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<title>小説日記</title>
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<description>男女二人が、リレー小説を、書いていきます。（現在、作者ビョーキのため休載中につき、エッセイと差し替えております。）</description>
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<title>2015/07/05</title>
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<![CDATA[ どんなに寂しくても自分が寂しいだけで<span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">加害者になるばっかりの人間関係</span>だからラブソング聴く権利無いし良い人に出会っても良い人が傷付くから逃げようとして結局加害者だし、じゃあそのつまんない癖治せばいいじゃんって、考えたら、私、幼稚園児の時からそういう女だったって一ヶ月に一回の絶望を感じながら早く明日にならないかな、明日はちゃんと生きたいな、と、思う。自意識が肥大しないように気をつけて、私なんか早く結婚しちゃうか汚いおじさんに殺されればいいのに。SNSにしがみつく時間があるなら無知を怖がりなさい。テレビを見る暇があるなら作品を見て学びなさい。私の価値は最初から無いからとか結局自分の事しか考えないなら仕事をしなさい。<br>
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<link>https://ameblo.jp/feb17dec1/entry-12047053991.html</link>
<pubDate>Sun, 05 Jul 2015 23:14:40 +0900</pubDate>
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<title>電車</title>
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<![CDATA[ 　例えば電車が走っている。記憶＝imageの容器が、クラインの壺みたいなよじれて裏返った平面上でワープしながら繋がる「道筋」を移動する。滑るように。ジャンプするように。実を言うと車輪が動力によって回転しているだけ、接地する一点、微分された世界。そう、回っているのは世界の方、回ってから、四角い筒状の箱（＝「電車」）に引っ掛かって破綻してしまわぬよう、破綻を避けるべく、世界は分割される。瞬間毎に世界が無限に生産される、超高速のシャッターが切り取り続けるシーン、つまり微分。細切れにされて大量に生まれた写真を糸で吊って繋げたガーランド、壁に飾って見ている私は、世界を包括する「大きな」私は、しかし同時に電車に乗っている私でもある。入れ子状に電車の窓の中に思考＝スクリーンとそこに映った窓、の中に窓、の中に…。<br>　第二の「裏返り」を取り結ぶものは何か。微分する私と、微分された私とを同一のものとして成り立たせる構造。シャッターを切り続ける私と、シャッターに切り取られ続ける私とを一致させる…。電車のメタファーに戻る（正確にはメトニミー）。電車が運ぶもの、そしてその車窓に映すものは何か、それは記憶である。車中で思考されるものは、単純に記憶のimageであったり、それらを接続して組み立てられた「計画」だったりする。窓から外を眺める眼が写すものは、常にデジャヴュであって、それは夢に似ている。初めて見たように思えるあるシーンも、実は自分がこれまで見て来たものをコラージュして作り出された絵画でしかない。画家はその人が知っているものしか描けない。なのに知らないものが描かれる。これは「生産」と呼ばれる現象である。既存の材料が組み合わされて新しいものが作られること。常に生産は起こっていて、それは夢を見ることにも、車窓から外を眺めることにも、微分された細切れの世界の写真を観察することにも、幼い子供が見たことのないものに触れる場面にも共通する。あらゆる経験は生産である。例えば電車は、その生産の一つの場なのである。<br>　映画編集者が電車に乗っている。その人は車窓に映るシーンを繋ぎ合わせ、記憶から記憶へとワープを繰り返し、素材から一つの作品＝意味を作り出す。しかしその作品が完結することはあり得ない。生産された一本のフィルムは、途中で枝分かれし、その筋が延びたい方向へ延び、空を飛んだり地中を潜ったりして、錯綜した線が描かれる。地図というよりは路線図――地下鉄の通り道も飛行機の航空路も、原子力潜水艦が潜航する秘密の海図も一緒くたに描かれた――であり、毛細血管というよりは皮膚と消化器官とその隙間を充たす体液の関係に近い。どこでも裏返り、どちら側も表であり裏でもあるような表面、冒頭で「クラインの壺」と喩えられたある表面。大地と空と海とimageとが全て地続きの一枚の表面上に描かれ、自由に接続している。夢の中で起こるワープや、気づかれない速度で為される登場人物の置換を思い出せばわかり易いだろう。時間的にも空間的にも微分された世界は、めちゃくちゃにコラージュされる。<br>　シーンへと切り刻んだものはシャッターではなく、車輪だった。車輪は動力によって回転するが、回っているのは世界だった。世界がぐるぐる振り回されて、各々飛び散って行って自由に繋がっている。そうして描かれた線の上を、電車が走っている。いつの間にか四角い筒状の容器は、その下から支えていた車輪から離脱している。記憶の乗り物は、終わりのないフィルムの上を走らされる。飛行機であり潜水艦であり、私達とは違ったレーダーを備えたモグラでもあり、地図も経験の蓄積をも持たずに歩き散らす迷子の子供でもある、ただ自由な乗り物。車輪なり水かきなりが、世界を掻き分けて進んで行く。運動に伴う時間の進行は世界をバラバラに切り刻む。乗り込んだら、車窓から映画を観て、路線図を引っ張って、でたらめな動きをして、いま自分がどこを走っているのか現在地を失ってテレポーテーションを手に入れる。分厚い雲が覆っている、それもスクリーン。手すりから身を乗り出すと、あまりに広くて間に何もなくてどこへも行けない気分になる。手持ちのカードは少な過ぎて、これを継ぎ接ぎしたところで一体どこへ行けるっていうんだ。酩酊だけが移動を可能にするのか。足りない、回転が足りない、微分が足りない、もっと細かく、時間の圧縮は後からついて来る、筋道を立てたければもっと細かく、まだ気づいていない迂回路や補助線が、移行のための通過成分が、表面に上って来るまで、表面が沈み込んで行くまで、筒状の容器を細かく震わせる、世界を痙攣させる必要がある、反復が開始する。繰り返し電車に乗っている。繰り返し電車は走っている。その都度一回切りの線が引かれ続ける。
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<link>https://ameblo.jp/feb17dec1/entry-11888876731.html</link>
<pubDate>Fri, 04 Jul 2014 21:22:29 +0900</pubDate>
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<title>1-2</title>
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<![CDATA[ 壇上に並ぶ転校生たちが先生の合図でお行儀よくお辞儀をする。ぼくは体育座りの膝に顎を乗せながら、明後日から始まる給食なんだっけなー。献立表見たんだけどなぁ。と、興味のないフリをしながら眺める。だいたい皆同じ顔に見える。<br>　斜め後ろに座っている女子は男子の転校生をコソコソと指さしながら「あの子かっこいいー。うちのクラスにこないかな！」「あの子ドッヂ弱そうじゃない？」と勝手な事を言っている。<br>体育館の床に貼られた何の印なんだかよくわからないビニールテープを指でカリカリと剥がしながらぼくは、恥ずかしいくらいドキドキしている心の中を何か別のどうでもいいことでいっぱいにしてやろうとしていた。先生が一人ひとりのクラスを発表していった。<br><br><br><br>　結局、ぼくのクラスの四年二組が呼ばれることはなかった。体育館から一言も友達と話をすることなく教室へ戻り、いつも通りの休み時間が来た。教室ではそれぞれが好きな友達同士で集まり、春休みにディズニーシーへ行っただの、大阪に行ってかに道楽の店頭のカニを見ただの、春休みに起こったことを自慢していたり、女子グループのピアノを習っている子がオルガンを自慢げに弾いていたり、図書室で借りてきた本を読んでいる子がいたりしたが、ぼくは誰とも話さずに、話そうとは思えずに教室を出た。<br><br>　自分で洗い、真っ白になった上履き（バケツに入れて置いておいてもお母さんは自分で洗いなさい、と洗ってくれなかった。）で廊下を滑るように歩いていく。四年三組からも四年四組からも雑談の声が聞こえて、だいたい同じ世界が広がっている。渡り廊下にある段差のすみっこ腰掛け、鉄臭い柵にもたれかかった。校庭の土や楠の匂い、時々隣の校舎にあるトイレの臭いがした。<br>「ふん、ふふふん、ふん、ふー」<br>何の曲でもないオリジナルの歌をうたう。ここはぼくが3年生の初めの頃、道徳の授業中に絵を描いていると先生に「授業を聞かないなら出ていきなさい」と怒鳴られて学校中を歩き回った時に見つけた、秘密の場所。確かその時、誰かの筆箱が隠されたとかの問題が起きて、先生が黒板に「人の気持ちを考えよう」なんて書いて大きな声で何か必死に話していた。ぼくは人の気持ちを考えたり空気を読むなんて難しい事は出来ない。ましてや筆箱を隠すなんてそんな事した事がない。だからぼくは関係無いと思い絵を描いていた。家の近くに咲いていた紫陽花の絵だった。反省なんてしてなかったし、なんだかこっちが怒りたい気分だったっけか。<br><br>大きく伸びをしたところで、トイレの臭いがする隣の校舎から声が聞こえて来た。<br>「お世話になります。どうぞよろしくお願いします。」<br>「はいこちらこそ。よろしくお願いします。」<br>大人同士へこへこと頭を下げあっている様子が見える。多分うちの先生と誰かのお母さんだろう。誰のお母さんなんだろう。<br><br>「きよちゃん、これからよろしくね。」<br><br>ね、きよちゃん。と先生が誰かのお母さんの背後を覗き込んだ。きよちゃんのお母さんは背後に隠れる女の子を引っ張り出し、ほら、挨拶は。と促した。きよちゃんは声を出すことは無く軽いお辞儀をしただけだった。<br>「ではこれで失礼します。今日はすみません、始業式出せなくて。」<br>「いえいえ大丈夫ですよー。お母さんお忙しいんですから。無理なさらないでくださいね。あ、これ名札ね？」<br>きよちゃんは名札を握って、お母さんと先生をほっぽってこちらに歩き出した。<br>「あっ、ちょっと！…すみません」<br>「ふふふ、いえいえ。では失礼しますね。」<br>先生は半分後ろ歩きになりながらきよちゃんのお母さんにお辞儀をして、きよちゃんを追う。もしかすると、ていうか確実にうちのクラスに転校してくるんだろう。<br>始業式の時のドキドキがまたみぞおちと呼ばれるあたりからせり上がってくる。それはきよちゃんがぼくの目の前に立った時にもっと激しくなった。<br><br>「四年二組なの？一緒。」<br>渡り廊下に座り込んだぼくは、初めてきよちゃんの声を聞いた。<br>
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<link>https://ameblo.jp/feb17dec1/entry-11863911655.html</link>
<pubDate>Wed, 28 May 2014 12:31:01 +0900</pubDate>
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<title>1-1</title>
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<![CDATA[ <p>　朝ごはんはパンと味噌汁、いちばん苦手な組み合わせだ。溶けかけのワカメと崩れつつあるジャガイモを一息に流し込み、玉ねぎと残りの味噌汁をずるずるとすする。お碗の底に煮干しと大豆の滓、玉ねぎが透明な糸を引いてる、流し込む。マグカップに入ったお茶で口の中をリセットしてから、６枚切りの食パンにたっぷりマーガリンを塗って、もしゃもしゃ食べ始める。向かいには妹が座ってる。おいしそうに味噌汁を飲んでる。<br>　お母さんは４月から仕事に行き出してるから、ぼくと妹が朝ごはんを食べ始めるのを見届けて家を出る。今日からは朝の食器洗いはぼくの仕事だ。このお手伝いと、毎週月曜日の夕方に妹をプールまで送ること、四年生になって変わったことはそれぐらい。<br>　水を出しっ放しにして食器を洗ってトレーにきれいに並べて乾かして、先に靴を履いて待ってる妹と一緒に玄関を出る。まだ初日だし、今日は余裕をもって家を出られた。いつもは一人でこの階段を四階から下まで一気に駆け下りる。集団登校のほかの人達はもうみんな揃っていた。出発の７時５０分に間に合わずに一人で後から追いかけるときは、朝からミジメな気持ちを味わうけど、「近道」を通って行けるからひそかに嫌いじゃないと思ってる。今日は通らない小道を尻目に、集団登校の列のいちばん後ろをぼくはのろのろとついて歩いた。<br></p><br><p>　三年から四年に上がるときはクラス替えがない。先生も同じだ。教室と下駄箱の場所だけ変わる。それなりにわくわくして新しい場所を確認して教室に入り、まだ落書きのない白い机についてみる。ロッカーにもまだプリントや教科書が何も入ってなくて、クラスの周りの顔は一緒だけど、新しい学校生活が始まる感じがしてうれしい。ぼくは整理整頓があんまり得意な方じゃないらしい。通知表「あゆみ」の生活欄にいつも「もう少しがんばりましょう」みたいな事を書かれてる。教科の欄はほとんど「よくできる」なのに、生活欄は「できる」ばっかりで、ぼくはいつもその「できてない」ところをお母さんや先生に言われてる。でもいまはきれいな机とロッカーだ。机に落書きはすると思うけど、引き出しやロッカーの中は、今日からは整然とした状態を保たん、と決意する。そんなそわそわする気持ちを隠すようにして、これから一年つき合うその新しい机のベージュの天板に顔をうずめてみた。</p><p>　先生が来て、朝の会をして、それから始業式をしにみんなでぞろぞろと体育館に向かった。古い校舎と違って、ぼく達が入学するすぐ前に新しく建てられた体育館は、入るとエントランスの部分だけ、ペンキかシンナーみたいな変な薬品っぽい匂いがする。その匂いをくぐって板張りの館内に着くと、四年生の場所にクラス毎に背の順で男女別れて並んで座った。ぼくは前から３番目だけど、もうすぐ身体測定があって４番か５番ぐらいになるような予感もする。まあ１番前か２番とかじゃなければ喋ってても先生から見えない（と思っている）からいいや、とも思うけど。朝の体育館には大きな天窓から光りが差し込んで、空中できらきらしてる。</p><p>　みんなで校歌を歌ったり校長先生の話を聞いたり、いつもの始業式が進んで、４月からこの小学校に来た新しい先生の紹介があって、最後に転校生が壇上に上がった。それまで近くの友達と喋ったりぼんやりしてたぼくも、このときだけは耳をそばだてて前に注目した。どうせうちのクラスには誰も来ないんだろうなあ、って半分思いながらだけど。</p>
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<link>https://ameblo.jp/feb17dec1/entry-11863450161.html</link>
<pubDate>Wed, 28 May 2014 01:43:22 +0900</pubDate>
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