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<title>菜之花の欧州寝言</title>
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<description>欧州で育ち生活する世捨て人が何となく書き散らす戯言いろいろ</description>
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<title>ハンブルグご案内カテゴリはお引越しいたしました</title>
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<![CDATA[ 　この度、ハンブルグgo!案内コンテンツは別サイトで続けることとなりました。<br>　新しいサイトのアドレスは<br>　<br>　http://blog.goo.ne.jp/fischchen<br><br>　です。<br><br>　あちらで続きを書いておりますので、宜しければいらしてくださいませ。<br>　画像はあちらの方が若干見易いかと思います。<br><br>　いらして下さった方々には誠にお手数ですが、あちらでも是非宜しくお願いいたします。
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<link>https://ameblo.jp/fischchen/entry-12053090623.html</link>
<pubDate>Tue, 21 Jul 2015 22:25:12 +0900</pubDate>
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<title>死人の箱にゃ、15人！</title>
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<![CDATA[ 　Fifteen men on a dead man's chest<br>　Yo ho ho and a bottle of rum<br>　Drink and the devil had done for the rest<br>　Yo ho ho and a bottle of rum.<br><br><br>　死人の箱にゃ15人<br>　ヨ、ホ、ホー、おまけにラム酒が一瓶だ<br>　残りは酒と悪魔がやっつけた<br>　ヨ、ホ、ホー、おまけにラム酒が一瓶だ<br><br><br>　ご存知スティーヴンソンの名作「宝島」のメインテーマとも言える海賊の歌です。読んだことがない人さえ、この歌詞は知っているんじゃないかな。「死人の箱」というおどろおどろしい言葉も印象的ですし、酒と悪魔というコンビも、また掛け声のヨ、ホ、ホーも荒削りで怖いようなわくわくするような。<br>　小説の冒頭に、元海賊だった「船長」がラム酒を煽りながら毎日のようにがなりたてる歌。また、後ほど宝探しに出るヒスパニオーラ号でも出航の際、まんまと船に乗り込んだ海賊、一本足のシルバーが歌っています。読者としては遅くともここで「あれ？これって海賊の歌では……」とはらはらするところですね。<br><br>　この歌の歌詞はスティーヴンソンの創作ですからメロディはないんですが、内容はおそらくエドワード・ティーチ船長の話ではないかと言われています。これは実在した海賊でして、別名の「黒髭船長」として有名ですが、この人についてはヴァージニアの孤島に手下を15人、剣一振りと衣類の箱一つだけつけて置き去りにした、というエピソードが残っているんですね。宝島にもあるように、孤島に置き去りの刑は遅かれ早かれ死を意味しているもの。誰もがベン・ガンみたいにサバイバル出来る訳じゃない。増してやアル中や持病持ちが多い船乗りですから（当時の船乗りたちは船上の重労働が祟って、大抵鼠径ヘルニアを患っており、その上衛生上にも問題ある生活を送っていましたから、余り長生きできなかったようです）<br><br>　というわけで、歌詞は犯罪や海賊たちの荒れた生活を語っているわけですが、彼らが好んでこれを歌うのはそれだけではないんです。何より大事なのはこの歌が「作業歌」ということでして。<br><br>　「何か歌をやってくれよ、焼肉台」と一人が叫ぶ。<br>　「古いやつを一つな」と別の者が叫んだ。<br>　「分かったぜ、兄弟」と、松葉杖に凭れたまま横に立っていたのっぽのジョンは言って、突然私が余りにも良く知っているあの歌を歌い始めたのだ――<br>　「死人の箱にゃ15人――」<br>　そこで船乗り一同が揃って続きを歌った。<br>　「ヨ、ホ、ホー、おまけにラム酒が一瓶だ」<br>　そして三度目の「ホー」のところで、彼らは全力でキャプスタンを回したのだった。<br><br>　……実は船乗りが歌うものには俗に言う「船乗り歌」と、「シャンティー」と呼ばれる「作業歌」という二つのジャンルがあります。<br><br>　船乗り歌は主に船頭（英語でForecastle)に立って見張りをする者が歌うので、フォアカースル・ソング、または見張りがその際、船の杭（英語でForebitt)に座ることから、フォアビッターとも呼ばれました。これはバラード調のものが多く、一つの物語になっているものもあって、通常一人で歌うものです。というわけで、私たちの感覚から言えば「歌曲」に近いかもしれませんね。内容的にも「船乗りのロマンス」と言われるホームシックとか恋歌とか冒険心とか、つまりは素人の私たちが船乗りに憧れる要素がたっぷりです。宝島の冒頭に出てくる例の乱暴者の「船長」は、時々古びたロマンス風の歌を歌って主人公を驚かせるんですが、おそらくこちらはフォアビッターだったんではないかと菜之花は考えています。<br><br>　それに比べ、「シャンティー」の方は明らかに船での作業を行う為の歌でした。<br><br>　船では錨を引き上げるにしても、帆を操るにしても、全て大人数が同時に同じことをしなければならない作業が多く、そのタイミングが決め手となります。古代のガレア船には叫び声やティンパニによってオールを漕ぐリズムを教える音頭取りが必ずいたものですが、「シャンティー」にも似たような意味があります。つまり、ここでも一人の音頭取りがソリストとして歌い、後から他の船乗りたちがリフレインを一緒に歌うことによって、作業のリズムを合わせるんですね。<br><br>　しかも錨を引き上げる時のリズム、ロープを引く時のリズム、帆を上げる為のリズムなど、作業によってそれぞれのタイミングがありますから、単に「船上の作業歌」では説明しきれないのが面白いところです。<br><br>　例えば「ハウリング・シャンティー」はロープを引く時に歌われるもので、リフレインには長く伸ばして歌う音が必ず入っています。有名な「ジョン・カナカ」は典型的なハウリング・シャンティーですが、これは長くて太いロープを思い切り引っ張る時の作業歌なので、「ロング・ハウラー」と呼ばれました。<br><br><br><br><iframe width="480" height="270" src="https://www.youtube.com/embed/9qxXfh2mfQk" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br><br><br>　<br>　ロープが短かかったり、ポンプで水を吸い出す作業の場合は、延々と続く角ばったリズムの「シーツ」や「ポンピング・シャンティー」が一同の細かい動きを纏めます。<br><br><br><br><iframe width="459" height="344" src="https://www.youtube.com/embed/bbJArDQ84bU" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br><br><br><br>　船では決して欠かせないのは錨を上げる作業。上記のスティーヴンソンの描写にもありますが、これもなかなか大変です。昔の船にはキャプスタンと呼ばれる幾つもの穴が開いた大きい絞盤があり、この穴に鉄棒を突っ込んでそれをハンドル代わりにし、複数の船乗りがキャプスタンの周りを廻るように歩くことによって、錨の鎖を巻き上げていました。<br><br>　で、此処でちょっとスティーヴンソンさんは何か勘違いしてたんじゃないかな、と思えることが……<br><br>　キャプスタンの周りをリズムカルに歩く作業ですから、兎に角歩調を合わせて歩き易い曲でなければならない。「ヒーヴィング・シャンティー」と呼ばれるこの歌は、例えばこの有名なものの様なリズムが多いんですね。<br><br><br><br>　<iframe width="480" height="270" src="https://www.youtube.com/embed/E_RWtdm81WU" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br><br><br>　<br>　となると、スティーヴンソンさんの描写している「三度目のホー」でキャプスタンを回す、というのはおかしい、ということになってしまいます。大体キャプスタンは常に回し続けていなければ鎖が反動で戻ってしまいますし、一時的に力を入れて巻くものではなく、歩きながら少しずつ巻き上げていくもの。「三度目のホー」で力を入れる「死人の箱にゃ15人」は、どうも錨を引き上げる為の作業歌ではなく、帆を操る時のハウリング・シャンティーに属するとしか考えられないのですが……。<br><br>　ところで再び「宝島」の初めに登場する謎の「船長」ですが、この人、酔っ払っては「死人の箱」を歌い、周りに迷惑をかけている、と主人公は零しています。何よりうざいのは、この歌を歌う時に宿屋の他の客がリフレイン部分を一緒に歌ってやらないと、ご機嫌を損ねて乱暴することですが……<br>　彼が海賊船であっても「船長」であり、この歌が作業歌だということを考えると、リフレインを誰も一緒に歌わない、というのは、つまり船乗りたちが怠けている証拠なんですね。だからこそ、誰も歌ってくれないと怒る。周りが構ってくれないから怒るわけではなく、船長として、作業の音頭を取る者として、やる気のない手下共に怒っているわけです。<br>　泥酔しているから自分が船ではなく宿屋にいることにはおそらく気付いていないのでしょう。そこまで酔っているのにそれでも尚、歌を通じての船乗りたちの働き振りには厳しく、情け容赦ない。そしてどんなに酔っていても、もう海賊として引退していても、歌うものは相も変わらず「作業歌」。<br><br>　そんな一途に海で生き抜いた、この老人の海の男らしいかっこいい姿。彼も結局はラム酒と悪魔にやっつけられてしまいますが、いろいろなシャンティーを聴いていると、船で歌いながら手下共の尻を蹴飛ばしている、彼の過去の勇姿が目に浮かんできますかも。<br>
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<link>https://ameblo.jp/fischchen/entry-12044004159.html</link>
<pubDate>Sun, 28 Jun 2015 06:53:50 +0900</pubDate>
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<title>ポピュラーな協奏曲。いや、ポポラーな協奏曲……？</title>
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<![CDATA[ 　クラシック愛好家にとっては時々「え、何この贅沢極まりない豪華キャストは！」と驚くものがあります。<br><br>　オペラだったら主役は勿論のこと、ちょっとだけ出る端役も全て一流どころ、指揮者もオケも特級品、しかも演出や舞台美術まで有名な芸術家が受け持って……というところですか。<br><br>　史上、最も「神レベル」のレッテルを貼られるべきは、何と言ってもかの有名なディアギレフ率いるバレエ・リュス団の公演じゃないでしょうか。何しろ今の時代の人間にとっては信じられないほど豪華な名前がずらりずらりと。<br>　例えば「パラード」という作品は台本がジャン・コクトー。音楽はエリック・サティ。振り付けはレオニード・マシーン。そして舞台美術と衣装のデザインはパブロ・ピカソ。<br><br>　……丸のままサザビーズやクリスティーズのオークションに出したら、絶対値がつかないんじゃないかと思えるほどの顔触れですね。<br><br>　一体全体どんな壮大な作品なんだと畏まりたくなるんですが、実際の内容はシュールなサーカスの出し物を見ているみたいな変なお話、音楽はタイプライターやらピストルやらを楽器として使ったもの、舞台美術は奇妙なスカイラインを背景に、訳の分からんでかい張子の箱みたいなものを被った踊り手たちがこれまた訳の分からない機械的な動きを披露するという、実に不思議な約二十分間の世界。それが悪ふざけやおちゃらけには見えず、かといって高尚過ぎて取っ付き難いわけでもなく、単にとても洒落たエスプリの戯れと思えるんですから、やっぱり天才は凄いね。<br><br>　同じくバレエ・リュス団の作品である「青列車」もなかなか。演出はあの天才ニジンスキーの妹ブロニスラヴァ・ニジンスカ、音楽はダリウス・ミヨー、舞台美術と幕はピカソ、衣装はココ・シャネル。だけど内容は「パラード」同様、一体何が何だか分からねぇんだ。分からないんだけど何気なく豪華で、無駄に洗練されている。セレブってこんなものさ、と思えてしまうんですが、実はそれこそがこの作品のメインテーマでもあるので、結局話の筋を通じてではなく、雰囲気のみで自然と何を言いたいのかが伝わってきてしまうんですな。これも凄いもんだよ。<br><br>　さて。<br><br>　本日ご紹介したいのはオペラでもバレエでもなく。<br>　キャストはやはり一流ばかり。何しろ指揮者は日本人として初めてウィーン・フィルと演奏した岩城宏之さん。そしてソリストはオランダの名ピアニスト、ダニエル・ワイエンベルグ。オーケストラはロッテルダム交響楽団。<br>　うん。これだけ揃えば、素晴らしい演奏を期待できそうです。<br><br>　……とはいえ、曲の題名はちょっとおかしいんですが。<br><br>　「ライゼンシュタイン作のポピュラー協奏曲」<br><br>　あのー、ポピュラー協奏曲ってなんすか。自分の作品に「ポピュラー」なんてつけるような自意識過剰な作曲家がいるのかよ（結構いたりして）。大体、作曲者のライゼンシュタインって誰なんです。曲名以前にそれを作った人が全くポピュラーではないんですけど。<br>　<br>　……あ、違った。題名は「ポポラー協奏曲」でした。別名は、ええと……<br><br>　「全てのピアノ協奏曲をぶちのめすピアノ協奏曲」。<br><br>　…………。<br><br>　何じゃ、こりゃー！<br><br>　――はい。こういう曲です（注：動画はモノクロです）<br><br><br><br><iframe width="459" height="344" src="https://www.youtube.com/embed/Bfoyyn6exDM" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br><br>　実はこの曲、英国のコメディアンだったジェラルド・ホフナングの数多いジョーク・コンサート用に書かれたものです。指揮者とピアニストとの争いが面白いので、今でも時々コンサートでコントのように演じられる曲ですが、誰にでも出来そうで、実際にはそう簡単に演奏出来るものではないとか。<br>　まず、指揮者もピアニストも相当実力がなければ無理ですかも。オケもソリストも合うべきところはぴったりと合わなければならないし、切り替え部分やリズムはかなり難しい。また、ピアニストも超絶技巧的なこの難曲を余裕で弾けなければ面白くない。何度か聴いてみると分かると思いますが、ワイエンベルグはグリーグである部分やラフマニノフの箇所など、幾ら冗談でもやはり名人級の腕前を惜しげもなく披露してくれています（実際この人のプロコフィエフの協奏曲の録音など本当に素晴らしいです。正直、リヒテルやベロフより上手いかも）<br><br>　だけど。<br><br>　やっぱり内容は無駄にお洒落で非常に贅沢なお遊びですね。豪華で完璧でありながら、如何にも戯れの世界。だからこそ、バレエ・リュスに劣ることなく大変貴重なのかもしれませんが。<br><br>　芸術ってさ。<br><br>　こういう面ももっとあっていいんじゃないかと思っている菜之花なのでありました。<br>　<br>
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<link>https://ameblo.jp/fischchen/entry-12043655386.html</link>
<pubDate>Sat, 27 Jun 2015 08:56:19 +0900</pubDate>
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<title>ウィリアム・ウォルトン：「ダフネ」</title>
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<![CDATA[ 近いうちにブログ再開を目論んでいる菜之花でございます。<br>　ですが、ちょっとまだいろいろな資料が揃わない為、今しばらくお待ちくださいませ。<br><br>　わざわざいらして下さった方にはせめてのお詫びに、暫くの間は菜之花の好きな音楽などをご紹介いたします。<br>　ジャンルはクラシックからヘビメタまで何でもあり。<br>　拙いながらにちょっとした解釈もつけておきますぜ。<br><br>　というわけで。<br><br>　記念すべき一曲目は菜之花が大好きなウィリアム・ウォルトン卿の作品です。<br>　ウォルトンさんは英国の近代作曲家の代表ともいえる方で、ジョージ六世（あの映画「キングズ・スピーチ」の王様ですね）の戴冠式行進曲や、その娘にあたるエリザベス女王の戴冠式にも行進曲を作曲したり、あのバイオリンの天才ハイフェッツの為に協奏曲を書いたりと、数々の名曲を残しています。<br>　行進曲だけ聴いているとエルガーに似たところがあるんですが、エルガーに比べてずっと上品で格調高く、それでいて大変聞き易い曲が多いですね。でも、この人の交響曲や弦楽四重奏など、必ずしも一般向けではない作品は、如何にも近代らしく大胆なものもあるんですが。<br><br>　然し、この人の真価は歌曲にあるのではないかと菜之花は思っております。<br>　作風がこれと定まっていない人でしたから、シェークスピアの詩ならルネッサンス風、マザーグースは童謡風、中にはジャズっぽいのやらフォークっぽいのやらと、よくもまあここまで書き分けたと驚くばかり。しかもどれもなかなかお洒落で、畏まってコンサート・ホールで拝聴するよりは、高級酒のおつまみにしたいような。<br><br>　ここで紹介してみるのは1932年に作曲された「ダフネ」という歌曲です。<br><br>　歌詞はイギリス王室の遠縁に当たるエディス・シットウェルさんのもの。これまた英国の近代ポエムの大御所とも言える人ですが、ウォルトンは彼女の「ファサード」という詩集も組曲として作曲しています。<br><br><br><iframe width="480" height="270" src="https://www.youtube.com/embed/CYhwheyEpww" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br><br><br>　如何ですか。<br>　この曲、旋律がR.シュトラウスに良く似ているんですね。シュトラウスも「ダフネ」というオペラを書いていますが、その幻想的な雰囲気を思い出させるような、ちょっと印象派的な曲です。<br>　この歌詞もまた不思議なもので、こんな感じです（和訳もつけてみました）<br><br><br>　　　When green as a river was the barley, <br>　　　Green as a river the rye, <br>　　　I waded deep and began to parley <br>　　　With a youth whom I heard sigh. <br>　　　" I seek, " said he, " a lovely lady, <br>　　　A nymph as bright as a queen, <br>　　　Like a tree that drips with pearls her shady <br>　　　Locks of hair were seen. <br>　　　And all the rivers became her flocks <br>　　　Though their wool you cannot shear, — <br>　　　Because of the love of her flowing locks . . . <br>　　　The kingly Sun like a swain <br>　　　Came strong, unheeding of her scorn, <br>　　　Bathing in deeps where she has lain, <br>　　　Sleeping upon her river lawn <br>　　　And chasing her starry satyr train. <br>　　　She fled, and changed into a tree — <br>　　　That lovely fair-haired lady . . . <br>　　　And now I seek through the sere summer <br>　　　Where no trees are shady. "<br><br><br>　　　麦が川のように青く<br>　　　ライ麦の川のように青い時期<br>　　　私は深い水の中を徒渉しながら<br>　　　溜息をついている一人の青年と話し始めた。<br>　　　「私は探しているのだ」と彼は言った、<br>　　　「美しい女性を。女王のように輝くニュンペーを。<br>　　　その巻き毛からは影が真珠のように零れ落ちていた。<br>　　　まるで木であるかのように。<br>　　　そして全ての川が彼女の羊の群れだった、<br>　　　彼らの毛を刈ることは出来なくとも。――<br>　　　彼女の巻き毛に憧れた<br>　　　王である太陽神は田舎者のように<br>　　　力強く現れ、彼女の軽蔑を無視して<br>　　　彼女が横たわっていた深みで水浴びしようとし<br>　　　彼女の川の岸にある草むらで寝ようとし<br>　　　そして彼女の星のようなサチュロスの行列を追った。<br>　　　彼女は逃げて、木に変身した――<br>　　　あの美しい金髪の女性が。<br>　　　そして私は今、木々が日陰も与えてくれぬ乾燥しきった夏の間、<br>　　　ずっと彼女を探し回っているのだ」<br><br><br>　大変牧歌的で、ギリシャ神話らしい内容ですが、結構いろいろと追求したくなります。<br><br>　――そもそも、この「私」とは誰なのか。<br><br>　全く当然のように深い水の中を歩き回っているんですから、もしかしたらダフネと同じくニュンペーかもしれない。<br>　青年はアポロン自身ではないかと思えます。あの有名なギリシャ神話にあるように、振られても振られてもダフネを追い掛け回して、彼女が月桂樹に変身するほど追い詰めてしまった太陽（本当は光明ですが）の神様ですね。その後日談としてアポロンが彼女を捜し求めている、という感じでしょうか。<br><br>　ですが、「私」はこの悲恋の話を聞いていても、全く感情の動きを見せません。青年の最後の一節は聞き手としては少し同情したくなるのですが（特にギリシャのあの厳しい夏のことを考えると。あの乾燥した猛暑は半端じゃねぇ）、ウォルトンは初めと同じ旋律で曲を終えて、まるで「私」にとっては「あー、そうですか」と棒読みで答える程度のことかのような印象を与えています。僅かに動揺を伺わせるのは、変身の下りの箇所だけ。<br>　となると、ひょっとして「私」は何とダフネ自身だった、ということもありうるんですね。木になっているから彼には分からない。深い水の中を徒渉、というのも、木の根が川の中にまで張っていたらそういう感じかもしれませんし。そして神話でも言われているように、未だにアポロンさんの感情には何の関心もなく、単に聞き流してしまっているのかも。<br><br>　そうなるとアポロンさんはダブルに哀れ、ということになっちゃいますが（まあこの神様は恋愛に関しては常に哀れな立場にあるようだけど。超絶美形のイケメンがこれだけ振られるのはギリシャ神話ぐらいじゃないだろうか）<br><br>　神秘的な音楽にして神秘的な歌詞、そして神秘的な内容の題材。<br>　寝酒のおつまみにでもして、お楽しみくださいませ。<br>　
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<pubDate>Fri, 26 Jun 2015 08:57:22 +0900</pubDate>
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<title>クラシックファンの皆さんへ、箸休め程度に</title>
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<![CDATA[ 日本語の完訳が見つからなかったので、ちょっと暇潰しに。<br><br>名指揮者セルジュ・チェリビダッケに同じく名指揮者のカルロス・クライバーが宛てた有名な文章です。<br><br>当時、シュピーゲル誌にチェリビダッケについての記事が出たんですが、そこで彼が口にした他の名指揮者たちに対する評価というか、罵倒が引用されてたんですね。それによると、カラヤンは「恐ろしい。彼はいいビジネスマンか、そうでなければ耳が聞こえない奴なんだろう」クナッパーツブッシュは「醜態だ、果てしなく非音楽的」トスカニーニーは「音符工場に過ぎない」ベームは「ジャガイモ袋（デブ＋ダサくて動きがどん臭い人間という意味です（汗））、生涯一度として音楽的に指揮したことがない」と散々なこき下ろしなのですが、それを読んで切れたクライバーが亡きトスカニーニーに成りきって、次のような「天国からの電報」を送ったわけです。<br><br>クラシック音楽好きさんには注釈は要らないと思いますが、分かり難いところは括弧にそれぞれ名前を入れておきました。<br><br><br>「トスカニーニー（天国）より、チェリビダッケ（ミュンヘン）宛て<br><br>親愛なるセルジュ！<br><br>我々はシュピーゲル誌であんたの話を読んだよ。あんたはうざったいが、我々はあんたを許してやる。そうせざるを得ないのだ、こちらでは「許す」というのがマナーなんでね。ジャガイモ袋のカーリー（ベーム）はちょっと文句を言っていたが、クナー（クナッパーツブッシュ）と私が彼を説得して、君には音楽性があるよと言ってやったら、くよくよするのを止めたがね。<br><br>ヴィルヘルム（大御所中の大御所、フルトヴェングラーのこと）は急に、あんたの名前なんか聞いたこともない、と言い張るんだ。パパ・ヨーゼフ（ハイドン）、ヴォルフガング・アマデウス（モーツァルト）、ルードヴィッヒ（ヴァン・ベートーベン）、ヨハネス（ブラームス）とアントン（ブルックナー）は、第二バイオリンは右側に座らせた方がいいと言うし、大体あんたのテンポは全部間違っていると言っている。ま、皆そんなことは屁（原文では「汚物」）とも思っていないがね。天国では屁なんかには構っちゃいられないんだ。ボス（神様）が嫌がるからさ。<br><br>隣に住んでいる禅宗の老師は、あんたが禅を全く間違って解釈していると言っている。ブルーノ（ワルター）はあんたの言葉にげらげら笑っていた。どうも奴はカーリーと私についてのあんたの意見には賛成しているんじゃないか、と疑っているんだが。機会があったら偶には奴の悪口も言ってやってくれ、そうじゃないと仲間外れになったと思い込むからな。<br><br>あんたには大変お気の毒なんだが、こちらでは皆カラヤンに熱狂していて、指揮者たちはちょっぴりだけ彼に嫉妬しているぐらいなんだ。我々は十五年から二十年後に彼をここで歓迎できることが待ち遠しくてね。あんたがその時、一緒でないことは大変残念に思うよ。だけどあんたが行くだろう場所の方が料理は良く煮えていて、オーケストラは休む暇なく練習しているらしい。何でも彼らはわざと間違って、あんたが永遠に彼らを訂正できるようにしてくれるそうだ。<br><br>あんたにはそれが大変気に入ると思うよ、セルジュ。天国では天使が作曲家の目から全てを読み取ってしまうので、我々は聴いているだけで済んでしまうんだ。私がどうしてここへ来たのか――それは神のみぞ知る、ということだな。<br><br>それじゃせいぜい楽しんでくれ。親愛を篭めて、アルトゥーロ」<br>
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<link>https://ameblo.jp/fischchen/entry-11231052346.html</link>
<pubDate>Mon, 23 Apr 2012 08:06:39 +0900</pubDate>
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<title>偶には焦熱地獄を味わいつつ、手作りの木などいかが？</title>
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<![CDATA[ 　あけましておめでとうございます。去年はいろいろな方にすっかりお世話になりまして、誠にありがとうございました。今年もどうか宜しくお願いいたします。<br><br>　ライフに参加なさらない皆さん、長らくご無沙汰しております。二年もちゃっかりブログを休ませて頂いた菜之花です。<br>　本当は去年復活する予定だったのですが、仕事が忙しかったり、体調を崩したりで、なかなか書き出す勇気がありませんでした。<br>　（誰ですか、ライフで先行狙って収穫ばっかりしてるからだろ、なんて仰るのは。新年早々、本当のことを言っちゃいけませんってば）<br>　ところがこの度、ライフの水友さんからブログテーマのリクエストがありましたので、図々しくもこそこそと応じさせて頂きます。<br><br><br>　去年は茶の木やら、栗やら、桃やら…と庭が幾つあっても足らないような悪評高い「木クエスト」に悩まされた皆々様、本当にお疲れ様でした。水友さん方のお洒落なデザインだったお庭が次々と樹海に呑まれていく光景は、何だか木に食われているようで、ちょっと心痛むものがありましたな。因みに菜之花の庭は初めから崩壊してますので、これからバオバブの木が出てもどんとこい！ですが（何を言うかお前は）<br><br>　というわけで、今年もまた木に食われますでしょう皆様。ちょっと息抜きにこっちが木を食ってみる、というのは如何でしょう。<br>　但しそれが木クエストより楽、ということは決してないのですが。否、正直言えばクエストより地獄になること請け合いなんですが……<br><br>　ここに書きますレシピは○十年前、菜之花の母がドイツに住んでいた頃、こちらで通っていたお料理教室の製菓マイスターから教わってきたものです。<br>　って、菜之花の母は娘に似てギネス級の物臭なので、一度も作ってくれたことはないんですが。<br>　というか、高い授業料を払って何年も通っていたくせに、教わったレシピは手作りのじゃがいも団子以外は何も作ってくれなかったような覚えが……<br>　まあ後ほどその授業で教わったレシピを見せてもらいましたところ、どれも正直、暇とお金と立派な料理器具を持て余しているようなセレブ奥様でなければ「こんなことやってられるかい！」と言いたくなるようなものばかりだったのも確かですけど。<br>　というわけで、実際に菜之花がバウムクーヘン作りを見学させてもらえたのは、同じお料理コースに通っていた母の親友がクリスマス前に焼く時でした。この人は事実上セレブ奥様で、メリーウィドウで、しかも広いキッチンとプロも使うような料理器具の持ち主ですから、条件は揃ってるってわけですね。全く羨ましい。<br><br>　さて。<br>　材料に移る前に、まずは準備すべき必要品を挙げてみようと思います。<br>　<br>　1．　熱の廻りがバランス良い、なるべく大きいオーブン<br>　　（オーブントースターで作る勇者な方もいるようですが、ある程度の大きさとなるとちゃんとしたオーブンの方がいいです）<br>　2．　ケーキが丸々一つ入るスペースがある冷凍庫<br>　3．　パイレックスなどの耐熱ガラスで出来た容器。この中で焼くのですが、丸い形のものは仕上がりがよりケーキらしくなるとはいえ、作るのが大変なので、出来れば約25x25cm、高さ約10cmぐらいの四角い容器の方が使いやすいみたいです。<br>　尚、全体透明の方が中身が見えるので何となく安心です。あくまで何となく、ですけど。<br>　4．　キッチンタイマー。出来るだけ正確なものを。<br>　5．　しっかりした鍋つかみ。手袋ではないタイプ（はめたり外したりが面倒くさいので）<br>　6．　ハンドミキサー<br>　7．　ケーキ生地用の箆<br>　　　木製でも使えないわけではないですが、先が柔らかいゴムのようになっているものがいいかも。<br>　8．　濡れ布巾数枚<br>　9．　生地用のボウル<br>　10． 大きめな大匙<br>　11． ベーキングシート。紙製のちぎったり切ったりして大きさを楽に変えられるようなのがいいです。<br>　12． 麦茶や水など、水分補給用。<br>　13． 軽食（かなりの長期戦になるので）<br>　11． 気晴らしにラジオでもテレビでもMP3プレイヤーでも。但しDVDは途中でディスクが変えられないのでお勧めできないかも。ゲーム機は不可。本も小説だと途中でやめられなくなるか、どうせいずれは内容が分からなくなってくるので適してません。菜之花はことわざ辞典とか漢和辞典なんかを準備してます。つまり、5分読んだら飽きてしまうようなものを。<br><br><br>　次に材料です。<br>　上記の容器にケーキ一つ作れる目安と思ってください。<br><br>　1．　無塩バター………………335g<br>　2．　砂糖………………………335g<br>　3．　卵…………………………9個<br>　4．　アーモンドパウダー……60g<br>　5．　薄力粉……………………250g<br>　6．　片栗粉……………………95g<br>　7．　ベーキングパウダー……小さじ4杯<br>　8．　バニラシュガー…………12g<br>　9．　ラム酒……………………小さじ7杯<br><br>　コーティング用<br>　1．　粉砂糖……………………50g<br>　2．　レモン汁…………………大匙2杯<br><br><br>作り方<br><br>　1．　室温のバターと砂糖を白っぽくなるまでミキサーで混ぜます。<br>　2．　卵黄全部と卵白一つを加え、白っぽくなるまでミキサーで混ぜます。<br>　3．　残りの卵白は別のボウルでもったりするまでよーく泡立てます（メレンゲを作る時の要領で）<br>　4．　薄力粉、片栗粉とベーキングパウダーを一緒に混ぜてから粉ふるい器にかけて2に混ぜます。<br>　5．　4にラム酒、アーモンドパウダーとバニラシュガーを加えます。<br>　6．　5に卵白を混ぜます。泡が潰れてしまわないようにゆっくりそっと。大きい木べらで掬うようにして、混ぜるというより　　　 は生地ごと裏返すような感じ？<br>　7．　ガラス容器の内部をすっかり包むようにベーキングシートを敷きます。皺になったり、切れたりしていると生地が流れ       たり変な形になってしまうので要注意。<br><br><br>　さあ、いよいよ本番ですぞ～<br><br>　1．オーブンを250～300度まで熱しておいてください。<br>　2．下の段には耐熱容器（何でもいいですが、平たいホーロー製のものが便利なような）に一杯水を入れたものを置きます。<br>　3．シートを敷いたガラス容器に大匙2杯ほどケーキ生地を入れます。入れるというよりはシートに塗りつけるような感覚で。<br>シートが見えなくなったら十分ですので、入れ過ぎずに。<br>　4．約5～7分ほどオーブンで焼きます（タイマーをお忘れなく）初めは焦げ目がつかないように気をつけてください。<br>　5．容器を取り出し、布巾の上に置いてから、初めの段の上にまた大匙2杯ほど生地を塗ります。火傷しないでねー<br>　6．そしてまた5～7分ほどオーブンへ。<br>　7．下の段の容器の水は常に付け足してください。これがないとぱりっぱりのケーキになっちゃいますので……<br>　8．室温にもよりますが、段々とキッチンが蒸し風呂みたいになってきますので、水分補給を忘れないでくださいねー（いやマジで）夏なら窓全開でもいいんですが、冬だと寒いからなあ。<br><br>　これを約30段ぐらいになるまで続けるわけですな。因みに初めの5段ぐらいを焦げ目がつかないように焼くのは、他の段を重ねている間に自然と焦げ目がついてくるからなんです。初めからキツネ色なんて目指すと、出来上がる頃には真っ黒になってますんで、うっすら色がついているぐらいがちょうど良いようで。慣れてくると一段一段、微妙に時間の調節を覚えてきますので、全体的に同じような色の綺麗な年輪に仕上がりますよー（菜之花の場合、三回目辺りで漸くコツが掴めたかしら）<br><br>　でもこれ、後から皆さんに恨まれると嫌なんで言っちゃいますが、本当に地獄なんです。腕がどうのこうのというよりも、根気と集中力が必要なので、想像以上に苦行に似た作業でしたり。<br><br>　何しろ一段に十分ぐらいかかると考えて、焼くだけで五時間は簡単にワープしてしまうんですが、辛いのはその間、買い物や他の料理が出来ないのは当然のこと、電話は出来ない玄関にも出られない、つまり5～7分以上かかることは全てご法度ってことです（実際には合間に台を拭いたり手を洗ったりもするからもっと短いかも）落ち着いてトイレすら行けないんです。辛いですよー<br>　それなら途中で中休み……というわけにもいかない。というのもこのケーキ、熱々の段の上に次の段を重ねるのが大切でして、そうやると新たに入れた生地の一部分が下の段に溶け込み、段と段の境目が可視でありながらも食べる時には微妙に繋がっていて、食感が良くなるからです。下の段が冷めた状態で生地を入れると、出来上がったケーキを切る際、そこからぼろっと崩れたりすることもありましたり。何しろ焼いてみると分かるんですが、この生地は本来結構しっかりとしたものでして、一段一段区切りをつけて焼いていたらゲームの勇者とラスボスの怪獣如く、決してくっつくことはない宿敵同士だろうと思えるようなものなんです。だからこそ、5分経ったらオーブンから出して、生地が冷静になって自我に目覚める前に、ごり押しで次の段を押し付けちゃう。中断どころか、ここでもたもたしていると既に生地が上手くくっついていないのが見ていて分かるほどです。ですからくれぐれも「次の段は後でいいからちょっとお風呂～」なんて考えないでくださいねー<br><br>　勿論もう少し小さい容器で20段ぐらいでもいいんですが、それ以下は薄っぺらになってしまうので、けち臭いバウムクーヘンに見えてしまうかも。何しろケーキの大きさ自体は小さく出来ても、断層を作り上げるのに費やす時間は同じですから、一層のこと大きいのを作った方がお得かも！？（ライフの心理でいえば、折角洋服ゲットまで頑張ったんだし、どうせもう畑は潰しちゃったんだからラストの報酬まで我慢した方がお得かーという、あれですな）<br>　後、バウムクーヘン作りの悪魔の囁きと言いますか、途中で嫌になっちゃって、一段の生地をちょっと多めにしたくなったりする（大抵20段を越す頃、この悪魔がやってくるような）ですが、これだけは絶対しないでくださいね。というのもこのケーキ生地、なかなかの曲者でして、薄ーく重ねると凄く美味しいんですが、分厚い段ですと口当たりは良くないは、もそもそするはでそれまで我慢して作った部分を壊すような散々な味になっちゃうので。そうなると素材も勿体無いですしねー。<br><br>　というわけで、菜之花はバウムクーヘンを作る時には徹夜作業と決めておりまして、大抵夜の9時ごろに始めて午前5時ごろに終了となってます。如何にも健康的じゃないですが、この時間帯なら電話も訪問客も絶対ないし、周りは静かだし、五分刻みの瞑想に耽るのには適しているようにも思えますので。その代わり、油断していると居眠りしかねないので、キッチンタイマーだけは離せませんが。<br><br>　さて、ここで目出度く無事に三十段焼きあがったといたしましょう。<br><br>　「出来たぞー、もう二度とバウムクーヘンなんて焼くもんか！」とスプーンを投げ出して小躍りしていらっしゃる貴方。ちょっとお待ちくださいませ。ここで終了なら地獄なんて天国と余り変わらないじゃありませんか。ふっふっふ。<br><br>　……でも作業自体はまだまだ続きます。ええ、地獄にはおまけが幾つもつくもんなんですってば。<br><br>　まずはオーブンから出したガラス容器（ここまで来るとかなりの重量なので、くどいようですが火傷には十分ご注意を）からベーキングペーパーごとケーキを取り出します。これは準備してあった別の濡れ布巾の上に置きます。<br><br>　それから冷めないうちそっとベーキングペーパーを剥がします。冷めちゃうと取れなくなってしまうので。また、濡れ布巾もペーパーを少し湿らせて（大抵油染みているくせにぱりぱりに乾燥した不快な物体と化してますから）剥がしやすくするためですね。<br><br>　それが済みましたら今度は新しいベーキングペーパーでケーキ全体を包みます。上から輪ゴムで留めるのもいいんですが、菜之花はその上からアルミホイルで全部包んでおります。その方が安定感があるようですので。<br><br>　ここで初めてお風呂やら睡眠やら食事やら散歩やらのタイムが入ることになります。ばんざーい。<br>　<br>　……………………………………<br><br>　ケーキが冷めたら、これを冷凍庫に入れてください。<br><br>　実はこの記事を書く際、ネットでいろいろなバウムクーヘンのレシピを読ませて頂いたんですが、これを最後に持ってきているものは一つもありませんでした。ですが菜之花思うにこれこそバウムクーヘン作りの究極なコツといいますか、これをするかしないかで出来は月とスッポン、マリア・カラスの歌うアリアと、菜之花の唸る流行歌ほどに違ってくるんです。<br><br>　かっちんこっちんに凍らせたバウムクーヘンはこのままですと何ヶ月間か保存可能ですので、食べる時まで放置しておいて大丈夫です。逆に言えばバウムクーヘンとは、「明日お客が来るからちょっと焼いとくかー」なケーキではないんですね。焼いて半日、冷凍一日、解凍半日。少なくとも二日は見ておかないと難しいわけでして。<br><br>　いよいよ解凍する日が来た時に、この冷凍の効果が分かります。<br><br>　焼きたてのバウムクーヘンをそのままにしておくと、なんせ生地自体はぼそぼそしているものですから、次の日には既に食感が大分落ちています。次の次の日になると「何だか硬いなー」と感じることになりますし、それ以降は「石ですか板ですか武器ですか何ですか」の世界です。<br><br>　ところが一旦冷凍したバウムクーヘンはあーら不思議、出来立てよりもしっとりとしていて、中の中まで程よく湿気が廻っており、ふんわりとしているんです。そのままでも二日ぐらいなら食べられないことはないぐらいに。<br><br>　後はお好みでコーティングすれば出来上がり。<br>　コーティングは上のレシピでは菜之花の好みでレモン味にしてありますが、チョコレートでも大丈夫です。本格派は粉砂糖にローズウォーターを混ぜたものでコーティングするみたいですね。上からマジパンの飾りをつけるのも良し、チョコレートで模様を描くのも良し。いろいろご自分で工夫なさってくださいませ。<br><br>　そして最後に一言。<br>　これも余り知っている人がいないみたいなので、本格派バウムクーヘンの切り方もちょっと書いちゃいます。<br><br>　特に日本ですとバウムクーヘンは輪切りになったものが多い所為か、輪切りのままか、縦に幾つか切り分けて食べるものだと思っている人が多いみたいですが、実はこれだと生地の味が誤魔化されちゃうのと崩れにくいってことで、素材をケチったり、雑に作ったバウムクーヘンの食べ方ですな。<br>　新鮮な材料で作った生地を丁寧に焼いてあるバウムクーヘンでしたら縦に切らず、斜めに。そして一切れ一切れ、出来るだけ薄く。目安としては、すき焼きのお肉と朝鮮焼肉のお肉、あの合間ぐらいの薄さで。<br><br>　Bon appetit! (アクサンテギュが出ない……）<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/fischchen/entry-11126187748.html</link>
<pubDate>Wed, 04 Jan 2012 09:42:31 +0900</pubDate>
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<title>さようなら、女王様</title>
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<![CDATA[ 　今年の1月1日。<br><br>　13年間、同居していた猫が亡くなりました。<br><br>　…いや、勿論猫ですから、「同居」していたというのは私が勝手に思い込んでいたようなものでして、猫の方は「缶詰を開けるスキルがなかったらとっくに追い出してるぞーきりきり働けー」ぐらいにしか考えていなかったかもしれませんが。<br>　猫は得てしてそんな顔をしたがる生き物ですが、この猫はその中でも見事なほどに女王様でした。もし猫仲間の間で「タイラン（暴君）・オヴ・ザ・イヤー賞」が存在していたら、おそらく何度か受賞しただろうね。しかも重いトロフィーは菜之花に持たせて、自分は悠々とインタビューに答えていたに違いない。「近頃の人間は鈍感だから、睨むだけじゃ利かないので大変なのよ」なんてつんとしながら。<br><br>　菜之花の家にはもう一匹、オリエンタル・ショートヘアのエボニー君がおります。また、ユーラシアという、ちょっと日本では珍しい、ふかふかもこもこな中型犬も。エボニー君は雄ですから身体も大きく、ユーラシア嬢に至っては体高50センチなので、ちょっと考えてみればどちらも小型の雌猫などまるっきり無視して良さそうなはずなのですが――<br><br>　まあ、あれです。シーザーは背丈が低くて、馬に乗る時には鐙に足が届かなかったというぐらいだけど、元老院をびびらせて独裁官になりましたっけ。ナポレオンも小さかったしなあ。してみると、独裁者の素質は背の高さとは全く関係ないようですが。<br><br>　うちの女王様も身体が小さく、後に詳しく書きますが奇形だったので、余計チビに見えました。それなのに、エボニー君もユーラシア嬢も全く彼女に頭が上がらない。エボニー君など、菜之花の椅子に寝そべっていて、私が「そこどいて」と言っても知らん振りで大欠伸をするくせに、女王様がいらっしゃると途端に立ち上がり、「ささ、どうぞどうぞ、お飲み物は如何でしょうか、クッションでも持ってまいりましょうか、陛下のお席は私めが暖めておきましたので」と、忽ち忠実な臣下と化する。ユーラシア嬢は女王様の傍に腰を下ろす前にその御身体をぺろぺろと舐め、お馬鹿ですから初め気持ち良さそうに目を細めていた陛下が「もう結構です」というお顔をなさるのにも気づかず、「無礼者っっ！」と鼻を引っ叩かれては逃げておりました。<br><br>　こんな感じですから、唯のつまらない人間である菜之花などお目通り以下で、女王様が空腹を訴えて鳴くと、ユーラシア嬢が「お食事を御所望です」と知らせに来る。お皿の上に如何なる好物があろうと、エボニー君もユーラシア嬢も遠くから陛下の召し上がるご様子を拝見し、運良くお余りがあればそれを頂く、という、赤穂浪士もここまでじゃなかっただろうと言えるような忠義振りでした。まあちょっとでも逆らえば陛下のお怒りは並大抵のものではなかったのも事実ですが。<br><br>　…と書いてしまいますと、まるで己はエカテリーナ女帝か西太后かという感じですが、考えようによってはこの女王様、「薄幸の美少女」と呼ばれてもおかしくない設定でもありました。彼女を知っている人は誰一人、そんなことは言いませんでしたけど。<br><br>　時は13年前。<br>　菜之花はそれよりさらに10年以上前に高校を卒業した直後、それまでどうしても飼いたかったシャム種の猫を二匹買っております。何故シャムかというと、この猫種は感情表現がはっきりとしており、猫であるにも拘らず良く人に懐いてくれる。また（あくまで猫の水準ですが）平均IQが最も高く、人間にすれば130～150と言えるほどの天才さんたちが多い。アルダス・ハックスリーに言わせると、物書きの卵は文体の勉強なんかより、シャムを二匹飼った方がずっと上達するとか。まあハックスリーさんはシャムに夢中な余り、彼らが好んで机の上のペンや消しゴムを蹴り落とす癖があるとは書いてくれませんでしたが。<br>　<br>　菜之花が初めのシャム二匹を譲ってもらったブリーダーさんはまだその頃全く無名で、私の猫たちも二度目か三度目に生まれた子たちでした。ですが彼女は稀に見るシャム気違いで、同じくシャムオタクの菜之花とはすぐに意気投合し、その後何年かは二人であちこちの猫コンテストに行っては他のブリーダーさんとの交流を深めていたものです。<br>　但し菜之花は専業主婦のその人と違ってまだ学生でしたし、やってみたくとも猫の飼育なんて手がける余裕も時間もない状態ですから、大学が忙しくなるに連れて、時折遊びに行くぐらいになり、そのうち何となく連絡が途絶えておりました。<br><br>　ところが大学院に入ると多少は暇も出来たので、久しぶりにそのブリーダーさんに連絡して遊びに行ってみると…<br><br>　――す、すごい！<br><br>　彼女の家は一軒家でかなり広々としているのですが、全部で六つあるお部屋の四つは猫専用になっておりました。庭には雄猫が住んでいる小屋が二軒（去勢されていない雄猫はマーキングするので、とても人間が住む場所では飼えないのです）。そして猫用のサンルームや、猫用のベランダや…<br>　猫屋敷ってああいうお家を言うんでしょうな。流石の菜之花もびびりましたっけ。<br>　実を言うとこの人のご主人はこんな状態に耐えかねて、家から逃亡してしまいましたので、彼女は専業主婦から×1さんになっておりましたが、特にそれを気にしている様子もありませんでした。何しろ既にその頃、彼女は欧州でも名のあるシャムブリーダーになっておりまして、一匹でも自分のところの猫をコンテストに出場させれば最優秀賞は確実に取れましたから。<br>　ちょうど大学は休みだったこともあり、シャムについての薀蓄を学ぶには絶好のチャンスと言える環境でしたので、自分の猫を二匹とも引っ担いだ菜之花は10日ばかりそのお家に滞在いたしました。何せ二匹ぐらい猫が増えても全く目立たないほどの大勢の猫ちゃんがおりましたし、一日中、猫の世話ばかりで過ぎてしまうブリーダーさんはちょっとでも手伝ってくれる人を探しておりましたので。<br>　<br>　この滞在中、この友人はもう菜之花など到底太刀打ちできないところに行ってしまったのだとはっきり感じましたね。何しろ毎日のように欧州だけではなく、アメリカなどからも遊びに来る人は、猫コンテストを知っている人なら名前ぐらいは聞いたことがある有名ブリーダーさんたち。猫を買いたいと来るお客さんは、こういうことには非常に疎い菜之花でさえ知っているアイドル歌手さんや、テレビのアナウンサーのような人ばっかり。それでも中には猫に関してまるっきり初心者さんもいるわけで、3日も経つと菜之花も偉そうに、普段はテレビで政治家をインタビューでとっちめている政治評論家さん相手に「駄目ですよ、そんなもの猫に食べさせちゃ！」なんて叱っておりましたが。<br>　<br>　今、考えればこの時期がブリーダーさんにとっても、猫たちにとっても一番のピークだったのかもしれません。<br><br>　それから何年間はまた何度かそのブリーダーさんのお宅にお邪魔していた菜之花ですが、ふと途中からいろいろと彼女のやり方に疑問を抱くようになっておりました。<br>　はっきりと何がおかしいのかは言えないのですが、「何かがおかしい」と言いますか、ずっと歩んできた道から緩やかに離れているような、不安な気分なんですね。<br>　初めてそれを感じたのは、それまで常に「猫の外見より性格が大切」「無理してまで綺麗な猫に仕上げるよりは、多少スタンダードから離れても健康な猫にすべき」と言っていたブリーダーさんが、段々と変わりつつあると気づいた時でした。<br><br>　何時かは必ずどの優秀なペットブリーダーも感じる、あの危険な誘惑、それは。<br><br>　「神になれるかも」ということ。<br><br>　十年も真面目にシャムの飼育を続けていると、そのうち自分が既に「理想的なシャム」とされるものを追ってブリードしているのではなく、自分の飼育するシャムこそがその猫種の「理想」になっていることに気づきます。そこまでやっていると、もう名のある血筋の猫は殆ど手元にある状態になりますから。例え自分の家にいなくても、今、必要としている猫を飼っている仲間がどこにいるのか、全て把握している状態。これはまるで長時間かけて、調合に必要なアイテムを全て手に入れたゲーマーみたいなものですね。それこそ裏技的な超レア猫を調合することも出来るし、「まさかあの人がこの血筋にも拘っていたとは」と専門家を唸らせることも出来ます。<br><br>　たかが「ぬこ」じゃないかと言うなかれ。世の中にはもっと素人では価値が分からないようなものに血眼になり、それを手に入れなきゃ生きていけないような顔をする人もいるじゃないですか。<br><br>　無論、全てのブリーダーさんがそう考えるわけではありません。菜之花のところにいるエボニー君のブリーダーさんは、同じく欧州では指折りのオリエンタル・ショートヘアを飼育している人ですが、彼は全てのめぼしい血筋を集めたところで「もういいや」と止めてしまい、後は誰かが「こういう色の猫が欲しい」とオーダーした時に応じるぐらいです。もしどうしても残らない血統があれば、それを無理やり追うこともしない。趣味としては素晴らしいレベルですが、趣味であるということは忘れない。あくまでゲームとして説明すれば、苦労して集めたアイテムでも持ちきれなかったら惜しげもなく捨てて、「まあ運があれば、そのうちまた手に入るだろ」と気楽にいくやり方です。<br><br>　その逆が「絶対絶対コンプしなくては我慢できない」タイプ。どのアイテムも「一度持ったことがあるからいい」ではなく、画面を開いたら全てのアイテムがずらりと並んだところが見たい。百個のアイテムが存在するのなら、表示が「100/0」となるまで続けたいわけですね。<br><br>　ところがゲームのアイテムならいいんですが、ここでコンプされる対象は生き物です。<br><br>　幾ら人間が「この猫とこの猫を組み合わせて」と企んでも、猫には本能もあれば好みもある。どんなに素晴らしい子猫が生まれるはずのカップルでも、ご当人――いや、ご当猫たちがカップルになりたくないよ、と思えば上手くいかない。普通に唯の美しい猫を産ませるだけなら、「じゃ、別の相手で」と婚活に失敗した人間のように諦めがつきますが、血筋のコンプにはどうしても「この組合わせだけは成功させなければいけない」というのがある。<br>　ですが、自然とは神秘なものでして、人間があらゆるトリックを駆使して、そういう無理やりな組み合わせを成功させたとしても、それが必ずしも良いものを生み出すとは限らない。それどころか、まるで猫の方が「これはご法度」と理解しているのか、アクシデントが起こり易くなる。<br>　これは無論、遺伝子の組み合わせが悪いというだけではないでしょう。そうでなくとも理想的なシャムの姿とされるものは、確実に細過ぎる、と言いたくなるようなものになっている。子供なんて産めないんじゃないか、と思える猫も少なくない。また、どうしてもこの血筋を――と執着しているブリーダーは常に物凄いストレスを感じていますから、それが猫にうつってしまうのも当然なこと。<br>　でもやはり何より問題となるのは人間の貴族と同じく、より濃い血を求めて特定の遺伝子ばかりを組み合わせていけば、そのうちそれが逆転して奇病や奇形が生まれるということです。<br>　<br>　この時期のブリーダーさんを見ていて、菜之花は初めてどうしてハックスリーが「物書きはシャム猫を…」と言ったのか、分かったような気がしましたね。<br><br>　いえ、シャム自体、ということじゃないんです。シャムよりはブリーダーの方。それこそ中世から続く名家というものが、どうやって身体障害者や精神異常者ばかり生んでしまう血筋になるのか、その経過がはっきりと見えてくる。見ている人間にとっては過酷な体験となりますが、もし大貴族の家系が駄目になっていく小説でも書きたい方には、是非一度お勧めいたします。<br><br>　ここで敢えて断言いたしますと。<br><br>　血筋を護ることに措いて最も大きいトラップは「必ず失敗するとは限らない」という悪魔的な囁き。<br><br>　この猫とあの猫を組み合わせたら、80％の確率で奇形が生まれるかもしれない。だけど運良く上手くいった場合、物凄く貴重な血筋が生まれるというチャンスがある。初めのうちは「まあ他にもこの組み合わせが可能かもしれないから」と気楽に構えるブリーダーさんですが、その血筋を作り上げる猫の数が減ってくれば、段々と気が焦ってくる。例え奇形が生まれてもいいから、運試しをしたくなる。<br><br>　ここで人間は鬼になり――果てにはゲーテの言う通り、「自分で呼んだ悪霊を自分の力では追い払えなくなる」羽目となるわけでして。<br><br>　菜之花がブリーダーさんから電話で呼び出されたのは、そんな錬金術の時期でした。<br>　もうその頃、私にはとっくにブリーダーさんのやることにはついていけませんでしたが、やっぱり根っからの猫好きは変わらないので、時折お手伝いに行くのは止めておりませんでした。<br>　残念ながら血筋コンプに拘るブリーダーさんの家には、その無謀な組み合わせの結果として、何匹か奇形や虚弱な猫がおりましたし、菜之花はそういうのを見ると放っておけない損な性格ですので、どうしても手伝いたくなるんですね。<br>　そして今回のケースもまた、以前から細過ぎるので出産は無理と言われた雌猫がお産間近に様子がおかしくなったというものでした。<br>　獣医さんに連れて行くのは当然ですが、おそらく帝王切開になるだろう、その場合、手術が終わったばかりの母猫と子猫たちを運ぶから、どうしても誰かに手伝って欲しい――<br>　<br>　またかよ、と内心ちょっとうんざりした菜之花でしたが、その母猫はよく知っていたので、まさか放っておくわけにもいかず、早速車に乗って動物病院に向かいました。<br><br>　案の定。<br><br>　「胎内で臍の緒が絡まっていますね。おそらく子供はもう死んでいますよ」<br><br>　冷静に告げる獣医さん。<br><br>　そこでブリーダーさんは帝王切開に立会い、菜之花は只管、診察室の隅っこで待つことに。何しろ自分の猫の去勢手術に立ち会って、貧血を起こしたという情けない経歴を持つ人間ですので、帝王切開なんてじかに見学したらぶっ倒れるに決まっておりますから。<br><br>　手術の途中、獣医さんは「この猫は何度妊娠してもおそらく無事に子供を産めない」と言い、「どうせ開腹したのだから、今すぐ去勢手術もしてしまった方が良いのでは」と薦めました。流石のブリーダーさんもそれには大人しく同意しておりましたけど。<br>　胎内の子猫は三匹だったのですが、確かに二匹は首に臍の緒が絡まって既に死んでいて。<br><br>　そして残る一匹は――<br><br>　「これも今日中には死ぬでしょうね。雌ですが、手っ取り早く安楽死させますか？」<br>　「ドクター、あなたは私を知っているでしょ？どうしてもこの血統は取っておかなければならないんですよ。何とか生かしておくことは出来ないんですか？」<br>　「無理でしょうね」と彼女以外にもブリーダーという名の人種を知っている獣医さんは首を振って、「御覧なさい、この子の背骨は、臍の緒に引っ張られて殆ど折れている。例え何とか回復したとしても、きっと立つことも歩くことも出来ないでしょう。生かしておくのは虐待ですね」<br>　「お言葉ですがドクター、私はもっと酷い奇形の猫も知っていますが、何とか生き延びましたよ」<br>　「どうしても、と仰るのなら私は反対しませんよ」と獣医さんは面倒くさそうに。「だけど万が一、この子が生き延びたとしても、子供は絶対産めないでしょうね、それだけは保証してもいい」<br>　「それだって、今から決め付けることではないと思います！」<br><br>　こうなったら意固地になるブリーダーさん。<br><br>　菜之花が恐々覗き込んでみますと、その子猫はタオルの上に無造作に置かれておりました。問題の背骨は確かに首から下のところで無理やり横に引っ張ったような形で曲がっており、その下半身は殆ど捩れている様子。変な言い方ですが、上から見下ろすとまるで三角形みたいな猫なのです。<br><br>　「兎に角、一度連れて帰ってみます。駄目だったらまた連れてきますから！」<br><br>　そう言い切ったブリーダーさんですが、母猫とその子猫を車に積み込んでから、<br>　「あんなこと言ってどうするの。確かに死にかかってるじゃない」と菜之花が聞きますと、<br>　「まあそうだけど、あそこで『はい、そうですか』って言うのも癪だし、オスカーの例があるでしょ」<br><br>　…オスカーというのはその半年前ほどに生まれた猫で、胎内から出てきた時には全く動かず、息もせずで、どこから見ても死んでいるとしか思えない様子でした。それでもブリーダーさんと菜之花で蘇生させようと、いろいろやってみたのですがどうにもならず、諦めたブリーダーさんが後で庭に埋めようといってその子を手ごろな容器に移したのですが、他の子猫の世話もあってそのまま放っておいたら、急に容器の中から鳴き出した、という正に奇跡の猫ちゃんです。容器に入れられて生ゴミみたいになりかけたところ、蘇生したというので、セサミストリートのゴミ箱モンスターの名前をとって「オスカー」と呼ばれることになったのですが。<br>　<br>　でも、奇跡というのは稀にあることだからこそ、奇跡と言われるわけであって。<br><br>　この背骨の曲がった子猫の方は、どう見ても前途多難な運命が待ち受けているとしか思えませんでした。<br>　何より困ったのは、帝王切開でお産をしたからか、それとも奇形であるからか、母猫が全く受け容れようとせず、お乳を上げようともしないこと。これはそれでも日に何度か、アミノ酸が入った栄養剤を注射すれば何とかなりますが、普通だったら母猫が舐めてやったり、お下の世話をしてやったりするわけですから、それ全て人間が代わりにやることになります（とはいえ、舐めたりはしませんけど）<br>　<br>　他にも何十匹も猫がいる家ですから、ブリーダーさん一人がそれをやるわけにもいかず、自然と菜之花も暇な時には泊まりに行って、お尻を脱脂綿で拭いてやったり、注射をしてやったりと大忙し。子猫の方は相変わらず殆ど動きませんが、話しかけられたり、何か気に入らないことをされたりすると、「みぃ」とか「くぅ」とか抗議する声は、今から思うと既に十分暴君の素質を感じさせるものだったかも。<br>　<br>　十日ほど経つと真っ青なお目目を開けて、人をじろりと睨む風はますます暴君か不良娘っぽい印象でしたが、それもまた慣れれば可愛いものです。それに目が開くと、ど根性と言いますか、こいつは一筋縄ではいかない性格だぞ、と分かるような反骨精神が滲み出ていて、菜之花としては大変、嬉しく思ったものでした。顔は流石、高貴な血筋だけあってかなり整っていましたので、逆に何となく子猫っぽくないところもあったのですが、元々菜之花はどちらかというと子猫より成猫の方が好きなタイプ。そこで睨まれても苦にせず、世話を続けておりました。<br><br>　一ヶ月後、はいはいしながらあちこち動き回るようになりましたが、どうやらそれが負担になるのか、エネルギーの消耗が激し過ぎるのか、以前より良く眠るようになって、目に見えて弱っているようにしか思えません。ですが、その頃には菜之花にも懐いてくれて、二、三日行かないと探し回ってくれたりするので、ここで諦めるわけにもいかず。「駄目かもしれない」と弱気になるブリーダーさんに、寧ろ菜之花の方が「絶対大丈夫！」と言い張り、はいはいの訓練にずっと付き合いました。「ここまでやったのに死んだりしたら、絶対あんたを許さないからね！」なんて呟きながら。<br><br>　ですが、第一回目の予防注射にこの子を連れて行った時（この度は前回とは別の獣医さんでした）、ドクターがちょっと見て言うには、<br>　「何で安楽死させなかったんですかね。どうせ立つことも出来ないのに」<br>　「もし立てたとしたらどのぐらい生きられそうですか」<br>　「さあね、三ヶ月ぐらいかね。それ以上は無理だね。椅子から落ちたりして死ぬんじゃないの」<br>　<br>　…ところがそれからちょっと経つと、この女王様はどうやら御自分の毛繕いを家来にばかり任せておくのがお気に召さず、何とか座り込んでいっちょまえに後足を上げ、身体を舐めようとし始めます。その度にすっ転がっては「今のはお前が見ているから失敗したのじゃ」と仰るようなお目目で睨まれましたが。<br><br>　そして第二回目と第三回目の予防注射。何とこの頃になると女王様、数歩歩かれては尻餅をつかれますが、それでも何とかはいはいから無事、卒業。<br><br>　「前回、仰っていた三ヶ月まで後数週間なんですけどねー」<br>　菜之花がちょっと皮肉交じりに言うと、獣医さんも渋々と、<br>　「まあ今すぐ死ぬようには見えませんね。となると、半年後ぐらいかね」<br><br>　まるで予習をしていない生徒が当てられたかのようにあてずっぽに聞こえる先生ですが、一応理屈に適ってはいる診立てと言えます。三ヶ月になれば事故死しないぐらいに歩けない限り、確かに何処かから落ちて死ぬ可能性は高い。そこで多少でも身体のバランスを取ることを覚えたとしても、半年後には発情期という難問が待っています。普通の猫でも非常に消耗する時期ですから、この子に耐えられるかどうかは分からず。<br><br>　「それってやっぱり子供は産めないってことかしら」と眉を顰めるブリーダーさん。<br>　「当然でしょう。満足に歩くことも出来ないのに、子供が出来たらどうなりますか。このまま身体が育っても、その負担で倒れるかもしれないのに」<br>　「では、この子を助けようと思ったら――」<br>　「発情期に入ったらすぐに去勢手術するんですな。今すぐは駄目です、少しでも筋肉が育つようにしないと。それでいくらかチャンスは上がる。だけど妊娠したらまず母体も子供も助かりませんね。まあそれ以前に妊娠しないだろうけどね」<br><br>　ここでブリーダーさん、ふとぽつんと呟きます。<br><br>　「…やっぱりひと思いに安楽死させた方がいいのかな」<br><br>　――菜之花は別に怒りっぽい人間ではないと自覚しております。喧嘩は好きじゃないし、気に入らないことは反発するより無視する方。滅多に怒鳴ったりもしませんし、まあよく言えば温和、悪く言えば底抜けお人よしです。<br><br>　ですが、このブリーダーさんの言葉には本気で怒りましたね。<br><br>　「これだけ頑張っているのに、何で今更、安楽死っていうの！！」<br>　「だってこれじゃ飼ってくれる人もいないし、うちだってもうそんな場所はないじゃない。それに半年後に生きているかどうかだって分からないのに――」<br><br>　はい。お察しの通り、菜之花は答えましたよ。<br><br>　「…それなら私が飼うから！」<br><br>　――今、思えば馬鹿なことを言ったもんです。子猫は二歩歩いては尻餅状態。これ以上、歩けるようになる保証なんて全くないですし、おそらく歩けたとしても事故に合わぬよう、ずっと注意してやらなけれならない。しかも決して長生き出来ないのは、誰もが断言することで。<br><br>　ですが、この「半年」というリミットが、実は菜之花にとって逆に飼おうという気にさせるものでした。そりゃ確かにこの状態で五年も十年も生きるのでは、ちょっと大変かもしれない。だけどたった半年じゃないか。半年ぐらいなら何とかなるだろうし、生きられるだけは生かせておいてやりたい。例えその短い一生を室内で過ごし、椅子にさえ上ることが出来なくても。上れると知らなければ上りたいと思わないかもしれないし、出来ることだけやって、出来るだけ生きようと頑張ればそれでいいじゃないか。<br><br>　ですが、ブリーダーさんも獣医さんも明らかに「あんたバカ？」と問いたそうな顔で見つめてきております。<br><br>　「…絶対長生きしませんよ？」と念を押す先生。<br>　「いいです。それならうちで死ねばいいですから。今、家を買う予定ですので、ちゃんと埋めてあげる庭もあります」<br><br>　……というわけで、菜之花はめでたく女王様に仕える身となったのでした。<br><br>　それから暫くしてうちに連れ帰った子猫は、四ヶ月めにはよろよろしながらも尻餅をつかずに歩けるようになり、五ヶ月目になる前に椅子は愚か、机にも何とか飛び乗れるようになりました。それでも身体を舐める時には時折、ひっくり返っては「お前が悪い！」と睨みつけてきましたが。<br><br>　7ヶ月目に発情の兆しがあり、すぐに菜之花行きつけの獣医さんのところへ。<br><br>　この獣医さんは菜之花が昔、住んでいた家で動物病院をやっていた人で、そのご縁でもう何年も通っております。さばさばした女性で、裏表ないところが実に頼もしい。本当は緊急でない限り、手術はしない人なのですが、幾ら腕が良くともやたら安楽死を薦めるような獣医さんには診て欲しくなかったので、女王様をここへお連れします。<br>　<br>　幸い、何事もなく終了した去勢手術でしたが、後にその先生が話したところ、開腹した時には手術せずにまた閉じようと一瞬、思ったとのこと。何しろ身体が捩れているため、内臓も血管すらも、普通の猫とは全く違う場所にある。怖くて、メスを入れるのはかなり勇気が要ることだったらしいです。<br>　そこで思い出したのが、あのベートーベンの第九に出てくる「喜びへの賛歌」を書いた詩人のシラーですね。彼も見た目はそうでなくとも内臓が酷い奇形で、死後解剖された際、それを受け持った医者が心臓すら見つけるのが大変だった、と言ったそうで。<br>　<br>　「まあ、でもこれで暫くは安心かな？この子、本当に強いよね。ここまで頑張る子も珍しいよ。おそらく生まれた時からずっと動く度に痛いんだろうに、全然負けないしね。後、五年は大丈夫だろうね」<br>　「五年ですか。そこから老化現象が始まるから？」<br>　「その通り。五歳以上になると骨も弱ってくるし、内臓も弱るからね。でもね、この子だったら十歳になっちゃうかも。負けず嫌いだから」<br>　まあそれはおそらく無理だけど、と笑いながら付け加える先生。<br><br>　…それから。<br><br>　何年も何年も経ちましたが、女王様は相変わらず健康そのもので。<br><br>　菜之花がキーボードを打てばマウスの上に横になり、余りモニタに夢中になっていると手を伸ばしてちょいちょいと頬を突付き、テレビで小動物がちょこまか動けば画面を両手でびしばし打ち、本を齧ってぼろぼろにし、誰も見ていない隙にテーブルによじ登り、その上にあったクリーム壷に手を突っ込んでは舐めて。<br>　天気が良い日は外に出て遊び、捩れた体を上手に捻ってハエを獲ったり、隣の犬の餌を盗み食いしたり。<br>　近所の猫が庭に入ってくると窓際に座り、エボニー君に「助さん、格さん、こらしめてやりなさい」と大威張りで号令を出したり。その様子は水戸黄門様というよりは、コロッセウムで哀れな戦士の戦いを楽しむ女帝様でしたが。<br>　夜は菜之花の枕の上に陣取り、菜之花がちょっとでも使わせてもらおうとすると脚で蹴っ飛ばしたり。<br><br>　いやはや、本当にいろいろありましたな。<br><br>　そして、去年の大晦日のこと。<br><br>　その前日まで菜之花の名づけ子や、ももりんさんと仲良く遊んでいた女王様はその日、突然体調を崩し、そのまま立ち上がれなくなりました。<br>　痛みはなかったようで、鳴くことはしないのですが、好物のクリームさえも、もう飲もうとせず。<br>　おそらく長年の負担で内臓の機能がおかしくなったのでしょう。この半年間、段々と歩行も困難になり、椅子から飛び降りようとして半分落ちかかることもありました。<br>　「この子は亡くなる前に、おそらく生まれた時と同じ経過を逆行するよ」<br>　獣医さんの診立て通り、こんこんと眠る合間にちょっと立ち上がろうとしては倒れる様子は、まるで生まれた頃を思い出させるようなものでした。<br><br>　でも。<br><br>　「もう、頑張りたくない」<br><br>　そんな顔だけがあの時とは違っていて。<br>　<br>　だから菜之花はあの頃と同じように膝に乗せ、その曲がった背中を撫でながら、今回は「もう頑張らなくてもいいんだよ。楽になっていいんだよ」とずっと囁きかけて。<br><br>　そして元旦の午後十時半、13歳と2ヶ月のお歳まで生きた女王様は何度か小声で鳴いた後、静かに眠りにつかれました。<br><br>　さようなら、女王様。<br><br>　あなたは本当に偉大な方だった。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/fischchen/entry-10427375835.html</link>
<pubDate>Tue, 05 Jan 2010 16:43:58 +0900</pubDate>
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<title>家政婦ロッテンマイヤー嬢の人知れぬ苦労</title>
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<![CDATA[ 　前回の記事では、執事さんがご主人の催す晩餐会（＋ベッド）でのお相手を務めるというコメディのお話をさせて頂きました。<br>　この劇は執事という職業をあまりご存知でない人でも笑えると思えますし、厳密に言えばコメディの内容としては必ずしも執事である必要もなく、躾の良いヴァレット、つまり男性版のメイドでも良かったですかも。<br>　但しやっぱり会社でしたら管理職や役員に当たる「執事」という、最高ランクの使用人であるからこそ、酒瓶でグラスめがけてシューティングゲームを始めたり、女主人と性関係があったりという、現実では「あり得ない」シチュエーションこそが作り上げるユーモアはあるのかもしれませんが。<br><br>　以前、日本での欧州執事のイメージは「ハイジ」のセバスチャンなので、他の漫画やアニメでも、執事にセバスチャンという名前がつくことが多いと聞いたことがあります。<br>　ですが、これは矛盾と言いますか、実際にセバスチャンが執事であったとすれば、決してその名前は有名になることはなかったはずなんですね。<br>　どうしてかと言いますと、「ハイジ」が書かれた頃の時代は、執事という職業は全ての使用人さんの上司ですから、ご主人とその家族以外、誰一人名前で呼ぶ権利がなかったからです。メイドのティネットや御者のヨハンは勿論のこと、家政婦のロッテンマイヤーさんもセバスチャンが執事であったら必ず苗字で呼ばなければならない、という決まりが当時はありましたから。<br>　<br>　この「使用人同士の呼び方」ですが、実際に大変複雑で、新米使用人さんたちは覚えるまで苦労したと言います。ざっとご参考まで、敢えてゼーゼマン家だとしますと、<br><br>　上級使用人：ロッテンマイヤーさん<br>　呼び方：使用人は全員「ロッテンマイヤーさん」と尊称をつけるか、「マムゼル・ロッテンマイヤー(ロッテンマイヤー家政婦さん）」<br>　この「マムゼル」というのはフランス語の「マドモアゼル」(未婚女性に対する尊称）が元ですが、ドイツ語圏に入ってきた時に「家政婦」という職業を表すものにもなりました。この頃の家政婦さんは未婚であるか、未亡人であるかが殆どですから、この尊称にぴったりだったわけですね。<br>　主人一家は「ロッテンマイヤーさん」。<br>　但しここがハイジの面白いところでして、ゼーゼマン氏は家政婦さんを尊称付けで呼んでいるのに、彼のお母さん（つまりクララのおばあさま）は「ロッテンマイヤー」と呼び捨てにしております。<br>　これは実は歴史的に非常に興味深いところでして、ハイジが書かれた19世紀の終わりになりますと、使用人さんたちもある程度の労働基準法（と言っても今から見れば、どちらかというと使用人の権利よりは主人の権利をはっきりさせるものですが）を得て、その人権も認められるようになってきています。そこでこの頃のモダンな思想のご主人たちは、きちんと上級使用人には尊称をつけるようになったのですが、ホルシュタインの田舎に住むおばあさま（あくまで推定として、この人は19世紀の初めぐらいに生まれたと考えて）は伝統に拘ってそれはしない。フランクフルトという都会のロッテンマイヤーさんとしては呼び捨てにされ「恥ずかしく、そして腹ただしく思っていた」とは作者も書いている通りです。<br>　もしセバスチャンが執事であったら、このロッテンマイヤーさんとは同格の使用人となったはずですが、しかも男性であるので、彼女よりランクは上となります。<br><br>　中級使用人：御者ヨハン、召使いセバスチャン、小間使いティネット<br>　呼び方：ロッテンマイヤーさんと主人一家は彼らに対し名前＋呼び捨て。これは原作でも仕来り通りですね。<br>　目下や仲間に使う「お前」に当たる「Du」を一方的に使用するのは家政婦さんのみの権利となりますが、ロッテンマイヤーさんの場合、目上か、逆に目下以下の相手に距離を置きたい時に使う「Sie」（あなた）と、これも「Du」以下になる殆ど蔑称である三人称「Er」を使っております。<br>　（ドイツ語での「Sie」は「目上に対する呼び方」と教わる人もいるかもしれませんが、それは正しくありません。例えばナチの収容所では、決してドイツ人からユダヤ人に対して「Du」と言ってはならず、必ず「Sie」を使えという規則がありましたが、これは「相手が目下以下である」と示す為でした。そして蛇足になりますが、この「Sie」が「Du」であったらあれほど恐ろしくなかっただろう、と収容所にいたことがあるユダヤ人の方も言っております）<br>　主人一家は原則として使用人に対し、この目下以下に対する「Sie」か「Er」を使いますが、使用人としての仲間意識よりも上司としての意識の方が強いロッテンマイヤーさんも、中級使用人全員を同じように呼んでおりますね。<br>　また彼ら同士は名前＋呼び捨て、そしてお互いを「Du」と呼ばなくてはならない決まりがありました（原作でもその通りです）<br>　最後に使用人の主人一家に対する言葉遣いですが、これは仕来り通りですと「Du」も「Sie」さえも許されず、必ず三人称の「旦那様」「奥様」のみ。日本語だとあまり違和感はないのですが、ドイツ語ですとそれこそ雲の上の人間、という印象が強く残ります。敢えて日本語に訳せば、「今日は何をお召しになりますか、奥様」はアウトで、「奥様は今日、何をお召しになりますか」が正しい言葉遣いとなります。<br>　因みにセバスチャンも決してハイジに「Du」や「Sie」を使わず、三人称の「お嬢ちゃん」と言っております。<br>　<br>　ハイジに出てくる使用人さんたちはこれだけですが、無論、ゼーゼマン家にも台所女中や室内女中、下男などのその他大勢の使用人さんたちはいたかと考えられます。但しこの人たちは「良いお部屋」と呼ばれていたご主人一家の住まいに当たる建物の部分には、余程のことがない限り立ち入り禁止でしたので、作品に登場しなくても当然なのですが。<br><br>　ここまで分かってしまうと、ハイジがゼーゼマン宅に到着した時に、ロッテンマイヤーさんが「まずはあなたが使用人たちをどう呼ぶか、決めなければなりませんね」という注意が意地悪ではなく、ハイジにとっても、また主人家にとっても大問題になると知っている家政婦さんが心底心配しているというのが見えてきます。<br><br>　というのも。<br>　ゼーゼマンさんは上記のように、かなりモダンな思想の持ち主と見えて、クララの学友となるハイジに「娘と同じ待遇にするように」と命じております。<br>　ここで面白いのは、ゼーゼマンさんが「我が家で児童虐待していると言われたくないから」と、19世紀にしては物凄くモダンな言葉を使うことですね。今でこそ誰もが知っている単語ですが、おそらくハイジの書かれた頃にはこれだけで、ゼーゼマンさんが当時の紳士よりもかなり進歩的な考えを持っていると読者に知らせるような、さりげないヒントだったりします。<br>　ところが幾らモダンな思想ではあっても、生活の環境自体は主人と使用人がいる封建的なものですから、ゼーゼマンさんのこの望みは後先を考えていない我侭、とさえ言えるのです。何しろ「クララと同じに」ということは、ハイジにはほぼロッテンマイヤーさんと同格のランクが与えられるわけですから。<br>　ですが、これが家政婦さんには個人的に気に入らないと解釈するのはちょっと早とちりですかも。ロッテンマイヤーさん自身にとってはクララがもう一人増えようとどうなろうと、特に直接な変化はないのですから。<br><br>　問題は他の使用人、なのです。<br><br>　例えばティネット。<br>　当時のメイドと女中とのランクの違いを表すものは何かと言いますと、女中はご主人一家にも、またそのお客様にも面と向かって口を利く機会は殆ど皆無で、全ての指示は家政婦さんを通して受けます。従って読み書きも出来ず、マナーも知らず、無教養で構わないのですね。それに比べてメイドは女性客に接することもありますし、奥様がいましたらその身の回りのお世話もしますから、多少の読み書き、お針、そして基本的な作法の知識は絶対に必要だったのです。<br>　それだけのスキルを持つティネットですが、もしハイジがクララと同じになってしまうと、それこそマナーも読み書きもお針も何も教えられたことがない無能の彼女が、メイドより上に立つことになってしまいます。<br>　原作でしきりにハイジに意地悪く、軽蔑を隠さないティネットですが、これでは仕方がないとさえ言えるでしょう。<br>　そしてロッテンマイヤーさんとしては、拗ねまくるだろうティネットを上司として上手く抑えなければならない。はっきりいってこれは面倒くさいですし、もし彼女がこっそりと「余計な我侭を」とご主人を罵ったとしても、無理はないとさえ思えてしまいます。<br><br>　また、ハイジが仲良くなるセバスチャンですが、これもハイジのランクがロッテンマイヤーさん並みであれば、家政婦さんにとっては非常に頭が痛いことです。何しろヒエラルキーとそれに伴う儀式的な作法が身分の上下を決める時代ですから、ハイジがセバスチャンに慣れ慣れしい口を利けば、セバスチャンがロッテンマイヤーさんに対しても従順ではなくなるかもしれない。言ってみれば係長さんが部長さん扱いされると、段々と部長さんの特権を求めるように、セバスチャンも図々しくなるかもしれない。<br>　現に原文でのセバスチャンはハイジをこともあろうか「マムゼル」と呼んでいるのです。これは「お嬢ちゃん」の意味であると同時に、ロッテンマイヤーさんの耳には「家政婦さん」とも聞こえるでしょうから、例え百歩譲ってわざとではないとしても、もう少し空気読め、と言いたくなりますね。<br><br>　では、どうしてロッテンマイヤーさんにはそこまで「身分の上下」に拘る必要があるのか。<br><br>　それは当時のお給料について調べると、かなり納得させるものがあります。<br>　何しろ男尊女卑の時代です。従ってロッテンマイヤーさんとセバスチャンのランクの差はあくまで使用人としての「身分」だけであり、お給料は全くそうではないのですから。<br>　ご参考までに当時の使用人の月給をゼーゼマンさん宅の人々に当ててみますと（ソースはNDRの「Abenteuer 1900」）<br><br>　1．家庭教師さん（クララの先生ですね）……85マルク<br>　2．セバスチャン……65マルク<br>　3．ヨハン……57マルク<br>　4．ロッテンマイヤーさん……50マルク<br>　5．ティネット……19マルク<br>（もし下男さんがいたらこれは月給21～23マルク、女中さんは何と3～11マルクです）<br><br>　…如何ですか。<br><br>　これではロッテンマイヤーさんにはどうしても、使用人同士の「身分の違い」を表す言葉遣いや作法に拘る必要があるとさえ言えるでしょう。お給料だけ取るとこのように全くランキングが違ってしまうのでは、他のことできちんとけじめをつけておかねば彼らの管理が出来ません。<br><br>　ところで、この使用人の「身分の違い」は何と起床時間にまではっきりと表れておりました。<br>　まず起きるのは女中たち。下男たちは男であるが故、それより30分、長く寝てもいいということになっておりました。それからメイド、そして召使い、その後に家政婦さん、そしてもし家庭教師さんが同じ家に住んでいたとしたら、「大卒」という点で「ご主人に近い」為、主人夫婦が起きる15分前まで寝ていても良かったそうです。<br><br>　…ここで面白いのはハイジですが、初めての朝、誰も起こしに来ないんですね。<br>　一人で目を覚まし、お部屋で朝食を待っていたらティネットに呼ばれるのですが、おそらくこの時点ではロッテンマイヤーさんも他の使用人さんたちも、何時にハイジを起こしたら身分的に「正しい」のか、分からなかったのだと考えられます。それだけ彼女の立場は微妙で、誰にも一体どうしたら彼女にきちんと定められた場所を与えてやれるか、全く分からない。<br><br>　言ってしまえばフランクフルトのハイジは、彼女が無邪気にゼーゼマン宅に連れ込んでしまう子猫や手廻しオルガン弾きの少年同様、はっきりと位置づけられないが為に、封建時代の上流家庭には全く場違いな存在だったわけですね。<br>　彼女に良かれと思って「クララと同じに」と言ったはずのゼーゼマンさんですが、そのつもりではないのにハイジの身分を「普通なら存在しないもの」にしてしまったことこそ、結局ロッテンマイヤーさんが特にその気でなかったとしても、家政婦としての自分の義務を重んじた結果として、却ってハイジを虐待してしまうわけです。<br><br>　――悪役にも。<br><br>　それなりの事情はある、というわけですな。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/fischchen/entry-10425132940.html</link>
<pubDate>Sat, 02 Jan 2010 13:21:58 +0900</pubDate>
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<title>大晦日に90歳のオールドミスは素敵な合戦を楽しむ</title>
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<![CDATA[ <img height="1" width="1" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fkuchikomi.ameba.jp%2Fkuchikomi%3FAMEBA_ID%3Dfischchen%26ENTRY_ID%3D10422714916%26ENTRY_END_DATE%3D2009%2F12%2F30" class="accessLog"><a href="http://kuchikomi.ameba.jp/" target="_blank"><img src="https://stat.ameba.jp/common_style/img/home_common/home/ameba/allskin/ico_kuchikomi2.gif" alt="年末年始、楽しみな番組"></a> ブログネタ：<a href="http://kuchikomi.ameba.jp/user/listEntry.do?prId=5065">年末年始、楽しみな番組</a> 参加中<br><br><br>　菜之花がまだ子供であった頃、不思議に思うことがありました。<br><br>　当時、家族と一緒に住んでいた町には一軒の日本料理店がありまして、いつ行っても京都出身の無愛想な親父さんが黙々とお寿司を握っておりました。職人気質の頑固な方でしたので、食べ物に関しては特に我侭で、遠慮なくいろいろと注文をつける菜之花の父とはしょっちゅう言い争ってばかり、時には「もう食わせてやらんから出て行け」なんて言われていましたが。それでも味は子供ながらに美味しいと思いましたね。父も愚痴を零しながらもそのお店には良く行き、また親父さんも愚痴を零しながらも父の好みのものを出していたところを見ると、それほど嫌い合っていたわけでもなかったのかもしれませんが。<br>　（因みに現在は二代目さんが青山の方で京都料理のお店をやっていらっしゃるようです）<br><br>　ところが普段は頻繁にそのお店に通う父なのですが、冬から春にかけては余程のことがない限り、決して行こうとしないのです。<br><br>　その理由は――「紅白歌合戦」。<br><br>　まだビデオなどない頃ですからおそらく録音だけだったと思うのですが、その時期になると必ず店内で大晦日のあの番組を繰り返し流すんですね。しかも主に演歌の部分を。<br>　あまり音質も良くなくて、演歌とは全く縁もなく育ってしまった菜之花には「ちょっと煩い」「変な声」程度のものでしたが、父は生憎、大の演歌嫌い。演歌が好きな人は感性がおかしい、なんて言い張るぐらいのアンチですから、そんなものが流れている店で食事をするのも嫌なら、そんな場所で食事が出来る他のお客さんの顔さえ見たくもない。だからどうしてもそのお店に行かなければならない時には親父さんに、自分がいる間だけでも別の音楽にして欲しいと頼んだりするわけで。<br>　でも親父さんとしては、父のこの我侭だけは妥協するわけにはいかない。そしてその時期にこのお店に来る他のお客さんを見ていると、これは絶対父の方が無理を言っているな、と子供にも分かるんです。皆さん、飲んだり食べたりはしていても、それはまるっきりおまけで、本当はこの録音を聞きに来ているんだと分かるような顔つきなんですね。無論、大晦日はもうとっくに過ぎているんですが、店内は日本での12月31日になっていると言っても過言じゃない。今と違って例え大手企業の人でも、そうちょくちょく帰国なんか出来ない時代です。普段はきっとばりばりお仕事をしているリーマンさんたちが、ホームシックと安心が入り混じった子供みたいな表情で、恍惚となって雑音交じりの演歌に聞き惚れている様子は、何となく不思議な光景であると同時に「紅白歌合戦って凄いんだなー」と小学生の菜之花にも思わせるようなものでした。<br>　<br>　ですが、大人になって改めて考えてみますと、果たして紅白歌合戦自体がそれほど凄いものなのか、それとも大晦日という日の定番だからこれほどファンが多いのか、分からなかったりしますが。<br><br>　少なくとも人間の心理はどの国でも同じのようで、普段は全く迷信や伝統に興味がない人でも、大晦日には一日の過ごし方も、食べる料理も、人によっては新年を迎える場所にも、深い拘りがあるようです。普通の日には靴紐を三度結ばなければ外に出られない人を強迫性障害じゃないかとか言いますが、不思議とお蕎麦を食べなかったら何となく不安だとか、どんなに忙しくても家の中の掃除をしておかないと年越しした気分になれないとか言うのは強迫行為とは見なされないようです。<br><br>　それは菜之花が住んでいる国でも同じでして、こちらでは大晦日に茹でた鯉を食べ、鉛の塊を火で溶かしてから水に放り込んで出来上がった形をいろいろなものに例えて来年の運勢を占い、真夜中になると悪霊を追い払う為に花火を上げて、ジャムが入ったドーナッツのような揚げ菓子を食べる。しかもその合間にも各家庭によって若干異なる大晦日の風習がありまして、それまで取っておいたクリスマスツリーに飾られているお菓子を食べたり、真夜中に教会に出かけたり、マジパンで出来た豚ちゃんや四つ葉のクローバーを友人に配ったりします。<br>　（四つ葉のクローバーは日本でも縁起が良いとされていますが、豚は何かと言いますと、こちらでは努力せずとも富に恵まれることを「豚を持っている」と表現するからです）<br><br>　そしてこれだけ多くの「やらなきゃならんこと」があるにも拘らず、大抵の家庭では必ず毎年、決まった時間にテレビをつけて、これまた紅白歌合戦並みに人気のある「大晦日定番番組」を見るわけですな。<br><br>　但しこの番組、たったの18分で終わるという、非常に短いものですが。しかも過去50年間、ずっとモノクロ版の再放送なのですが、欧州中で見ている人が大勢いるというのに字幕も吹き替えもないという、唯の英国の寸劇でして。<br><br>　題名は<br>　「一名様の晩餐会、別名90回目のお誕生日」<br>　（Dinner for One, or The 90th Birthday）<br>　<br><br>　これだけでは何故、大晦日の定番になるのか分かりませんので、かいつまんで内容を話しますと。<br>　<br>　舞台はこの日、90歳になるお金持ちのオールドミスが住むお屋敷。この女性、若い頃には誕生日に四人の崇拝者たちをディナーに招待し、一緒にお祝いしていたのですが、生憎その紳士方は一人また一人と亡くなってしまい、今は老嬢だけが残っている。それでもこの人、誕生日になると数十年前から全く変わらないフルコースを用意させ、自分を入れて五人分の席を設けて、立派な食堂で晩餐会を催すのですな。但し、肝心なお客さんたちはもういないので、代わりに老嬢に仕えるこれまた年取った執事が四人の崇拝者たちの役割を受け持ち、それぞれの癖を真似しながら給仕の傍ら、お食事のお相手も務めるわけです。中には飲兵衛だったり、巻き舌で演説したがったり、乾杯の度に最敬礼をする軍人の客などもいるのですが、主人思いの執事さんは必死で声色を使って全員を演じ分ける。ですが彼ももう年なので、疲れてくると度々、老嬢に「去年と同じやり方でしょうか、奥様」と訊ねます。そして毎度、老嬢は「例年通りのやり方ですよ、ジェームズ」と笑顔で答えて。<br>　結局、四人分のシャンパンを飲まされた執事はかなり出来上がってしまうのですが、食事が済むと席から立った老嬢は、もう私室に戻る、と言い出します。それを聞いた執事は情けなさそうに、「去年と同じやり方でしょうか、奥様」ともう一度訊ねますが、老嬢が再び例年通りだと答えれば「では何とか今年も頑張らせて頂きます」と言い、奥様を抱きかかえて彼女の寝室に向かう、というお話です。<br><br>　おそらくこれでもまだ、何処が大晦日なのか分からない人はいると思うのですが、考えてみるとかなり理に適っている内容かと菜之花は考えております。だって大晦日と正月ほど、終局と新たな出発を感じさせるものはないですし、周りにもう誰もいなくなってしまっても、尚且つ「例年通り」に拘る老嬢の執念とも言える生への愛着や、そろそろお迎えが来ても当然なお歳であるにも拘らず、執事とベッドインまでしてしまう恐るべきパワーは、何となく心細くなりがちな年末の哀愁を吹き飛ばしてくれるものですから。<br><br>　この「一名様の晩餐会」は最も再放送が多い番組としてギネスブックにも載っておりまして、スイスでは初めて放送された際、視聴率47パーセントという記録的な数字を出しています。執事と老嬢の役者さんたちが非常に演技上手であるのに英国では全く認められることなく、この寸劇以外では無名のまま亡くなられているというのも人気の原因の一つなのかもしれませんね。<br>　（老嬢役のメイ・ウォーデンさんは一応「時計仕掛けのオレンジ」にセリフなしの脇役として出ておりますが、執事役のフレッディ・フリントンさんはこの寸劇で漸く有名になった直後に亡くなられています）<br><br>　因みに以前、ニュージーランドに引っ越した友人の話によると、大晦日にはこの番組を録画したDVDを見ながら、欧州から来た人たちと新年を祝うんだとか。<br><br>　やっぱり彼らも子供みたいな表情でうっとりとテレビに釘付けになるんだろうか。<br><br>　…そうであって欲しいなあ。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/fischchen/entry-10422714916.html</link>
<pubDate>Wed, 30 Dec 2009 13:43:25 +0900</pubDate>
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<title>クリスマスになるとツリーが道路に横たわる</title>
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<![CDATA[ <img height="1" width="1" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fkuchikomi.ameba.jp%2Fkuchikomi%3FAMEBA_ID%3Dfischchen%26ENTRY_ID%3D10416839262%26ENTRY_END_DATE%3D2009%2F12%2F23" class="accessLog"><a href="http://kuchikomi.ameba.jp/" target="_blank"><img src="https://stat.ameba.jp/common_style/img/home_common/home/ameba/allskin/ico_kuchikomi2.gif" alt="「クリスマス」といえば何？"></a> ブログネタ：<a href="http://kuchikomi.ameba.jp/user/listEntry.do?prId=5056">「クリスマス」といえば何？</a> 参加中<br><br>　相変わらず物臭ですのでブログネタの質問のみで、つながりを一切見ていない菜之花ですが、これまで日本の友達や知人に「クリスマスって何？」と聞くと、かなりの人数が「クリスマスツリー！」とうっとりとしたお目目で答えておりますので、おそらく今回もそう答えられる方が多いんじゃないかと思っております。<br><br>　そこで開口一番。<br><br>　「クリスマスツリーは本来、クリスマスとは全く関係ございません」<br><br>　…いや、本当なんだったら。年末に木を飾る、という風習なら、ローマ時代にもあったんだって。その頃はもみの木、と限られていなかったし、月桂樹のお家が多かったんだけどね。<br>　無論、クリスマスなんてまだない時代ですから、その頃はお正月のしきたりでした。<br>　但し、宗教的な意味で木を飾る、ということ自体は、ローマ以前にインドの方から欧州に伝わったものです。もっと詳しく言えばミスラ神のお祭り行事でした。つまり、元はといえばアジアから入ってきたものなんですね。<br>　何時、それが欧州でも真似されるようになったのかは分かりません。ですがちょっと興味深いことに、こちらでは家を建てる際、土台が出来上がったところで「土台祭り」というものを祝うのですが、その時にクリスマスツリーそっくりな「土台ツリー」か、アドベントや収穫祭に使うような木の枝で作られた輪が屋根に飾られるのです。こちらの人は欧州特有の昔からの儀式と思っているようですが、面白いことにポリネシアやタイにもこれとそっくりな「土台祭り」があるそうですね。つまり、このツリーは直接インドからではなく、別のアジアの国から入ってきたという可能性も考えられるというわけです。<br>　初めてもみの木がクリスマスに飾られた、と記録されているのは何と16世紀に入ってからでした。<br>　しかも赤い服のサンタさん同様、現代にも通用する「きらきらなもみの木」なクリスマスツリーのイメージを作り上げたのは、この時代の宣伝上手な商人さん。あるパン屋さんが、クリスマスの時期になるともみの木にお菓子や飾りを下げたものを店内に置いて客を呼び、お正月になると近所の子供たちに、サービスとしてそのお菓子を配ったわけです。その気前よさと何より立派なツリーが評判になり「宅でも今年はこの木を飾るザマス」とまずは豪商の奥方たちが自宅でもクリスマスツリーを飾り始めたわけで。<br>　<br>　と、まあ歴史的なお話はここまでにしておきまして。<br><br>　…実はここ数年間、欧州全体でクリスマスツリーの数が足らなくなってきております。<br><br>　元々、クリスマスツリーは必ず24日の午後に飾られるのが正統派のやり方。例えその数日前に買ってきたとしても、家の中には入れません。20日前後になるとあちこちのバルコニーやお庭にすっぽりとまだ網がかかった状態で、雪を被ったまま寒そうに壁の隅っこに寄りかかっているもみの木を見ますが、その様子はまるで出番が来るまで楽屋で待つ役者さんです。24日まではお呼びでないよ、というわけですな。<br>　このもみの木さん、当然ですが買った大人には選んでもらっているのですから、その家のご両親とは既にお近づきになっておりますが、子供にはまだ会わせてもらえません。「ツリーはプレゼント同様、クリスマスまで子供には見せない」が伝統ですから、これに拘る親は、数日前に木を買ったとしても、それを大真面目な顔で友人宅や祖父母宅に預ける。もっと保守的な親ですと、24日にツリーを家の中へと運ぶ込む時さえ、子供に決して悟られないように注意しましたり。サンタさんと同じで、神様のご加護によりクリスマスには常識から考えたらありえないことがあり得る、そう子供に教える絶好のチャンス。何処から見てもゲームなんてやりっこなさそうなおじいさんがWiiを持ってきてくれるのですから、もみの木が知らぬ間に勝手に歩いてきて応接間に立っていた、と言われても誰も驚きません。ええ、驚きませんとも。<br><br>　…ところがこのささやかな「奇跡」が、実際にはそう簡単にいかないんだなー。<br><br>　何しろ、欧州中の人々が同じようなことを考えていて、出来るだけ24日直前にツリーを買おうというわけです。近頃はこちらでもマンション住まいの人が多いですし、核家族問題はどの都会も同じですから、早めに買ってしまっても自宅には置き場所がなく、預かってくれそうなお祖父さんお祖母さんは車で四時間走らないとたどり着けない場所に住んでいたり。きちんとしたお店を持つ植木屋さんや、出入りの庭師さんから買ったセレブさんたちなら、ちょっとチップをはずんで24日までキープしてもらう、という手がありますが、大抵の人は市場の片隅を囲っておいてその中にもみの木を山積みにし、これを短時間で激安に「もってけ、ドロボー！」と叩き売る方たちに頼らなくてはならない。<br><br>　この買い方に問題があるとすれば、それは24日直前にはもう殆ど思うような木が残っていないということです。<br>　<br>　理想的なクリスマスツリーは床から天井までの間隔にぴったりと収まる真っ直ぐとしたもの。天辺に飾られる星はキリストが生まれた時に現れたという「ベツレヘムの星」なのですから、それが壁の半分ぐらいの高さでだらしなく光っていては、どうもみっともない。ですが、モダンなマンションですと天井の高さは大体2mと相場は決まっていますが、ちょっと古風なお家になりますと、3mから4mもあります。しかもきっちりと3mとか3.50mとか決まっているんなら問題ないんだがね。家によっては「3.43m」とか、どう考えてもクリスマスの時期に住人を泣かせるために考えた、としか思えないような高さも稀ではないのだよ。<br><br>　…というわけで、24日どころか、20日前後に欲しい大きさのもみの木が全て売れ切れちゃった、ということも珍しくはないわけでして。<br>　<br>　土地代が高いご時世ですから、わざわざ一年に一度しか売れないもみの木を育てる人も殆どいなくなっております。その上、元共産圏では近頃、ふと伝統を思い出してクリスマスツリーを飾る人が増えている。ですが東欧では売っている店が少ないので、人々は西に出かけていって買う、というわけですな。何しろありがたい共産主義に支配されていた頃には延々と列に並んだり、遠くまで出かけたりしなければ欲しいものが手に入らなかったからね。ツリーを探して三千里、なんて、ポーランドやルーマニアの人にとっては朝飯前ですって。<br>　そして日本同様、欧州もこのところ不況ですので、以前なら冬休みを利用してスキー旅行に出かけていた人たちが、急に自宅でクリスマスをお祝いするようになったり。となれば、その分だけツリーも必要になるのですが、それが中々手に入らない。<br>　それがこちらの人にとってどれだけ大変なことかというのは、20日前後のテレビやラジオのニュースで「今年もクリスマスツリーが少ないですので、お求めの方はお早めに」と呼びかけているのを見ていれば明らかです。ツリーがあるかないか、これはもう生存問題。何としてでも手に入れなければならない。<br><br>　菜之花はクリスマスを名づけ子一家と過ごすのが常ですが、此処でも毎年、ツリーは重大な問題となっております。幸い、名づけ子の家は大きな森の近くにありまして、そこの森番さんと名づけ子のお父さんとが仲良くしているので、一昨年まではあまり困ることもありませんでしたが。<br>　ところが去年。23日の午後に名づけ子のお母さんが電話をかけてきて「今年はどこに行っても買えないんだけど、どうしよう…」と悲痛な声で訴えてきました。<br>　いや、どうしようなんて言っている場合じゃない。名づけ子とそのお兄ちゃんががっかりするのも然ることながら、毎年毎年「あなた方、どうしてもっと早めにツリーを買っておかないの！」とお小言を仰るお婆ちゃんもイブには来るんですから「今年はございませんでした」なんて、怖くてとても言えません。<br>　そこで菜之花は慌てて名づけ子のお家に行き、そこのご両親と相談の上、皆で手分けしてめぼしいところを片っ端から探すことにいたします。まずは菜之花の友達で庭師をしている人のところに電話をしてみる。ここは大抵、どこかからもみの木を探し出してくれるのですが、今回に限って全く駄目。次にあちこち不動産を持っていて、従って庭の数も半端ではない知り合いのおばあちゃんに連絡してみます。ですが、どうやらおばあちゃんが切ってもいいと思えるもみの木は、何日も前に他の人たちが全て持っていってしまったようで。<br>　「松の木なら残っているから上げるけど、持ってく？」<br>　…それってまるで七夕に笹の代わりとして竹を飾るようなもんじゃないか！と、サザ○さんだったかちび○る子ちゃんだったか、どこかで見たセリフを思い出した菜之花ですが、やっぱり松の木では代用品にもならないので、丁寧にお断りします。<br><br>　そして24日の朝。<br>　朝食も食べずにあちこちの市場やお店を覗きに出かけましたが、もみの木があったとしても、それは既に他所のおうちの子になってしまったものばかり。名づけ子の家に行きますと、友人夫妻も朝早くから別の市場やお店を廻ってきたにも拘らず、まだもみの木がない。<br>　「仕方ないから、うちの庭と菜之花の庭のもみの木から枝を切って、それで飾りを作ろうか」<br>　名づけ子のお母さんは最早、諦めきってしまっている様子。<br>　「それはいいけど、私んちのもみの木はどれも15メートルはあるんだよ。ある程度、見栄えのする枝だったら梯子を使わないと…」<br>　「第一、24日に住宅街でチェーンソーを使って枝を切ったりしたら、近所中が吃驚するじゃないか！」とお父さんは猛反対。<br>　ですが、何とかしないといよいよツリーなしのクリスマスになってしまう。<br>　…幸い、そこでお父さんから名案が。<br>　「ちょっと遠いけど、Gのところだったら残ってるかもしれないな」<br>　Gさんはお父さんの友達で、B伯爵という、日本でも知っている人がかなりいると思える名門貴族のご領地で森番をしている女性です。菜之花の名付け子のお父さんも森番の息子さんなので、森林にも詳しく狩猟免許も持っていることから、Gさんは手負いの猪を狩り出すなどという素人には到底任せられないようなことがあると、お父さんに手伝いを頼むことが度々。森の多い巨大な領地ですから、もみの木が余っている可能性はかなり大きい。<br>　試しにGさんに電話をかけてみると、分けてあげるからおいで、というありがたいお返事。<br>　車で往復して三時間、というちょっとした旅ですが、お父さんは早速出かけます。<br><br>　……ところが。<br>　三時間どころか、夕方になってもお父さん、戻ってきません。<br>　雪は降っていませんでしたが、移動する人が多いので渋滞もあちこちある24日のこと。まさか事故にあったわけでもないだろうとは思っていましたが、やはりお母さんも私もそろそろ心配になる。名付け親が女であると、つい存在感が薄くなりがちなお父さんですが、24日にはツリーを飾ったり、薪を割ったり、焼肉を切ったりと非常に便利…いえ、大事な人ですので。<br>　そろそろおばあちゃんを駅まで迎えにいかなければ、という時間になって、漸くお父さんがくたくたになって戻ってきました。<br><br>　そしてそのかなり大型のプジョーの屋根には待ちに待ったもみの木が…！<br><br>　そこまでは期待通りで大喜びしたお母さんと菜之花でしたが、ふともう一度車の上を見てから暫し首を傾げる。<br>　というのも、そこには一本ではなく、三本ももみの木が積まれていたからでした。<br>　どうしたんだ、と問い詰める二人に、疲れきったお父さんが話すには。<br><br>　Gさんの家から帰る途中、木を積んでいるので危ないからと高速道路ではなく、別の道を選んだところ、渋滞になって全く進めなくなり。<br>　何分経っても前の車が動く気配もないので、真冬で車中は寒いのもあり、事故でもあったのかとそのまま外に出て前方へと歩いていったら――<br>　何と、道路の真ん中に何本かもみの木が落ちており、通せん坊をしている状態。<br>　おそらく市場帰りのトラックが落としてしまったのでしょう。これまた、こちらのクリスマスシーズンにはよくあることですが。<br>　警察に連絡した人もいたようですが、幸い事故があったわけではないので、そう急いで来てはくれません。なんせ12月24日の夕方ですし。<br>　仕方ないのでお父さん、他の車に乗っていた何人かの男の人たちと木を担いで道路の脇に寄せておりましたが、ふと誰からともなく――<br><br>　「これって持ち主がいないようなもんだよな！？」<br>　「いたとしたって取りにこないよ。きちんと積んでなかったんだから警察に捕まるし」<br>　「大体、明日になったらもう売れないよなー」<br><br>　そこから大胆な人が、「うち、まだツリーがないんだ」と呟くまで僅か数秒のこと。後は暗黙の了解のうちに、数本あったもみの木はあちこちの車の屋根に積まれて、綺麗に片付けの終わった道路では大満足なお父さんたちが車のエンジンをかけておりました。<br>　<br>　というわけで、その年は名づけ子のおうちにツリーが三本もある、ブルジョアなクリスマスとなったわけですが。<br><br>　…先ほど名づけ子のお母さんに電話をしたら、まだツリーを買ってないんだって。今朝、ラジオで品切れ寸前だと言っていたのに。<br><br>　どうするんだ。今年は。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/fischchen/entry-10416839262.html</link>
<pubDate>Tue, 22 Dec 2009 12:57:10 +0900</pubDate>
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