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<title>司会関係の募集と求人</title>
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<description>司会に関する情報を提供します。資格・採用・募集・就職・転職・トピックなど</description>
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<title>今後に期待！？小林麻耶アナ、厳しいスタート</title>
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<![CDATA[ <p><font color="#006600" size="2"><strong>今後に期待！？小林麻耶アナ、厳しいスタート</strong></font></p><p><font color="#006600" size="2"><strong><br></strong></font></p><p><font color="#666666" size="2">この記事は　スポニチ３月３１日に掲載されました。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">　<font color="#006600">３０日にスタートしたＴＢＳの報道番組「総力報道！　ＴＨＥ　ＮＥＷＳ」の初回の視聴率が５・９％(午後５時５０分～)、７・１％(同６時４５分～７時５０分、いずれも関東地区、ビデオリサーチ調べ)だったことが３１日、分かった。<br>　ＴＢＳを退社しフリーになった小林麻耶アナ（２９）を看板に船出したが、６時台にニュース番組を放映している民放４局の中では一番低い数字に。７時台では「ＮＨＫニュース７」が１７％を記録し、約１０ポイント差をつけられるなど、苦しい立ち上がりとなった。月曜７時はこれまで「関口宏の東京フレンドパーク」が放映され、１２％前後の数字を出していた。<br>　小林アナは番組が始まった３０日にブログ「まや★日記」をスタート。１０００件以上のコメントが寄せられるなど、ファンの間では好評だったが、番組自体がまだ一般に浸透していないこともあって、今後の“奮起”が期待される。 <br>                                                  　　 ［ 2009年03月31日 11:31 ]</font></font></p><p><font color="#006600" size="2"><br></font></p><p><font size="2"><font color="#333333">  前回のコラムで、「総力報道！　ＴＨＥ　ＮＥＷＳ」の時間帯がテレ朝の「スーパーＪチャネル」、フジの「ＦＮＮスーパーニュース」とＮＨＫの「ニュース７」を跨いでいることを挙げ、どの視聴者年齢層を狙って、その視聴者層をどうやってひきつける番組にするのかを明確に打ち出していないことを指摘した。</font></font></p><p><font size="2"><font color="#333333">  どうもその予想は当たったようである。アンカーの後藤謙次氏も俵総一郎の様に場を持たせるようではないし、小林麻耶アナの声が「チューボーですよ」の乗りなのである。</font></font></p><p><font size="2"><font color="#333333">  ニュースを読んでいる気がしない。アンカーの女性はの声は全て冷静で落ち着いていて押さえたトーンになっている。あの元気キャラはいただけない。</font></font></p><p><font size="2"><font color="#333333">  妹の小林麻央アナと比べてみれば一目、否、一聴瞭然なのである。<br></font></font></p>
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<pubDate>Fri, 03 Apr 2009 01:39:23 +0900</pubDate>
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<title>その時“殿”松平アナ感慨深げ「最後の最後ラッキー」</title>
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<![CDATA[ <p><font color="#336600" size="2"><strong>その時“殿”松平アナ感慨深げ「最後の最後ラッキー」</strong></font></p><p><strong><font color="#336600" size="2"><br></font></strong></p><p><font color="#666666" size="2">この記事は3月5日16時59分配信 夕刊フジに掲載されました。</font></p><p><font color="#336600" size="2"><br></font></p><p><font color="#336600" size="2">ＮＨＫの長寿番組「その時歴史が動いた」（水曜日午後１０時）の最終回の収録が４日、ＮＨＫ大阪放送局で行われ、９年間の番組の歴史に幕を閉じた。案内役を務めた“殿”こと松平定知アナウンサー（６４）は、「全力投球でやり切った深い安堵感に包まれています」と感慨深げに語った。<br>　番組は２０００年３月２９日にスタート。この日収録された最終回を含めて３５５回放送され、最高視聴率は、関東が「緊迫の２４時間～新資料が明かす二・二六事件の内幕～」（０３年２月２６日放送）、関西が「信長暗殺を命じた男～新説・本能寺の変　浮上した黒幕～」（０４年４月２１日放送）で、いずれも１６．７％（ビデオリサーチ調べ）を記録した。<br>　最終回の収録では、合間に「いよいよ終わりだなぁ…、ふぅー」と大きなため息をつくなど、松平アナも名残惜しげ。スタッフから花束を贈られると、「歴史が好きで、必死になって僕がおもしろいと感じたことを伝えようと思った。僕と視聴者の方の波動が一緒になったことが、長く続いた秘訣です」と話した。<br>　毎週火、水曜日は収録のため大阪に来ていたが、「１度も新幹線に乗り遅れなかった。ＪＲ中央線が遅れて、階段を走ったことはありましたけどね。病欠もなく皆勤できたことが数少ない誇りです。この自信は今後の原動力になる」と、まだまだ現役。<br>　番組では、日本史や世界史を動かした様々な決定的瞬間や、それにまつわる人間ドラマを描いてきたが、松平アナにとっての“その時”とは－。<br>　「この番組が決まったこと。５５歳というＮＨＫの最晩年にこんなに良い番組に出合えた。恵まれたＮＨＫ生活でしたが、最後の最後にラッキーの仕上げができました」<br>　最終回は１８日午後１０時から放送される。</font></p><p><br><font color="#333333" size="2">　このコラムがアップされる時は、この番組が終了した後であろう。<br>　筆者はこの番組を見たことは数えるほどしかない。<br>　松平アナウンサーはこの番組のために毎週大阪に通い続けたことを思うと凄いなぁと思ってしまう。<br>　きっと新幹線の中で、毎日台本や資料をに目を通す毎週だった否毎日だったかもしれない。そして、自分なりに番組を読者にとって面白くするための工夫は怠らなかったのであろう。<br>　９年間の間続いた長寿番組であるが、その秘訣は１つの番組で１つの事件を取り上げたこと、そして連続ドラマではないから、番組を見逃しても、次の番組を楽しむことが出来ることであろう。また、スタッフも良かった。アシスタントの女性もさりげなく番組を盛り上げていた。私はアナウンサーのタレント化、番組のアシスタント化には反対だが、この番組は、アシスタントもアナウンサーの素養を要求される。<br>　筆者はどちらかと言うと戦国時代以外は、日本史は全く駄目である。出来れば続けて見たかった番組であった。<br>　松平アナウンサーも５５歳、定年までわずかである。これを期にというか決心していたのであろう。フリーとなった。今後の松平アナウンサーの活躍を期待したい。<br></font></p>
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<link>https://ameblo.jp/fe-mc/entry-10235452152.html</link>
<pubDate>Fri, 03 Apr 2009 00:52:28 +0900</pubDate>
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<title>TBS小林麻耶アナ「退社してフリーになります」</title>
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<![CDATA[ <p>この記事は1月24日サンケイスポーツに掲載されました。</p><br><p><font color="#008000">TBS小林麻耶アナ「退社してフリーになります」<br>1月24日11時28分配信 サンケイスポーツ<br>　ＴＢＳの小林麻耶アナウンサー（29）が3月末で退社することが24日、明らかになった。24日朝の生放送レギュラー番組「王様のブランチ」で「3月いっぱいで退社します。フリーになってもしっかり頑張ります」と笑顔で報告した。来年４月からゴールデン帯でスタートする報道番組にキャスターとして起用が決まっているが、フリーアナとして出演することになる。</font></p><p><font color="#008000">　小林アナは新潟県小千谷市生まれ。青山学院大文学部英米文学科在学中に日本テレビ系「恋のから騒ぎ」に出演。カワイイ系のぶりっ子キャラで“最前列”をキープし人気となった。2003年4月に局アナとしてTBSへ入社。翌年には「輝く！日本レコード大賞」の司会に抜擢されるなど、早い時期から第一線で活躍。昨年12月に発表された、オリコンの「好きな女性アナウンサーランキング」では4位に入賞している。日本テレビ系の深夜ニュース番組「NEWS ZERO」でキャスターを務める小林麻央（26）の姉。</font></p><p><br>昨年スポニチが『小林麻耶アナ：悲願の報道キャスターに』というニュースを配信していた。来年4月にスタートするゴールデンタイムのニュース番組（月～金曜後5:50～7:50）に、現在「NEWS23」のキャスターの後藤謙次氏（59）がアンカー役キャスターに小林麻耶アナもキャスターとなると。<br>放送時間は丁度、テレ朝「スーパーJチャネル」、フジ「FNNスーパーニュース」の第２部が始まった所から、7時のＮＨＫ「ニュース7」が始まった頃に重なる。つまり3つのニュース番組を跨る形になる。<br>昔は5時からのニュースは初の試みで「スーパーJチャネル」は「ニュースステーション」の小宮悦子キャスターを抜擢した。本人は不本意だったが、主婦層向けの企画を研究し、視聴率を延ばした。その後、フジが「FNNスーパーニュース」を始め安藤優子キャスターを抜擢した。つまり、いかに主婦層を飽きさせないかしのぎを削っている状態である。<br>今回の新番組について言うと、まず、視聴層がはどんな人を狙っているのだろう。主婦層と早めに帰宅したサラリーマンと食事時間帯なので、子供だろうか？小林麻耶アナは最近バラエティしか出ていないので、この時間帯の番組の2人の女性キャスターに対抗するのはよほど斬新な企画で無いとかなり難しいのではないだろうか？（もちろんプロデュサーが考えるのであるが。）私は主婦層向けの番組が好きではなく、｢奥様！なんと○○お得な一流ホテルのバイキング」なんか、見ていると世のお父さんたちは500円の弁当や社員食堂、定食屋でお昼を済ませていることを考えるとかわいそうに思う。早く「ニュース7」にならないかなぁと退屈する。<br>一方22からテレ朝「報道ステーション」、23時から、日テレ「NEWS ZERO」、TBS「NEWS 23」とその後、フジの「LIVE2009ニュースJAPAN 」があり、時間がずれていて見たいところだけ見やすいし、切り口がそれぞれ違う。内容も流石に社会人向けの番組であろう。妹の小林麻央アナが「NEWS ZERO」で成功しているのは、それぞれのニュースの切り口が違い、似たようなニュース番組のライバルが無いからだと思う。また、彼女はアナウンス試験を受けるかどうか悩んでいる時にセント・フォースにスカウトされ、「めざましどようび」のお天気キャスターのオーディションを受け合格に至った。しかも、彼女は女優業もしていて色々な経験を積んでいる。対して、姉の小林麻耶アナはバラエティのアナウンサーしか経験していないが、アナウンスの経験は十分積んでいる。それなのに、妹にキャスターとして先を越されて焦りがあったと思う。今後、彼女は妹と同じセント・フォースに所属する。セント・フォースで、自分の希望の活躍の場があると思ったからであろう。つまり、局アナ以外にもアナウンサーとして自分のやりたい場所で力を発揮できることが明らかになったわけである。<br>フリーとなった小林麻耶アナが今までやりたかった番組で活躍することを切に期待している。<br></p><p>2009年1月29日掲載<br></p>
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<pubDate>Thu, 29 Jan 2009 15:07:51 +0900</pubDate>
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<title>田原総一朗の政財界「ここだけの話」大統領単独インタビューで感じた最高責任者の悲哀</title>
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<![CDATA[ <p><font color="#000000">田原総一朗の政財界「ここだけの話」大統領単独インタビューで感じた最高責任者の悲哀</font></p><p><font color="#000000">この記事は2008年11月27日、日経BPNETの時事コラムに掲載されました。</font></p><p><font color="#008000">田原総一朗の政財界「ここだけの話」</font></p><p><br><font color="#008000">大統領単独インタビューで感じた最高責任者の悲哀<br>実は、2年以上前から日本のアメリカ大使館にブッシュ大統領への取材の申し込みをしていたのだが、11月12日に本当に突然「21日の木曜日11時にホワイトハウスに来てください」という連絡があった。もちろん、僕もスケジュールが詰まっていたのだが、現役大統領へインタビューができるならば、ということで何とか都合をつけてアメリカへ向かった。このインタビューにはいくつか問題があった。<br>一つは、「インタビューには応じるが、通訳をつけてはいけない」という条件だった。インタビューをする部屋には僕しか入れない。<br>僕は、英語が非常に不得意なもので「困ったな。こんなことならば英語をしっかりやっておけばよかった」と思ったのだが、それにはもう20年か30年か遅いわけで、とにかくやろうと思って臨んだ。<br>このインタビューは、ブッシュ大統領の8年間の総括を聞くことができるので、タイミングがとてもよかったと思う。<br>ただ、これが二つ目の問題になるのだが、指定されたインタビュー時間がたった8分で非常に短かった。結果的には12分間のインタビューになったのだが。<br>そこで、8分のインタビューで何を聞こうか、スタッフと話し合い、（1）金融危機、経済大混乱の問題、（2）イラク戦争の問題、（3）アメリカがテロ支援国家から外した北朝鮮の問題、（4）オバマ新大統領について聞くことにした。<br>僕は、イギリスの現役の首相など、色々な国のトップに取材をした経験がある。いずれもどのような質問をするのか事前に出せといわれた。サッチャー首相の場合もそうだった。ところが、今回のアメリカは、事前に提出するのは質問予定の項目だけでよいということだった。さすが民主主義の国だな、と感心した。<br>                     （略）<br>ブッシュ大統領について、何よりも印象的だったのは、逃げずに、ゆっくりと丁寧に答えてくれたことだ。<br>「経済問題について対応が“too late”、遅すぎだったのではないか。リーマンが倒産するまでの対応が遅すぎたのではないか」と僕が言うと、ブッシュ大統領はニヤッと笑った。　困った質問をされたときに怒る人もいるが、ブッシュ大統領は笑うタイプのようだ。インタビュー中に彼は2回笑った。　ブッシュ大統領に会う人は皆彼に好感を持つ。僕もそうだった。彼は、ハッタリがなく、威張らず、逃げない。丁寧にごまかさないで話す。「イラク戦争は、70パーセント以上も国民がするべきでなかったと言っている。大量破壊兵器も、ビンラディンとフセインの深い関係もなかった。これについてどう考えるか」という質問にも、不愉快な顔もせず丁寧に答えてくれた。<br>ブッシュ大統領は「独裁者フセイン政権をつぶして、イラクは民主化されていることは成果だと思う」と話した。<br>「4200人もの兵士が戦死し、イラク国民にも迷惑がかかっている。この責任はどう取るのか」という追及には、「それは責任を感じるが、民主化していることは成果だと思う」という答えだった。これは突っぱねるというよりは、「分かってくれよ」という説明だった。<br>日本の場合は、自由主義経済といいながら、ほとんど80年代までは社会民主主義をやってきた。日本は、自由主義経済でも、社会民主主義でもどっちでもよいのだ。理念、理論というものがあまりない。<br>むしろ、どちらが都合がよいか、どちらが便利かということで自由に変えていく。<br>アメリカはやはりまず理論、理念ありきなのだ、ということを非常に強く感じた。<br>                     （略）<br></font>このインタビューは北朝鮮の拉致問題や核問題にも触れていたが、ブッシュとしては忘れていないし、今後も続け行くだろうと答えている。<br>最近、ブッシュ大統領に記者が最後のインタビューを受けたニュースを見た。イラク戦争についてどう思うかという質問には「君は9.11を覚えているか？」と答えカトリーナの後手後手に回ったことについても「カトリーナについては、じっくりとことん考えてみたのだが」と前置きしながら、やり直すことができたとしても、やはり同じように対応したはずだと結論し、リーマンを初め経済問題については、「自分を哀れんだりするのは止めたい」と答え、引退後には「自分が大きな麦わら帽をかぶって、アロハシャツを着て、どこかのビーチでのんびりしてるなんて、そんな姿をとてもじゃないけど想像できないんだ」と言う。私の意見は、9.11を起こしたのはアルカイーダであり、イラクではない。大量兵器は無かったし、「民主化していることは成果だと思う」と言う意見に関しては論理のすり替えに過ぎないし、傲慢そのものである。未だにイラクでは内紛が起こっているではないか？カトリーナに関しても本来は州兵が救助に当たるのだが、イラク戦争に刈り出されて助ける人員が不足していたのである。もし、戦争を行わなければカトリーナで助かった人は大勢いたはずである。そして、困っている人々を尻目に、この戦争でものすごい予算を使ったのである。<br>また、もともとアメリカはタリバンを支援しており、手に負えなくなったら、アフガニンスタン戦争を起こし非人道的なクラスター爆弾を使った。<br>田原総一朗がアメリカはやはりまず理論、理念ありきなのだと言うが、太平洋戦争で非戦闘部員を大量に殺した東京大空襲での非人道さ、更に私だけかもしれないが、子供が作った工作の実験をするように原爆を落として、その効果を見てみたかった好奇心というのがアメリカの気質で、クラスター爆弾の事実を聞いた時、やぱっりどうしても自分たちが作った工作の効果を試したかったんじゃないかと思う。そこに何らかの理論、理念ありがあったとしてもすり替えである。<br>更に、経済界に遠慮して、京都議定書にサインしなかったこと、ここで宗教のことを言うのは避けたいが、絶対におかしいのにイスラエルのガザ攻撃で多くの子供や女性が亡くなっている事についても、沈黙を守っていることでアメリカを動かしているのが何かを歴史に疎い愚者の筆者でも容易に察することが出来るのである。<br>更に、9.11の世界貿易センタービルをグラウンドゼロと言うのなら、第2次世界大戦ウォール街の大暴落、今回の世界同時不況のグラウンドゼロはアメリカ合衆国そのものなのである。<br>キャスターを初めマスコミの方々は声を大にして批判すべきは批判し、マスコミ、アナウンサー、キャスターを目指す方々も社会情勢について深く想いをいたして貰いたいものである。<br>戦争で多くの女性や子供が亡くなっているのに、アメリカ国内では中絶の是非を問うているのである。カトリック教徒でない私には全く理解できない国である。<br>また、反対に日本は中国から揶揄されるほど、言論の自由が許された社会主義の国らしいのだそうだ。<br>追伸<br>筆者のコラムを読まれてメールをいただいたのですが、私は殆ど文章の推敲に時間をかけており、アップするのはほんのわずかな時間だけで、メールが送られてきたことに気づきませんでした。また、今後は注意いたしますので、御用があればメールを送って下さい。</p><br><p>2009年1月20日掲載</p>
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<pubDate>Tue, 20 Jan 2009 21:22:09 +0900</pubDate>
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<title>就活の早期化・長期化に大学側が危機感、適正化申し入れ（1/4ページ）[新聞掲載]2008年11月</title>
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<![CDATA[ <p>この記事は朝日新聞11月4日に掲載されました。</p><br><p><br><font color="#008000">就活の早期化・長期化に大学側が危機感、適正化申し入れ（1/4ページ）[新聞掲載]2008年11月4日</font></p><p><font color="#008000">就職・採用活動の開始時期<br>　大学生の就職活動、企業の採用活動に、大学側が危機感を募らせている。早期化、そして長期化に、だ。国立大学協会などは今夏、９７年の就職協定廃止後、初めて「学業に支障がある」として、経済団体に適正化を申し入れた。しかし、すでに一部の職種で選考を終えた社もあるうえ、秋になり、企業の説明会も本格化している。 <br>　　　　　◇ <br>　都内の私立大学に通う３年生の女子学生（２０）は９月中旬から、在京テレビ局のアナウンサーのエントリーを始めた。１０月は、面接試験が次々行われた。「多くの局で選考が終わったと聞いています」 <br>　学生と企業が接触し始めるのは、３年生の夏休みだ。学生は、希望企業に、仕事を実体験する「インターンシップ」を申し込む。学生たちは「事実上の就職活動のスタート。人事担当者に気に入ってもらう大切な場です」。昨年、ある損害保険会社の１日インターンシップに参加した関西大４年生の男子学生（２２）は「ずばり就職セミナーという感じでした」。 <br>　秋に入り、会社説明会も次々、開かれている。横浜国立大学３年の男子学生（２２）は「先輩の手帳を見たら、秋以降、説明会の日程が来春までびっしり書き込まれていた。私も準備をしなければいけないと焦っています」。今、就職情報会社のホームページを見ながら、説明会の日時をチェックする毎日だ。 <br>　リクルート（東京）がまとめた「就職白書２００７」によると、アンケートに答えた８６１社のうち４１．４％が、０９年３月卒業生の採用スケジュールが前年より「早まる」と回答。理由に、優秀な人材の確保８２．９％、競合対策５６．９％などが並ぶ。他社に先んじて、いい学生を確保しようと、企業は採用を早める。一方、従来通り、４月から活動する企業もあり、学生たちの活動は、必然的に長期化することになる。 <br>　　　　　　　　　（以下略）</font></p><br><p>この記事は1/4とあるので、この記事は4ページあるのだが、筆者は、この1ページを読んで非常に驚いた。筆者就職協定以前の人間であり、1997年以前就職協定があったことも知らなかったのである。しかし、インターンシップと同じように、3年生には工場実習というものがあり、私も大学3年の時にある製鉄所で夏休み1ヶ月1万円で働いた。男女雇用均等法以前であるにも関わらず、（つまり私がこの製鉄所に就職する可能性は無いのに）忙しい最中に、各部署の方々に青二才の私たちのために貴重な時間を割いて工場見学させていただき、課題については、多くの人に支えられてリポートを完成させた。インターンシップで「ずばり就職セミナー」なんてことは、決してなかった。企業と言うものがどういうものか良くわかった貴重な体験だったのである。<br>私たちの時代には、大学4年生の半ばに成績が発表され、院生、次に学卒の成績の良い順から、企業の推薦枠で就職した。つまり、良い成績を修めないと、就職も思うように出来なかったのである。９７年に就職協定廃止され、大学3年生で就職活動をするということだが、大学3年生と言えば教養課程を終わってやっと専門課程の学科を学ぶ大切な時期である。曽野綾子の「太郎物語大学編」にもあるとおり、私は学生は最低、4年間学問に専念するべきだと考えている。その成績から、企業が採用を決めるのが正論と言うものではないか？私から言わせれば、大学4年なんて、あっという間に終わってしまう。短すぎるほどである。国立、私立を問わず思い切り学問が出来る設備を自由に使えるのは、大学時代だけなのである。高い学費を払う対価として、大学の研究設備を自由に使えるのは、4年間だけなのである。例えば、1回計算すると数万円掛かるスーパーコンピュターを大学の授業料だけで、自由に扱えるのは、大学の4年間しかないのである。<br>。国立大学協会が「学業に支障がある」と経済団体に適正化を申しいれたという話は、しごく真っ当な話で、企業がその学生がどんな成績であるか、どんな研究をしているのかを考えず、専門課程に入ったばかりの学生に会社説明会をするなど、おかしいとしか思えない。しかも、昔どおり大学4年の４月から活動する企業もあり、学生たちは、大学3年の秋から大学4年の４月まで、就職活動することになり、必然的に長期化することになるのである。本来、学業に専念するべき大学生に、3年生から接触するなどとは、言語道断である。<br>アナウンサーになるためには、確かに発声やアナウンスの技術が必要であるが、前回述べたように、知性も必要であるし、そのためにはちゃんと学問を修める必要がある。<br>私が学問と言う言葉にこだわるのは、大学受験はあくまでも勉強であり、物事の本質を問うことが出来るのが学問で、それができるのが大学だからであるからである。うろ覚えだが、『富嶽百景』で『富士山には月見草が似合う』『人間失格』で『恥の多い人生を送ってきました』と書いた太宰治も、学問をした後にその知識は忘れても何かが残る、それが大事なのだと何かの文章で書いていたが、けだし名言である。<br>私は、多くの矛盾を抱えるアメリカ合衆国が決していいとは思わないが、日本も合衆国のように、入学しても学問に励まないと卒業できないようにする必要があるのではないか？私は、パトリシア・コーンウェルの検屍官シリーズが好きで読んでいるが、犠牲者や職員が、働きながら夜学に通い別の学位、修士、博士課程で学んでいるケースが度々出てくる。合衆国では○○学の単位を取ることが就職やキャリアに大事なことであることが良く分かる。<br>日本でも、3.5年間（この時点で卒業できるかどうか分かるから）どんなことを研究したのか、面接で聞いてから採用しても遅くは無いのではないかと筆者は思うのである。<br>アナウンサーの安藤優子さんは、上智大学を休学して、その後復学して、最終的に仕事と勉学を両立させながら、卒業された。更に上智大学大学院外国語学研究科国際関係論専攻修士課程を卒業された。それが、彼女のキャスターとしての能力に必要だったかわからないが、彼女のバックボーンを更に固めたことは想像に難くないと思う。<br>今年は、100年ぶりの世界大不況で、今年の就職戦線はかなり厳しいものになることは間違いあるまい。<br>しかし、毎年女性アナウンサーを採用しながら、何故かニュースキャスターを他局出身のフリーアナウンサーを抜擢するのは何故だろうか？<br>言うまでも無く、就職戦線は厳しいかもしれないが、やはり、人材を育てるという局を選ぶべきであろう。<br>それから、もう1つ言いたいことは、出産し育児休業を取って復職して、アナウンサーを続けたい方に言いたい。この厳しいご時勢にあえて言うのだが、復職後1年は使い物にならないと待ってくれる局を選ぶべきである。何故なら、ＮＨＫの朝連続ドラマの「ちゅらさん」でも描かれているように、子供は、生後1年位は呼吸器がちゃんと発達していないのでどんなに気をつけても気管支炎や下手をすると肺炎なる可能性があるし、保育園に預けるとよその子から病気をもらってしまう。麻疹やおたふくや水疱瘡もは保健が利かなくても、１歳未満に自費で予防接種を受けさせるのがのぞましいが、ただでさえ予防接種の多い生後1年に全部済ませるの難しい。毎日４０℃位の熱が何日も続くこともあるので、母親は途方にくれてしまい、心配と看病疲れでダウンしてまうのである。そのような病状だとお金を積んでもベビーシッターは看てくれないし、看護師の資格を持った祖母が代わって診てくれるのではない限り安心は出来ないのである。祖父母が近くにいても、こと子供の病気に関して母親が１人で救急病院に連れて行くか様子を見るか判断しなければならない。しかも、子供の病気は、大事なプレゼンや客先との打ち合わせの日に限って狙ったように起こるのである。しかし、それも１年の辛抱である。１年経てば、熱もめったに出さなくなるし、多少の熱でもストックの抗生剤を与えておけば、病児保育で診て貰える。だから、復職後1年は大目に見てくれる局を選ぶのが大事なのである。</p><p>2008年1月13日掲載<br></p>
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<pubDate>Tue, 13 Jan 2009 16:42:29 +0900</pubDate>
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<title>アナウンサーの軽率なコメントが社会問題に</title>
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<![CDATA[ <p>この記事は日経ネットの日経ゴルフガイドのインサイドロープに掲載されました。</p><br><p><font color="#008000">＜アナウンサーの軽率なコメントが社会問題に＞ <br>　新年早々、米国のゴルフメディアで事件です。場所はゴルフ専門局、タケがいた会社でもあります。ここがカバーしていた米ツアー開幕戦、メルセデスチャンピオンシップでのこと。放送中の女子アナウンサーの失言が米国ではとりわけデリケートな人種問題に発展してしまったのです。<br>　彼女が使った言葉は“Lynch him in back alley”（裏路地でリンチしろ）。解説のニック・ファルドが“to take Tiger on, maybe they should just gang up for a while.”（タイガーをやっつけるには、少しの間押さえつけておくしかないな。）に答えて、口を滑らせたコレです。<br>　この「Lynch」の一言が1880年代後半から1900年代前半にかけて、南部の黒人がいじめられた歴史を思い起こさせる、ということで事件になったのです。彼女は２週間の停職処分。波紋はさらに広がり、「Lynch」を連想させる写真を掲載したゴルフ雑誌の編集者はクビになりました。</font></p><br><br><p>この拙い、コラムを読んで下さっている皆様、明けましておめでとうございます。<br>今年もどうそ宜しくお願いいたします。<br>では、コラムの本文に入らせていただきます。<br>この問題に対して、小山武明さんは、２つの主張をされている。一つ目は、アナウンサーは視聴者に対して、現場のプレーをきちんと実況することがアナウンサーの仕事であると言うこと、二つ目はそのインタビューだけが一人歩きすることの危うさである。<br>私は一つ目の意見に勿論賛成である。確かに、アナウンサーの本分は、実況中継をして、正確に視聴者に状況を伝えるのが本来の仕事である。<br>小山武明さんはこの女性アナウンサーのコメントをほめられた発言ではないと控えめな言い方をされているが、日本だったらこのコメントはチンピラか柄の悪い人の発言ではないかと耳を疑う程、下品な発言だと思う。スポーツの中継中に『リンチ』、しかも紳士のスポーツであるゴルフの中継にはふさわしくない発言であり、ウィットの聞いた発言とは程遠い。実際、タイガー・ウッズはメルセデスチャンピオンシップに出場していないので、ニック･ファルドの発言がどんな経緯から出てきたのかは分からないが、さらりと受け流してさりげなく話題を変える、「～と言うことですね。」とファルドの発言を一旦要約しておいて中継に専念する、あまり知性は感じられないかも知れないが、カウンセリングの手法として、ファルドの発言をそのまま返し（英語圏では同じ意味の言葉を単語を変えて発言するのがボキャブラリが有って知性があると見なされる）共感の意を示し、中継に戻る。そして、ファルドほどの偉大な英国のゴルファーなら、彼から現場のプレイヤーのプレーの意見や分析、彼のエピソードをさりげなく引き出すことが、アナウンサーの力量というものであると思う。<br>しかし、インタビューだけが一人歩きすることの危うさに関しては、どう贔屓目にみても彼女の発言は彼女の知性や人生観を露呈しているとしか思えないのである。<br>今、合衆国では、今では黒人と言う言葉を使わず、アフリカ系アメリカ人というらしい。しかしどんなに言葉を変えてみても、文章にすると、その人のの品性は自ずと現れるものである。それは、日本でも同様で、言葉狩り以前の古い訳文を読んでも不快にならないものと同じであろう。</p><p>2009年1月6日掲載<br></p>
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<pubDate>Tue, 06 Jan 2009 20:40:16 +0900</pubDate>
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<title>川田亜子さん、車内で自殺か・元ＴＢＳアナウンサー</title>
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<![CDATA[ <p><br>日経ネット5月26日に以下の記事が掲載されました。</p><br><p><font color="#008000">　26日午前６時15分ごろ、東京都港区海岸３の路上に止まった車の中に「女性が倒れている」と近くの会社員から110番があった。警視庁三田署員が運転席でフリーアナウンサーの川田亜子さん（29）が死亡しているのを発見した。車内には練炭が置かれ、遺書が残されており、同署は自殺とみている。<br>　調べによると、後部座席の練炭２個には燃えた跡があり、運転席の窓はビニールテープで目張りされていた。遺書には家族への感謝の言葉が書かれていたという。<br>　川田さんは2002年にＴＢＳ入社。07年３月に退社し、フリーアナウンサーとして活躍。最近のブログでは体の不調を訴える記述が目立っていた。 (11:43)<br>[5月26日/NIKKEINET]</font></p><br><p>筆者の不勉強の所為か、数多くの番組に出演されていたはずの川田亜子さんは私の記憶の中に無い。少し、彼女について調べてみたが、9.11の同時多発テロの際ニューヨーク在住でWTC攻撃を目撃し、この事件でジャーナリストへの道を考えるようになり、アナウンサーになったそうである。念願のTBSに入社するも、バラエティ番組のイメージが強く、目標としていた、「NEWS23」のキャスターにはなれないと考え、フリーアナウンサーに転進したようである。運も実力もあったのであろう「サタデースクランブル」で、念願の報道キャスターに抜擢されたし、「鳥越俊太郎　医療の現場」のMCとして出演していた。目標としていた人物は人物は安藤優子と櫻井よしこと言うことである。5月辺りから体調がおかしかったようである。<br>素人が発言するのはどうかと思うが、筆者はうつ病歴10年以上である。うつ病の顕著な症状は早朝覚醒、睡眠障害、うつ状態ということもあるが、健忘も1つの症状である。まず、文章が理解できないのである。文字は頭の中に入ってくるが何を書いてあるかさっぱり分からないのである。そして、客先からAタイプとBタイプの兼用プログラムを作って欲しいといわれたが、私は自分がAタイプのプログラムを作った記憶がごっそり抜け落ちているのである。自分が書き残したドキュメントやプログラムから自分は確かにAのプログラムを作っていたのである。川田亜子さんがどんな理由からどんな病気になったかは筆者は知らないが、うつ病であれば、さぞ台本を読むことに苦労したであろう。台本は頭に入らないのである。また、睡眠障害のために眠剤が処方されるが、眠剤は短期のマイスリーであっても、朝残るのである。そしてろれつが回らなくなるのである。筆者がうつ病がひどくなり会社を辞めて、状態が良くなり再就職しようとしてもうまくいかない。その時、ろれつが回らないことを家族から指摘された。私は眠剤を多用していたのである。ろれつが回らないことはアナウンサーにとっては致命的な問題である。不規則な職業のため、薬の時間配分もうまくいかないのでろれつが回らないことは多々あったと思う。そして、番組がうまくいかない度に（うまくいかなかったと思い込んでいたのかもしれない）自分を責めたであろう。そして、20代後半という年代も作用する。私は28歳の時骨髄バンクに登録した。自分の社会における存在意義を確かめたかったからである。川田亜子さんの年齢も丁度自分が骨髄バンクに登録したときと重なる。自分の存在価値に疑問を持つ時期というのも人生の通過儀礼である。そして、27歳から30歳まで女性は苦しい時期を迎える。新入社員が入社してくる時、特に男性社員が入社してくる時、女性としての存在意義を考えてしまうのである。配偶者がいようが彼氏がいようが関係なく、自分の年齢に焦りを感じるのである。（何故か30歳過ぎるとそんな気持ちはつき物が落ちるようになくなっていくのであるが。）<br>彼女は仕事が減っているのを気にしている。もし、彼女がうつ病ならば本来は睡眠をとって休まなければならない状態であり、友人の励ましや思いやりは礼儀正しい彼女にとっては期待に答えければという重荷になってしまったと思う。<br>ところで、川田亜子さんはカウンセリングにかかったのだろうか？どんな病気、体調不良でも、適切なカウンセリングを受けていればと私は思うのである。<br>私はうつ病と付き合いながら、不妊治療を乗り越え、出産した。（ホルモンの関係で、妊娠、出産後の1年間はうつ病は症状が出ないのである。）わが子を見ながら、出産の喜びも知らず、29歳と言う若さで夭折した川田亜子さんに遺憾の意を覚えずにはいられないのである。</p><p>2008年12月28日掲載<br></p>
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<pubDate>Sun, 28 Dec 2008 21:23:31 +0900</pubDate>
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<title>ＣＭ以外の収入源探せ　民放、本業以外に挑戦</title>
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<![CDATA[ <p>2008年8月18日に以下の記事が掲載されました。</p><br><p><font color="#008000">　民放各局が、テレビＣＭの収入が落ち込んでいることに対応して、テレビ番組のＤＶＤ販売や映画への出資事業だけでなく、新たに婚礼事業や小売業にまで手を広げ、新たな収益源に育てて安定収入を確保しようとしている。（山本貴徳、石井重聡）<br>結婚式<br>　東京・お台場にあるフジテレビジョンのスタジオで今月２日、１組のカップルの結婚式が開かれた。式の企画・運営を担当したのは、同社が７月に設立した子会社「ストーリア」。披露宴ではフジテレビの女性アナウンサーが司会を務め、新郎が新婦にプロポーズした観覧車内で２人が思い出を語り合う、というドラマ仕立ての映像も流された。<br>　ストーリアの社長には、人気ドラマ「ウエディングプランナー」のプロデューサーを起用。３年後の黒字化、２０１４年の売上高６０億円を目指す。<br>　ＴＢＳは７月末、雑貨販売店「プラザ（旧ソニープラザ）」の運営会社を子会社化し、小売業に本格参入した。プラザが仕入れた商品をテレビ通販で販売したり、新たな電子商取引サイトを開設したりする。<br>　日本テレビ放送網は、セブン＆アイ・ホールディングスや電通と合弁でネット商店街の運営会社を設立し、１月以降、深夜番組などで企画・開発したバッグや枕などを取り扱う。<br>ＣＭ収入減<br>　民放各局が、テレビＣＭや番組の放映権収入以外の「放送外収入」を増やそうとしているのは、景気の先行きが不透明で企業がテレビＣＭを絞り込もうとしていることに対応するためだ。<br>　特に、番組と番組との合間に流すスポットＣＭは４～６月、在京キー局５局の合計で前年同期に比べて１割減少した。「特需」として期待が高かった北京五輪も、ＣＭの伸びにはつながっていない。<br>　ただ、放送外収入が売上高全体に占める割合は、４割弱に達するフジテレビを除けば、各局とも１～２割程度だ。本業である放送事業と関連性があったり、相乗効果が期待できる分野をどれくらい「開拓」できるかが課題となりそうだ。</font></p><p><font color="#008000">（2008年8月18日  読売新聞）</font></p><p><br>この記事を見た時、フジテレビもついにここまできたかと思った。<br>サブプライムローン問題が表面化したのは今年の4月、そして、9月にはリーマン・ブラザーズの破綻が発表されが、もともとサブプライムローン問題は大手銀行にも影響を及ぼしていたのである。普通の家庭の主婦でさえ、低所得者が家を買えるなんて「何を担保に？」と考えるであろう。普通の家庭の主婦でさえ、税収と言う収入を超える予算を何故立てるのであろうと思う。そんな、国民の不安を払拭するのが、赤字国債を減らした小泉政権であった。現在社会問題になっている非正規雇用や切りより先に、企業はＣＭの予算を絞っていたのである。北京五輪も、ＣＭの伸びにつながらなかった。そして、今後の景気を見越してキー局も「放送外収入」に力を入れるようになった。</p><p>フジテレビのフジテレビのブライダル事業参入は、ドラマ演出のノウハウを生かして、ドラマのセットを使った挙式や女優と同じメーク、出席できない人との中継などが可能らしい。<br>実際に挙式第一号の方は「感動を呼ぶドラマみたいだった」と大喜びだったらしい。<br>きっと、今までに無い挙式や披露宴が出来たに違いない。<br>しかし、今の日本の状況を考えると挙式や披露宴の費用を住宅ローンや今後生まれる子供のための学資資金に回そうと考えてしまうのが本当のところではないか？<br>だから、挙式もフジテレビのアナウンサーやノウハウをどんなに使っても通常の結婚式並みいや、今ではそれ以下にしないときっと駄目だろう。<br>キャリアウーマンで、立ちっぱなしの仕事をする人は、高くともフェラガモを選ぶと言う。履けば履くほどに馴染む、仕事をする女性にとってフェラガモの靴は手放せないのだ。その位、フジテレビがブライダル事業参入するためには「ストーリア」でなければと自分たちの挙式を任せられないというアナウンサーの力量を見せて欲しい。低予算から高予算まで見事に幅広く演出する企業であって欲しい。確かに、キャスターとして報道番組を任せられるのもアナウンサーの花形だ。しかし、「ストーリア」のアナウンサーでなければと言われるのもアナウンサー冥利に尽きるというものである。</p><p>2008年12月28日掲載</p>
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<link>https://ameblo.jp/fe-mc/entry-10184428836.html</link>
<pubDate>Sun, 28 Dec 2008 21:21:02 +0900</pubDate>
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<title>TBSの「世界遺産」が脱深夜</title>
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<![CDATA[ <p>2008年4月15日に日経ネットに下記記事が掲載されました。</p><br><p><font color="#008000">　ＴＢＳ系「世界遺産」がタイトルと放送時間を変えて新しいスタートを切った。ナレーターは第５代の俳優・市村正親に代わった。<br>　番組タイトルは「THE 世界遺産」と４月６日から変わった。放送時間も日曜午後11時30分スタートから、日曜午後６時スタートに格上げ。日本テレビ系「真相報道バンキシャ！」、フジテレビ系「ちびまる子ちゃん」がしのぎを削る視聴率激戦区だ。長さはこれまでと変わらず、30分番組だ。<br>　旧「世界遺産」は1996年４月にスタートしたドキュメンタリー番組。放送開始から13年目を迎え、ＴＢＳの顔と言えるような風格を備えている。<br>　視聴率は５％台と、深い時間帯にしては高い数字を保ってきた。目の肥えた大人の視聴者が録画して見る価値のある番組という評価を確立している。2000年の「イグアスの滝」の回は９％を超えた。<br>　放送回数は既に500回を超えた。第１回で取り上げたのは、ペルーのマチュピチュ遺跡だ。以後、グランド・キャニオン国立公園（米国）やモン・サン・ミッシェル（フランス）など、数々の世界遺産をハイビジョン映像でリポートしてきた。<br>　あえてリポーターを立てず、映像と音楽、ナレーションだけという、抑制の利いた構成にしている。演出過剰を避けた選択が番組の品格を高止まりさせている。<br>　約800カ所ある世界遺産の半数を既に紹介し終えた。残りは半分を切って、いよいよ全件達成に向かうが、初期に取り上げた世界遺産の再訪も期待したい。<br>　格調高い映像美がコアなファンを育ててきた。放送開始から10周年を機に、ユネスコからＴＢＳと番組スポンサーのソニーが感謝状を贈られた。「世界遺産」という言葉を広めた功績も大きい。<br>　市村は59歳で団塊の世代に属する。歴代のナレーターは初代の俳優・緒形直人から、俳優・寺尾聰、オダギリジョー、歌舞伎俳優・中村勘太郎の４人が務めた。10周年記念のスペシャル番組では俳優の高倉健もナレーターとして登場した。<br>　　　　　　　　　（以下略）<br></font></p><p><font color="#008000"><br><font color="#000000">旧「世界遺産」は私の大好きな番組の１つである。記事にもあるが、映像と音響の美しさ、映画のような技巧を凝らしたカメラーワーク、アングルの決め方、、リアルな音響、それが多くを物語っている。たから、映像と音楽、ナレーションだけという構成で十分なのだ。また、この番組の特徴として、『世界遺産』および『THE世界遺産』のナレーションは、語りに長けるアナウンサーや声優などを起用せず、他の機会においてナレーションの経験が少ない俳優を起用している。 私はそれは正解だと思う。優れた映像と音響には過度なナレーターは必要でないからである。<br>私が一番良かったと思うのは緒形直人たった。「The Song of Life」の音楽に合わせて、若々しさを感じさせる声で淡々と語り、番組と最後の音楽の部分に行くに連れ、次第に声の高まりを見せ、世界遺産の将来を約束されたような語りが大好きであった。また、明日から仕事を頑張ろうという気にさせた。寺尾聰はどちらかと言うとデカダンスな雰囲気を醸し出しているし、中村勘太郎も良かったが、緒形直人には適わない。市村正親は劇団四季出身らしく、本人は抑えてるが、単語１つにも正確さを出すために、どうしても声の抑揚が大きくなってしまうのが気になる。<br>結婚式の司会をされる人もひとつ気負わずにこのナレーター方式を取り入れてみたらどうだろう。盛り上がっている場合には、返って良いのではないだろうか？<br>『世界遺産』および『THE世界遺産』はPTAが子供に見せたい番組上位常連の番組であるが私が見ても子供向けの番組ではなく、例えば、私がギリシャ旅行に個人旅行をした時、時間や交通手段を確保できなかったメテオラ修道院や、トルコ旅行の際、時間、交通手段や宿泊施設を確保できなかったトルコのカッパドキアを見に行けなかったが、この番組で堪能することが出来た。実際に行く以上に美しい映像を見せる、そんな番組なのである。２３時半からという時間を考えると視聴者層が限られるため、番組改編で、時間帯も子供も見ることが出来る時間帯になった。しかし、我が家では娘が「ちびまる子ちゃん」を見るので、逆に、めっきりこの番組を見る機会がなくなった。5歳の娘に良い番組だからと言って強制的に見せるわけにも行かず、私だって中学生になるくらいまでは、この番組の価値を見出せないだろうと思う。<br>何故、私が今回このニュースを取り上げたかと言うと、100年ぶりと言われる世界大恐慌を思わせる経済状況の中で、この番組の唯一のスポンサーであるソニーの中鉢良治社長が世界で正社員8000人を含む1万6000人以上を削減すると発表したからである。この番組も他のスポンサーと共同になってしまうかもしれない。<br>私は声を大にしていいたい。頑張れソニー！と。<br>2008年12月22日掲載<br></font></font></p>
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<pubDate>Mon, 22 Dec 2008 11:40:19 +0900</pubDate>
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<title>浅野温子のイケメンＪｒ．ＮＨＫアナデビューしていた</title>
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<![CDATA[ <p><font color="#008000">2008.11.18 08:35産経ニュース</font></p><p><font color="#008000">女優、浅野温子（４７）の長男が今年ＮＨＫに入局し、アナウンサーとしてデビューしていたことが１７日、分かった。岡山放送局に配属されている魚住優（うおずみ・ゆう）アナ（２４）。慶大卒で母親譲りのイケメンだ。トレンディー女優として一時代を築いた母親にならい、トレンディーなアナウンサーを目指す！？<br>　大女優の息子がひそ</font><font color="#008000">かにブラウン管にデビューしていた。役者ではなくアナウンサーとしてだ。<br>　魚住アナは今年入局したてのピカピカの新人。７月下旬から岡山放送局に配属され、地元のニュース番組を中心に、お茶の間に登場し始めた。<br>　ＮＨＫは「家族関係等プライベートにかかわることについては回答を控えたい」（広報部）と公にはしていないが、実は１９８３年に結婚した浅野と作詞家でコピーライターの魚住勉氏（６１）との間に８４年に生まれた長男なのだ。<br>　-----（省略）-----<br>　ＮＨＫ広報部によると、大学卒業後にスポーツ新聞社に就職したが、１年で退職し、同局に転じた。「さまざまな分野の人と触れ合い、それをテレビやラジオを通じて多くの視聴者に伝えることに魅力を感じて」とアナウンサーを志望したという。<br>　-----（以下省略）-----<br></font></p><p><font color="#000000">キー局は、5000～8000人受験して、内定者はＮＨＫについては、例年30人前後。「宝くじ的倍率」といわれる。<br>スポーツ新聞社からＮＨＫに転職したわけだから、特にＮＨＫ－ＣＴＩなどのアナウンススクールなどに通っていたわけではないだろう。（ここは、是非、本人に聞いてみたいところであるが。）本来、マスコミの選考試験は、数十倍から1000倍といった競争倍率になる。新聞社は30倍以上というから、元々才能もあり、前職でのマスコミ対策は心得ているのかもしれない。<br>ＮＨＫは人柄とコミュニケーション能力重視で、決して容姿で選んでいないことが売りの一つでもあったが、近年は容姿も重視した採用を行っているようであるから、新聞社で培ったコミュニケーション能力と記者としての経歴、そして親譲りのイケメンが採用の決め手となったのではないかと思う。ＮＨＫでは東京に異動できるアナウンサーは決して多くない（特に男性は）らしいが、メイン番組で姿を見られるのを楽しみに待っている。</font></p><p><font color="#008000"><font color="#000000">ところで、私の一押しのアナウンサーはテレビ朝日の富川悠太アナである。どちらかというとレポータ中心が多く、地震の被災地、台風の現場、など危険な場所を顧みず向い、いち早い状況を伝えている。また、グルメ特集までこなす幅広さもいい。一昔前はマスコミ関係は早稲田と言われ、私の先輩も別の大学に籍を置きながら早稲田を目指していた。でも、調べてみると、早稲田が多いことも否めないがマンモス校であるから、多いのであって、富川悠太アナを初め、普通の国立大学やメジャーでない大学からも採用されている。今後、この件に関しては調査して報告する予定である。<br>2008年12月15日掲載<br></font></font></p>
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<link>https://ameblo.jp/fe-mc/entry-10178408890.html</link>
<pubDate>Mon, 15 Dec 2008 16:37:43 +0900</pubDate>
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