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<title>fairnorleさんのブログ</title>
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<title>人を嫌いにならないということ</title>
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<![CDATA[ <p>前回の彼女からの返事は「他に好きな人がいるから付き合えない」だった。</p><br><p>俺は彼女を好きだった分だけ彼女を憎くも思った。</p><br><p>あげた贈り物や食事や時間を返せとも思った。</p><br><p>でも、彼女は俺とは別の人格だから、俺の思うようには行かないのは当たり前だと気付いた。</p><br><p>それにずっと彼女を憎んでいたら、彼女との思い出を引き摺ってしまい、新たな出会いをチャンスを逃してしまう可能性もある。</p><br><p>マハトマガンジーもいうではないか。</p><br><p>弱者は許すことができない。許すことは力である、と。</p><br><p>だから俺は彼女を許す。</p><br><p>そう決めた途端に、モヤモヤ渦巻く心の中が晴れ渡るのを感じた。</p><br><p>彼女を嫌いにはならない。</p><br><p>彼女と過ごした時間を含めて今の自分がつくられていて、今の自分を俺は愛しているから。</p><br><p>彼女と彼女の好きな人が結ばれますように。</p><br><p>俺にもきっと良い人が見つかる。</p><br><p>そう信じている。</p><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/fairnorle/entry-11298561609.html</link>
<pubDate>Mon, 09 Jul 2012 21:31:55 +0900</pubDate>
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<title>人を好きになる</title>
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<![CDATA[ <p>人を好きになるってどういうことだ？</p><br><p>その人が自分の目の前にいなくても</p><p>その人のことを頻繁に思い浮かべる、</p><p>それこそ、自分がその人を好きだという証拠だと思う。</p><br><p>でも、その証拠は自分の心の中だけにある。</p><br><p>好きだという証拠は他からは見えないし、</p><p>自分の心臓の高鳴る鼓動も他人には聞こえないし、</p><p>外から感じ取ることも難しい。</p><br><p>だからこそ、恋人は目に見えるプレゼントを相手に贈ったり、</p><p>相手に好きだと言ったり、</p><p>特別な態度をとり続けて相手に好きだと感じ取ってもらおうとする。</p><br><p>俺は久しく人を好きになっていなかったが</p><p>最近よく思い浮かべる女性の存在に気付いた。</p><p>それで愛を相手に告白し、付き合ってくれと伝えた。</p><p>相手は考える時間が欲しいと言った。</p><p>今俺は返事待ちでもどかしい。</p><br><p>普段は気にもしない携帯電話を最近は何度も見て</p><p>彼女からの返事がないかをチェックする。</p><p>街行くカップルがやたら目に付く。</p><p>彼女に似た人を見つけて彼女と勘違いする。</p><br><p>この振り回されている感覚、</p><p>ああ、これが恋わずらいか。</p><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/fairnorle/entry-11265832931.html</link>
<pubDate>Fri, 01 Jun 2012 00:35:39 +0900</pubDate>
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<title>OUR LIVES GO ON</title>
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<![CDATA[ <p>今俺たちに求められているものって、</p><p>俺が、私がっていう、自分一人が主張し合う個人主義よりも</p><p>俺らが、私たちがっていう、自分を含めた集団主義なんじゃないだろうか。</p><br><p>しかし、規模が大きすぎても統制が効かない。</p><p>俺らの日本がんばろうっていっても誰が何をいつまでにどうがんばるんだ？</p><p>なぜ頑張らなきゃいけないんだ？</p><br><p>自分一人でできることは数多くあるが、社会への影響力は小さい。</p><p>二人や三人やそれ以上で集まってできることは面倒も多いが、社会への影響力はひとりのときよりも大きい。</p><p>たとえ、参加メンバーにしか共感してもらえなくても、共に成した出来事は、あのとき一緒に楽しめたよねって</p><p>酒の肴にはなる。</p><br><p>人間は関係性の中で生きている。</p><p>一人で自己完結できる世界は狭い。</p><p>その狭い世界で完結する人生もありだが、</p><p>自己完結のみで終わる人がこの世に存在した意義はなんだろうか。</p><br><p>人間誰しも死ぬときはひとりだ。</p><p>だから俺は死ぬまでは他者の中でもまれて生きていたい。</p><br><p>さみしいから群れるのではなく、</p><p>やりたいことがあって</p><p>そのやりたいことが一人では出来ないから群れるんだ。</p><br><p>自分が他者にリーダーとして認められなかったとしても</p><p>リーダーの補佐役になってやりたいことができればそれでいい。</p><br><p>俺のやりたいことができて</p><p>現世と後世の人々の役に立てば</p><p>俺の命の尽きたあとでも俺の人生は報われる。</p><p>俺の計画に力を貸してくれた人たちもきっと報われる。</p><br><p>その日が来るまで、</p><p>OUR　LIVES　GO　ON.</p><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/fairnorle/entry-10946332455.html</link>
<pubDate>Thu, 07 Jul 2011 18:00:45 +0900</pubDate>
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<title>この世で一番大切なものは何か</title>
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<![CDATA[ <p>この問いには人の数だけ答えがあるだろう。</p><br><p>家族、友達、愛、命、夢、希望、正義、公正、体力、運、富、権力、時間などを挙げる人もいるだろう。</p><br><p>私は均衡、すなわちバランスがこの世で一番大切だと考える。</p><br><p>バランスは天秤に何かと何かを掛けて釣り合いの取れた状態を指す。</p><br><p>なぜバランスが大事かと言えば、バランスを失した状態は危ういからだ。</p><br><p>例えば上に挙げた例で家族が最も大切とする。</p><br><p>皆が家族を大事にするのはよいが、家族が一番大事という価値観は、</p><br><p>家族以外は大事ではなくぞんざいに扱ってよいという価値観でもある。</p><br><p>自分の家族以外には冷淡に接する社会は、身びいきが優先され、社会活動が円滑に進まない。</p><br><p>上の例でわかるように、何か一つを一番として選ぶということは、それ以外はその他として認識することである。</p><br><p>自分一人で完結する仕組みならば、何か一つを選ぶのは良い。</p><br><p>誰にも迷惑をかけないからだ。</p><br><p>しかし、この世、自分や自分を取り巻く人間関係の中で何が大事かを考えると、自分が何か一つを選択した結果、自分は有利となっても自分以外の人に不利となっていないか、それを考える必要がある。</p><br><p>最大の幸福な状態とは、自分一人で達成できるものでなく、自分と自分の周りの人間関係からもたらされるからである。</p><br><p>そう考えると、この世で何が最も大切かと問われる場合に、何か一つを選択するのではなく、何かと何かの均衡が取れた状態であること、つまり自分と他者との利益と不利益が極端にどちらか一方に偏ることなく、釣り合いの取れた状態が良いと言えるのである。</p><br><p>2011年５月現在の日本では、東日本大震災の影響で日本社会のバランスが取れていない状態である。</p><br><p>日本一国で見た場合でもバランスが取れていないし、世界全体で見た場合でもバランスが取れていない状態である。</p><br><p>どうすればバランスが取れるのであろうか。</p><br><p>考えることは尽きない。</p><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/fairnorle/entry-10902203776.html</link>
<pubDate>Tue, 24 May 2011 23:52:18 +0900</pubDate>
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<title>自問自答</title>
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<![CDATA[ <p>2011年3月11日に宮城県沖で起きたマグニチュード9.0の地震で私は幸運にも被害に遭わなかった。</p><br><p>でもいずれ大きな地震の発生が予測される地域に私は住んでいるので、今回の地震を真に受け止め、日頃の備えに以前よりも取り組む。</p><br><p>その前になぜ私は生きることを望むのであろうか。</p><br><p>生きることは生物としての基本的な欲求だからか。</p><br><p>生きることが惰性になっていて何も考えなくても生きている状態が続いているだけではないか。</p><br><p>死が怖いからか。</p><br><p>死は生物なら誰しも未体験だ。未体験だから怖いだなんてそんな経験豊富な人生を私は歩んできたのか？</p><br><p>飢えや渇きを満たしたいからか。</p><br><p>飢えや渇きは不快な状態だが、仕事で自分と馬の合わない人たちと一緒にいる不快は我慢できているじゃないか。</p><br><p>怪我の痛みを堪えたくないからか。</p><br><p>怪我が痛いのは当たり前。怪我の痛みは怪我の部分を意識して動かさないようにするためだ。</p><p>体の血液が怪我の局部に集中して治癒を助けるために動かさない方がいい。</p><p>でも私が今までに耐えてきた痛みや苦しみよりも大きな痛みなんてあるだろうか。</p><br><p>自分が死ぬことで母親を悲しませたくないからか。</p><br><p>母親が死んだら悲しむ人がいなくなるので自分は死んでもいいのか。</p><p>すでに死んだ父親は私を許してくれるのか。</p><br><p>この世に生を授かった以上、なにかこの世を少しでもよくしてほしい。</p><p>それが死んだ父親や、お腹を痛めて私を産んでくれた母親の願いではないか。</p><p>祖父や祖母も同じように私に望んでいたのではないか。</p><br><p>今回の地震は私に生きることの自覚を促した。</p><p>生きることが惰性ではなく、生きさせて頂いている、</p><p>しかも期限付きで。</p><br><p>私の命の期限が切れる前に、この世をよくするためにできることをいましばらく考えたい。</p><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/fairnorle/entry-10836552755.html</link>
<pubDate>Mon, 21 Mar 2011 00:04:51 +0900</pubDate>
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<title>借りると盗むの違い</title>
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<![CDATA[ <p>先日俺はスタジオジブリの新作を観るため映画館へ足を運んだ。</p><br><p>普段は２５０人収容できるスペースに１０人位しか入らない映画館だ。</p><br><p>その映画館ですら２００人は埋まっていた。</p><br><p>カップルやファミリーが多い中で、友達同士やおひとり様も多かった。</p><br><p>私は上映１時間半前にチケットを購入し、期待に胸を震わせながら上映を待った。</p><br><p>映画館に漂う焦がしキャラメルの良い香りに誘われて、キャラメルポップコーンと普通のポップコーンの</p><br><p>ハーフ&amp;ハーフとドリンクを買った。</p><br><p>キャラメルポップコーンはトーハトのキャラメルコーンの甘さを上品にした感じでうまかった。</p><br><p>ただしＭサイズなのに量が多く、一人で食べきった後は胃もたれがした。</p><br><p>映画が開始した。</p><br><p>あらすじを言えば、心臓病で手術を控えた少年が病気療養のため母親が過ごした田舎の古い屋敷へ行き、</p><br><p>そこで小人と出会う。　</p><br><p>小人は屋敷の床下に居を構え、生活に必要なものを人間から借りて暮らしている。</p><br><p>しかし、小人は人間に姿を見られたため、その古い屋敷から引越しをする、という話だ。</p><br><p>作中、小人の主人公が「借りって楽しいね」という反面、</p><br><p>屋敷の女中は、小人を「泥棒の小人」という。</p><br><p>小人はものを借りているつもりでも、実際にはものを返していない。</p><br><p>そこで女中からみたら、小人は泥棒なのであろう。</p><br><p>小人はものを返すよりも別の形で人間に恩返ししているとも考えられる。</p><br><p>しかし、小人はネズミなどの害獣を駆除することもなく、ただ床下に住みついているだけだ。</p><br><p>終盤になり、自分の心臓手術をあきらめていた少年が</p><br><p>小人たちの懸命に生き延びようとする姿勢を見て</p><br><p>手術を頑張ってみると考え直す。</p><br><p>少年に手術を受ける勇気を与えることが、小人の借りを返したことになるのだろうか。</p><br><p>だが、小人は人間に姿を見られたら引越しをするということから、</p><br><p>通常は人間に対して借りる一方で何も返していない。</p><br><p>小人と人間は意志を言葉で通わせることができるが、ただ「借りる」と「盗む」の定義が両者で違うのだろうか。</p><br><p>今回のジブリ映画の教訓は、借りたら返す、ものを盗んではいけないだろうか。</p><br><p>映画は小人が引越しするところで終わるため、引越し先でのできごとが分からない。</p><br><p>でもそれはラピュタのエンディングでパズーとシータのその後がわからなかったように、</p><br><p>紅の豚でポルコとフィオ・ジーナのその後がわからなかったように、</p><br><p>ジブリ映画では珍しくない。</p><br><p>心臓病の少年の手術の結果は映画の冒頭での少年のナレーションから分かる。</p><br><p>この映画には賛否両論あるが、私は賛成の立場をとる。</p><br><p>借りているのか、奪っていないかを考えるきっかけを与えてくれるとともに、</p><br><p>引越しや旅立ちを後押ししてくれる映画だと思うからである。</p><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/fairnorle/entry-10600945780.html</link>
<pubDate>Sun, 25 Jul 2010 22:09:16 +0900</pubDate>
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<title>毎日が誕生日</title>
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<![CDATA[ <p>誰にも誕生日はある。</p><br><p>誕生日の祝い方は人それぞれだ。</p><br><p>花束、プレゼント、ごちそう、そしてケーキで祝うのが一般的だろう。</p><br><p>ある日俺は誕生日を受取日として街の小さなケーキ屋にケーキを注文した。</p><br><p>そのケーキ屋は、生クリームが自慢。</p><p><br></p><p>クリームのかき混ぜ方に特徴があるのか</p><br><p>ふんわりとした食感が数多くのリピーターを生んでいる。</p><br><p>俺が注文したのは５－６人用の生クリームといちごのホールケーキだ。</p><br><p>そのケーキを誕生日に受け取りに行くと、ショーケースに今日が誕生日と</p><br><p>思われる人のホールケーキが５つ並んでいた。</p><br><p>それを見て俺は思った。</p><br><p>今日という日は俺以外の人にも特別な日なのだと。</p><br><p>誕生日にうれしく思うのは、先に挙げたお祝いを他人からもらえるからだろうか。</p><br><p>他人も自分と同じなら、誕生日に他人にお祝いをすれば他人もうれしいだろう。</p><br><p>その他人の喜びを自分の喜びのように感じることができたら</p><br><p>もっと人生たのしいだろうな、と。</p><br><p>ケーキ屋は俺や俺と同じ誕生日の他人に平等にケーキを作ってくれた。</p><br><p>ショーケースに並ぶ俺用のケーキを見て俺が思わず笑みをこぼしたとき、</p><br><p>ケーキ屋はその笑みを見てうれしく感じたのだろうか。</p><br><p>俺にはケーキ屋の表情がほころんで見えた。</p><br><p>ケーキ屋にも休業日はあるが、ケーキ屋のように１年365日他人の誕生日を祝って</p><br><p>他人と喜びを分かち合うことができたら</p><br><p>大晦日に今年は毎日が誕生日のようにうれしかったなと振り返ることができる。</p><br><p>そのためには誕生日の違う364人の友達がいるな、と思った。</p><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/fairnorle/entry-10449166147.html</link>
<pubDate>Tue, 02 Feb 2010 21:47:52 +0900</pubDate>
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<title>鐘付</title>
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<![CDATA[ <p>日本時間で2010年1月1日を30分ほど経過した頃、</p><br><p>俺は近所のお寺に鐘を突きに行った。</p><br><p>粉雪がさらさら吹く中を、俺は懐中電灯で足元を照らしながらお寺に向かう坂道を登る。</p><br><p>坂の上から降りてくる子供連れの夫婦とこんばんはと挨拶を交わした後で、</p><br><p>年明けなのでおめでとうございますの方がよかったかなと思う。</p><br><p>お寺には十数名の人だかりができていた。</p><br><p>鐘の近くで直径2メートル程の焚き火が燃えていた。</p><br><p>お寺と関係の深い葬儀屋さんが、みかんと豆を配っていた。</p><br><p>豆は生なので食べられないが、お守りになるそうだ。</p><br><p>鐘を突くには石段を上る必要がある。</p><br><p>石段には雪が積もっていたので滑らないように注意して列にならんだ。</p><br><p>自分の番が回ってきたら、鐘付堂の天井からぶら下がっている年季の入った綱紐を持ち、</p><br><p>振り子の原理で2度ほど綱紐を揺すった後、鐘を打った。</p><br><p>クオォーーーンと鐘の音が辺りに響きわたった。</p><br><p>その音色に俺は満足して石段を下ると、俺の後ろに並んでいた若い男が鐘を打った。</p><br><p>グガオォーーーーーーーーーーーンと力任せに叩いたその音色は</p><br><p>俺の鼓膜にビリビリ響いた。</p><br><p>遠方で鐘の音を心待ちにしている人のために大きな音を出したのか、</p><br><p>それとも自分の力でどこまで音が出せるか知りたいためかはわからないが、</p><br><p>鐘の周囲にいる人にとっては好ましくない突き方だな、と思った。</p><br><p>雪の降る中を坂道を下って家路へと急いだ。</p><br><p>家に帰って母の作った年越しそばを食べた。</p><br><p>海老天とネギのシンプルなそばだったが、</p><br><p>冷えた体を芯からあたためる温もりがあった。</p><br><p>こうして俺の2010年は始まった。</p><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/fairnorle/entry-10424447519.html</link>
<pubDate>Fri, 01 Jan 2010 13:15:43 +0900</pubDate>
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<title>墓地にて</title>
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<![CDATA[ <p>今日から盆休みを取った俺だが、</p><p> </p><p>墓地には俺一人しかいなかった。</p><br><p>盛夏の太陽の日差しを浴びながら</p><br><p>父の墓は鈍く光っていた。</p><br><p>俺は持参したほうきで枯葉や線香の残りかすを集めた。</p><br><p>手で雑草を引き抜いた。</p><br><p>それらを持参したビニール袋に詰めた。</p><br><p>そのあとで、じょうろに水を汲んで墓に掛けた。</p><br><p>墓石は父だけではなく、我が家の系譜を表すように、</p><br><p>大小１０数個並んでいた。</p><br><p>その一つ一つに水を掛けた。</p><br><p>墓に水を掛ける俺は額や背中から汗を噴出していた。</p><br><p>その後に俺は父の墓石の前に立ち、</p><br><p>体の前で指を組んでじっとうつむいた。</p><br><p>暑さゆえか、耳には虫の鳴く声すら聞こえず</p><br><p>ただ自分の考えが俺の頭の中で聞こえてきた。</p><br><p>昨今はどこもかしこも電子音だらけだ。</p><br><p>駅に行けば電車の発着を知らせる電子音、</p><br><p>車掌のアナウンス。</p><br><p>街を歩けば横断歩道の信号機の音。</p><br><p>自動車のタイヤと地面の摩擦音。</p><br><p>店に入れば流行の音楽。</p><br><p>でも、墓地はあまりに静かで、</p><br><p>俺の考えと俺の心臓の音しか聞こえない。</p><br><p>墓参りに行くのは、普段の雑音から逃れて</p><br><p>自分に改めて向き合うためだろうか。</p><br><p>自分の起源となる祖先を思い、</p><br><p>縁の大切さ、自分が今ここに存在する不思議を</p><br><p>認識するためだろうか。</p><br><p>などなど考えながら、心の中で父に呼びかけた。</p><br><p>お父さん、この１年間見守ってくれてありがとうございました。</p><br><p>いま自分はこれだけの悩みを抱えているけれど、</p><br><p>来年墓参りに来るときまでには解決させておきます。</p><br><p>どうぞ見守っていてください、と。</p><br><p>墓は相変わらず静かだった。</p><br><p>父に呼びかける前と呼びかけた後で</p><br><p>なにか景色に違いがおきるわけでもない。</p><br><p>ただ、俺が来る前より墓は綺麗になった。</p><br><p>これだけの祖先が俺のルーツなんだと再認識できた。</p><br><p>だから、今日俺は墓に来て良かったと思う。</p>
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<link>https://ameblo.jp/fairnorle/entry-10320953410.html</link>
<pubDate>Fri, 14 Aug 2009 22:32:06 +0900</pubDate>
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<title>お盆に想う</title>
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<![CDATA[ <p>父の墓は綺麗か、と。</p><br><p>墓の中に父がいるかどうかはわからない。</p><br><p>ただし、綺麗にしておくと気分が良いのは、</p><br><p>家の中でも家の外でもおんなじだ。</p><br><p>だから墓掃除に行ってきます。</p><br><p>この１年で自分がどれだけ成長できたかを</p><br><p>父に報告してきます。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/fairnorle/entry-10320654872.html</link>
<pubDate>Fri, 14 Aug 2009 14:40:51 +0900</pubDate>
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