<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>カプセルホテル銀河や、その他、いろいろ考察</title>
<link>https://ameblo.jp/f9k7ltad/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/f9k7ltad/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>カプセルホテル銀河や、その他、いろいろ考察</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>なめし革製品卸について説明＆紹介</title>
<description>
<![CDATA[ 親の口から申すのも変でございますけれど、わたくしが訊ねますことだけには、それでも、不精無精返答を致しますんですの。尤も、おほかたは出鱈目［＃「出鱈目」に傍点］らしうございますけれどね。追々お躾けを願ふことに致しまして、今日のところは、どんなに仰つしやつていただきましても、結局無駄だらうと思ひますんですが、如何なもんでございませう。先日も申し上げました通り、日頃これには、何一つ、不自由な目を見せたことはございませんのです。宅では決して贅沢な暮しを致してをりますわけぢやございませんけれど、子供だけには欲しいものを与へるやうにいたしてをりました。あんな大それたことをする仲間には、はひつてをりましたが、自分の懐へは一銭もいれなかつたらうと思ふんでございますよ。その代り、根性が曲つてゐるといふ点では、（麦太郎の方を見て）一寸類がございますまい。それと、たちのよくない悪戯を、平気で致しますこと、これはまた、先生、考へても恐ろしくなるほどでございます。<br>院長　　それといふのが、何時かも申したやうに、自分で何がしたいのか知らずにをられるんです。決して好きでやつてをられるんぢやないです。<br>海老子　　ほんとにさうでございませうね。ですから、どんな悪戯をしましても、（繭子の方をちらと見て）顔を見るとつい憎めなくなるんでございますよ。人がよろしいと申しますか、姉なんかと喧嘩をいたしましても、何処か手加減をするといふところが見えましてね、口でいふほど乱暴はいたしませんの。それはまた、この繭子と申します娘が、いたつて弟思ひでございまして、自分がひどい目に遭はされてゐながら、相手をかばふつていふ風でございますからね。<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/f9k7ltad/entry-11442059980.html</link>
<pubDate>Fri, 04 Jan 2013 19:33:47 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ハンバーグ料理店について説明＆紹介</title>
<description>
<![CDATA[ 私はかかる現象をもって、スパルタ人の気質における剛毅と愛国心とのある特有の傾向を指示するものとは考えずして、単に、スパルタ及び一般的には当時のギリシアの、悲惨なほとんど蒙昧の状態を力強く指示するものと考えたい。市場の商品と同様に、最大の需要のある徳は最多重に生産されるであろう。そして苦痛と辛苦の下における忍耐力及び行き過ぎた愛国的犠牲が最も要求される場合には、それは人民の窮乏と国家の不安固とを示す、憂鬱な指示なのである。<br>人類の初期の移動と定住の歴史、並びにそれを促した動機は、極めて顕著に、生活資料を越えて増加せんとする人類の不断の傾向を例証するであろう。かかる性質をもつある一般法則がなければ、世界に決して人間が住むようにはならなかったように思われるであろう。いそがしい活動の状態ではなく、懶惰の状態が、明かに人間の自然的状態であるように思われる。そしてこのいそがしい活動の志向は、必要という強力な刺戟がなければ生じ得なかったであろう。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/f9k7ltad/entry-11430876814.html</link>
<pubDate>Thu, 20 Dec 2012 09:45:45 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>お姉さんの朝帰りについて説明＆紹介</title>
<description>
<![CDATA[ ――ジャーナリズムは、単に現代だけに固有なものではない、だが無論そうであるからと云って又単に一般的な永久不変な要素でもない。ブルジョア・ジャーナリズムという今日の特殊なイデオロギーの一形式にまで発展して来なければならなかった［＃「なければならなかった」に傍点］処のイデオロギーの一般的な一契機、というようなものこそが、本当のジャーナリズムなのである。で吾々はさし当り［＃「さし当り」に傍点］ジャーナリズムを一つの社会的意識［＃「一つの社会的意識」に傍点］（イデオロギー）形態の一契機［＃「形態の一契機」に傍点］として規定することが出来る。ジャーナリズムをイデオロギー論［＃「イデオロギー論」に傍点］の視角から取り上げると是非ともそうならねばならない。<br>　ジャーナリズムをイデオロギー論の一問題として取り上げると――外の場合は何であろうと――、之に対立するものはアカデミズム［＃「アカデミズム」に傍点］の外にはない。そしてアカデミズムも亦、現在に於ける大学とか研究所とかいう現代の社会的諸物体を生産し又それによって云い表わされる現代に特有な社会的意識の一形態＝イデオロギー形態［＃「形態」に傍点］であると共に、又イデオロギーの古くからの一般的な一契機［＃「契機」に傍点］ででもなければならぬ。現代に於けるアカデミズムは、欧州の諸大学（例えばソルボーヌとかオックスフォードとか）が教会の束縛から実質的に脱却したことを地盤として、之に対する近世の諸「アカデミー」の運動から初めて決定された形態であるが、他方すでにギリシアの昔からアカデミズムが存在したと考えないわけには行かないだろう（ピュタゴラス学壇［＃「学壇」に傍点］とかイオニア学派［＃「学派」に傍点］とか、プラトンのアカデミー自身は云う迄もなく）。<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/f9k7ltad/entry-11419033998.html</link>
<pubDate>Mon, 03 Dec 2012 17:03:31 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ホテル白百合や、その他、いろいろ考察</title>
<description>
<![CDATA[ さてこの（Ｃ）が恰もイデオロギーに相当する処のものである、蓋し（Ｃ）は（Ｂ）乃至（Ａ）の云わば上層建築に相当するのであるから。社会生活に於てはたとい絶対的なもの・真なるものと考えられるものでも、実は常に、様々な知識内容をば情意に基いた或る一つの連関にまで結合する処の、人間の本能の結果の外ではない。それはこの意識内容に対して、単に後から遅れ走せに、合理的な整合と正当性との外観を与えるための、導来物・合理的被覆でしかない、と考えられる。之がイデオロギーに相当する理由であった＊＊。で、そうすれば茲では、真理の外観［＃「真理の外観」に傍点］を有つ処の、併し必ずしも真理ではないもの［＃「真理ではないもの」に傍点］としての、観念体系＝イデオロギーが問題になっている。之は単に特殊な立場に対応する特定の観念体系だと云うだけではなくて、そうであるが故に絶対的には夫が真理性［＃「真理性」に傍点］を有ち得ないものだ、ということが示されている。Ａ→Ｂ→Ｃの構造の分析によって、真理価値［＃「真理価値」に傍点］の問題が――イデオロギー論として――一応解明されることとなる。Ａ→Ｂ→Ｃは今や論理学的［＃「論理学的」に傍点］構造をも意味して来るわけである。であるからパレートは、非論理的行動を分析する点に於て、実は当然のことではあるが、論理［＃「論理」に傍点］の構造を問題としていたということを注意しよう。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/f9k7ltad/entry-11411152680.html</link>
<pubDate>Fri, 23 Nov 2012 16:54:59 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
