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<title>ぴんくのくじら</title>
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<description>子ども１人。パートナーなし。日本で5年働き、子どもを産んでアメリカで国際関係とMBAの学位取得後、日本で社会復帰。日々、精一杯の記録。</description>
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<title>隣の芝生</title>
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<![CDATA[ 世の中はGWである。<br>我が家も例外でなく、その恩恵を被って、普段から怠け癖のある私がさらに怠けた日々を送っている。<br>すっかり初夏の陽射しに、草の香り。 <br>親子連れの行き交う中に、特に日本人という私たちと「同質」の人たちが、父と母と子ども、という、ワンセットでお出かけしている中に、母子で堂々と出かけることへの居づらさを感じなくなった、ということだけでも、私としては大いなる進歩なのだ。<br><br>すでに3組に1組のカップルが離婚している訳で、マル２カップルだっていればシングルの親だって多い。<br>新しく入った会社（もちろん、と言ってはいけないが、外資系）で、「日本人の感覚を理解していない」と言われて苦労している私だって、これまでの人生、ちょっとの旅行とフィリピンでの1年間、アメリカでの3年間を除いてしっかり日本で過ごしてきた純日本人。<br>夫婦別姓への反証を「伝統的家族の崩壊」という幻想でしかできない政治家と同じように、「父親と母親がいて…」という親子像を無意識に頭に置いてしまう。<br>そして、だからこそ、パパとママに連れられた兄弟が幸せそうに過ごしてる、そんな場所をダメージなく訪れるには、数年かかった訳である。<br><br>家族というのは、本当に厄介な存在で、「家族」であるからこそ、その中で起きていることを外に伝えることはなかなかできない。<br>かつての私がそうだったように、「素晴らしい職業についている」「（一見）しっかりしている」ダンナ様がいて、「とっても可愛らしい」お子さんがいて、という、周りの幸せな誤解を、すすんで解くなんて面倒な作業はしたくない。<br>何かがおかしい、、、と思っても、周りの幻想を信じたい自分がいるわけで。<br>だって、その幻想の中にいられれば、自分だって幸せなのだから。<br>そうして、ぬるま湯で茹で上がるカエルのように、ゆっくりと病んでいく感覚。<br>面倒を避けるためだけに、何も感じなくなる恐怖。<br><br>ようやく、哀しみや怒りと共に、感受性を取り戻した先の関門が、「幸せ家族幻想」。<br>あちこちのSNSを覗くまでもなく、幸せオーラを振りまいている（かのように、ひねくれた私には映る）。<br>「幸せな結婚生活」、の幻想を味わった私ですら、いまだに「永遠なる愛」の幻想を追い求めている。<br>どのみち、死ぬときは1人であるというのに。<br><br>だが、3年めにして、ようやく思う。<br>みんな同じように隣 の芝生が青い。<br>白鳥みたいに、優雅な姿の陰で、水の下で必死に脚をバタつかせている、のかもしれない。<br><br>シングル子持ちというだけで、「大変ねえ」といってくれ、気遣ってくれる会社の雰囲気（本当は子どもを持って専業主婦のパートナーを支えているパパさん社員の方が大変なのではないのか？少なくとも私は養う人数は1人でよいわけだし。家事労働負担も、働いているママさんパートナーあり、の方が多いと思うが…。根底には「パパが家族のために頑張って稼いでくれるモデル」があり、その終焉をアタマでは皆、理解していても、本当にそれを内面化して咀嚼するには時間がかかるものである）を最大限に利用している私ではあるが、時に、本当に自分が大変な錯覚に陥る。<br>でも、本当はそれは間違えで、結婚していれば結婚しているなりの、別居なら別居の、シングルならシングルの悩みがあり、常に隣の芝生は青い。<br>みんな、隣の人に悩みをさらけ出すようなことはしない程度には「大人」であるし、自分のちょっとしたプライドを守るには、そんなカッコ悪いマネはできない。<br>ちょっとした自虐ネタはみんなに織り交ぜるけど、本当にひかれてしまうような、自分の弱みを見せられる相手はそうそう、多くはいない。<br><br>そうやって、今日も隣の芝生は青々と輝いている。<br>だけど、私もそうやって青く見えるのだ。<br>「あの子は離婚してもちゃんとした仕事をして自活してるし、子どももちゃんと手許に置いてるし、子どもと2人だから気ままそう」<br>本当はYesでもありNoでもあり、でも、自分の人生を主体的に生きているという感覚があり、自分の人生を受け入れて、隣のの芝生の青さも時々しか気にならないというのは、おそらく幸せということなのだと思う。<br>
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<link>https://ameblo.jp/elavitava/entry-12022623535.html</link>
<pubDate>Mon, 04 May 2015 23:38:17 +0900</pubDate>
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