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<title>実験主義的毎日</title>
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<description>KUMONの指導者を始めた母が、自分の子どもたちにあれこれ実験し、観察しながら子どもの教育を考えます。</description>
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<title>壁を乗り越えるためには？</title>
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<![CDATA[ 先日、就職直後、就職活動直前の二人のお子さんをお持ちのお母さんから勇気づけについて質問を受けました。<br><br>ほめて育てて、「できる、できる」と励まして育ててきたけれど、どうも周囲の大人の言葉をうのみにして自分で考えることが少ない。また自分でここまでしかできない、と線を引いてしまって、可能性をせばめているように感じる。<br>もうかなり大きくなったし、親があれこれ口を出す時期は終わりに近付いていると思うが、これから社会に出て壁にぶつかったときに自力でやれるのか心配。<br>住岡のコラムにあった「ほめる育成」に代わる「勇気づけ」のことを知りたい・・・という内容でした。<br><br>お話から、親子関係は良好で、お子さんは二人ともまじめで素直であり、受験などの岐路を家族からしっかり支えられてすくすく育ったことがわかりました。<br>それでも、いえ、もしかしたらだからこそ、社会に出るという時になって、大丈夫だろうか？ という気持ちが強くなるのが親心なのかもしれませんね。<br><br>勇気づけとは、「困難を克服する活力を与えること」と定義されます。<br>まさに、人に左右されることのない本物のモチベーションを持ってほしいというのが、心からの願いでしょう。このお母さんが子どもたちに今、してあげたいのが「勇気づけ」なのだと思います。<br><br>私はこのお母さんに、子どもたちに「ああしたらいい、こうしたらいい」とアドバイスすることをやめるように提案しました。<br>そして、お子さんたちが遅かれ早かれ、いろいろな壁にぶつかるであろうことも予測として言いました。<br>けれどその時に、お母さんが代わりに悩んだり、解決策を考えたりしてはいけないのです。<br><br>ただ、「あなたは壁にぶつかっても自分で何とかできる子だってお母さんは信じてる」とだけ、伝えるのが最大の勇気づけです、と言いました。<br><br>お母さんは納得されましたが、まだ少し不安そうでした。<br>勇気づけとはできないことではなく今できていることに注目すること、共感と心からの信頼です。<br>それは裏返せば、今までしっかり育児してきたんだから、こんなに素敵な子に育ったんだから、大丈夫！ と、母としての自分に丸ごとOKを出すことでもあります、というと、<br>さらに合点がいったようでした。<br>ご自分は精いっぱいやってきたけれど、それでも、まだ何かやってあげれたんじゃないかという気持ちが残っていて、なかなか「母としての自分」にOKが出せなかったということに気づかれたそうです。<br><br>ちなみに、壁にぶつかることはいいことです。<br>だいぶ大人になってから初めて壁にぶつかるより、若いうちからいろんな壁を自分で乗り越える体験をたくさん積んでいるほうがはるかに早く自立できます。<br>それと蛇足ですけれど、「ほんとに困ったら言ってね。その時は一緒に考えよう」という一言も大事です。孤立無援で放りだすのとは違いますからね。<br><br>KUMON教室の子たちも、たまに？壁にぶつかっていますが、うちの子は大丈夫！ と思って見守っていてください(^-^)v<br><br>勇気づけの言葉の具体例は次回にまわします。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/experimentalism/entry-11092585288.html</link>
<pubDate>Tue, 29 Nov 2011 12:59:06 +0900</pubDate>
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<title>勇気づけが子どもを育てる</title>
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<![CDATA[ 勇気づけは、アドラーという心理学者の提唱している考え方で、「困難を克服する力を与えること」と定義されています。<br><br>やる気を出せずにいる子どもは、勇気をくじかれた状態です。<br>本来人間にはチャレンジ精神や向上心、行動力が備わっていますが、現在の日本のように管理されすぎた社会と教育ではこれがなかなか発揮しづらいと言われています。<br>みんなと同じようにできているかチェック、評価、できていなければ批判されるという「減点式」ですべてがまわっているからです。<br>つまり日本人は社会的に勇気がくじかれた状態であるといえます。<br>成果をあげても自尊心が上がらず、幸福度が低いのです。<br>豊かさ指数、幸福度ランキングの世界調査を見ても、このことはよく表れています。<br><br>評価、つまりみんなの中でどれだけできているかを客観的に見られることは、やる気を起こすように考えられていますが、実はこれは「外発的動機づけ」にしかなりません。<br>よい評価（＝ごほうび）がもらえるときだけの一時的なやる気なのです。<br>外発的動機づけをたくさん重ねるうちに、自分の中での興味や達成感を熟成させて内発的動機づけに結びつくことはもちろんありますが、必ずではありません。<br><br>また、よくない評価を受けた時に内発的な力が育ってなければ、やる気は著しく損なわれ、、またチャレンジしようという気持ちは起こりません。<br><br>評価ではなく勇気づけによって行動した場合は、結果はともかくやったこと自体への自己信頼に結びつくので、次の行動につながりやすく、自己肯定感も蓄積され、結果として子どもの内面が大きく成長することになります。<br><br>大ざっぱにいうと、勇気づけとは、「評価的ではなく共感的にかかわる」ことです。<br>子どもへの信頼、努力や貢献度を認める言葉をかけることが勇気づけにつながります。<br>できてないことに注目しダメ出しをすることは、百害あって一利なしです。<br><br><br>次回は具体例をあげて、勇気づけについて詳しくみていきましょう。<br>
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<link>https://ameblo.jp/experimentalism/entry-11058488896.html</link>
<pubDate>Tue, 25 Oct 2011 11:46:39 +0900</pubDate>
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<title>わかる意欲を育てる・・・「できる」と「わかる」3</title>
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<![CDATA[ <a href="http://ameblo.jp/experimentalism/entry-11024648907.html" target="_blank">できるとわかる1</a><br><br><a href="http://ameblo.jp/experimentalism/entry-11024653234.html" target="_blank">できるとわかる2</a><br><br><br>とゆーわけで、「わかる意欲」を育てる工夫をおうちでしてもらうことにした！<br><br>・クイズの出しっこをする（考える→わかる→楽しい、わかる自分ってスゴイ）<br>・本の内容を説明させて、大人からの質問(展開と心情）に答える<br>・子どもが興味を示した物事の理由や成り立ちを、わかるように簡潔に説明する<br><br>考えてわかることをアハ体験とかいうようだけど、これって脳の快感であることは間違いない。<br>この快感をたくさん積んでもらって、わかる楽しさを共有してもらって、しかも「こんなことがわかってすごいね！」と褒めてあげる、これを日常にしてください。<br><br>くれぐれも、楽しくやるのが前提。<br>子どもが拙いことを言っても、大人はダメだし禁止です。<br><br>きっと今までも、できたことは褒めてこられたおうちが多いと思う。<br>それは見てたらわかる。<br>今度から、それを「わかったこと」「わかるまで考えたこと」にフォーカスして、<br>いっぱい褒めてあげてほしいです。<br><br><br>そしてこれを考えてる最中に私自身がわかったんだけど、<br>この「わかる意欲を育てる」ことはすなわち「論理力を鍛える」こととやることが同じなんだなあ。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/experimentalism/entry-11024661568.html</link>
<pubDate>Wed, 21 Sep 2011 11:50:44 +0900</pubDate>
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<title>誰のための勉強か・・・「できる」と「わかる」2</title>
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<![CDATA[ <a href="http://ameblo.jp/experimentalism/entry-11024648907.html" target="_self">「できる」と「わかる」1</a><br><br><br>算数でいえば、足し算が早くなることは基本的な能力開発なんだけど、「数の加減」も「十進法」もわかってなくても暗記でできるようになる。<br>学年を超えていて理解が追いついていないためにつまづきやすいのは「繰り上がり、繰り下がり」だと思う。<br>こういう子は文章題もけっこう苦手だったり。<br><br>国語の場合はもっと顕著で、言葉の意味を文章から推理して選ばせるとか、1回目で覚えず2回目で覚えず、3回目でも本文を読むのすら苦痛って子がいるのです。いつもいかにさらーっと読み流しているのかがはっきりわかる。<br><br>わかるのは後でいい、わからなくてもできるようになる、というのが<br>ものすごく大雑把にいえば公文の特徴でもある。<br>「できる」ことで確実にママは喜ぶ。<br><br>そう。<br>「できる」ことに喜びを感じている段階は、まだママのために勉強してるようなもんなんだよね。<br>だから行き詰まりやすいし、日ごろの勉強がそんなに楽しくない。<br><br>なんのために勉強するのか、文句としてぶつぶつ言ったりすることはあっても、それに答えて説明する大人の話は、自分のことのようにはなかなか理解できない・・・<br>する気がないのであんまり聞いてないｗ<br>これだと、がんばってても飛躍的に伸びるのは期待できない。<br><br>学年を超えた学習をしてる子たちが、もちろんそんな完璧に何もかもわかる必要はない。<br>でも「わかりたい」とか「わかるって快感」というのが全くなかったら、<br>ほんとうに勉強っておもしろくない。<br><br>自分のための勉強だなんて、よほど理性が発達しないうちは思えないはず。<br>
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<link>https://ameblo.jp/experimentalism/entry-11024653234.html</link>
<pubDate>Wed, 21 Sep 2011 11:45:26 +0900</pubDate>
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<title>わかる意欲の弱い子・・・「できる」と「わかる」1</title>
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<![CDATA[ 「できる」ことは嬉しいんだけど、「わかる」ことへの意欲が弱い子がいる。<br><br>ここわかんない、と持ってきて簡単に説明すると、あ、といって途中で席に戻る。<br>自分で気づいたんであればよしとできるのでそのまま放っておいてあとで見ると、間違ってるとか。<br>同じ問題何回も解いてるのに、できるときとできないときがあってなかなか一定にならないとか。<br><br>ここわかんない、といって持ってくる時点で、「わかりたい」気持ちがあるんだとこっちは思っているんだけど、実は子どもによってそこにはかなり開きがあることなんだなあ。<br><br>たとえば・・・<br><br>国語のプリントで、数日を置いて復習を入れる場合、文章も問題も、解き方もある程度覚えていることを前提に、理解の定着度を見るために、前より早く解いてきてね、というつもりで渡す。<br>苦手な問題だったら2回目で自力で解けるようにはならないのかもしれないけど、<br>たまに3回目なのにさっぱり覚えていないし、問題も解けないって子がいる。<br><br>得意不得意とか、能力とかは低学年以下の場合あまり問題視しても仕方がない。<br>問題なのは学習姿勢。<br><br>学習姿勢が身に付かないまま固まってしまうのが一番困るわけで、手を変え品を変え、いろんなことを試してきていて、<br>少なくとも見た目の「学習姿勢」はどの子もなかなか育ってきてると思う。<br><br>見た目の学習姿勢、つまり四の五の言わずに、余計なこと（エンピツ削ってみたり他の子を観察してみたり立ち歩いてみたり、他の子の邪魔になるすべてのこと）をしないで、黙って集中して今日の課題に集中するってことは、完全ではないけど、それをしたほうが早く終わるってわかるようになってきたってこと。<br><br>けれど進度的には、つまづきもあって、<br>本人もなかなか抜け出せないのはつらかろうし、<br>保護者から見てもずっと同じところ何回も繰り返してる・・・と思うのはさぞじりじりするだろう。<br><br>で、何がスムーズに伸びていかない原因なのかをよくよく観察してみると、<br>最初の命題にぶつかるというわけ。
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<link>https://ameblo.jp/experimentalism/entry-11024648907.html</link>
<pubDate>Wed, 21 Sep 2011 11:37:02 +0900</pubDate>
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<title>ゲームも教育的視点で</title>
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<![CDATA[ <div style="WIDTH: 325px"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110830/13/experimentalism/3c/89/p/o0320024011451296185.png"><img alt="ピグライフ スナップショット" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110830/13/experimentalism/3c/89/p/o0320024011451296185.png" border="0"></a><div style="TEXT-ALIGN: right"><a href="http://pigg-life.ameba.jp/user/experimentalism/" target="_blank">→ピグライフのお庭へ</a></div></div><br><div><br><br>さく子は最近ゲームにはまっています。<br>作物を植えて、できた野菜や果物や花をつかってお料理や洋服をつくったりできるピグライフ。<br>習い事のお友達はもっぱらたまごっちだから、話が合わなくてちょっとかわいそうなんだけど。<br>アメブロやってる方、誰かお庭友達になってあげてください～。<br><br>子どもにとってゲームって、<br>宿題をがんばればゲームができる！ と自分でモチベーションを高めるのにも役立っているだけでなく、<br>シュミレーションゲームはさりげなく計算したり、計画したりデザインしたりと頭を使う要素がいろいろあって意外といいかも、というのが最近の感想。<br>ゲームのためと思うと漢字も頑張って読もうって気も起こるらしいです。<br><br>なんて、私自身どうも忙しい時に限って逃避してしまう＆やりこみゲーマー体質なもので、<br>自分がやりたい言い訳だったりして<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/029.gif" alt="あせる"><br><br>でも、最近のオンラインゲームは本当に高機能なのに無料ですばらしい。<br>mixiの「コーデ＆コーデ」というゲームは、<br>去年のお誕生日に試しに5000円も出して買ってあげた「わがままファッションガールズモード」というDSのゲームと内容が酷似していて、キャラクターはこっちのほうが可愛いのにも関わらず無料。<br><br>はまりすぎると危うく課金してしまいそうになるスリルは常にあるけどｗ<br>そこも含めてうまく作ってある！<br><br>キャリア教育のつもりで、「今興味のある職業」についてはいつもリサーチ＆役立ちそうなコンテンツを見つけてくるのだけど、<br>さく子の興味は「服のデザイナー」から「建物のデザイナー」つまり建築家に移りつつあるようなので、<br>mixiの「サンシャインタウン」のアプリも追加してみた。<br><br>ゲーム始めるとますます生活が忙しいのにね。<br><br><br><br></div><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/experimentalism/entry-11002241527.html</link>
<pubDate>Tue, 30 Aug 2011 13:14:25 +0900</pubDate>
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<title>性格別「やる気」への働きかけ（後編）</title>
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<![CDATA[ 前編　→<a href="http://ameblo.jp/experimentalism/entry-11002172836.html" target="_self">こちら♪</a><br>中編　→<a href="http://ameblo.jp/experimentalism/entry-11002173557.html" target="_self">こちら♪</a><br><br><br>環境の変化に敏感で、ちょっと神経質なタイプは、将来アーティスティックな、クリエイティブなセンスを持った大人になる傾向があります。<br>不安や、人に理解されづらい内的世界を、深く深く自分で掘り下げていくことが感性を育てるのです。<br><br>ただ少し難しいのは、自信のある部分とそうでない部分が両極端で、うまくできない部分は徹底的に拒否してしまいがちなので、強いコンプレックスと「自分はこれでいいんだ」というような複雑な自己肯定が同居してしまうことです。<br>これが行き過ぎると、我慢がなかなか身につきません。<br>また大人のズルさが目につきやすい面があって世の中を少しナナメに見るくせがついてしまい、学校や会社で苦しい思いをすることになるかもしれません。<br><br>周囲の大人は、こういう子を「あなたはそのままでいいんだよ」と全肯定するか、それとも「ダメなものはダメ！」と我慢を教え込むべきか、常に迷います。<br>どちらに偏りすぎても、なかなかうまくいかない、そんなジレンマがいつもあるのです。<br>明るく元気づけようとか、ポジティブシンキングを教えようとしても、「どうせ・・・」と悲観的に考えたり、<br>「大人だって・・・じゃん！」と鋭く指摘したりするので、大人のほうも生半可な態度でいては歯が立たないことになりそうです。<br><br>どのタイプにしても、不得意なことを強要されると子どもは反発します。<br>一番いいのは、苦手意識が固まる前に少しずつ体験の量を増やし、負担が少ないところから小さい成功体験をたくさん積ませてあげることなのですが、<br>苦手なもの・拒否するものがあまりにも多いと大人もげんなりしてしまうかもしれません。<br><br>ここでカギになるのは、「勇気づけ」の考え方です。<br><br>次回は、大人のやる気にも役立つ「勇気づけ」について、紹介したいと思います。<br>
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<link>https://ameblo.jp/experimentalism/entry-11002171990.html</link>
<pubDate>Tue, 30 Aug 2011 11:35:31 +0900</pubDate>
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<title>いつからKUMONさせよかな？</title>
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<![CDATA[ KUMONを始める子には親側の意識として大きいパターンが２つある。<br>一つは先取り目的。小学校準備とか、受験を意識してとか。<br>もう一つは補習目的。いまいち学校の勉強についていってないとか。<br><br>どっちに使ってもKUMONは一定の効果がある。<br>しかしやっぱり学年を超えて自学自習がこの学習法の真髄と考えると、先取りしていったほうがいい。<br>どっちかというと補習な感じで入った子でもどんどん伸びて自信をつけて、勉強大好きになるケースもままある。<br><br>で、可能性の追求の極限は早期教育になるのだけど、<br>ちっちゃいうちって関わりのメインはやっぱり親だなーと思うので、<br>教室の役割は小さいかもな。<br>コンテンツは、小さい子のも充実してるから、じゃんじゃん使えばいいし。<br>関わり方の方向性をKUMONの先生と相談しながらというのはありではあるが、<br>2歳までの子に自学自習に向けた習慣づくりなんて、親にかなり覚悟がいる気がする(^-^;<br><br>さく子は先のことを考えたら、ほんと言えばあと一年くらい早く始めればよかったな、というのが正直なところ。<br>むぎさんは、とにかくなんでも姉の真似をしたがるし、気が向いた時に絵本でもパズルでも難しいのにチャレンジできるから、自分から伸びていく素地があるように見える。<br><br>やっぱり、3歳から年長が黄金期かもしれないな。<br>素直で意識づけが楽だからｗ<br>小学校入学前に少しでも始めておくと、授業が楽しくなるから、気分的なアドバンテージがとれるのはたぶん大きいと思う。<br>今日び小学生は忙しいから、習慣づくりの意味でも余裕がある時期のほうがいい気がするのです。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/experimentalism/entry-10996196843.html</link>
<pubDate>Wed, 24 Aug 2011 15:48:40 +0900</pubDate>
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<title>知らない言葉をイメージさせる</title>
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<![CDATA[ 国語が苦手だったり壁にぶつかる理由をよく見てみると、<br>多くが<br><br>・本文・問題・選択肢のいずれかを読み飛ばしていきなり答えを書こうとしている<br><br>ことに集約されている。<br>学習の内容というよりも性格的なことに依存するかも。早い話がせっかちさん。<br><br>内容が少し高度になってくると、<br>・本文に書いてある言葉をつかって答える<br>　↓<br>・問われている形に合わせて答える<br>　↓<br>・その単元で求められていることを踏まえて答える<br>　<br>ことが必要になってくるので、本文・問題・選択肢だけではなくて、単元の名称から読み取るとか、前の問題をヒントとして活用することも大事になる。<br><br>ま、これは小さい子には難しい話。<br>そのときやってる学習内容に応じた目標があって、順々に身についていくように教材が作られているので、心配することはない。<br><br>おうちで国語のコーチをするときも、基本は「よく読んで！」ということを徹底するだけでよいかと思う。<br>そのほか誤字脱字もよくあるが、これは集中力が切れたときに起こりやすい。本人も、あとで見返すと「あ、うっかりしたんだな」ということがすぐに自覚できるので、多い場合は「答えを書いた後さっと見直してみよう」とかで十分。<br><br><br>もうひとつ意外に大きな壁は「知らない言葉が出てくる」ようになったとき。<br>これだと、本人はよく読んでるつもりでも意味がわかっていないので、答えも書けないしそもそも問題の意味もわからないってこともある。<br><br>知らない言葉は聞けばいい、あるいは調べればいい、って賢い大人ならすぐに思うんだけど、<br>どうも低学年以下の子をよく見ていると、どの言葉を自分が知らないかあまりわかっていないようなんだな。<br>わかってないことをこちらもわからないので、そういう時は音読をさせてみるとよい。<br>文節のおかしなところで切ったり続けて読んじゃったりするので、よくわかる。<br><br>あとは語彙。<br>いまどきの子はBⅠの「つりばし」がわからない、テレビでも見たことがなければイメージしなさいったってでません、と国語のアドバイザーの先生がおっしゃっていたけど、ほんとにそういうことには日常よく遭遇する。<br><br>さく子の場合、CⅠ36の「がけ」でした。<br>がけがわからないっていうことがわかって母は新鮮だったよ。なるほどねえ。<br><br>一応、BⅠくらいから漢字や語彙でわからないときのために、少しずつ辞書引きを導入してはいるけれど、こういうのって辞書で引くのは限界があるよね。<br>このとき私は、がけのイメージを空中に手で書いて「崖から飛び降りるっていうのはね」「ライオンは崖から子を落とすっていうんだよ」とかを語ってみました。<br>ライオンの話はちょっと印象に残った・・・かな？<br><br>学年が上がると、どんな勉強してるのかとか、あまり一緒に見てみることもなくなっちゃうかもしれないけど、語彙を広げるには大人の働きかけもけっこう大きいから、日常こどもの疑問にちょこっと付き合ってあげるといいのかもしれません。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/experimentalism/entry-10996179025.html</link>
<pubDate>Wed, 24 Aug 2011 14:47:42 +0900</pubDate>
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<title>漢字の先取りは苦しい</title>
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<![CDATA[ さく子、8月より国語CⅠに入る。<br><br>AⅠに入って漢字の範囲ではいきなり時間がかかるようになった。この現象は、保育園で一つ上のクラスのお友達にも聞いていたので珍しいことではないと思う。<br><br>それでも一年生相当の漢字はまだ画数が少ないことと、なじみやすい言葉だったことで苦労というほどではなかったが、10枚が漢字のみになるAⅡ171からは10枚→5枚に減らしている。<br>このあたりで、別途漢字対策の必要性を感じるようになったのでこれを購入　→　http://bit.ly/pat4br<br><br>付属のポスター、イラストがとてもいい。<br>特に1年生漢字のイラスト。これで少し楽しく覚えられるようになった。<br><br>はっきりと苦手意識を口にするようになったのはBⅠ後半から。<br>画数が多いのかもね。<br>進級テストでも、BⅠ・BⅡともに漢字の書きはほぼ全滅(&gt;_&lt;)<br><br>書き順が数字で書いてあるなぞり部分を丁寧になぞって、しっかりと読み仮名を読むだけでも、もうちょっと身につくだろうと思うんだけど。<br>何しろ「漢字はムズカシイ<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/029.gif" alt="あせる">」という気持ちが先にたつみたいで、多少覚えた漢字も書き順とかものすごいことになっている。<br><br>一年生になったら、っていう何気ない日常会話でも、<br>「でもさく漢字苦手だから・・・しょうがっこうあがるのヤダな」とかいう。<br>杞憂ですから！<br><br>でも、漢字への心の壁がなければ、国語どんどん先に進めそうなのに、これじゃーちょっともったいない。ごりごりやらせて嫌いになったらもっともったいない。<br><br>教室では1年生で、学年を超えたところでやはり漢字に超苦手意識がある子がいて、<br>本屋さんで何かヒントはないものか・・・と探したところ見つけたのがこれ　→　http://bit.ly/n5qqDx　<br>苦手意識には、楽しめるもの・興味をひくものじゃないと、と思って探してるんだけどなかなか見つからないのよね。<br><br>ちなみに私自身は、さく子と同じくらいの年のときに4年生くらいの漢字まで読めていた記憶がある。<br>読めてれば、書くことのハードルってかなり下がるので、公文やってなかったけど漢字で困ったことはない。<br>理由はたぶん、本をめちゃめちゃ読んでいたからなんだけど、とくにそれを加速していたのは漫画だったなあ、と思いついて、さく子にはone-pieceを奨励している。<br>さて、いつ頃から効果が出てくるか。<br><br>あと本人の意識を「漢字って楽しい♪」に変える手段は、<br>もしかしたら書道？ なのかもな。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/experimentalism/entry-10996146592.html</link>
<pubDate>Wed, 24 Aug 2011 14:17:29 +0900</pubDate>
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