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<title>3113334</title>
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<description>東京から見つめ続けた故郷の南相馬を、家族と自分の目線で書いていきます。まさかの入院中につき、そんな話も…。</description>
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<title>術後1ヶ月</title>
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<![CDATA[ 術後1ヶ月が過ぎました。<br><br>経過自体は順調だと思います。<br>傷のテープは一度だけ張り替えて、あとは自然に取れた段階ではずしてしまいました。<br>傷は、一部すでに完全に消えているところもありますが、やはりお腹の動く部分は2ミリくらいの傷口がぱっくり。<br>このまま痕にならないといいなと心配しつつ。<br><br>順調は順調ですが、痛みはあります。痛くない日はありません。<br>一番ひどいのが寒い日。これは物凄く辛いです。<br>卵巣をひとつ失ったことで、最も感じるのが「冷え」です。<br>これは術後翌日から痛烈に感じました。<br>なんだかいつも寒いのです。<br>元から冷え性で生姜をとったりして、だいぶマシになっていたのですが<br>元通りのひどい冷え性になってしまいました。<br>足先から体の芯が冷えるような感覚が抜けません。<br>気温が低い日は、大体右のなくなった卵巣部分が傷みます。<br>傷ではなくて、中のほうが押されるようにずきずきと痛むのでかなり辛い。<br>無理してスーパーにいったら、翌日はひどい痛みに寝ていたくらいでした。<br>根本的にこれを治すのは難しいのではと思いつつ、冷えとり靴下やお風呂などで<br>なんとか体を温めるようにしてます。<br>先生にも卵管を切った部分に他の臓器があたったり、なくなった部分のバランスを取ろうとして<br>臓器が動くと痛みがでるそうです。<br>これは半年は何かしらで痛みがあることがあるそう。うーん。<br><br>また、安静期間ですっかり太り…、というか、全体的に体の筋肉が衰えているので<br>お尻や足はどんどん脂肪化してる気がする。<br>しかし、引き締めたくてもまだストレッチはできないので、歩くしかない。<br>なかなか冷えがきつくて外に出るのが億劫ですが（その後の痛みが辛いので）<br>来週から退院後1ヶ月にもなるので、歩くように頑張ります。<br><br>あと、気になるのは開腹部分の下腹がぽこっと出てしまって直らないこと。<br>太った！？　と思ったのですが、出方が違うのでなにかがおかしい…と調べたところ<br>開腹手術で筋肉まで切っているので、それが元に戻るまではこの調子らしいです。<br>えー、、、、かなり変に出てるよーーーー！！<br>これでジーパンは無理です。<br>当たるし、きつい。ひっかかるようです。<br>半年が大体の開腹手術における区切りみたいなので、それまでは太らないように<br>食事制限で全身のバランスをとらなくては。<br><br>ちなみに。<br>ホルモンバランスをよくするために、大豆製品とザクロは心がけてとっています。<br>でも動いてないのに、かなり甘いものを食べたりもしているし、全体的に高カロリー気味。。。<br><br><br>ただ、ひとつだけ良いニュースも。<br>生理が自発的にきました。<br>これはびっくり。<br>実は、術後の基礎体温が急に正常になったんです。<br>今までは毎日激動の体温変化だったのに、術後は数日で高温期がきて1週間ほど安定したまま<br>ちゃんと体温が下がった日に生理がきた。<br>仕事を辞めたからか、悪いものを取り除いたからかは分かりませんが…。<br>自発的に来るのは半年以上ぶりです。<br>これで正常に毎月くるといいのだけど。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/emirun55/entry-11228696027.html</link>
<pubDate>Sat, 21 Apr 2012 00:06:45 +0900</pubDate>
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<title>病理検査結果</title>
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<![CDATA[ 先日、手術の際に摘出した右の卵巣、大網、腹水の病理検査結果が出ました。<br><br><br>手術直後の暫定結果は「境界性悪性」のステージ1a（転移なし）という判断でしたが、<br>実際に他の臓器などへの転移が見られるか、また最終的な病名とステージの確定がこの病理の結果です。<br>最終的には「顆粒膜細胞腫」のステージ１aで確定となりました。<br>境界悪性腫瘍であり、大網への転移は見られない。<br>腹水に若干悪性部分はあるが、それがどこかしらの転移を示しているとも限らない。<br>風邪や体調不良などでも腹水は溜まるものだし、悪性に似た細胞が出てしまうので<br>短期的に検査をして様子をみていきましょうとなりました。<br>妊娠もできるし、希望であればしてもかまいません。<br><br>抗がん剤治療や化学療法も現時点では必要ない、との話に母も私もほっとしていました。<br>気持ちとしては化学療法も覚悟していましたが、一番避けたい気持ちもありましたから<br>とても安心しました。<br><br>ただ、先生にははっきり言われました。<br><br>境界悪性は、悪性化や転移をします。<br>卵巣がんと違うのは進行が遅いということ。<br>そのため10年というスパンで検査をし続けてほしい。<br>もちろん、そうならないこともあるけど、良性ではないので可能性は高いから<br>気には留めておいて。<br><br><br>…その通りです。<br>境界悪性とはいえ、括りとしては悪性に分類されています。<br>ずいぶんたった後に悪性化しやすいという病院のネット記事もあるので、ぬか喜びともいかないようです。<br>転移するとしたら、おそらく左の卵巣～子宮の可能性が高いようで<br>先生としては、どれくらいの確立で再発するかも判断は難しいとの話でしたが。<br>次は3ヵ月後の検査。<br>しっかり受けないと。<br><br>ちなみに、卵巣のう腫（良性）、境界悪性、卵巣がんの分類図はこちらで確認できます。<br><br>http://dips08.akita-u.ac.jp/~seiri1/okamoto/med/gyne_ovarian_tumor_patho.htm<br><br>私の顆粒膜細胞腫のレアさがわかるもんです。<br>全体の5パーセントのうち、さらに境界悪性になるわけで。<br>症状として<span style="text-decoration: line-through;">、男性化になるそうで、無月経や体毛が濃くなるそうで…</span><br style="text-decoration: line-through;"><span style="text-decoration: line-through;">無月経は大正解だし、体毛も口の周りとか、ちょっと目立つなーと確かに去年後半は気になってましたから</span><br style="text-decoration: line-through;"><span style="text-decoration: line-through;">あてはまっていたんですね…。</span><br>すみません、逆に女性化するそうで閉経後のかたに生理がきたり…といった症状のようです。<br>私の無月経はまた別物のようですね。。。<br><br>また、あわせて詳細は下記のサイトからも確認できます。<br>先生用ですが、素人でも分かる部分もあります。<br><br>http://www.jsgo.gr.jp/guideline/ransou.html<br>※顆粒膜細胞腫は第7章に属します。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/emirun55/entry-11212357340.html</link>
<pubDate>Tue, 03 Apr 2012 16:32:05 +0900</pubDate>
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<title>退院後1週間</title>
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<![CDATA[ 安静に！　とあちこちから念を押されているので、とりあえず1週間は大人しくしていました。<br><br>痛みはやはり、動くたびに傷がつれて痛い。<br>ただ、動かなければ痛みはありません。歩くときの振動もだいぶ減りました。<br>やっぱりちょっと違うのは、病院ではしていなかった動きを日常生活ではしますよね。<br>体を伸ばして物を取ったり、屈んだり。<br>それが意外にも結構痛い。<br><br>腹帯は腹筋を弱くしてしまうので先生から退院後ははずすようにいわれていました。<br>ガーゼもダメ。傷はテープがしてあるだけで、どんな刺激ももろに受けます。<br>下着も、お腹にぴったりするのは痛み倍増でこすれて痛い。<br>結局Lサイズの下着をはき続けています。<br><br>うちは座椅子なので、座るのも立つのも結構大変でした。<br>お腹ってどんな動きにも力が入るものですねー。<br><br>とはいえ、退院後3日目に一度散歩がてら、外に出ました。<br>スーパーまで行きかえり30分。<br>重いものはNGなので葉物の野菜だけ購入。<br><br>重いものはすべてネットスーパーにお願いしました。<br>都内だと西友やイトーヨーカドーですかね。<br>送料525円ですが、この状況なので仕方ないと思ってできるだけ買いだめ。<br><br>しかしその30分も意外にきつい。<br>帰ってくるとぐったり、、、<br>何しろ、何にもしなくても夜が寝れる日々だったので、開腹って恐ろしいなと思いました。<br>体がまだまだ休息を欲してるんですもんね。<br><br>親戚で子宮摘出を受けたかたからも、安静にという意味をいろいろ教わりました。<br>開腹して、傷を縫っていないぶん、変に動いてしまうと傷が開いてしまうのはもちろん<br>くっついたときに曲がってしまったり、癒着してしまう可能性もあるそうです。<br>また、表面上は問題なくても、お腹の中で何が起こっているか、しまうのかがわからないから<br>尚更、しばらくはあまりいつも通りに動くのはしないほうがいいとのことでした。<br><br>それでも、気持ちは元気にしようと思っていたので、何かと動いてしまっていましたけどね…。<br>じっとしているのもできないから、できる範囲で座って片づけしたり、掃除したり。<br>で、疲れたり…の繰り返しでした。<br><br>散歩は1日おきに30分程度。<br>なんだかんだとようやく術後としては2週間目になると、1時間の散歩もできるように。<br>でも疲れますけどね…。<br><br>どれくらいが痛くないのか、大丈夫なのかを自分の体に聞きながらの日々でした。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/emirun55/entry-11208252139.html</link>
<pubDate>Fri, 30 Mar 2012 17:50:18 +0900</pubDate>
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<title>手術後4日目～退院</title>
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<![CDATA[ 術後4日目。<br>唯一残った手の甲の点滴針がわずらわしく、看護師さんにいつはずせるのかを聞いたところ<br>先生に聞いていただき、抗生剤をお薬に替えていただきました。<br>これで体についていた管とかは綺麗さっぱりなくなりました。<br>（背中の管は3日目に、髪を洗った拍子に変なところに入ったらしく物凄い痛みで急遽抜いてもらっていました）<br><br>それと引き替えに、寝たり、動かないことが多いため血栓防止の注射を打つことに。<br>朝晩と打つのですが、皮下注射なのですっごい痛いんです。<br>これが退院の朝まで続きました…。<br>未だに腕に跡が何箇所も残っています。<br>ちょっとヤバイ人じゃないかっていうくらい(笑)<br><br>4日目の先生の回診時に、いつごろ退院できそうか聞いてみました。<br>何しろ、傷口の痛みも動かない限りは特になく、家にいても変わらない気がしたのです。<br>病棟の先生は、あっさり「明後日でもいいかな。明日最後の診察してしまいましょう」と言わればんざーい！<br>先生いわく、私の傷自体を小さく抑えたので、そこまで開腹の術後の心配はいらないのではという話。<br>ただ、看護師さんも担当医の先生もあと2日くらいいるのが普通、という話も。<br>まあそれでも、退院して安静にしていれば問題ないようでした。<br><br>しかし、この時点ではまだ傷口を見ていませんでした。<br>ガーゼをして腹帯をしていたので、看護師さんもガーゼがはがれていないかを見る程度。<br>はずすことがなかったのです。<br>それを夜の看護師さんに伝えたところ、ちょうど消毒の日だからはずすわよーと言われて<br>初めて自分の傷を見ることに。<br>先生たちはひたすら「傷は小さくしたつもりだし、普通よりぜんぜん小さくできたよ」といわれていたので<br>かなり期待していました。<br>6-7センチという話を母は聞いていたようです。（通常の開腹は15センチくらいだそう）<br><br>で、見たら…見たら、、、、<br>10センチほどの縦と、3センチほどの横傷。<br>ちっさくはないよ…先生…。<br>看護師さんが「でも、ほんとに小さいわよ。それに盲腸みたいには残らないから落ち込まないで」<br>と消毒しながら慰めてくれましたが、それなりにはやっぱりショックは大きい。<br>臍下すぐではなく、ちょうど下着のラインではぎりぎり隠れそうですが…<br>それは男の先生なりに考えていただいたようです（チームには女医さんもいたしね）<br><br>ただ、そのやり取りや境界悪性だという話を聞いていたらしい、同室のおばあさん（御年80歳）には<br><br>早く見つかって命があって、本当によかったじゃない。<br>まだやることがあるって思うから、きっと痛みも少ないのよ。<br>傷も勲章だと思って生きていきなさいよ。<br><br>と声をかけていただきました。<br><br>そうかもしれませんね…。<br>にこにこと穏やかに言われて、落ち込んでいた気持ちも晴れました。<br><br>術後5日目には、退院前の診察。<br>内診と傷の確認を簡単に。<br>手術後の内診は結構辛いです。<br>傷の痛みと、なくなっている右の卵巣もあってか痛い。<br>ここ痛くないよね？　といわれても、どこも痛いよー。<br>それでも問題ないという判断で、退院へ向けて話が進みました。<br>病理検査の結果と術後経過の確認のために、4月頭に予約を入れて終了。<br><br>気も晴れて、洗濯したり、階段の練習をしたり、距離を長くして歩いてみたり<br>リハビリがてら動く練習をして1日過ごしました。<br><br>夜には、退院後のオリエンテーションを受けました。<br><br>・食事の制限はなし（辛いものは控える）<br>・お酒もほどほどに<br>・運動は散歩を中心にして、スポーツは術後2週間ほどは控える<br>・自転車も術後2週間<br>・家事も重いものは控える（ペットボトル1本程度まで）<br>・お腹に力が入る動きは控える<br>・性交は1-2ヶ月控える<br>・腹部もしくは生理のような出血が鮮血だった場合は外来へすぐ連絡を<br>・お風呂も術後2-3週間は控える（膣から菌が入るため）<br><br><br>とかとか…。<br>仕事は業種によって異なるようです。だいたい事務だったら術後2週間くらいで復帰してもいいようです。<br>ポイントはお腹に負担をかけないこと。<br>安静にすることを心がけてください、と重ね重ね言われました。<br>ちなみにお風呂は術後1週間で入れるので、私は退院後に家で入りました。<br>ただしシャワーだけ。<br>腹腔鏡は術後4-5日で入れていたようです。<br><br>そして、晴れて術後6日目に退院しました。<br>歩くのはまだ少しよたよたしてましたが、普通に歩いて病院を出ました。<br><br>入院は通算11日。<br>費用は20万円程度。（2人部屋個室代は別途）<br><br>当初40万円くらいかなと見積もっていたので（開腹になったし…）<br>少し安く済んだ感。<br>ただ、それでも20万円。。。<br>悪性でまた手術とかになったら、同じだけかかるわけです。<br>ほんとに…健康でありたいなあ。<br><br>これは民間の保険（アヒルのとこ）で医療保険に入っているため請求できるそう。<br>病院に診断書を依頼して、終了。<br>※ただしこれも病理検査がでないと書けないという話も。<br>　がん保険があわせて適用になるかどうか、があるんですよねー。<br><br>やっと家に帰れた！！！　と思ったら、疲れがどーーーーっと。<br>病院から家までタクシーだったのに、、、<br>少し歩いただけでこんなだなんて、どんだけ体力ないんだ。。。。<br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/emirun55/entry-11206604653.html</link>
<pubDate>Wed, 28 Mar 2012 21:57:44 +0900</pubDate>
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<title>手術翌日～3日目</title>
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<![CDATA[ 手術翌日は、あんまり寝れなかったこともあり意識が朦朧としていました。<br>病室が暑く、汗をかいていたこともあり、手術用の浴衣も脱ぎたいと伝えると<br><br>今日はもう歩くから、着替えるよー。<br><br>と看護師さんにあっさり言われました…。<br>この時点でまだ水も飲んだら駄目です。けっこうしんどいです。<br>母に頼んで、口を何回かゆすぎました。<br><br>ただ、ガスが出たこともありおなかも動いているので、尿の管はとってしまいましょうと<br>着替えと同時に抜いてもらいました。<br>この時点でのほかの管は、手の甲の点滴の管と背中の痛み止めの管がまだ入っていて<br>とにかくわずらわしかったです。<br><br>麻酔がきれても、頭を急に上げると吐き気が出てしまったりするため<br>ゆっくり体を起こしてタオルで体を拭きながら着替え、そのまま15分くらい待って問題がなければ<br>さらにゆっくり体を移動して立ち上がりました。<br>そのまま歩く練習をトイレまで行きかえり往復。<br>よたよたしていましたが、問題なさそうねーということで終了。<br><br>点滴はまだあるものの、交換タイミングが長くなってきたのでそのまま爆睡。<br><br>ちなみに傷は何をどう動いてもひっぱられ、つっぱり、痛いのは通常仕様。<br>午前中だけ、かなり痛みがきつかったので座薬を入れてもらいました。<br>ただ、物凄く痛いというわけでなく、動くたびに痛い。それが余韻でしばらく残る。<br>それ以外は比較的落ち着いていました。<br>一番楽な体制は「あぐら」でしたね。<br>おなかの真ん中を開けているからでしょうけど…。<br><br>午後からは水も飲めました。尿の管をとったからかな。<br>点滴をひっぱってトイレに行くのも慣れてきて、起きるたびに早めにトイレに行ってました。<br><br>夕方には改めて、腫瘍の結果を先生が知らせに来てくれました。<br>結果としては、「境界悪性腫瘍」という判断があったので、右卵巣と転移しやすい大網を切除した。<br>現時点で、腫瘍の破損もなく病巣ごと取り出せたので、投薬治療等はないと考えている。<br>転移はみられないが、腹水もあったため、大網とあわせて病理検査へ出している。<br>傷もできるだけ小さく、きれいにできましたよ。<br>とのことでした。<br><br>「境界悪性腫瘍」…良性と悪性の中間にあり、悪性ほど再発等の懸念は低い。<br>ただ、再発がないわけではないので経過観察は必要。<br><br>先生からは10年単位で検査を受けたほうがいいとのことを言われました。<br>写真で、手術時の取り出したときの両方の卵巣を見せてもらいました。<br>かなりグロいですが…まあ、自分のものですからねー。<br>左の通常の卵巣は、親指程度。<br>右の異常のある卵巣は、卵大になっていました。<br>本当に4.5センチなのか！？　というほど、結構大きく見えましたけどね。<br>その時点で、中身も透けていて…ピータンみたいに見えました（汗）<br>まあ、外見は卵巣で中にいくつか部屋ができているという私の特異な腫瘍は<br>腫瘍の中を開けると、予想通り、血の塊となぞのオレンジ色のウニのような塊が…<br>液体ではなく、やはり固体でした。、<br>なんだか、境界悪性の中でもレア。どのケースにも当てはまらずな腫瘍だったようです。<br>ただ、先生の懸念であった充実性ではあるので、境界悪性か悪性ではあるようです。<br><br>何物なのか、ほんとに。<br>病理検査の結果は4月上旬に出るとのこと。<br>それまでは、暫定で「境界悪性腫瘍」という診断結果になりました。<br><br><br>術後2日目まで眠い状態が続き、とにかく眠い。いくら寝ても、ベットに横になると寝れる状態。<br>2日目の朝にはおかゆと普通のおかずで食事もスタート。<br>夜には通常食に戻っていました。<br>2日目くらいからは、手術時に喉に管を通したせいで咳が出やすくなり、<br>咳をするたびに傷口がいたいのなんのって。<br>それ以外は、たまにずきっと傷が痛むくらいで痛み止めを飲んでいればやりすごせました。<br>ひたすら寝てるか、起きて食べるかくらい。<br>そのまま2日目も終了。<br>…と思いきや、夜に大きな地震が！！！<br><br>病院の地震は本当に怖いですね。<br>看護師さんもすぐに見回ってくれましたが、点滴をぶら下げている状態では<br>身動きがとれないので、逃げようがないと焦りました。<br>体も言うことが聞かないので、こわかった、、、<br><br>点滴も常時がなくなり、抗生物質だけになったのでゆっくり寝れました。<br><br>おかげで3日目の朝からは全快で元気になりました。<br>食事もすべて通常に戻り、何でもたべてOK。<br>1日2回の点滴以外は、ベットでゆっくりするだけになりました。<br>痛み止めはロキソニンを朝と夜に飲んでいれば、動く以外は痛みがなくなり安心。<br>頭を洗ったり、顔を洗ってようやくスッキリ！<br>かれこれ3日何もしていなかったですからねーーー。<br>入院はこれが辛いです。<br><br>ちなみに入院した病院はシャワー室があり、30分交代で入れます。<br>ただ、術後は1週間はダメだそうで、体は毎日拭いていました。<br>頭は専用の洗面台で洗う日々でしたね。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/emirun55/entry-11204288717.html</link>
<pubDate>Mon, 26 Mar 2012 16:15:22 +0900</pubDate>
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<title>手術当日</title>
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<![CDATA[ 朝、術式を伝えてからは2番目と言われたまま順番待ちでした。<br>病室で母や叔母と話をしながら。<br><br>家族には大学病院に行く時点で様子がおかしいことは伝えていました。<br>2011年は我が家にとって、本当に大変な1年でした。<br>家族にとっての震災、私にとっての仕事。<br>全員が悔しい思いをして、何とかそれでも乗り切ってきた1年です。<br>その1年のなかで、私の手術は追い討ちのようなものでした。<br>本当に本当に申し訳なく、どうして私なんだろうと何十回も考えました。<br>悔しくて、家ではワンワン泣いてました。<br>手術を受けるのは私ですが、家族には心労や福島から東京へ母が来なければならない状況です。<br>3月だけで母は3回すでに上京しています。<br>60半ばの母の体も心配です。<br>もちろんお金もかかります。<br>手術は自分だけでなく、家族にも心配や対応をさせてしまいます。<br>それが一番辛かった。<br>自分が健康でないと、周りにこれだけ迷惑をかけてしまうと身にしみて感じました。<br><br>手術は結局13：30～となり、あわただしく浴衣に着替えて歩いて手術室まで行きました。<br>母とはそこでお別れ。<br>私は中央手術室前で一連の説明を受け、開腹になったことにより麻酔科の先生から<br>腰にももう1本麻酔を打ちたい、といわれて、その場で承諾書を記入。<br>腰の麻酔は本当に痛いので（盲腸時の記憶）、全身麻酔後にお願いしました。<br><br>手術室はもはや映画の世界。<br>大学病院なので、かなり規模も大きくて10室以上は手術室があった気が…。<br>設備もすごくて、みんなピリピリした雰囲気。<br>そんななか穏やかな麻酔科の先生が、ニコニコしながらどんどんと進めていきます。<br>下着だけつけて手術台にあがると、手の甲に麻酔やら点滴用の針を刺して、<br>じゃあ麻酔いれますねー！　と元気よく言われて、ちょっと手がびりびりしたなーーー<br>と、思ったら最後。<br>まったく記憶がありません。。。。恐るべし全身麻酔。<br><br>次に目が覚めたのは、名前を呼ばれた瞬間でした。<br>夢なんて見てもなかったような。<br>ぼーっとして、皮膚があちこちピリピリしてました。痛みというか、下半身の引っ張られた感だけ。<br>あとは、どーんとベット移動してストレッチャーでガラガラと病室まで。<br>手術室から出るときに、看護師さん？が誰かに私の手術内容を伝えていたんですが、<br><br>「卵巣のう腫、悪性で右卵巣と大網を摘出しています」<br><br>という声が聞こえて…。<br><br>ああ、悪性だったんだ…と物凄くなんというか、気持ちが落ち込みました。<br>それもあってか、もう頭がぼーっと…何も考えられなくなり、だるくて、体もかゆいしで<br>麻酔が切れ始めてからは、いよいよ傷口の痛みも始まりで深く考える間もなく。<br>1時間おきに点滴や何やらで看護師さんが来るし、落ち着いて寝れず…。<br>熱も上がり、翌朝までうなされるように過ごしていました。<br><br>手術は術前後を含めて3時間ほどかかったそうです。<br>予定は1時間半くらいだったので、遅れたのは迅速病理のせいかな。<br><br>この時点で母から手術が成功で、卵巣と腫瘍ごときれいなままで摘出できたという話は<br>聞いていたような気がします…。<br><br><br><br>
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<pubDate>Sun, 25 Mar 2012 14:27:12 +0900</pubDate>
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<title>手術前日</title>
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<![CDATA[ 手術前日は慌しかったです。<br><br>朝から採血や術前処理、昼から麻酔科と手術室の看護師さんとお話を聞いたり、<br>下剤に浣腸…とフルコース。<br>食事は前日夜まで完全普通食でした。<br>水分も前日21時までとれましたし。<br><br>ただ、私の場合、腹腔鏡の予定だった手術式が腫瘍の状況から確定せず、<br>前日夕方まで待ってほしいと言われました。<br>腹腔鏡とは、いわゆる内視鏡手術で、おへそを中心に数箇所1ミリ程度の穴を開けて<br>器具を入れ、下腹部を2－3センチだけ開けて取り出すというもの。<br>傷も少なく、短期間で退院できるものです。大抵はこれが主流。<br><br>私は18歳のときに盲腸の手術を受けていて、お腹に未だに傷がはっきり残っているため<br>できるだけ、これ以上、自分の体に傷をつけたくないのが本音でした。<br><br>夕方、先生方に呼ばれた際には、私に術式を選んでほしい、という話がありました。<br>前提として、MRIを放射線の先生と見たところ、どうしても良性とは言い切れない部分があり、<br>腫瘍の中身も通常よくある腫瘍ではなく、血の塊があるようだ。<br>吸い出すこともできず、やはり硬いためにそのまま取り出して、迅速病理をやる。<br>そこで悪性であれば、大網も一部切除する。<br>右側の卵巣は中身が断定できないので、下手に部分的に残してしまうと悪性になりかねない。<br>中身がこぼれてしまうと、悪性だった場合、ステージ1aから１ｃになってしまう（転移する可能性が高くなる）<br>残すこともできるが、できれば右卵巣はすべて摘出して迅速病理～病理へまわしたい。<br>それを踏まえて、腹腔鏡で盲腸の傷を生かして手術をするよりも、<br>開腹して摘出～迅速病理～判断～その他摘出～完了させたいというのが先生の話。<br>もちろん、望めば腹腔鏡もできるけど…という話もありました。<br><br>というなかで聞きなれない言葉が沢山ありすぎてわけが分からないですよね？<br>私もそうでした。<br>これを手術前夜に言われて、少し頭が混乱してしまいました。<br>ただでさえ、悪性だったら…という不安があったので、良性ではないという話があった瞬間<br>頭を抱えてしまいましたし。<br><br>ポイントを整理すると…<br><br>卵巣腫瘍（卵巣のう腫）は「良性」「境界悪性」「悪性」の3種類があり、<br>その中でも水が溜まったり、歯や髪の毛がたまったり、チョコレート状の液体がたまるものなど<br>すごくいろいろな種類があるようです。<br>ほとんどは良性のようです。悪性は卵巣がんとなります。<br>境界悪性は良性ではなく、悪性のように転移する可能性等が低いものをいうようです。<br>ただ、まったく無自覚で腫瘍が大きくなってしまい（10センチとか）、卵管がねじれた激しい痛みで<br>初めて分かる人が多いそうです。<br>私のように痛みが出る人もいるようですが、ほとんどは無自覚のようですよ。<br>検診もないため、余計に発見が遅くなってしまうようです。<br><br>病理とは、腫瘍の摘出時などにその腫瘍を検査して「がんの可能性」を判断しました。<br>迅速病理は手術中に最低限の項目だけ検査をして判断します。<br>一旦お腹を閉じて30分ほどで結果が出て、それによって最終処理を決定。<br>通常の病理検査は2－3週間ほどで、詳細な検査結果が出るようです。<br>病院によって期間は異なるかもしれません。<br>私の場合、迅速病理～病理検査へ出しています。<br><br>大網は胃から腸にある網のような膜で、切除しても問題がないそうです。<br><br>選択しなければならなかったのは、<br>卵巣をリスクを残さず取るか、部分的に残すか。<br>これは卵巣が片方だけでもあれば、妊娠できる余地はあるということだったので<br>それを信じて右は全摘出を即断しました。<br><br>もうひとつは術式です。<br>これは悩みました。<br>当初の腹腔鏡＋昔の盲腸の傷から摘出は、癒着の懸念もあり、器具を入れるために<br>さらに何箇所か穴を開けるというリスク<br>開腹は傷の痛みや、何より5センチ以上の新しい傷が臍下に残ってしまいます。<br>でも、転移の確認や手術の迅速性などは開腹のほうがいいという話で。<br>手術が午後からだったこともあり、当日朝に返事をするということにしました。<br><br>早く寝なきゃいけないのにだいぶ悩みました。<br>看護師の友人にもメールして相談しました。<br>頭では、開腹したほうが当然いいのは分かっていましたが、、、<br>盲腸の傷も気になる跡だったので、30過ぎて新しい傷ができれば、先生に言われた<br>「気にならなくなる」時期はたぶん40過ぎです。<br>もう水着なんて歳でもなくなってますからねえ。<br>まあ、そんな着ないですけど。<br>どうしても「新しく傷痕」ができることに抵抗がありましたね。<br><br>とりあえず寝て起きた瞬間に決めようと、睡眠薬をもらって23時過ぎに就寝。<br><br>手術当日、30過ぎてどうこう騒いでもしょうがない。<br>できた傷痕を見て、そんときまた悩めばいいと、開腹を伝えました。<br>なるべく傷は小さくするという、言葉を信用するしかありませんでした。<br>会社を辞めたばかりで、やりたいこともまだまだあるなかです。<br>少しでも不安材料はなくしたかった。<br><br>術式確定時に、先生には「信じていますからね！」と強く一押し、しました。<br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/emirun55/entry-11202170829.html</link>
<pubDate>Sat, 24 Mar 2012 12:46:18 +0900</pubDate>
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<title>腫瘍発覚から入院まで</title>
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<![CDATA[ 検索キーワードで卵巣腫瘍で来て下さるかたがいるので、メモ程度ですが残しておこうと思います。<br>というのも、実は卵巣腫瘍、ましてや境界悪性のう腫に関しての記述はあまり多くなく、<br>私自身も調べるのに苦労をしたためです。<br>少しでもお役に立てれば幸いです。<br><br>卵巣に腫瘍があると知ったのは去年12月でした。<br>家の近くのクリニックに行き、生理不順で診察を受けたときに内診で先生から言われました。<br>右の卵巣に2センチくらいの腫瘍があるみたいね、と。<br>ただ、大きいものではないので、半年後にまた来て検査しましょうという話でした。<br><br>通常、卵巣腫瘍というものは、5センチ以上になると手術が必要になるという話しでもあったので<br>経過観察ということです。<br><br>状況が変わったのは、1月に入ってすぐでした。<br>生理痛から妙な下腹部痛が収まらず、足の付け根から右下腹部が引っ張られるように痛み<br>それがずっと続く状態でした。<br>腫瘍があるといわれたこともあり、心配があったため大学病院へ診察へ行くことにしました。<br><br>2月初旬の初診のときには、腫瘍かどうかもはっきりしないというエコーの結果でした。<br>ただ、ガンなどの心配もあったため腫瘍マーカーとMRIを取ることになりました。<br>MRIの結果が出たのが2月下旬。<br>大学病院はMRIの予約も再診もなかなか取ることが大変です。<br>※ちなみに検査料は8,000円くらい<br><br>MRIの結果を見たとき、先生と私は思わず「あれ？」と声をそろえてしまいました。<br>私も素人なので、詳しいことは分かりませんが、MRI写真で見た私の腰の断面には<br>影と腫瘍がはっきり写っていたのです。<br>先生いわく4.5センチほどという話でした。<br>腫瘍マーカーもSCCで少し数値が高く、ガンという判断にはならないが<br>腫瘍自体が硬いものなので、取ってしまったほうがいいのでは？　という話でした。<br>この時点で、放っておいても小さくはならないという先生の判断でした。<br><br>突然、手術の話に困惑しましたが、痛みもあるのでなるべく早く取ってしまったほうがいいと<br>私自身も判断をして帰りました。<br>とはいえ、緊急枠だとしても5月くらいまでに実施できればいいねというのが大学病院。<br>気長に待つしかありませんでした。<br>※結果だけの診察は1,000円程度<br><br>それが、急遽連絡があり、4日後に入院できますか？　と言われたのが、3月初旬。<br>早くできるなら、とあわただしく入院。<br>土日を挟んでしまったため、金曜に一通りオリエンテーションをして<br>火曜の手術まで病室でのんびりしていました。<br><br>ちなみに入院の持ち物は、基本的な入院用品（パジャマや洗面セット、スリッパ等）に加えて<br>手術用にT字帯（ふんどしみたいなもの）と腹帯（腹巻みたいなもの）とナプキン。<br>あれこれ購入することになり、結局10,000円程度かかってしまった記憶があります。<br><br>続いては、手術前日～退院までです。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/emirun55/entry-11201340302.html</link>
<pubDate>Fri, 23 Mar 2012 16:27:12 +0900</pubDate>
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<title>春のセンバツ選手宣誓</title>
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<![CDATA[ 春の選抜高校野球が始まった。<br>21世紀枠で出場した「石巻工業高校」は選手宣誓を引き当て、<br>本当にすばらしい宣誓内容でした。<br><br>すごく胸に残ったのでここにも残しておきたいと思います。<br><br>---<br><br>宣誓。東日本大震災から一年、日本は復興の真っ最中です。<br>被災をされた方々の中には、苦しくて心の整理がつかず、<br>今も、当時のことや、亡くなられた方を忘れられず、悲しみに暮れている方がたくさんいます。<br><br>人は誰でも答えのない悲しみを受け入れることは苦しくてつらいことです。<br><br>しかし、日本が一つになり、その苦難を乗り越えることができれば、<br>その先に必ず大きな幸せが待っていると信じています。<br><br>だからこそ、日本中に届けましょう。感動、勇気、そして笑顔を。<br>見せましょう、日本の底力、絆を。<br><br>我々、高校球児ができること、それは、全力で戦い抜き、最後まで諦めないことです。<br>今、野球ができることに感謝し、全身全霊で正々堂々とプレーすることを誓います。<br><br><br>http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4983466.html<br>※動画<br>
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<link>https://ameblo.jp/emirun55/entry-11199643316.html</link>
<pubDate>Wed, 21 Mar 2012 21:19:15 +0900</pubDate>
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<title>長い付き合い。</title>
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<![CDATA[ 突然の入院生活は来週月曜に終わることになりました。<br>10日間の入院の間に悪性腫瘍が否定できないと手術前日に言われ、内視鏡から開腹手術に変更になった。<br>片方の卵巣と大網の一部を摘出して、迅速病理で境界性悪性腫瘍と診断。<br>辛かったのは手術当日から次の日で、あとは傷の痛みを抱えながら、えっちらおっちら歩いています。<br><br>最終的な結果は４月頭に出ます。<br>すでにガンだと分かっていますが、このまま境界性で済んでくれるのを切に願います。<br><br>どちらにしても長く、ときには辛いこともあるかもしれません。<br><br>なにも考えない訳じゃないけど、検査結果がでるまでは、あまり余計なことは頭に入れないようにしています。<br><br>幸いにも、術後良好で気分もいい毎日です。<br>ただ、あったものがなくなっているので少し体のバランスがおかしいような気もします。<br><br>まだお腹の傷を守る腹帯が欠かせないので、当分はワンピしか着れそうにないです。<br>縫っていないので、テープで傷口を守っています。<br>これは自然に取れるまで放っておくんだとか。<br><br>身体も自分もまだまだ長いお付き合い。<br>大事にしないと。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/emirun55/entry-11195457344.html</link>
<pubDate>Sat, 17 Mar 2012 17:47:00 +0900</pubDate>
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