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<title>demo6のブログ</title>
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<description>想像と思考</description>
<language>ja</language>
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<title>その物が168円であるとして何故、168円であると言えるのか？</title>
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<![CDATA[ <br><p>先ず、168円の一般的な理解は棒アイス一個の値段でありそれは<br>168円に等しいと言える。<br>しかし、棒アイス一個に1020円の値段がついていたらおかしいと考えるがそれは何故か？<br>それは、某アイス一つに1020円の値段がつかないと言う私たち個人の理解からである。<br>その論理を追求すれば、我々が思っている故にそうなのであり、コギトエルゴスムである。<br>1020円の某アイスが普通であってもよいのであり、市場が1020円の値段をつける事は可能であり<br>アイスが好きすぎる人がいるとして、アイスは1020円のアイス以外存在しないのであると仮定させた<br>場合その人物がアイスを購入する確率はある。<br>詰まり、その時点でアイスは高級食材となる。</p>
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<pubDate>Fri, 11 May 2012 00:43:13 +0900</pubDate>
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<title>不可逆的な決定と複雑系なチェス</title>
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<![CDATA[ <p> ムハンマド無くしてシャリュリュマーニュ無しと言うのは歴史家ピレンヌの言葉である。詰まり、ムハンマドと言う因子なくしてシャリュリュマーニュもあり得ないのである。ムハンマドはイスラム教のメシアであり、シャリュリュマーニュはフランスの王であるが、そのような実際関わりのなさそうな二つの因子でさえも実際には、影響を与えているというのが歴史である。リヴィウスはローマ史の中で歴史に政体循環論を適用しようとしたように歴史に因果律があるいう方程式はあり得ないのである。何故なら、我々は既に因子だからであり、歴史を決定しているのは方程式という決定論ではなく自由意思だからであり、それを擁護するとラプラスの悪魔は発散して収束しないのである。 </p><br><br><br><br>
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<pubDate>Thu, 20 Jan 2011 18:37:38 +0900</pubDate>
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<title>超短編小説集　「10分、電車にて」</title>
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<![CDATA[ <p>電車の中でJK達がシルバーシートに座って、雑談していた<br>奥谷が俺に、おばさんを前にして座っている女子高生たちを注意したほうがよくね？と<br>言ったが、俺は奥谷の内心に秘める思い、詰まり、奥谷は俺がJk達に嫌われる事での<br>電車の中での精神的な虐めを、JK達は俺にする事は容易であることを解っての彼の発言なのかと？思ったのだ。<br>それに俺は此の電車を朝通勤する時は明らかに、JKである彼らと同じ電車になるのだ<br>奥谷は電車は先の方になるので、私もいつも先の方の車両に腰掛けるのである。<br>だから、俺がいまこの可愛いJK達に注意すれば、俺はこの先は変な男と言うレッテルを貼られる事になりそれは同時に、JKに嫌われる事を意味している。<br>奥谷は俺の高校の頃からの友人だが、奥谷は私がセーラー服に情熱をもっている事を知っているのであり<br>奥谷はそれを知って、セーラー服を着たJKを俺に注意しろと言っているのである？<br>何故なのか？それは奥谷が、俺にJKを注意することが出来るかという暗黙の圧力であり奥谷はそれを楽しんだのだ。<br>その考えがよぎった時にJKの声が聞こえた。A子「あそこのおっさん、マジでヤバクネ」B子「ハハ、ウケル」<br>一人の新聞を読みながら、高級そうなヘッドホンを使って音を漏らしている事を解っていないおっさんがJKに馬鹿にされている。<br>聞いている音楽は、何か耳になじみがある、若いJKの数が40人近くいるアイドルみたいだ。</p>
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<pubDate>Thu, 17 Jun 2010 04:37:05 +0900</pubDate>
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<title>マジェスティー</title>
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<![CDATA[ <br>尊厳や権威は、唯一の物が持ち得る限定的な美しさや寧ろ、<br>権威としての強さ等があり、権威としての権限は王の資格でもある。<br>その様な権限としてのマジェスティーは、栄光と共に存在し栄光は<br>権力と言う名の絶対的な物に変化する。<br>権力と言う者は「悪法も法なり」と言うソクラテスの名言の様に自らの<br>権威を振るう事で自らのアイデンティティーを確保しようと動く。<br>王は同時に傲慢を持ち、自らの発展のためにわが子を捨てる事もある<br>ローマを建国したロムルスはレムスと共に、捨てられたが<br>レムスを殺し、権力と言う名の王を破ってマジェスティーを確保した。<br>コードギアスと言うアニメも、同じように捨てられた王「ルルーシュ」が<br>マジェスティーに反逆する物となっている、マジェスティーを最終的に手に入れる為に自らの父に勝利しようとするのは、マジェスティーの宿命なのである。
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<pubDate>Fri, 28 May 2010 18:21:20 +0900</pubDate>
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<title>Q．E．D</title>
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<![CDATA[ 証明と言うのは、仮定を分析的な展開によって結論に導こうとする行為である。<br>展開の仕方にも多くの方法があるが、初歩的な物に演繹法と言うのがある。<br>其の原理がまさに、我々の用いる事になる説明をあらゆる形で述べての結論への<br>因果関係的結びつきである、しかし、「あれこれがどうだから、これこれなのである」と言う<br>証明に優れた方法を論理的と言う名の、ロジックである様に、古代のギリシャでは論理学と言う名の<br>論理的な繋がりを重要視する傾向があった、其れは詰まり、ロジックが人間の思考の基本的な方法だと<br>言えるだろう。<br>中国での論理的な解釈は、詭弁と言われる物の発展があった、「公孫竜」らの「名家」は<br>「白馬は馬にあらず」と述べている、西洋の論理学と東洋のそれで両者の民族的な性格が<br>見えてくるのである。
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<pubDate>Wed, 05 May 2010 09:45:51 +0900</pubDate>
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<title>解読困難なジグソーパズルと不確実なチェス</title>
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<![CDATA[ 世界戦略その物が解読困難なジグソーパズルであると言う事で言うと<br>中国は自分自身を蛇がその長い体で自らを巻きつけ、解けなくする様に<br>超難解なパズルになったのだろうか。<br>中国の未来予想は、解読困難なジグソーパズルだし、例えばチェスに例えると<br>ビショップと言う駒を防ぐ戦略をとると、ルークの動きに苦戦を強いられる<br>事になる、世界構造や世界戦略は強力な二者の対立構造の中で戦術を繰り広げると言う<br>形の不確実なチェスである。<br>チェスと言う名の戦場は、駒一つ一つが強力な武器となり得るのでポーンと言う名の<br>謂わば、城壁の制御が戦略の鍵となる、チェスの面白いところは将棋の様に<br>ゲームを楽しめる様に、たおした駒を自分で打てると言うルールが無く、倒した駒は<br>既に無いと言う事にする、其の現実的戦場意識である。<br>ポーンと言う名の、謂わば、歩兵は戦略の重要な鍵となり、超難解なパズルのキーとなる<br>存在だろう、そして、之は現実で言う戦略に置き換えれば、解読不可能な兵器ゲームにも<br>なるだろう、地理と世界は不確実なチェスなのだ。
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<link>https://ameblo.jp/elevator-xyz/entry-10519218111.html</link>
<pubDate>Tue, 27 Apr 2010 14:45:42 +0900</pubDate>
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<title>掲示板との連携</title>
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<![CDATA[ 何故、此のブログを私は始めたのだったか？<br>２c●の有名コテ？と思える私が、自分のブログを作る事で活動の<br>領域を広げようと思った事だが、掲示板の知人達にも此のブログの事も知らせないで<br>隠れて行動しているだけなのだ。<br>掲示板で提示する高度な知識を、掲示板で語るのは無意味なのなら、自らのページに高度な<br>知識を提示した方がマシだと言う考えに起因している。<br>勿論の事だが、掲示板とブログの連携は非常に困難を有する者である。<br>ブログの様な物は、個人の経験や思想を叙述する物故に、其れを提示すると言う事は<br>個人を叙述する事に等しい場合がある。<br>掲示板で女について語ったのに、自らのブログでは女についての活動を一つもしていなかったと<br>なれば矛盾が露呈される現象を招くのである、其れであるから掲示板の有名コテとのブログの連携は<br>困難を有する事が少なくない。
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<pubDate>Tue, 13 Apr 2010 18:54:53 +0900</pubDate>
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<title>fire</title>
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<![CDATA[ ブワー、ブワー<br>凄い勢いで噴き出すfire,全てを焼き尽くす力。<br>苦しみを齎す赤い悪魔にして、人間に一時期の幸福を与える祝福のfire<br>自然界で人間が他の動物達に対抗する為に用いる事の出来る、力である。<br>自然界を作り出す、偉大なる五大元素の一つである、錬金術的には。
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<link>https://ameblo.jp/elevator-xyz/entry-10504243174.html</link>
<pubDate>Fri, 09 Apr 2010 19:36:10 +0900</pubDate>
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<title>動物と言う知的行動体</title>
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<![CDATA[ 動物とはタンパク質等で作られた生物的物体である。<br>其の生物学的物体が、知能を有して神を考えるまでに至ったのは何故か？<br>カントの言葉を借りれば、人間の知性には、限界があり純粋には神等を考える程の<br>知能を有しないと言っている。詰まり、人間の考える神とは人間の創造に過ぎない可能性を<br>指摘している。<br>人間は動物である、アナログである。生物である。<br>アナログであるから、親知らずも生えてくる人はいるし、生理になる人もいる。<br>食事をしないと死ぬし、排便をしないと死ぬ。<br>デジタルの人間と言うのは、何も必要が無い、寧ろ、永遠に美しいままで居る事も可能である。<br>人間は生物と言う劣化した集合体に収束している。
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<pubDate>Thu, 08 Apr 2010 17:51:22 +0900</pubDate>
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<title>What is God!? 神と言う存在</title>
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<![CDATA[ 神とは人間の創造である、文学の様に人間自身の創造の産物である。<br>故に、神を絶対的に定義する事は不可能である。<br>それなのに何故、神を絵で表現することが可能なのか？<br>神とは何なのか？　釈迦の教えも根本的には、現代の哲学と同じであり<br>思想である、寧ろ、釈迦は神を作っていないのに現代の仏教では仏像が崇められるのだ。<br>仏像は人間の創造物である、創造物が神なのは何故か？<br>創造物が神と同一だと人間が定める事により神が出現する、例えば、デカルトはこう言っている<br>「我思う、故に我あり」詰まり、神を考える私が居る故に、神が其処にいると言う事である。<br>オリンポスの神々を神々だと定める人物が居るので、神が其処にいるのである。<br>本来其れは神ではないのでは無いのか？　神とは形に出来る物なのだろうか？<br>世の中の全ての事を証明する事が不可能であった過去の人間は、神と言う概念を持ち出して<br>全てを証明しようとしたのである、しかし、其れは思想であって考える事の放棄と言う現実逃避<br>に過ぎない、神との人間の関わりは人間の弱さと言う者が神に依存する構造を生み出した。<br>其れに比べれば、西洋の思想は偉大だ。<br>科学と言う概念を持ち出して、世界との格闘をした西洋人は勇敢だと思える。
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<pubDate>Tue, 06 Apr 2010 13:58:18 +0900</pubDate>
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