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<title>絵里のブログ</title>
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<title>生い立ち８</title>
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<![CDATA[ 私は中学生の頃から、物欲と男性に対する執着がすごかった。<br><br>中学生のころ、バレンタインに少しの量のチョコを、複数の仲の良い男友達にあげて、お返しを大量にもらっていた。<br>でもけして、「お返しちょうだいね」とは言ってない。<br><br>高校生は、携帯を頻繁にかえていた。<br>DOCOMOユーザーだったが、新しいものが出るたびに、交換していた。<br>ひどいときは１ヶ月しか使ってないものもあった。<br><br><br>男の人と付き合う事にもあまり抵抗はなかった。<br>ただ、セックスはしなかった。<br>しなかったというか、出来なかった…<br>なんでかな？<br>理由はいまいちわからないけど。<br><br>友達に彼氏ができると、かなり嫉妬した。<br>「なんでこの子にできて私にはできないの!?」<br>だから、彼氏を絶やすことはなかった。<br><br>でも、全然長続きしなかったし、気持ちもなかった。<br>ただ、「彼氏」という名前の人間が隣にいたというだけ。<br><br>男の人に求めるものは半端なかった。<br><br>私は父親はいなかったけど、その代わり久々に会う、おじいちゃんや叔父さんには、女の子ということもあり、かなり溺愛された。<br>「これはいらんか？」<br>「何か困ってることはないか？」<br>「何が食べたい？」<br>「どこか行きたいとこはないか？」<br><br>とにかくちやほやされて、男の人というのは、そういうものだと思っていた。<br><br>年上ともなると、更にその考えは先行した。<br><br>男とは、<br>包容力がある<br>常に自分の事を考えてくれている<br>自分の願いを聞き入れてくれる<br>もちろん費用はすべて男持ち<br><br>割り勘なんて有り得なかった。<br>遅くなったら送るのが当たり前。<br>その前に、私の予定をきちんと割り振ってくれている。<br>とにかくそんな考えしかなかった。<br><br>あの頃の私は、常に自分中心で、我が儘しほうだい、やりたい放題、言いたい放題だった。<br><br>それでも、自分が気を使っている、そんな風に思ってた。
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<link>https://ameblo.jp/erimiyum/entry-11512633575.html</link>
<pubDate>Tue, 16 Apr 2013 19:35:00 +0900</pubDate>
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<title>生い立ち７</title>
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<![CDATA[ 高校に入学。<br>女子高、エスカレーター式の私立。いじめが目立った。<br><br>わたしは昔からよく目をつけられた。<br>陰で言われたり、笑われたり…<br>いちいち反応するからダメなんだろうけど。<br>この時に人を見下したり、疑ってかかったりするようになってきたんだろう。<br><br>私の高校３年間は、コンパとバイトに明け暮れた。<br><br>お馬鹿学校だったので、試験は簡単。<br>赤点すらとるのが難しいくらいだった。<br><br><br>バイトは私がやりたくてやってたんじゃなくて、母親が「あんたの交通費はもう出せないから、そのくらい自分で稼ぎなさい」と言われたからだった。<br><br>母は、自分で稼いだ金は、生活費以外は男と酒に貢いでいた。<br><br>私は、自分の服、携帯、生活に関するものはほぼ自分のバイト代から出していた。<br><br><br>１度、バイトが嫌になってやめたことがある。<br>母は、私に「稼ぎなさい！今すぐバイト見付けなさい！」とバイト情報誌を私に投げつけて、面接にこぎつけるまで、私に電話を掛けさせた。<br>それほどまでに私に稼がせたかったんだろう。<br>長期の休みになると余計に「短期バイトを見付けなさい！そのくらいどこでもあるでしょ？！」と、家にいることを許さなかった。<br><br>夏でもクーラーをつけて過ごしていると「勿体無い。あたしは朝から晩まで働いてるのに、あんたは涼しいところでダラダラと！」と嫌味を言われ続けた。<br><br>この頃から、家で過ごすことがだんだん少なくなってきていた。<br><br>母との距離は、物理的にも精神的にも格段に減った。
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<link>https://ameblo.jp/erimiyum/entry-11510477251.html</link>
<pubDate>Sat, 13 Apr 2013 09:48:00 +0900</pubDate>
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<title>生い立ち６</title>
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<![CDATA[ 母が離婚してからというもの、週末になると必ず母の知り合いが飲みに来ていた。<br><br>職場の人、昔からの友人、昔の職場の人…<br><br>たまにそのまま泊まっていく人もいて、朝起きると他人が家にいる、そんな環境だった。<br><br>母方も父方も、よく呑む家系で、何かと言えば親戚で集まってワイワイやっては呑む、お祭り騒ぎで呑む。<br>出掛けても呑む、騒ぐという環境だったので、離婚してから母が家に友達を連れてきて呑むことには抵抗はなかった。<br>でもそれが頻繁になりだしてからは、さすがにいい顔が出来なかった。<br>次の日が学校とかなら尚更。<br><br>この頃から母に不信感を抱くようになっていったのかもしれない。<br><br><br>更に、小学６年生頃になると、母は夜中に出ていき、明け方の５時頃帰宅することが多くなった。<br><br>母の、第２の人生の始まりだった。<br><br>私たちもそれなりに大きくなり、寝る時間も遅くなり、ごまかしきれなくなってきた母は、私たちに「出掛けてくるわ。朝方には帰ってくるから、戸締まりだけよろしく。」<br>と、言い残してよく出掛けていた。<br><br>また、小学生の頃から、春休みや夏休みはよく祖父母のところへ長期にわたり泊まりに行った。<br>私もそれが楽しみだったし、毎回ウキウキしてた。<br><br>でも、流石に中学生ともなると、部活も始まり、長期の休み中も試合や練習で、部活の予定表が渡される。<br>友達とも遊びたい。<br>初めて祖父母の家へ行きたくないと思うようになった。<br>その思いを素直に母に話したら<br>「なに言ってんの、部活くらいで。<br>お母さんいないのに、昼間どうやって生活するの？ご飯もないのよ？おばあちゃんちにいってなさい。お母さん仕事なんだから、わがまま言わないで。<br>おばあちゃんちで美味しいもの食べてらっしゃい。」<br><br>結局、長期休暇に部活に参加するという夢は３年間１度も叶わなかった…<br><br>その間、母は、自由に仕事と恋人との時間を過ごしていた。<br><br>これは私が結婚してから知ることになる事実…<br><br><br>私のなかで、黒いものがフツフツと渦を巻いて出現してきた頃だった…
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<link>https://ameblo.jp/erimiyum/entry-11509470404.html</link>
<pubDate>Thu, 11 Apr 2013 19:47:00 +0900</pubDate>
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<title>生い立ち5</title>
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<![CDATA[ 自由になりたかった反面、自己主張もあまりなかった。<br><br>「自由にやってください」<br>「自分の思うとおりに話してみてください」<br>「あなたはどう思いますか？」<br>「あなたの考えはどうですか？」<br><br>そんなことを聞かれると、固まってしまっていた。<br><br>昔から、母に、<br>「あなたはどう思うの？！」とよく責められていた。<br><br>何をしても何を答えても、母の思うとおりの答えを用意しておかないと、怒鳴られ、癇癪を起こされ、意見をねじ伏せられた。<br><br>例えば、<br>うがいをするコップがある。それが汚れてる。<br>母「ねぇ、それ汚いと思わないの？」<br>私「…」<br>母「汚かったらどうするの？！」<br>私「洗う…」<br>母「じゃあ、言われる前に洗いなさいよ！！」<br>(少し考えて)<br>風呂場の浴槽スポンジか一番近くにあったのでそれで洗おうとすると<br>母「何してるの？！ねぇ、今なに洗うの？！どうしたいわけ？！」<br>私「だって、分からないんだもん…」<br>パシーン！！！ここでいつも殴られる。<br>母「口をきれいにする物なのに、あんたは掃除するやつでコップを洗うの？！あんた、馬鹿？？！！どうすんの！！何でやるの！わかるでしょ？！どうしてわからないの？！教えなきゃわからないの？？！本当馬鹿なんじゃないの？！<br>もういいから、たってなさい！！」<br><br>で、たってると、<br>母「あんたさっきからボケッとつったってるけど、なにしてんの？！ただ立ってるだけなら犬でもできるわ！！何か言いに来ることないの？！<br>ねぇ！なんで何か言われないと動けないの？！！」<br><br>とにかく何をするにもこんな感じで怒られてた。<br>これ書いてる間も、思い出してるだけで、胃がいたい…<br><br>小学生一年生の時に、宿題で、計算問題をやらなきゃいけなくて、母と一緒にやってた。<br>母「アヒルが５羽いました。そのうち３羽おうちに帰りました。あと何羽残っていますか？」<br>私「ん…？」<br>母「じゃあ、アヒルをエリちゃんの好きなリンゴに変えてみようか。」<br>私「(え？アヒルがリンゴに変わっちゃうの？！)」 <br><br><br>私は物事を転換する能力が低下していて、うまいこと切り替えられなかった。<br>それがまた母の逆鱗に触れたんだと思う。<br>その時は結局、ティッシュの箱が顔面をクリーンヒット！鼻血ブー！！！ですわ（笑）<br><br>私はいつしか知らない間に、母の気に入らないことはやらないように気を付けるようになってた。<br>怒らせないように、失敗しないように、母に見付からないように…<br><br>だから、人の気持ちを察知するのはたぶん得意。<br>表情や声のトーン、雰囲気を詠むのも得意。<br>足音とか物音にも敏感だし、寝たふりも得意（笑）<br>自分の感情を押し殺すのも慣れちゃった。<br><br><br>それでいいと思ってた。<br>それでなにもかもうまく行くんだと思ってた。
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<link>https://ameblo.jp/erimiyum/entry-11508884232.html</link>
<pubDate>Wed, 10 Apr 2013 20:25:00 +0900</pubDate>
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<title>生い立ち４</title>
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<![CDATA[ 母が迎えに来たことは、ほとんど覚えていない。<br>その時私はどこにいたのか、母とどうやって再会したのか、どんな気持ちだったのか…<br><br>新しい家が決まっていた。<br><br>そこにどんな気持ちで入ったのかも、どんな説明を受けたのかも、思い出せない。<br><br><br>小学校って、集団登校があるんだけど、極度に人見知りの私は、新しい輪の中に入るのが嫌で、苦手で、逃げ出したかった…<br><br>最初の１、２回は挨拶がてら母もついてきてくれたが、母も仕事があるため毎日は無理だった。<br><br>小さな頃、なんでもないときに吐いたり、熱が出たり、お腹が痛くなった。<br><br>病院の先生は、「自律神経失調症みたいなものでしょう」と言ったらしい。<br>それがまた再発していた。<br>毎朝気持ち悪くて、胃が痛くて、体が重だるかった…<br><br>どんなときだったか忘れたが、学校全体で集団登校メンバーに別れて人数を確認しながら帰るという確認作業があるときがあった。<br>まだメンバーに慣れなず、顔もうろ覚えのため、完璧に迷った。<br>迷って迷って、見付からなくて、結局、一人で学校の柵を越えて逃げ出した…<br><br>もう、分からなかった。<br>その事がいいことなのかも悪いことなのかも。<br>迷って、先生に聞かなきゃいけないのかも、回りに助けを求めなければいけないのかも。<br>パニックになって、思考が停止して…<br>私は逃げた…<br><br>みんなが探してそれこそ迷惑をかけるとか、心配かけるとか、そんなこと考えなかった。<br><br>その結末も結局思い出せない。<br>どうなったんだったかな…？<br><br>当時私は、軽いいじめにあっていた。<br><br>眼鏡をかけて、なにか言われるとすぐおどおどして、目立つ事するとリーダーメンバーから分かるようにひそひそ話で陰口…<br>胃がいたかった。<br>もっと自由になりたかった。<br>誰にも見られないところにいって、干渉されず、一人で過ごしたかった。<br><br>どこにいっても誰かに見られてるようで、誰かの目を気にしてる自分がいて…<br><br>私なにかまた変なことしたかな？<br>おかしくないかな？<br>みんなと同じかな？<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/erimiyum/entry-11508868323.html</link>
<pubDate>Wed, 10 Apr 2013 20:04:00 +0900</pubDate>
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<title>生い立ちその３</title>
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<![CDATA[ マンションの駐車場でいつものように妹や友達と遊んでいたら、母が血相変えてこっちに向かってきた。<br><br>母「行くよ。早くしなさい。」<br>私「いくってどこ？買い物？」<br>母「いいから。ほら、早く！」<br>私「う～(-_-#)分かったよ…<br>    じゃあね～、みんなまたね～(*^.^*)」<br><br>この時は、ここで遊ぶのが最後なんて思いもしなかった。<br><br>歩いて２分もかからないところにバス停があって、めちゃめちゃ早歩きで、何度も何度も後ろを振り返りながら、怯えたようになにかを確認する母…<br><br>なんかおかしい…<br><br>私「ねぇ、なんなの？どこいくの？」<br>母「おばあちゃんち。」<br>妹「え～(*^.^*)やったぁ♪じゃあ、明日は 学校休んでいいんだね～☆」<br><br>え、おばあちゃんって、山口県で新幹線で行くんだよね？今から？！<br><br>もうそのときすでに時間は午後４時…<br><br><br>バスを待ってる間、母の手はずっと震えてた。でも、決して私たちの手は放さなかった。<br>バスはすぐに来た。<br><br>だいぶ経ってから聞いた話し、母は、ごみ捨ての日を狙っていたという。<br>当時は、今のように透けるタイプのゴミ袋ではなく、真っ黒のゴミ袋で、中が全く見えなかった。<br><br>母はあらかじめタンスの引き出しに、私たちの着替えを詰めたリュックと、自分の用意、少しのお金を、そのゴミ袋に入れ、父に「次の日、ゴミの日だから、ゴミだししてきます。」と告げ、そのまま家を出たと教えてもらった。<br>バスの時間も調べてあったんだろう。<br><br>とはいえ、私たちを呼ぶ時間、バスが来る時間など頭のなかで沢山考えて、父に見つかりでもしたら！という恐怖で押し潰されそうになっていたんだろう。<br><br>バスが来て、地下鉄に乗り、新幹線に乗る前に、祖母に電話を入れ、少し話をしだすと、急に泣き出した母…<br>確か私も電話に出た気がする。<br><br>そこから約１ヶ月、名古屋には帰らず、おばあちゃんちとおばさんの家でお世話になった。<br><br>おばさんのところでは、従兄弟も学校に通っていたので、そこに行く？と聞かれたが、とてもそんな気にはなれず、ただ母がどうして私たちを置いてこんなにも寂しい思いをしなければならないのか…<br>どうしてこんなにもみじめで肩身の狭い思いをしなければいけないのか…<br>今、母はどこにいるのか、私達は本当に帰れるのか…<br>そんな気持ちでいっぱいだった。<br>
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<link>https://ameblo.jp/erimiyum/entry-11508207639.html</link>
<pubDate>Tue, 09 Apr 2013 19:36:00 +0900</pubDate>
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<title>生い立ち その2</title>
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<![CDATA[ 愛知に来てから、母は、私を保育園に入れるため、自分の仕事と保育園探しに走り回っていました。<br><br>今考えれば、父と一緒にいる時間をなるべく少なくしたかったのと！父が作った借金を早く完済したかったのでしょう。<br><br><br>私は保育園生活に馴染めず、いつも部屋の隅で泣き、給食も一番遅くまで残り、小さなクラスの子と食べていました…<br><br>そんな私を見かねてか、ある日クラスの一番のボスの男の子がおもむろに私の方へ来て「食べられないの？もっと大きな口開けたら良いよ。」と最後まで給食に付き合ってくれました。<br><br>そこから、事あるごとに声をかけてもらい、他の子ともだんだん遊べるようになったり、走り回ったり…<br>クラ色の生活が、いっぺんに明るくなった瞬間でした。<br><br><br>そんなこんなで卒園、小学校入学と５年生までは順調に来ていました。<br><br>ただ、家庭内は不穏な雰囲気が流れまくっていたのをうろ覚えながら頭の片隅に覚えています。<br><br><br>父と母は喧嘩をすると、怒鳴りあい、物の投げ合いになります。<br><br>１度は椅子が飛んできた記憶があります（笑）<br><br>そんな激しい喧嘩をしているのにも関わらず、ある夜、ふと目を覚ますと、隣の部屋から変な声…<br><br>ん？と思い、襖をそっと開けてみると………<br><br>夜の営みをしている両親発見…<br><br>いやぁ、なんというか衝撃でしたね～<br><br>一緒に寝てる熊のぬいぐるみに<br>「私、起きたよってお父さんとお母さんに、伝えてきて～。(パタパタパター)」<br>なんて効果音つけながら、冷静にその時をやり過ごしてる自分に驚きました(^_^;)<br><br><br>うちの父は、なんでも自分の思い通りにならないと気がすまない人で、計画が１つでも狂うとイライライライラしてました。<br><br>基本的に子供にはちょ～甘い人なので、私たちには危害は及びませんでしたが、母は丸かぶりでした。<br>何処かに出掛けてはいつも怒られてましたね。<br><br>ある夕飯に、サヨリのウズラ巻きが出たときに、ウズラの卵が数個余ったようで、母はそれを素揚げして食卓に出しました。<br>私はウズラの卵が大好物だったので、サヨリで巻いてない素揚げした方を口にしました。<br>サヨリで巻いてある方は、爪楊枝が卵に刺さってるから卵に穴が開くんだよね。<br>でも、素揚げした方は密閉された状態だから、それを食べると………<br><br>「ぱぁーーーーん！！」<br><br>弾けた、弾けた（笑）<br><br>みんなビックリしてたけど、母だけは血相変えてすぐに素揚げしてあるものを流し台に捨ててた。<br>父の顔色かなり伺ってたね～。<br><br><br>母から、筆談でカミングアウトされたことがある。<br>「私はね、お父さんが嫌いなの。<br>いつか、別れようと思ってる。<br>その時はお母さんについてきてくれないかな？」<br>確か小学３年生の時だったかな。<br><br>今では、子供の私に言うくらいだから、そうとういっぱいいっぱいだったんだろうなと思うけど、その当時は私がテンパっちゃったよ(((^_^;)<br><br>え、ちょっと待って。<br>それって家族バラバラになるのか？<br>「ついてきて」って…<br><br>みたいな、頭パニック。<br><br>そして、結局、両親が離婚したのは、私が小学５年生、妹がまだ小学２年生の頃の事でした。<br>
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<link>https://ameblo.jp/erimiyum/entry-11507573005.html</link>
<pubDate>Mon, 08 Apr 2013 19:39:00 +0900</pubDate>
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<title>生い立ち</title>
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<![CDATA[ 私は、広島県で産まれました。<br><br>家族構成は母 父 私 妹の４人。<br><br>父は元々転勤族らしく、私が物心ついたときにはもうすでに５ヶ所くらい転々としていたそうです。(母に聞いた話)<br><br>一度、博多に数年間住んでいた頃に、通っていた幼稚園で、先生から「かみを切ってください」と言われました。<br><br>私は目の前においてある白い画用紙とハサミを持ち、窓際に行き………<br>自分の前髪を切りました…(-""-;)<br><br>えぇ、えぇ。<br>当時の事は自分でもはっきりと覚えていますよ。<br>血相を変えた先生が私の方を見て、<br>「エリちゃん！！」<br>と叫んだのを覚えています…<br><br><br>家に帰ってからも、おばあちゃんが送ってくれた新しい靴下や洋服がハートやダイヤの形でプリントされていて、私の目もキラキラし………<br><br>はい、母がお礼の電話を入れてる頃に、ハサミでチョキチョキと形通りに切り抜いていっておりました。<br>そんな五歳児でした(^_^;)<br><br>年長そんのクラスでは最後の出し物で、主役に選ばれて、母ほ相当張り切っていたみたいです。<br>が……………<br><br>またまた父の転勤が決まり、発表会前に転勤。<br>母は父に「発表会が終わったらそっちにいくから、あなたその間、先に一人で行ってて！！」と懇願したらしいですが、亭主関白な父は首を縦にふることなく、母は泣く泣く発表会を諦めたそうです。<br><br><br>
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<pubDate>Mon, 08 Apr 2013 19:27:00 +0900</pubDate>
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<title>週末</title>
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<![CDATA[ まさに、最悪な週末がやっと終わろうとしています…<br>こんな休日を過ごした時は「私ってなんのために働いてんのかなぁ…」と鬱になります…<br><br>うちのバカ旦那様。<br>土曜日は、私が家にいたくなくて食料品の買い物に子供たちをつれていつも通り行きました。<br>帰ってきたら、和室で何かしてる。<br>んー、でもやっぱり興味がわかない。<br>ま、いっかと思いながら昼御飯の用意をしてたら、<br>「バタン。トントントン…」<br><br>え？今階段上ってった？昼飯は？<br><br>5分経過…<br>降りてこない。<br>10分経過…<br>昼御飯の用意できましたけど…<br>15分経過…<br>「ん……、ん………、ん～…！！」<br>んっ？！まさか……………<br>ヤってんのかっ？！一人でベットでオナってんのかっ？？！！<br><br>私「さ、御飯出来たから食べようね。」<br>子供たちの前では妙に冷静な自分が怖い…<br><br><br>そして、夕方起きてきて、おもむろに非常食用の引き出しを開け、カップ麺食べてた。<br>子「パパ、何食べてんの～？」<br>旦「お昼御飯。パパ食べてないからね！」<br><br>おまえ、オナってたからね…(-""-;)<br>つか、おまえ降りてきてそのまま色んなとこ触ってるけど、手、洗ったのか…？<br>今すぐ、アライグマのようにきれいに洗ってこい…<br><br><br>そして、夕飯もお好み焼きをペロリと平らげ、人より何倍も食べ、テレビを見、酒をのみ、独身生活を思わせるような生活を目の当たりにしていましたよ。<br><br><br>私は長女つれてさっさと二階で寝てました。<br><br>そして、最後の最後…<br><br>気が付くとうちのバカ旦那が「ちょっとさ、(ベット)どっちかよけてくんないかな！うっとおしいな！(＃｀皿´)」<br><br>ん…？つか、まず、お前は私のとなりで寝る気なのか？！<br>そして、寝てる人のベッドを蹴るのか？？！！<br>………さすが、Ｂ型…<br>本当にたちが悪い…<br><br><br>私「あ～、いいよ、こっちで寝なよ。ごめんね。」<br>旦「ん？んー。」<br>おまえの頭の中には「ありがとう」という言葉がないのか？！<br><br><br>今日もやらかしてくれましたとも。<br><br>朝は自由にお過ごしになり、私が用意した御飯を食べ、テレビを見、ゴロゴロし、夕方には何も言わずに髪の毛を切りに行かれましたよ。<br><br><br>いいですね～、何も言わずに一人でフラリと出掛けることができて。<br>子供達の事、なぁんにも考えてなくて、私に頼りきってるからそんなことが出来るんだよね～。<br>凄いよなぁ。<br>それで、私に放つ言葉。<br>旦「おまえは、子供の気持ちを全然わかってない！！おまえいつか子供に愛想つかされるぞっ！！！」<br><br>…あんたにそっくりそのまま返してやりたいわ…<br><br><br>ま、長かった２日間の週末が終わりました。<br>家にいてもくつろげない、この環境…(-""-;)<br>ああ、地獄だ………<br><br>離婚や別居の話は何度もしてるんですがね～<br>
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<pubDate>Sun, 07 Apr 2013 19:19:00 +0900</pubDate>
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<title>最悪な週末</title>
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<![CDATA[ 今週は土日で連休！<br>先週は６連勤頑張った！<br>さて、週末だっ！金曜日だっ！<br>飲むぞ！手抜くぞ！寝るぞー！<br><br>あ、夕飯作りたくないや…<br><br>ということで旦那に電話。<br>私「今日、夕飯作りたくないわ。帰りになんか買ってきて。」<br>旦「うん、また仕事終わったら連絡するわ。」<br><br>３０分後…<br>旦「今帰り。適当にお総菜買って帰る。」<br>私「よろしく～。」<br><br>旦「あ、俺、土日連休になったから。」<br>…………はぁっ？！<br>私「え…なんで？」<br>旦「明日、かなり天気悪いみたいだし、暴風雨だからって、社長が。え、俺休んだらいかんの？」<br>…でた、またそういう返し…<br><br>私「いやぁ、悪くはないけど、君の会社、休んだら給料出ないじゃん。しかも、月曜日から木曜日まで社員旅行で、海外行ったじゃん。今月も厳しいのに、来月マジどうすんの？」<br><br>旦「え～？！またそういう言い方する～。つか、そういうこと言うなよ。」<br>でたでた、また、自分が休みたいだけに、金がなくてもいいですよ的な言い方。<br>旦「ま、とりあえず帰るわ。」<br>私「あ～…、うん。」<br><br>週末最悪…。<br>この人と結婚してから、休日が朝から晩まで楽しかった記憶が、ほとんどない。<br>常にイライラさせられて、喧嘩してるわ。<br>その都度、「私の唯一の休み、返せっ！」って怒鳴ってるわ…<br><br><br>晩御飯の話しに戻ります。<br><br>さて、連休旦那帰ってきました。<br>ドア開けて、洗濯してる私を横目でちらり。何も言わず、台所へ。<br>は？「ただいま」は？<br><br>そして、子供たちにもあーでもないこーでもないと説教。<br><br>挙げ句の果てに、「いいよ、座って食べてやーよ。」<br><br><br>…気に入らない…<br>常にこいつの上から目線の言い方が気に入らない…<br><br>毎日毎日ご飯を作っているのは、この私。<br><br>たった一度頼んだだけでこの態度。<br><br>風呂も入らず汚い手で、夕飯作ってるわ。<br><br>一度、仕事帰りに惣菜買ってきただけで「やってやった」<br><br>うんざりだ、こいつ。<br><br>残念だ、ダメ男…<br><br><br>食べる気にも飲む気にもなれず、テレビ見ながらぼんやりしてたら、今度は「俺が子供を食べさせてやってるぜ」アピール。<br><br>旦「これも食べて。ほら、あれもね。こっちもさっ！」<br><br>…はいはいはいはい、大変ですね、お仕事帰りに。<br><br><br>そして、ご飯終わってほぼ何も食べなかったけど下の子が眠たいらしく２階に行きたいと言ったので、そのままベットへ。<br><br><br>そしたら、来ましたよ。お迎えに。<br><br>旦「ちょっと下来て」<br>私「…」<br>めんどくさい…<br><br>そして始まりましたとも、怒鳴りあい。<br><br>旦「おまえ、どんだけ、自分勝手なんだよっ？！おまえテレビ見ながらご飯食べとったよな。子供たちに２度とテレビ見るななんていうなよ。」<br>私「じゃあ、あんたはいいんかいっ！」<br><br><br>そして、旦那が信じられない行動！<br><br>私の顔の前に、やつの顔をかなり近づけて怒鳴る怒鳴る。<br>唾が飛ぶ飛ぶ。<br><br>きったねーわ…<br>マジめんどくさい…<br><br>そのあと、何をいっても「俺は悪くない！おまえの幼稚な考えが悪いんだっ！」<br><br>そして…<br><br>椅子を蹴り跳ばす、壁は殴る、最後は家出てタバコ。<br>いつものパターン…<br><br><br>これは、軽くDV入ってませんか…？<br><br><br>あー、心穏やかな休日を過ごしたい…
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<pubDate>Sat, 06 Apr 2013 15:25:00 +0900</pubDate>
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