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<title>雑記帳「目白で目が白黒」</title>
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<description>エディットハウス代表　岩中祥史のブログ</description>
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<title>「衛星都市」になっても埋没しない街</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">大都市近郊にある多くの街が、ベッドタウンであることにひきずられアイデンティティーを失ってしまう中、それを保っていられるのは、できそうでできないことです。それが、駅前の見かけだけでない、この街の魅力を高めているような気がしました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">翌日出向いた小見玉市は、旧小川町・美野里町・玉里村の２町１村が平成の大合併で一緒になって生まれた街。地元関係者以外でその存在を知っている人がいたらめっけものでしょう。というか、地元出身者でもすでにそこを離れている人は、そのことを知らずにいるようです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">それというのも、ラジオで、「私は美野里町の出身なのですが、いつの間にか小見玉市になってたんですね。知らない名前なので、びっくりしました」などという声が寄せられていたからです。来年３月には、市内に茨城空港が誕生するので、「小見玉」の名前がマスコミをにぎわすことでしょうが、それまではいまのまま、無名の状態が続きそうです。でも、これは考えてみると不幸な話です。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><a href="http://edit-house2.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2010/04/30/dsc_0660.jpg"><font size="3"><img title="Dsc_0660" style="DISPLAY: block; MARGIN: auto" height="198" alt="Dsc_0660" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fedit-house2.cocolog-nifty.com%2Fblog%2Fimages%2F2010%2F04%2F30%2Fdsc_0660.jpg" width="300" border="0"></font></a> <font size="3"> </font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">それにしても、こんなところに空港をつくって、利用者がいるのだろうかと心配になってしまいます。市内にもその周辺にもこれといった観光資源はありません。現在定期便の就航が決まっているのはアシアナ航空だけだそうですから、せいぜい、韓国からゴルフを楽しみにくる（需給がアンバランスで料金がえらく高い韓国に比べると、茨城・栃木は格段に安い！）人がいるくらいではないでしょうか。</font></p>
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<pubDate>Sat, 01 Aug 2009 16:02:21 +0900</pubDate>
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<title>沖縄で、皆既日食に興奮</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">　トカラ列島の悪石島に大勢のマニアが訪れているのをよそに、私はたまたま取材で着ていた沖縄本島・那覇で、４６年ぶりという日食に出くわす幸運に恵まれました。日食観測用のメガネ（５００円！）を片手に、太陽とにらめっこしながら午前中を過ごすことになったのです</font></p><p><br><font size="3">　４６年前といえば、私が中学１年生のとき。そういわれれば、ろうそくを燃やして出る煤をつけたすりガラスの破片を手にしながら、必死になって空をながめた記憶がよみがえってきました。それ以来のことなのですが、大人になっている分、どこかクールな自分がいます。</font></p><p><br><font size="3">　それでも、実際それを目にすると、ドキドキするものです。名古屋でその昔見たのは、おそらく部分日食だったのでしょう。それが沖縄ともなると、９２％も太陽が欠けるのですから、あたりがかなり暗くなるのではないかなどとあらぬ想像をめぐらせたりもします。</font></p><p><br><font size="3">　でも実際は、そこまで行きませんでした。太陽のまわりにまん丸の虹みたいなものができ（これは不思議です！）、メガネを通して見る太陽が時々刻々と欠けていく幻想的な様子を目の当たりにすると、やはり素朴に興奮します。<br></font></p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090828/11/edithouse-yi/4a/5f/j/o0640042510242096645.jpg"><img height="146" alt="目白で目が白黒" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090828/11/edithouse-yi/4a/5f/j/t02200146_0640042510242096645.jpg" width="220" border="0"></a> <font size="2"><font color="#0000ff">太陽のまわりにはこんな神秘的な”虹”状のものが見える</font></font></p><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090828/11/edithouse-yi/29/84/j/o0640042510242097417.jpg"><img height="146" alt="目白で目が白黒" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090828/11/edithouse-yi/29/84/j/t02200146_0640042510242097417.jpg" width="220" border="0"></a> <font size="2"><font color="#0000ff">日食が始まって１５分経過。もう３分の２以上が消えている</font></font><br></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">　本当は、一眼レフに望遠レンズとフィルターを用意したうえで撮るのでしょうが、それほどのマニアではありませんから、コンパクトのデジカメのレンズに、５００円の日食用メガネをかぶせて撮る、まったくの急ごしらえ。それでも、まずますの映像が撮れるので、私としては十分でした。<br></font></p><p><font size="3">　それにしても、こういう珍しい天体のショーを見ると、ゾクゾクしてしまうのが人間なんですね。いまでこそ、何月何日何時何分何秒まで、皆既日食が起こるなどということが事前にはっきりわかるわけですが、そんな情報など一切なかった大昔の人たちは、いったいどうだったのでしょうか。突然あたりが暗くなり、気温も下がり、気がついたら太陽が姿を消してしまっているのですから、よほど恐ろしいことが起こったと、うち震えたのではないかと思うのです。おそらく、そのとき人々は自然に対する畏怖の念を抱いたことでしょう。<br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">　科学の力ですべてが明かされてしまっている現代人と、そうでなかった昔の人たち。どちらが幸せなのか、そんな疑問もわいてきます。<br></font></p><br>
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<pubDate>Wed, 22 Jul 2009 11:12:01 +0900</pubDate>
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<title>滋賀大学経済学部同窓会で講演しました</title>
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<![CDATA[ <font size="3"><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090828/11/edithouse-yi/1d/71/j/o0640042510242103921.jpg"><img height="146" alt="目白で目が白黒" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090828/11/edithouse-yi/1d/71/j/t02200146_0640042510242103921.jpg" width="220" border="0"></a></p><br><p>　いま思うと、『不思議の国の信州人』（ＫＫベストセラーズ刊）という本を書くきっかけになったのも、こうした大合唱でした。長野県出身者は、集まるとかならず全員で「県歌」を歌うという話を聞き、「それはおかしい、おもしろい」と思いました。当の長野県人にたずねると、「なんで？　県歌を歌うなんて、当たり前のことじゃないの」と不思議そうな顔で問い返してきます。</p><br><p>　「いやー。いまどき、校歌だってまともに歌わないのに、県歌ですよ。だいたい、県歌なんてシロモノがあること自体、レア過ぎでしょう」といっても、納得した様子がありません。そこで、信州には他の県にない、おかしなこと、不思議なことがほかにもまだいっぱいあるのではないかということで、取材を始めると、あるわ、あるわ。ということで、それを材料にして、本を書き上げた次第です。もう10年以上前の話です。</p><br><p>　大きな声で歌を歌うだけで、人間そのものが変わる──。この原理は古今東西変わらないようです。先月観たアメリカ映画の中でも、プリンストン大学の同窓生が校歌だか寮歌だかを大合唱するシーンがあったのですが、そこでも、ふだんはきちんとしたビジネスマンや公務員、学者が、酒の勢いもあるにせよ、まるで別人のような顔を見せながら、大声を出していました。</p><br><br><p>　そういえば、４月末に名古屋であった「ラグビー部創部60周年を祝う会」に集まった面々も、年齢・立場に関係なく、校歌を歌っていたっけ。その輪の中にいる自分は、もちろん高校生でした。</p></font>
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<pubDate>Sun, 28 Jun 2009 11:16:10 +0900</pubDate>
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<title>「鉄子さん」に「歴女」……。でも、「地理」だけは永遠に男のもの！？</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">　私自身も、鉄道や歴史にはそこそこの関心はあります。しかし、「地理」ほどではありません。そして、気がついたのですが、この「地理」の世界にだけはいまのところ女性の浸食は見られないように感じます。</font></p><p><font size="3"><br></font><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">　女性というのは概して旅行が好きです。私は男性ですが、旅行は３度のメシと同じくらい好きです。テレビで少しでも興味を惹かれる映像を目にすると、すぐ、どこの話なのかということが気になり、わかると、すぐにメモします。いずれそのうち、自分の目で見てみたいと思うからです。手近に置いてある地図をめくり、その場所も確認しておきます。</font></p><font size="3"><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090828/11/edithouse-yi/e2/03/j/o0640042610242105343.jpg"><img height="146" alt="目白で目が白黒" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090828/11/edithouse-yi/e2/03/j/t02200146_0640042610242105343.jpg" width="220" border="0"></a> <br></p><br></font><p><font size="3">　小説を読んでも同じことをします。とくに、海外の翻訳ミステリーなどを読むと、もう大変です。読むときは付箋がマストアイテムですし、メモ帳やボールペンも欠かせません。許されるのなら、分厚い地図帳も用意しておきます。</font></p><p><font size="3"><br></font><font size="3">　どんな作品もそうなのですが、かならずどこかの都市やリゾート地が舞台に設定されています。だれも知らないような小さな村や町で物語が終わっているときもあれば、複数の都市、いくつかの国々にわたっている場合もあります。</font></p><p><font size="3"><br></font><font size="3">　すでによく知っている都市や国でも、作品によって、登場してくる場所は異なります。レストラン、バー、ホテル、商店、警察署、道路、細い路地、公園、川、橋、湖沼、港、空港、スタジアム、倉庫街、高層ビル、浄水場、森林、……。それをいちいち確かめながら読んでいくのです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">　小説ですから、何が出てくるかわかりません。でも、海外の小説の多くは、現実の場所を舞台に設定しています。そこに出てくる店なら店、道路の名前なら道路の名前など、すべてメモっていきます。これがまた楽しくてしかたありません。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">　ロンドンにサビルロー（Savile　Row）というところがあります。スーツやジャケット、ワイシャツなど紳士服関係の店が軒を連ねている、ごく狭いエリアです。明治の初め、日本人が初めてスーツを目にしたとき、そういう服をお国ではなんと呼ぶのかとたずねた日本人がいたのでしょう。質問を受けたイギリス人が、「このスーツはサビルローの店であつらえたんだ」という話をしたのではないでしょうか。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">　それを耳にした日本人が、スーツのことを英語では「サビルロー」というのだと早とちりしたにちがいありません。たしかに、ネイティブの人が「サビルロー」と発音するのを聞けば「セビロー」と聞こえるでしょう。以来、日本語では「背広」という言葉がスーツの名称として定着します。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">　そのサビルローの一角に「ターンブル＆アッサー」という老舗のワイシャツ専門店があります。ワイシャツでは世界的に有名なブランドらしいのですが、そんなことは知る由もありません。私がこの店の存在を知ったのは、１冊のミステリー小説にそこが登場していたからです。</font><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">　もう20年ほど前になりますか、初めてロンドンに行ったとき、さっそく、サビルローに行ってみました。すると、本当に「ターンブル＆アッサー」という店があったのです。このときの感動といったら……。店の前に立った私は思わず店の中に入り、ワイシャツを１枚買ってしまったくらいです（もちろん、オーダーではなくレディーメイド）。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">　店の人にも、なぜこの店に来たのかを、拙い英語で話しました。それを聞いて、その店員が拍手喝采してくれたのはいうまでもないでしょう（といって、特別のサービスがあったわけではありませんが）。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">　こんな発見が、世界中どこに行っても味わえるのは地理好きの特権ではないかと思います。そのこと自体、経済的な価値はまったくありません。ミステリー小説に登場してくる場所がすべて、観光ガイドに出てくるところばかりではないのですから。むしろ、自力で探し当てることに楽しみと喜びがあるのです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">　女性の場合、旅行というと、買い物が楽しみなようです。それと、おいしいものを食べることでしょう。もちろん、それが嫌いなわけではありません。でも、それにこうした発見がプラスされることで喜んだりするのは、男性だけではないかと、ひそかに思っています。</font><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">　そんなことを思っている私なのですが、今日から、「鉄男」くんならぬ「地理男（ちりお）くん」を名乗ることにしよう。「地理」など、役に立つかどうかということからすれば、それこそ「塵（ちり）」ほどの価値もないでしょうが、少なくとも好奇心を満足させてくれる材料には事欠きません。</font></p><br><br><br>
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<pubDate>Tue, 16 Jun 2009 11:21:57 +0900</pubDate>
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<title>40年以上（！）ぶりの山登りに感動</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">　一昨日は、「街魅シュラン」の取材で小田原市に行きました。久しぶりに乗った小田急ロマンスカーは、箱根方面に行くグループでけっこう込み合っていました。近ごろどこの観光地に行っても感じることですが、リタイアした団塊カップル、それと熟年世代の女性グループばかりが目立ちます。皆、元気いっぱいです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">　お昼前に小田原駅に到着。ホームの上は総ガラス張りで、規模は及びませんが、ヨーロッパのターミナル駅を彷彿させます。日本とヨーロッパの鉄道、とくにターミナル駅の設計はヨーロッパのほうが断然優れているように思っているのですが、それに負けるとも劣りません。ＪＲの小田原駅と一体ですから、コンコースも広くて明るく、着いただけで、日常から解放された気分を味わえます。</font></p><p><font size="3"><br>　小田原はもともと城下町。それもハンパな規模ではありません。一時期は関八州全域を治めていた北条氏の本拠地ですから、それも当然でしょう。その小田原城を１年がかりで、さまざまな策略を用いながら落としたのですから、やはり豊臣秀吉の強さはたいしたものです。</font></p><font size="3"><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090828/11/edithouse-yi/d1/8d/j/o0640042610242107576.jpg"><img height="146" alt="目白で目が白黒" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090828/11/edithouse-yi/d1/8d/j/t02200146_0640042610242107576.jpg" width="220" border="0"></a> <font color="#ff0000" size="2">象のウメ子</font></p><br><p>　お堀はきれいに整備され、満々と水をたたえています。復興してまだ間もない銅門（あかがねもん）をくぐると、天守閣はもう目の前。その登り口の前にある公園には、なんと象がいました。名前はウメ子といい、推定年齢はなんと62歳。国内では東京武蔵野市の井の頭自然文化園にいる象（こちらは「はな子」）と並んで、最高齢だそうです。象というのはなんとも罪のない顔をしているというか、可愛いこと、この上ありません。思わず、写真など、撮ってしまいました。<font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">　翌日は、高校時代の仲間４人と箱根の山登りに挑戦しました。めざすは標高1213メートルの金時山。およそ２時間かけて登ったのですが、山頂に立つとなんともいえない爽快感を味わえます（天気さえよければ、富士山が、ホント目の前に見えるとか）。山登りなど、高校２年のとき会津の磐梯山以来。そのとき一緒だった仲間も１人いましたが、登りっぷりは当時と雲泥の差でした。</font><font size="3"><br></font></p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090828/11/edithouse-yi/09/17/j/o0640042510242105346.jpg"><img height="146" alt="目白で目が白黒" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090828/11/edithouse-yi/09/17/j/t02200146_0640042510242105346.jpg" width="220" border="0"></a> <br></p><p><font size="3">　とはいえ、こういう自然満喫のレクリエーションもたまにはいいものです。あろうことか、「秋の紅葉の季節にまた来たいね」などという話までまとまってしまったほどですから、それぞれ心地よさを感じたにちがいありません。その夜は温泉につかり、ワインをしこたま飲み、おいしい食事を楽しみました。<br></font></p><p><font size="3">　取材は取材で楽しいのですが、こうした、プライベートなイベントと合体させるのもテだなぁなどとひとり合点した次第。でも、明日、明後日あたり、足腰の筋肉に痛みを感じるのでしょうね。</font></p><br><br></font><font size="3"><br></font>
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<pubDate>Sun, 24 May 2009 11:27:31 +0900</pubDate>
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<title>悲しい悲しい所沢……悪いのは西武鉄道か？</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">　朝日新聞「街魅シュラン」の取材で、所沢市に行ってきました。西武ライオンズ球場がこの地につくられて以来、何かと注目を集めているから、存在感はたしかにあります。</font></p><font size="3"><p><br>　しかし、実際に足を運んでみるとガックリ度が大きく、驚いてしまいました。最大の理由は、所沢駅前の商店街の個性のなさにあります。商店街の名前は「プロペ通り」といいます。プロペというのは、プロペラに由来しており、所沢が日本で初めて飛行機が飛んだことにちなんだものだそうです。</p><p><br>　プロペ通りの左右にはびっしり店が並んでいますが、その９割以上が、全国チェーンの店。入口にあるマクドナルドから始まり、カラオケ、居酒屋、焼肉、ファストフード、レストラン、靴、コンタクトレンズ、コンビニなど、ほとんど知らない店は一つもないといった感じです。逆に、所沢の地元の店はほとんど皆無で、わずかにお茶屋さんと和菓子屋さんが一つずつある程度。</p><p><br>　だれがどのようにこの商店街をつくったのかわかりませんが、昔からあったとしたら、こうした店の並び方はしていなかったでしょう。駅の真ん前に立つのは西武デパートですが、西武線なのですからそれはいたしかたありません。でも、商店街にはもっと所沢らしさがほしいなと思いました。</p><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090828/11/edithouse-yi/f0/f6/j/o0640042510242110188.jpg"><img height="146" alt="目白で目が白黒" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090828/11/edithouse-yi/f0/f6/j/t02200146_0640042510242110188.jpg" width="220" border="0"></a> <font color="#0000ff" size="2">こんなに素晴らしい航空公園がある街なのです</font><br></p><p><br>　近ごろは、全国どこの駅前に降り立っても感じることですが、ホント似通っているのには驚いてしまいます。文字を見なければ、そこがどこの駅前なのか、判断できないのではないかという気さえします。</p><p><br>　地場の小さなお店がこうまでみごとに姿を消してしまうと、街の個性が感じられません。こういう「一律化」の街づくりの根本にあるのは、地元に人たちの気質や意識、あるいはその地の風土をきちんと考えていないということです。とりあえず、姿かたちがそこそこならそれでＯＫという、安直な姿勢が目に浮かんできます。<br></p><p>　これなら、同じ商業ベースにもとづいていても、東急線の沿線のほうがまだましかもしれません。<br></p></font>
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<pubDate>Wed, 29 Apr 2009 11:33:31 +0900</pubDate>
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<title>広島に足りないのはサービス精神？</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">　昨日、イチロー選手が3068安打という、日本人として最高記録タイを達成しました。そして、今日はそれをあっさり更新、これからは記録を伸ばすだけです。日米通算がウンヌンという論議はこの際脇に置いて、まずは「おめでとう！」です。</font><font size="3"><br></font> </p><p><font size="3">　しかし、それより私が感心したのは、タイ記録を達成したそのとき、シアトル・マリナーズのホームスタジアムがおこなった、粋な演出です。それまでの記録保持者・張本勲氏を称える映像とアナウンスを流したというのです。もちろん、張本氏が球場に来ていたことを知っていたからです。４万人近い観衆のほとんどは張本氏のことなど知る由もないでしょう。しかし、張本氏たった一人のために、球団はそうしたことをしました。張本氏は思わず目頭を熱くしたそうですが、それはよくわかります。さすが、野球発祥の地だなと思いました。</font></p><font size="3"><p><br>　この記事を新聞で読んだとき思ったのは、今月10日、新装成った広島市民球場（マツダ・ズームズーム・スヤジアム）で開催された初めての試合（広島対中日）のことです。この日私は、広島ファンでも中日ファンでもないのに、広島まで行き、試合を観戦しました。理由は、新しく完成した球場の第1戦、どんな楽しいセレモニーがおこなわれるのかをこの目で、リアルタイムで見たかったからです。</p><br><p><br>　ところが、わざわざ書くようなことは何もありませんでした。試合前は両軍の全選手、監督・コーチがグランド上に並んで国旗掲揚・国歌斉唱があっただけ。それらしいイベントといったら、３回裏の攻撃が終わったあと、50数年前、旧広島市民球場が完成し第１戦がおこなわれたときベンチ入りしていた選手が５人、その当時のユニホーム姿でホームベ－ス前に並び、紹介されただけです。スコアボード横の素晴らしいスクリーンに映像が出るわけでもなければありません。<br></p><p>　当然のこと、だれも、トイレに行く足を止めたり、食べ物を買いに行くのをやめようともしません。なかには、そのとき何がおこなわれているのか気づかずにいた観衆もいたことでしょう。</p><br><p>　いくら広島が貧乏なチームだといっても、またスポンサーのマツダが業績不振にあえいでいるといっても、あまりに知恵がないというか、わざわざ足を運んでくれたファンに対して失礼なのではないでしょうか。正直、ガックリしてしまいました。広島カープにかぎらず日本のプロ野球チームはどこも皆、ファンに対して感謝の念がないというか、楽しませようという工夫がほとんどありません。これでは、プロ野球の観客の数が年々減っているのも当然ではないかという気がします。</p><p><br></p><br><p>　もう20年以上前、アメリカ西海岸を家族で旅したとき、カリフォルニア州アナハイムでエンゼルス対オリオールズの試合を観に行ったことがあります。内野でも安い席でしたが、それでも球場にやってきた全員に入口でノベルティーグッズを配っていました。そのときもらったケネディコイン（１ドル）はいまでも、私の大切な宝物として取ってあります。</p><p><br>　広島カープも、マツダも、何か物を配りなさいといいたいのではありません。でも、何かしら、第1戦の記念になるような「こと」をおこなうくらいのことはしてもいいのではないでしょうか。さほどお金をかけなくても、ちょっと工夫すればいろいろアイデアは生まれたはずです。プロ野球というかスポーツビジネスに対する、日米間の取り組みの大きなへだたり、差をいまさらながら感じさせられました。正直、日本のスポーツビジネスはまだまだ20年近く遅れているなと思ったしだいです。<br></p></font><br><p><br></p>
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<pubDate>Sat, 18 Apr 2009 11:48:00 +0900</pubDate>
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<title>朝日新聞で連載コラムがスタート</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">　新しい年度がスタートしました。世の中なんとなく、リセット気分も感じられますが、それは学生さんとか新入社員とか、ごく一部の人たちのことでしょう。今週月曜日（３月３０日）からはテレビやラジオの番組も様変わりしているようですが、テレビなどそうそう観ることもない私にとってはほとんど無関係といえます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090828/13/edithouse-yi/35/b7/j/o0300022510242169593.jpg"><img height="165" alt="雑記帳「目白で目が白黒」" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090828/13/edithouse-yi/35/b7/j/t02200165_0300022510242169593.jpg" width="220" border="0"></a> </p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">　今週の金曜日（３日）から朝日新聞で「<font color="#0000ff">週刊首都圏</font>」というページが始まります。東京版とか横浜版とかいうのはこれまでもありましたが、そうした枠を取っ払った「首都圏」という大きな切り口で、毎回さまざまなテーマを取り上げるのだそうです。その一角に連載のコラムを受け持つことになりました。</font></p><p><font size="3">タイトルは<font color="#9370db"><strong>「街魅（まちみ）シュラン」</strong></font>といいます。毎回、首都圏の都市（東京なら区）を一つずつ取り上げ、“都市生態学”の見地から鑑定するというもので、第１回は「相模原市」です。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">　</font></p><p><font size="3">　</font><font size="3">一昨年、その全国版といってもいい『都市の通信簿』という本を上梓した（草思社）のですが、反響はいまイチでした、著者としては、熱心に取材もしたし、切り口もユニークだから、けっこういい線行くのではないかと秘かに期待していただけに、残念でなりません。でも、それを読んでくださった朝日の記者さんが、「では、首都圏で」というお話をもってきてくださったものですから、私としては二つ返事でお引き受けしました。</font></p><p><font size="3"><br>　その取材で、あちこちの街を訪れることになります。一昨日も、千葉県のある市まで行ってきたのですが、私が事前に頭の中で思い描いていたのとはまったく異なる「千葉」を感じました、詳しくは近々、朝日の紙面に書きますが、実際現地に足を運ばないと見えてこないもの、感じられないものがいくつもあります。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">　この「現地主義」、私としては何を書く場合も戒めとしているのですが、「県」を扱っているうちは許されていたことが、市とか区になると、そういうわけにも行きません。今回の企画にたずさわることで、そうした部分が改めて実感でき、本当によかったと思っています。読者の皆さんにも、そんな部分を感じ取っていただきながら、ご愛読くだされば幸いです。よろしくお願いします。</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/edithouse-yi/entry-10330327563.html</link>
<pubDate>Fri, 03 Apr 2009 13:42:41 +0900</pubDate>
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<title>念願の「志の輔落語」＠パルコ</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">　今日は、落語を堪能しに行きました。志の輔の独演会が渋谷パルコであり、それを聴きに行ったのです。志の輔落語は、チケットがなかなか手に入りません。これまで何度かチャレンジしてきたのですが、ずっとアウトが続いていました。こんどこそと、ようやく金的を射止めたしだい。</font></p><font size="3"><p><br>　でも、実際なぜ、そうまで人気なのか、よくわかりました。普通は、独演会といっても、前座や中継ぎ役の落語家がかならず入るものです。しかし、今夜は、そうした助けを借りず、最初から最後まで文字どおりの独演。たった１人で３時間近く、こちらをクギ付けにするのですから、やはり並大抵の噺家ではありません。</p><p><br>　枕にタイムリーなネタを配す臨機応変さも一流なら、落語家の命といってもいい「間」の取り方も抜群、これまでテレビやＤＶＤでは何度も見聞きしているのですが、やはり生の志の輔をリアルタイム、リアルプレースで観る・聴くのにはかないません。３時間近い独演会を終えた後、体が妙に軽くなっているのを感じ、これだからファンが増えるんだと合点しました。<br></p></font>
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<link>https://ameblo.jp/edithouse-yi/entry-10330267160.html</link>
<pubDate>Mon, 26 Jan 2009 11:46:01 +0900</pubDate>
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<title>５８歳は「アラ還」というらしい</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">　秋元順子という歌手がいます。「愛のままで…」という歌がブレークし、去年はＮＨＫの紅白歌合戦にまで出場してしまいました。年齢が６２歳だというので「アラ還の星」などというニックネームまで頂戴しているようです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><br><font size="3">　そういえば、私自身もいつの間にやら、その「アラ還」の一員になってしまいました。学生時代、私より２歳年上で、ともどもに遊んだりした先輩がこのほど、誕生日を迎え、「アラ」ではなく「ジャスト」還暦を迎えるというので、それを祝う会が今日の昼間、新宿のレストランでおこなわれました。日本を離れて２０年以上になるＨさんですが、会場には５０人近くが集まる盛況ぶりです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090828/13/edithouse-yi/76/5a/j/o0640042510242161393.jpg"><img height="146" alt="雑記帳「目白で目が白黒」" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090828/13/edithouse-yi/76/5a/j/t02200146_0640042510242161393.jpg" width="220" border="0"></a><br><br><font size="3">　私と妻もその会に参加したのですが、集まってきた人もほとんどが「アラ還」の人たち。改めて「還暦」などという言葉を聞くと、自分もとうとうそんな年になったかと、一瞬落ち込んでしまいそうですが、気持ちだけはまだ一様に若いのが救いです。<br></font></p><p><font size="3">　もちろん、話題はもっぱら４０年ほど前のことばかりで、そこからなかなか脱しないのですが、だれしも、２０歳前後に経験したことは忘れ難いものなのでしょう。これから先、こうした催しが増えそうな予感がするのですが、それにしても、当時の記憶のなんとも鮮明なことには驚きます。</font></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/edithouse-yi/entry-10330319117.html</link>
<pubDate>Sat, 24 Jan 2009 13:26:16 +0900</pubDate>
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