来ていると言うので、見るとその男は自分の息子だったということもあった。）</p><p>　それから兄が変わったのは、私の妹に子供ができてからだった。その子の世話をしながら、妹の子供がこんなに可愛いのなら、自分の子供はどれだけのものだろうと、自分が４０歳の時に、２０歳の相手と子供を作って入籍した。</p><p>　そしてもうすぐわが子が生まれるという時、勤めからの帰りに、タクシーに轢かれて亡くなったのだった。現場は片側３車線の県内で一番太い道路で、兄が自転車で横断歩道を渡っているところにタクシーが突っ込んで来た。もしも兄の側が赤信号なら、計６車線を横断するのは自殺行為であるし、事実自殺ではないかという噂も流れた。警察がその日の夜に兄嫁の父にした説明どおりにタクシーが300メートル先の交差点を曲がってから来たとしたら、信号周期の関係で、タクシー側の信号無視ということになる。ところが翌日から説明が変わり、タクシーは北から直進して来たので、信号周期の関係で自転車側の信号無視ということにされた。私の家族は事故現場のわきの工務店に頼んで、その敷地内に「目撃者求む」の看板を出させてもらった。すると警察がやって来て、こんなものを勝手に出すなと言うので、工務店の人は私有地に何を置こうが勝手だろうと抗議してくれた。</p><p>　結局、目撃者は現れなかった。私の一家は、夜、事故のあった時間帯に、現場を観察して、猛スピードの車が何台も赤信号を無視して通り過ぎるのを目撃した。本県は日本有数の交通マナーの悪い県として有名である。しかし、それは証拠にはならない。兄は６車線の道路を赤信号で突っ切ったことにされたのだった。</p><p>　あの夜、兄嫁たちと合流して、兄の死体が安置されている病院に向かう途中、妊娠１０か月だった２０歳の兄嫁は、夜の星に向かって甘えるような笑顔で</p><p>「お願いします。お願いします。みんなが言ってることが嘘でありますように。」と祈っていた。</p><p>　そして、それから４日後、兄の死亡時刻からちょうど108時間後に、彼女は兄の息子を出産した。私は兄に何の恩返しもできなかったが、その私の甥の名付け親にだけはなれた。</p><p>　その子も、今は二十歳。これからどんな青春期を送るのだろうか。私も兄も<span style="font-weight: bold;">サブ</span>も経験したその時代は、どこかで似通っているとは言え、その結末は様々なのである。(終わり)</p><p>　</p>
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<link>https://ameblo.jp/ebikani2019/entry-12596117305.html</link>
<pubDate>Sun, 10 May 2020 19:48:16 +0900</pubDate>
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<title>「前略おふくろ様」～ 人間というあいまいなもの ③ ～</title>
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<![CDATA[ <p>　自分自身の中身でさえも曖昧にしか認識していない場合が多々あるこの人間というものにとって、他人の本心なんぞは理解できない方が当たり前なのである。ドラマだから結局は第三者に伝わるように描かれるのだが、「前略おふくろ様」<span style="font-weight: bold;">第２シリーズ第１話</span>で途方もない喪失感を味わった視聴者に、<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>（坂口良子）の本心がある程度わかるまでに５週間を要することになる。</p><p>　鼻の頭をかく婚約者の合図に応えて、元彼女の<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>が顎を撫でる、「好きだ」「私も好き」を盗み見た<span style="font-weight: bold;">サブ</span>（萩原健一）は、さらに<span style="font-weight: bold;">半妻さん</span>（室田日出男）と付き合っていた時も、<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>が同じ合図を使いまわしていたことを知らされる。<span style="font-weight: bold;">第１シリーズ</span>を通してひたすら純粋だった<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>の姿が、ある種の軽薄さを伴ったもののように思い出される。彼女がただ単純で軽薄で移り気な女性だったとしても、すべて辻褄が合ってしまうのである。</p><p>　<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>の本心が語られ、２人の物語の現在形が明瞭になるのが<span style="font-weight: bold;">第２シリーズ第６話</span>である。</p><p>　サブは<span style="font-weight: bold;">利夫</span>（川谷拓三）から、<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>の結婚話の件で相手方ともめていると聞かされる。<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>の父である深川鳶、渡辺組の<span style="font-weight: bold;">かしら</span>（加藤嘉）は、結婚後も同居を望んでいたのに、婚約者の男は<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>を連れて行きたいと言っているのだ。その夜、<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>に誘われて、<span style="font-weight: bold;">サブ</span>はスナックで誕生日プレゼントのライターを渡される。自分が忘れていた誕生日にわざわざそんなものをくれた<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>に、<span style="font-weight: bold;">サブ</span>はむしろ「女の不気味さ」を感じる。さらに<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>は、「私、困るわ、……ああいうの困る」と言って、ゆうべ<span style="font-weight: bold;">うみちゃん</span>（桃井かおり）が夜やって来て、<span style="font-weight: bold;">サブ</span>がまだ「惚れてんだよね、まだたっぷりと、あんたに」と教え、もう一度考え直してくれないか頼まれたと話す。<span style="font-weight: bold;">サブ</span>のハトコであるに過ぎない<span style="font-weight: bold;">うみちゃん</span>は、「おにいちゃん」とふだんは呼んでいるが、もともと<span style="font-weight: bold;">サブ</span>が好きで、<span style="font-weight: bold;">第１シリーズ</span>では<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>と三角関係だった。その<span style="font-weight: bold;">うみちゃん</span>が<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>に、今も恋人同士であるふりをして山形の<span style="font-weight: bold;">おふくろ様</span>（田中絹代）に会いに行ってほしいと頼む。</p><p>　<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>は、自分の方が<span style="font-weight: bold;">サブ</span>に振られたのだと<span style="font-weight: bold;">うみちゃん</span>に語りだす。「それでも私ずい分努力して、自分の悪いとこは直そうとして、……、(間)半年かかったわ、立ち直るのに。ううンもっとよ、……、毎日<span style="font-weight: bold;">サブ</span>ちゃんの顔見るのがつらくて、何度もお店を辞めようかと思ったわ。でも……、それでも私……、まだ好きだったから、……、少しでも<span style="font-weight: bold;">サブ</span>ちゃんのそばにいたくて、……(間) 毎日帰って寝床で泣いたわ。本当に一時は死にたくなっちゃって。……やっと最近よ、立ち直ったの、……立ち直っていろんなこと考えるのやめて、……人生ってきっとそんなもンだから、……誰の人生だってそんなもンだからって、一生懸命思おうとしてそれで」と、ここまで言った時、<span style="font-weight: bold;">うみちゃん</span>が「わかってるからガタガタいうなよ」と怒鳴りつける。</p><p>　視聴者はとりあえず救われた。<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>は少なくとも、軽薄で移り気な「つまらない女の子」ではなかったようだし、<span style="font-weight: bold;">サブ</span>にとって<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>が特別な存在であるのと同じくらいには、<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>にとってサブは特別な存在だったのだとわかる。また<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>が、第１シリーズと比べて、<span style="font-weight: bold;">サブ</span>との関係を通してずい分大人の女性へと変貌を遂げたことがわかる。「人生ってきっとそんなもンだから、……誰の人生だってそんなもンだから」という台詞は、<span style="font-weight: bold;">第１シリーズ</span>のあの一途で純粋だった<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>の姿を思うと、あまりに哀しい。だがこれも成長なのだ。</p><p>　ところで<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>は、このやりとりを、次の夜スナックで<span style="font-weight: bold;">サブ</span>本人に語っているのである。「困るのよね」と切り出しておいて、<span style="font-weight: bold;">サブ</span>がしつこく問いただし、ようやく語り始めた体にはなっているが、婚約者と今もめているという前振りもあったので、どこか「女の不気味さ」を感じさせる部分もある。人間は曖昧なのだ。</p><p>　その後<span style="font-weight: bold;">サブ</span>は、両国のスナックから渡辺組まで、<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>を送って行く。夜道が続き、渡辺組の前で別れようとした時、<span style="font-weight: bold;">サブ</span>は<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>に「キスしてもいいですか」と尋ねる。返事もしないし頷きもしない<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>を、材木の陰に連れて行ってキスする。<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>は嫌がるどころか、顎を上げ、背伸びするような姿勢で受け入れる。やかんがグツグツいっていた最初の時は、「鼻が邪魔にならないか心配だった」と<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>は言った。その時に比べたらずい分手慣れた風に見える。唇が離れた後、囁くような声で<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>は、「私、わかんない」とつぶやく。「何がスか？」と言う<span style="font-weight: bold;">サブ</span>に首を振り、「おやすみ」と言って<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>は去る。わからないのは自分の気持ちなのか、<span style="font-weight: bold;">サブ</span>の本心なのか、その両方なのか。曖昧な人間の真実が立ち上がるシーンだ。</p><p>　その夜、夢枕に現れた<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>の父、渡辺組の<span style="font-weight: bold;">かしら</span>（加藤嘉）は、<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>を取ってしまえと<span style="font-weight: bold;">サブ</span>をけしかける。「好いてくれてンだろう？　今でもかすみを、……頼りにしてるぜ。おいら、おまえを、……あんなインテリに負けねえでくれよな」</p><p>　そして、目覚めた<span style="font-weight: bold;">サブ</span>は、<span style="font-weight: bold;">かしら</span>が亡くなったという知らせを受け取る。<span style="font-weight: bold;">第２シリーズ第６話</span>は、<span style="font-weight: bold;">サブ</span>の一発逆転を予感させる状況で終わるのだ。</p><p>　ドラマを通して、人は変容し成長する。しかし人がまったく別人になることはありえない。<span style="font-weight: bold;">第２シリーズ第７話</span>で描かれる<span style="font-weight: bold;">かしら</span>の葬儀では、まだ籍も入れていない、結婚するかどうかもめていたはずの、例の婚約者が故人の息子ででもあるかのような顔をして取り仕切り、<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>を「かすみ」と呼び捨てにし、すでに自分の妻ででもあるかのように扱う。この男は<span style="font-weight: bold;">サブ</span>に欠けているものすべてを持ち合わせているのだ。そう言えば、この男は自分の方が先に鼻の頭をこすった。<span style="font-weight: bold;">サブ</span>は<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>にそうされると照れながら顎をかく側だったが、この男のずうずうしいほどの積極性こそが、<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>にはむしろ安心できた、少なくとも<span style="font-weight: bold;">サブ</span>のような煮え切らない、曖昧な態度を取り続ける男と付き合った後では、救いになったということなのだろう。</p><p>　<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>は<span style="font-weight: bold;">最終回</span>で、この男の後を追い外国に行ってしまう。山形よりも遠くへ。<span style="font-weight: bold;">サブ</span>は一人前の板前として仙台に行き、給料も２倍以上になる。1970年代の恋愛は、最初古い形の障害に邪魔されているかに見えたが、後半この恋愛の破たんは、純粋に本人同士の問題であるとともに、恋愛というものに典型的な経緯を辿ったようにも見える。<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>は「人生ってきっとそんなもンだ」と考えるようになり、自分が安心して長く一緒に暮らせる男を選んだが、最後に<span style="font-weight: bold;">サブ</span>に書いた手紙の中で、いつか自分が年老いた時に、子供たちに「見なさい。母さんにもこういうふうに輝くばかりの青春があったのよ」と自慢するのは、<span style="font-weight: bold;">サブ</span>と過ごした日々の方だと語る。<span style="font-weight: bold;">サブ</span>は<span style="font-weight: bold;">サブ</span>で、今付き合っている<span style="font-weight: bold;">鈴木春子</span>（風吹ジュン）と結婚したとしても、子や孫に自慢するのは、<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>とのことなのだ。</p><p>　一般的に言って、人を好きになった時の、一番の高揚感をともに経験した相手と結婚まで進むことは稀なのだ。もしそうなったとしても、高揚感は長続きせず、お互いが意識して別のもっと安定した形に作り変えて行かなければならないのだろう。多くの場合、高揚の次の段階は不安定なものになる。相手を疑ったり、幻滅したり。</p><p>　田中英光の小説、「オリンポスの果実」では、１９３２年のロスアンゼルス・オリンピックに向かう船の中で、ボート競技の選手だった「ぼく」は、走り高跳びの日本代表である女子大生と仲良くなる。コーチから男女で遊ぶことを禁止されつつ、互いに意識しあうような時間が過ぎ、競技が終わった帰りの船で、ようやく甲板で彼女と二人きりになり、彼女が恥ずかし気に「ぼく」の言葉を待ちながら立ち尽くしていた時、ふと視線を落とすと、彼女の脚に生えたうぶ毛が目につき、うぶ毛の生えた脚が憎らしくて、彼女に冷たい言葉を吐いてしまったというくだりがある。完全な瞬間は、後に続く時間を不完全なものにする。「ぼく」は下船の際に撮った写真を彼女の寄宿舎に送り、もしも返事が来たら彼女と付き合って、もしかしたら結婚できるかも知れないと期待するが、返事は来なかった。９年が過ぎ、すでに妻子ある身でありながら、ずっと気になっていたことを聞きたくて彼女に送った手紙という形式の小説の、その末尾が、「あなたは、いったい、ぼくが、好きだったのでしょうか。」という問い。その問いにもちろん答えはなく、彼女の表情や言葉や仕草の裏側にあるものは、いつまでも謎のままなのである。ちなみに本作品は完全な私小説で、田中英光は実際ロスアンゼルス・オリンピックに出場した選手であり、相手の女性は相良八重という走り高跳びの選手。ちなみに、走り幅跳びで金メダルを獲得した南部忠平のことにも触れられている。</p><p>　相良八重の本心は永遠にわからない。彼女は田中英光が送った写真入りの手紙に返事を書かなかった。ただ、彼の啄木歌集の余白に「日本に帰りましたら是非お遊びにいらして下さい。寄宿舎の豚小屋に。」と書いたのに、彼は行かなかった。冗談めかして書いたからかも知れない。写真に添えた彼の手紙も、相手の「迷惑を考え」て「あっさりした」ものだったし。相手の本心がわからないと、思い切った行動が取れなかった、これは1930年代の話。（続く）</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ebikani2019/entry-12595921451.html</link>
<pubDate>Sun, 10 May 2020 00:29:23 +0900</pubDate>
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<title>「前略おふくろ様」～ 人間というあいまいなもの ② ～</title>
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<![CDATA[ <p>　「人間というあいまいなもの」を、正しく表現するのに、誠実なドラマの作り手は四苦八苦する。もともと曖昧なものを、受け取る側には曖昧でない形で正確に伝えなければならないからである。さらにテレビドラマとなると、視聴率の問題もあるから、ドラマを観るのが得意でない、例えば言葉の裏にあるものを読み取るのが苦手な日本人にも配慮しなければならなくなる。それができない拙いドラマでは、人物がべらべらと自分の思いを説明し、筋立ても説明してしまうのである。</p><p>　最近はアニメの「アルプスの少女ハイジ」さえ理解できない小学生が増えている、そのように指摘され始めたのは20世紀末あたりだ。少子化やテレビゲームの普及、同世代と限られた量だけしかコミュニケーションが行われない日常、二次元体験の増大と自然体験の減少、などなど、45年後の今に至るまで、社会の変化はすべてドラマを観るのが苦手な日本人を増やす方向に働いたように思える。「いいね」かそうでないか、「善」か「悪」か、「敵」か「味方」か、YESかNOか、「好き」か「嫌い」か、そんな二元的なデジタル的な判断しか下せない日本人の割合が増えれば増えるほど、ドラマの作り手は苦労し、表面的で人間の実相から乖離した安物の表現が幅をきかせるようになる。</p><p>　人間はそういう善悪や白黒で分類されるべきものではないし、実は人間の内側にある本当のところは、当人自身さえはっきりわかっていない場合がたびたびあるものだ。</p><p>　「前略おふくろ様」<span style="font-weight: bold;">第１シリーズ第９話</span>で、<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>（坂口良子）は渡辺組の大事な取引先の息子とお見合いすることになる。<span style="font-weight: bold;">サブ</span>（萩原健一）と初めて映画を観に行ったのが<span style="font-weight: bold;">第６話</span>で、やかんのぐつぐついう音を背景に手を握り締め、お互い恋人同士と意識するようになったのが<span style="font-weight: bold;">第12話</span>だから、その間のちょうど中途半端な時期だった。かすみちゃんはお見合いの時に着る服は洋服がいいか和服がいいか相談したいとサブを呼び出す。もちろんサブにお見合いのことで何か言ってほしかったのだ。サブは彼女に会おうとしない。見かねた<span style="font-weight: bold;">利夫</span>（川谷拓三）が電話でサブを呼び出し、かすみちゃんと代わる。「ごめんなさいね、お見合いのこと……」　だがしばらく黙っていたサブは、「あのぅ、頑張って下さい。」と言ってしまう。自分のことを好きな女性に、お見合いを頑張って下さいと言ったのだ。かすみちゃんは他の女性のことで嫉妬する時とは全く違う、本気の哀しそうな顔をして沈黙する。「あのぅ、切ります。」と言って受話器を置いたサブは、すぐに板場に戻ることなく、カメラに背を向けてじっと俯く。サブも苦しそうだ。かすみちゃんはしばらく受話器を握ったままでいる。その後、そばにいた利夫から離れて座敷に座り込んだかすみちゃんの哀しげな横顔でこのシーンは終わる。言葉で説明されないものが漂ういい場面だ。だが、かすみちゃんにサブの本心はきっと伝わっていない。ドラマを観慣れていた当時の日本人には、二人の思いが正確に伝わっていたのだけれど。</p><p>　見合いの当日、板前たちとかすみちゃんを除く仲居たちがワイワイ言いながら食事している時、かすみちゃんを結婚相手に考えたことはあるかと仲居の<span style="font-weight: bold;">つるこ</span>（姫ゆり子）に問われて、サブは「かすみちゃんとオレ、関係ないですから。」とはっきり答える。その夜、半妻さん（室田日出男）に呼び出されて飲んでいる時にも、「関係ないです」と言ってしまう。ラストシーンで、例によっておふくろ様（田中絹代）に宛てた語りが始まり、サブはようやく本音を言う。</p><p>「前略おふくろ様、包み隠さずオレの心のありったけを言うと、やっぱりオレ、かすみちゃんに見合いしてほしくなかったです。」</p><p>　<span style="font-weight: bold;">第９話</span>のラストシーンで、婉曲な形ながら初めて言葉で表された、これがサブのかすみちゃんに対する愛情の表現である。おそらくサブ自身にとっても、それまで曖昧だったかすみちゃんに対する自分の感情をはっきり意識するようになったエピソードではないかと思われる。ただしかすみちゃん本人に言葉で表現することはなかった。彼の言葉は、「（見合い）頑張って下さい。」なのだ。</p><p>　かすみちゃんにとって、サブの気持ちはずっと曖昧なままだった。それを確かめたくて、他の女のことで嫉妬したり、鼻の頭をこすり、相手が顎をなでるのを待つ、「好きだ」「自分も」の合図を毎日繰り返したりした挙句、<span style="font-weight: bold;">第１シリーズ</span>と<span style="font-weight: bold;">第２シリーズ</span>の間の時期には、「逢えば年じゅう好きだのきらいだの、そんなことしかいわないじゃないスか。」と、とうとうサブに嫌がられるようになるのだ。「好きだのきらいだの」と年じゅう言わせたのは自分の曖昧な態度の方に原因があることなど、その時のサブには絶対に理解できなかった。その時彼は、青春後期の、漠然とした曖昧な、「自分はこのままでいいのか」という焦燥の念に追い立てられていたのだから。（続く）</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200506/19/ebikani2019/2b/8e/j/o0290017414754687675.jpg"><img alt="" height="174" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200506/19/ebikani2019/2b/8e/j/o0290017414754687675.jpg" width="290"></a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ebikani2019/entry-12595126152.html</link>
<pubDate>Wed, 06 May 2020 19:05:25 +0900</pubDate>
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<title>「前略おふくろ様」～ 人間というあいまいなもの ① ～</title>
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<![CDATA[ <p>　　心優しく少々お人好しだった青年<span style="font-weight: bold;">サブ</span>（萩原健一）が、心の中で「人間のクズ」とまで罵った人物が居た。</p><p>　　<span style="font-weight: bold;">第１シリーズ第１１話</span>で、よそに女を作って別居していた<span style="font-weight: bold;">若旦那</span>（桜井センリ）は、「分田上」をモデルにして書いた自分の小説が文芸誌に掲載されることになったと伝える。この男はたまに店にやって来たと思ったら店の金を盗んで行く。妻である<span style="font-weight: bold;">若女将</span>（丘みつ子）と<span style="font-weight: bold;">ひでじさん</span>（梅宮辰夫）の関係を勘ぐって、私立探偵に探らせたこともあった。夜の街で若い女に声をかけ、その相手がたまたま<span style="font-weight: bold;">うみちゃん</span>（桃井かおり）だったというくだりもある。今回やらかしたことも、自分の口から正直に言うでもなく、幼馴染である飲み屋「おそめ」の主人、<span style="font-weight: bold;">栄次さん</span>（小鹿番）が代わって説明するところによると、「分田上」がモデルになっているその小説の中で、自分の妻がモデルになっている若女将とひでじさんがモデルになっている花板が不倫している現場を、サブがモデルになっているジロウが目撃してしまうというくだりがあり、そういう内容の小説が公になることについて、事前にひでじさんに了解をとっておいてほしいということなのだ。ありえないほど虫のいい、わがままな男ではないか。</p><p>　このドラマの中には他にもトラブルメーカーは大勢居るが、例えばその筆頭の<span style="font-weight: bold;">うみちゃん</span>（桃井かおり）は「恐怖のうみちゃん」と呼ばれているが、自分の感情のままに行動してしまう抑制のきかない、本当はかわいそうな人物で、他人に対しては基本的に善意で臨んでいる。また彼女に一途な想いを寄せる<span style="font-weight: bold;">利夫さん</span>（川谷拓三）も、おっちょこちょいのお調子者で、自分の感情に素直に生きているに過ぎない。人の悪口が好きで信用できない先輩である<span style="font-weight: bold;">政吉</span>（小松政夫）にしても、ふだんはただの気のいいあんちゃんで、この程度の腹黒さなら許容範囲だろう。</p><p>　この「人間のクズ」が書いた小説の内容が、「分田上」の板場や仲居の間に知られるところとなり、それまでも若女将やひでじさんの使いで若旦那と接触を取っていたことから、サブは若旦那のスパイとしてつまはじきに遭う。本家の「田上」が、不倫の噂を鵜呑みにして、ひでじさんを追い出すように圧力をかけ、ひでじさんにも実際によその店から誘いがかかっている。若女将は、自分たちの不倫の現場を本当に見たのかとサブに問い詰める。皆は尊敬する二人のことを、サブが若旦那に売り渡したと誤解する。良い子の<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>（坂口良子）だけが、一人涙ながらにみんなの仕打ちに憤り、サブに味方する。サブは常にわがままなトラブルメーカーたちの被害者なのだ。</p><p>　ところで、その後の展開がとても70年代っぽいのである。若旦那と一緒に暮らしている女、<span style="font-weight: bold;">川辺美那子</span>（芹明香）から、サブは若旦那が詐欺に遭い、彼の小説が作家や出版社に評価されたなどというのは大ウソだったと知らされる。飲み屋「おそめ」で昼間っから大酒飲んで泣き崩れる若旦那を、美那子は必至で慰める。本妻である若女将は、その場を「人間のクズ」の浮気相手にまかせ、「人間のクズ」が傷つかないよう、自分たちは小説のことはまるっきり知らなかったことにしておいてほしいと、サブに伝えるのだった。</p><p>　他人を傷つけ他人に迷惑をかける下司な人間は、今も昔もそれなりに居るものである。45年前の日本では、弱い「人間のクズ」たちに対してある程度寛容であったように思う。その代わり、強い立場の「クズ」たちに対しては情け容赦がなかったと記憶している。今はひょっとしたらそれが逆になっているかも知れない。ここ45年ばかりの間に、日本人は他人に対して随分不寛容になってしまったように思う。他人の弱さを認めなければ、自分の弱さが許せずに生き辛くなるか、もしくは他人に厳しく自分には甘い、狡い人間にならざるをえない。一人一人みんなそれなりに苦しい部分はあるのだから、人が生きていればきっと一人一人苦しい部分はあるのだから、とりあえず他人には優しくしときましょう。「前略おふくろ様」で描かれている「人情」とはそういうものなのかな。</p><p>　余談にはなるが、このようなドラマを観て育った私は、現代人のこの「不寛容」を問題にした劇をいくつか書いて上演している。</p><p>　劇団が上演した代表作の一つ「LIVING WITH …」には、不器用で、友達が居なくて、寂しくて、大人の女性が怖くて、小学生を11年間監禁していた「人間のクズ」が出てくる。</p><p>　近年書いた高校演劇用の脚本の中で一番出来のいい「待っている人々」では、先妻と別れ、後妻とも続かず、５０過ぎたので、今はわずかに残った親の財産を軍資金に、東南アジア系の夜の女２人に貢いで結婚の約束を二股でとりつけている「人間のクズ」が、不在の人物として描かれている。先妻の２人の娘は、祖母と一緒になって後妻を追い出していた。２人の娘のうち妹の方は、高校の時に硫化水素で自殺し、今は亡霊となっている。妹に比べるときれいではないから、勉強の方で頑張らなければならないと、幼いころから祖母に刷り込まれた姉は、旧帝大卒業後、結婚に失敗し、今はパートで働くシングルマザー。経済的に困窮する娘のシングルマザーを放っておいて、「人間のクズ」は東南アジア女性たちにこの家に残った最後の財産を貢いでいるというわけ。息子同様「人間のクズ」であるシングルマザーの祖母が危篤で、シングルマザーが子供を友達に預けて駆け付けた病院で、子供の頃に会ったきりの従妹２人と再会する。そして彼女らは、ひどい人間だった祖母が死ぬのを待っている。祖母の傍らには、ひどい父親がずっと付き添っている。おそるおそる東南アジアの女性ものぞきに来る。彼女らに本当の愛情の、欠片くらいはあるのかも知れないが、よくわからない。人間とは実は曖昧な存在だから。シングルマザーはすでに赦している。いや赦していると言うか、諦めていると言うか、言葉にできない曖昧な意識でいる。「人間のクズ」とは、本当に「クズ」なのだろうか。(続く)</p>
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<link>https://ameblo.jp/ebikani2019/entry-12594608407.html</link>
<pubDate>Mon, 04 May 2020 18:34:09 +0900</pubDate>
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<title>「前略おふくろ様」～ 若く愚かな時を通り過ぎる② ～</title>
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<![CDATA[ <p>　<span style="font-weight: bold;">第２シリーズ第１６話</span>で、<span style="font-weight: bold;">サブ</span>（萩原健一）は、高校時代に仲の良かった<span style="font-weight: bold;">鈴木春子</span>（風吹ジュン）と再会する。同郷の友人から「あいつは食べられ専門なんだ。」と入れ知恵され、サブもその気になってホテルのことなんぞを話題にする。だが春子に、「サブちゃん、私のこときっと誤解してるわ、……そういう女じゃないのよ私」と言われて、深く自己嫌悪に駆られる。春子が虫垂炎で倒れた時、付き添ったサブは医者から、春子には子宮外妊娠で堕胎した時の傷跡があると教えられる。病院で目を覚ました春子にサブは、「どうしてそんなに、やさしいの？　……、私……、東京に出て来て初めて」と言って泣かれる。<span style="font-weight: bold;">第２シリーズ第２１話で</span>サブは、春子に結婚を前提につきあいたいと言う。実はその前に<span style="font-weight: bold;">政吉</span>（小松政夫）からの誘いで、<span style="font-weight: bold;">ひでじさん</span>（梅宮辰夫）たちには内緒に、店を移るという話を進めたことがあった。新しい店では今のほぼ３倍の手当てがもらえるという。母のこと、新しい彼女のことを考え、サブは尊敬する人たちを裏切ろうとさえしたのだった。ところが当初感激していた春子は、<span style="font-weight: bold;">第２シリーズ第２４話（最終回）</span>で、東京に来てからの自分のことを何も知らないサブに後で失望されたくないから、しばらく自分のことは気にかけずに、仙台での新しい仕事に集中してほしいと言う。かすみちゃんと別れ、今度は女性に対して優しく前のめりになったサブだが、やはり最後まで不器用さがつきまとうのだ。</p><p>　第１シリーズに張り詰めた風船のようであったものが、第２シリーズではだんだんにしぼんで行く。<span style="font-weight: bold;">おふくろ様</span>（田中絹代）に対して薄情だとサブが怒った兄たちは、東北を襲った冷害に苦しみ、家族を守るため出稼ぎに行ったりする。兄たちを理解し、サブの怒りも消えていく。かつて男の中の男、ひでじさんにただただついて行ったサブは、政吉と河岸に買い出しに行った時、「割りもどし」という一種のバックマージンを受け取り、ひでじさんに問い詰められても「貰ってない」と嘘をつき、「誠意のない人間はオレはいやだ、……出て行ってくれ」とまで言われる。認知症が進むおふくろ様が周囲の人から金を借りまくり、その借金を返さねばならなかったという理由がサブにはあった。事情を知る元彼女の<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>（坂口良子）が他の仲居たちにもに呼びかけて金を用意したりもする。翌日サブは店に戻り、嘘をついたことを白状する。だがその後もサブは、ひでじさんに内緒で、十八万円の手当てを約束してくれる新しい店に移ることを考え続けている。「分田上」の時の<span style="font-weight: bold;">女将さん</span>（北林谷栄）に忠告されるまで、サブは不誠実な態度を改めることができない。結局サブと政吉が店を移るという話がお流れになった後、ひでじさんと「分田上」の女将さんが骨折ってくれて、サブは一人前の板前として東北に帰ることになる。若者の未熟さゆえに裏切ってしまった、「人情」を知る「大人」の先輩たちに、サブは助けられるのだ。幸運にも彼は、若く愚かな青春期の後半を通り過ぎ、腐った大人になってしまうことなく仙台へと旅立つ。</p><p><strong>　</strong><span style="font-weight: bold;">第<span style="font-weight: bold;">１シリーズ第１話</span></span>で、ひでじさんはサブに言った。「法律に背くのは恐くない、けど神様にだけは背きたくない」　ひでじさんと仲の良かったヤクザが人を刺し、ひでじさんを頼って「分田上」の近くまで来た夜に、２人寝床の中で話しながら言った言葉である。そのヤクザからの電話が何度かかかって来たが、ひでじさんは「出るな」と言った。翌日サブは自分が居たせいでひでじさんは友達を助けられなかったのではないかと誤解する。だが注意して観ている視聴者にはひでじさんの気持ちはよくわかる。彼はたしかに友達を助けたいという思いはあっただろう。だがそれをしてしまうことによって、元ヤクザである自分を今まで信じて支えて来た人たち、女将さんや若女将らの信頼を裏切るような真似だけはしたくなかったのだろう。彼の「神様」は何より人に対して誠実であれと彼に教えている。「誠意のない人間はオレはいやだ」と彼はサブに言った。人から信頼される人間になること、そして人の信頼を決して裏切らないこと。第２シリーズの悩み多きサブを最後に導いたのは、やはり尊敬するひでじさんの存在だった。（続く）</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200430/20/ebikani2019/e4/13/j/o0480036014751480822.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="360" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200430/20/ebikani2019/e4/13/j/o0480036014751480822.jpg" width="480"></a></p>
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<link>https://ameblo.jp/ebikani2019/entry-12593599363.html</link>
<pubDate>Thu, 30 Apr 2020 20:28:59 +0900</pubDate>
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<title>「前略おふくろ様」～ 若く愚かな時を通り過ぎる① ～</title>
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<![CDATA[ <p>　今日はアイルランドの劇作家W.B.イェイツの詩「柳の園のあるあたり」から</p><p>&nbsp;</p><p>　　柳の園のあるあたりで</p><p>　　僕とあの娘は逢引をした</p><p>　　雪のように白く可愛い足で</p><p>　　あの娘は柳の園を通り抜けた</p><p>　 「葉っぱがただ樹の上で育つようなものだから</p><p>　&nbsp; 恋を難しく考えすぎないで」とあの娘は言った</p><p>　　だが僕は若くて愚かだったから</p><p>　　言われたようにはしなかった</p><p>&nbsp;&nbsp;&nbsp;</p><p>　　川べりの野原で恋人と　</p><p>　　僕らは二人佇んでいた</p><p>　　雪のように白い手を</p><p>　　傾けた僕の肩に置きあの娘は言った</p><p>　 「ただ川の堰に草が育つようなものだから</p><p>　　人生を難しく考えすぎないで」</p><p>　　だが僕は若く愚かだったから</p><p>　　今は涙にくれている</p><p>&nbsp;</p><p>　「前略おふくろ様」<span style="font-weight: bold;">第１シリーズ第１２話</span>で、<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>（坂口良子）は「（サブちゃんは）私に対してだけはやさしくないけど」と言う。かすみちゃんの一途な行動は<span style="font-weight: bold;">第１シリーズ</span>ではコミカルに描かれていて、最初は気づかなかったが、見直してみると、本当にこの台詞の通りだとわかるし、<span style="font-weight: bold;">第２シリーズ</span>に続く伏線が最初から用意されていたかのようだ。</p><p>　<span style="font-weight: bold;">第１シリーズ第１話</span>で、<span style="font-weight: bold;">サブ</span>（萩原健一）の部屋におしかけて来た<span style="font-weight: bold;">うみちゃん</span>（桃井かおり）に、かすみちゃんは嫉妬する。<span style="font-weight: bold;">第２話</span>で、政吉（小松政夫）や仲居たちが、たまたま一緒に麻雀をしていた年上（31歳）の<span style="font-weight: bold;">利夫</span>（川谷拓三）に、邪魔になっているうみちゃんに忠告するよう頼む。サブはかすみちゃんがうみちゃんを追い出そうとしたと誤解し、かすみちゃん本人に抗議する。かすみちゃんは激怒して叫びだす。「冗談じゃないわよッ。ふざけないでよッ。私がなぜあんたにヤキモチやくのよ！」「……いいかげんにしてよッ。あんたなんかに私興味ないわよッ！」後で<span style="font-weight: bold;">半妻さん</span>（室田日出男）に呼び出されてサブは真相を知らされる。「そりゃねえわな？　お嬢さん傷つくわ。な？」と言われて、サブは半妻さんに謝る。ところがかすみちゃん本人には謝っていない。少なくとも謝るシーンはない。半妻さんの言う通り、好きな男からそんなふうに誤解されたら、かすみちゃんはいたく傷ついたと思われるが、優しい男サブが謝るシーンはない。</p><p>　うみちゃんがいったん山形に帰るという話になってから、かすみちゃんは再びサブに優しくなる。<span style="font-weight: bold;">第４話</span>で<span style="font-weight: bold;">ひでじさん</span>（梅宮辰夫）ら尊敬する人たちについた嘘がばれて落ち込んでいるサブの傍らに、かすみちゃんはそっと寄り添う。「きれいな星！　見て！」と言っても、サブは黙ってどぶ川の水に目を落としている。それには構わず、かすみちゃんは「瀬戸の花嫁」を歌いだす。サブはうつむいたままでいる。彼女の能天気さはこの場面だけ取り出せば滑稽なのだが、全編見終わった後見直すと、どこか哀れにも思えてくる。第１シリーズの、２０から２１歳のかすみちゃんは、親が決めた結婚相手から解放され、ただただ好きな男と結婚したいと思っている。相手が板前見習いで経済力が無いなどと言うことは、さしあたってどうでもいい。ただ、自分に内緒で山形に帰ってしまうことを考えていたサブには絶望した。山形に帰るなら帰るで、相談してくれたら一緒について行くことは十分考えられたのに、黙って去ろうとしたサブに絶望したのだ。そしておそらく、経済的なことや、相手の家のことが気になって、言えば結婚の話に触れざるをえないから、サブには黙っている理由があったのだ。（<span style="font-weight: bold;">第１シリーズ第２５話</span>）</p><p><span style="font-weight: bold;">　第２シリーズ最終回</span>で、サブは第１シリーズが終わった後、かすみちゃん宛てに手紙を書いたことが明らかになる。「たとえばオレとかすみちゃんが万一一緒になったとする。一緒になって蔵王に住んだとする。……」これは<span style="font-weight: bold;">第１シリーズ最終回</span>で、クライマックス直前に彼の心の声として使われた文句だが、そのようなことまで伝え合える関係に一度はなっていたらしい。ところがその後、<span style="font-weight: bold;">第１シリーズ</span>のラストシーンから半年ばかり過ぎた頃の、２人の破局の夜のことが、<strong>第２シリーズ第２回</strong>で描かれる。同僚とのつきあいを優先させてキャバレーに行き、彼女との約束をすっぽかしたサブは、例によってふくれっ面のかすみちゃんになじられる。「キャバレーで何したの？　……、女の子の体触ったの？」<span style="font-weight: bold;">第１シリーズ</span>で何度も繰り返され、そして仲直りしたいつものパターンだった。ところがこの夜はサブの目に「なんだか急にかすみちゃんが、ひどくつまらない女の子に見えた」のだった。かすみちゃんはサブの服に付いたゴミを取ってやろうとするが、その手を２度にわたって振り払う。「サブちゃんこの頃すぐ怒るンだ」と、最初怒る側だったかすみちゃんの方が優しくなり、ニコッと笑って鼻をかく。「愛してる」の合図。ところがサブは無視してタバコを吸おうとする。タバコがない。かすみちゃんは精一杯の笑顔でもう一度鼻をかく。サブは伝票を取って席を立つ。追いかけるかすみ。サブは振り返って苛立たし気に本音をぶつける。「……二人で一緒にいたって、最近愉しいと思わないんスよ。……逢えば年じゅう好きだのきらいだの、そんなことしか言わないじゃないスか。……オレもう、今年二十七だし、何だか時々恥ずかしくなるんすよ。男が二十七で、好きだの、愛してるだの、ほんとうならも少し、何か男として、うまく言えないけど……」　本当にいい台詞だ。わからないようでわかる。男ならわかる。「ナンパ」という言葉が今もあるが、男は女のことばっかり考えているのではなく、冷静な時は硬派でいたいものだ。私の２０代なら物を書くことが大切だった。サブには仕事と親のことなのだろう。繰り返すものは色あせる。二十七にしていまだ修行身分。月収わずか七万円。母親を助けることもできない。自分は本当に成長できているのか。実はそのように感じているサブ自身は確かに成長している。青春期の後半は複雑なものだ。そして悩みは深くなる。<span style="font-weight: bold;">第２シリーズ</span>の後半で、サブはあんなに尊敬していたひでじさんを裏切りさえする。かすみちゃんと別れてから、女性に対して思いやりを欠いていたことにも気づき、高校時代に自分に思いを寄せていた<span style="font-weight: bold;">鈴木春子</span>（風吹ジュン）には、結婚を前提にした交際を自分から求める。それなりにサブは成長していた。ただしかすみちゃんに優しくなれるほど成長するよりも前に、２人の関係は終わったのだった。（続く）</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200430/20/ebikani2019/9a/34/j/o0480036014751492934.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200430/20/ebikani2019/9a/34/j/o0480036014751492934.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>　</p><p>　</p>
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<link>https://ameblo.jp/ebikani2019/entry-12593104429.html</link>
<pubDate>Tue, 28 Apr 2020 21:17:28 +0900</pubDate>
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<title>「前略おふくろ様」～ 時を超えた２つの場面 ～</title>
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<![CDATA[ <p>　　<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>役の坂口良子は、７年前に癌で亡くなっている。その後すぐに、私は2013年3月30日の「日記」で、まさに「前略おふくろ様」のその場面に触れている。</p><p>　中学の頃家族で観て以来、私は先週になるまでこのドラマを見直すことなく45年間を過ごした。先週全編を見直して、ほとんどが見たことのある場面だと感じはしたが、そうした記憶の甦り以前に、「前略おふくろ様」と言えばこういうシーンがあったと、記憶にはっきり焼き付いていた場面は２つしかない。１つは、<span style="font-weight: bold;">第１シリーズ最終回</span>の、<span style="font-weight: bold;">サブ</span>（萩原健一）が猛然とかすみちゃんを追いかけ、暗闇に消えてから彼女の名を絶叫するシーン。そしてもう一つが<span style="font-weight: bold;">第１２話</span>。</p><p><strong>　</strong><span style="font-weight: bold;">半妻さん</span>（室田日出男）が幼馴染との結婚を決める前に、<span style="font-weight: bold;">ひでじさん</span>（梅宮辰夫）を介してかすみちゃんにやっぱり自分では駄目なのかと確認する。ひでじさんに「かまわないのか」と聞かれたサブは、「自分は（かすみちゃんと）関係ない」と答える。「関係ない」と言われたかすみちゃんはいたく傷ついてサブをひっぱたく。そして、半妻に対してはすぐに断るつもりだったが、ひでじさんに言われて「１日考えさせてくれ。」と返事する。ひでじさんは半妻の気持ちを考えると同時に、「関係ない」などと言ったサブを「やきもきさせてやれ」と、かすみちゃんに指図したのだ。次の夜、正月の晴れ着姿でサブのアパートを訪れたかすみちゃんは、自分がサブをひっぱたいたことを謝る。サブは自分とかすみちゃんのことを「関係ない」と言ったことには「しかたないっすよ。」と言い訳して謝らない。かすみちゃんは言う。「さぶちゃん優しいから、誰に対しても……。わかってる。……私に対してだけは優しくないけど。」サブは答える。「そんなことないっすよ。」かすみ「そんなことある。」サブはそれ以上言い返せない。全５０話を通して、優しい男サブは、かすみちゃんにだけは全然優しくなかったのだから。サブは自分のことは棚に上げて、かすみが半妻さんに「１日考えさせてくれ。」と言ったことをなじる。なじられたかすみは、かえってサブが自分のことを想ってくれていたのだと嬉しくなり、サブの手を取ってしばらくもてあそぶ。BGMが流れ、いつもサブの部屋に置いてある赤いやかんがぐつぐつと音を立てている。その時真面目な表情で俯いていたサブは、かすみちゃんの手を強く握り締め、その瞬間BGMはストップし、やかんのぐつぐついう音だけが残る。沸騰する音はモンタージュだ。かすみちゃんもサブの手を両手で握り返し、必死の形相でサブを見つめる。こみ上げてくる何かがぐつぐつと音を立てているかのようだ。サブもかすみちゃんの目を見つめ返し、２人は初めての長いキスをする。</p><p>　言葉で説明するよりも、人物の行動で描けと、私は劇を書く時に心がけ、また若い書き手にも伝えている。言葉で語られることよりも、行動や存在の方が強い表現になる。強い表現だから記憶にも残る。「前略おふくろ様」<span style="font-weight: bold;">第１シリーズ</span>の坂口良子を評して「超絶かわいい」とか「この世のものとも思えないほど可愛い」と評する人もいる。まったくその通りだとは思うが、それは坂口良子という女優の姿形のかわいらしさのせいだけではない。彼女の演じているかすみちゃんの、力いっぱい純粋に恋愛している姿が可愛いのだ。２０歳の坂口良子と２５歳の萩原健一は、サブとかすみの内面からこみ上げてくるものを感覚し、誠実に、全身全霊をこめて演じている。可愛く見せようとかかっこよく見せようなんて思ってない。かすみちゃんの目はただぎらぎらと一途にサブを見つめているし、この瞬間にも不器用な青年サブのイメージを途切れさせない萩原健一の表情はどちらかと言えば滑稽である。今見直してみて、すべて理にかなった作り方をしているドラマだとわかる。だからこそ45年という時間を超えて記憶に残ったのだろう。</p><p>　ただしこの二人の俳優の真価が発揮されているのはむしろ<span style="font-weight: bold;">第２シリーズ</span>かも知れない。かすみちゃんはかすみちゃんらしさを残しつつも大人の女性へと成長する。サブの悩みは随分複雑になったが、それは青春時代の後半あたりに、多くの人が経験するタイプの複雑さでもある。ドラマそのものが複雑で、難解になった。<span style="font-weight: bold;">第１シリーズ</span>の成功が、作り手の側をより野心的にさせたのかも知れない。だからまだ中学生だった私には<span style="font-weight: bold;">第２シリーズ</span>の印象は薄い。理解できていなかったことが多々ある。誰もが経験する２０代をかなり昔に通り過ぎ、劇を学び自ら劇を作る側になってから見直して、「前略おふくろ様」の、テレビドラマとしては異例とも思われる緻密さとストイックさで青春期の後半を描いた、<span style="font-weight: bold;">第２シリーズ</span>の価値がようやく理解できるようになったのだと思う。（続く）</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200430/17/ebikani2019/f3/3d/j/o1000075014751414816.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200430/17/ebikani2019/f3/3d/j/o1000075014751414816.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ebikani2019/entry-12592591223.html</link>
<pubDate>Sun, 26 Apr 2020 19:37:04 +0900</pubDate>
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<title>「前略おふくろ様」～ すべては変容する、一つの問題を複数の関係により表現する ～</title>
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<![CDATA[ <p>　<span style="font-weight: bold;">うみちゃん</span>（桃井かおり）とその父、<span style="font-weight: bold;">岡野次郎兵衛</span>（大滝秀治）の関係の変化は、そのまま1970年代の古い関係が新しいものに取って代わられる時代を映し出している。よく似た変化が、<span style="font-weight: bold;">かすみちゃん</span>（坂口良子）とその父、<span style="font-weight: bold;">渡辺甚吉</span>（加藤嘉）の間にも生じている。ただし、岡野次郎兵衛が父親としての威厳をまったく喪失してしまうのに対して、渡辺甚吉は威厳を保ったまま死を迎える。かすみちゃんを半妻さん（室田日出男）と娶わせて渡辺組の後を継がせるという親の願いは、ドラマが始まった時点ですでに放棄されている。そうした時代性を刻印された変化と区別されるところで、一般的な親子関係の変化も描かれる。母である「分田上」の<span style="font-weight: bold;">女将</span>（北林谷栄）は、ある事件と病気がきっかけで、しだいに娘である<span style="font-weight: bold;">若女将</span>（丘みつ子）に、店の実権を譲り渡して行くことになる。もちろん<span style="font-weight: bold;">おふくろ様</span>（田中絹代）は、ドラマが始まった時点で、八人も居る息子たちの誰一人として引き取り手が無い境遇にまでなっている。</p><p>　古い権威が力を失う様は、親子関係以外でも描かれる。渡辺組の小頭、半妻に頭が上がらず、自分も好きだったかすみちゃんを、半妻の兄ぃがいるからと諦めた<span style="font-weight: bold;">利夫</span>（川谷拓三）は、うみちゃんと知り合い、うみちゃんを好きになったあたりから、やたらと半妻さんに対して反抗的になる。母親に頭が上がらない半妻さんを「女学生みたい」と罵り、不器用に兄貴分としての権威を保とうとする半妻さんを狡いやつだと嫌悪するようになる。二人の関係は、終始ほとんど信頼関係が揺るがなかった<span style="font-weight: bold;">サブ</span>（萩原健一）と<span style="font-weight: bold;">ひでじさん</span>（梅宮辰夫）の関係と対比されているかのようである。</p><p>　変化と言えば、<span style="font-weight: bold;">第１シリーズ</span>から半年おいて始まった<span style="font-weight: bold;">第２シリーズ</span>で、店も「分田上」から「川波」に代わり、板場はサブとひでじさんの他に<span style="font-weight: bold;">政吉</span>（小松政夫）が残ったものの、仲居はかすみちゃんしか居なくなり、しかもそのかすみちゃんはすでにサブとの関係が終わっている。第１シリーズのファンはまず圧倒的な喪失感を味わわされる。環境だけではない。サブ自身も変わった。あの純朴でまじめだったサブが、<span style="font-weight: bold;">第１話</span>でいきなり警察の世話になっている。<span style="font-weight: bold;">第３話</span>でもチンピラと喧嘩して怪我をさせ、また警察の世話になる。人物の配置も絶妙だ。「川波」の女将<span style="font-weight: bold;">竹内かや</span>（八千草薫）は、料理の注文をすぐ忘れてしまい、ほとんど仕事の役に立ってない上に、すぐ高校生の娘、<span style="font-weight: bold;">冬子</span>（木ノ内みどり）と張り合う、いい年をして少女のような性格。「分田上」の女将、若女将と違って、サブにとっては素直に尊敬の対象にすることができない滑稽な存在。また娘の冬子は、３年前のかすみちゃん同様積極的にサブに言い寄ったりすねたりするのだが、<span style="font-weight: bold;">第１シリーズ</span>の時のかすみちゃんと違い（年齢は２つしか違わないはず）、サブも視聴者もまったくドキドキすることはない。つまり、サブの側が成長しているということが人物の関係の中で正確に描かれているのである。</p><p>　やはり極めつけはかすみちゃんとの関係。<span style="font-weight: bold;">第１話</span>で、ひでじさんに背中を押されて夜渡辺組まで行ったサブは、かすみちゃんが車に乗り込む婚約者を笑顔で見送っている場面に遭遇する。婚約者の男は別れ際に鼻の頭をかいて見せると、かすみちゃんは笑顔で顎をこする。サブは衝撃を受け、かすみちゃんに会わずに帰ってしまう。かつてサブとかすみの間で決めた合図、鼻をかいたら「愛している」、顎をこすったら「自分も愛している」という意味のまったく同じ合図を、かすみちゃんは新しい婚約者との間でも使っていたのだった。<span style="font-weight: bold;">第１シリーズ</span>の半年にわたって放映された全26話、特にクライマックスのあのサブの絶叫は何だったのか。途方もない喪失感をサブとともに視聴者は味わうことになる。ところがそのかすみちゃんは、元彼女として、「川波」の仲居として、<span style="font-weight: bold;">第２シリーズ</span>もレギュラー出演を続けるのである。たいていの視聴者は、どこかでサブはかすみちゃんと復縁するのではないかと期待するだろう。かすみちゃんの父甚吉も、死んだ夜にサブの夢枕に立って、婚約者からかすみを奪い取ってしまえとサブをたきつける。ところが、劇作家である私は、２人が元通りになることは１００パーセントありえないと知っている。知っていながらも、それでも何かあるだろうと期待してしまう。まさに「前略おふくろ様」は、あらゆるものが変化し、失われて行く中で、いつまでも変わらないものを渇望してしまう、そういう気分にさせられるドラマなのである。（続く）</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ebikani2019/entry-12592367173.html</link>
<pubDate>Sat, 25 Apr 2020 21:19:18 +0900</pubDate>
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