<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>長野の湯</title>
<link>https://ameblo.jp/eiutfi48/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/eiutfi48/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>長野の湯についてのお話</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>温泉や自然や料理</title>
<description>
<![CDATA[ <br>湯上がりの風が気持ちよい。<br>これも湯と同じで、湯上がりの風を浴びるたびに<br>「この風がいままでで一番いい風である」と思ってしまう。<br>湯上がりは、缶のウーロン茶を飲みながら玄関前の214椅子に座って涼んだ。<br>入口に「入浴料大人五百円小人三百円見るだけ二百円」と書いてあった。<br>「おひさしぶりねえ」<br>川底温泉螢川荘の女主人がエプロン姿で出て来た。<br><br>やはり旅行はいいものだ。<br>先日長野県の蓼科に観光してきたのだ。<br>そこの温泉や自然や料理を存分に堪能してきた。<br><br>蓼科グランドホテル滝の湯<br><a href="http://www.takinoyu.co.jp/" target="_blank">http://www.takinoyu.co.jp/</a>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/eiutfi48/entry-12078593867.html</link>
<pubDate>Sun, 06 Dec 2015 17:08:23 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>陶酔感</title>
<description>
<![CDATA[ <br>とろりとした陶酔感がある。<br>竹の窓わくから涼しい川風が入り、全身がダラーッとなった。<br>「ここもいい温泉だなあ。こっちもすごく好きですよ。<br>いや、こっちのほうがいいかなあ」と迷っている。<br>これが温泉の不思議な魅力で、どんなに気に入った温泉に入っても、<br>つぎにまたいい温泉につかると、いまつかっている沮泉が一番いい、と思ってしまう。<br><br>新しい女性にめぐり会うたびに<br>「貴女が一番美しい」と言うのに似ている。<br>腰を痛めているので、二番口の湯がことのほか気に入ったようであった。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/eiutfi48/entry-12078593614.html</link>
<pubDate>Mon, 05 Oct 2015 15:07:57 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>見るだけの人は二百円</title>
<description>
<![CDATA[ <br>めざしたのは<a href="http://www.kokonoe-k.com/spring04/" target="_blank">川底温泉</a>である。<br><br>川底温泉は、浴構の底に河原の小石が敷かれており、川沿いにある温泉で、<br>昔は敷居なんかなくて、川を温泉が流れていたのだろう。<br><br>いまでも、川のそこここから湯が湧いている。<br>湯の川である。<br>浴室は三段の浴槽に別れていて、浴槽の最上段は打たせ湯になっている。<br>十畳ほどの浴槽が順番に下に流れるようになっている。<br>上の湯はやや熱くて、打ち身、ねんざ、婦人病に効く。<br>二番目の湯はちょうどいい湯加減で、リウマチ、神経痛に効く。<br>三番目の湯はいちばんぬるく、切り傷に効き、美臼作用がある。<br>それぞれが微妙に温度差があり、やわらかく、さらさらとした単純温泉である。<br>順番に湯につかって目を閉じていると、<br>地球の見えざる力がそれぞれ役割を分担して肌にしみ通って来るのを感じる。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/eiutfi48/entry-12078593485.html</link>
<pubDate>Wed, 30 Sep 2015 16:06:27 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>温泉宿と作家</title>
<description>
<![CDATA[ <br>温泉宿と作家が友人関係にある。<br>病気治療のため、一定期間<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B9%AF%E6%B2%BB" target="_blank">湯治</a>した温泉。<br>あるいは戦争中に疎開していた温泉。<br>作家が、旅行して、その旅館のことを紀行文に書いた温泉。<br>あるいは、そこで歌や句を詠んだ温泉。<br>宿帳に作家名の署名がある温泉。<br>ただ泊ったという記録があるだけ。<br>作家が立ち寄ったらしいと推測される温泉。<br>近くまで行ったのでそうなった。<br>有名作家と縁がある温泉は、だいたいがこの五種類であり、<br>作家と縁があったことを誕っている宿は、ほとんどが、C、D、Eのランクである。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/eiutfi48/entry-11979117638.html</link>
<pubDate>Mon, 13 Apr 2015 15:26:11 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>大野伴睦</title>
<description>
<![CDATA[ <br>温泉で名作が生まれると、まあ、桂月に関しては、これぐらいのことはわかっている。<br>しかし、知られていない人の歌碑がやたらと多く残っているのは、<br>当仁にも恥ずかしいことだ。<br>句碑で一番多いのは芭蕉であるが、二番目は大野伴睦だという。<br>自民党代議士で新幹線の岐阜羽島駅を強引に設置して有名になった人だが、<br>若い人には知られていない。<br><br>で、温泉と作家の関係であるが、これは、その温泉宿が常宿で、<br>そこの旅館で名作を書いた。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/eiutfi48/entry-11979117339.html</link>
<pubDate>Wed, 04 Mar 2015 18:25:42 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>時流の物書き</title>
<description>
<![CDATA[ <br>晩年は冨山房の雑誌「学生」を主宰し、旅にあけくれ、<br>紀行文を「中央公論」に連載した。<br><br>年をとるとともに瓢逸洒脱の昧を出し、仙人のような風貌となり、<br>文章が軽妙で紀行文に抜群のさえを示した。<br><br>本籍を十和田湖に近い蔦温泉に移し、全国の温泉を旅して、温泉通となった。<br>北海道の層雲峡は桂月の命名で、漢詩の教養が桂月紀行文の中核をなしていた。<br>大正時代は、桂月の温泉紀行は広く人気を得ていたのであるが、<br>時流の物書きであったから、時間とともに忘れ去られた。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/eiutfi48/entry-11979117166.html</link>
<pubDate>Thu, 26 Feb 2015 16:25:12 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>長野の温泉</title>
<description>
<![CDATA[ <br>長野で温泉で行ったことがあるのが、<br>高山温泉、中尾山温泉、蓼科温泉である。<br>3つともよかったのだが、印象は蓼科が直近のせいか強い。<br><a href="http://www.takinoyu.co.jp/" target="_blank">詳細サイト</a>のURLを載せておく。<br><br>温泉に関係する作家を振り返っていこう。<br>桂月は、明治二年に高知に生まれ、故郷の桂浜にちなんで桂月と号した。<br>軍人を志したが近眼のため断念し、東大国文科へ進んで「帝国文学」を編集した。<br>のち博文館に入社して「太陽」で評論を執筆した。<br>初めのうちは晶子をほめていたものの、晶子が反戦詩を書いたために、<br>身内意識で晶子をたしなめた。<br><br>それを、鉄幹に脅迫されたというのが真相である。<br>日露戦争のさなかにあって、鉄幹は桂月以上に国士を気取っており、<br>晶子は鉄幹の庇護のもとに、この詩を書くことができた。<br>桂月は国粋主義歌人とみなされていた。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/eiutfi48/entry-11979116739.html</link>
<pubDate>Mon, 19 Jan 2015 17:23:45 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>最古の鉱山</title>
<description>
<![CDATA[ わたしと中村さんはドボドボに濡れしょぼれて、<br>東餅屋に対する<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%AB%9C%E5%B7%9D" target="_blank">天竜川</a>側の西餅屋へ出た。<br><br>ここから丁子沢を三キロ遡上すれば、黒耀石最大の露頭、星ヶ塔である。<br>西餅屋はもう、一軒の屋敷も、跡かたもなく腐り果てて、<br>屋敷趾の庭の泉水らしい凹みにアジサイの巨樹が満開の花をつけていた。<br><br>健さんの傲にごたえて、村で一番手にツルを持って立ち上がったのは、<br>滅び去った茶屋の後商小林猛男さんだった。<br><br>長野の蓼科には温泉ホテルがある。<br><a href="http://www.takinoyu.co.jp/facilities.html" target="_blank">施設一覧</a>がここにあるが、盛りだくさんで楽しそうだ。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/eiutfi48/entry-11887746367.html</link>
<pubDate>Fri, 29 Aug 2014 15:50:59 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>命を懸けた工場</title>
<description>
<![CDATA[ 半製品である。もう、どんどん原石はたたかれるばかりで、<br>少しでも人手をかけることしか金のとれる方法はなかったのである。<br><br>原石はどうせ只、人手の手間と、車の消耗だけかせげばよい。<br>こうして苦闘の末、その金城鉄壁とたのむ大セメント会社は、<br>船で安い運賃で搬べる山がでたから、こっちはやめたと一方的に通告してきた。<br>健さんは、その自分の生命をかけて建てた工場が次第に腐り、<br>きっと、もう猪の巣にでもなっているさまが見たくなかったのである。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/eiutfi48/entry-11887745470.html</link>
<pubDate>Tue, 19 Aug 2014 18:43:28 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>手形</title>
<description>
<![CDATA[ <br>はじめ、黒耀石のトラックは駅で、きちんきちんキャッシュになって帰ってきた。<br>山の人々は潤った。<br>そのうちに後払い、やがて手形になった。<br>そして、健さんはそのNの会社の重役になった。<br>何ほどかの、父祖相伝の最後のものまでが出資金になって消えていった。<br><br>それは、まことに当然な男の一念である。トン当りのコストをいくらかでも安く、<br>健さんは必死で現場を叱吃激励した。<br>にもかかわらずNは自分をこやして会社を潰した。<br>健さんは、「ようし、それなら」ということで、自分で峠の中腹の浪人塚へ<br>粉砕工場を建てて、大セメント工場へ糟末を売り込みはじめた。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/eiutfi48/entry-11887742516.html</link>
<pubDate>Sun, 10 Aug 2014 18:42:15 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
