<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rdf:RDF
 xmlns="http://purl.org/rss/1.0/"
 xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#"
 xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
 xmlns:trackback="http://madskills.com/public/xml/rss/module/trackback/" xml:lang="ja">
<channel rdf:about="https://rssblog.ameba.jp/emishi-no-mori/rss.html">
<title>エミシの森</title>
<link>https://ameblo.jp/emishi-no-mori/</link>
<description>古のエミシのオサの智慧に学ぶ</description>
<dc:language>ja-jp</dc:language>
<items>
<rdf:Seq>
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/emishi-no-mori/entry-12755928574.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/emishi-no-mori/entry-12752455818.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/emishi-no-mori/entry-12752525975.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/emishi-no-mori/entry-12753951267.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/emishi-no-mori/entry-12753714155.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/emishi-no-mori/entry-12414658518.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/emishi-no-mori/entry-12359303850.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/emishi-no-mori/entry-12358415951.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/emishi-no-mori/entry-12357915319.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/emishi-no-mori/entry-12357661692.html" />
</rdf:Seq>
</items>
</channel>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/emishi-no-mori/entry-12755928574.html">
<title>アテルイとモレと河内国と田村麻呂、そして死への疑惑　-5/X-</title>
<link>https://ameblo.jp/emishi-no-mori/entry-12755928574.html</link>
<description>
そもそも蝦夷とは、何者なのか。 それをテーマに、以前書いた。その時は、「朝鮮半島か大陸からやって来た兵士」だろうという事を結論的に書いた。もちろんその兵士達だけではない。 太古から住んで来た縄文の人々、南下して来た北方民族、その中には、現代のアイヌの祖先と血の繋がりのある人達も居たことだろう。もっと古くには、出雲や越、現在の新潟からやって来て戻れなかった（戻らなかった）鉄の民アラハバキもいた。狩猟採取の山の民も海の民も、獲物を追って北上し残留していた者達もいた。修行の行人や政治逃亡の人などなど、
</description>
<dc:date>2022-07-29T18:31:09+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/emishi-no-mori/entry-12752455818.html">
<title>アテルイとモレと河内国と田村麻呂、そして死への疑惑　-4/X-</title>
<link>https://ameblo.jp/emishi-no-mori/entry-12752455818.html</link>
<description>
河内国での処刑は、どうにでもなった。身代わりの罪人を処刑して、刑執行の完了報告をし、首実検などもすることは無く、首を晒すことも無し。全ては田村麻呂の演出通り事を進めて、一件落着。 前回、「この時、河内国への移送は、誰が担当したのだろうか・・・」と投げかけた。その答えは「田村麻呂の次男、坂上廣野麿で間違いない」と断言しておこう。もうひとり重要な人物がいる。 ここでは、その人物を考察するために、その後の田村麻呂の動きを少し観てみよう。 処刑の日、802年8月13日、その翌年、803年4月1日、志波城
</description>
<dc:date>2022-07-25T16:08:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/emishi-no-mori/entry-12752525975.html">
<title>アテルイとモレと河内国と田村麻呂、そして死への疑惑　-３/X-</title>
<link>https://ameblo.jp/emishi-no-mori/entry-12752525975.html</link>
<description>
 アテルイとモレが降伏する前後の田村麻呂の足跡を史実に求めてみよう。 792年　征東副使になる793年　第三次蝦夷討伐のため蝦夷へと向かい、蝦夷軍と交戦 この時点で、アテルイとモレは、胆沢と志波から一掃されてしまった。802年の降伏までの約9年の期間、どこで過ごしたのだろう。降伏時に500名の兵とあることから、その家族も含めて相当の人数と馬が住まえる地が必要だ。その地の長が、当然親アテルイ派と考えると、志波（現盛岡市）から北か西か・・・。イカコ（伊加古）を頼っていたのかもしれない。 796年　1
</description>
<dc:date>2022-07-23T10:43:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/emishi-no-mori/entry-12753951267.html">
<title>-2/5- アテルイとモレと河内国と田村麻呂、そして死への疑惑</title>
<link>https://ameblo.jp/emishi-no-mori/entry-12753951267.html</link>
<description>
そもそも田村麻呂は、なぜ二人を連行したのだろう。 蝦夷の地の征服は、さらに北に向かう事になる。その時、彼等のリーダーとしての資質を活かし、無駄な血を流さずさらなる北の蝦夷達を取り込ませる任を託そうとした。その資質を充分に備えた人物だと判断した上で、都で、最新の文化的情報を提供しようとしたのだと考えるのが妥当だろう。 明治維新の留学生達に重ねて考えると、理解し易い。 だが、都に、連行して、その旨を説明して、朝廷が、あっさり「はいはい、そうですか、田村さんの言う通りにしましょう。」と同意するだろうか
</description>
<dc:date>2022-07-18T00:26:24+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/emishi-no-mori/entry-12753714155.html">
<title>-1/5- アテルイとモレと河内国と田村麻呂、そして死への疑惑</title>
<link>https://ameblo.jp/emishi-no-mori/entry-12753714155.html</link>
<description>
.アテルイとモレは、胆沢で降伏し、田村麻呂と都のそばの地まで連行され、河内国で散った。 そういうことになっている。 この事について、いまだに色々と疑問が浮かぶのは、私だけなのだろうか。 アテルイとモレが、降伏に至ったことと、その経緯は、残っている記録が少ないとは言え、説得性はあり、受け入れることができる・・・。 田村麻呂の、できるだけ血を流さずを良しとする戦略が功を奏し、二人以外のリーダー達が、朝廷に寄って行くなかで、孤立化は、進んだであろうこと。戦闘での疲弊と、帰属した者たちの待遇を見て、二人
</description>
<dc:date>2022-07-16T15:51:29+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/emishi-no-mori/entry-12414658518.html">
<title>生きとし生けるもの</title>
<link>https://ameblo.jp/emishi-no-mori/entry-12414658518.html</link>
<description>
小さな動物がアスファルトの上で嫌な表現だが、、、、ボロ布のように 胸の中の何処かで、何かが、何かを、引っ張る 心もとない足つきになりふっらとして蟻を踏んでしまったと言う想いを詠んだ老婦人の句を思い出した 何も出来ず、彼を避けて、日常の糧を理由に車で通り過ぎた 高層ビルの中で、誰かについて来てしまったのであろう一匹の蚊が、、、 皮肉だな、自分に苦笑する  アスファルトやコンクリートで固めた土の下に、どれだけの命が埋められて来たのだろうか 人間だけに便利な世界を作って来た 他の命への気遣い、心配りは
</description>
<dc:date>2018-10-26T20:59:46+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/emishi-no-mori/entry-12359303850.html">
<title>まつろわぬ心　徒然5　風化と真の心と</title>
<link>https://ameblo.jp/emishi-no-mori/entry-12359303850.html</link>
<description>
あの日から７年が過ぎた風化を危ぶむ声が多く聞かれる この地震の周期は、約1200年従って次の時には、今、生きている者のすべてが、皆、自然界へと還っている 地球の営みとして繰り返される地震や津波を（人は）震災と呼ぶ （厄、禍、災・・・） 過去に拘り過ぎれば、未来は観え難く  東の民族がエミシと呼ばれた時代などもはや風に削られ、記憶も記録も失われ、疾うの昔に土へと還っている （それが良いのか、悪いかのか・・・は、歴史という大河の流れに問うが如し） 大事なのは、目に観える形ではない 心に刻み、時代を超
</description>
<dc:date>2018-04-28T10:37:44+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/emishi-no-mori/entry-12358415951.html">
<title>まつろわぬ心　徒然4   手鏡</title>
<link>https://ameblo.jp/emishi-no-mori/entry-12358415951.html</link>
<description>
命を繋ぐためには、異性を好きになり、恋をし、そして結ばれることが必須である (如何なる恋愛の形をも否定しようとは、思わない。あくまでも自然界の生物としての有り様としての話だ) 人が人を好きになることは、素晴らしい事だ恥じることなど無く、むしろ胸を張って誇って良い (のだが、現代社会の歪みは、若者の恋愛離れを助長している) 人を好きになり、告白し交際したり、振られたり、別れたり… 時には、大失恋して深い傷を負う事もあろう(ひとつくらいあって良い、痛みを知って得る優しさこそ燻し銀の真の優しさなのだか
</description>
<dc:date>2018-03-09T00:01:56+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/emishi-no-mori/entry-12357915319.html">
<title>まつろわぬ心　徒然3   生きる意味</title>
<link>https://ameblo.jp/emishi-no-mori/entry-12357915319.html</link>
<description>
「何の為に生まれて来たのか」 と、誰しもが一度は、考える事（悩み？）だろう その答えが、哲学的か、医学的か、それとも宗教的か・・・ 人は、論理的な答えを求めずにはいられない性にある  空気を吸い、吐き、物を食べ、水を飲み、排泄する 人が、どんなに複雑な細胞構造だろうが、「生きる」とは、それ以上でも、以下でもない そしてその「生きる」意味は、ただ一点、「命を繋ぐ事」に尽きる （果たせるかな、果たせないかな、それは各々の事情によって良い） 生まれて来きた意味は、そんなものではない？ はははっ、確かに
</description>
<dc:date>2018-03-06T21:01:56+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/emishi-no-mori/entry-12357661692.html">
<title>まつろわぬ心　徒然2   国家</title>
<link>https://ameblo.jp/emishi-no-mori/entry-12357661692.html</link>
<description>
国家とは、何か 国境と称する見えない線で鎖した土地(海空までも)にしがみつき、(一分の利権者のために)経済活動を営み、その利益を死守する為に、政治家どもが税を集めて軍事力を持つ 護るべきは、国民だと言う 透けて見えるのは、所詮「金」ではないか 踊らされている国民  確かに縄張りは、いるだろう 生きるための活動に、必要にして最低限のこの星からの借り物として 確かに時には、闘う必要もあるだろう 他の生命体同様、生き抜くために、他の生き物や、奪う者達に抗して だが、それらは、己をしっかりと基軸した、自
</description>
<dc:date>2018-03-04T23:22:45+09:00</dc:date>
</item>
</rdf:RDF>
