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<title>4人の父親・SEの日記帳</title>
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<description>日常思う事を勝手に綴ります</description>
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<title>日々生きていくという事</title>
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<![CDATA[ 人類は皆、日々生きている。皆、それぞれの状況の中、それぞれの考えで、それぞれの環境で、日々生きている。<br><br>出来る事なら昨日よりもより「よい」今日となるように。<br>その「よい」も千差万別である。<br><br>　良い、善い、好い、酔い・・・・<br><br>しかも、どの「よい」も基本的にはその行動を行っている主体（本人）が価値観の基準になっている。<br><br>その事を<br>　一生懸命にやっている<br>　特になんとなくやっている<br>　悲観的にやっている<br>そのあり方もまた、様々である。<br><br>そんな中、やっぱり皆日々生きている。<br>出来る事なら昨日よりもより「よい」今日となるように。<br><br>その「よい」は、皆気づいていないだけで、実はあるひとつの「よい」に向かっていると僕は信じたい。その「よい」は皆が生まれてから自覚した「よい」ではない。遥か昔から存在している「よい」であると。
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<link>https://ameblo.jp/eco7833/entry-12193764325.html</link>
<pubDate>Fri, 26 Aug 2016 02:36:22 +0900</pubDate>
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<title>振り返りの大事さ</title>
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<![CDATA[ 随分と更新しなかった。<br>その事はイコール自分を鑑みる事をしなかったという事だ。<br>僕にとって、このブログはそういう位置づけのものだからだ。<br><br>何かを発信したい！→全く思ってない。<br>注目を浴びたい！→逆に注目して欲しくない。<br><br>じゃあ、そんな僕が日記ではなく、わざわざブログを書いているのは、<br>2つの理由がある。<br>　1つは、自分という人間の内情を世間にさらすことで<br>　（というより、さらすという行動を取った自分の行動という事を）、自覚するという事。<br>　「お前は世間にこんな事言ったんだぞ！」というプレッシャーをかけるという事。<br><br>　もう1つは、大事な人とのコミュニケーションです。<br><br>そんな前置きはさておき、今ブログを書いているという事は、<br>自分を鑑みているという事だ。<br><br>そして、<br><br>＞「お前は世間にこんな事言ったんだぞ！」というプレッシャーをかけるという事。<br><br>ここに、宣言しなければならないほど、今の自分はだめだったと思ったから書いている。<br><br>それは、「甘え」である。<br>今の僕は甘えていたのかもしれない。<br>今までの僕の人生の中には、ある方程式が存在していた。（今もあるけど）<br>　生活をする＝お金が必要＝仕事を頑張る<br>なので、<br>　仕事を頑張る事　＞　生活の些細な事よりも大事<br>という構図だ。<br><br>今思えば、うーん。いかに自分が自分の嫌いな「正論」を振りかざしていたか・・・<br>その考えを少しずつ、ほんとに少しずつ変えていってくれたのが<br>大事な家族だ。少しずつ、こう変わっていった。<br>　幸せな生活をする＝もっとお金必要＝もっと仕事を頑張る（←お猿のときの僕の思考）<br>　　↓<br>　幸せな生活をする≒お金は必要≒仕事は頑張る（変化してきた自分）<br>そう、自分の持っていた価値観は少しずつ変わっていたのだ。<br><br>そんな中、家族の中で大きなイベントがあり、僕はその時それまでの色んなものを捨てた。<br>僕の中では、一度全てをリセットして、新しい生活の中でまた道を見つけよう！と。<br>※何か、自分が考えたみたいに書いたが、そのきっかけをくれた家族に本当に感謝してる。<br>　僕はこの件で凄く楽になったし、一皮剥けた自分になったと思っている<br><br>そうしてやってきた3年間。僕は1つの仕事上での夢を描いてやっている。<br><br>そうして、仕事の方が順調に進んで、でも大変になってきているのが今の状況。<br>もう少し頑張れば、第1段階はクリア！という状況である。<br><br>でも、そんな自分を振り返ると、「また猿みたいな自分に戻っているのでは？」<br>とつぶやく自分が今この場に現れた。<br><br>そのつぶやきは、僕にひとつ課題を残した。<br>「お前はまた仕事しないと生きられない」<br>というロジック優先にしているのでは？という事だ。<br><br>随分長くなったから、過程は省く。<br><br>結果として、今の僕は、<br>　「仕事と生活の両立の仕方が人より上手く出来ない」<br>という克服すべき課題があるという事だ。<br><br>そして、それが出来ていない事を自分以外のものの責任にしている。<br>違う。それは僕の責任だ。自分の周りの状況は、全て自分が生み出しているものだ。<br><br>少しは頑張って変わろうとしてるじゃん！と耳元で囁く弱気な今の自分もいるけど、<br>違う、違う、違う。<br>もっと、変わらないと。<br>今の状況は変わらない。本当に変わりたいのか？変わりたいよ！<br><br>なら、少しの努力じゃだめだよ。<br>少しの努力は、自分の範囲内の頑張るだから。<br><br>折角、夜も寝ないで働くとか、時間を使ってるんなら、<br>自分の出来る事を一生懸命やってもしょうがない。<br>自分の殻を超えて、もっとあるべき自分に近づくための時間を使うべき。<br><br>書くだけなら意味ない。<br>なんとか、今回得たチャンスを生かして、<br>お前が思っていた最初の理想を目指して見ろよ！<br><br>頑張れ！自分。<br><br>ありがとう。愛すべき家族。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/eco7833/entry-12138245395.html</link>
<pubDate>Sat, 12 Mar 2016 01:57:14 +0900</pubDate>
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<title>疲れてます</title>
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<![CDATA[ 僕は疲れています。<br>そこに、更に重しが掛かりました。<br><br>でも、これがあるから僕は今まで僕だったかもしれない。<br><br>でも、もう一皮むけたい。<br><br>薄着の服を引き裂くような刃を、もうしまってくれないか？<br><br>少しは・・・<br><br>僕はどうすればいいんだ？<br>世の中を生きる価値観は、必ずしも1つではないはずだ。<br><br>綺麗すぎるなんて、僕は多分無理だ。<br><br>自分の綺麗さのために、人の何もかも「傷つく」かもしれないのに、<br>無理強いするなんて、出来ない。<br><br>あ～、<br><br>疲れてます。<br>このブログも、まだまだ終わらない夜の、ひとときの休憩。
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<link>https://ameblo.jp/eco7833/entry-12130697400.html</link>
<pubDate>Sat, 20 Feb 2016 03:06:55 +0900</pubDate>
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<title>大事な事</title>
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<![CDATA[ ・相手を思う事<br>・相手を信頼する事
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<pubDate>Sat, 20 Feb 2016 03:05:23 +0900</pubDate>
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<title>壮絶な出産</title>
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<![CDATA[ 随分と更新を怠ってしまいました。<br>こちらにはこちらの事情があり、そんな事は誰でもある事ですね。<br>そこを乗り越えて、何かアクションを起こすか？<br>そんな事です。<br><br>今現在、あるドラマの影響で毎週「出生」という事を考えている。<br>もっと言えば、「人が生まれて、そして死ぬこと」という事である。<br><br>私には大事な家族がいる。私の妻と4人の子供。<br>そして、周りにいる両親、親族等である。<br><br>男というのは、この類の事に関してはどうも「客観的」に見る習性が原理的に備わっているようで、<br>女性が持っているような「子供との一体感」というのは、どうしても得られない。<br>なぜなら、それは「子供を実際に産んでいない」という事が一番の要因であると思う。<br>それ自体は自然の摂理なのだと思うし、男には男で無ければ持てない視点があり、<br>それをフル活動して、家族のために何が出来るのか？考えて行動するのである。<br>※それは、誰しも性別の別なく、各々精一杯頑張るという事と同義である<br><br>そんな当たり前な事はさておき、今回は単純に「ある命の誕生」という事だけで書きたいと思う。<br>前述のとおり、私には4人の子供がいる。<br>それ自体は私個人としては幸せな事である。<br>※色々考えると大変・・・という事もあるだろうが、それを跳ね除けるだけの幸福感がある<br><br>その子供達を直接産んでくれたのは、私の妻である。大変感謝している。<br>だが、私自身は子供の出産に直接立ち会った事は1度もない。<br>出産時に近くにいたことは下の2人の時のみだ。<br><br>なので、実感として「命の誕生」という事のリアルな経験値という部分では、<br>スモールダディな状況である。<br><br>前置きが非常に長く、自分の能力の無さを痛感するが、<br>私が今、頭に浮かんでいる風景、それは、一番下の子を出産してくれた時の妻の姿である。<br><br>正直、憔悴しきっていたと思う。<br>その事に対しての反応が、今にして込みあがってきた。<br>ちょっと突いたら倒れてしまうかのような、まるで活力を全て吸い上げられてしまったかのような姿。<br>その姿がふいにフラッシュバックしてきたのである。<br><br>そこまで大変な事、それが「出産」＝新しい命を授かり、それを大事に育てて行くこと。<br>そうなんだ、と今にして少しだけではあるだろうが、妻が持っている気持ちに近づいたと感じた。<br><br>何か、それが嬉しかった。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/eco7833/entry-12104969613.html</link>
<pubDate>Fri, 11 Dec 2015 06:10:35 +0900</pubDate>
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<title>生き方に誇りを持つ</title>
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<![CDATA[ 僕は4児の父である。<br>4児である事は今回の内容とはそれほど関係ある事ではないです。（でも少子化社会の中では、男子力高い<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/043.gif" alt="パンチ！">）<br>大事なポイントは「父」であるという事。<br>子供を育てているという事である。<br><br>当然、我が子には父親と母親がいて、幸いな事に同居している状況です。（僕は平日は家を離れているので、いないようなものだが・・・。ごめんね、ママ。）<br><br>基本的に、子供が小さい時、子供は母親に依存します。<br>おそらく、生理的なものだと思います。<br>※経験者の方であればご賛同頂けるでしょう<br>父親は殆ど無視状態です<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/028.gif" alt="汗"><br><br>では、父親の役割とは？<br>第2子が生まれた辺りから、僕は考えるようになった。<br>実のところ、まだ「これだ！」という答えは出ていない。<br><br>でも、ひとつだけ、「これは大事だ」と思っている事がある。<br><br>　『父親である僕が自信と誇りを持って人生を生きていること』<br><br>である。<br><br>簡単に言えば、<br><br>　『父は尊敬できる！』<br><br>と思ってもらえているか？という事である。<br>そこさえ、父親としてブレない態度を示し続けられていれば、そんなに間違った事にはならないのでは？と思っている。<br><br>私の大好きなアーティストであるKANさんの歌に『Songwriter』という歌がある。<br>アーティストであるKANさんが自分の職業である「Songwriter」というものについての思いを述べている曲である。<br>その中で、こんな詩を公の作品として発表できるKANさんは素晴らしいと思うのである。<br><br>　”I'm a songwriter. ピアノを叩き、繰り返す表現のみが唯一存在の意義です。”<br><br>アーティストである自分の意義を明確に自覚し、かつそれを貫く事を公に宣言しているのである。<br>なぜそれが可能か？それは、自分のアーティストとしての生き方に誇りを持っているからに他ならないだろう。<br><br>じゃあ、SEである自分はどうだろう・・・<br><br>　"I'm a System Engineer. キーボードを叩き、繰り返す提案のみが唯一存在の意義です"<br><br>僕のSEとしてのポジションとしては、こういう事だろう。<br>僕はこれを胸を張って言えるのか？<br><br>続きは別の機会に。<br>※やっぱりすごいな、KANさん<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/eco7833/entry-12097510518.html</link>
<pubDate>Fri, 20 Nov 2015 01:31:35 +0900</pubDate>
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<title>普遍的な事への探求（誠実であることとは）</title>
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<![CDATA[ 僕は基本的に物事を難しく考える傾向がある。<br>ちょっと伝わり方が違うかもしれないが、要は自分の中で決着が着かない事は嫌いな質なのだ。<br><br>そこに生まれ持った（もしくは幼少期に染みついた？？？）性分が加味されて、<br>以下のルーチンを基本的には繰り返している。<br><br>　①何かが起こる<br>　　↓<br>　②自分がどう思うかを感じる（意識はしてないけど）<br>　　↓<br>　③その結論って大丈夫？って思う<br>　　↓<br>　④何となく穏便な方針に転換する<br>　　↓<br>　⑤意見を述べる<br><br>基本的にはそんな感じだ。<br><br>ひと昔の僕は、直観で物事を語るのは無責任で、意見を述べるでも一呼吸おいて、考えを整理して、検証してから発信するのが当たり前だと思っていた。<br>それが人として当たり前で、誠実なのだと・・・<br><br>でも、その『自分が思い込んでいる誠実』とは、果たして本当に《誠実》なのか？<br>不安になった僕は、こんな時間にブログを書いているのである。。。。<br><br>とっさにネットの国語辞典で調べた結果では、《誠実》とは、<br>　<br>　「私利私欲をまじえず、真心をもって人や物事に対すること。また、そのさま。」<br><br>とある。<br><br>ポイントは1つだな、と思う。<br>　<strong>真心</strong><br>これは、人それぞれ価値観が異なる。<br><br>じゃあ、その答えを解くキーとなる《真心》とは？<br>　<strong>真実の心。偽りや飾りのない心。誠意。「―のこもった贈り物」「―を尽くす」</strong><br><br>ふむ、何を言った事にもなっていない。。。<br>というより、要は誰しもが認める心で接するという事だ。<br><br>でも、その誰しもって、<br>　世界中の人々なの？<br>　今、世間を混乱に貶めているテロ組織も含めて？<br>　日本の法律内ではあるけど、極刑を言い渡された人も含めて？<br>うーん、と思う時点で僕は未熟なのである。だが、誰かが答えを持っている事でもない。<br><br>なぜか？<br>なぜなら、それは『普遍的な事柄』だからである。<br><br>頭がグルグルする。<br><br>今日はここまで、、、、ごめんなさい。<br><br>次までに《不変である事とは》を少し考えをまとめてみます。<br>※誠実という事の考察は？は、あまり気にせず<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/188.gif" alt="べーっだ！">適当なブログなので。<br><br>
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<pubDate>Tue, 17 Nov 2015 01:18:51 +0900</pubDate>
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<title>経験の大きさ</title>
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<![CDATA[ 僕はSEである。<br><br>今は、ある地方都市のソフトハウスのSEとして働いている。<br>以前は、首都圏のソフトハウスのSEをやっていた。<br><br>そんな経歴があり、今は首都圏での仕事を発注頂き、<br>平日は首都圏に勤務、週末は地方の家に帰る。<br>という生活を送っています。<br><br>そんな中、仕事上で一つの変化があり、それは僕を非常に嬉しくさせてくれたので、<br>その事について、書きたいと思う。（面白くはないが）<br><br>かれこれ半年前、私は首都圏で受注した仕事に、地方勤務のメンバーをアサインする事にした。<br>その彼（以後、Xさん）に出張ベースでの首都圏勤務をお願いして、対応頂いていた。<br><br>だが、Xさんは家庭の事情により首都圏での勤務が困難になり、2か月勤務してもらったあと、本社に戻るという決断をした。<br><br>その時は、「あぁ、もったいないなぁ、案件を完結出来ればXさんにとってもSEとしてもっと成長できたのに」という思いが正直残ってしまった。<br><br>だが、Xさんは変わった。（本人は分かってないかもしれないが）<br>地元に戻ったXさんは、明らかにレベルアップしていた。<br><br>今、色んな経緯から、2週間だけスポットで首都圏に出張してもらっているが、話していて非常に信頼がおけ、頼もしい存在である。<br>※今一緒にやっているメンバーよ、決してダメだという事ではないよ～<br><br>やっぱり、首都圏で経験した事は無駄ではなかった。<br>経験というのは、人をこんなにも成長させるものなのか。<br><br><br>僕は嬉しかった。<br><br><br>「地方から発信するIT」<br>「地方だから提供できるITソリューション」<br><br>地方に移ってからの僕は、それをテーマに働いている。<br><br>ある刑事ドラマの名セリフを引用させてもらうなら、<br><br>『全ては首都圏で起こっているんじゃない！！』<br>『現場で起こってるんだ！！』<br><br>という事である。<br><br>僕自身、平日は首都圏に出張して対応している状況は、まだまだしばらく続きそうだ。<br>※それ自体は、期待してもらっているという点では嬉しいことではある<br>僕が達成しようとしている夢までには、まだまだ遠いのは確かである。<br><br>でも、30歳を過ぎてても、一つの経験が人をここまで成長させる！<br>※当然、Xさんのモチベ―ションの高さと、継続している努力の賜物ですが<br><br>僕は自信を持たせてもらった。<br><br>ありがとうXさん。<br>僕の夢は絶対に実現出来るはずだ！その思いに対して、一つの確信が持てる事が出来ました！<br><br>僕は前にみんなに語った夢、絶対に実現させるから。<br><br>今は、家庭を最優先に。<br>ちょっと余裕が出たら、その力を少し貸して下さいね<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/193.gif" alt="にひひ"><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/eco7833/entry-12094207164.html</link>
<pubDate>Wed, 11 Nov 2015 00:39:18 +0900</pubDate>
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<title>不屈の精神</title>
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<![CDATA[ 今日は、自分の無力さのせいで、まだまだ仕事が終わらない。。。<br>なので、コンパクトにいきます。<br><br>困難に立ち向かう、不屈の精神が欲しい。<br><br>そんな時に心にグッときてしまう、<br>武者小路実篤の「進め 進め」という詩がある。<br>※聞いたところだと、同名の詩があと1編あるとの事だが、<br>　詳細は僕は知らない<br><br>引用すると長いので、僕がグッとくる部分を<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/104.gif" alt="グー"><br><br><br><font color="#FF0000">何をしたらいゝのかわからない！<br>しなければならないことを<br>片つぱしからしろ、忠実に。<br>進め、進め！</font><br><br>とか、<br><br><font color="#FF0000">こんな歩き方でもいゝのか。<br>いゝのだ。<br>一歩でも一寸でも、信じる道を<br>進め、進め、<br></font><br><br>とか。あぁ、元気づけられる。と同時に、頑張らなければ！<br>と気持ちを新たにさせる。<br><br>人の精神に触れるとき、何かの反応が起こるんだな。<br><br>直観として心に響いた人、かつ武者小路実篤を知らなかった。という人。<br>もしかしたら、人生のターニングポイントかもしれません<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/187.gif" alt="グッド！"><br>
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<link>https://ameblo.jp/eco7833/entry-12092376244.html</link>
<pubDate>Fri, 06 Nov 2015 01:58:46 +0900</pubDate>
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<title>よければ一緒に</title>
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<![CDATA[ 僕の好きなアーティストであるKANさん。<br>全国的にヒットした「愛が勝つ」が発表されるよりも前に、<br>私が当時住んでいた地域でオンエアされていたラジオで彼の存在を知った。<br><br>「なんか、いいなぁー」<br><br>そう思ってて、ずっとラジオを聞いていた。<br>その内、僕の日常にすぅーと入ってきて、カセットで彼の曲を聴いていた。<br><br>僕と彼の年齢差は15年以上あるわけだが、当時は彼も30歳前であり、<br>思春期の僕は多分に影響を受けたのである。<br><br>僕の人生の節目では、必ず彼の歌がそばにあった。<br><br>それから現在まで、彼が世に生み出した楽曲の数々と、僕は共に人生を歩んでいる。<br><br>彼の楽曲の素晴らしい点、それは色々あるけれども、<br>20年以上もファンでいるのは、年月が経ち、僕自身が成長して価値観や感受性が変化する中、<br>彼の楽曲は変化しつつも僕に寄り添ってくれている事が一番大きいと思う。<br>※別に彼がそうしてくれているわけではないけどね<br><br>そんな事を強く感じる楽曲がある。<br><br>「よければ一緒に」<br><br>という曲で、発表は2010年である。<br><br>「僕ひとりでできることなんて何もない」<br>「君とふたりでできることならいくつもある」<br><br>彼はそう書いている。<br>それを聞いた僕は、すごく安心するのである。<br><br>「そうかぁー、そうだよね。それでいいんだよね。」<br><br>彼は、彼の思いを素直に伝えてくれる。<br>その素直な表現に、僕は安心し、感動し、気持ちを新たに頑張ろうと思うのである。<br><br>その昔、まだ私が思春期の頃、KANさんはなぜ1年に1回しかアルバムを出さないのか！<br>と憤っていた時期があった。<br>でも、年をとった今ならわかる。<br><br>ごめんなさい、勝手なことを思ってしまって。<br><br>僕はSEとして、”ものづくり”に携わっている。<br>そこには自分ならではの着想を反映出来る機会も、少なからずある。<br><br>その時、自分の100%以上の力を出さないといい結果にはならない。<br>今の自分から進化した自分に脱皮するチャンスである。<br>そんな簡単には出来ない。普段の事をやるので100%なのだから。<br><br>僕のSEとしての人生は、継承の段階に来ている。<br>自分だけが持っていたアイデンティティを別の世代に継承しなければならない。<br>なぜなら、僕が生み出した小さいながらも認められた価値を、<br>僕がいなくなった後も提供し続けなければならないから。<br><br>もうかれこれ数年悩んでいる課題である。<br><br>KANさん、変わらず、時には変わって<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/139.gif" alt="ニコニコ"><br>そのすばらしい世界観を聞かせて下さい。<br>そして、それを聞いた僕に少し力を下さい。<br><br>（恐らく）一生応援し続けます。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/eco7833/entry-12091330739.html</link>
<pubDate>Tue, 03 Nov 2015 09:17:37 +0900</pubDate>
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