<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>edoberi-culdceptのブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/edoberi-culdcept/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/edoberi-culdcept/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>「生命とは芸術作品である」という、私が得た悟りを基に、自他共の幸福を目指すブログです。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>ピカソを理解するにはどうすればいいか</title>
<description>
<![CDATA[ <p>恐らくほとんどの一般の方々は、ピカソの作品（特にキュビスム）の良さは、全くの理解不能なのではないでしょうか。<br>私は美大受験時代にピカソの画集を購入し、予備校では何十枚も絵を描いたり、美術史や絵画理論等を、それなりに勉強してきました。<br>拙い文章ですが、ピカソへの理解に資していただければ幸いです。<br><br>今の時代はカメラがあるので、現代美術においては、描写力はそれ程重視されないのです。<br>描写力という点では、どうやったってカメラには敵わないですからね。<br>カメラの技術が発明されたのは、ほぼ１９世紀だそうですが、それまでカメラの役割を果たしていたのが、画家達です。<br>肖像画を描いたり、事件の記録として絵を描いたりしていました。<br>しかし、カメラが発明される事によって、画家達は立場を追われました。<br>それはそうですよね、先にも述べたように、描写力という点ではどうやったって、カメラには敵いませんから。<br>そのため、カメラでは出来ない事の追求、あるいは「写真」とは違う「絵画」とは何か、という問いが画家達の間に生まれ、絵画ならではの作品が生まれてくる事になった、という経緯があったのです。<br>マネ、モネ、ルノワール等の印象派、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン等の後期印象派の画家達は、そういう流れから生まれてきた人達です。<br>彼らは日本でも人気がある人達です。<br>しかし、ピカソになると分からない。<br>ピカソでも、青の時代、バラ色の時代、キュビスム等と色々な時代の作品がありますが、特にキュビスムは、「分からない現代美術の象徴」とも言えるでしょう。<br>私も、美大を志望したばかりの頃は、全く分かりませんでした。<br>しかし、何枚も何枚も絵を描いている内に、「おやっ？」と思う瞬間があり、少しずつ理解できるようになりました。<br>その違いは何か。<br>それは、それまでの私は絵画を表面的にしか観ておらず、空間的に観ていなかった事です。<br><br>「絵画とは何か」、それは「仮の空間」であると、女性哲学者のスザンヌ・K・ランガー氏は語っています。<br>「絵画」とは「キャンバスと絵の具を組み合わせた物」ではありません。<br>それらは「素材」に過ぎません。<br>画家は、絵の具という素材を使って、「仮の空間」を作り出すのです。<br>絵画を鑑賞する際には、空間を感じていただきたいのです。<br>私達は、時間と空間の中に存在しています。<br>その中では、心地いいと感じる時もあれば、気分の悪い時もあるでしょう。<br>例えば、目の前に刃物を突き付けられたら、ほとんどの人は、緊張し不快感を覚えるでしょう。<br>それは、刃物が単に物質的に危ないからという理由だけでなく、刃物の輪郭線が先端に集中し、視線を集める事によって緊張感を生み出すからです。<br>これが、柔らかな丸い風船だったら、目の前にあってもそれ程緊張はしないでしょう。<br>そのように、物と物の間には適正な距離というものがあります。<br>別の例を挙げれば、好きな人が遠くにいると寂しく感じるでしょうし、近くにいると嬉しくなるでしょう。<br>反対に、嫌いな人が近くにいても不快ですし、むしろ遠くへ行って欲しいと思うのではないでしょうか。<br>人が感じる時間や空間には、快・不快が存在しているという事です。<br>絵画でも同じです。<br>仮の空間で描かれた物と物の間が、心地いいと感じられれば、それは恐らく、作品の構図が正解であるという事です。<br>ピカソはその事を、多視点から物を見る事によって成し遂げました。<br>それがキュビスムです。<br><br>キュビスムでは、人の顔が実物とは程遠い形で描かれています。<br>それは、人物というモチーフから出発して、「絵画として」、完成というゴールに行き着いているのです。<br>「モチーフ」の意味は「動機」であり、スタートです。<br>モチーフがゴールのような作品…、それは「写真のような絵画」でしょう。<br>同じモチーフから出発して、紆余曲折を経た結果、みんなゴールが一緒であった…。<br>創作の世界で、これ程恐ろしい事はありません。<br>ひるがえって言えば、ピカソは、キュビスムで多視点から物を見る事によって、美的快感を得られる空間を、「新たに創造」しているのです。<br>そこでは、モチーフにそっくりである必要など、全く無いのです。<br>「美的仮空間の新たな創造」、それが美術の役割なのです。<br>そう考えてみれば、ピカソの良さも少しは理解できるのではないでしょうか（もちろん、作品の質に良し悪しはありますが）。<br><br>ちなみに、画家は「線の画家」か「色の画家」に大別されるそうです。<br>形は線によって作られるので、キュビスムにより形に革命を起こしたピカソは、線の画家と言っていいでしょう。<br>反対に「色の画家」の代表と言えば、「野獣派」と呼ばれたマティスかも知れないですね。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/edoberi-culdcept/entry-12834487355.html</link>
<pubDate>Fri, 29 Dec 2023 23:12:06 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
