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<title>とびこえよ、その囲いを。</title>
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<description>この度、青年海外協力隊員として、エクアドルに派遣されます。25年度2次隊での参加で、要請は、青少年活動で地域や小学校で情操教育を行います。大学を卒業してからは、中学校の教師として働いていました。</description>
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<title>あのときあなたがそうしてくれたように。-ハグ文化との戦いと効果-</title>
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<![CDATA[ こんにちは、今回、以前から戦ってきたハグの文化に関して書きたいと思います。<br><br>正直なところ、僕はハグが好きではありません。というかほっぺをくっつけあうベソが苦手でした。色んな女の子と抱き合えるなんて最高じゃん、などという感覚はあまりなく、結構気合いのいる作業でした。やはりハグは、好意のある女性や親しい友人とするもんだし、感極まったときに気持ちを共有するめにもあるという感覚があったからです。<br><br>ただ、南米に住み始めて早６ヶ月。毎日毎日、風呂に入れない日も、汗でべたべたの日も、雨の日も風の日もハグをし、時にケチャップみたいなものが付いたほっぺたにも、ベソをしてきました。平気な振りをしていたら、いい加減、慣れてきました。<br><br>ただ、このハグやベソを繰り返していくうちに気付いた事があります。<br>ハグ＝抱きしめることは、肉体的刺激という意味で暴力と同じ性質を持つかもしれないということです。ただ暴力と異なるのは愛の比率が違うということです。また暴力は、快があれば、繰り返される。愛の比率が高い抱きしめるという行為は、暴力的な性質を持ち、繰り返し行われる。性教育の世界には、約10才以下の子どもには、親などによる肉体的接触が必要で、それにより相互的に愛着が生まれるといわれているそうです。<br><br>つまり、愛するから抱きしめるのではなく、抱きしめていると愛してしまうという仕組みがあるように思います。<br>教師役の北野武が映画「バトルロワイヤル」で、殴っていくうちに、子どものの名前を覚えていった、と言っていました。<br>抱きしめる事の暴力性を考えると少しわかるような気がします。当然、体罰には反対です。でも不思議なことですが、現在、自分の勤める学校で子ども達を抱きしめていくうちに、彼らの事をもっと知りたいと思ったし、名前も覚えていきました。不思議にも、腹の立つ子がいても抱きしめていくと可愛くなる。<br><br>また、以前<a href="http://ameblo.jp/ecuatriano/entry-11768672201.html" target="_blank">ここ</a>で、この町では死が近いと紹介しましたが、先日、孤独死がありました。７０過ぎの女性で、身寄りがいなかったそうです。首をくくり、死後３日経って発見されたそうです。僕は彼女のことを知りません。僕の意見ですが、この国の、この地域の人々のわかってもらえない苦しみとは想像し難いものがあるように思います。この地域は、祭りの度に踊り、悩んだら踊ろうという雰囲気があります。悩み事も、まず考える基準として神様がいるし、自分で抱え込むふしもあるようです。<br>やはり彼らの事は、全くわかりません。でも抱きしめ合うのです。<br><br>ここには、言葉ではない何か大切な要素が詰まっているよう感じてなりません。<br>相手の事などわかり得ないという前提があるから、苦しみもあるかもしれません。でも人の腹を牽制しあうより、楽しい事を共有し、抱きしめ合う。スタンリーキューブリックの映画「アイズワイドシャット」のラストシーンのような「そこにある事」を信じる姿がこのハグという文化にはあるのではないでしょうか。<br><br>もう１つ気づいた事があります。それは僕自身、抱きしめられるうちに、ここの人々を好きになっていったということです。<br>僕自身で実証されてしまった以上、このハグの文化を信じない訳にはいかなそうです。<br><br>つまり、今、少なからず、ハグやベソは嫌いではありません。<br>
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<pubDate>Mon, 28 Apr 2014 01:53:39 +0900</pubDate>
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<title>協力は死んだのか、それとも。-無償資金協力の３年後-</title>
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<![CDATA[ こんにちは、今日は、日本の協力活動の少し先にどういう変化が起こるのか少し考えれたらと思います。現在、ここでの生活も６ヶ月に入り、２年間の計画を立てる上で必要なことでもあります。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140405/22/ecuatriano/15/58/j/o0800060012899262419.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140405/22/ecuatriano/15/58/j/t02200165_0800060012899262419.jpg" alt="消される前" width="220" height="165" border="0"></a><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140405/22/ecuatriano/d9/26/j/o0800060012899265029.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140405/22/ecuatriano/d9/26/j/t02200165_0800060012899265029.jpg" alt="文字　中学" width="220" height="165" border="0"></a><br><br>配属先の小学校である変化がありました。「<a href="http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shimin/oda_ngo/kaigai/human_ah/http://" target="_blank">日本の草の根文化無償資金協力</a>」により建てられた校舎に書かれたGRASIAS JAPON（ありがとう、日本！）が消されました。このプロジェクトは、草の根•人間の安全保障無料資金協力の一環で、外務省が行う一千万まで無償で協力することができる日本の協力形態です。それを利用して３年前に、校舎は建てられました。県はそれに感謝の意を表して、GRASIAS JAPON（ありがとう、日本！）を書きました。が、消される事になりました。この協力活動をした証は、僕の村に３つあるし、県内にも何個か確認しました。それらは全て消されていました。これは、国と県の指示で広告を消したいという意向があるそった。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140405/22/ecuatriano/b5/cc/j/o0800060012899262417.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140405/22/ecuatriano/b5/cc/j/t02200165_0800060012899262417.jpg" alt="消される途中" width="220" height="165" border="0"></a><br><br>その時、何とも言えない気持ちになりました。なぜなら資金援助があったから配属先の校長が協力隊を知り、僕がここにいるのだけれど、協力活動に携わる者として感謝の気持ちが消えてしまうように感じたから。日本からの税金を不意にされたようにも。別に感謝される事が目的でなく、外交の手段ですが、ショックは大きかったです。<br><br>でも冷静に考えれば、この言葉は、そもそも彼らが決めて書いた事です。だとしたらそれは彼らの意識の問題。だとしたら、ここから何が生まれるだろう。感謝の気持ちは死んでしまって、もう日本への感情はなにもないという、否定的な意味だけになるのでしょうか。<br><br>でもきっと、それだけではない。もう援助は必要ない、自分たちの力でやろう、という意志の現れにも見えます。現在、エクアドルは中進国になり、都市部への協力隊派遣も減少傾向にあります。そうした意味では、彼らの自ら働く力を促す協力活動に近付いたのでは。<br>だとしたら、今の自分の活動に置き換えてみれば、任期を彼らの為に最善を尽くすことで感謝されるかもしれないし、少しの間記憶に残るかもしれない。けれど時間が経てば、その記憶もきっと薄れていくことは間違いない。それでも協力の残骸を彼ら処分し、彼らの力で次へ進もうとするならば、それこそが持続可能な協力になりうるのではないでしょうか。<br><br>僕が今考える教育は自由を求めるものですが、それは手が離れたとしても続いていく自立的発想が必要です。<br>協力という言葉を教育という言葉に置き換えられるとすれば、教師（協力者）という残骸を処分して、子ども達自身（被協力者）の力で次へ進もうとする。その後、自立心が残っていれば、これ以上の喜びはないはず。<br>先がわからないから協力は死んだという訳ではなく、先がわからなくとも自らの意志で動き出そうとしたのならば、それは生まれ変わること、といえるのではないでしょうか。<br>ただ、文字が消されたぐらいで、死んだとか、大げさに響くかもしれませんが、生まれかわるキッカケという意味では、正しいように思います。<br>無駄にはならない、そんな不確かでも、そんな希望を、この行動から感じました。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140405/22/ecuatriano/0b/80/j/o0800060012899262416.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140405/22/ecuatriano/0b/80/j/t02200165_0800060012899262416.jpg" alt="消された後" width="220" height="165" border="0"></a>
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<pubDate>Sat, 05 Apr 2014 22:04:27 +0900</pubDate>
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<title>2014年3月11日に思う事</title>
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<![CDATA[ <br>エクアドルの時間に合わせて、2014年3月11日2時46分に黙祷をしました。自分にとっては、この自分が今いる場所の時間で祈る事に意味を感じました。でもなぜかわかりません、時間なんて思い出す為のきっかけに過ぎないと思ったというのもあります。でも僕自身が過ごしているこの刻まれた時間というものに振り返る意味があり、つまり自身の責任だと感じたのです。<br><br>今、あれから三年経って、震災を語る事に対する認識が変わったように思います。例えば、SNSを久しぶりに見ると、この3月11日に関する投稿が昨年より減っていました。一昨年よりもっと減っています。なぜだろう。<br>ここにいるのは、当事者、当事者との関係者、日本人が多いはず。当事者にとっては、いつまでも変わらず、苦しめ続ける記憶になるかもしれない。それでも向き合う人もいる。関係者は、忘れないように発信を続けたり、思いにふたを閉めたりする姿勢は変わらない。日本人にとっては、誰に語らずとも胸に刻む人もいるのは確かでしょう。でも震災から一年目と二年目の時、なんとなく意見をいうことを許されていたけれど、今になっては物珍しさがない、と思っている人ももいるようにもみえます。見方によっては、語ることに飽きてもいるんではないか、と感じてしまうことすらあります。それは、自分とは関係がないから？<br>僕は当事者ではありません。日本人であるけれど、大切な事に飽きるような人ではありたくない。この時代に生きた人として、いつまでも関係者である姿勢を持っていたい。<br><br>今回の3月11日は、全く新しい生活に、周りが見えなくなっていた自分を立ち戻らせてくれました。チンボの村に来て、４ヶ月が経ち、いつも以上に小さい事に、むかついていた時期で、なんだかわからないけれど、どんどん閉じこもっていました。最低限の人以外との関わりを拒絶しようとしていました。でもこの出来事を思い出すと、無くなってしまいそうな彼らを思い出すと、懸命に生きなければならないことを思い出します。<br>昨日、この町を守っていた警察の方の葬儀だったし、先日も、生徒の親御さんが亡くなりました。やはり近い者の死を思い出す事が、どんなことがあっても生きていかなければならないという、責任にも似たろうそくの火を燃えたぎらせてくれました。震災に関して答えは、答えを出さない事が答えだとしたら、この火は消せないですむのかな。こうする事が、関係者でいることだと思います。<br><br>確認しよう。まだまだやれることがたくさんある。むかつくのは自分の事しか考えていないからだ。死を感じて、はじめに立ち戻れ。映画も音楽も藝術も飯もスポーツも交流も、楽しい事を目一杯、享受しろ。きっと、まだまだやれることがある。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140316/21/ecuatriano/40/b2/j/o0800106712877353129.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140316/21/ecuatriano/40/b2/j/t02200293_0800106712877353129.jpg" alt="3.11" width="220" height="293" border="0"></a><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140316/21/ecuatriano/0e/40/j/o0800074912877353128.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140316/21/ecuatriano/0e/40/j/t02200206_0800074912877353128.jpg" alt="2：46" width="220" height="206" border="0"></a><br>
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<link>https://ameblo.jp/ecuatriano/entry-11797704358.html</link>
<pubDate>Sun, 16 Mar 2014 21:20:59 +0900</pubDate>
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<title>死とつながりと寂しさ</title>
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<![CDATA[ <div>ここでは誰が亡くなったという話をよく耳にします。人口も4000人程度なのでか、月に一回は。職業によるけれど、もし都市部の派遣だったら、多分、ニュースぐらいでしか誰かの死を聞かないんじゃないかな。数で言えば、ここより、何十倍、何百倍も人が命を落とすのに。</div><div><br></div><div>でもここに、この村のつながりを感じます。村人とその個人とのつながり、死して、その人が残したものを語り合う。その後に、彼らが語らずとも、感じることは、懸命に生きようという決意です。彼らが朝5時から起きて仕事をする真面目さは、ここにあるのかもしれません。</div><div><br></div><div>今、人と簡単につながった気分になれるものや一人じゃないと思えている気がするものがたくさんあります。でも簡単につながれることは、幸せばかりではなく、つながりの意味やら価値やらを揺るがすほど恐ろしいものにも見えてしまいます。</div><div>それでも、寂しいからつながろうとするんじゃないかな。</div><div><br></div><div>スペイン語で、寂しいという言葉の直接的な訳はないよう。もし訳すとするなら、Estoy solo/a、つまり一人でいる状態を指す。</div><div><br></div><div>ここから得られることは、寂しさを具体化することが必要だということ。つまり、精神的にも身体的にも一人でいることが寂しいことだと認める必要があるということです。何となく寂しさを抱えたまま過ごしてしまうと、この感情が何なのかわからなくなって、ずっと悩ませる。</div><div>だから、具体化した上で、つながることを求めたい。</div><div>もしそうじゃないと、何となくのつながりに、多くを求めてしまう。</div><div>でも、もしそうであっても、孤独の後には、孤立が待っている。</div><div>だからこそ、話がしたい。</div><div><br></div><div>まず、そのためには、人を信頼し、語りかけることのできる自分になりたい。</div><div>自分を救うことができるのは、自分なのだから。</div><div><br></div><div>そうやって、語られるためではないけれど、流されるだけではなくて、一生懸命に生きる為には、自分の生を考えることが必要だと思う。</div><div><br></div><div>そんなことをこの村では考えさせられています。</div><div><br></div>
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<pubDate>Sun, 09 Feb 2014 07:55:58 +0900</pubDate>
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<title>クリリンのことか！—協力隊、要請、情操教育、先生じゃない</title>
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<![CDATA[ <br>こんにちは、今回は、協力隊、要請、情操教育、先生じゃないということに関して書いていきます。多分、いつもより更に文章が堅くなるだろうな。<br>でも休憩を挟むのでご安心を。<br><br>「要請に関して」<br>「エクアドル」というバナナとガラパゴスが有名な、日本の裏側の国で。それをまだ説明していませんでした。<br>まず、少しだけ青年協力隊に関して説明を。<br><br>協力隊は、JICA（独立行政法人国際協力機構）が実施するボランティア事業です。持っている技術や経験を開発途上国の為に活かしたいという人をボランティアとして派遣します。分野は様々で、教育や医療、農業、スポーツなど。井戸を掘っているばかりではありません。派遣国は、アジア、アフリカ、中南米、中東など８０カ国以上です。派遣期間は２年です。今までに３万人以上が参加し、前後するものの、年間約１０００人が参加します。現地の人々と共に暮らし、共に考え行動し、日本へ、世界へ社会還元を行います。協力隊は、自分のできることを世界の為に、できる範囲で活動するというボランティア事業です。協力隊に関して、JICAやそれぞれの協力隊参加者にはそれぞれの考え方があるでしょうが、僕の考えはこうです。<br><br>ちょっと休憩しましょう。<br>サンタなのに、物を乞うサンタ。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20131208/22/ecuatriano/7c/d9/j/o0800060012774683438.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20131208/22/ecuatriano/7c/d9/j/t02200165_0800060012774683438.jpg" alt="とびこえよ、その囲いを。-サンタ" width="220" height="165" border="0"></a><br><br><br>「要請」<br>そして、活動は様々と言いましたが、その中でもJICAからの要請があります。その要請をもとに協力活動を行います。それは、途上国から要望が出されたり、JICAが要望を調査して出したり様々ですが、とにかく多種多様です。アフリカで、パソコンを教えたり、大洋州の島々で環境保全したり、アジアで日本語を教えたり、南米で小学校の先生をしたり。協力隊と一口に言っても、生活環境も活動も大きく違う場合が多いので、この違いは大切なポイントかと思います。つまり協力隊活動といっても同じ仕事、同じ暮らしであることは、あり得ないということです。<br><br>その中で、僕は青少年活動という職種で、エクアドルの小学校で、情操教育（スポーツや音楽、美術など）を実施するという要請のもと活動しています。でもこの青少年活動という文字通り青少年に対する活動の特性でもありますが、その人の能力に合わせて、活動を実施するという、実際、子ども達や地域の為であれば、なんでもありの活動です。活動を自己完結させないといけない辛さがありますが、その分やりがいがある活動だと思います。<br><br>そして、この要請を選んだ理由は、三つ。エクアドルのような後進でも先進でもない中進国であること（お金はある程度あるが、細やかな教育が必要な国）、新規の要請であること（前任者の考えがない）、情操教育であること（心を豊かにすることが自分の考える教育の本質であるとしたら）。そんなところです。自分がやりたいことと重なることが多かったので選んだということが大きいと思います。でも実際、現場でやりたかったということが大きいかな。<br><br>「情操教育に関して」<br>特にやりたかったことは、情操教育です。僕は、自由になる為の教育を求めます。そして情操教育は、心を豊かにすることを目的とした教育だと思います。心を豊かにすることの重要な要素として、感情を少しでも操り、自分が思うように行動をとることができるということがあると思います。もしこのような自己選択が自由への道にあるとしたら、自由になる為の教育に情操教育は不可欠です。そこには、スポーツを通して社会のルールを知ること、美術や音楽などを通して自身の為の価値の創造をすること、外国語活動を通して世界を見ようとすること、などがあるでしょう。まだまだ考えは固まっていませんが、こんな風に考えていました。<br><br>一息入れましょう。<br>虫みたいな犬。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20131208/22/ecuatriano/c6/0c/j/o0800106712774683441.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20131208/22/ecuatriano/c6/0c/j/t02200293_0800106712774683441.jpg" alt="とびこえよ、その囲いを。-いぬ　遠" width="220" height="293" border="0"></a><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20131208/22/ecuatriano/50/00/j/o0800106712774683440.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20131208/22/ecuatriano/50/00/j/t02200293_0800106712774683440.jpg" alt="とびこえよ、その囲いを。-いぬ　近" width="220" height="293" border="0"></a><br><br>「先生じゃない」<br>また、ここにきてから一ヶ月が経ち感じることは、僕は、先生としてはここにいない、ということ。小学校に配属されているので、子どもたちから、Profe（Profesor=先生）とよばれ勘違いをしてしまいがちですが、先生ではありません。（彼らからそう見られているという視点は忘れず）日本でやっていたようにやる必要はないということです。例えば、生徒指導もやらなくちゃと反射的に思うときもありますが、まだやらなくても良い、というのも危険が伴うからです。生活環境も宗教も言葉も何もかも違うからです。ただし、身体的な暴力と明らかな精神的暴力（侮辱的な言葉、貧困や見た目など）には指導はしたいと思いますが。共に活動する道を探すのなら、文化に関しても、時に、言い訳をしても良いと思います。自分にとっての協力隊活動は、できる範囲がポイントです。できる範囲の活動は、責任を負える範囲であることだと思います。だとしたらできる、できないを知らないといけません。<br>彼らにとって僕は、先進国から来た人、教育をたくさん受けた人、私たちの為に何かをしてくれる人、外国から来た異文化そのもの、日本というイメージそのものであって、協力隊員として、この小学校において、町全体多面的に教育活動に携わってほしいという要望です。生徒指導という道徳的な管理に手を出すた為には、まだ時間と努力が必要です。彼らと自分に関してお互いの認識はまだとれていませんが、方向性、位置づけは少しずつとれてきました<br>こういう事情があるので自分自身を出すためにも、先生という枠は足かせになってしまうかもしれない、ということで考えを改めました。<br><br>とにかくは、子どもたちと共に、一緒に遊ぶけど勉強も教える。本気で怒るときもあるけど、思い切り抱きしめもする。そんな方法を模索する為に、ここに来ました。ほんとのことを言えば、情操教育を通して、自分も、子どもたちと共に自由を持ちたい、そう思いました。<br>誰かが良いと言ったことをやることが最善ならばそれをやればいい。でもそうは思わないから、考えたいから、ここに、いる。そうじゃないかな。<br><br>いつも良くしてくれる彼らに、何かできないかな。<br>この考えを２年間貫けたら良いな。<br><br>一ヶ月経ってそんなことを考えていました。<br><br>やはり、文章、堅くなってしまいました。<br>まあ、そういう訳で、ダニに噛まれまくり手足は真っ赤、標高２４８０mで空気は乾燥し肌はカサカサ、空気が薄く常に眠りは浅いなかではありますが、何か会がある度に踊り、クイというでかいネズミを時々食べ、時に角刈りになりながら、子どもたちはドラゴンボールZが好きなので、「クリリンって、何回死んだの？」とか聞かれたり。そしたら「たくさんかもしれないけど、地球人では最強なんだよ。」とか話しながら、楽しく子どもたちと暮らしております。<br><br>そんな段階なので、考えの変遷と共に、まずまず、先は見えない雲海のように、道のりは長いです。<br>一ヶ月経ってそんなことを考えていました。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20131208/22/ecuatriano/60/00/j/o0800060012774683442.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20131208/22/ecuatriano/60/00/j/t02200165_0800060012774683442.jpg" alt="とびこえよ、その囲いを。-雲海" width="220" height="165" border="0"></a><br>
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<pubDate>Sun, 08 Dec 2013 22:38:45 +0900</pubDate>
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<title>なんでブログ？</title>
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<![CDATA[ <div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">こんにちは、</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">遅くなりましたが、10月3日、<wbr>とうとうエクアドルに到着しました！</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">荷物のビオレが破裂するくらいしか問題なく、<wbr>体調も悪くないです。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div></div><div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">そして、このブログをご覧の日本の皆さん、地面を見て下さい。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">そこから約13000キロ先が南米です。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">そこにエクアドルはあります。</span></div></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">そこで書いております。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">まず、何を書こうかな。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">んー少し重い話題から行きましょう。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">自分的にどうしても避けられないことなので。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">いつもこんなのばかりを書くわけではないのでご安心を。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">今回は、お付き合いください。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">なぜブログを書くのか？</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">ここから行きたいと思います。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">俺みたいな人のことばかりを気にしてしまう弱い人間が、<wbr>そのくせ頭ではアホみたいなことばかりを考えている人間が、<wbr>公共の電波に乗っけて、なぜブログを書くのか？</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">時に、人を傷つけ、<wbr>自分自身を傷つけてしまう危険性のあるブログをなぜ書くのか？</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">それはもちろん、<wbr>青年海外協力隊としての活動を多くの人に知って欲しい。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">（多くの人々の税金から成り立っているし）</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">そして世界のことを少しでも知って欲しい。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">そんな思いもあります。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">ですが、一番は、<wbr>自分のことを大切な人々に知って欲しいからです。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">俺の人間関係作りは、<wbr>どうしても人に合わせて態度を変えてしまいがちです。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">なぜか。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">人に嫌われたくないからです。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">だから、どうしても考えてしまう。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">思うようにやればいいとは、わかっている。だけれど、<wbr>そうせずにはいられない。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">人によって態度が違う。</span></div><div></div><div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">明るかったり、暗かったり、真面目だったり、無口だったり、<wbr>バカだったり、社交的に見えて社交的じゃなかったり、<wbr>目立ちたがり屋なのにシャイだったり。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">そしてあまりうまく行かず、嫌悪する。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">これは、普通そうなのかもしれません。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">そして逆に言えば、こんな具合に、<wbr>人々に合わせることで自分の存在を確認してきたのかもしれません<wbr>。</span></div></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">自分が、社会を生きるために当然の作業だったとは思います。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">だけど自分が思う自分自身というものをしっかりと伝えたい。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">それには、やはりこうした人生の中での大きな転機でもなけりゃ、<wbr>無理だと思った。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">だから、書きたいのです。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">まー自分の探し中のギャルみたいな理由です。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">だけど、その理由に関して、<wbr>真剣に答えようとすることが出来たのなら、結果はどうであれ、<wbr>自分自身が納得することができるのでは。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">この薄っぺらい100面相をなんとかできるのでは。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">大切な人々がもしかしたら離れてしまうかもしれないけれど、<wbr>大切な人々と関係をもっともっと強くできるのでは。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">俺の好きなかっこいい大人に近づけるのでは。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">そう思うのです。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">届くかどうかわかりませんが、<wbr>そんな今まで自分自身を作ってくれた人達に、知ってもらいたい。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">そして、自分自身が思う自分を飛び越えてみたい。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">この囲いをを飛び出してみたいのです。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">だから大切なあなたには、見ていただきたい。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">もしかしたら変なことばかり言うかもしれません。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">なのでほんと暇な時にでも、見て下さい。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">何か思ってくれたのなら話しましょう。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">できたらメッセージやメールで下さると嬉しいです！</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">不定期ではありますが、色んな内容を書かせて頂きますので、<wbr>どうぞよろしくお願いします。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">また、多少のフィクションを含む場合がございますので、<wbr>どうか温かい目でご覧ください。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">長くなりました。</span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">次回より、<wbr>しっかり協力隊やエクアドルなどに関して書いていきます！</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">その時は、だんだんとEcuatriano（エクアトリアーノ 男のエクアドル人という意味です）<wbr>なっていく様もご覧いただけると思います。</span></div><div><br></div><div>あっ、銃声だ。</div><div>なにわともあれ、彼らの事をよく知りたいです。</div><div style="color: rgb(34, 34, 34); font-family: 'Helvetica Neue', Helvetica, Arial, sans-serif; font-size: 14px; line-height: 22px; background-color: rgb(255, 255, 255);"></div>
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<pubDate>Sat, 05 Oct 2013 06:21:06 +0900</pubDate>
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