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<title>eiennotoryuのブログ</title>
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<title>神経線維腫症</title>
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<![CDATA[ 関西在住の男です。<br>私の病歴は、３０歳位の時に左足がしびれるので椎間板ヘルニアの初期かなと思いＭＲＩをとってもらいましたが、背中側に腫瘍があると聞き、始めてなので驚きました。<br>病名は後腹膜神経腫瘍（鞘腫）で、泌尿器外科で手術となりました。<br>その後は、左上腕（これは服が触れるだけで痛く、触らられた時は失神しそうなくらい痛かったです）、左太腿部、右脇、左臀部、右胸腺、硬膜内髄外、左右臀部、左肘などの腫瘍を切除しています。<br>現在も、頸動脈（社内の健康診断でコレステロールが高かったので頸動脈のエコーを撮った所、たまたま見つかりました。自覚症状などは全くないのですが、ＭＲＩも取らされる羽目になっています）、左肺上部、左右鎖骨、左右両太腿、当然の如く、硬膜内髄外には前回切除してから１年位で大中小と３個新たに出来ています。<br>おそらく、自覚していない所にも出来ているのでしょうが、知らぬが仏、触らぬ神にたたりなしで、痛さに耐えられ内は放置しています。<br>下手に切除すると新しい厄介な所に出来たり、今ある腫瘍が活性化しても困るのと、やはり、会社をそうそうは休めないのと、経済的にも厳しいからです。<br>幸いにも聴覚神経には出来ていないので、難病には認定されておりません。<br>ただ、遺伝的に二人の息子に遺伝する事が気がかりですが、私の父や兄を含め遺伝の宿命と諦めてはいますが。<br>
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<link>https://ameblo.jp/eiennotoryu/entry-12109413542.html</link>
<pubDate>Wed, 23 Dec 2015 18:03:21 +0900</pubDate>
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<title>戦後７０年</title>
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<![CDATA[ 今年は戦後７０年、”戦前生まれ”、”戦後生まれ”という言葉も使われなくなりました。<br><br>１９４５年５月７日午前８時頃、約６０機のＢ２９が九州各地の飛行場を襲いました。<br>私の伯父は、屠龍（とりゅう）という二人乗りの戦闘機で交戦してましたが被弾し戦死しました。<br>２４歳という若さでした。<br>もう少し早く日本が降伏していれば、いや、戦争さえなければ、たくさんの尊い命を失ったり奪う事も無かったはずです。<br><br>さて、今から４０年位前だったと思います。私が、小学４年生の頃に伯父が所属していた陸軍航空部隊の戦友会（現在の山口県下関市の小月海上自衛隊）の方より、伯父が乗っていた戦闘機が大分県宇佐市院内の山中で見つかったとの連絡があり、そこの集落の方が慰霊碑を建立してくださいました。しかし、父が建立の際に慰霊祭に出席しただけで、その後は遠方ということもあり身内で誰も行った事がありませんでした。唯一場所を知っている父も他界して何年も経ち、母も詳しいことはほとんど覚えていない状況でした。<br>そんな時に、昨年『永遠のゼロ』を読み、慰霊碑がどこにあり、どうなっているのか、せめて手を合わせたいと思い、色々探してみました。<br>まずは、インターネットで色々検索したところ、戦没者慰霊平和祈念協会という所から出ている機関紙『特攻』に伯父の名前を見つけ、戦闘機は零戦だと勝手に思っていましたが、二人乗りの屠龍という戦闘機であったことや上官と二人で乗っていた事などがわかりました。<br>また、別府大学の資料に私の戦争体験ということで、１０歳の時の事を書かれている作文を見つけました。大分県の国東（くにさき）半島沖にＢ２９が墜落した事があり、若い軍人さんが何日間か引き揚げに来られていて、食べ物などろくに無い頃ですが、家に招き夕食を食べてもらうと、軍人さんは帰り際にお礼として現在でいうと１万円位でしょうかお金を差し出され、どうせ私はお金を持っていても意味がないので、鉛筆や学用品を買って勉学を頑張りなさいと言って帰って行かれたとのことです。<br><br>ただ、慰霊碑の場所まではわからないため、院内支所に電話で相談したところ、わざわざ探して頂き、地域の区長さんの連絡先や慰霊碑の場所が書かれた地図を作成頂き、片道車で３０分はかかる所なのに慰霊碑の写真を撮ってメールで送って下さり大変ありがたく感謝の気持ちでいっぱいでした。<br>（とても一人では探せなかったと思います）<br>さて、ここからやっと現地に行く話しをさせていただきます。<br>その日は、金曜日で博多の出張を利用して、レンタカーを借りて、２時過ぎに博多を出発し、休みになる前に取りあえずは、院内支所の方にお会いしてお礼を言いたかったので、院内支所に向かい、窓口が終わる５時にギリギリ間に合う事が出来ました。<br>その日は、別府で一泊し、作文に書かれていた軍人さんの常宿へ電話しました。既に廃業されていましたが、戦後生まれのその方は、Ｂ２９の話は聞かれたことがあるとの事で、作文を書かれただろう何件かのお宅の電話番号を教えていただきました。<br>３軒目におかけした方が、それならこの人だろうという事で電話番号を教えてもらい電話したところご健在で、事情を説明し、玄関先で良ければという事でお話を聞かせてもらえる事になりました。<br>二日目、まず国東半島のフェリー乗り場に行き、この沖合で墜落したＢ２９を捜す軍人さんを想像し、波止で釣りをされているのを見ながら作文の作者のご自宅へ。<br>見ず知らずの者を、玄関先でなくあげていただき小一時間戦争の時のお話などお聞きしました。<br>当時は、陸軍と海軍に分かれていて、空軍はなく、陸軍と海軍それぞれに航空部隊があり、Ｂ２９を引き揚げに来ていたのは海軍だったとの事でした。残念ながら伯父は陸軍だったので軍人さんは伯父ではありませんでしたが、はっきりして良かったです。<br>次に宇佐市の平和資料館に行き、零戦の実物が展示されているのを見ました。<br><br>それから慰霊碑を探しに院内へ。<br>まず、区長さんのご自宅を訪問しました。区長さんのお宅へは何度か電話していましたが、ご不在ばかりで一度もお話は出来ていませんでした。その日も残念ながらお留守で百歳位のお婆さんがいらっしゃったので、少しお話をお聞きしたところ、村で年２回（盆と正月）慰霊碑を掃除していただいたり雑草や枝を刈ったりしていただいているようです。建立していただいて４０年も経つのにありがたいことです。<br>さて、区長さんのお宅から慰霊碑までは車で１０分位ですが、車１台がやっと通れるような道で、コンクリートを打っていただいてますが、所々亀裂があったり、落ち葉や枯れ枝が落ちていたり、こぶし大の石がゴロゴロしているような道でした。<br>慰霊碑の周りには何もなくここへ来るためだけに道をつけていただいたみたいで、今にも熊が出てきそうな山の中でした。<br>慰霊碑には、『この碑は第二次世界大戦において敵機と交戦し、この地で壮烈な戦死を遂げた陸軍両勇士の霊を慰める為に建立する』と刻まれてました。<br>慰霊碑に花を供え、手を合わせて、写真を撮って京都までの帰路につきました。<br>冒頭に書きましたが、伯父は５月７日に戦死しました。それから十数年後の５月８日に私は生まれました。<br>伯父は私に平和のバトンを託したような気がします。<br>戦後７０ねん
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<link>https://ameblo.jp/eiennotoryu/entry-12070010758.html</link>
<pubDate>Sun, 06 Sep 2015 12:14:37 +0900</pubDate>
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<title>テスト</title>
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<![CDATA[ <a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20150428/07/eiennotoryu/4e/2e/j/o0800106613289377398.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150428/07/eiennotoryu/4e/2e/j/o0800106613289377398.jpg"></a><br>
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<link>https://ameblo.jp/eiennotoryu/entry-12019808015.html</link>
<pubDate>Tue, 28 Apr 2015 07:51:58 +0900</pubDate>
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