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<title>精神科のロマン主義医療について</title>
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<description>花・植物の写真を載せます。進化論や精神医学などのロマン主義の廃止を書きます。</description>
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<title>日本を離れます　0193　ブログ休止</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-weight:bold;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180617/13/ergpo44g/38/57/j/o2560192014212671572.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="1920" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180617/13/ergpo44g/38/57/j/o2560192014212671572.jpg" width="2560"></a>　</span></p><p><span style="font-weight:bold;">しばらく、海外に。<br>ブログは、お休みです。<br>　<br>すぐに帰ります。<br>１ヶ月ほどで。<br>　<br>落ち着けば、また再開します。<br>　</span><br>&nbsp;</p>
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<pubDate>Sat, 16 Jun 2018 04:57:48 +0900</pubDate>
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<title>ミソハギ　0192　論理法則と事実や知覚</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-weight:bold;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180615/23/ergpo44g/c2/c3/j/o2560192014211787718.jpg"><img alt="" height="1920" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180615/23/ergpo44g/c2/c3/j/o2560192014211787718.jpg" width="2560"></a>　</span></p><p><span style="font-weight:bold;">さきおとつい（2018年6月12日）の<br><a href="https://ameblo.jp/ergpo44g/entry-12383204109.html" target="_blank">島百日紅（シマサルスベリ）</a>に、<br>ミソハギ科なのに、<br>禊萩（みそはぎ）に、<br>こんなフリルはなかったようなと、<br>書きましたが、<br>ミソハギも、けっこう縮れています。<br>　<br>写真の通りに、確認しました。<br>　<br>サルスベリを、英語では、<br>Crape-myrtle（クレープマートル） と、<br>言いますが、<br>ミソハギの英語名は、知りません。<br>　<br>ネットで検索すれば、出てきますが、<br>聞いたことがないので、知りません。<br>　<br>受け売りは、面倒臭いので、書かない。<br>　<br>死にかけの年寄りになのに、<br>今更、他人の受け売りで、暮らしたいと、<br>思いませんから。<br>　<br>この写真は、エゾミソハギのようです。<br>　<br>撮った時に、気づきませんでしたが、<br>今、貼りつけて見ると、<br>萼（がく）のトゲが、<br>上向きになっていますので。<br>　<br>エゾと付いても、<br>別に、北海道と関係ありません。<br>　<br>もしかしたら、北海道に多いと、<br>感じた人がいたのかも。<br>　<br>わたしは感じません。<br>　<br>植物の和名は、命名規約があるわけでなく、<br>通俗名ですので、<br>どんな名前であろうがなかろうが、自由です。<br>　<br>他人に通じない名前を使っても、<br>仕方ないだろうと、思うだけの話です。<br>　<br>自分勝手に名前をつけても、へっちゃらです。<br>　<br>何が嘘で、何が本当、というようなことは、<br>ありません。<br>　<br>　<br>　　　***　　　　***<br>　<br>　<br>論理とは、何かを、御存知ですか。<br>　<br>ここでは、論理学と、言う場合の、<br>論理のことですが。<br>　<br>そうでない論理は、<br>「これが、私の論理である」とか、<br>「それは、あなたの論理にすぎない」とか、<br>何とでも解釈できる意見のことですので、<br>紛（まぎ）らわしい。<br>　<br>だから、論理学と言う場合の、論理と、<br>限定します。<br>　<br>紛らわしさを排除するために、<br>このブログでは、論理法則と、言います。<br>　<br>　<br>　　　何と何と何が、論理法則の教条ですか。<br>　<br>　　　全部で、いくつ、ありますか。<br>　<br>　　　論理学では、わかっているのですか。<br>　<br>　　　<br>そんなのは、だれも、知りません。<br>　<br>それにもかかわらずに、<br>論理的でなければ、裁判に勝てませんから、<br>裁判は、<br>論理法則に、一致していなければいけません。<br>　<br>もっと厄介なのは、<br>自然科学の法則が、論理法則に一致して、<br>科学技術の事実として、<br>確実に再現されることです。<br>　<br>裁判は、法律と事実に、拠りますから、<br>事実は、論理法則に一致しているはずと、<br>法律家は、信じています。<br>　<br>嘘こけ。<br>　<br>判決文を読むと、信じられない、という言葉が、<br>いくつも出て来ます。<br>　<br>心証の自由と、法律家は言います。<br>　<br>信じられないような、心証の自由が、<br>論理法則に一致しているワケがない。<br>　<br>事実による判断であるワケがない。<br>　<br>　<br>　　　法律の条文は、人の意見です。<br>　<br>　　　事実と、全然違います。<br>　<br>　　　裁判が、事実を標榜するのは、<br>　　　マヤカシです。<br>　<br>　　　法律の条文のように、<br>　　　ただの変更困難になった意見を、<br>　　　判断の根拠にしながら、<br>　　　事実に依拠しなければいけないと、<br>　　　信じるのは、支離滅裂です。<br>　<br>　　　人の意見と、事実が、<br>　　　一致するというメカニズムが、<br>　　　憲法に示されていません。<br>　<br>　　　大陸漂移説のように、<br>　　　いくつかの大陸の海岸の地形が、<br>　　　パズルのように一致すると、<br>　　　主張するには、<br>　　　大陸が移動する原動力を、<br>　　　示さなければいけません。<br>　<br>　　　法律と事実が一致する原動力を、<br>　　　憲法は、隠蔽しています。<br>　　　　<br>　　　ロマンティックな判断の手順が、<br>　　　明らかになれば、<br>　　　日本国憲法が、<br>　　　スターリンやヒトラーの思想を、<br>　　　継承していると、わかります。<br>　　　<br>　<br>裁判は、人を殺すのに、<br>論理法則に拠るのか、事実に拠るのか、<br>心証に拠るのか、法律に拠るのか、<br>根拠が不明です。<br>　<br>道徳や常識や作法は、<br>裁判の根拠でないのでしょうか。<br>　<br>事実は、<br>論理法則に一致しなければいけないと、<br>ロマン主義が信じた理由を、<br>現代の日本人は、知りません。<br>　<br>人の意見が、論理法則に一致すると、<br>勝手に主張するのでなく、<br>事実は、必ず論理法則に一致すると、<br>自然科学は言います。<br>　<br>自然科学の法則は、<br>論理法則に一致しなければならないと、<br>科学者は信じています。<br>　<br>論理法則の教条が、何と何と何であるかを、<br>だれも知らないのに、<br>どうして、わかるのでしょうか。<br>　<br>　　　　<br>　　　科学技術の事実は、<br>　　　だれが、いつ行なっても、<br>　　　必ず再現されますから、<br>　　　完全に、論理法則に一致していると、<br>　　　言われます。<br>　<br>　　　完全に必ず一致するのなら、<br>　　　自然科学の法則や論理法則や<br>　　　事実などは、<br>　　　ただの定義でありませんか。<br>　<br>　　　科学技術の信頼性が、<br>　　　ただの定義であるのは、不思議ですが、<br>　　　絶対に間違いないのは、定義です。<br>　<br>　　　自然科学の法則は、<br>　　　科学技術の事実のように、<br>　　　だれも、再現しようとしなければ、<br>　　　再現されません。<br>　<br>　　　再現しようとして、<br>　　　わざと行なえば、必ず再現できます。<br>　<br>　　　飛行機や超高層ビルや原子爆弾や、<br>　　　合成樹脂や石油精製やエアコンなどの、<br>　　　便利な科学技術は、<br>　　　みんな、わざと再現しようとすれば、<br>　　　必ず再現されますから、<br>　　　科学技術の事実は、間違いないと、<br>　　　確信されます。<br>　　<br>　　　自然科学の信頼性の根拠です。<br>　<br>　<br>いいや。<br>　<br>意図して再現しなくても、<br>事実は、知覚するだけで、再現されます。<br>　<br>科学技術の事実の再現性を、<br>はたで見ているだけで、<br>自然科学は間違いないと、確信されます。<br>　<br>べつに再現しようとしたのでなく、<br>傍観していただけです。<br>　<br>わたしたちが知覚する事実は、<br>すべて、意図して再現されたものですが、<br>自覚していませんから、無意識です。<br>　<br>知覚や事実は、<br>自分で命令したことを、忘れているから、<br>自分の意図に、気づきません。<br>　<br>２足歩行のようなものです。<br>　<br>いちいち命令しなくても、<br>勝手に、調子よく左右の足が出て、<br>身体が、自動的にバランスを取ります。<br>　<br>でも、命令しなければ作動しないことを、<br>自分で確認できますから、<br>いちいち命令を自覚しなくても、<br>無意識に、規則的な繰り返しが、<br>実行されます。<br>　<br>自覚しないで自動化されるのは、便利ですが、<br>機械と同じですから、<br>自分でなくなるようなものです。<br>　<br>身体や脳は、繰り返しを、プログラムとして、<br>勝手に読み取りますから、<br>念入りに自覚しなければ、<br>勝手にプログラムを書くロボットと、<br>同じです。<br>　<br>　<br>　　　知覚もそう。<br>　<br>　　　命令がなければ、<br>　　　そのように見えないし聞こえません。<br>　<br>　　　見ること、聞こえること、<br>　　　触ることなどは、すべて、<br>　　　命令により、知覚の内容が規定されます。<br>　<br>　　　そのように、知覚しろと、<br>　　　自分で命令したから、<br>　　　そのように知覚されます。<br>　<br>　　　事実は、すべてそうですから、<br>　　　自覚しないで、忘れてしまえば、<br>　　　ただの自動機械です。<br>　<br>　　　科学技術の事実は、<br>　　　論理法則という流行文化や権力の<br>　　　教条の通りですから、<br>　　　間違いないと、感じられます。　<br>　<br>　　　わたしたちの身体や脳は、<br>　　　同じことを繰り返せば、<br>　　　その規則性で行けと、<br>　　　勝手に命令が出ます。<br>　<br>　　　プログラムが書かれてしまいます。<br>　<br>　　　同じことを繰り返せば、<br>　　　自覚しない限り、<br>　　　プログラムが変更不能になりますが、<br>　　　法律は、同じことを繰り返せと、<br>　　　教条を、掲げます。<br>　<br>　　　別に、掲げなくても、<br>　　　身体は、規則性を読み取りますが、<br>　　　法律のように、はっきりさせると、<br>　　　権力に、引導を渡されたと、<br>　　　国民も気づきます。<br>　<br>　　　軍隊と同じです。<br>　　　自覚してはいけない。<br>　<br>　　　国民皆兵の徴兵制が、<br>　　　ロマン主義者を育てたように、<br>　　　ホロコーストが悪いなどと、<br>　　　だれも考えません。<br>　<br>　　　ゲルマン系ドイツ人を全員、<br>　　　処刑するわけに行かないように、<br>　　　ロマン主義者たちが、<br>　　　日本国憲法を書き下ろして、<br>　　　自分たちが育った精神を再現したのは、<br>　　　国民が精神医学を継承したのと、<br>　　　同じ事情です。<br>　<br>　<br>論理法則の教条は、何と何と何なのかを、<br>だれも、知りません。<br>　<br>自然の規則性も、その一部しか、<br>わかっていませんから、<br>自然科学者は、<br>もっと規則性を、発見するのが、<br>日々の仕事です。<br>　<br>退屈でしょう。<br>　　　<br>論理学者は、<br>自然科学の規則性も、法律と同じように、<br>人が作ったものであると、言います。<br>　<br>法律と言われる種類の、<br>言葉を使った権力の意見のように、<br>天体の運行や、化学物質の変化も、<br>知覚を使った種類の、<br>自然と言われる権力の意見であると。<br>　<br>知覚の繰り返しの、<br>事実の再現性と言われるプログラムを、<br>自分で書いて置きながら、<br>忘れているだけですから、<br>木の実を埋めて、忘れる栗鼠（りす）や、<br>蛙（かえる）を垣根に刺して、<br>忘れる百舌鳥（もず）や、<br>老人性痴呆の、うちの母などと、同じです。<br>　<br>老化現象ですが、生まれた時からですので、<br>早発性痴呆（Dementia Praecox）と言います。<br>　<br>現在では、統合失調症と言いますが、<br>ざっくばらんに、精神病と言えば、<br>そのことです。<br>　<br>法律家や警察官や精神科医などに、典型的な、<br>精神の病気を言います。<br>　　<br>　　　<br>　　　規則的なことは、次々に忘れます。<br>　　<br>　　　そのために、規則性を作るのですから、<br>　　　当たり前ですが、<br>　　　コンピュータのプログラムと、<br>　　　同じです。<br>　<br>　　　規則的であれば、順調ですので、<br>　　　忘れるとも言えますが、<br>　　　心理学のような文学では、<br>　　　記憶すると、言います。<br>　<br>　　　意に染まぬ他人のことは、<br>　　　自傷他害の恐れがあるとして、<br>　　　精神病としますから、<br>　　　棋士が、将棋や囲碁に強いのは、<br>　　　コンピュータや老人性痴呆と同じで、<br>　　　規則性を、<br>　　　変更不能にするからでしょう。<br>　<br>　　　棋士と棋士が争い、負ければ、<br>　　　精神病と診断されるようなものです。<br>　<br>　　　科学技術の事実が、間違いないと、<br>　　　信じられるのは、<br>　　　知覚の老化にすぎませんから、<br>　　　勝った棋士を褒め称えるのは、<br>　　　あまり賢くありません。<br>　　　<br>　　　若ければ、<br>　　　事実は２足歩行と同じであると、<br>　　　当たり前のように、<br>　　　仕組みがわかっています。<br>　<br>　　　１才未満の赤ん坊は、<br>　　　皆、知っています。<br>　<br>　　　わたしたちは、自分の子供に、<br>　　　早く老化するように、躾けますから、<br>　　　早く老人性痴呆になり、<br>　　　東京大学医学部に行けば、<br>　　　みんなに喜ばれます。<br>　<br>　　　老人でないので、<br>　　　早発性痴呆と言いますが。<br>　<br>　　　精神科医は、自分の精神病を、<br>　　　患者の精神病と、診断しますから、<br>　　　病識がありません。<br>　<br>　<br>こういうことを、わたしは、<br>中学生の頃に、考えましたので、<br>今は、一瞬のうちに閃き、<br>とっくの昔に、忘れています。<br>　<br>犯人に報復したり、精神病を治療したりは、<br>すべきでないと、思っています。<br>　<br>犯罪は全部冤罪であり、<br>病気は全部誤診であると。<br>　<br>たまには冤罪や誤診もあると、<br>言うのでありません。<br>　<br>全部がそう。<br>　<br>我が子や母親を殺されて、<br>犯人を憎む人間に、なりたいと、<br>わたしは、一度も思ったことが、ありません。<br>　<br>イラクで首を切られた後藤健二君の母親は、<br>立派でした。<br>　<br>世間は、息子の首を取られて、<br>頭がおかしくなったと、笑いましたが。<br>　<br>人により、解釈が違いますので、<br>これは、誰々の解釈、これはあなたの意見、<br>これは、どこそこの裁判官の判決文、<br>これは精神科医の診断と、<br>区別するのが面倒です。<br>　<br>老化すると、<br>ついつい規則的に処理しますので、<br>裁判官や精神科医やマスコミのように、<br>あほになります。<br>　<br>　<br>　　　犯人を憎むのが、作法ですので、<br>　　　憎んで置きますが、<br>　　　どこそこの誰々が殺されたと、聞き、<br>　　　本当は、面白いだけで、<br>　　　犯人を憎む気持ちは、ありません。<br>　<br>　　　もっと面白いことはないかと、<br>　　　退屈していますので、<br>　　　娘や孫を殺されても、<br>　　　予定外の面倒臭いことが、<br>　　　年寄りになれば、<br>　　　身に堪（こた）えると、<br>　　　ボヤキたくなるだけです。<br>　　　　<br>　　　娘や孫を殺したければ、殺して下さい。<br>　<br>　　　そう思っていますが、<br>　　　面倒臭いので、言いません。<br>　<br>　　　子孫の人数が減っても、<br>　　　気になりません。<br>　　　<br>　　　どうせまた、増えますから。<br>　<br>　<br>　<br><br><br>　<br><br><br>　</span></p>
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<pubDate>Fri, 15 Jun 2018 23:41:11 +0900</pubDate>
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<title>ノウゼンカズラ　0191　蔓性の論理法則</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-weight:bold;">　<a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180614/23/ergpo44g/7b/a4/j/o2560192014211200964.jpg"><img alt="" height="1920" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180614/23/ergpo44g/7b/a4/j/o2560192014211200964.jpg" width="2560"></a></span></p><p><span style="font-weight:bold;">　</span></p><p><span style="font-weight:bold;">凌霄花と書き、ノウゼンカズラと読みますが、<br>中国の植物名の音読みに、近いことは近い。<br>　<br>霄の、音はショウ、訓は、みぞれ、そら。<br>　<br>雨の下に肖ですが、<br>肖は、似るとか、あやかるの、意味でしょう？<br>　<br>雨に似るから、みぞれは、わかりますが、<br>空は、どこから来た意味なのか、<br>わたしは知りません。<br>　<br>霄壌って、言いますよね。<br>天と地の意味。<br>　<br>霄壤の差という型通りの表現以外に、<br>ほとんど使いませんが。<br>　<br>霄壤の霄の、空の意味が、<br>凌霄花（のうぜんかずら）の霄の意味です。<br>　<br>空を凌ぐ花。<br>　<br>蔓性ですから、<br>それほど高く登る、という意味ですが、<br>蔓（つる）から、気根をたくさん出して、<br>狭い所に入っていきます。<br>　<br>湿気や暗がりを求めてと、思いますが、<br>狭い所に気根が入れば、外れませんので、<br>蔓を支える足場になります。<br>　<br>落葉性ですが、放ったらかしでも、<br>しぶとく育ちます。<br>　<br>蔓性の植物は、他の植物に絡みつきますので、<br>それだけでも、要領の良い生き方ですが、<br>ノウゼンカズラは、花もキレイで、<br>夏の間に、ずっと咲いていますから、<br>憎たらしくも見えるかも。<br>　<br>緑の葉が、鮮やかです。<br>　<br>　<br>　　　***　　　　***<br>　<br>　<br>物理化学の法則と言えども、<br>人間の知覚に依存せずに、成り立つことは、<br>あり得ません。<br>　<br>知覚されなければ、<br>その法則の正当性だけでなく、<br>そんな具体的な現象があるとも、<br>気づかれないのは、当たり前です。<br>　<br>たとえ間接的でも、<br>どこかで、だれかが、知覚しなければ、<br>物理化学の現象も、規則性も、ありません。<br>　<br>計器の示す数値を知り、論理法則により、<br>事実の存在や規則性を、類推するだけでなく、<br>正当性の検証を、直接に知覚できなくとも、<br>計器を使い、確かに事実を再現できると、<br>間接的に知覚できなければなりません。<br>　<br>実験的に、一部が再現されたとしても、<br>広く科学技術の事実として、<br>再現されなければ、<br>自然科学の信憑性は、希薄です。<br>　<br>小保方晴子氏だけでなく、山中伸弥氏にも、<br>問い質してみると、良いでしょう。<br>　<br>　<br>　　　刑事裁判で公表される証拠は、<br>　　　植草一秀氏の手指に付着していたと、<br>　　　科学捜査研究所の<br>　　　主張した繊維片のように、<br>　　　捏造でない、という証明が、<br>　　　通常は皆無です。<br>　<br>　　　刑事事件の証拠物件の、ほぼ全部は、<br>　　　書類上の事務的な作り話と、<br>　　　識別できません。<br>　<br>　　　和歌山の毒物カレー事件の、<br>　　　被告人の家の台所から、<br>　　　検出されたという砒素（ひそ）を、<br>　　　裁判所は、証拠としましたが、<br>　　　物的証拠を捏造した上の、<br>　　　捜査当局の讒言（ざんげん）でない、<br>　　　という証明が、ありませんでした。<br>　<br>　　　本当であったかも知れませんが、<br>　　　作り話であったも知れません。<br>　<br>　　　決定的な判断の根拠は、<br>　　　何もありませんでした。<br>　<br>　　　裁判官や検察官や捜査員などの、<br>　　　判断力を検査すれば、わかりますが、<br>　　　ジャーナリストや<br>　　　中学高校の教員などと、<br>　　　さして変わりません。<br>　<br>　　　これでは、ゴキブリに向けて、<br>　　　殺虫剤を撒（ま）くようなもので、<br>　　　ゴキブリの個体による犯罪を、<br>　　　洗い出せるとは、到底、思えません。<br>　<br>　　　そのゴキブリは、<br>　　　本当に、法律に違反した犯人ですか。<br>　<br>　　　証拠や証明もないのに、<br>　　　殺虫剤を吹き付けませんでしたか。<br>　<br>　　　ゴキブリに対する偏見を、<br>　　　剥き出しにしただけですから、<br>　　　犯罪物語に相応（ふさわ）しい人間を、<br>　　　捜査当局が炙（あぶ）り出して、<br>　　　法律家が追認したにすぎません。<br>　<br>　　　精神病もそう。<br>　<br>　　　架空の幻聴物語や、させられ体験に、<br>　　　相応しい人間を、<br>　　　家族が突き出したのでなければ、<br>　　　捜査に失敗した当局が、<br>　　　冤罪を揉み消すために、<br>　　　不起訴にして措置入院にしただけです。<br>　<br>　<br>人間の知覚に拠らない自然の事実や規則性が、<br>存在すると、物理化学が吹聴したので、<br>イギリスの産業革命が起こり、<br>人間の知覚に拠る社会の事実や規則性が、<br>存在すると、ロマン主義者たちが吹聴して、<br>ヨーロッパ大陸の、<br>革命と戦争の時代の、幕を開けました。<br>　<br>ロベスピエールやダントンが、<br>何を信じて、<br>たくさんの人の首を、ギロチンで刎ねたかは、<br>数学のできないスターリンやヒトラーや、<br>日本の法律家たちを見れば、<br>簡単にわかります。<br>　<br>論理的に検証すれば、本当に起こった事実を、<br>絞り込んで行くことができると、<br>彼らは、信じていました。<br>　<br>数学の規則性やコンピュータを見れば、<br>明らかなように、<br>何が本当に起こった事実か、という価値に、<br>論理法則は無関心です。<br>　<br>本当の事実と、嘘の事実を、<br>論理法則は、識別できませんから。<br>　<br>期待する判断の道筋を、<br>論理法則は、特定するだけですから、<br>いかにも犯人や精神病のような人が、<br>論理的に、間違いなく犯人や精神病であると、<br>指摘されます。<br>　<br>　<br>　　　独身者の多い木造アパートの近くの、<br>　　　ゴミ集積場に、収集日でないのに、<br>　　　生ゴミが捨てられて、腐臭が甚だしい。<br>　<br>　　　自治会は、<br>　　　木造アパートがあるからと、言います。<br>　<br>　　　高感度の隠しカメラで、<br>　　　一晩中、ビデオに撮影すると、<br>　　　ゴミ収集日でないのに、真夜中に、<br>　　　次々と生ゴミを捨てに来るのは、<br>　　　塀に囲まれた邸宅の住人ばかりでした。<br>　<br>　　　警察が、冤罪を作り、<br>　　　精神科医が、<br>　　　健常な精神の人を、精神病と診断して、<br>　　　強制的に隔離監禁するのは、<br>　　　いずれも、これと同じです。<br>　<br>　　　精神科では、<br>　　　抗精神病薬を強制投与しますから、<br>　　　注射を打たれた人は、皆、廃人になります。<br>　<br>　　　２度と治りません。<br>　<br>　　　論理的に、<br>　　　これこれなら、必ずこうなると、<br>　　　判断できるのは、<br>　　　数学でなければ、<br>　　　科学技術の事実や、刑事訴訟や、<br>　　　精神科の強制入院のように、<br>　　　意図して事実を再現するからに、<br>　　　決まっています。<br>　<br>　　　主張した通りになるように、<br>　　　事実を作るから、自作自演と言います。<br>　<br>　　　脳やコンピュータは、<br>　　　そのためにありますから、<br>　　　当たり前ですが。<br>　</span><br><br><br><br><br><br>&nbsp;</p>
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<pubDate>Thu, 14 Jun 2018 23:33:41 +0900</pubDate>
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<title>ネムノキ　0190　規則性とプログラム</title>
<description>
<![CDATA[ <p><span style="font-weight:bold;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180613/22/ergpo44g/e1/d2/j/o2560192014210552043.jpg"><img alt="" height="1920" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180613/22/ergpo44g/e1/d2/j/o2560192014210552043.jpg" width="2560"></a> </span></p><p><span style="font-weight:bold;">&nbsp;</span></p><p><span style="font-weight:bold;">合歓（ねむ）の木は、<br>多くのマメ科植物と同様に、<br>夜に葉が閉じて、昼は開いています。<br>　<br>サーカディアンリズム（circadian rhythm）<br>ですが、<br>日周性と翻訳すれば、<br>怒られるかも知れません。<br>　<br>概日（がいじつ）リズムや<br>体内時計でなければ、減点すると。<br>　<br>ネムノキの鉢植えは、洞窟の中でも、<br>夜になれば葉を閉じ、朝になれば開きます。<br>　<br>光だけでなく、<br>温度や湿度や、気体の濃度などにも、<br>影響されずに、朝晩を知っています。　<br>　<br>なんらかの仕組が、<br>１日のリズムと、一致していますが、<br>わかりませんので、<br>体内時計と言われています。<br>　<br>メカニズムがわかったような顔をすると、<br>小保方晴子君のように、<br>袋叩きに遭（あ）うかも。<br>　<br>生物には、生まれつきの体内時計があると、<br>最初から想定して、<br>考え方や用語を、神秘的に統一しなければ、<br>生物学者や植物学者は、気が済みません。<br>　<br>彼らは、ロマンティストですから、<br>時間という便利な分類法を、<br>理解したくありません。<br>　<br>時間は、手をつけてはいけない聖域です。<br>　<br>生命は、コンピュータや機械と、違う。<br>そう、信じています。<br>　<br>わたしは、そんな迷信と、付き合うのが、<br>面倒くさい。<br>　<br>証拠や証明を、傍聴人に吟味させずに、<br>人を裁いて処刑したり、<br>証拠や証明もなく、人の心を病気として、<br>人格を処刑したりするのは、<br>体内時計を信仰する人たちに育てられて、<br>刑事コロンボや大岡越前守のように、<br>お茶の間の娯楽番組向けに、<br>改良された人たちでしょうか。<br>　<br>　<br>　　　***　　　　***<br>　<br>　<br>物事（ものごと）には、<br>納得できる仕組があると、限りませんし、<br>何らかの規則性を、<br>自然や人間が、保証しているとも、<br>思えません。<br>　<br>混沌としているのが良いのか、<br>特定の秩序を好みたいのか、<br>それとも、絶対に間違いないと、<br>信じざるを得ない人や文化の老化が、<br>嬉しいのかって、<br>だれも、理由を知りません。<br>　<br>自然や論理法則は、不滅であると、<br>信じられる人は、幸せです。<br>　<br>人は、みな死ぬ、とかね。<br>みんなを、見たことがないので、<br>わたしは知りません。<br>　<br>この地球に、75億人も生きているのに、<br>いったい誰が、全員を見たと、言うのですか。<br>　<br>見たこともないのに、<br>人は、みな死ぬと、わかるわけがない。<br>　<br>夢のように、<br>知覚は、対象がなくても、成り立ちますから、<br>知覚がなくても、<br>事実と言われる物事（ものごと）はあると、<br>信じる人もいます。<br>　<br>物理化学の教科書に、<br>そう書いてありますから、<br>だれにも、知覚されない物事（ものごと）が、<br>物理化学の言う規則性の通りに、<br>事実として、確かに再現される理由は、<br>言うまでもありません。<br>　<br>　<br>　　　小学５年生の頃に、<br>　　　担任の先生に、よく笑われました。<br>　<br>　　　教科書は、<br>　　　片方の試験管に集められた気体に、<br>　　　火のついた線香を近づけると、<br>　　　ポンッと、爆発するから、<br>　　　水素とわかる。<br>　<br>　　　もう一方の試験管の気体に、<br>　　　線香を入れると、激しく燃えるから、<br>　　　酸素とわかると、言います。<br>　<br>　　　先生に質問されたので、<br>　　　そんなの、わかるワケがない、<br>　　　この教科書を書いた大人は、あほだと、<br>　　　答えました。<br>　<br>　　　こんなことも、わからないのかと、<br>　　　笑われて、<br>　　　真顔（まがお）で怒られました。<br>　　<br>　　　児童は、だれも笑いません。<br>　<br>　　　神戸大学を卒業したばかりの、<br>　　　若い先生でしたが、<br>　　　電気分解も理解できないほどの、<br>　　　あほの大学なのか、<br>　　　それとも、<br>　　　まぐれ当たりで入学した劣等生か、<br>　　　もしかしたら、<br>　　　あほバカとは、無関係に、<br>　　　大学は、入学したり卒業したりが、<br>　　　できるのかと、悩みました。<br>　<br>　　　原理的に、わかるワケがない。<br>　<br>　<br>小学校の教科書に書いてあることは、<br>全部ウソかも知れないと、<br>小学２年生の頃に、疑い始めて、<br>４年生には、確信していました。<br>　<br>中学生になると、<br>真偽の根拠は、任意ですから、<br>教科書や先生は、<br>権力を振るいたいに、違いないと、<br>疑いました。<br>　<br>権力は、そんなに良いものかと、<br>生殖と同じくらいに、<br>わかりませんでした。<br>　<br>任意の真偽の判断を、<br>法律のような権力が、勝手に取り締まるのは、<br>簡単ですが、<br>自然科学の判断の通りに、<br>科学技術の事実が、再現されるのは、<br>知覚のメカニズムに、自然科学の判断が、<br>取り込まれていなければ、いけません。<br>　<br>その仕組の細部を、詰めるのが、<br>中学生には、楽しすぎて、<br>学校に行きたくありませんでした。<br>　<br>列挙した論理法則の教条を、<br>品種改良の結果の、<br>生まれつきの変更不能なプログラムの<br>組み合わせや、<br>生まれた後の、無意識と老化のせいで、<br>変更不能になった習慣や文化などの<br>プログラムの組み合わせに、<br>仕分けして、<br>論理法則や時間や空間などの、流行文化が、<br>知覚の仕組を形成する手順に、<br>わたしは夢中でした。<br>　<br>　<br>　　　春休みや夏休みなどに、<br>　　　日本全国をヒッチハイクしながら、<br>　　　記号論理学に、思いを寄せました。<br>　<br>　　　理科の先生には、<br>　　　ロケットを飛ばして、<br>　　　宇宙へ行きたいと、<br>　　　言っていましたので、<br>　　　東大へ行くのかと、尋ねられて、<br>　　　うんざりでした。<br>　<br>　　　ヒッチハイクに行きたい。<br>　<br>　　　普段は、登校するよりも、<br>　　　植物採集をして、手足を動かしながら、<br>　　　知覚の規則性と事実の再現性の、<br>　　　組み合わせや枝分かれを、<br>　　　試してみるのが、<br>　　　３度のメシよりも、好きでした。　<br>　<br>　　　アメリカで、<br>　　　パソコンのキットが、発売されたので、<br>　　　通信販売で買いました。<br>　　<br>　　　キーボードやモニター画面が、<br>　　　ありませんでので、<br>　　　中古テレビやタイプライターを、<br>　　　場末（ばすえ）の古道具屋で買い、<br>　　　パソコンにくっつけました。<br>　<br>　　　ハードウェアが完成すれば、<br>　　　次はプログラムです。<br>　<br>　　　わたしが作った判断の手順の通りに、<br>　　　パソコンが電気回路を制御しますから、<br>　　　プログラムの優劣が、<br>　　　丸出しになります。<br>　<br>　　　これを、やりたかったので、<br>　　　パソコンを作ったのに、<br>　　　市販の電卓でも、<br>　　　複雑な計算が、速くできるようになり、<br>　　　ワープロが発売されました。<br>　<br>　　　パソコンを使い、<br>　　　文章を書いているわたしは、<br>　　　笑いものでした。<br>　<br>　　　今は、ワープロなんて、消滅して、<br>　　　若い子は知りませんから、<br>　　　自分の思い通りに、操作する意味を、<br>　　　理解できなかった人たちが、<br>　　　笑ったのでしょう。<br>　<br>　<br>思い通りが、わからないって、<br>犬や牛みたいです。<br>　<br>わたしの作った規則性を、放り込めば、<br>人類の脳の、知覚の仕組が、作動して、<br>わたしの期待する事実が、知覚の対象として、<br>みんなの目の前に、再現されるから、<br>面白いのに。<br>　<br>他人の脳は、コンピュータですから、<br>わたしの思い通りに、動かせば、<br>みんなの目に、<br>わたしの作った事実が見えるのは、<br>当たり前です。<br>　<br>自然科学の規則性の通りに、<br>科学技術の事実が、再現されるのと、<br>同じです。<br>　<br>わたしは、自然科学のような、<br>ロマンティックな規則性を、<br>信じていませんので、<br>わたしの作った規則性が、<br>人類の知覚の対象を、規定して、<br>具体的に、事実が再現されれば、<br>科学技術よりも、面白い世の中や人生に<br>なります。<br>　<br>善悪美醜だけでなく、真偽の価値も、<br>迷信ですから、わたしは否定します。<br>　<br>　<br>　　　コンピュータが、そうです。<br>　<br>　　　価値により、判断されるのでなく、<br>　　　プログラムの通りに、<br>　　　組み合わせを選択します。<br>　<br>　　　選択されたほうと、<br>　　　されなかったほうの、いずれかを、<br>　　　真や偽と、名付けるだけであり、<br>　　　正しいとか、本当であるとかの、<br>　　　価値には、無関係です。<br>　<br>　　　真偽は、選択の片方と、もう一方を、<br>　　　呼び分けるための、名前に過ぎません。<br>　　　<br>　　　刑事裁判では、これこれの事実であると、<br>　　　その証拠を提示します。<br>　<br>　　　公開ですが、<br>　　　嘘や間違いの証拠かも、知れません。<br>　<br>　　　指紋が出たと、言いますが<br>　　　よそで採取した偽りの指紋と、<br>　　　だれが、どのようにして、<br>　　　検証しますか。<br>　<br>　　　現場に足跡があったと、<br>　　　写真を提示します。<br>　<br>　　　その靴を、捜査員が履いて、<br>　　　つけた足跡を、<br>　　　写真に撮ったのかも知れません。<br>　<br>　　　物的証拠や証言は、ほとんど自由に、<br>　　　捏（でっ）ち上げられます。<br>　<br>　　　警察に反対する証言者は、<br>　　　警察に睨まれます。<br>　<br>　　　どうして、傍聴すれば、<br>　　　証拠や証言が、嘘や間違いでないと、<br>　　　傍聴人に、判断できますか。<br>　<br>　　　嘘や間違いを、判断できないのに、<br>　　　何のための、傍聴ですか。<br>　<br>　　　裁判を公開しなければ、<br>　　　裁判は、<br>　　　権力による事務的な記録の捏造に、<br>　　　なります。<br>　<br>　　　書き放題です。<br>　<br>　　　公開しても、傍聴人は、<br>　　　嘘や間違いを、判断できません。<br>　<br>　　　これこれのことを、述べたと、<br>　　　見て聞くだけです。<br>　<br>　　　事務文書の記録と、<br>　　　公判の進行や発言が、同じであると、<br>　　　確認するだけです。<br>　<br>　<br>強制的な精神病の診断では、<br>鑑定診察の進行や発言が、<br>実際とは、まったく違います。<br>　<br>鑑定や診察の記録が、<br>架空の進行や発言であり、<br>事実でなく、嘘八百の記録ですから、<br>非公開の裁判と、同じ実態が、<br>現実の鑑定や診察の、ほぼ全部です。<br>　<br>本当のことは、まず書かれません。<br>　<br>公開されずに、ビデオも要求されず、<br>当人の同意や署名も、不要ですから、<br>精神科医の書き放題です。<br>　<br>なぜ、精神病があると、<br>人が信じるのかが、不思議です。<br>　<br>精神病と診断すれば、<br>即時に、抗精神病薬を強制投与しますから、<br>どれほど健康な精神の持ち主でも、<br>必ず、精神病の症状を、発症します。<br>　<br>その症状が、<br>診断時の精神病の症状であったと、<br>診断書に記述されているだけです。<br>　<br>自作自演と言いますが、<br>コンピュータや脳や、<br>知覚や事実などの仕組と、同じです。<br>　<br>　</span><br>　<br>　　　<br>　　　　<br>　<br><br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ergpo44g/entry-12383518264.html</link>
<pubDate>Wed, 13 Jun 2018 22:24:13 +0900</pubDate>
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<title>シマサルスベリ　0189　知覚の規則性</title>
<description>
<![CDATA[ <p><span style="font-size:1.4em;"><span style="font-weight:bold;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180612/16/ergpo44g/63/e7/j/o2288171214209750945.jpg"><img alt="" height="1712" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180612/16/ergpo44g/63/e7/j/o2288171214209750945.jpg" width="2288"></a>　</span></span></p><p><span style="font-size:1.4em;"><span style="font-weight:bold;">よく見ると、百日紅（さるすべり）のように、<br>フリルが一杯の花びらですが、<br>ミソハギ科と言いながら、<br>禊萩（みそはぎ）に、<br>こんなフリルは、なかったような。<br>　<br>サルスベリは、中国南部の原産ですが、<br>シマサルスベリは、<br>南西諸島に自生しているそうです。<br>　<br>シマは、南西諸島の意味です。<br>　<br>島百日紅の自生の個体は、<br>20メートルに、なるそうですが、<br>ありきたりの百日紅のほうは、<br>何メートルになるのでしょうか。<br>　<br>いずれも、日本本土に自生しませんので、<br>知らないのは、当然ですが、<br>植栽されているシマサルスベリは、<br>確かに大木です。<br>　<br>ふつうの百日紅のほうは、真夏に、<br>その名の通りに、ずっと咲き続けますので、<br>こじんまりとした幹から、<br>ひょろっと伸びた穂のように、<br>風に揺られている姿が、印象に残ります。<br>　<br>島百日紅は、大木になるだけでなく、<br>葉の量も、桁違いに多く、<br>真夏に、こんもりと茂った日陰を作ります。<br>　<br>梅雨の最中の今頃に、<br>短く咲いて、散りますから、<br>島百日紅は、百日紅に比べて、<br>野生が残っていると、言うべきなのか・・・<br>　<br>関東平野なら、<br>北関東でも大丈夫と、言われていますが、<br>わたしは、東京や大阪の、街の中でしか、<br>見たことがありません。<br>　<br>遠くからは、栃の木よりもデカイ木に、<br>花が咲いている感じですが、<br>季節が少し遅く、近づくと、葉が違います。<br>　<br>シマサルスベリと気づき、<br>大喜びで写真を撮るわたしは、あほです。<br>　<br>　<br>　　　***　　　　***<br>　<br>　<br>２足歩行のように、<br>無意識の習慣が、自動的に実行されることを、<br>わたしたちは、知っています。<br>　<br>言葉は、特に学んだつもりが無くても、<br>幼児の頃に接すれば、勝手に覚えます。<br>　<br>成人してからでは、努力して学ばなければ、<br>死ぬまで習得できません。<br>　<br>年齢による違いがあります。<br>　<br>猿に教えても、聞き取ることさえ、<br>なかなか、できないように、<br>生まれつきの素質は、個体により違います。<br>　<br>猿と人間の、生まれつきの素質の差が、<br>見てくれの違いにより、識別できますので、<br>わたしたちは、エステティックにより、<br>個体を差別して、<br>猿や人間と、名付けています。<br>　<br>けっして、<br>性交渉や遺伝子の分析などを、試みてから、<br>生殖不能や遺伝的素質などを、<br>知ったのでありません。　<br>　<br>見てくれだけで、決定的に差別しますから、<br>エステティックと言います。<br>　<br>その問題を、今は、さて措（お）きます。<br>　<br>　<br>　　　時間や空間や論理法則などのうちの、<br>　　　時空は、他の動物にも、<br>　　　古くから伝わるプログラムです。<br>　<br>　　　簡単に証明できますので、<br>　　　証明しません。<br>　<br>　　　そのような証明と言われる言説は、<br>　　　論理法則に<br>　　　一致しなければなりませんが、<br>　　　何と何が、<br>　　　論理法則と言われる教条であるかを、<br>　　　だれも、全部は知りません。<br>　<br>　　　論理法則の個々の教条は、<br>　　　文法のように、<br>　　　ただの流行文化にすぎません。<br>　<br>　　　知覚が、時間や空間だけでなく、<br>　　　論理法則と言われる言語の規則性の、<br>　　　流行文化に一致するので、<br>　　　自然ついての、<br>　　　科学と言われる論理法則による証明が、<br>　　　科学技術の事実のように、<br>　　　だれが、いつ行なっても、<br>　　　知覚の対象として、再現されます。<br>　<br>　　　言語の流行文化の規則性の通りに、<br>　　　規則的に、対象が知覚されるので、<br>　　　自然を論理法則により説明した通りに、<br>　　　確かに科学技術が再現されると、<br>　　　知覚されることを、<br>　　　自作自演と言います。<br>　<br>　　　無意識の習慣と、<br>　　　生まれつきの素質のような、<br>　　　規則性のプログラムが、<br>　　　知覚を制御しているからです。<br>　<br>　　　特定の習慣は、<br>　　　文化的に、すべての個人に行き渡り、<br>　　　特定の生まれつきの素質は、<br>　　　望まれない素質の個人を殺して、<br>　　　品種を改良すれば、<br>　　　すべての人が、同じ知覚の規則性を、<br>　　　共有することができます。<br>　<br>　　　<br>当然に、知覚の対象は、不要でないかと、<br>疑われます。　　　<br>　<br>知覚の規則性を、共有すれば、<br>知覚の対象を、共有する必要は、ありません。<br>　<br>わたしたちは、他人の知覚の内容を、<br>だれも、検証することができないと、<br>すでに何度も、このブログに書いた通りです。<br>　<br>個人の知覚の内容を、他人に伝えるための、<br>言葉や写真やビデオなどの、<br>コミュニケーションのメディアの表現を、<br>他人は、共有することができるだけですので、<br>個人の知覚の内容が、表現の通りであると、<br>他人は、だれも検証することが、できません。<br>　<br>他人に共有された知覚とは、<br>言葉や写真などの、<br>メディアの表現にすぎません。<br>　<br>そもそも、論理は、<br>違うものを同じと、定義するのが、基本です。<br>　<br>同じ言葉を、使用するたびに、<br>定義の内容は、異なりますから、<br>言葉は、すべて同音異義語です。<br>　<br>言葉だけでなく、<br>写真や音声ファイルやビデオなども、そう。<br>　<br>概念は、すべて同音異義語です。<br>　<br>　<br>　　　わたしたちは、対象を知覚して、<br>　　　規則性を知るのでなく、<br>　　　一連の知覚の仕組に、<br>　　　いくつもの規則性を放り込めば、<br>　　　概念を限定して、対象を知覚したと、<br>　　　自覚する答えが、出てくるだけです。<br>　<br>　　　目があり、身体があると、<br>　　　知覚された事実は、<br>　　　限定された概念にすぎませんから、<br>　　　わたしたちは、<br>　　　漠然として限定されない概念を、<br>　　　幾つもの文化的な規則性の信仰から、<br>　　　目や身体のように<br>　　　具体的に限定された事実として、<br>　　　対象が知覚されたと、<br>　　　自覚するにすぎません。<br>　<br>　　　リアルタイムで、<br>　　　信じる規則性が変わるので、<br>　　　限定されて知覚される事実も、<br>　　　変化するのは、当然です。<br>　<br>　　　事実を信じるのは、<br>　　　妄想や幻覚の典型ですから、<br>　　　それを、主たる症状とする精神病が、<br>　　　単に、精神科医自身の精神を、<br>　　　診断したにすぎないと、<br>　　　わからなければいけません。<br>　<br>　　　自分の病気を、患者のせいとするのは、<br>　　　精神科医であることが、<br>　　　最もひどい精神病であるからです。<br>　<br>　　　<br>　</span></span><br><br>　</p>
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<link>https://ameblo.jp/ergpo44g/entry-12383204109.html</link>
<pubDate>Tue, 12 Jun 2018 16:56:03 +0900</pubDate>
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<title>ヒメジョオン　0188　知覚の仕方の純化</title>
<description>
<![CDATA[ <p><span style="font-weight:bold;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180611/22/ergpo44g/ff/26/j/o2288171214209359206.jpg"><img alt="" height="1712" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180611/22/ergpo44g/ff/26/j/o2288171214209359206.jpg" width="2288"></a>&nbsp;</span></p><p><span style="font-weight:bold;">&nbsp;</span></p><p><span style="font-weight:bold;">姫女苑（ひめじょおん）は、<br>梅雨時から秋まで咲く2年草です。<br>　<br>春紫菀（ハルジオン）は、<br>4～5月に咲く多年草です。<br>　<br>花びらの幅が、<br>ヒメジョオンは1.5ｍｍ以上で、<br>ハルジオンは1.2ｍｍ未満と、<br>言われていますが、<br>1.3ｍｍ1.4ｍｍというのを、<br>しょっちゅう見かけます。<br>　<br>ハルジオンの葉は、少し茎を抱き、<br>ヒメジョオンは、葉柄がないものの、<br>茎を抱きません。<br>　<br>咲く季節が違うので、<br>なんとなく、わかりますが、<br>今頃なら、<br>まだハルジオンが、咲いているかも。<br>　<br>ヒメジョオンの茎は、<br>中身が詰まっていますが、<br>ハルジオンは、中空ですから、<br>これが、いちばん確実かも。<br>　<br>わたしは、<br>品種や変種の、すぐに出来る草花が、<br>苦手です。<br>　<br>ヒメジョオンとハルジオンは、<br>そう簡単に、雑種が出来ないので、<br>別の種（しゅ）とされています。<br>　<br>同じErigeron（ムカシヨモギ属）です。<br>　<br>　<br>　　　***　　　　***<br>　<br>　<br>　　　生殖できずに、<br>　　　めったに雑種ができない理由を、<br>　　　わたしは知りませんから、<br>　　　２年草と多年草や、花びらの幅や、<br>　　　茎の中実と中空や、<br>　　　茎を抱かないと抱くなどの,違いが、<br>　　　原因に関係ないとも、知りません。<br>　<br>　　　咲く季節の違いが、生殖不能の原因に、<br>　　　１番近いような気もしますが、<br>　　　生殖できない原因でなければ、<br>　　　変更不能の違いが生ずることもないと、<br>　　　必ずしも言えません。<br>　<br>　　　こういう理屈は、<br>　　　わたしの経験から言えば、<br>　　　小学２年生頃に、ようやく、<br>　　　言葉に表現することができるくらいに、<br>　　　言葉の使用に、習熟しましたが、<br>　　　言葉に表現できない幼児の頃から、<br>　　　直感的には、当たり前であると、<br>　　　自覚していました。<br>　<br>　　　言葉と、論理法則と言われる規則性が、<br>　　　一致することが多く<br>　　　論理法則は、流行の文法にすぎないと、<br>　　　言われていますが、<br>　　　言葉に表現できない幼児の頃の、<br>　　　直感的な自覚が、<br>　　　論理法則によるものなのか、<br>　　　そうでないのかは、確定できません。<br>　<br>　<br>わたしたちは、<br>論理法則と言われる流行文化を、<br>知覚の規則性とするように、<br>おそらく１才未満の赤ちゃんの頃に、<br>習得して、以後変更不能になりますので、<br>論理的に説明される通りに、<br>科学技術の事実が、再現されます。<br>　<br>論理法則のほうは、文化的に、<br>特定の流行が、変更不能になりましたので、<br>特定の文化に馴染まない者を、<br>殺すことにより、<br>遺伝形質の中から、特定の形質を選び、<br>純化したにすぎません。<br>　<br>　<br>　　　科学技術の事実のように、<br>　　　飛行機や宇宙船が、<br>　　　計算通りに空を飛び、<br>　　　だれが行なっても、<br>　　　何度も繰り返して再現されるのは、<br>　　　その通りに知覚される規則性ですから、<br>　　　赤ちゃんの頃に繰り返すことにより、<br>　　　習得された特定の文化的な判断が、<br>　　　無意識の知覚の習慣になり、<br>　　　同じ文化に染まったみんなの、<br>　　　同じように規則的な知覚の仕方が、<br>　　　変更不能になっているだけです。<br>　<br>　　　２足歩行が、<br>　　　無意識に行なわれるにもかかわらずに、<br>　　　意志の命令によることは、<br>　　　自由に立ち止まり、<br>　　　自由に歩き始めることが出来るので、<br>　　　誰にでも、<br>　　　習慣であると検証できますが、<br>　　　それだけでなく、<br>　　　生まれつきのプログラムが、<br>　　　必要であることは、<br>　　　猿と比べたり、<br>　　　生まれつきに健康にもかかわらずに、<br>　　　２足歩行のできない人と、<br>　　　比べたりしなければ、<br>　　　なかなか確定できません。<br>　<br>　<br>知覚の規則性が、ただの習慣でなく、<br>生まれつきに、<br>すでに純化されたプログラムを、<br>遺伝的に受け継いでいることを、<br>直感的に自覚するのは、<br>幼児には不可能であり、言葉に習熟した後に、<br>法律や歴史の要点が、<br>品種改良のための人殺しを、善良として、<br>他人に強制して教え込んでいることを、<br>理解しなければいけません。<br>　<br>法律が、違反者を懲罰することよりも、<br>精神医療が、現行の文化に馴染まない者の、<br>人格を抹殺することのほうが、<br>科学技術のように、<br>確実と信じられている事実を守るには、<br>必需です。<br>　<br>　<br>　　　わたしは、自由に、<br>　　　２足歩行を始めたり、<br>　　　止めたりができるように、<br>　　　論理法則の通りに<br>　　　知覚したり、しなかったりを、<br>　　　自由に変更できると、<br>　　　幼児の頃から、知っていました。<br>　<br>　　　科学技術の再現性の変更不能な事実は、<br>　　　ただの、知覚の癖でなければ、<br>　　　他人のように、生まれつきに、<br>　　　その癖が純化されたプログラムを、<br>　　　遺伝的に受け継いだせいで、<br>　　　色覚障害の人が、<br>　　　赤と緑を識別できないように、<br>　　　それ以外の選択ができずに、<br>　　　変更不能になっているだけであると。<br>　<br>　　　言葉や法律や歴史などを、知った今は、<br>　　　そのように表現できますが、<br>　　　遺伝的に純化されたプログラムを、<br>　　　受け継いでいないわたしには、<br>　　　自由に立ち止まったり、<br>　　　歩き出したりの、出来ない他人が、<br>　　　安物の機械に見えます。<br>　<br>　<br>科学技術のように、<br>流行の論理法則を使わなければ<br>知覚できない事のために、<br>ここ数十万年の人間の流行文化に、<br>意識を固定しなければいけないのは、<br>なんで、タバコを吸わされるのかと、<br>文句を言いたくなります。<br>　<br>酒も飲みたくないが、他人には選択不能で、<br>わたしには、選択可能であるって、<br>面倒臭い。<br>　<br>こいつら他人が、圧倒的多数派であるのは、<br>わたしのような人間を殺したから、<br>遺伝的素質が純化されたのが、原因です。<br>　<br>科学技術は、<br>鉄砲や黒船や原爆やコンピュータのように、<br>品種改良が目的ですから、わたしは危険です。<br>　<br>ロマン主義者に見つかると、必ず殺される。<br>　<br>そういう思いを、<br>このブログに書いていますが、<br>精神病患者は、<br>抗精神病薬を飲まされていますから、<br>不可逆的なあほに、なっています。<br>　<br>わたしだけが、生き残っている、<br>という思いを、だれとも共有できません。<br>　<br>科学技術が間違いないと、確信されるのは、<br>ただの癖でなければ、<br>知覚の仕方の遺伝なのに・・・<br>　<br>科学技術は便利であると、思うのが、<br>２足歩行モードを変更できない人が、<br>そうでない奴を、殺して来た科学技術により、<br>純化された遺伝にすぎませんから、<br>世代を超えた犠牲者と、言うべきか、<br>ゾンビと言うべきか。<br>　<br>　　　<br><br><br>　　　<br>　　　</span><br><br>&nbsp;</p>
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<pubDate>Mon, 11 Jun 2018 22:40:14 +0900</pubDate>
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<title>ハンゲショウ　0187　捏造された精神病</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-weight:bold;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180610/22/ergpo44g/9c/7f/j/o2560192014208681147.jpg"><img alt="" height="1920" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180610/22/ergpo44g/9c/7f/j/o2560192014208681147.jpg" width="2560"></a> </span></p><p><span style="font-weight:bold;">&nbsp;</span></p><p><span style="font-weight:bold;">池が、半夏生（はんげしょう）で埋まり、<br>柘榴（ざくろ）の赤い花が、見えます。<br>　<br>半夏生のことも、何度も書きましたので、<br>もう、飽き飽きです。<br>　<br>72候の半夏生は、<br>24節気の夏至の３候の内の、<br>末候を言いますが、<br>毎年、7月2日の前後、5.07日間が、<br>半夏生です。<br>　<br>太陽暦の１年を、<br>均等に、72等分しただけですから、<br>地球や太陽の軌道が、頭に浮かび、<br>幾何学的です。<br>　<br>　<br>　　　72候の半夏生は、<br>　　　烏柄杓（からすびしゃく）の咲く頃と、<br>　　　解説されていますが、<br>　　　サトイモ科のカラスビシャク<br>　　　（Pinellia ternata）の塊茎から、<br>　　　生薬の半夏を採取するので、<br>　　　植物の種（しゅ）の、<br>　　　カラスビシャクのほうも、<br>　　　半夏と言われたのでしょう。<br>　<br>　　　7月2日は、確かに72候の半夏ですが、<br>　　　写真のドクダミ科のハンゲショウ<br>　　　（Saururus chinensis）の咲く<br>　　　今頃（6月中頃）も、<br>　　　半分は夏の、季節感です。<br>　<br>　　　植物の種の、ハンゲショウは、<br>　　　どうして、この名でしょうか。<br>　<br>　　　72候の半夏の頃よりも、<br>　　　梅雨入り直後から、梅雨明けまで、<br>　　　ずっと、咲きっ放しです。<br>　<br>　　　葉が白くなるので、<br>　　　半化粧と、言う人もいて、<br>　　　こっちのほうが、わかりやすい。<br>　<br>　　　カラスビシャクから、<br>　　　72候の半夏生を、パクって来たような<br>　　　名前です。<br>　<br>　　　植物の花や生殖器は、<br>　　　葉が変形したものですから、　<br>　　　あと数千万年もすれば、<br>　　　花になるのかも知れません。<br>　<br>　<br>　　　***　　　　***<br>　<br>　<br>わたしたちが、<br>日頃に、知覚する物や事（こと）のうちで、<br>事実の証拠や証明のあるのは、<br>何％ぐらいでしょうか。<br>　<br>量を測るのが困難ですが、<br>科学技術のように、間違いないと、<br>確信できる知覚の内容は、<br>どれくらいでしょうか。<br>　<br>わたしの山勘というか、<br>当てずっぽうと言うか、<br>ざっくばらんな目分量では、<br>0.1％未満でないかと、直感します。<br>　<br>その割合は、0.1％でも、99％でも、<br>どうでも良いのですが、<br>１日中、<br>ボイスレコーダやビデオカメラなどを、<br>身体にくっつけて生活すると、<br>99.9％にまで、割合が高くなるでしょうか。<br>　<br>もしも、そうなら、<br>１日中、公費で録画録音して、<br>データの公的な保存を、お勧めします。<br>　<br>冤罪や精神病が、なくなりますから。<br>　<br>痴漢と言われて、かえって、<br>冤罪や精神病のもとに、なりそうですが、<br>公費の公的な録音録画なら、<br>問題ありません。<br>　<br>　<br>　　　冤罪については、<br>　　　どれくらいの比率かを、<br>　　　わたしは、知りません。<br>　<br>　　　詳しく調べたことが、ありませんので。<br>　<br>　　　精神病のうちの、強制的に診断して、<br>　　　強制的に監禁投薬するものは、<br>　　　生活の全部が、録画録音されれば、<br>　　　100％全部、なくなります。<br>　<br>　　　本人の望まない診断や治療を、<br>　　　強制的に行わねばならない種類の<br>　　　精神病は、原理的に無いからです。<br>　<br>　　　健常者が、法律に違反して、<br>　　　処罰されるのでなく、<br>　　　本人の希望により、<br>　　　診断して投薬するのでもなければ、<br>　　　精神病は、<br>　　　薬物や身体の病気による症状しか、<br>　　　ありません。<br>　<br>　　　原因となる身体の病気や薬物や、<br>　　　本人の意思による服薬などが、<br>　　　医師により、<br>　　　公開で証明されなければ、<br>　　　医療が原因でしか、ありません。<br>　<br>　　　医原病の原因としての医療が<br>　　　医師により、公開で証明されなければ、<br>　　　強制的に診断投薬された精神病は、<br>　　　医師により捏造された架空の病気です。<br>　<br>　　　生活の全部が、<br>　　　公的に録画録音されれば、<br>　　　強制的な精神病の診断や治療の<br>　　　全部が、<br>　　　医師の捏（でっ）ち上げた病気であると、<br>　　　証明されます。</span><br><br><span style="font-weight:bold;">　<br>　</span><br>　　　<br>　</p>
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<pubDate>Sun, 10 Jun 2018 22:29:29 +0900</pubDate>
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<title>忘れな草　0186　tenor アリゴ・ポーラ</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p><iframe allowfullscreen frameborder="0" height="342" src="https://www.youtube.com/embed/excwNcbgcP0" width="608"></iframe></p><p><span style="font-weight:bold;">&nbsp;</span></p><p><span style="font-weight:bold;">忘れな草（Non Ti Scordar di Me）<br>　<br>テノール : アリゴ・ポーラ（Arrigo Pola）<br>　<br>　　　　※　他の10倍の巨大音量に、注意!!<br>　<br>　<br>　　　***　　　　***<br>　<br>　<br>作詞 Domenico Furno 作曲 Ernesto De-Curtis<br><br>　　　Non Ti Scordar di Me<br><br><br>Partirono le rondini dal mio paese freddo<br>E senza sole<br>Cercando primavere di viole<br>Nidi d'amore e di felicità<br>　<br>La mia piccola rondine partì<br>Senza lasciarmi un bacio<br>Senza un addio partì<br>　<br>Non ti scordar di me<br>La vita mia legata a te<br>Io t'amo sempre più<br>Nel sogno mio rimani tu<br>　<br>Non ti scordar di me<br>La vita mia legata a te<br>C'è sempre un nido nel mio cor per te<br>Non ti scordar di me<br>　<br>Non ti scordar di me<br>La vita mia legata a te<br>C'è sempre un nido nel mio cor per te<br>Non ti scordar di me<br><br><br>よく歌われますので、<br>日本語訳も、インターネットに一杯です。<br>　<br>ようするに、<br><br>つばめは去って行った。<br>春の花と幸せを求めて。<br>別れの言葉もキスもなく。<br>　<br>わたしを忘れないで。<br>心の中に、いつも、あなたがいる。<br>　<br>そういう意味の歌詞ですが、<br>騎士ルドルフと恋人ベルタの、<br>忘れな草の民話を、踏まえた歌詞です。<br>　　　<br>　<br>　　　グリム童話（Grimms Märchen）の<br>　　　いばら姫<br>　　　（Dornröschen 眠れる森の美女）に<br>　　　ゆかりの、<br>　　　ドイツのラインハルトの森<br>　　　（Reinhardswald）の、<br>　　　ザバブルグ城（Schloss Sababurg）<br>　　　には、<br>　　　忘れな草の伝説が伝わり、<br>　　　現在は、ホテルになっていますが、<br>　　　あたり一面に、<br>　　　播種された忘れな草が一杯です。<br>　<br>　　　ライン川の支流の<br>　　　マイン川（Main）のほとりの、<br>　　　ヘッセン州（Land Hessen）なのに、<br>　　　忘れな草の民話は、<br>　　　ドナウ川のほとりの話です。<br>　<br>　　　騎士ルドルフが、少女ベルタのために、<br>　　　青い綺麗な花を、<br>　　　摘んであげましたが、<br>　　　足を滑らせて、ドナウ川に流されます。<br>　<br>　　　摘んだ花を、岸辺のベルタに投げて、<br>　　　僕を忘れないでと、笑っていましたが、<br>　　　そのまま、岸から離れて、<br>　　　２度と戻りませんでした。<br>　　<br>　　　彼女は、ルドルフの墓に、<br>　　　青い花を一杯摘んで、供えました。<br>　<br>　　　騎士ルドルフの実家が、<br>　　　ヘッセンのザバブルグ城と、<br>　　　言うのです。<br>　　　　<br>　　　ヨーロッパの、ゲルマン系民族の、<br>　　　至る所に伝わる民話ですが、<br>　　　中世の城の維持費は高く、<br>　　　観光客誘致に熱心でした。<br>　<br>　<br>忘れな草は、<br>ドイツ語では、Vergissmeinnicht、<br>英語では、Forget-me-notと言います。<br>　<br>日本語は、1905年（明治38年）に、<br>マリモや台湾の植物の川上滝弥が、<br>忘れな草と、翻訳しました。<br>　<br>さそり型花序（scorpioid）の、<br>ムラサキ科のワスレナグサ<br>（Myosotis scorpioides）です。<br>　<br>このブログに、何度も書きましたが、<br>リンクしようとすると、<br>ブログを、複数回、引っ越していますので、<br>アドレスの関係で、<br>面倒くさいことになります。<br>　<br>好きな人は、検索して、探してみて下さい。<br>わたしのブログにも、書いたことがあります。<br>　<br>ワスレナグサの近縁種や品種すべてを、<br>一般に、忘れな草と言いますので、<br>ワスレナグサ属（Myosotis）全部を、<br>指（さ）しています。<br>　<br>　<br>　　　歌は、ドイツ民話にもとづく詩に、<br>　　　ナポリのクルティスが作曲しました。<br>　<br>　　　カンツォーネ・ナポレターナ<br>　　　（Canzone napoletana）の体裁ですが、<br>　　　1935年のイタリア映画<br>　　　"Non Ti Scordar Di Me" の、<br>　　　主題歌として、<br>　　　テノールのベニャミーノ・ジーリ<br>　　　（Beniamino Gigli）が歌いました。<br>　<br>　　　<br>歌の意味は、忘れな草よりも、ツバメですから、<br>わたしは、<br>若いツバメ、という日本の言葉のほうを、<br>思い出してしまいます。<br>　<br>元始、女性は太陽であった、の、<br>婦人運動家の、平塚らいてう（平塚雷鳥）が、<br>年下の男性画家を、若いツバメと、<br>呼んでいました。　<br>　<br>マスコミのネタになり、持て囃されましたが、<br>男性のほうが、逃げ出した時の、<br>らいてう宛の手紙に、<br>　<br>「静かな水鳥たちが仲良く遊んでいるところへ<br>一羽のツバメが飛んできて<br>平和を乱してしまった。<br>若いツバメは<br>池の平和のために飛び去っていく」<br>　<br>と書いたのを、<br>らいてうが『青鞜』に発表して、<br>またまた、有名になりました。<br>　<br>若いツバメとは、<br>年下の恋人の男性の意味です。<br>　<br>この画家の奥村博史の言葉のほうが、<br>クルティスの歌の、忘れな草の歌詞に、<br>ぴったりです。<br>　<br>　<br>　　　今回は、<br>　　　アリゴ・ポーラ（Arrigo Pola）の<br>　　　テノールを貼り付けて置きます。<br>　<br>　　　オペラ歌手でしたが、<br>　　　東京芸大に雇われましたので、<br>　　　日本の歌好きには、<br>　　　お馴染みの先生です。<br>　<br>　　　いま聞いても、上手（うま）い。<br>　　　こんなに上手いのを、<br>　　　どうやって、引き抜いて来たのかが、<br>　　　不思議です。<br>　<br>　　　来日以前に、<br>　　　シンガポールやインドネシアなどでも、<br>　　　オペラを教えていましたから、<br>　　　アジア人に、ベルカントを聞かせて、<br>　　　ドヤ顔をするのが、<br>　　　好きだったのかも知れません。<br>　<br>　　　インドネシアにしても日本にしても、<br>　　　伝統的な発声法がありますから、<br>　　　テノールを聞いても、驚きません。<br>　<br>　　　昔は、<br>　　　マイクやスピーカがありませんので、<br>　　　世界中、どこでも、<br>　　　プロの歌手は、大声を出さなければ、<br>　　　仕事になりません。<br>　<br>　　　毎日、大声を出しても、<br>　　　大丈夫な発声法は、<br>　　　世界中、どこにでも、伝わっています。<br>　<br>　　　ヨーロッパの発声法が、<br>　　　一番良いとは、だれも思いません。<br>　<br>　　　わたしは、男性の高い声なら、<br>　　　45年くらい前の、<br>　　　最上川舟唄の大塚文雄のほうが、<br>　　　こんなに聴き応えのある声を出して、<br>　　　大丈夫なのかと、はらはらしました。<br>　<br>　　　日本民謡の高い声は、<br>　　　喉を痛めますから、<br>　　　男声の民謡歌手は、声の寿命が短い。<br>　<br>　　　大塚氏の声を聞いてから、<br>　　　フランコ・コレッリ（Franco Corelli）<br>　　　を聞いても、粕（かす）でした。<br>　<br>　　　<br>アリゴ・ポーラは、藤原歌劇団の音楽監督も、<br>引き受けていましたから、<br>日本のオペラファンは、皆、知っています。<br>　<br>歌い方が、上手い。<br>　<br>なるほど、大学教授にぴったりですですが、<br>教え方が上手いかは、知りません。<br>　<br>世界的には、<br>パバロッティ（Luciano Pavarotti）の<br>先生として、知られています。<br>　<br>貧乏人のパバロッティ家のために、<br>現役の一流のオペラ歌手が、<br>幼児のピアノのお稽古のような月謝で、<br>教えたのですから、<br>彼を見込んで、投資したのでしょう。<br>　<br>パヴァロッティを育てたお蔭で、<br>東京芸大教授になりましたから、<br>褒められたのでしょうか、<br>それとも、アホと笑われたのでしょうか。<br>　<br>わかりません。<br>　<br>現役の一流の歌舞伎役者が、<br>アメリカの素人歌舞伎の役者の、<br>個人教授を引き受けるのは、物笑いです。<br>　<br>なんでアメリカ人に<br>能や歌舞伎を、教えないといけないのか・・・<br>　<br>なんで日本人に、<br>オペラを教えないといけないのか。<br>　<br>藤原義江は、<br>メトロポリタンの蝶々夫人の公演を見て、<br>レベルが低いと、文句を言っていましたから、<br>なるほどと思います。<br>　<br>必ず、師を超える弟子が、現れますから、<br>アリゴ・ポーラに教えられれば、<br>日本のオペラは、世界一流になります。<br>　<br>なんで日本人が、オペラなのかと、<br>それが問題です。<br>　<br>　<br>　　　声の質は、95％くらい、<br>　　　頭蓋骨の形により、決まります。<br>　<br>　　　ラジオで声を聴き、<br>　　　知らない人の顔を、想像してから、<br>　　　実際に顔を見ると、<br>　　　ほぼ的中しています。<br>　　<br>　　　その反対に、前と横からの写真を見て、<br>　　　声を想像してから、<br>　　　実際に声を聞いても、<br>　　　やはり予想通りです。<br>　<br>　　　顔と声は、同じなのです。<br>　<br>　　　声が良いとは、<br>　　　顔が良いと言うのと、同じで、<br>　　　ほぼ完全に、エステティックです。<br>　<br>　　　歌が上手いと、評価するのは、<br>　　　顔を評価しているのと、同じですから、<br>　　　問題です。<br>　<br>　　　なぜ、日本人が、オペラなのかと。<br>　<br>　　　嘘こけと、思うかも知れませんが、<br>　　　声の質の識別と、頭蓋骨の形の識別が、<br>　　　同じであるのは、簡単に実験できます。<br>　<br>　　　わたしは、<br>　　　オペラ歌手に首ったけの耳鼻科医を、<br>　　　信じません。<br>　　</span><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180610/09/ergpo44g/2f/f1/j/o1920108014208210008.jpg"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180610/09/ergpo44g/2f/f1/j/o1920108014208210008.jpg" width="420"></a><br>　</p>
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<pubDate>Sat, 09 Jun 2018 09:19:28 +0900</pubDate>
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<title>シャリンバイ　0185　記憶や知覚のこと</title>
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<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180608/21/ergpo44g/97/f6/j/o2560192014207337450.jpg"><img alt="" height="1920" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180608/21/ergpo44g/97/f6/j/o2560192014207337450.jpg" width="2560"></a><br><span style="font-weight:bold;">&nbsp;</span></p><p><span style="font-weight:bold;">車輪のように、葉をつけるので、<br>この名前ですが、<br>輪生でなく、バラ科ですから互生です。<br>　<br>葉が、密集していますので、<br>枝先のほうの、上から見ると、<br>確かに、葉が全方向に伸びて、<br>車輪のように見えないことも、ありません。<br>　<br>わたしは、<br>道路の分離帯に植わっているので、<br>車を思い出します。<br>　<br>排気ガスに曝（さら）されて、<br>埃（ほこり）まみれでも、育つのでしょう。<br>　<br>たいていの人は、分離帯の低木を、<br>庭に植えたくないけれど、<br>放ったらかしでも、大丈夫なので、<br>地植えなら、水やりの必要もありません。<br>　<br>長期間、留守にする人には、もって来いです。<br>　<br>海岸の植物は、根を、深く伸ばしますので、<br>乾燥に強く、<br>海岸の砂地に似た土地が、<br>良いかも知れません。<br>　<br>わたしは、足元の風通しを、良くしたいので、<br>皐月や躑躅や車輪梅などの、灌木を、<br>あまり植えませんでした。<br>　<br>横須賀に暮らしていた時ですが。<br>　<br>今は、娘夫婦や孫たちに、家を明け渡して、<br>都心の、しがないマンション暮らしですから、<br>出入り自由の、刑務所のようなものです。<br>　<br>自分の庭は、ありません。<br>　<br>1つ1つの花は、バラ科ですので、<br>梅に似ていますが、<br>この花序を見て、梅と思う人は、あほです。<br>　<br>わたしは、そういう天然ボケが、好きですが、<br>わざと貶（おとし）めて、<br>讒言（ざんげん）をする捜査員や、<br>精神病と診断して、<br>人格を葬り去る精神科医などが、<br>世の中には、たくさんいます。<br>　<br>　<br>　　　***　　　　***<br>　<br>　<br>脳の神経細胞の樹状突起は、<br>樹木の枝や、進化系統図のように、<br>枝分かれをしています。<br>　<br>判断もまた、枝分かれをしますが、<br>神経細胞の樹状突起は、<br>使わなければ、すぐに消滅します。<br>　<br>男性の朝立ちのように、<br>使わなくても、樹状突起が消滅しないように、<br>毎日、試験的に、電気が通るように、<br>プログラムされていたりします。<br>　<br>コンピューターにも、ものすごい数の、<br>電気回路の枝分かれがありますが、<br>ICやLSIなどと言われる集積回路は、<br>チップの中に、密封されています。<br>　<br>電気回路ですから、<br>使わなくても、消滅しません。<br>　<br>　<br>　　　わたしたちの記憶は、<br>　　　特定の判断の組み合わせのみが、<br>　　　変更不能になり、<br>　　　他の判断の組み合わせを、<br>　　　なぞることが出来なくなった状態を、<br>　　　言います。<br>　<br>　　　樹状突起の廃墟であり、<br>　　　玉の動かない算盤（そろばん）に、<br>　　　似ています。<br>　<br>　　　ほとんどの枝分かれを失い、<br>　　　すべての判断の組み合わせを<br>　　　再現する汎用性もなく、<br>　　　ただ、特定の判断の道筋だけが、<br>　　　サンゴ礁のように、<br>　　　遺骸として残っているのが、<br>　　　記憶の正体です。　　<br>　　　<br>　　　特定の枝分かれの道筋のみが、<br>　　　固く残り、<br>　　　他の枝分かれが、<br>　　　消滅してしまった樹状突起の、<br>　　　生命活動を失った状態です。<br>　<br>　　　脳の、生きている神経細胞について、<br>　　　これが起こります。<br>　<br>　　　記憶や記憶力が良いと、言えば、<br>　　　文化的には、褒め言葉ですが、<br>　　　生理的には、老化現象にすぎません。<br>　<br>　　　他の判断の道筋を、<br>　　　再現することができずに、<br>　　　汎用性を失った神経細胞の、末路です。<br>　<br>　<br>知覚に、記憶の仕組みが、よく現れています。<br>　<br>ロマン主義者は、<br>物や事のような、対象を知覚すると、<br>考えましたが、<br>大昔から、知覚の対象の存在を、<br>だれも証明できませんでした。　<br>　<br>対象がなくても、知覚できます。<br>　<br>むしろ、知覚するとは、<br>幻のように、<br>対象を作り出して、知ることでないかと、<br>疑われました。<br>　<br>わたしたちが、知覚や思考を、<br>モニターするように、自覚する機能は、<br>自分で作り出した対象を、<br>自分で知覚するために、必要であると、<br>言われています。<br>　<br>モニター機能を経て、<br>作り出された幻のことを、事実と言います。<br>　<br>　<br>　　　科学技術の事実は、幻なのかと、<br>　　　疑問になります。<br>　<br>　　　目や耳や鼻は、何のためにあるのかと。<br>　<br>　　　科学技術の事実が、<br>　　　幻でないと、特別に信じられる理由は、<br>　　　ありません。<br>　<br>　　　事実が自作自演なら、<br>　　　科学技術の事実が、<br>　　　最も念入りに作られた自作自演である、<br>　　　というだけの話です。<br>　<br>　　　みんなの合意で、作られていますから。<br>　<br>　　　目や耳などは、<br>　　　幻を、幻と感じない端的な例であり、<br>　　　自分自身のことは、<br>　　　知覚や思考をモニターして、<br>　　　自覚する仕組のように、<br>　　　フィードバックしているので、<br>　　　わかりにくいだけです。<br>　<br>　<br>わたしたちは、<br>変更不能になった判断の手順により、<br>毎度お馴染みの規則性に違わない幻を、<br>事実として知覚します。<br>　<br>わたしたちが知覚した事実は、<br>そうでなければいけないと、<br>確信するくらいに、脳の老化のせいで、<br>規則性の記憶が、変更不能になっています。<br>　<br>多くは、融通が効かなくなった文化を、<br>権力により、個人が強制されたものです。<br>　　　<br>　<br>　　　わたしと、すぐ近くの人が、<br>　　　同じ物事（ものごと）を知覚するのは、<br>　　　同じ文化を、強制されているので、<br>　　　ごく近くに居る２人が、<br>　　　これこれの物事が見えるはずと、<br>　　　想像した中身も、<br>　　　酷似しているだけです。<br>　<br>　　　空間的に近いと認識するのは、<br>　　　そもそも、同じプログラムの結果の、<br>　　　可能性が高い。<br>　<br>　　　似ているプログラムを、いくつも使い、<br>　　　似ている判断が、いくつも重なれば、<br>　　　同じ事実が見えるのは、当たり前です。<br>　<br>　　　知覚された事実が似ているのは、<br>　　　判断のプログラムが似ていたからに、<br>　　　決まっています。<br>　<br>　　　事実と言われる知覚の対象は、<br>　　　判断に使用された変更不能な規則性が、<br>　　　表示されているだけです。<br>　<br>　　　樹状突起の残骸が、<br>　　　見えているにすぎません。<br>　<br><br>　<br>　　　</span><br><br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ergpo44g/entry-12382295480.html</link>
<pubDate>Fri, 08 Jun 2018 21:07:43 +0900</pubDate>
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<title>タチアオイ　0184　そろばんと、脳</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-weight:bold;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180607/22/ergpo44g/b1/74/j/o2560192014206820716.jpg"><img alt="" height="1920" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180607/22/ergpo44g/b1/74/j/o2560192014206820716.jpg" width="2560"></a>　</span></p><p><span style="font-weight:bold;">わたしは、立葵（たちあおい）と、<br>芙蓉（ふよう）や木槿（むくげ）を、<br>よく間違えそうになります。<br>　<br>すくっと１本、<br>立っているのが、見えなければ、<br>間違えます。<br>　<br>　<br>　　　***　　　***<br>　<br>　<br>戦時に、権力が、<br>どのような人間を、どのような方法により、<br>選別するかを、<br>現代人は知りません。<br>　<br>第二次世界大戦後、<br>日本は、戦争を経験していないだけでなく、<br>国民皆兵や男子皆兵の徴兵制がなく、<br>民衆は、軍事教練を受けていません。<br>　<br>野蛮なことを、知りませんから、<br>権力と、知覚や判断との、関係について、<br>無学文盲のようなものです。<br>　<br>平和は、鉄砲を使わない戦争であると、<br>毛沢東も、言っていたくらいですから、<br>ロマンティストの目があれば、<br>文化大革命よりも、日本の平和が、<br>革命戦争よりも、野蛮かも知れません。<br>　<br>　<br>　　　わたしは、アフガニスタンの内戦時に、<br>　　　現地のソ連軍に、<br>　　　銃の扱い方を、教えられるまで、<br>　　　鉄砲の実物を見たことも、<br>　　　ありませんでした。<br>　<br>　　　男子皆兵の、２度の世界大戦に、<br>　　　徴兵された一般市民が、<br>　　　自国の軍隊に殺されずに、<br>　　　生き残るために、<br>　　　習熟しなければいけなかった精神が、<br>　　　今も求められていると、<br>　　　安倍晋三君は、<br>　　　信じているかのようです。<br>　<br>　　　社会体制でなく、<br>　　　必死で適応しようとした精神が、<br>　　　大切であると。<br>　<br>　　　彼は、好んで、<br>　　　企業戦士という言葉を使い、<br>　　　日本が追求すべきと信じる価値を、<br>　　　表現します。<br>　<br>　　　高度経済成長の時代よりも、<br>　　　むしろ、第二次世界大戦の頃の、<br>　　　軍国主義や全体主義に、<br>　　　求められた精神を、<br>　　　現代日本が求めていると。<br>　<br>　　　鉄砲を突きつけられて、<br>　　　生き方を強制された人間の心が、<br>　　　今も、社会人の心得であり、<br>　　　日本に必要であると、<br>　　　安倍晋三君は、確信しています。<br>　<br>　<br>なぜ、権力の言うことを聞かなければ、<br>殺されると、覚悟した心が、<br>良いのでしょうか。<br>　<br>トルストイの戦争と平和の、<br>ピエールのような心です。<br>　<br>みんなと一緒の価値観を、<br>国の隅々までに強要する考え方は、<br>16～17世紀の、絶対主義王朝の時代よりも、<br>むしろ、フランス革命後の<br>19世紀のヨーロッパの一般庶民に流行して、<br>ナチスドイツやホロコーストや<br>原子爆弾投下などと共に、<br>20世紀の中頃に滅んだ思想です。<br>　<br>マルクス・レーニン主義者が、<br>ナチスドイツや軍国主義日本を、<br>批判しましたので、<br>共食いのような批判勢力も含めて、<br>遅くとも、ソ連の崩壊により、<br>ロマン主義は、一掃されたと、<br>言われています。<br>　<br>　<br>　　　18世紀後半のフランス革命から、<br>　　　20世紀の終わりまでの、<br>　　　世界の思潮です。<br>　<br>　　　日本の幕末の志士たちも、<br>　　　フランス革命に憧れましたので、<br>　　　明治維新の薩長政府は<br>　　　純然たるロマン主義を標榜しました。<br>　　　<br>　　　イギリスの産業革命に、遅れを取り、<br>　　　存亡の危機に立たされた大陸の<br>　　　ヨーロッパ人が、<br>　　　フランス革命を起こしました。<br>　<br>　　　王侯貴族や聖職者を、殺して、<br>　　　荘園に囲われていた農奴を、<br>　　　こき使うために、<br>　　　都会の工場に引っ張り出しました。<br>　<br>　<br>自然科学の法則が、<br>産業革命の原動力の科学技術を生んだように、<br>人間や社会の、精神や文化にも、<br>自然法則があり、人間を選別して、<br>品種改良を成し遂げた民族が、<br>産業革命に打ち勝ち、生き残ると、<br>民衆を鼓舞しました。<br>　<br>ナポレオンが、<br>ヨーロッパ大陸の合理化を目指したように、<br>ソ連やナチスも、<br>世界を統一する国家や政府を望み、<br>社会主義を標榜しただけでなく、<br>革命や戦争を、次々に起こしました。<br>　　<br>ヒトラーは、ヨーロッパ全土に、<br>戦争を仕掛けて、<br>ロンドンに、ロケットを打ち込み、<br>大陸とイギリスの、ユダヤ人を、<br>絶滅させようと目論見ました。<br>　<br>　<br>　　　ユダヤの資本家は、<br>　　　イギリスの産業革命の張本人でしたが、<br>　　　すでに、経済や産業の本拠地を、<br>　　　アメリカ大陸に移していましたので、<br>　　　イギリスは、もぬけの殻でした。<br>　<br>　　　ヨーロッパに残った同胞たちが、<br>　　　ほんの600万人ほど、<br>　　　ヒトラーに殺されただけです。<br>　<br>　　　日本の幕末の志士たちが、<br>　　　ロマン主義を目指して、<br>　　　新しい国を作り、せっかく、<br>　　　第二次世界大戦に負けたのに、<br>　　　日本国憲法のように、<br>　　　一層ロマンティックな憲法を、<br>　　　頂く嵌めになりましたから、<br>　　　踏んだり蹴ったりです。<br>　<br>　　　負けたから、<br>　　　もっと負ける憲法を、<br>　　　押し付けられたのは、当たり前ですが、<br>　　　現代人には、理解できませんでした。<br>　<br>　　<br>マッカーサが、日本国憲法のように、<br>ロマンティックな復古主義を、<br>日本に再現したのは、<br>ソ連が、まだ死んでいなかったからですが、<br>マッカーサも、死んでいなかったからに、<br>違いありません。<br>　<br>ナポレオンやナチスと同様に、<br>ソ連は、<br>生粋（きっすい）のロマン主義社会でしたが、<br>戦勝国でした。<br>　<br>アメリカと、ソ連や中国の、<br>ロマン主義者たちは、<br>共食いをしなければ、気が済みません。<br>　<br>中学や高校の子どもたちが、<br>すばしこく、１番の成績になり、<br>東京大学医学部出身の医師の、鼻が高いのと、<br>ロマン主義者が、民衆の選別を、<br>確信する気持ちは、さほど違いません。<br>　<br>朝鮮戦争やベトナム戦争の、<br>わたしの青年時代には、<br>ロマン主義の亡霊たちが、<br>ゾンビのような戦いに、明け暮れていました。<br>　<br>ジャーナリストのような敗残兵は、<br>冷戦と自嘲しましたが、<br>わたしは、海ゆかばの歌詞を、<br>大伴家持が、ほんとうに歌ったのかと、<br>気になりました。<br>　<br>海ゆかば、水漬く屍、<br>山行かば、草生す屍、<br>大君の、辺にこそ死なめ、<br>かへりみはせじ<br>　<br>　<br>　　　イギリスやアメリカの、ユダヤの、<br>　　　産業革命の勢力に、<br>　　　蔑（ないがし）ろにされて、<br>　　　ソ連が、1991年に崩壊したことは、<br>　　　若い子でも、知っています。<br>　<br>　　　アメリカのロマン主義のゾンビは、<br>　　　どうなったのかと、<br>　　　ちっとも、気になりませんでした。<br>　<br>　　　ブッシュが、イラクと戦ったり、<br>　　　トランプが、北朝鮮と会談したりと、<br>　　　いまだに、夢中ですが、　<br>　　　餌（えさ）がなくなれば、<br>　　　共食いは、当たり前ですから、<br>　　　やがて、安倍晋三君も、<br>　　　引っ張り出されるでしょう。<br>　<br>　　　彼は、コンピュータを知りませんから、<br>　　　食べなければ生きて行けません。<br>　<br>　　　ロマン主義は、<br>　　　ゾンビが、人間の筋肉や脳みそを慕い、<br>　　　人間を食べる時代でした。<br>　<br>　　　コンピュータは、<br>　　　野蛮でありませんので、<br>　　　絶食療法のように、何も食べません。<br>　<br>　　　<br>ロマン主義と、思想のことを言うのなら、<br>イギリスやユダヤの、産業革命の司令塔は、<br>イギリス経験論と、目されるべきです。<br>　<br>ナポレオンやレーニンや<br>ヒトラーやマッカーサや東条英機などの、<br>ロマン主義者たちとは、<br>正反対の考え方でした。<br>　<br>第二次世界大戦終了と共に、<br>コンピュータが実用化されたのは、<br>ナチスが台頭する以前から、<br>ヨーロッパ大陸とイギリスの、<br>経験論者たちが、ロマン主義を批判して、<br>ウィーンに集まっていたからです。<br>　<br>ヒトラーに駆逐されて、<br>アメリカへ移住するための、<br>架け橋の街になりましたが、<br>記号論理学やコンピュータなどの、<br>産業革命の原理や原動力が、研究されました。<br>　<br>アメリカに渡ったコンピュータは、<br>第二次世界大戦後に、すぐに、<br>ユダヤ資本の銀行で、実用化されました。<br>　<br>スターリンやヒトラーは、<br>コンピュータが、<br>単なる計算のための機械でなく、<br>ロマン主義を、根本から否定するための、<br>イギリス経験論の道具であったことを、<br>生涯、理解できませんでした。<br>　<br>ロマン主義者は、数学ができません。<br>　<br>　<br>　　　ソ連の崩壊は、<br>　　　特権階級のノーメンクラツーラと<br>　　　乗り遅れたコンピュータのせいと、<br>　　　言われましたが、<br>　　　日本経済が、石油危機とバブルを経て、<br>　　　壊滅したのも、<br>　　　官僚主義の瀰漫（びまん）だけでなく、<br>　　　経験論のコンピュータを、<br>　　　ロマン主義者たちが<br>　　　理解できなかったからです。<br>　<br>　　　阿倍晋三君と同じです。<br>　<br>　　　数学のできない人は、<br>　　　政治家になるべきでないかも<br>　　　知れません。<br>　<br>　　　現代日本の銀行員に、<br>　　　コンピュータの原理を尋ねても、<br>　　　わかりませんから、<br>　　　日本が潰れるのも、<br>　　　阿倍君の失脚と同じように、<br>　　　時間の問題です。<br>　<br>　　　精神や人格や歴史のような、<br>　　　事実と言われる架空の物語を<br>　　　信じなければ、<br>　　　身の回りのことを、理解できない人は、<br>　　　横井庄一氏や小野田寛郎氏のように、<br>　　　精神科医だけでなく内科医も、<br>　　　遠くない将来に、絶滅するはずです。<br>　<br>　　　事実が、コンピュータに必要ないのは、<br>　　　なぜかを、<br>　　　ロマン主義者は、理解できません。<br>　<br>　　　科学技術の事実が、<br>　　　間違っているはずがないと、<br>　　　彼らは、信じていますから、<br>　　　知覚の仕組みを、実感できません。<br>　<br>　　　脳の仕組みが、<br>　　　算盤（そろばん）であると、<br>　　　わかっていないはずです。<br>　<br>　<br>ピアノと同じで、<br>別に、数学ができなくても、<br>政治ができないと、思えませんから、<br>なぜ、脳みそや知覚の仕組みを、<br>ロマン主義者が、理解できないのかと、<br>不安になります。<br>　<br>５倍速で、録音ファイルを再生すると、<br>わたしは、聞き取れませんから、<br>目の見みえない人は、不思議だと、笑います。<br>　<br>わたしは、目が見えないのかも、知れません。<br>　<br>コンピュータの仕組みは、<br>専門学校の生徒でも、<br>あらすじを知っていますから、<br>わたしが言うまでもなく、<br>コンピュータの本を読めば、<br>だれでも、わかります。<br>　<br>どうして、<br>脳の知覚や、判断や記憶などの、仕組みを、<br>スターリンやヒトラーは、<br>実感できなかったのでしょうか。<br>　<br>算盤（そろばん）と同じですから、<br>見た通りなのに・・・<br>　<br>　<br>　　　ソロバンって、<br>　　　英語では、abacus と言いますが、<br>　　　あほ馬鹿カスと、言われているようで、<br>　　　わたしは、嫌（いや）でした。<br>　<br>　　　でも、脳や知覚の仕組みは、<br>　　　単細胞生物よりも、単純明快です。<br>　<br>　　　たぶん、脳は、<br>　　　最も原始的な生物の器官でしょう。<br>　<br>　　　免疫のような、<br>　　　単純馬鹿の組み合わせは、<br>　　　コンピュータのハードウェアの設計や、<br>　　　プログラムの作成も、同じです。<br>　<br>　　　幕末の小栗忠順（おぐりただまさ）は、<br>　　　フィラデルフィアの造幣局で、<br>　　　金貨と小判の、成分の分析を要求して、<br>　　　日本の通貨の、純金の比率が、<br>　　　額面通りでなく、<br>　　　純金の質量を基準にした為替レートは、<br>　　　不正であると、主張しました。<br>　<br>　　　欧米の金銀の交換比率は、<br>　　　１:15でしたが、<br>　　　日本は、１:５でしたので、<br>　　　銀の価値が、相対的に高く、<br>　　　欧米と日本の銀貨を、<br>　　　銀の含有量により、<br>　　　等価交換したのでは、<br>　　　日本の銀貨を、日本の小判に両替して、<br>　　　上海で売り捌くだけで、<br>　　　大儲けできる事態になってしまいます。<br>　<br>　　　棚からボタ餅です。<br>　<br>　　　貿易業者と言えども、<br>　　　初代駐日公使のハリスが、<br>　　　銀の質量による等価交換を<br>　　　日本に対して、執拗に主張しながら、<br>　　　その手法により、<br>　　　大儲けをしましたので、<br>　　　自作自演の彼を、<br>　　　処罰しないアメリカ政府は、<br>　　　杜撰（ずさん）でした。<br>　<br>　　　日本も、小栗忠順と<br>　　　三井の番頭の三野村利左衛門が、<br>　　　つるんでいましたので、<br>　　　通貨の改鋳前に、<br>　　　三井は、小判を買い占めて、<br>　　　大儲けをしたと、言われています。<br>　<br>　　　<br>貨幣の改鋳は、すでに元禄時代の勘定奉行の、<br>荻原重秀が、小判の金の質量を下げて、<br>大儲けをしています。<br>　<br>彼の言い分は、<br>どうせ、幕府が額面を保証するのだから、<br>紙や瓦で、貨幣を作ろうが、何で作ろうが、<br>幕府の勝手であると。<br>　<br>それなら、もっと金の量を減らして、<br>額面を保証すれば、良さそうなものですが、<br>そこまでは、実行していませんから、<br>具体的な保証の仕方に、<br>彼自身が、納得していなかったはずです。<br>　<br>現在は、どうですか。<br>　<br>わたしの青年時代に、<br>金とドルの交換停止を、<br>アメリカ政府が発表したので、<br>ニクソンショックやドルショックと、<br>言われました。<br>　<br>それまでは、１万円札という紙っぺらを、<br>アメリカ＄に交換すれば、<br>純金との交換を、<br>アメリカ政府が保証していました。<br>　<br>金とドルの交換比率は、1オンス＝35ドルの、<br>固定相場でした。<br>　<br>金貨そのものが、<br>それだけの重量の純金を、<br>含んでいましたから、<br>紙幣も、その額面の金貨と、<br>交換できることを、<br>政府が保証していただけです。<br>　<br>　<br>　　　江戸時代の幕府も、同様ですが、<br>　　　貨幣改鋳により、<br>　　　金貨（小判）の金の量が減れば、<br>　　　より少ない銀との、<br>　　　交換になりますから、<br>　　　勝手に小判を吹き替えても、<br>　　　萩原重秀は、<br>　　　１両という小判１枚の単位の意味を、<br>　　　変更しただけにしか、なりません。<br>　<br>　　　実際は、金銀の正味の量を計り、<br>　　　金銀の地金として、<br>　　　取引されましたから、<br>　　　貨幣改鋳は、<br>　　　名称の意味を変更したのに、<br>　　　同じ言葉を使っているだけの、<br>　　　同音異義語により、<br>　　　人を騙（だま）そうとする魂胆でした。<br>　<br>　　　頭の悪い人は騙される、というよりも、<br>　　　改鋳の情報を知らない人が、<br>　　　騙されました。<br>　<br>　<br>それでも、まだ、欧米よりも、<br>日本の金は、1/3の安値で、<br>銀は３倍の高値でした。<br>　<br>欧米の銀を持参して、日本の金を買えば、<br>得をします。<br>　<br>日本の小判を、上海で売れば、<br>３倍の値がつきますから。<br>　<br>このことから、大量の金（小判）が、<br>海外に流出したと、されます。<br>　<br>貿易専用の銀貨（安政二朱銀）を<br>発行していますから、<br>外国の銀貨を、安政二朱銀に、交換しても、<br>小判に両替できなかったと、思います。<br>　<br>欧米人は、小判を入手して、<br>棚ボタの儲けを得るために、<br>外国の銀貨を、<br>日本で流通している銀貨に交換することを、<br>要求しました。<br>　<br>日米修好通商条約では、<br>銀の量に応じて、<br>外国の銀貨を、日本の銀貨に交換すると、<br>取り決めていますが、<br>幕府が、どこまで応じたかは、わかりません。<br>　<br>ハリスが、大量の不労所得を得たことは、<br>彼の日記に、記述されているそうですから、<br>もしかしたら、ハリスと、その周辺の、<br>個人的な利益のために、<br>彼らが、アメリカ合衆国の軍艦を使い、<br>日本政府（幕府）を威嚇していた可能性を、<br>否定できません。<br>　<br>小栗忠順が、フィラデルフィアで、<br>貨幣の分析のために、予定外の１日を加えて、<br>昼食にホテルに帰ることもなく、<br>分析の現場を離れずに、<br>通貨の交換レートの問題を訴えたのは、<br>ハリスを含むアメリカ公使館の不正を、<br>アメリカ政府に伝える目的であった可能性が、<br>高い。<br>　<br>　<br>　　　日本は、鎖国中も、<br>　　　清と貿易していましたから、<br>　　　世界の貿易慣行を、知っています。<br>　<br>　　　貿易商が、貨幣の交換レートを、<br>　　　知らないはずがない。<br>　<br>　　　ハリスの条約では、<br>　　　欧米の銀を持参すれば、<br>　　　それだけで、<br>　　　自動的にポロ儲けができます。<br>　<br>　　　日本に来るアメリカ人は、<br>　　　限られていますから、<br>　　　その人達の私腹を、<br>　　　無尽蔵に肥やすために、<br>　　　アメリカの軍艦により、<br>　　　日本を恫喝したようなものです。<br>　<br>　　　事実上の<br>　　　プライベートな略奪戦争ですが、<br>　　　一部の人の私腹を肥やすために、<br>　　　アメリカ合衆国という国家が、<br>　　　ほんとうに、軍艦を使い、<br>　　　日本を脅したのかと、<br>　　　アメリカ政府と市民の意思を、<br>　　　直接に確認する必要がありました。<br>　<br>　　　もしかしたら、<br>　　　現場の、ハリスや軍人や貿易商などの、<br>　　　当事者たちの<br>　　　独断による背任の可能性がある。<br>　<br>　　　自分たちだけで、<br>　　　利益を山分けしようとしたのかも<br>　　　知れない。<br>　<br>　　　<br>小栗上野介は、それを確かめました。<br>　<br>新見正興、村垣範正、小栗忠順などの、<br>万延元年遣米使節は、<br>フィラデルフィアの分析結果から、<br>簡単に、議論に必要な計算を、済ませて、<br>左うちわで、笑っていたそうです。<br>　<br>アメリカの造幣局の役人は、<br>１時間も、かかっていたとか。<br>　<br>日本人は、<br>算盤（そろばん）を持参していました。<br>　　　<br>さて、脳みその仕組みは、<br>算盤と同じであると、書くために、<br>ほんの入り口のところで、<br>長々と書いてしまいましたので、<br>続きは、後日にとって置きます。<br>　<br>算盤と脳みそは、何が違うかと、<br>見れば、すぐにわかるのですが。<br>　<br>　<br>　</span></p>
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<link>https://ameblo.jp/ergpo44g/entry-12382084719.html</link>
<pubDate>Thu, 07 Jun 2018 22:57:26 +0900</pubDate>
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