<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>読書好き大学生ポテサラのブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/ei172100/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/ei172100/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>ブログの説明を入力します。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>自分の見つけ方</title>
<description>
<![CDATA[ 自分がどういう人間なのか？<br>誰しも自分探しのようなことをしたことがあるのではないでしょうか。<br>人には誰しも良い所と嫌なところがあります。<br>ですが、その二つの長所と短所は見方によっては長所が短所になったり、短所が長所になったりします。<br>例えば、短気で悩んでいる人がいたとすると悪くとらえてしまえば怒りっぽい、話しかけにくく写ってしまうかもしれません。<br>ですがその短所だと思っているとこは逆にとらえると感受性が豊かであったり、発言力があるように長所としてとらえることができます。<br>なので、人は自分の短所には気づきやすい生き物なので短所を別のみかたから自分の長所として捉えれば自分がどういう人間なのか分かってくるのではないでしょか？
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/ei172100/entry-12560475607.html</link>
<pubDate>Wed, 18 Dec 2019 04:01:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>幸せを言語化する</title>
<description>
<![CDATA[ 「幸せ」、一度は皆さん考えたことがあると思いますこの人生の課題と言える何か温かくぼんやりとしたもの。<br><br>今日はそちらについて大学生ながら述べさせていただきます。<br>こういった哲学的なものは大昔から著名な人から身近な人までが考えたことがあるのになぜか答え後でないものです。<br>これはただの大学生の意見ですのでひとつの意見としてお読みください。<br>それでは、まず幸せを感じるのはいつでしょうか？私が周りの人に訊ねたときは「大切な人と一緒にいるとき」、「普通の生活をしているとき」など他にも様々なものがありました。<br>ここで色んな皆さんの幸せというものを比べたときに共通点と相違点が一つずつ存在していることに気づきました。<br>それは「幸せ」を感じているときはどんなときも幸せに気づいているときであり、そのときに感じる幸せの度合いが変わっているだけであることに気がつきました。<br>この事から、私が幸せを感じるためにはまず幸せに気づくということが大前提であり、そのときの心や体、金銭的な余裕でも感じかたは代わり、もっと言えば、大切な人と一緒にいる幸せと美味しいごはんを食べているときなどの状況によっても幸せの大きさは変わってくるのだと思います。<br>つまり、「幸せとはそれに気付いたときによって決まる嬉しさの違い」なのではないでしょうか？<br>極論をいうと、幸せはいつでも感じることができて今あなたが幸せではないのは気付いたときに感じた幸せの大きさがゼロ、もしくは不幸という言葉があるようにマイナスだったのではないでしょうか？<br>ですから私たちがやるべきことは自分が楽しい、嬉しいと思うものをやる、つまり自分のしたいことをすることだと思います。<br>皆さん、あまり我慢せず、ときには素直になって心のままに行動することも大事なのではないでしょうか？<br>以上で終わります。ありがとうございました。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/ei172100/entry-12560235887.html</link>
<pubDate>Tue, 17 Dec 2019 00:23:00 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
