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<title>和戸将棋日誌     妄想も多々。</title>
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<description>思い付くままに初めて、数日で三度目のタイトル変更です。・・・とほほ。</description>
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<title>東京体育館リニューアルオープン将棋大会そして墓参り</title>
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<![CDATA[ 3月24日、東京体育館リニューアルオープン将棋大会に参加しました。100人を越す参加者でしたがクラス分けがないトーナメント戦だったため予想通り3回戦負けでした。7割位が高校生以下と珍しい参加者分布ながら皆さんとても強く、7回連続で勝つことは田舎四段の和戸にはありえないことです。午後からは無料の指導対局などがありましたが、桜も満開ですし暖かい陽気なので、中野の蓮華寺まで米長先生のお墓に墓参りに出掛けました。<br><br><br><br>Android携帯からの投稿
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<pubDate>Sat, 06 Apr 2013 14:30:00 +0900</pubDate>
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<title>上州将棋まつり</title>
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<![CDATA[ 和戸は群馬県連会長の井上さん、副会長の福田さん、伊勢崎支部長の木村さん、などの方々と交流があり、上州将棋まつりが始まった年から三回連続での参加です。<br><br>1月3日は小中学生将棋大会。1月4日は席上対局や指導将棋・有料サイン会・有料撮影会と盛りだくさんです。<br><br>１日目の小中学生将棋大会は小中学生対象の指導将棋も別会場であるのですが最初の時間帯はまだ、予選半ばということで一般でも指導将棋が受けれます。和戸は長沢千和子女流プロに当たり指導をうけました。中盤までかなり優勢でしたが、震えてしまい最後はギリギリ勝負になり、そこで時間がなくなり引き分けとなりました。残念無念<br><br><br>Android携帯からの投稿
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<pubDate>Wed, 16 Jan 2013 11:06:00 +0900</pubDate>
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<title>告別式</title>
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<![CDATA[ 12月24日は米長先生の告別式。18切符で目黒まで行き、そこから東急バスで碑文谷の円融寺まで自宅から三時間三十分の道程でした。碑文谷のバス停では片上プロが丁重に案内をされていてとても驚きました。聞けばあちこちにプロの先生方が道案内をかってでたそうです。米長先生の人徳でしょう。<br><br><br>告別式が終わって荻窪に移動。米長先生の行き付けの居酒屋、鳥もとで友人二人と米長先生の思い出を語り合いました（涙）<br><br>Android携帯からの投稿
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<pubDate>Fri, 11 Jan 2013 17:23:00 +0900</pubDate>
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<title>昨年は7回④</title>
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<![CDATA[ 昨年は．．．．年が改まっていますので一昨年ですが、ながれで。5回・7回目は毎年来ていただいている7月と9月にある小中学生将棋大会でした。どちらも米長先生が名人になられた年にできた大会で開会式前の8時40分から午後3時位まで無料で来ていただいていました。まあ、スター棋士でしたのでお金を払おうと思うと大会が成り立たなくなりますしね。米長先生もかなり楽しんでいたとおもいます。<br><br>やはり和戸は大会担当ではなくひたすら米長先生の横で今後につながる話しを聞く、なかなか楽しい担当でした。<br><br>お昼は会場近くの小作北口店でいつもいただきましたが、米長先生の定番メニューはすっぽんほうとう（要予約）5000円と天ぷらそして少々のビールでした。和戸は主催新聞社に遠慮して普通のカボチャほうとうとビールを少々．．．．大会運営担当者のみなさんには内緒ですがね。<br><br><br><br>Android携帯からの投稿
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<pubDate>Wed, 09 Jan 2013 14:55:00 +0900</pubDate>
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<title>昨年は7回③</title>
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<![CDATA[ 米長先生と昨年、四度目にお会いしたのは、名人戦第七局二日目対局場のホテルです。米長先生は連盟会長として来られていましたが、終局まで然したる仕事もないらしく（笑）かなりな時間和戸とご一緒していただきました。<br>以前にこの事は書きましたので、ここで、書き忘れたことをひとつ。<br><br>封じ手を開封するとき和戸も対局室に入れていただきました。二列目でしたので前の高橋九段に隠れていましたが、封じ手開封をするためにハサミを持って席を移動され、遮るものもなく、足がしびれる和戸がテレビ画面中央に映りました。ベージュの麻混のジャケットにジーンズの3Lが私です。(照)いい経験をしました。<br><br><br><br>Android携帯からの投稿
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<pubDate>Mon, 24 Dec 2012 08:58:00 +0900</pubDate>
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<title>昨年は7回②</title>
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<![CDATA[ 昨年、米長先生に二度目にお会いしたのは三月末のスーパーサロンの帰りに鳩森神社の前で10分ほど立ち話。内容は書けませんが一番記憶に残っています。<br><br>三度目はY女流の結婚式で式が始まる前一時間位新郎のひととなりを話たり将棋連盟の将来、地方の普及などを話しました。米長先生を一時間独り占めでした。<br><br><br>披露宴のケーキカットのとき、10人位の女流プロが手に手にカメラを構えていたので、そちらをカメラに納めようと構えていたら、Y女流に本気で怒られました。いい思い出です。
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<pubDate>Mon, 24 Dec 2012 06:43:00 +0900</pubDate>
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<title>昨年は7回</title>
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<![CDATA[ 米長先生と昨年はお会いした回数は7回ともっとも多い年でした。<br>まず、1月4日の上州将棋まつり、米長先生は会長として開会の挨拶、そして、羽生先生と森内先生の席上対局の解説でおみえになっていました。午後早いうちに解説も終わって、そろそろ和戸が声を掛けよとしていたら米長先生から「女流プロのYさんが来るので話しを一緒に聞いてほしい」と声が掛かり控え室へ招待されました。<br><br>控え室の中は、半分のスペースが大きな机二つにイス15脚位で、リビングになっていて、後の半分は男性プロ・女流プロ・米長会長と羽生名人控え室の3っに仕切られていました。<br><br>控え室のリビングには今出演していないプロの先生方が笑顔また笑顔でテンション高く、ある意味イベントより盛り上がっていました。プロ同士がなかなか会う機会がないのでイベント控え室はいつもこんな状態みたいです。<br><br>Y女流プロの話は4月の結婚式に米長先生への出席依頼でした。結婚される方が和戸の地方の支部の元支部長さんで、和戸とも記憶無くなる位お酒を飲んだことが数回有りました。それもあり和戸が同席することになったのでしょうか。？？<br><br>少しして、羽生先生が控え室に戻って来られたので和戸は慌てまくりました。米長先生に進められるままに羽生先生のイスに座り、みかんを食べ、お菓子を食べ尽くしてリラックス状態だったからです。<br><br>まあ、そこは流石のY女流です。慌てず騒がず、羽生先生に挨拶をしながら机の上を片付け、イスをリビングから持ってきて何もなかったかのような行動です。この時、良い奥さんになれるなと思いました。<br><br>あらら、米長先生の思い出を書こうと思っていたのに．．．．．．<br><br><br>Android携帯からの投稿
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<pubDate>Sat, 22 Dec 2012 12:28:00 +0900</pubDate>
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<title>今年は1回</title>
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<![CDATA[ これは米長先生にお会いした数ですが、今年は将棋普及サミットで東京・日本青年館でお会いしただけでした。<br>時間的にも5分足らずでご挨拶をしただけでした。<br><br><br>Android携帯からの投稿
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<pubDate>Sat, 22 Dec 2012 12:16:00 +0900</pubDate>
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<title>米長先生との出逢い</title>
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<![CDATA[ 20数年前に米長先生からお会いしたいと連絡をもらい、喫茶店で会い「これから地元で大会やイベントを開きたいが若い方に手伝ってもらえないか。」<br>と、ボランティアに誘われたのが最初の出逢いでした。<br><br>イベントを催すにあたり、地元新聞社、詰将棋作家、元弟子の方々に「若手で仲間がいて、ボランティアができる人材はいないか。」と訪ねたら和戸をみなさん推薦したようです。<br><br>確かに数年前に団体戦を立ち上げて年も28歳、支部も作り、仲間も10数人いましたので、うってつけだったようです。<br><br>今考えても、トップ棋士から田舎のアマチュアに声が掛かるのは名誉なことです。<br>Android携帯からの投稿
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<pubDate>Sat, 22 Dec 2012 09:43:00 +0900</pubDate>
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<title>米長先生死去</title>
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<![CDATA[ 米長先生が12月18日朝、死去されました。自宅で療養していると聞いてはいたけれど、まさか亡くなられるとは思いもよりませんでした。<br><br>ご冥福をお祈りいたします。<br><br><br><br>Android携帯からの投稿
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<pubDate>Fri, 21 Dec 2012 22:45:00 +0900</pubDate>
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